魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ボルドー男爵さまとユーリの初対面は無事に終わったけれど、彼女を男爵さまが抱いた途端に大泣きし始めた。どうやら人見知りを始めたようで、ユーリは乳母さんとアンファンと私に助けを求めているようだった。ヴァルトルーデさまがユーリの助けて欲しい方候補に入っていなかったことにショックを受けたり、大泣きするユーリを抱いたまま『元気な赤子だ!』と豪快に笑う男爵さまで割とカオス状態だったのは秘密である。
そんなこんなで、六月初旬となった。
今年も建国祭が無事に終わり、あとは長期休暇を待つばかり。今は昼下がりの午後は自由時間となっているので、私は自室で過ごすことが多い。
南の島への招待状を出して暫く経っている。それぞれから返事がきているのだが断る方はいない。ヴァルトルーデさまにも七月に入れば南の島に二週間赴くと伝えた所、行くと短い言葉が即行で戻ってきた。
ヴァルトルーデさまだけを誘うのは問題だとジルケさまにも聞き、北と東の女神さまにも聞いてみたのだが、参加を表明する言葉しか戻ってこない。グイーさまにも聞こうかと悩んだ末に、念のために聞いてみた。直接赴けないけれど、一日くらいならば分身体を維持できるのでお試しに一日は分身体で、他の日はクマのぬいぐるみに意識を移すそうである。
そして部屋には参加の是非を届けると言って、ソフィーアさまとセレスティアさまがいた。
「今年もよろしく頼む。ギド殿下も参加すると聞いているから、手紙がその内届くはずだ」
「わたくしもよろしくお願いしますわ。マルクスさまも仕事を切り詰めて参加いたしますので、よろしくお願い致します」
ソフィーアさまが目を細め、セレスティアさまが鉄扇を開きながら口元を隠した。今は主人と従者の関係ではなく、友人の間柄であるし、島でも同じ立場となるだろう。
特に気を使わなくて良いのだが、お二人ともマメといいうか律儀というか。珍しい方が私の部屋を訪れているので、毛玉ちゃんたち三頭のテンションが上がっていた。お二人の周りを上目遣いでクルクル回って『遊んでー!』と三頭がアピールしている。
「構って欲しいのか?」
「ふはっ!」
ソフィーアさまは目を細めて床にしゃがみ込み、セレスティアさまは口元に当てていた鉄扇がズレてだらしのない顔が見えていた。身内みたいなものだから、お貴族さまとして駄目な表情になっていても構わないだろう。
ソフィーアさまは真面目なので彼女に注意をするかもしれないが、毛玉ちゃんたちに気を取られているのか珍しく気付いていない……気付かないフリをしている可能性もあるのか。
「はっ! 愛おしさで意識を天上へ向けている場合ではございませんわ!」
セレスティアさまが白目になりそうなほど意識を飛ばしていたのだが、ぱっと戻ってきたようである。私は戻れたようでなによりと心の中で唱えていると、ソフィーアさまが毛玉ちゃんたち三頭を構いながらはあと溜息を吐いている。
「本当に欲望に忠実だな、セレスティア」
「なにを仰いますか、ソフィーアさん。常にこのような環境で過ごせることは魔獣愛好家にとって楽園でございます。意識を飛ばしてしまうのも仕方ありませんわ!」
「魔獣愛好家、なんて言葉は初めて聞いたぞ……あと意識を飛ばすな」
ソフィーアさまの手の気持ち良さに耐えきれなくなったのか桜ちゃんが床に寝そべっていた身体をくるりと回して、お股パッカーンを披露している。尻尾をばっふんばっふん振り回しているので、凄く気持ちが良いようだ。楓ちゃんと椿ちゃんは先を越されたと言いたげに一度鼻を鳴らして、手の空いているセレスティアさまの方へと脚を向ける。
「今、考えましたもの。ふへっ!」
セレスティアさまの下に楓ちゃんと椿ちゃんが『構え!』と大きな前脚を片方セレスティアさまの方へと伸ばしていた。セレスティアさまはすかさず彼女たちの下へしゃがみ込み、両手を差し出して椿ちゃんと楓ちゃんの大きな脚を受け止めてドヤ顔を披露していた。奇妙な声が漏れた気がするけれど、聞かなかったことにしておこう。ドヤ顔の彼女は楓ちゃんと椿ちゃんに囲まれて幸せそうな顔になっているのだから。
「……そうか」
呆れた顔をしているソフィーアさまはお股パッカーンを続けている桜ちゃんのお腹を撫でる手を止めない。桜ちゃんはソフィーアさまの手が気持ち良いのか、喉を鳴らしながら『もっと~』と訴えていた。
年々、南の島行のメンバーは豪華になっているけれど、バーベキューに釣りに海水浴にとできることが増えている。楽しみだなあと自室の窓の外を眺めていると『なー』と鳴く声が耳に届く。
音源の方へと顔を向けると、隣の部屋からお猫さま、トリグエルさんの仔たちが冒険がてら私の部屋にやってきたようで、三頭が抜き脚差し脚で顔をきょろきょろさせながらゆっくりと前進している。トリグエルさんは隣の部屋で寝ているのか姿は見えない。代わりに仔猫たちの後ろにはヴァナルが目を細めながら見守っていた。
「好奇心が育ってきたのかな」
私が椅子に腰掛けたまま仔猫たちに視線を向ければ、びくっと身体を跳ねさせて警戒した様子を見せている。ヴァナル同様に私も彼らの世話をしてきたつもりだが、仔猫にとって恐怖の対象に入ってしまっているようだ。悲しいなあと目を細めていると、仔猫三匹は一度止めた脚を再び動かして私の部屋を冒険し始める。
『みたいだねえ。みんな、楽しそうだ』
クロも仔猫たちは可愛いようで目を細めながら、私の顔に顔をすりすりと擦り付けている。私の側にいる雪さんと夜さんと華さんは仔猫を怖がらせないようにと気配を最小限に消しているが、目の前に広がる愛らしい光景にたまらず口を開いた。
『番さまの仔煩悩な姿は微笑ましいです』
『ええ、ええ。また我が仔が産まれる際はお世話になりましょう』
『そうなれば、賑やかになりますねえ』
雪さんたちはヴァナルの子煩悩振りを受け入れている。対象が自分が産んだ仔でなくとも良いようだ。雪さんたちはこの辺りは凄く寛容である。普通の女性であれば旦那さんには自分の子を最大限に愛して欲しいと思うのではなかろうか。
まあ、旦那さんが他の子を愛おしそうに抱いておむつを替えていたとしても嫉妬しない女性がいるかもしれないか。そもそも私は家族というものに疎いから、口出ししない方が良いだろう。
仔猫が三匹どんどんと部屋の中へと侵入してくる。最初こそおっかなびっくりの抜き脚差し脚状態だったけれど、危険はないと判断したのかゆっくりと歩を進めながらきょろきょろと周りを見渡すようになっている。仔猫は毛玉ちゃんたちを見つけて遊び相手がいると判断したようだ。てててと軽快な足取りで毛玉ちゃんたちの下を目指し始めた。
毛玉ちゃんたち三頭は仔猫三匹に気付いて、ぱっと姿勢を変えて伏せの体勢を取る。急な行動変化にソフィーアさまとセレスティアさまは目を丸くしていた。
「なにか私が気に障るようなことをしただろうか……」
「ああ、どうして!?」
ソフィーアさまは眉尻を下げ珍しく困り顔になり、セレスティアさまは絶望の表情を作り上げていた。お二人が人前で多彩な表情を見せるのは珍しいと感じつつ、仔猫三匹と毛玉ちゃんたち三頭の様子を見守る。
毛玉ちゃんたちが攻撃性を持てば、直ぐに仔猫を引き離さないと危険だ。仔猫と毛玉ちゃんたちの体重は十倍以上違うのだから。面倒をみている者として責任のある行動を取るべきだが、今は状況を見守りたい。きっと毛玉ちゃんたちにとっても仔猫との触れ合いは良い経験になるし、仔猫三匹にも他者と接触する良い機会なのだから。ただ毛玉ちゃんたちは小さすぎる仔猫が恐怖の対象になっているようだった。
どんどんと遠慮なく近づいてくる仔猫に毛玉ちゃんたちは珍しく恐れをなしている。仔猫たちの様子を見守っていたヴァナルが私の下でお尻を床に降ろした。彼は状況を問題ないと判断しているようで、毛玉ちゃんたちの行動を見守るようである。
「仔猫が怖いみたいですね。毛玉ちゃんたちは仔猫が小さすぎて未知の生物と捉えているようです」
仔猫たちは歩けるようになったものの、時折こてんと転げることがある。そういう所も毛玉ちゃんたちは驚いてしまうのだろう。毛玉ちゃんたちは相変わらず伏せの体勢で仔猫が近寄ってくることを警戒している。
「なるほど。しかし彼女たちの方が身体が大きいのに、仔猫を怖いと感じるとは」
「意外ですわねえ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが毛玉ちゃんたちに粗相をしたわけではないと分かり、ほっとした声を上げた。毛玉ちゃんたちの下には仔猫が更に近づいて、あと一メートルほどの距離となっている。
「きっと毛玉ちゃんたちが優しい証拠だと思いますよ。あと自分の力を分かっているので、小さい仔に力をどの程度振えば良いのか掴めていないことが怖いのかなと」
毛玉ちゃんたちはジアの小さい頃とアシュとアスターとイルとイヴの小さい頃を知っているけれど、毛玉ちゃんたちと同じサイズか既に大きかった。私の手の平より少し大きいサイズの仔猫は初めて会うので、戸惑いは仕方ないことだろう。
きちんと仔猫たちは自分たちより弱い存在と把握しているようで、近づいてくる仔猫を注視しながら状況を探っているようである。そうして仔猫三匹が毛玉ちゃんたちの鼻先まで詰め寄ると、彼女たちは伏せの体勢から一気に後ろに跳ねて雪さんたちの陰に隠れた。
『なんかきちゃ!』
『ちっちゃひ!』
『へんなやちゅ!』
毛玉ちゃんたちはたまらず声を上げて、仔猫三匹を雪さんたちの後ろで警戒し始めた。尻尾をお腹の方へ回しているので、マジで仔猫が苦手なようである。雪さんたちは毛玉ちゃんたちの様子が微笑ましいようで、くすくすと笑っていた。
ヴァナルは『可愛いのに』と言いたげな顔をしている。ソフィーアさまとセレスティアさまは、毛玉ちゃんたちが仔猫に驚いている理由をなんとなく察することができて小さく笑っていた。
「びびりんちょしてるねえ」
私が毛玉ちゃんたちを揶揄うと彼女たちが顔を上げた。
『ちぎゃう!』
『こわきゅない!』
『うねうねしちぇる!』
毛玉ちゃんたちが順に否定をするけれど、純粋な仔猫たちは部屋の臭いを確かめながら毛玉ちゃんたちをまた標的として歩みを進めている。そんな仔猫に気付いた毛玉ちゃんたちは今度は鼻を鳴らしてヴァナルの後ろに移動した。
これは慣れるには時間が掛かるようであると判断した私は、仔猫三匹を抱き上げた。なーと仔猫が鳴いて冒険を終わらせた私に抗議の声を上げているけれど、毛玉ちゃんたちにストレスを掛ける気はない。
「部屋に戻ろうね。すみません、赤色ちゃんと青色ちゃんをお願いします」
流石に三匹を抱いたまま移動するのは怖いので、ソフィーアさまとセレスティアさまに二匹を抱いて欲しいとお願いする。特に問題はないようで、難なく彼女たちは仔猫を私の手から受け取ってくれる。仔猫を抱いたお二人は腕の中の彼らに小さな息を吐いていた。
「分かった。しかし……まだまだ小さいな。毛玉たちが怖いと感じる意味が分かった気がする」
「ええ。ある程度成長した仔しか見たことがありませんでしたから。小さくて少し怖いですね」
そんな話をお二人と交わしながら隣の部屋に戻れば、母猫であるトリグエルさんはクッションの上ですこーと寝息を立てているのだった。
◇
――平和だ。
平和である。こう平和過ぎると、トラブル塗れだった三年間が凄く懐かしく思えてくる。いろいろとやるべきことがあるので充実した毎日を送っているけれど、トラブルが舞い降りてこないことを不思議に感じてしまうのは如何なものだろうか。
この考えは悪しきものだから捨て去らなければと首を振り目の前のことに集中する。ただ今の私はとあるお貴族さまが主催する夜会に参加している最中だ。
豪華な会場ホールのど真ん中には凄く煌びやかなシャンデリアが天井からぶら下がり、壁際には大きな壺や鎧が飾られている。生演奏を奏でている楽団の方々は随分と多い数を揃えていると側仕えとして参加してくれているソフィーアさまとセレスティアさまから教えて頂いた。
ジークとリンも護衛として参加しているのだが、ロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに毛玉ちゃんたち三頭は私の影の中で待機して貰っている。
仲の良いお貴族さまであれば彼らに影の中で待機して欲しいとお願いすることはないのだが、今回、私が参加している夜会は参加者人数が多い。
アルバトロス王国の高位貴族の方が多く揃っているのだが、まあ今まで付き合いのなかった方と交流を広めようとういものだ。ちなみに変な絡み方をしたお貴族さまは遠慮なく潰して良いよという、アルバトロス上層部と後ろ盾二家からのお達しは得ている。有難いお言葉を頂いているため私は参加に踏み切った。
「凄い規模だね」
会場には豪華な衣装を身に纏った方々が主催者様に声を掛けている。私もそろそろ行かなければ失礼に当たるだろうと、いつものメンバーへと顔を向けた。
「だな」
「ね」
ジークとリンが私から視線を一瞬外して会場であるホールに向けた。そっくり兄妹は目を細めながら状況を見ている。怪しい人物や私に下心を向けている方を見定めているのかもしれない。
『凄いねえ』
クロもクロで私の肩の上から会場を見渡している。ジークとリンの肩に乗っているアズとネルの方が会場を俯瞰できるかもと、悲しいことを一瞬考えてしまい私は頭を振る。
クロは人間関係に特に興味はないけれど私と一緒に付いてきただけ。多分、私の交友に口出しする気はないし、変な人に絡まれたところでジークとリンが対処して、政治的な部分ではソフィーアさまとセレスティアさまと私がどうにかすると分かっているようだ。
ちなみに興味を一番示しそうなヴァルトルーデさまはジルケさまの『今回は我慢しろよ、姉御』という言葉によってアストライアー侯爵邸で私の帰りを待ってくれている。
女神さまが一緒に参加すれば凄く騒ぎになりそうである。私の側に控えている方が増えていれば女神さまだと安易に想像できるはず。ということで、今回屋敷でお留守番してくれるのは本当に有難い。明日と明後日はヴァルトルーデさまが食べたい食事にしてくれと交換条件を出されたが、可愛いお願いなので問題ない。
「さて、侯爵位を持つナイに話しかけたい初対面の者が多くいるようだが、真っ当であれば自ら声を掛けないだろうな」
「ですわね。ナイより爵位が低い方は知り合いでない限り、声掛けはできないものですもの」
ソフィーアさまとセレスティアさまが不敵な顔になる。この辺りの思考は彼女たちが生粋のお貴族さまで、食う食われる世界で生きてきたのだなと感心できるところだ。
「面倒なしきたりだと考えていましたが、立場を得てしまうと有難いものですね。一先ず、主催者の方に挨拶に行かないと」
私がソフィーアさまとセレスティアさまを見て苦笑いを浮かべれば、お二人も片眉を上げて小さく笑っている。会場内を行きかう方々は私たち一行を見つけると『喋り掛けてくれないだろうか』という期待と不安を入り混じらせた視線を向けていた。あまり良い物ではないけれど、殺気よりはマシだった。主催者さまの所へ行こうと私が促せば、いつものメンバーは小さく頷いてくれた。
「あ、いた」
「フェルカー伯爵の伝手も凄いな」
「ね。一時、地に落ちていたけれど」
私が件の人物を見つけて声を短く上げれば、ジークとリンは先に見つけていたようである。今日の夜会の主催者はフェルカー伯爵さまだ。商人として名を馳せているお貴族さまなので、商売を生業にしている方の参加が多いとのこと。私の伝手が国外に多いので、国内で仕入れができるルートが欲しいと参加に至ったのが正直なところである。
「あはは……」
私はジークとリンに乾いた返事をする。自身の父親の件で迷惑を掛けているので少々後ろめたい気持ちもあるというか。悪いのは黒い女魔術師であるが、実父が女魔術師に惑わされなければフェルカー伯爵家の評判が一時落ちることなはかっただろう。
その辺りも踏まえて、今日の夜会はアストライアー侯爵家とフェルカー伯爵家との間に溝はありませんよというアピールにも使える。私が妙な態度で彼らと接すれば、周りの皆さまは勘繰るだろうし、堂々とフェルカー伯爵さまの下へ行かなければと胸を張った。
「フェルカー卿、お久しぶりでございます。本日はご招待頂きありがとうございました」
「アストライアー侯爵閣下、フェルカー家主催の夜会に参加頂き感謝致します」
フェルカー伯爵さまとは既知なのでお互い無難な言葉で済む。伯爵さまはまだ歳若い方であるものの、前当主さまの意見を得ながらフェルカー家を持ち直させた。口には出さないけれど、本当に申し訳ない。
「いえ。国内の伝手が欲しかったので、今宵は良い機会となりましょう。楽しみです」
「閣下のお眼鏡に適う者がいれば良いのですが」
食べ物関連で良い伝手がないか探すのは楽しいだろうと私は笑みを浮かべる。若干、フェルカー伯爵さまが引いているような気もするが、今は御新規の伝手を得ることを最優先にしよう。
挨拶をそこそこで切り上げてフェルカー伯爵さまの下を去って行くと、周りから視線を浴びる量が増え始めた。下心を私に向けているなという方はなんとなく分かるのだが、たとえ下心を向けていたとしても、お互いに利益があるなら付き合いを持っていても良いだろうか。きょろきょろと私が周りを見ていると、リンが私の耳元に顔を近づける。
「ナイ、あの人は駄目」
「ん。了解」
今日もリンさんセンサーは絶好調のようである。彼女が駄目だと伝えたその人は一見普通の方であるが、腹に一物を抱えているか、裏で怪しいことをしているかの二択だろう。私のなんとなく周りから感じる視線よりもリンの直感の方が正しいので、件の人物と接触を図るのは止めよう。
自身で主催した夜会ではないし、誰かに声を掛けるのも一苦労だと苦笑いを浮かべていると生演奏に釣られて踊り出す方々が増えている。
ひらひらとドレスが揺れる様は綺麗だし、燕尾を着込んだ男性のジャケットの後ろもゆらゆら揺れている。私が踊ると足がつりそうなので、大人しく壁の花となるべきか。上手くいけば侯爵位を持っている方か歴史のある伯爵家の方が声を掛けてくれるかもしれない。私が壁際へ移動すれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いを浮かべている。
「ナイ、声を掛けたい者はいないのか?」
「領地の特産品が食料の方か、食材を扱うことを生業としている方がいれば良いのですが、生憎と知識がなくて……誰に声を掛ければ良いのかさっぱりです」
今度はソフィーアさまが私の耳元に顔を近づけて囁くので素直に答えておく。セレスティアさまは鉄扇を開いて口元に当てながら、私の口ぶりからソフィーアさまがなにを伝えたのか察したようだ。
「そういう時の私たちだ。上手く使え」
「ですわね。会場に何名かいらしたようですわ。とはいえ下心丸出しの方とはお付き合いできないでしょう」
ふっとソフィーアさまが笑い、セレスティアさまが勢い良く開いていた鉄扇を閉じた。
「下心を隠してくれればまだマシだがな」
「ナイと懇意にしていると吹き込めば、有象無象が群がりそうですわ」
肩を竦めるお二人であるが、一先ず目的の人物を教えてくれ、話す、話さないは私に判断を任せてくれるそうだ。下心を丸出しにして、私を出汁に使えば破滅の道を歩むだろうという言葉も付け加えて。確かに今の状況であれば私に妙な下心を出すと地位を落とすだろう。ならば一丁、腹を決めて誰かに声を掛けるのも手だろうか。美味しい食事を確保するためにも必要なことである。
「それじゃあ……――」
食品関連を取り扱っている家をソフィーアさまとセレスティアさまから教えて頂き、リンに教えて貰った方は大丈夫そうかと聞いてみる。リンからは『駄目』『微妙』『多分、大丈夫』という三段階くらいの返事が戻ってきたので、彼女に大丈夫と判断された方の下へ行ってみようとなった。私たちが壁際から歩き出すと周りの方々がざわめき立つ。
『ナイは人気者だねえ』
「どうだろ。珍獣扱いじゃないかな」
クロが目を細めながら私に問いかける。恐らく周りの方々は珍しい人間が夜会に参加しているくらいの認識ではなかろうか。そしてあわよくば声を掛けられたいとか、声を掛けて縁を持ちたいとお貴族さまなら願うはずである。
一応、習慣を破る方はいないので、周りの皆さまの理性は働いているようだった。そうしてリンが判断してくれた、マシそうな方の下へと辿り着く。少しぽっちゃりとした地味顔の伯爵さまだが、アルバトロス王国では珍しく畜産を担っている家なのだとか。
「失礼致します、ロステート伯爵」
「あ、あ、アストライアー侯爵閣下。初めまして!」
初接触の時には自分からどう声を掛けたものかと悩みつつ、無難に伯爵さまの家名で呼んでみる。地味顔のロステート伯爵さまは私が目の前に現れたことで、凄く緊張している様子であった。
「突然、お声掛けをして申し訳ありません。少しお話したいことがありまして……」
「いえ! アストライアー侯爵閣下と話すことができ光栄の極みであります。して、如何なさいましたかな?」
私が笑みを浮かべるとロステート伯爵さまは『なにを言われるんだ!?』という雰囲気をありありと醸し出していた。うん。リンが判断した通り、彼に下心はなさそうだ。少なくとも腹黒い人物ではあるまい。直ぐに用件について斬り込んでくれたのは、お貴族さまの習慣なのだろうか。無駄に話を引き延ばさなくて済むから助かるけれど。
「ロステート伯爵領では畜産に力を入れていると聞き及んでおります。王都での豚肉の販売もロステート伯爵領産の品が主であると」
個人で飼っている方もいるが、店頭に並んでいる豚肉のほとんどはロステート伯爵領産だそうである。懇意になれば、質の良い豚肉を個人で仕入れられるようになるとか。
「え、ええ。我が領では豚肉を方々へと出荷しております。なんでも食べ、多産である豚は牛より飼育し易いですから。質の良い牛肉であれば、やはりマグデレーベン王国産でしょうな。チーズやハムも彼の国の品は特上です」
ロステート伯爵さまがハンカチで額の汗を拭いながら私に説明してくれる。アストライアー侯爵邸で出される牛肉はマグデレーベン王国産のものである。王太子妃殿下の伝手で、料理長さんがマメに買い付けを行っているそうだ。
チーズにハム、ソーセージも買い付けているそうで、侯爵邸の食事に彩りを加えてくれている。ロステート伯爵さまと繋がりを持って置けば、豚肉料理が出される機会が多くなるだろう。上手くいけば、とんかつにかつ丼とか、豚肉の生姜焼き、しゃぶしゃぶと一気に料理の幅が広がりそうである。
「急な話で申し訳ないのですが、豚肉の取引を致したく」
「なにも問題はありません。いくらでもご用意致しましょう」
ロステート伯爵さまは私の申し出に驚くものの、次第に状況を呑み込んで顔をほころばせ始めていた。とはいえ大量に必要はないのである。
「いえ、ロステート家にも領の皆さまにもご迷惑を掛けるつもりはございません。先ずは価格変動が起こらない適量を買い付けたいのです」
娯楽が少ない時代に、食事という楽しみを王都の皆さまや領地の皆さまから奪うようなことはできない。豚肉は領や王都の皆さまに提供され、牛肉を嗜むのはお貴族さまとなっているのだから。
「となれば、少量となってしまいますが……」
「構いません。値段や買い付けの量の交渉については後日使者を送ろうと考えておりますが、宜しいでしょうか?」
とまあ、取引は私からの一方的な提案となるのだが仕方ないのだろうか。新たな食材の仕入れ先が決まったことには喜ぶべきだろう。余り長々と話していては駄目だと用件を終えて、早々に彼の下を離れる。他の方にも取引を持ち掛けたい所だが次の機会で良いかと、軽食コーナーに足を進めて提供されている品を吟味しつつ胃の中に納めるのだった。