魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ロステート伯爵さまから豚肉を買い付けすることになったのだが、少しばかり問題が浮上している。ブロック肉としてキログラム単位で買い付けるため、スーパーで売ってあるような細切れ肉や薄切り肉の概念があまりない。
スライサーは存在しているものの、ミリ単位の厚み調整ができないのだ。お肉を切っても理想の薄さに達しない。ならばと、スライサーを亜人連合国のドワーフの職人さんたちの下へ持ち込んで、もっとお肉が薄く切れるようにならないかと相談を持ち掛けた。
職人さんたちは暫しスライサーの構造を確認していると『直ぐできそうだ』と答えてくれたので、彼らの言い値の倍額払うことになった。いつも私に気を使って安く作ってくれるのだが、ドワーフの職人さんの技術力は高い。だから痛くも痒くもない出費である。
これで豚の生姜焼きやしゃぶしゃぶ肉を食べることができるし、とんかつも作れるだろう。願わくば調理場に立ちたいけれど、料理長さんたちの聖域なので入ることができない。
豚肉のベーコンとチーズ巻きも提案しておいたし、豚肉の大葉と梅肉巻きも提案しておいたので、牛肉と鶏肉と豚肉、兎に羊に鹿にと割とお肉の種類はいろいろと食べることができるのため、前世よりもお肉に関しては選択肢が多い気がする。そして今日のお昼に試食会をしようとなっていて、凄く楽しみにしているのだ。お昼まであと一時間ほどとなっており、私の頬は緩みっぱなしである。
「ナイが面白おかしい顔をしているな」
「今から試食会ですもの。致し方ありませんわ」
「仕事は殆ど終えていますし構わないかと。気を抜く時間も大事でしょう」
執務室で一緒に働いていたソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまが苦笑を漏らしている。私は彼らの声にはっとして緩んでいた頬に手を当てた。確かにだらしのない顔をしていたのかもしれないと気を引き締める。ぺしぺしと私の背中をクロが尻尾で叩いて、ぐりぐりと私の頬に顔を擦り付ける。
『良かったねえ、ナイ』
「うん。あ、アンズが送られてきたから、クロもお昼に食べてみようね」
クロの声に答えていると、そうだと思い出したことがある。ナガノブさま経由で名護さんから藩内で獲れた自慢のアンズだと言って、わざわざ飛竜便を使い送ってくれたのだ。
せっかく私たちが新しいものに挑戦するならば、クロたちも一緒に新しいものに挑戦してみようと料理長さんに頼んで、クロたち用にとお昼に提供してもらうようにしていた。クロたちがいない着替えの場で侍女の方にお願いしたから、彼らは初耳である。
『あんずって?』
「フソウ固有の果物かな。こっちには自生していないと思うよ」
クロに私が説明すると『楽しみだ~』と尻尾をべしべしと私の肩に当てる。アンズが西大陸に存在しない樹種と知れば、ヴァルトルーデさまか大木の精霊さんが『えい!』と生やしてくれそうだ。あまり口外しない方が良さそうだと心に決めていると午前の執務を終えるのだった。
「食堂に行きましょう」
私は席から立ち上がって直ぐ口を開き、壁際に控えているジークとリンに視線を向けた。そっくり兄妹は一つ頷いて私の下へと足を進め、側にいたヴァナルが床から立ち上がりぶるぶると顔を振る。雪さんと夜さんと華さんはゆっくりと立ち上がり、毛玉ちゃんたち三頭は『ご飯!』と気配を察知して顔色を変えて喜んでいる。
「いつもより行動が早い」
「ナイですから」
ソフィーアさまとセレスティアさまが肩を竦めて、彼女たちも席から立ち上がる。続いて家宰さまも立ちあがり私の方を見た。
「ご当主さま、私まで誘って頂きありがとうございます。使用人たちにも振舞われると料理長から聞き及んでおります。侍従長たちも感謝していると申しておりました」
家宰さまは続けて『女神さま方とも同席できるとは……失礼がなければ良いのですが』と眉をハの字にしていた。家宰さまはお貴族さまとして教育を受けているので、マナーに関しては心配していないし、ヴァルトルーデさまとジルケさまも細かいことは気にしないから大丈夫だろう。
ジルケさまに『小さい』とか言い放てば屋敷が燃え上がるかもしれないが、そんなことを言う方は屋敷にはいない。
「いえ。食べ物の恨みは怖いので、美味しいものは共有しなければなりません。食べられなかったと知れば、私は一生相手の方を恨みます」
私がうんうんと頷いているとお三方が苦笑いを浮かべていた。いや、本当に食べ物の恨みは怖いから馬鹿にはできないのだけれど。まあ良いかと苦笑いを浮かべているお三方に再度、行きましょうと声を掛けて食堂を目指す。
廊下を歩いていると侍女の方や警備の方とすれ違うため『お疲れさま』と声を掛けてから歩を進める。やはり子爵邸より侯爵邸の方が移動距離が長い。食堂の扉の前でふうと息を吐き、部屋の中へと入ればヴァルトルーデさまとジルケさまが既に席へと着いていた。
「すみません、お待たせしました」
私が小さく頭を下げると、一番乗りしていた二柱さまは特に気にした様子はない。それよりも新作の料理に興味が湧いているようで、ムズムズしている気がする。私も楽しみなので女神さま方のことを揶揄えないため、あまり突っ込みは入れない。
「ううん。末妹が早く行こうってうるさかったから」
「姉御、嘘を言うな。姉御だってソワソワしてたじゃねえかよ」
ヴァルトルーデさまとジルケさまは相変わらず仲が良い。豚肉料理を食べることをグイーさまたちに伝えたようで、昨夜『良いな、良いのう』と羨ましそうな声が届いたのは秘密である。時期がくればグイーさまは分身体を寄越すつもりのようだし、その時にたらふく食べましょうと伝えておいた。それがいつになるかは分からないけれど、いつかくると良いなと願っている。
一先ず、今回参集したメンバーが集まるまでは料理の提供を待って貰う。まだ全員揃っていないのでもう少し空腹を耐えなければ。グルと鳴る私のお腹に、盛大に鳴ってくれるなと願っていると、今回お誘いしておいた女性二人が姿を現した。
「ナイさま、ヴァルトルーデさま、ジルケさま、皆さま、遅くなりました!」
「申し訳ありません。少し距離感が掴めておらず……」
少し息を切らせているアリアさまとロザリンデさまが頭を下げている。私が気にしないでくださいと伝えれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまも『今きたところ』『美味いもん食べられると良いな』とお二人に声を掛けていた。
私が彼女たちを呼んだ理由は、アルバトロス王国のお貴族さまの口に合うかどうかを聞きたかったのだ。アリアさまは至って普通の感想を述べてくれるだろうし、ロザリンデさまは料理に使った食材や調味料に隠し味を探る癖がある。その点を言えばソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまも詳しく分析しようとする方たちのため、料理長さんたちへのフィードバックが充実するのだ。
私たち幼馴染組と女神さま組は『美味い!』としか言わないので、料理長さん的には役立たずと思われているかもしれない。うん、誠にごめんなさい。
そうして最後にクレイグとサフィールがやってくる。彼らも息を少し切らしているので、待たせないようにと急いできてくれたようだ。
「すまん、遅くなった」
「待たせてごめん。子爵邸にいた頃の癖がまだ抜けないね」
クレイグとサフィールもアリアさまとロザリンデさまと同様に子爵邸で過ごした時間が長くて、アストライアー侯爵邸に慣れていないようである。彼らにも私たちは『気にしていない』と伝えて、給仕の方たちに料理をお願いしますと伝えた。
今日は試食会ということで立食形式となっていた。身内しかいないので食堂の配置を変えたりしていない。テーブルに数々の豚肉料理が置かれて、気になる品を選んで食べて貰うだけ。豚肉が駄目だった方には普段食べている昼ご飯が用意されているから、ひもじい思いをすることはない。
「……ナイ、料理長に何品頼んだ?」
「凄い品数だね」
クレイグがテーブルに並べられた料理を見下ろして、喉から絞り出すような声を上げる。サフィールもテーブルの上を見て苦笑いを浮かべていた。
「並ぶと壮観だね。えっと、十品くらいは伝えたはず……もっとだったかなあ……」
十品は確実に伝えて、似たような品をいくつか増やしたので多分十品以上二十品以下のはず。確かに机の上には私が料理長さまへ提案したお料理が数々並べられ、しかも綺麗に盛り付けされていた。私が伝えたソース以外に、料理長さまたちが独自に考案したソースも添えられているので本当に本職の方たちは凄い。
「新しい料理を試すのは良いけどよ、あんま無茶を言うな」
「自重します」
クレイグが私を見ながら溜息を吐くと、いつの間にかヴァルトルーデさまが私の横に立っていた。
「でもクレイグ、美味しそうだよ」
「そりゃ、そうですが……調理部の者たちに作り慣れない品を作らせ過ぎではないかと心配になります。ナイは際限なく望むでしょうし、頭の隅にでも置いておかせないと」
ヴァルトルーデさまはクロが乗っている反対側の私の肩に軽く手を添えた。クレイグは少し驚きつつも、彼女に自分の意見を伝える。他の皆さまもクレイグと同様の意見か、苦笑いを浮かべているのでクレイグ寄りの意見のようだ。
確かに料理長さまを始めとした皆さまに私は迷惑を掛け過ぎている。調理部の皆さまから辞表を出されては困るので、先程反省した言葉通り少し自重しなければ。
「そういうもの?」
「居候のあたしらが口出しすることじゃねえな」
ヴァルトルーデさまが小さく首を傾げると、苦笑いを浮かべたままジルケさまが指示することではないと仰る。多分ジルケさまは女神の立場で物を言えば、その通りになってしまうので気を使ってくれたようだ。なんとなく妙な空気が流れ始めて沈黙が降りた直ぐのことだった。笑顔を浮かべたアリアさまがパンと手を一つ叩いて口を開く。
「皆さん! 美味しいお料理が冷めてしまいますよ!」
アリアさまの言葉に、彼女の隣にいたロザリンデさまが小さく頷き、私もアリアさまの意見に異論はないと半歩前に出た。
「そうですね。せっかく作ってくださった品ですし、さっそく試食会を開きましょう」
私が声を上げると、集まった皆さまがテーブルの前へと移動して取り分け皿をそれぞれ持って食べたい品を盛り始める。私も頂こうと取り分け用のお皿を持って、豚肉で大葉と梅肉を巻いて焼いた品を取る。
もう一つは豚肉でチーズを巻いて焼いた品を取り、豚肉の生姜焼きも取り分けた。白ご飯が欲しくなるけれど、食べてしまうとお料理の評価ができないので我慢を決意する。他にもとんかつなどのお料理があるので目移りしていると、少し離れた場所からクレイグとアリアさまの声が聞こえてきた。
「あの、空気の流れを変えて貰いました。ありがとうございます」
「いえいえ! クレイグさんの仰ることも分かりますし、ナイさまが美味しいお料理を食べたいという気持ちも分かりますから!」
二人の姿は見えないけれど、会話が成立しているようだ。アリアさまは元平民であるクレイグに対して嫌悪感は持っていないようである。クレイグは少しアリアさまに対して遠慮しているような声だけれど、彼が話しかけ無視されず返事が戻ってきたことで少し気が抜けたようだ。
「ナイは暴走し始めると止まらないので……」
クレイグの呆れた声が私の耳に届いて少し、アリアさまが声を上げる。
「ナイさまが……なんだか意外です。私たちの前で、そのようなお姿を見せてくださりませんから」
ふふふと笑っているアリアさまにクレイグが『料理を取りましょう。遅れると無くなってしまいます』と彼女をテーブルへと誘っているようだ。そうして私の視界の端にクレイグとアリアさまの姿が映り込む。
お互い恥ずかしそうにしながらも、どれが美味しいだろうかと会話を続けていた。サフィールがジークに視線を向けて、彼はそこから更にクレイグへと視線を移してジークに状況を伝えているようだった。ジークも小さく笑みを浮かべながら料理を取り分けていた。件の二人を気にする方、気にしない方、いろいろだけれど……私の話で二人の距離が縮まったなら、それも良いのかなと、大葉と梅肉の豚肉巻を口の中へと放り込むのだった。
――酸っぱい。
◇
アンズを頂いたお礼をナガノブさまと名護さま宛ての手紙に認め、豚肉料理の感想を料理長さんたちに伝えて更にブラッシュアップを図って貰っていると時間は随分と過ぎている。
六月中旬になり、私は南の島へ赴く準備をしつつ日常を謳歌していた。
ヴァルトルーデさまとジルケさまも楽しみなようで、私がなにを持って行くか悩んでいると二柱さまも私の横で悩んだ後にロゼさんに緑茶の茶葉と羊羹を渡している。ロゼさんも流石に女神さまからのお願いとなれば、聞かざるを得ないようで渋々荷物を預かっている。ちなみに私と女神さま以外が荷物を預けるとぽいっと放り出してしまい、預けようとした方はなんとも言えない顔をしていた。
私も床の上に膝を下ろして、荷物をロゼさんに預けている最中である。
トリグエルさんの仔たちが、にーにー鳴きながら私の部屋へと遊びにくる。彼らが遊びにくると毛玉ちゃんたち三頭が立ち上がり伏せの体勢を取った。尻尾をぶんぶん振りながら三頭が『遊ぼ!』とアピールしているのに、仔猫三匹は無視を決め込んで私たちの下へと脚を運ぶ。
子猫三匹の後ろにはヴァナルが控えており、相変わらずトリグエルさんは仔猫を放置していた。ヴァナルの側には雪さんと夜さんと華さんがいて、彼女たちも仔猫のお世話を担っている。離乳し始めているしトリグエルさんの手が必要な場面は減っているけれど、大事な場面だけ手を出してあとは放任しているはどうなのだろう。
産まれて一ケ月強の時が経ち、随分と大きくなっているものの、まだ小さいことには変わりない。時折、ぽてんと床で躓くことがあるし、ご飯をのどに詰まらせることもある。まだまだ気が抜けないけれど、私たちが島に赴いている間はジルヴァラさんとトリグエルさんにお世話を任せる予定だ。
てててと軽快な脚取りで仔猫三匹が私とヴァルトルーデさまの側まで近づいた。仔猫が少し大きくなったお陰なのか、ヴァルトルーデさまが怖がることはなくなり近づいてきた仔猫に手を差し伸べる。
にーと一鳴きした白色ちゃんがヴァルトルーデさまの手の平の匂いを嗅いでから、手に顔を擦り付けてマーキングを始めている。女神さまにマーキングをする猫なんて前代未聞だなあと見つめていると、赤色ちゃんと青色ちゃんが私に構えと言わんばかりに近づいて膝の上に登ろうと試みている。爪を立てて服を駄目にすれば侍女の方達が私の知らない所で悲鳴を上げると、赤色ちゃんと青色ちゃんを右手と左手で抱き上げ膝の上に乗せた。
なにが起こったのか分からないようで目を白黒させているので、私が赤色ちゃんと青色ちゃんの身体を撫でて大丈夫だよと伝える。次第に状況に慣れてきたのか赤色ちゃんと青色ちゃんは喉を鳴らしながら、くわっと大きな口を開けて欠伸をした。
前脚二本で私の膝をふみふみして寝心地が良い場所を探していた。暫く様子を見ていると、私の足と足の間のくぼみに身体を丸めて寝息を立て始める。ヴァルトルーデさまが羨ましそうな視線を私に向けて、への字になっている口を開いた。
「ナイ。狡い」
「狡いと言われましても。白色ちゃんを抱き上げて膝の上に乗せれば良いのでは?」
直球なヴァルトルーデさまの言葉に私は苦笑いが漏れる。ヴァルトルーデさまは白色ちゃんに手を差し伸べたまま、すりすりされている状況が続いていた。その行為を無下にできないようで、私の言葉を聞いたヴァルトルーデさまはむっと顔を顰めている。
その内白色ちゃんが飽きてヴァルトルーデさまの側で寝息を立て始めそうだが、果たしてどうなることか。気ままな白色ちゃんにヴァルトルーデさまの相手を任せようと、私は膝の上で寝ている赤色ちゃんと青色ちゃんに視線を向けて、丸くなって寝ている背を撫でた。
起きる気配はない、というか人間の手に慣れているので、赤色ちゃんと青色ちゃんは警戒を全くしていない。二匹が寝ていると察知した毛玉ちゃんたちはこっそり私の側に近づいて、すんすん鼻を鳴らしながら二匹の匂いを嗅いでいる。
「仲良くできる日はいつだろうね?」
毛玉ちゃんたち三頭に声を掛ければ上目遣いで私を見上げる。ばっふんばっふん振っている尻尾がパタリと動きを止めて、彼女たちは短く喉を鳴らした。
『むじゅい』
『あしょんでくれないー』
『にげりゅのー』
毛玉ちゃんたち三頭は落ち込んでいるというよりは、仔猫三匹が相手をしてくれないのでつまらないと言いたげである。仔猫三匹は毛玉ちゃんたち三頭の圧が強いようで少し苦手なようである。それにほぼ狼サイズになっている毛玉ちゃんたちと仔猫では体格に差があり過ぎるので、遊ぶのも難しいような気がするのだが。
そんなことを考えていると白色ちゃんがヴァルトルーデさまの膝上に登頂していた。膝上の白色ちゃんはドヤと言いたげにヴァルトルーデさまの顔を見上げている。
「ナイ、ナイ。どうすれば良い?」
「撫でてあげれば良いかと」
ヴァルトルーデさまが私に助けを求めているが、そんなに悩むことではないようなと思いつつ助言をしておく。私の言葉を聞いたヴァルトルーデさまは目を細めて、信じられないというような顔をしていた。
「頭、小さいよ?」
「なら身体でも良いかと」
確かに産まれて一ケ月の仔猫だから、成猫と比べると頭も小さい。怖いなら身体の部分で良いのではと伝えてみると、おそるおそるヴァルトルーデさまは片手を伸ばしてゆっくりと白色ちゃんに触れている。
「人間の大人と接するのは慣れているけれど、小さい子たちは苦手」
「そのうち慣れますよ」
ヴァルトルーデさまが力なく笑うので、私は苦笑いを浮かべるしかない。もしかして数千年間の引き籠もりが、彼女に苦手意識を抱かせてしまったのだろうか。白色ちゃんはヴァルトルーデさまの手を受け入れて気持ち良さそうな顔を浮かべている。
ヴァルトルーデさまならば勝手に慣れていくだろうという確信があるので心配はしていない。毛玉ちゃんたち三頭は赤色ちゃんと青色ちゃんが相手をしてくれないと分かり、残念な顔をしながら白色ちゃんの方へと移動する。
膝の上にちょこんと乗っている白色ちゃんの顔を毛玉ちゃんたち三頭が覗き込むと、白色ちゃんは『ふしゃー!』と凄い顔で威嚇する。驚いた毛玉ちゃんたち三頭はぴょんと脚の力を使って後ろに跳ねた。毛玉ちゃんたちが跳ねたことによって目を丸くしているヴァルトルーデさまだが、状況を直ぐに掴んで白色ちゃんに『大丈夫』と伝えている。
毛玉ちゃんたち三頭は仔猫とまだ仲良くできないと悟り、しょぼんとしながらヴァナルと雪さんたちの方へと尻尾を垂らして戻って行った。
「仲良くなれるまで長そうだね」
『もう少し仔猫が大きくなれば、きっと仲良くできるよ~』
私とクロの声を聞いたヴァナルと雪さんたちは毛玉ちゃんたちを慰めているようである。種族を超えて仲良くなれると良いなと願っていると、白色ちゃんを撫でながらヴァルトルーデさまが私の方を見ていた。
「ユーリは島に連れて行かないの?」
「まだ小さいですから。屋敷で過ごす方が無難かなと」
二歳に満たないので、お屋敷から外へ出すのは少々怖いのだ。幼い子は病気に対する免疫も低いし、ワクチンなんて便利なものも存在していない。部屋からあまり出ていないから、先ずは屋敷内をウロウロできるようになるのが目標である。
「少し、寂しい。ユーリも寂しい」
「ですね。でもユーリにはアンファンと乳母さんたちがいますから。来年になればユーリも一緒に行けるかなと」
へなとヴァルトルーデさまが情けない顔をしているけれど、ユーリに慣れたとはいえまだ遠慮している節がある。それでも気に掛けてくれるのだから有難いか。
「誰がくるの?」
「島は亜人連合国の管理なので、亜人連合国の皆さまがいらっしゃいますね。竜の方も沢山いますし……暫く大蛇さま、ガンドさまにも会っていませんし、ポポカさんたちの仔も紹介しないと」
その他にもエーリヒさまとユルゲンさまに、聖王国からはフィーネさまとアリサさまとウルスラさまが。ソフィーアさまとセレスティアさまにアリアさまとロザリンデさま、マルクスさまとギド殿下もいらっしゃる。
今年も副団長さまと猫背さんも南の島へ行かせてくださいという懇願の手紙が届いている。学術調査と言い張って、仕事としてこられるのだから本当に執念が凄いというか。
「沢山いるね。楽しそう」
へらりと笑うヴァルトルーデさまに私も笑みを返して『早く七月がくると良いですねえ』と答えるのだった。
◇
アストライアー侯爵家の警備部に配属され、私は主に門兵として警備に携わっている。
今日も今日とて、アルバトロス王都にあるアストライアー侯爵邸の門扉に立って警備を務めているのだが至って平和であった。今までは子爵邸で門兵を務めていたのだが、ご当主さまが引っ越しなされて私も同時に侯爵邸の方へと異動になった。
伯爵位と侯爵位と公爵位を持つ方々の屋敷が多くあるため、子爵邸があった場所より更に治安が良い。というか平民が歩いていたなら凄く目立つ場所であるし、白い目で見られるため、道を歩くには度胸が必要となるだろう。そんな人気の少ない場所の警備を担っているため、門兵を務めている同僚と話をするのは致し方ないのだろう。
「平和だな」
私は反対側に立つ同僚へと顔を向ける。決して暇だとは言わず、違うニュアンスで言葉を紡いだ。
「外は平和だな」
「おい、屋敷の中は問題があるような言い方はしないでくれ。いや、まあ……あの若者はそろそろ家宰殿と警備部隊長の雷が落ちても仕方ない気がする」
私は同僚に苦笑いを向けた。どうにも俺たちが食堂で『いただきます』と『ごちそうさま』と言っていることや、ご当主さまが廊下で私たちとすれ違う時に『お疲れさまです』と声を掛けている姿を小馬鹿にしているという噂がある。元々子爵邸で働いていた者たちの前では言っていないが、新規で雇われた者たちの前では口にしているとか。警備部の隊長殿は彼の言動を把握しているようだし、他にもやらかしている最中らしい。
「そういえば件の彼は訓練でジークリンデ殿にノされていたな」
「あれは見事だった。ジークリンデ殿の腕前は近衛騎士に勝るものがある」
彼のやらかしの一つである。ご当主さまの護衛を務めるジークフリード殿とジークリンデ殿の腕前はアストライアー侯爵家警備部の古株であれば、誰もが認めるものである。
教会騎士として『黒髪聖女の双璧』と二つ名が付いていたし、近々では『邪竜殺しの英雄』という二つ名も頂いていた。そんな方に稽古をつけて貰える環境は凄く有難いので私たちは感謝をしているのだが、貴族家の若者からすれば貧民街出身の平民の癖に……という妙な意地が湧くようだ。
「実力の差を理解できずに、女に負けるなんてと周りを馬鹿にしたからな……」
彼の女に負けるなんてという台詞をジークリンデ殿は耳にしたようで、ならば手合わせをと願い、若者も手合わせを承諾したのだ。結果は言わずもがなである。
「自業自得だ」
そもそもジークフリード殿の強さに言及しない時点で、男として終わっているというか。件の若者には騎士道精神や礼儀というものが身に付いていないようである。彼を紹介した者が話を知れば顔を真っ青にするどころか、自害するのではなかろうかと考えてしまう。
「そういえば彼の姿を拝む機会が減っているような?」
「ああ、警備部隊長が彼の勤務時間を減らしていると誰かが言っていたな」
ご当主さまには彼の話がいかないままか、終わった後で報告されそうだなと青空を飛ぶ鳥の『ピロロロロロロ』と鳴く声を耳にしながら、私たちは『平和だな』『平和だなあ』と呟くのだった。