魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
遺跡から戻って、一日の汚れと疲れを癒すために温泉に入り食事を済ませてベッドに入る。リンと私が一緒の部屋で寝ることに対してヴァルトルーデさまから苦言があったのだが、どうにか回避して無事に朝を迎えた。朝食を済ませたら、昨日遺跡の中で見つけた新たな隠し部屋をみんなで探索しようということになっていたので、今日は島にいる皆さま全員で向かうことになっている。
副団長さまと猫背さん、亜人連合国のディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さん、女神さまであるヴァルトルーデさまとジルケさまとナターリエさまとエーリカさま、そしてソフィーアさまとセレスティアさまとアリアさまとロザリンデさま、聖王国からフィーネさまとアリサさまとウルスラさま、エーリヒさまとユルゲンさまとギド殿下とマルクスさまが。
幼馴染組もジークとリンとクレイグとサフィールと私が参加している。そしてクロとアズとネル、ロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さん、ルカとジア、ジャドさんとイルとイヴ――アシュとアスターはポポカさんの面倒を見ているので不参加――が参加している。ポチとタマと他の小型の竜の方が数頭一緒に参加しているし、チラチラと光っているのは妖精さんだろう。
本当になにが起こっても問題なく対処できてしまう面子が揃っていることに私は驚きを隠せないが、そんな面子が遺跡の前で全員顔を揃えていた。
「うーん、まさか漏れがあったなんて」
「ダークエルフの勘でも見抜けなかったんだね~」
「申し訳ない」
ダリア姉さんとアイリス姉さんがしみじみと言葉を発すれば、ダークエルフの代表さんが情けない顔をして頭を小さく下げていた。ダリア姉さんとアイリス姉さんは彼らを責めたい訳ではなく、隠し部屋を見つけたことの方を言及したかったようである。伝え方が悪かったとダリア姉さんがダークエルフの代表さんに謝ると、少しだけ代表さんがほっとしていた。
「奥へ行こう」
「隠し部屋が広い可能性もありますからね。早く動いたことに越したことはありません」
ディアンさまとベリルさまが声を上げ、遺跡の入り口を見つめていた。遺跡探索に初参加する皆さまは少し楽しそうな顔になっている。書庫までの道程で危険な罠はダークエルフさんたちが解除してくれていた。
なので初心者の方には安心仕様なのだが、隠し部屋に入ったらどうなるか未知数である。本当にポチとタマは凄い物を見つけたなと感心しているのに、他の皆さまは『ナイがいたからだろ』と言いたげであった。どうしてそうなるんですかと反論したかったのだが、壁を叩き始めたのは私でポチとタマは一緒に手伝ってくれていただけと考えれば『ナイがいたからだろ』という言葉に納得できてしまった。
隠し部屋を見つけたポチとタマは私の気苦労など知らず『たんけん!』『みんなとぼうけん!』と楽しみにしているようで、毛玉ちゃんたち三頭と元気に絡みながらここまできていた。イルとイヴにもポチとタマは『あそぼ!』と誘いを掛けていたのだが、振られてしまい少し距離を取っている。
「ジャドさんたちとルカとジアはお留守番だね……ごめんね、一緒に行けなくて」
ジャドさん一家とルカとジアは遺跡の前でお別れである。彼女たちの身体は遺跡の通路を通れる大きさではない。ポチとタマか小型の竜の方が限界なので、一応入れないと伝えていたのだが出入口まで一緒に行くと申し出てくれたのだ。
『いえ。不届き者がこないように出入口で警戒しておきましょう。果物も側に生えていますし、外をゆるりと探索しても楽しいでしょうから』
ジャドさんが代表して私に答えてくれた。確かに周囲を見渡せば、良く分からない木の実が生えていた。お腹を壊さないようにねと伝えると、我らの胃を人と一緒になさらないでくださいとジャドさんが苦笑いしている。ルカとジアは出発の時ほどではないが、一緒に行けないことを残念に感じているようでルカは変顔を見せてくれないし、ジアはお兄ちゃんを揶揄うような視線を向けていなかった。
『ルカは一緒に行けないことが不満そうですね。今度、一緒に遊ぶ時間を取って欲しいようです』
ジャドさんの通訳でルカの気持ちを知ることになる。私はルカの側に近寄って手を伸ばせば、当たり前のように彼が顔を手にそっと寄せた。
「そっか。じゃあ明日はルカたちと浜辺で競走しようか。私が相手だと負けるところしか想像できないけれど。脚の速いヴァナルたちと竜の方たちも誘おうね」
私の誘いが嬉しかったのかルカは前脚で地面を掻き掻きして、私の手から顔を離して嘶いた。
『ジアさんはルカの嘶きが煩いと。でも徒競走には参加したいとのことです』
「ジアも明日一杯走って、一杯ご飯を食べて、ゆっくりして寝ようね。きっとぐっすりだ」
今度はジアが私の側に寄って顔を擦り付けてくる。私は答えるように手を伸ばして、ぷくっと膨れた愛らしい頬の所に手を当てて撫でれば彼女が目を細めていた。ジアの頬を撫でていたのが羨ましかったのか、ポチとタマと竜のお方数頭と毛玉ちゃんたちが『相手して!』と私を取り囲む。
ジアがくわっと目を開き、前脚の片方を地面に打ち付けるとポチとタマと竜のお方数頭と毛玉ちゃんたちが『怒られた……』と察して動きを止めた。
『ナイは人気者だねえ~』
クロが私の肩の上で呑気に声を上げれば、暇を持て余したルカがぬっと顔を寄せてぐりぐりとクロの身体に擦り付ける。
『流石にルカの力は強いよー』
「逃げられたね、ルカ」
クロはルカの圧に負け、私の肩からヴァルトルーデさまの肩へと乗り移った。ルカは面白くないと言いたげだし、ヴァルトルーデさまはクロが肩の上に乗ったことで嬉しそうだ。ここで喋って時間を潰してはいけないと私は切り上げて、ジャドさんたちと向き直る。
「じゃあ、行ってきます」
『皆さま、お気をつけて』
ジャドさんが答えてくれると、ルカが威勢良く嘶いて私たち一行を見送ってくれた。イルとイヴとジアが迷惑そうな顔をしていたのはご愛敬である。そうして皆さまと一緒に遺跡の中へと足を踏み入れた。
最前は案内役のダークエルフの方に続き、副団長さまと猫背さんはルンルン気分で前を歩いてくれている。次にヴァルトルーデさまとジルケさまとナターリエさまとエーリカさまが四姉妹揃って歩いていた。四柱さまとも副団長さまと猫背さんと同じく、興味深そうに遺跡の中を見渡しつつ歩いている。
次にダリア姉さんとアイリス姉さんが続き、ジークとリン、私、討伐遠征で行軍に慣れているアリアさまとロザリンデさまが行く。
そしてフィーネさまとアリサさまとウルスラさまが続き、ギド殿下とマルクスさまとエーリヒさまとユルゲンさまとクレイグとサフィールが。最後尾にディアンさまとベリルさまとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたち三頭だ。ロゼさんは当然、副団長さまの横をぽよんぽよんと跳ねていた。書庫までは十分程度歩かなくてはならないので結構な距離があり、遺跡構造物の大きさを伺える。
相変わらず湿気の多い廊下を皆さまと進んでいると、急に誰かの声が上がる。
「ひゃあ!」
「大丈夫ですか、フィーネお姉さま?」
「天井から水が滴り落ちたようですね」
随分と可愛らしい声の主はフィーネさまで、彼女の近くを歩いていたアリサさまが落ち着いた声色で問い掛け、ウルスラさまが驚かなくても大丈夫ですと言いたげに驚いてしまった原因を告げる。
「う……皆さま、申し訳ありません。大袈裟に驚いてしまいました」
フィーネさまが後ろ首に手を当てながら、珍妙な表情で謝罪の声を上げている。他の面々はこういう所に慣れているため、水が滴り落ちても気にしないのだがフィーネさまは慣れていないようである。意外だったのはアリサさまとウルスラさまだ。彼女たちも驚きそうだが割と平気なようで、フィーネさまのサポートに入っていた。
「気にしていないわ。慣れないと無理よねえ」
「だよね~」
アリア姉さんとアイリス姉さんが揶揄いを含んだ声を上げ、他の面々は微笑ましそうな顔でフィーネさまを見ていた。エーリヒさまはポケットからハンカチを出して、彼女に差し出している。
行動がイケメンだと私が感心していると、フィーネさまは照れ臭そうにハンカチを受け取っていた。何故か過去に起きた私がハンカチを彼女に差し出した際に『高級品過ぎるから受け取れない』と言われたことを思い出す。
確かに高級品だけれど……受け取ってくれても良かったのではと改めて解せないと頬を膨らませそうになる。でもまあ、フィーネさまとエーリヒさまとの距離が縮まっているようでなによりだ。
あとはエーリヒさまが聖王国へ婿入りするか、フィーネさまがアルバトロス王国にきて嫁入りするかが問題となるのだろう。そこはエーリヒさまが漢気を見せなければならないので、上手く立ち回って欲しい。また暫く歩いていると、前方の皆さまが立ち止まる。前方を歩いていた皆さまが身体を翻し私たちの顔を見た。
「着きましたよ、皆さま」
「早く行こうー」
副団長さまと猫背さんが凄く嬉しそうな声を上げ、ディアンさまとベリルさまが進もうと私たちを促す。書庫部屋に入るなり湿気が増えたことを感じ取り、片眉を上げていると私の顔をジークとリンが覗き込む。大丈夫だと無言で伝えて、昨日ポチとタマが見つけた壁の方へと足を進めた。
『聖女さまが見つけたー!』
『凄いのー!』
ポチとタマが見つけたのに、何故か彼らの中では私が発見したことになっている。訂正していると時間を食うので、さっそく仕掛けを作動させようとするのだが、ここで問題が起きた。
誰が残りの部分を押し込んで仕掛けを発動させるかで、皆さまが顔を合わせている。一番視線が集まっているのは私だが、興味を持っていそうな方が他にいるかもしれないと周りを見渡す。
副団長さまと猫背さんは早くしろと言いたげだし、女神さま方と亜人連合国の皆さまも誰でも良いようだ。ソフィーアさまとセレスティアさまとアリアさまたちとフィーネさまたちと男性陣も誰でも構わなそうな顔をしている。場がシーンと静まり返れば、桜ちゃんが私の足下で前脚を上げてソフトタッチした。
「桜ちゃん、押したいの?」
私が桜ちゃんに声を掛けると、楓ちゃんと椿ちゃんが『狡い!』と言いたげに彼女の身体の上に乗って抗議している。ヴァナルは困り顔で、雪さんたちはお転婆ですねえと呑気に構えていた。
「じゃあ、桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃん、みんなで一緒に押してみようか。人の姿になれる? あ、男性陣は後ろを向いて頂けると嬉しいです」
私が毛玉ちゃんたちに伝えると尻尾を扇風機みたいに回し始めた。どうやら三頭一緒に押すことで納得してくれたようである。ただ狼の姿のままでは押しにくいと、彼女たちに人化して頂くことをお願いすればくるくると身体を回し始めたので男性陣に私は急いで声を掛ける。
ロゼさんには毛玉ちゃんたち三頭の衣装をお願いして用意が整うと、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが一瞬で人化した。そうして私と女性陣に手伝って貰い、毛玉ちゃんたちに服を着せれば『あにゃがと』と三頭揃って返事をする。妙な声を上げる方の横で呆れている方がいるけれど、可愛いです! と顔を凄く綻ばす方や驚いている方々といろいろだった。女神さま方も感心しているので、毛玉ちゃんたちは揃ってドヤ顔を披露している。
「あら、凄いじゃない」
「本当だねえ。話は聞いていたけれどできるんだー。凄いなあ、君たち~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんにも褒めて貰って、毛玉ちゃんたちのテンションはマックスだった。そうして私は桜ちゃんを抱っこして、セレスティアさまが椿ちゃんを、フィーネさまが楓ちゃんを抱っこして壁の前に立つ。
「楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃん、手を伸ばしてください」
『あいー』
『ういー』
『んー!』
私が声を上げると桜ちゃんの獣耳がぴょこぴょこ動いて顎の辺りに当たってくすぐったい。セレスティアさまも椿ちゃんのぶんぶん動く尻尾が身体に触れて蕩けた表情を見せている。フィーネさまも楓ちゃんの体温の高さに目を細めて癒されているようだった。
そうして私が『せーの!』と声を上げれば、毛玉ちゃんたち三頭の右手が伸びて、凹んだ壁の一部が更に奥へと押し込まれる。そうしてどこか遠くからガコンという低くて大きな音が鳴ると、床の石材が一気に開いて場にいた皆さまが下へと吸い込まれていくのだった。
――以前と同じ展開のような!?
◇
ガコンと仕掛けが作動して、まんまと一同は罠に嵌って空いた穴へと落ちていく。なんだか凄い既視感を覚えてしまうのだが、今回穴に落ちたのは私だけではない。
「きゃあああ!!」
「お、落ちる!」
アリアさまとクレイグの声が耳に届き、他の面々もヤバいと声を上げていた。ただ運動神経が良い方たちは頭から地面に突っ込まないようにと体勢を立て直して落ち着いて状況を把握していた。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとポチとタマが頭から地面にぶつかりそうな方を背に乗せて安全を確保してくれていた。私は既にリンの腕の中に収納されているため身の心配は必要ない。ジークも直ぐに側にきてくれていたが、リンの方が早かったようである。
そんなことを考えていると穴の底まで落ちたようで『よ』とか『ほい』とか『ふう』と運動神経が良い方々の声が聞こえてくる。ジークとリンも難なく穴の底へと着地しているし、ヴァナルと雪さんたちとポチとタマも問題なく辿り着き、彼らの背に乗っている皆さまが安堵の息を吐いて助けてくれてありがとうとお礼を伝えていた。
副団長さまと猫背さんは運動神経の良さで助かったというよりも、魔術を使用して助かったようである。ソフィーアさまとセレスティアさまも自力で地面に降り立っているし、ギド殿下も平気そうな顔をしている。マルクスさまは足が痛そうだけれど、折れてはいないし尻餅もついていないのだから流石騎士だ。
エーリヒさまとユルゲンさまとクレイグとサフィールはヴァナルに助けられ安堵の息を吐き、アリアさまとロザリンデさまとフィーネさまとアリサさまとウルスラさまは雪さんたちの背で驚いた顔のまま呆けていた。
ポチとタマにはナターリエさまとエーリカさまが背に乗っており『助けてくださってありがとう』『良い仔たちですねえ』と感心していた。ヴァルトルーデさまとジルケさまは問題なく穴の底へと自力で立っているので、運動神経が良いのだろう。他にも特に問題なく地面に立っている方たちが口を開いた。
「助けてくれても良かったのに」
「ねー。まあこれくらいなら余裕で対応できるけどねえ」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが珍しく拗ねている。ヴァナルか雪さんの背に乗りたかったのだろうか。それともか弱い女性扱いしていなかったことが不満なのか……どちらか微妙である。なににしろ口に出さない方が平和だなと私は周りを見渡した。
私たちが落ちた場所は窓もないので陽の光が入ってこない。部屋というよりも廊下と表現した方が良いだろう。一方は行き止まり、一方は奥へと道が続いている。
「無茶を言うな」
「若の仰る通りですよ。休暇にきたというのに怪我をしては楽しめませんからね」
ディアンさまとベリルさまがダリア姉さんとアイリス姉さんに苦言を呈しているが、当のご本人はどこ吹く風であった。でもいつも通りのやり取りなので受け流しておく。私はリンの腕から解放され地面に立つのだが、湿気のためか床に苔が生え滑りやすくなっていた。
「ヴァナルの背に乗ってみたい」
「姉御、子供みてえなこと言うなよ」
ヴァルトルーデさまとジルケさまも今の状況に困惑なんてしておらず、欲望が駄々洩れていた。セレスティアさまが『む』とした雰囲気を醸し出した気もするが、きっと勘違いである。
ヴァナルはヴァルトルーデさまの言葉にこてんと首を傾げて『いつでも乗って良い』と彼女に告げ、暇なときに乗せて欲しいと約束を取り付けていた。そんな長姉さまの姿を三女神さまは呆れているような、微笑ましそうな様子で見守っていた。
「奥へ進むしかないのでしょうね」
「だね。行ってみよう」
『ロゼ、場所覚えた! 危ない時、転移する!』
副団長さまと猫背さんが廊下の奥を見つめた。二人の声にロゼさんが緊急時には転移を発動させて遺跡の外へと連れて行ってくれるそうだ。でも女神さまが四柱いらっしゃるし、ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたち三頭も運ぶとなれば結構大変なのではなかろうか。
強い方と一緒に転移すると、ロゼさんは時折グロッキーになって『重い』と零している。どうか危険な状況になりませんようにと願いながら、私も廊下の奥を見据えた。男性陣はヴァナルの背から降り、女性陣は雪さんたちの背に乗ったまま道を行くようだ。行きましょうと声を上げた副団長さまを先頭に一行は奥になにがあるのかと足を進ませる。
副団長さまと猫背さんとダリア姉さんとアイリス姉さんが魔術と魔法で光を生み出してくれた。やはり床には苔が生えて滑りやすくなっていた。少し慎重に歩かざるを得ないなと私は横を見る。雪さんたちの背に乗っている方たちは怪我を負っても大変だし丁度良いだろう。男性陣は名誉の負傷で済むだろう。
「く! 自力でどうにかしようと考えたことが仇になってしまいましたわ!」
「馬鹿を言うな。ヴァナルと神獣さまたちに迷惑だろう」
セレスティアさまが羨ましそうに雪さんたちと背に乗っている面子を見据え、鉄扇を開き口元を隠す。ソフィーアさまは彼女の自由過ぎる発言に戒めの言葉を投げていた。歩いているだけだと暇になるので会話を咎める方はいないし、余裕のある方は隣近所の方と喋っている。
『セレスティアも乗れば良い』
「ヴァナルさんはどこかの誰かと違い、お優しいですわ」
ヴァナルとセレスティアさまの声を聞き私は苦笑いになる。彼らの隣でソフィーアさまは呆れ顔を浮かべていた。
「ふふふ。なにがあるのか楽しみですねえ!」
「ハインツ、なにもない可能性もある」
副団長さまと猫背さんの声にダリア姉さんとアイリス姉さんは『相変わらずね』『だねー』とお二人の背中を見ていた。ヴァルトルーデさまも彼らに魔術を教えているためなのか『いつも通り』なんて声を発している。確かにいつも通りだし、いつも通りにトラブルに巻き込まれてしまうのだろうか。私がふうと息を吐くと、先頭を歩いていた副団長さまが足を止める。
「扉ですねえ」
「開かない」
副団長さまと猫背さんが扉に手を掛けているのだが、押しても引いても開く気配はない。彼らの足下でロゼさんが跳ねながら『ロゼ、向こうに行く?』と聞いているのだが、副団長さまがこういうものはお約束なのでちゃんと開いてから向こうに行きましょうと伝えている。ロゼさんは副団長さまの提案に納得したのか、お二人の足下で真ん丸ボディーになって静かになった。
「力技で開くか?」
「我らであれば問題なく開くでしょうけれど……」
ディアンさまとベリルさまが力技で開けようと宣言する。
「罠があると大変よねえ」
「だねえ。どう開けるんだろう? 鍵穴は見えないし~うーん……」
ダリア姉さんとアイリス姉さんも扉をどう開けようかと思案し始めると、ヴァルトルーデさまが小さく右手を挙げた。
「私、やってみても良い?」
「宜しいのですか、ヴァルトルーデさま?」
「良いの?」
どうやらヴァルトルーデさまが仕掛けの解除を試みるようである。彼女は女神さまだから簡単に開けてしまいそうだ。副団長さまと猫背さんも女神さまの申し出ならばと素直に扉の前を譲る。ディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんも特になにもないようで、ヴァルトルーデさまを扉の前へと誘った。
「楽しそうだから、問題ない」
そうしてヴァルトルーデさまは扉の前に立ち右手を伸ばした。目を瞑り小さくなにか言葉を呟いているのだが、上手く聞き取れない。あれはなにかと問うために私はジルケさまの方を見ると、彼女が小さく左右に首を振る。どうやら末妹さまでも分からない代物のようで、ナターリエさまとエーリカさまも不思議そうな顔を浮かべながら、ヴァルトルーデさまの背を見ている。
「良く分からない。仕掛けないのかな」
ヴァルトルーデさまは扉を調べることができたようで、私たちの方へと顔を向ける。むーと難しい顔を浮かべているので手応えがなかったようだ。押しても引いても駄目で、女神さまが調べても仕掛けがあるか分からないという。目の前の扉は一体どういう代物だと考えていると、一つ試していないことが私の頭の中に浮かんだ。
「まさか、引き戸とかあり得ないですよねえ」
いやまさか、と私は思いつつ念のため口にしてみる。周りの皆さまの視線が刺さっているのだが、エーリヒさまとフィーネさまは『ああ』と言いたげだった。この場にフソウの方がいらっしゃれば彼らも『ああ』という表情をしていたかもしれない。
「引き戸、ですか?」
副団長さまが珍しく懐疑な顔になって私に問うた。
「えっと、フソウの部屋の扉と一緒かなと」
副団長さまはフソウの障子や襖を見たことがないはずなので説明をしていると、ソフィーアさまとセレスティアさまも補足に回ってくれた。ならばと副団長さまと猫背さんが扉の前に立って、右側と左側の扉に手を添えた。そうして彼らは腕に力を入れると、ゆっくりと扉が開いた。
「あ、開きましたねえ」
「本当だ。聖女さま凄い!」
引き戸文化はアルバトロス王国、というか西大陸にはかなり珍しいはずである。私はフソウでしか見たことがないので、皆さまが知らなくても当然だろう。異文化故にそういうものと認識しているだろうから、気付かなかったようである。扉が開いたと喜んでいたり、ほっとしていたりと皆さまの反応は様々なのだが、お一人……お一柱さまだけ妙な顔をして開いた扉を見つめていた。
「む。なんだか理不尽」
ヴァルトルーデさまが短く声を零した。確かに力を使って扉を開ける方法を探ってくれていたのに、まさかの物理で開くとは誰も思わない。ジルケさまが『しゃーねえだろ、姉御』と軽い調子でヴァルトルーデさまを宥めているが、納得できていないようである。私はヴァルトルーデさまの下へ近づき彼女の顔を見上げた。
「ヴァルトルーデさまが力を使ってくださらなければ、引き戸方式と思いつかなかったかもしれません。助かりました」
「むう。なんだか横取りされた気分」
私が言い終えるとヴァルトルーデさまは佇んだまま両手を私の頭の横へと持ってくる。ポチとタマの上に乗ったままのナターリエさまとエーリカさまがギョッとした顔になり『お姉さま、人間相手に……』『容赦がないですわ』と零している。
いや、今からなにが起こるのと私が身構えると、ヴァルトルーデさまの手が私の頭に触れてわしゃわしゃと毛玉ちゃんたちを撫でるように動かした。良いなーと言いたげに、毛玉ちゃんたちがこちらへきたのは気にしない。
「あら、お姉さま。ナイには優しいのですね」
「わたくしたちには拳骨をぐりぐりと押し付けますのに」
どうやらナターリエさまとエーリカさまには、ヴァルトルーデさまの無慈悲なぐりぐり攻撃が齎されたようである。あまり想像が付かないけれど。ジルケさまは人間相手だと頭の中身が零れるだろと呆れていた。私の頭の中身が無事で良かったと安堵していれば、ヴァルトルーデさまが口をへの字に結ぶ。
「毛玉たちの方が気持ち良いかも」
彼女の言葉に今度は私が口をへの字に結ぶことになった。確かに毛量は毛玉ちゃんたちの方が多いし、アンダーコートがあるので触れた時の肌触りは凄く良い。
だが頭をぼさぼさにされた挙句の言葉がそれになるのかと抗議をしたくなるけれど、口に出せば揶揄われるのが目に見えている。黙っておこうと私は更にきつく口をへの字に結ぶと副団長さまが進みましょうと声を上げる。彼の声に一同また足を進めて、五分ほど歩いた所で大きな部屋へと足を踏み入れた。部屋は真っ暗だけれど床に施された魔術陣が淡く光っていた。煌々と照る魔術陣は複雑な幾何学模様が描かれている。
「これは凄いですね……見たことのない魔術式が施されています」
「凄い。誰が考えたんだろう」
副団長さまと猫背さんが感嘆の声を上げ、ダリア姉さんとアイリス姉さんも魔術陣を覗き込み『どんな術式を仕込んでいるのか分からないわ』『あたしも分からない~誰だろ、こんなの考えたの』と不思議そうな顔を浮かべている。
魔術陣が明るく光っているのであれば、今も稼働しているのだろう。でも本当にどんな効果があるのだろうかと考えていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまがいつの間にか床に施されている魔術陣を覗き込んでいた。
「多分、分かる」
ヴァルトルーデさまが誰かに魔術を教えて、その誰かが床に施したようである。ということは、魔術陣は数千年前から存在していたことになるのだろう。本当に何千年も動いているなんて、当時の方の魔力量の多さがうかがえる。
「本当ですか!?」
「知りたい!」
副団長さまと猫背さんがぱっと顔を明るくし、ヴァルトルーデさまは魔術陣がどんな効果を齎すのか教えてくれるのだった。