魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ハイゼンベルグ公爵家の料理人として雇われ、ミナーヴァ子爵家の料理長へと転身し、更にはアストライアー侯爵家の料理長を担うまでになると、料理人を目指し始めた俺が知れば凄く驚くだろう。
今もアストライアー侯爵家の調理場で屋敷で働く者たちの食事を作っている最中である。真新しい調理場には沢山の寸胴やフライパンに調理器具が並んでいる。最近、ご当主さまのご提案によって、ドワーフの職人が作ってくれた肉切機が導入されたのだが、切れ味が物凄く良い。切れ味が良いということは手入れも必要になってくるのだが、最低限で良いというトンデモない代物だった。ご当主さまご提案による目新しい道具は、計量スプーンやカップがあった。
料理に加える調味料の量を簡単に分かるのはもちろん、他の者たちに大さじ一杯加えてくれときちんと量を指し示すことができる。
作り手によって味のムラがあると屋敷で働く者から苦情がきていたが、最近は少なくなっているし味のムラがなくなったと喜んでくれていた。ご当主さまたちは気にしないのか毎度、美味しい美味しいと食べてくれるので料理人としては有難いような、寂しいような気持ちがあった。
とはいえ、ご当主さま方は出された料理を完食してくださるし、不味いと怒ることもない。偶に口に合わない品が出れば、給仕の者に『辛かった』とか『甘かった』とか軽く伝えてくれているので、俺たち料理人にもあとで分かるシステムになっている。ご当主さまが理不尽な貴族さまでなくて良かったと俺も屋敷の者も喜んでいる。
今はご当主さまの晩餐と屋敷の者たちの晩飯作りに調理場は大忙しだ。料理人たちが各自の持ち場で汗を垂らしながら動いている。
「料理長~これ、どうするんですかー?」
「おう、賄になるからな。大皿に盛っておいてくれ!」
大きな鉄鍋を持った部下に声を掛けれられる。彼が持っている鉄鍋の中身はピラフだった。アルバトロス王国ではめずらしく海鮮がたくさん入っているので、屋敷の者たちが驚くだろう。内陸部故に海鮮はどうしても値段が高くなってしまうから、庶民は手を出し辛いし、お貴族さまだって手に入れ辛いのだが、ご当主さまのスライムによって解決できていた。
フソウというアルバトロス王国から遠く離れている島国と亜人連合国が管理している南の島から魚や貝をご当主さまは手に入れていた。それをスライムが保管して、傷まないという凄い保存の仕方をしていた。
ご当主さまのスライムは偶に調理部に顔を出し海鮮をぺっと吐き出して『マスターがみんなで食えって言ってた』と声を上げ、一瞬にしてどこかへ消えていく。
最初は驚いたがご当主さまに確認を取ってみると、増え過ぎているから屋敷の皆で消費して欲しいと苦笑いを浮かべていた。それならばと、遠慮なく捌いてみんなに振舞っていた。今回はイカ、エビ、貝類が提供されたため、海鮮ピラフを作って貰っている。
「承知ー」
「今日は手抜きだから、みんなに申し訳ないと伝えておいてくれ」
「はいー! まあ仕方ないですけれどね」
部下が片眉を上げながら苦笑いを浮かべ、大鍋から大皿へとピラフを移し込んでいる。ご当主さまに出す晩餐料理が豪華な時は、屋敷の者たちに提供する料理はどうしてもおざなりになってしまう。やはりご当主さまには美味しく食べて頂きたいと料理部一同気合が入るのだ。
「そういえば、みんなからクリームコロッケをまた出して欲しいとお願いが入っていますよ」
「人気だなあ。またリームから芋が届けば作るか」
どうやらミナーヴァ子爵領新領主邸完成披露パーティーで提供する料理の試食を屋敷の者たちに頼んでいた。クリームコロッケもその一つだったのだが、物珍しさも相まって皆、気に入ってくれたようである。クリームコロッケのレシピはベナンター準男爵閣下が提供してくれたものなので、俺たちが発案した料理ではないのが悔しいところではある。だが、やはり美味いから屋敷のみんなが望むのは理解できる。
「自分も好きなので楽しみです」
「俺たちが発案の料理を編み出さないとなあ……」
「料理人として立つ瀬がないですよねえ」
また部下が片眉を上げながら苦笑いになっている。料理人の俺たちよりも、ご当主さまが『こんな料理を食べたい』と発案してくることの方が多い。ご当主さまの考えたレシピは大雑把であるが、ベナンター準男爵閣下が認めたレシピは事細かく記されている。
時折、ご当主さまの発案にベナンター準男爵閣下が字を書き加えていることもある。ご学友と聞いているが、もしかしてベナンター準男爵閣下はご当主さまに気があるのだろうか。でなければ、美味しいレシピを紹介なんてしないはず。
俺たち調理部一同はジークフリード殿を応援している。凄く勝手なことだと分かっているが、ご当主さまの後ろで静かに控えながら見守っている彼の姿は不器用そのもので、どうにかして成就して欲しいものなのだ。
ちなみに侍女と下働きの女性たちはジークフリード殿を推す者とベナンター準男爵閣下を推す者に、亜人連合国の代表殿、果ては魔術師団副団長殿――既婚者だが、彼の顔の良さにやられているようだ――をそれぞれ推している。彼女たちの夢想がご当主さまに知られなければ問題ないが、女性というのは本当に叶わない恋や愛に惹かれてしまうのだなあと話を聞いた調理部一同は溜息を吐いていた。
流石にアルバトロス上層部も後ろ盾であるハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルグ辺境伯家もご当主さまを独り身で終わらせることはあるまい。それにご当主さまに婚約者もしくは伴侶を据えなければ、空座を狙うけしからぬ者が必ず現れる。現に今だって狙っている家があるだろうしなあと遠い目になっていると、とんと音が鳴る。
「あれ、お猫さま。どうしたんです? もしかしてカツオブシを食べたいんですか?」
部下が音の方へと顔を向けて、現れた者へと声を掛けた。三叉の尾を持つ黒猫――最近、トリグエルさまとご当主さまから名を頂いている――が台の上に乗り、じっと部下を見つめていた。
『だの。腹が減ったぞ』
「駄目ですよ。ご当主さまから無暗にあげないでくださいと通達されていますからね」
以前から彼女は腹が減ったと調理場に顔を出す。ここにくればなにか貰えると学んでいるし、猫好きな者に擦り寄っておやつを強請っている姿も見たことがある。どうやら今日も腹が減ったようで、調理場に顔を出したようだ。
産まれた仔猫の世話は良いのかと言いたくなるが、乳離れも済む頃なので問題ないそうである。しかしトリグエルさまに間食を与えるのはご当主さまから禁止令が出ていた。
運動が足りないのか、子爵邸にきた頃のトリグエルさまより現在のトリグエルさまの方が随分とふっくらしている。だからこそご当主さまは間食は駄目だと皆に通達したようで、我々も可愛さ余っておやつを与えないようにと心をゴブリンのようにして耐えている。
『ナイめ……』
トリグエルさまが渋い顔を浮かべ揺らしていた尻尾をぴたっと止めれば、精霊であるジルヴァラさまが現れた……貴族の屋敷に猫又や精霊が何故住んでいると言いたくなるが、女神さま方も滞在しているので今更の疑問である。アストライアー侯爵家で働きたくば、常識と欲は捨て去った方が無難だ。つい最近も少々勘違いした警備部の若者の姿を見なくなっている。
「あ、ほら。お迎えがきてくれました」
『ジルヴァラか! 妾を攫いにきたのだな!』
トリグエルさまがジルヴァラさまの姿を見て台から立ち上がる。ジルヴァラさまは無表情のままでトリグエルさまに近づいて両手を差し出した。
『トリグエル、戻ろう。皆さまに迷惑。トリグエルの毛が入ると大問題』
『妾が汚いと言いたのか!』
ジルヴァラさまは屋敷の部屋や庭の掃除をしている所を見たことがある。彼女は綺麗好きのようで、トリグエルさまが調理場に長居するのは問題があると言いたいようだ。
『汚くはないけれど、毛むくじゃらだから』
ジルヴァラさまの言葉に調理部の者たちが小さく息を吹いた。美人な妖精さまが『毛むくじゃら』なんて言葉を零すとは思わなかったらしい。俺もジルヴァラさまの台詞に驚くが、動かしている手を止めることはない。
『……ジルヴァラの言葉の選択が厳しいぞ。誰の影響じゃ』
トリグエルさまが文句を言いながらもジルヴァラさまの腕の中へと納まった。そうしてトリグエルさまを抱いたジルヴァラさまは礼を執り、しずしずと調理場を去って行く。彼女たちが姿を消して暫くすれば慣れない者たちが安堵の息を吐いた。俺は彼らを見つつ目の前のことに取り掛かる。そうして本日提供する晩餐と賄いの仕上げをして、少し時間が余っていた。
「あ。七月から二週間、南の島に行きたい者はいるかー?」
俺が声を上げると料理人たちが顔を一斉に向ける。ご当主さまは七月に入ると、南の島へと赴くのが通例となっていた。その時、調理部から何人か同行者を募っている。まだ決めていなかったと俺は思い出し、今なら大丈夫だろうと声を上げたのだ。皆が少し思案顔になっているので返事を待っていると、先程の部下と若手の者が手を挙げる。
「自分、行ってみたいです!」
「俺も!」
キラキラと顔を輝かせているが、少し心配なことがある。南の島は当然海に囲まれているので、魚が捌けないと少々辛い目に合うことになる。ご当主さまたちがご自身で捌けるので問題ないかもしれないが、料理人がご当主さま方に調理を任せるなんて前代未聞だ。
「魚は捌けるな?」
「ウナギは無理です」
「ウナギは難しいですね」
俺の疑問に答えた彼らは随分と素直だった。ご当主さまがフソウから持ち帰ったウナギという長細いうねうねした魚を捌くには慣れが必要である。俺がようやく最近綺麗に捌けるようになり、部下たちに仕込もうとしているのだ。流石に南の島では獲れないだろうしと俺は一つ頷いた。
「ウナギは捌けなくとも大丈夫だろ。魚は問題ないな」
俺がもう一度問えば、二人は確りと頷く。
「あと女神さま方もご一緒されるからな! 失礼のないように!!」
「え?」
「へ?」
きょとんと二人が目を丸く見開いているが、知らなかったのだろうか。なににでも興味を示している二柱さまだし、もしかすれば北と東の女神さまも参加するかもしれないと家宰殿から聞いている。
「興味を方々に示している方々だ、当然だろ」
「先に言ってくださいよ!」
「あ、皆、行ってこいみたいな顔になってる!」
俺も二年前に南の島に訪れたのだが、ご当主さま方はほとんど自前で朝、昼、晩の料理を作っていた。だから若い二人でも問題なく二週間を乗り切れる。女神さま方以外にも亜人連合国の方たちも一緒であるし、二人が大丈夫か心配になるよりも、人として料理人として成長できる良い機会だろうと俺は頷くのだった。
◇
――七月になった。
今日からお誘いした方々と一緒に南の島で二週間過ごすことになる。ただ今、飛竜便の竜のお方の背中の上である。聖王国に立ち寄ってフィーネさまとアリサさまとウルスラさまを回収しているし、亜人連合国のディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんも一緒である。
昨年もほぼ同じ面子だったから、皆さまの緊張は少なくなっている……と言いたいが、信仰心の篤いウルスラさまはかなりカチコチになっている。私が大丈夫かと彼女に視線を向けていると、ジルケさまが『あー……』と状況を察し『姉御』と声を上げヴァルトルーデさまに指を指した。
ヴァルトルーデさまもウルスラさまが凄く緊張していると分かり、二柱さまが同時に立ち上がりウルスラさま方がいる方へと歩いて行く。誰も止めないので放置で大丈夫だろう。彼女と一緒にいるフィーネさまとアリサさまも驚いた顔をしているが、ウルスラさまほどではないのでサポートに入れるはずだ。
「え?」
ウルスラさまが目を丸くしながら二柱さまを見上げて短く声を出した。フィーネさまとアリサさまは沈黙を守っているので、状況に加わるつもりはないようだ。
「ウルスラ、話をしよう」
「せっかく遊びに行くんだ。ずっと緊張しっぱなしなんて勿体ねえだろ」
ヴァルトルーデさまがウルスラさまの右側に、ジルケさまが左側に腰を下ろすとウルスラさまは顔を真っ赤にさせながら口を開く。
「ひゃ、ひゃい! め、女神さま方とおひゃなしができて大変光栄でありましゅ!」
彼女は滅茶苦茶緊張していると分かる口調で言葉を発しているのだが、ヴァルトルーデさまとジルケさまは大丈夫かと問うてウルスラさまを更に追い込んでいるような。
「大丈夫なのか、アレ」
「あはははは。どうだろうね?」
私と同様に状況を見ていたクレイグとサフィールが片眉を上げながら怪訝な声を上げた。確かに大丈夫ではなさそうであるが、二柱さまの気遣いを無下にはできない。きっとこれからも関係が続くはずなので、二柱さまに慣れて頂かなければ。気絶しそうなら手助けをしようと決めて、私は違う方へと顔を向ける。ジークは久方ぶりに会うエーリヒさまとユルゲンさまと話をしていた。
「同僚から羨ましいと言われながら見送られたよ」
「僕も同じでした。アストライアー侯爵閣下には感謝せねばなりませんねえ」
「そうか。島で息抜きできれば良いんだが。毎年なにか起こっているからな」
三人の声に聞き耳を立てている私は確かにと納得してしまう。一年目は鸚鵡さんが人間嫌いー! と叫んでいて共和国と縁を持つことになった。二年目は神さまの存在を示唆されている本を見つけて神さまの島に赴く切っ掛けとなっている。今年もなにか新たな発見があれば、また騒動の種になるのだろうか。いや、そんなはずはないと頭を振れば、私の隣にいたリンがどうしたのと問うてくる。
「なんでもないよ。今年も楽しもうね。お肉、沢山持ってきたし一杯食べなきゃ!」
「うん。――……ナイの隣は死守する」
私の声に彼女は目を細めるのだが、少ししてぼそりとなにかを呟く。空を飛んでいるためか時折風切り音が耳に届くため、丁度聞き取れなかった。
「なにか言ったリン?」
「なにも。ナイ、楽しもう」
へらりと笑ったリンは私の腰に腕を回して膝の上へと乗せた。そういえば彼女の膝の上に乗るのも久方振りだと苦笑いを浮かべていると、クロが私の肩から滑り落ちてちょこんと膝の上に乗り、ネルも私の膝の上に移動してクロとじゃれ合い始めた。二頭のじゃれ合いは可愛いなと見ていると、ダリア姉さんとアイリス姉さんがこちらへとやってきた。
「相変わらず、仲が良いわねえ」
「ずるい~私もー! ナイちゃん抱っこするー!」
お二人は私がリンの膝の上に乗っていることが面白かったようで、ダリア姉さんはくすくすと笑い、アイリス姉さんは手を伸ばして私を渡せとリンに訴えている。リンはリンで私を離すつもりはなく、腹に回っている彼女の腕に力が籠る。
「今は諦めなさいな。オンセンもあるんだし、機会はいくらでもあるでしょう?」
「む。そうする。フソウだと、オンセンに一緒に入るのは裸のお付き合いだってナガノブから聞いた。君より仲良くなるからね~」
ダリア姉さんがアイリス姉さんを諫めているのだが、ナガノブさまはお二人にいつの間に『裸の付き合い』なんてフソウ語を伝えていたのだろう。子爵領領主邸完成披露パーティーに参加していたし、そこで話したのだろうか。
いつの間にか交流を深めているのは有難いけれど、妙な知識を学んだなあと私が明後日の方向へ視線を向けるとリンが後ろから顔を近づけてきた。
「裸の付き合いならナイとずっとしてる」
確かにリンと私の付き合いは長くなるし、頻繁にお風呂へ一緒に入っている。貧民街から教会に保護された頃は環境が全く違うので、いろいろとリンと一緒に周囲の皆さまから学んでいた。ただリンが珍しく煽るようにアイリス姉さんに伝えたのは、優越感のようなものだろうか。
「ナイちゃん一体どういうことー!」
何故かアイリス姉さんの怒りが私に向いた。でも本気ではないと直ぐに分かるので私は黙っておく。
「はいはい。少し落ち着きましょうね」
ダリア姉さんがアイリス姉さんの首根っこを持って私の側から離れて行く。どうやらディアンさまたちの下へと戻って、なにか話をしているようだ。ダリア姉さんとアイリス姉さんは大丈夫そうかなとまた他へと視線を移すと、大きくなったヴァナルの姿が視界に入る。
彼の側には狼サイズの雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭も一緒にいるのだが、彼らの真ん中でセレスティアさまがお姉さん座りをしていた。
『セレスティア、これで良い?』
「は、はい! ヴァナルさん! わたくしの夢が一つ叶いましたわ!」
セレスティアさまが凄く幸せそうな顔をしている。対してヴァナルは言われるままに行動を起こしたようで、イマイチどんな現状なのか分かっていないようである。セレスティアさまは単にモフモフに囲まれたかっただけのようで、彼女の野望の一つが今叶ったようだ。
ヴァナルのお腹にセレスティアさまが凭れかかり、横には雪さんたちが侍っている。毛玉ちゃんたちもセレスティアさまの膝の上に顔を乗せてまったりしていたり、横に腰を下ろして体重を預けていた。ちょっと羨ましいなと思わなくもないけれど、セレスティアさまの邪魔をするのは悪いので暫く視線と耳だけを向けることにした。
『こんなことで良いの?』
『慎ましい願いですね』
『これくらいならばいつでもできましょうに』
『遠慮なさっておられたのでしょうか』
ヴァナルがこてんと首を傾げると、雪さんたちも首を傾げた。毛玉ちゃんたちはべしべしと前脚を動かして膝の上に乗せながら、セレスティアさまに『構え!』『撫でて!』『触って!』と訴えている。
「流石にナイの屋敷ではお願いし辛いと言いましょうか……」
セレスティアさまは口を開きつつ、二本の腕で器用に毛玉ちゃんたち三頭を撫でている。彼女の言葉に覇気はないが、特徴的な御髪がどんどん膨らんでいっていた。
『ジャドたちも呼ぶ?』
「わたくし気絶してしまいますので、ご容赦を……ですが、いつかお願いしとうございます」
ヴァナルがまたこてんと首を傾げると、セレスティアさまが凄く嬉しそうな顔を浮かべるも直ぐに鳴りを潜めさせた。どうやらジャドさん一家まで加われば彼女は気を失うようである。
ジャドさんたちもモフモフしているから抱きつくと凄く気持ち良い。アシュとアスターとイルとイヴも大きくなっているのでモフ感が増していた。ポポカさんたちは相変わらずだが毛艶が良くなっているし、仔たちも真ん丸に育って大人のポポカさんたちと遜色はない。
アシュとアスターの背の上にポポカさんたちが『ポエポエ』と鳴きながら、島への到着を待っている。イルとイヴは竜のお方と並走しており、空の旅を満喫していた。ジャドさんはギド殿下とマルクスさまを背に乗せて高速飛行をしている最中だ。無事にギド殿下が戻ってくるのか心配しているソフィーアさまの背がなんだか微笑ましい。
「こ、こんな高い所を……しかも竜のお方の背の上に乗るだなんて……! 分かってはいたけど……凄っ!」
「貴女方は慣れているのですか?」
今回派遣されるアストライアー侯爵家の料理人さんが少し顔を青くしながら空の旅を楽しんでいる。料理長さま曰く、若いけれど腕は良いので扱き使って欲しいと出発間際に言い残していた。島に滞在する二週間はなるべく自分たちで調理するつもりなので、大忙しにはならないはずだ。彼らと一緒に固まっている侍女の方たちが小さく笑っていた。
「去年と一昨年も島に赴きましたから」
「ね。三度目になれば慣れてきたかなあ」
ふふふと侍女の方たちは余裕の笑みを浮かべている。一人はいつもお世話になっている騎士爵家出身の方で、もう一人のお方は彼女と仲の良い方だ。屋敷で働いている方たちとも交流が持てるなら、今回の島行きは悪くない行事だろう。
彼らの楽しそうな話声に耳を傾けていると、空を飛んでいたジャドさんとイルとイヴが戻ってきた。ひょいとジャドさんから降りるギド殿下とマルクスさまがフラフラしながら降りる。
「ははは! ジャド殿は凄く速いのだなあ。竜のお方より速いとは!」
「うっぷ……ギド殿下、はしゃぎすぎ」
どうやらギド殿下の要望に応えたジャドさんの飛ぶ速さに、マルクスさまは耐えられなかったようである。ソフィーアさまがギド殿下にゆっくりと歩み寄り『楽しまれたようでなによりです』と伝え、ギド殿下は『いつか君と一緒に乗ってみたいものだ』と声を掛けていた。
セレスティアさまはヴァナル一家に囲まれたまま場を動こうとしないので、マルクスさまは放置で良いらしい。仕方ないと私がリンの腕を叩いて、少し解放して貰うと『む』とリンが短く声を上げた。少し待っていてとリンに声を掛け、マルクスさまに酔いがマシになる術を施そうと彼に近寄る。
リンが凄い拗ねているけれど、まあ酔ったままでいるより良いだろうと苦笑いを浮かべているとマルクスさまがぎこちなく『ありがとうございます』と私に声を掛けてくれる。なんだか彼の敬語はむず痒いと笑ってリンの下へと戻る。
『帰り道もできますよ。仔たちも飛ぶ練習になるので良い機会です』
ジャドさんたちも飛ぶことに抵抗はないようで楽しそうである。少し物足りないと感じてしまうのは、今年はエルとジョセは侯爵邸でお留守番を務めていることだろうか。
ルカとジアは一緒に南の島にきているのだが、何故かエルとジョセはお留守番をしていると申し出があったのだ。彼らが決めることだし強制しても楽しく過ごせることはない。とりあえずルカとジアが目一杯楽しんでくれれば良いだろう。彼ら二頭は竜のお方と話してみたり、一緒にきている小型の竜のお方たちと遊んでいた。
「ナイ、島が見えてきた。そろそろナイにも見えるはず」
「リン。ありがとう」
リンと私は進行方向へと視線を向けると、真っ青な海の上にポツンとある島が小さく見えた。暫くすれば段々と島の影が大きくなってきて、お迎えなのか小型の竜の方たちが島から飛びこちらへ向かってくる。ゆっくりと小型の竜の方たちが大型の竜の背の上に降りて、こちらへと走ってきた。
『聖女さまー! 久しぶりー!』
『ポチとタマ、待ってるー! ガンドさまもー! みんなもー!』
「久しぶりだね。今年もまたよろしくお願いします」
言い終えると彼らはぐりぐりと顔を寄せて私の身体に擦り付けてくる。圧で押されそうになるとリンが私の背中を支えてくれた。さて、これから二週間遊び倒そうと目の前に迫った島に期待を寄せるのだった。
――あれ、副団長さまと猫背さんは何処に行ったの?