魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
隊長さんが私に向ける視線は『悪いな、お嬢ちゃん』という申し訳なさそうなものであるが、私の過去を暴露されているため恥ずかしいったらありゃしない。ジークとリンは知っている事柄だけれど、公爵さま、もといボルドー男爵さまは知らないこともあるようで口元を伸ばしながら笑いを堪えている。
ヴァルトルーデさまとジルケさまも隊長さんの話を聞き入っているし、私が治癒を施した隊長さんの奥方さまの話も面白かったようである。なににせよ、粗方のことを話し終えたのでやっと羞恥プレイから解放される。
しかしまあ、産後の肥立ちが悪くて危なかった奥方さまが産んだ女の子は本当に大きく育ったものだ。既に身長が私と変わりないくらいだし、育つべきところが育ち始めている。正直羨ましいけれど、私の背格好はこれ以上の成長が期待できないので諦めるしかない。
解散の空気が流れ始めているので、一先ず一緒のテーブルに着いているボルドー男爵さまに挨拶をして奥方様に声を掛けようと私は席を立つ。ちなみに隊長さんたちは少し離れたテーブルでご家族と女神さま方と席に着いている。
「ボルドー男爵閣下?」
「閣下と呼ばなくても良いでしょう。アストライアー侯爵閣下。遠慮なく卿と呼んでくだされば良いかと」
私が公爵さま……慣れない。ボルドー男爵さまを見上げると、席から立ち上がっていた彼がにっと面白そうな顔になった。確かに彼の爵位は私より下なのだから『ボルドー卿』と呼ぶのが正解である。とはいえ、つい先日まで公爵位を賜っていた方を早々に呼び方を変えるのは難しいと私が眉間に皺を寄せれば、また彼は面白そうに笑ったのだ。
「どうしましたかな、閣下?」
くくと笑いながら彼は私を見下ろしている。経緯を理解しているため、ボルドー男爵さまは状況を楽しんでいる。今日だって隊長さんと同行する必要はなかっただろうに、何故か一緒についてきていた。
そりゃ、先日まで軍の総帥を務めていたのだから部下が女神さまと面会するとなれば粗相がないかと心配するだろう。でもボルドー男爵さまは無礼を働いたなら死んで償えば良いくらいに考えていそうだし、本当に何故顔をだしたのやら。まあ、それは良いかと私は疑問を棚の上に置いて口を開く。
「直接お伝えするのが遅くなりましたが、長年、私の後ろ盾を務めて頂き感謝しています」
「気になさるな。これからは新たにハイゼンベルグ公爵位を継いだソフィーアの父親が務めることになる。遠慮なく彼を頼れば良い。ワシは後ろで面白おかしく眺めていよう」
今度はふっとボルドー男爵さまが笑った。本当に目の前のお方は何時まで経っても変わらない。
「今後もご迷惑を掛けることがあるかもしれませんが、よろしくお願い致します」
「なに。アルバトロス王国が発展するなら、どんな迷惑でも構わないでしょう」
多分、今後もボルドー男爵さまには迷惑を掛けることがあるだろうと私は頭を下げておく。彼は彼で国に益を齎すならば、それで良しという考えのようだ。変わらない彼に私はふうと息を吐いて、今度は隊長さん一家の下へと歩いて行く。ヴァルトルーデさまとジルケさまが彼らと話しているのだが、私のことを話しつくしたはずなに一体なにを語り合っているのだろうか。
「ご歓談中、失礼致します」
私が一行に声を掛けるとヴァルトルーデさまとジルケさまがこちらに顔を向ける。隊長さん一家は正面に立っているので私が近づいたのは承知していた。
「ナイ」
「ナイか」
「閣下」
それぞれが私の名を呼ぶのだが、やはり隊長さんの閣下呼びは違和感があるなと苦笑いを浮かべてしまう。お嬢ちゃんと呼ばれることに慣れ過ぎて、閣下という呼称に慣れることはあるのだろうか。
私はヴァルトルーデさまとジルケさまに隊長さん家族と話がしたいと許可を得れば、構わないと直ぐに場を譲って頂いた。二柱さまに感謝しつつ、私は隊長さんに向き直る。
「本日はご足労頂き感謝いたします」
「いえ! 本日はご招待頂きありがとうございます。女神さま方ともお話をすることが叶いました。家族一同、この幸運を噛みしめて生きて参ります!」
今生の別れのような隊長さんの言葉にヴァルトルーデさまが不思議そうな表情になり、ジルケさまは大袈裟だと少し呆れ顔になっている。突っ込みを入れる気はないようなので、私が代わりに突っ込まないといけないのか。
「また話の場を設ける機会もありま……――ヴァルトルーデさま、どうしました?」
私の肩をちょいちょいと指で叩く方がいたのでそちらへと顔を向けるとヴァルトルーデさまだった。不思議そうな顔をしているので、聞きたいことがあるようだと直ぐに分かる。
「仲が良いんだよね? どうしてナイも君も畏まった話し方なの?」
顔色を変えずこてんと首を傾げた彼女にジルケさまが面白そうな視線を向け、隊長さんは『なにか粗相をしただろうか』と少し不安そうな顔をしている。
少し離れた場所ではボルドー男爵さまが面白そうにこちらを見ていた。本当にボルドー男爵さまは公爵さま時代から変わらない。いや、私のやらかしを笑って受け止めて下さる方がいなくなるので変わられても困るが。
「それは女神さまが二柱も揃っているならば、いつも通りの喋り方だと失礼になるかと」
「気にしないよ?」
私の答えを咀嚼したヴァルトルーデさまが少し目を丸くさせて、気にするなと教えてくれる。話を横で聞いていたジルケさまも口を開いた。
「あたしも気にしねえけどな」
二柱さまが気にしなくても私たちが気にするのではなかろうか。私は二柱さまとの過ごす時間が長くなっているので構わないかもしれないが、隊長さんたちはそうもいくまい。
現に大丈夫かなあと不安そうな顔になっていた。息子さんと娘さんは上下関係をあまり理解していないのか、不思議そうな顔をしている。でも女神さまとご両親と男爵さまと私の会話を一度も遮ることはなく、問われたことを答えていたので隊長さんと奥方さまの教育が行き届いている。
「とのことです。如何なさいますか?」
「へ? そ、そう仰られても私には答えかねます!」
私が隊長さんの顔を見上げると、彼は慌てた様子で姿勢を正す。
「む」
「また話をすれば良いってわけでもねえしなあ。おっちゃんだって仕事やら家のことがあるからな」
ヴァルトルーデさまはなにか考えているようで、ジルケさまは困っている隊長さんに助け舟を出しているようだ。助け舟になっているかは謎ではあるが。
「ぬ……あ。名前、名乗ってなかった」
はっとヴァルトルーデさまがなにかに気付いたようである。確かに二柱さまは隊長さん家族に名を名乗ってはいない。名前を知って、呼び合って状況が変わるわけでもない気がするけれど、少しはマシになるのかもしれない。
「私はヴァルトルーデ。ナイに名前を付けて貰った。気に入っているから、そう呼んで。君たちも」
ヴァルトルーデさまの言い方では私が名前を贈ったことになっている。あとで隊長さんに仮名だと説明しておかなければ、妙な勘違いを引き起こしそうだ。後世に私が女神さまに名を与えたとか伝承が残れば、とんでもない歴史誤認となるだろう。突然の展開に隊長さん一家は目を白黒させているものの、隊長さんだけはヴァルトルーデさまの言葉に反応すべく口を開く。
「しょ、承知致しました! ヴァルトルーデさま!」
「君の名は?」
「ベ、ベンと申しますっ! それから――」
ヴァルトルーデさまに問われた隊長さんは奥方さまと息子さんと娘さんの名を告げる。ヴァルトルーデさまとジルケさまは真面目な顔で彼らの名を覚えていた。私も彼らの名前を知っていたのだが、呼ぶ機会が滅多にないため忘れかけることがある。
隊長さんは隊長さんで十年近く通しているのだから、今更名を呼ぶのも変な感じだった。そんな私の考えを見透かしているのか、ボルドー男爵さまがにやにやと笑いながらこちらを見ている。私が余計なことは言わないでくださいよという視線を彼に向ければ、ふいと目を逸らされる。ボルドー男爵さまは状況を楽しんでいると苦笑いを浮かべると、いつの間にか隊長さんの家族紹介が終わっていた。
「あたしもジルケって呼んでくれ」
「も、もしかすると、ジルケさまの名前もアストライアー侯爵閣下が考えられたのでしょうか?」
ジルケさまの願いを聞き届けた隊長さんは、ようやく場の環境に慣れ始めたのか質問を返している。ヴァルトルーデさまがジルケさまになんとも言えない視線を向けているのは、隊長さんがジルケさまに疑問を呈したからだろう。
隊長さんは西大陸出身だからヴァルトルーデさまの圧を強く感じ取っているはずだから、西の女神さまには話しかけ難い。ジルケさまは南大陸を司っているので、隊長さん的には圧が下がって話しかけやすい方となる。
致し方ないことなので、ジルケさまに厳しい視線を送っているヴァルトルーデさまは諦めて欲しいところである。とはいえ隊長さんといろいろと話したいのだろうというヴァルトルーデさまの気持ちは理解できる。一先ず、状況を見守ろうと私はジルケさまと隊長さまへと視線を向ける。
「おう。名前がないと不便だろ。あたしらの親父殿は適当だし、特に問題なかったから暫く名前がなかったんだ。ナイに仮名といえど名前を付けて貰ったのは良い機会だったんだろうな」
ジルケさまが少し呆れた口調でグイーさまの文句を口にした。ヴァルトルーデさまも『父さんは娘たちで通してたから』と渋い顔になっている。暫くの間と言っているが、きっと長い時間を『娘たち』で通してきたのだろうと容易に想像できた。私が小さく笑っていると、ふいに空気が揺れる。
――酷くないか!? 我が娘っ!!
グイーさまの慌てた声が頭の中に届いた。どうやらグイーさまは屋敷の様子を盗み見していたようである。ヴァルトルーデさまが天井を見上げ、ジルケさまは肩を竦めていた。クロとヴァナルと雪さんたちもきょろきょろと顔を動かしているので、グイーさまの声が届いているようだ。
「親父殿がなんか言ってるけどよ、まあ、そういうこった」
「な、なにも聞こえませんでしたが……」
「親父殿、聞こえる奴を制限してるのか」
「みたいだね」
隊長さんたちにはグイーさまの声が届いていなかったようである。ボルドー男爵さまはふふと笑っているので聞こえていたようだ。どういう基準でグイーさまが声を届ける範囲を絞っているのか分からないが、隊長さんたち家族にも声が届いている方が話が早く済むのだが。
――だって儂の声が聞こえまくると騒ぎにならんか? 教会には儂の声を届けやすかったけれどなあ。
「確かに騒ぎになる」
「場所を限定すりゃ良いだけだろ」
――こう、狭い範囲に儂の声を届けるより、聞こえる相手を限定して届ける方が楽なんだが……。
全世界に届く声量ではあるが聞こえる相手を限定しているので、局所的にグイーさまの声が届いているように思えるだけのようだ。割とグイーさまもヴァルトルーデさまとジルケさま同様、大雑把な所があるようだ。
「話を説明するのが二度手間」
「だな」
なんだかグイーさまの立場がどんどん悪くなっていっている気がする。女系家族での男性の立場は神さまの世界でも辛いようだ。
――ワシ、星を創った神である。なんだか自慢げに語るのも恥ずかしくなってくるな。
「なっ!?」
「っ!!」
「空から声が聞こえた!」
「神さまのお声! 凄い!!」
グイーさまの声が隊長さんたち家族にも届いたようである。隊長さんと奥方さまは目を丸くしながら驚き、息子さんと娘さんは不思議現象にも関わらず直ぐに状況を受け入れていた。確かに凄いことだし、しかも創星神さまの声である。聖王国の方々がいれば失神しそうな状況だなあと私は目を細め、解散の雰囲気は霧散しているのだった。
◇
唐突にグイーさまの声が聞こえたことによって、女神さま方と隊長さん一家の面会を終えた。隊長さん一家は早々に馬車で戻っているのだが、良い衣装を纏い貴族街から戻ってきたことを周りの方たちは不審に感じているだろうと影を付けている。
風魔と服部のご老体に鍛えられて合格を得た影の皆さまには、隊長さん一家のプライベートな部分は覗き込まないことと指定をしておいた。無神経な方でなければ余程のことがない限り、隊長さん一家のプライベートを覗き見ることはないだろう。
王都のアストライアー侯爵邸の玄関ホールで私は息を吐いているのだが、私は残っているボルドー男爵さまに視線を向ける。
「どうしましたかな、侯爵閣下」
にやりと笑った元ハイゼンベルグ公爵さまが私を見下ろしている。彼の口から出る丁寧な言葉が聞き慣れなくて、お尻がむずむずするのは気の所為だろうか。ジークとリンも妙な表情だし、クロも『似合わないねえ』とぼやいているし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも不思議そうに彼の顔を見上げている。私は私で眉間に皺を寄せているかもしれない。
「慣れないので、普通に喋って頂けると助かります」
「そうか? なら、遠慮はいらぬか。しかし創星神さまの声を聞けるとはなあ」
私がボルドー男爵さまに伝えると、彼はくくと喉を鳴らしている。本当に相変わらずの方だし、公爵位を賜っていた頃と全く変わらない。グイーさまの声が届いた時は最初こそ驚いていたけれど、直ぐに状況を察して平然としているのだから本当に肝の据わった方である。やはり敵に回したくないタイプの方だよなあと私がしみじみしていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが肩を竦めていた。
「父さんは単に暇だっただけ」
「親父殿に深い意味はないと思うぞ」
グイーさまは毎日神さまの島で暇を持て余しているそうだ。今の今までと変わりない日々だというのに、私たちが神の島に訪れたことで刺激が欲しくなったとのこと。過剰な刺激は求めていないので、私がトラブルに巻き込まれることを期待しないで欲しい。
グイーさまが下界を覗いているのもソレが理由のような気がしてならない。北と東の女神さまは暇なグイーさまの相手を務めておられないようである。まあお酒を浴びるように飲むよりも、下界に興味を持って酔っぱらっていない方がグイーさまの身体には良いのだろう。彼が酔ってお腹を壊すと、北大陸の端でオーロラがとんでもないことになるらしいので。
――だから儂の扱い……。
ぼそりと聞こえたその声に覇気はない。ヴァルトルーデさまとジルケさまの耳にも声が届いているはずなのにスルーを決め込まれていた。ボルドー男爵さまは創星神さまの声がまた聞こえたことに驚いているものの、直ぐに慣れて話を聞いている。
そういえばボルドー男爵さまは何故隊長さん一家と一緒に戻らなかったのだろう。理由を聞くタイミングを逃してしまったので、まだ下界を覗いているグイーさまに聞かねばならぬことを聞いてみよう。
「グイーさま、分身は覚えられそうですか?」
彼は下界に降りるため分身体を創る練習をしていると女神さま方から聞いている。調子はぼちぼちのようだけれど、星を創った神さまが難儀しているなんて少し意外だった。でも、グイーさまらしいなと思えるし、万能な神さまであれば私たちのことなんて相手にしないはず。やはり、グイーさまが今いる星を創造してくれて良かったと私は苦笑いを浮かべる。
――ん! 少しずつ分身体を維持できる時間が伸びておるぞ!
「少しの具合はどれほどのものですか?」
どうにも神さま方の『暫く』とか『少し』を人間と同じ感覚で受け取るのは危うい。ヴァルトルーデさまがミナーヴァ子爵邸で『暫く』厄介になると申し出た時、私は暫くという期間は一週間くらいと受け取り、長くても一ケ月程度と考えていた。でももう、ヴァルトルーデさまが居候し始めて随分と時間が経っている。だからグイーさまの少しづつ分身体を維持できる時間が伸びているという言葉に引っ掛かりを覚えた。
――一日は可能だな。しかし年単位になると力が持たん。悩ましい……あ! ナイ、ナイ!
「どうしました?」
良いこと思いついたと言わんばかりのグイーさまの声に私は返事をする。なんだか碌な予感がしないので大丈夫だろうか。
――また地面に魔力を注ぎ込んでくれ!
「駄目ですよ。島が隆起したみたいに、西大陸に変化があると問題でしょう」
私が地面に魔力を注ぎ込むのは簡単だけれど、グイーさまに届く前に大木の精霊さんやリームの精霊さんが魔力を吸収しそうで怖い。格が上がって力を付ければ、すぐさま大木の精霊さんは分身体をアストライアー侯爵邸に寄越しそうだ。
他にも畑の妖精さんがわんさか湧きそうだし、クロとロゼさんとヴァナル一家とエル一家とジャドさん一家が大喜びで魔力を回収するはず。そして西大陸に住んでいるであろう魔獣や幻獣の皆さまも魔力を感じ取って行動を起こすのではないだろうか。
プラスの方向へ力が働けば問題ないけれど、マイナスに働けば私は責任を取れない。各地で魔獣や幻獣が暴れ出したと報告が舞い込めば、私は頭を抱える羽目になるのは確実だ。だからグイーさまの声には即行で否定することになる。
――え~~~~!! つまらんぞ!! ナイの魔力を儂がきっちり回収すれば問題なかろう?
「父さんが奪うなら、私がナイの魔力を預かる」
グイーさまがどったんばったんと暴れているような気がする。私が目を細めているとヴァルトルーデさまも目を細めながら空を見上げて声を出した。
――え、ちょっと!? 雰囲気が怖くない、我が娘?
――西のお姉さまが怒っている気がします。
――お父さま、なにか西のお姉さまに余計なことを言ったのでは?
グイーさまの声に続いて、北と東の女神さまの声が聞こえた。どうやらヴァルトルーデさまの気配が神さまの島にまで届いて、グイーさまがなにかやらかしたと二柱さまは受け取ったようである。
大事にならない内にグイーさまの様子を見にきてくれたことに感謝していると、なんだかプツンと頭の中に音が響く。同時にグイーさまと北と東の女神さまの気配も消えたので、どうやら下界を覗き込むのを止めたようだ。本当に父親って女系家族だとヒエラルキーが低くなるようである。
「大丈夫かな、グイーさま」
「気にしない」
「いつものことだ」
私がグイーさまを気にしているとヴァルトルーデさまが天井から視線を戻して私を見、ジルケさまは肩を竦めながら放っておけば良いと教えてくれる。なんだか世知辛いなあと目を細めていると、ボルドー男爵さまは笑いを堪えている。ボルドー男爵さまに私が視線を向けると我慢できなくなったのか、たまらず口をひらいた。
「今のやり取りを聖王国の者が知れば、顔を真っ青にしていそうですな」
確かにヴァルトルーデさまとジルケさまが屋敷に留まり、偶にこうしてグイーさまが神の島から地上を覗き声を届けているのだから、西の女神さまを祀る聖王国の立つ瀬はないかもしれない。
フィーネさまとアリサさまとウルスラさまとは縁があって、ヴァルトルーデさまと話をすることがあるけれど、それ以外の聖王国の皆さまは女神さまとの繋がりは薄い。
教皇猊下でさえ前の夜会で少し会話を交わしただけなのだが、そのことで聖王国上層部と信徒の皆さまの間では教皇猊下を見直しているそうである。とはいえ、女神さまから直接のお下知は身を引き締めなければならないというものになっているらしい。彼の国は大丈夫かと心配になるけれど、なるようにしかならないと私はヴァルトルーデさまとジルケさまの方を見る。
「フィーネたちの国は大変」
「マトモな奴が少ねえってナイから聞いてる」
「他人様の財産に手を付けるのは頂けませんなあ。まあナイが怒って処分されましたが。それでも浅ましい者が残っているのは何処の国も同じでしょう。聖王国が目立つだけでしょうがな」
二柱さまにボルドー男爵さまが目を細める。確かに聖王国の成り立ちは女神さま信仰が始まりなので、清貧を旨とする教えを説いているのにお金に汚いなら、周りから厳しい目で見られても仕方ない。下の方々は頑張っているのに、上の方々に問題があるというのは本当に大変なのだなと遠い目になってしまう。
「ナイ。戻る前にユーリと一度顔合わせをさせてくれ」
ボルドー男爵さまが黄昏ている私に声を掛けた。どうやら彼が屋敷に残った理由はユーリとの顔合わせが目的だったようである。問題はないけれど、喋ることもままならないユーリと会って彼はどうするのだろうか。
「構いませんが……まだ喋れないですし、状況も理解できていませんよ」
「なに。お前さんの異母妹だ。どんな娘か気になるだけだ、他意はない」
一先ず、私がユーリはまだ喋れないことを彼に伝える。どうやら本当に彼女の顔を見たいだけのようだ。それなら問題ないかと私が一つ頷くとヴァルトルーデさまが嬉しそうな顔を浮かべ、ジルケさまは両手を頭の後ろに回して口を開く。
「フランツ。ユーリは可愛い」
「黒髪黒目だから親近感はあるよな」
ドヤ顔のヴァルトルーデさまと少し照れている様子のジルケさまにボルドー男爵さまが笑みを返している。私はユーリの部屋に先触れをお願いして、今から行くよと乳母さんに伝えて貰った。
少し時間を潰してからユーリの部屋へ行こうとなるのだが、改めて面子を眺めてみると……二柱の女神さまと元公爵さまに邪竜殺しの英雄と呼ばれるジークとリンにクロとアズとネルとヴァナルと雪さんたちに毛玉ちゃんたち三頭というとんでもない方々に私は戦慄する。これ、ユーリが物心が付いたときに、世間一般の皆さまとは全く違う価値観を身に着けるのではないだろうか。庭にはエル一家とジャドさん一家がいるし、裏庭には畑の妖精さんが現れるはず。
「どうした、ナイ?」
「ナイ?」
「なんだ、顔を青くして」
ぼけぼけと考え事をしていた私をボルドー男爵さまとヴァルトルーデさまが見降ろし、ジルケさまが視線を合わせる。まあ、目の前の方たちならば本心を伝えても問題はあるまいと私は口を開いた。
「ユーリの将来が心配になってきました。とんでもない方々に囲まれているのではと。常識が身に付くのか不安です」
私の言葉にお三方が『今更、なにを言っているんだ?』みたいな顔になっていた。しかし……幼い頃から女神さまと高位貴族の方々と王族の皆さまと魔獣と幻獣に囲まれているという環境に晒されるのは、なかなかできないことだろう。ユーリがとんでもない子に育ったらどうしようという不安と期待が入り混じりながら、ユーリを一目見たいというボルドー男爵さまを私は部屋へと案内する。
「……ナイが一番、とんでもない」
「だな」
「ですなあ」
三名の小声は気にしないことにして。