魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0626:栄えある第一走。

 第一回、南の島徒競走大会が始まった。栄えある第一走は毛玉ちゃんたち三頭である。彼女たちだけで優劣をつけたいと申し出があったためだった。

 毛玉ちゃんたちに徒競走のルールが分かるのかと聞いてみれば、ふるふると首を振ったのでルールを伝えると『かんちゃん!』『わきゃりやす!』『わかっちゃ!』とそれぞれ返事をくれた。無邪気で可愛いなあと笑っていると、盛大に鼻血を吹き出しそうな方と可愛いとほんわかしている女性陣の気配を察知する。あえてそちらは見ずにいると『どこぉ!』と凄い音が聞こえたので、どこかの誰かさんが余計なことを口にしてしまったようである。

 

 「ルールは把握しただろうから、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんは開始位置に立ってください」

 

 私が狼の姿の毛玉ちゃんたちに伝えると、浜辺に木の棒で引いたスタートラインに三頭が並ぶ。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さん曰く五十メートルでは加速する前に終わってしまうので、百メートルくらいは欲しいとお願いされている。

 必然的に他の皆さまも百メートルを走り切ることになってしまったが構わないだろう。もっと長距離をと請われれば、往復すれば良いだけである。さて、栄えある第一走は誰が勝つかなと私は右腕を上げ口を開く。

 

 「位置に付いて!」

 

 『ちゅいてる!』

 

 定番の台詞を声を張って口にすれば、すかさず桜ちゃんから突っ込みが入った。どうやら彼女的に不思議だったようである。転生組は苦笑いを浮かべているが、現地組は確かにと納得している方もいれば、桜ちゃんの突っ込みに鋭いなと感心している方もいる。誰も助け船を出してくれそうにないので、私は桜ちゃんをジト目で見据えた。

 

 「桜ちゃん……お決まりの台詞みたいなものだから、許してください」

 

 私が少し肩を落とすと、桜ちゃんは面白そうに目を細めて遥か向こうのゴールを見据える。楓ちゃんと椿ちゃんも桜ちゃんの空気を感じ取ったようで、腰を落として低い体勢を取っていた。

 

 「よーい、ドン!」

 

 よーい、ドンのドンで毛玉ちゃんたち三頭は一斉に走り出した。開始位置には彼女たちが勢い良く蹴った砂が舞い上がっている。

 

 「速いわねえ」

 

 「凄いねえ。あんなに速いなんて~」

 

 ダリア姉さんとアイリス姉さんが毛玉ちゃんたちがトップスピードで走り出した姿を目で追いながら感心している。確かにもう直ぐゴールへと辿り着く勢いで、他の面々も彼女たちの脚の速さに驚いている。オリンピックの百メートル走メダリストでも絶対に敵わないレベルだろう。

 

 ゴールにはディアンさまとベリルさまが『公平に判断しよう』『ええ、竜の目で見極めましょうか』と仰って、ゴールの判定員を務めてくれている。

 

 お二人ならば少しの差でも判定してくれるだろうし、私が判定員を務めるよりは確実である。直線ではなく少し蛇行している毛玉ちゃんたちがゴールに辿り着き、ディアンさまとベリルさまから誰が勝ったのかを聞いているようだ。三頭の内の誰かがばっふんばっふん尻尾を振りながら立ち上がると、残りの二頭も立ち上がりゆっくりこちらへ戻ってきた。

 

 『かっちゃー!』

 

 『まけー……』

 

 『まけちゃー』

 

 桜ちゃんがぴょんぴょん跳ねながら私たちの下へと戻ってきて、私たちの周りを駆け回る。楓ちゃんと椿ちゃんは負けたと分かっており、雪さんたちの側でお座りして耳を倒しながら落ち込んでいた。勝敗を決めることを可哀想という方もいるけれど、自然界で生きていくならば学んでおく方が後のためになるはずだ。

 

 「一番だった桜ちゃんにはお肉だね。バーベキューの時に焼いて食べよう」

 

 『やっちゃ!』

 

 私が桜ちゃんに声を掛ければ、走り回っていた脚をピタッと止めて私を見上げた。お肉が嬉しいようで扇風機見たいに尻尾が回転している。バーベキューの時に別網で味付け一切ナシの塊お肉を焼く予定だ。桜ちゃんは楽しみなのか口からお涎を垂らしていた。そして私はまだ凹んでいる椿ちゃんと楓ちゃんに顔を向ける。

 

 「楓ちゃんと椿ちゃんは参加賞を受け取って欲しいな。好評だったら時々おやつとして出すから、美味しいかどうか見極めてね」

 

 薄く切ったお肉を茹でたあと、乾燥させてカリカリお肉にする予定である。こちらも、もちろん味付けは一切ナシにしているので、毛玉ちゃんたちが食べても問題ない品だ。

 フィーネさまが前世の実家で犬を飼っており、おやつを手作りしていたとか。私が参加賞を悩んでいると、昨夜彼女から教えて頂いた。作り方は難しくなく、私でも作れそうなので料理人の方に伝えると直ぐにできますよとのことだった。

 

 『いいにょ?』

 

 『うれちい』

 

 椿ちゃんに私は『沢山は用意できないけれどね』と伝え、楓ちゃんには『良かった。頑張ったものね』と伝える。雪さんたちの側にいるままだが、へにょと倒していた耳がピンと立ち尻尾がゆらゆらと揺れ始めたので少し気分は戻ったようである。

 可愛いなあと私が笑っていれば、桜ちゃんもおやつが欲しいようである。私は桜ちゃんにお肉があるでしょと伝えれば『おやちゅ、たべりゅ!』と、納得できない様子だ。周りの皆さまも桜ちゃんが不機嫌になっていくことを察知して、どうなるのかと見守る態勢――助けてはくれないらしい――に入った。

 

 「参加賞は一番の仔は貰えないんだ。だから桜ちゃんのお肉を少しだけ椿ちゃんと楓ちゃんに分けて貰っても良いかな?」

 

 私の声に桜ちゃんは『あちゃしのおにきゅ……』と悩み始めた。どうやら椿ちゃんと楓ちゃんにはあげたくない気持ちが強いようである。桜ちゃんの気持ちを察知したのか、椿ちゃんと楓ちゃんはぴーぴー鼻を鳴らし始めた。

 桜ちゃんだけ狡いと言いたいのか、分けてくれないことに悲しんでいるのか。どちらにせよ、二頭は落ち込んでいるようである。桜ちゃんは悩みに悩み抜いて結論を出したのか私を見上げた。

 

 『ちょちょあげゆ! おやちゅ、ちょーだい!』

 

 「うん。ありがとう。じゃあ、バーベキューの時におやつも渡すね」

 

 ばふんばふんと盛大に尻尾を動かして『あたち、えらい!』と桜ちゃんは胸を張っていた。私の背後で『嗚呼! 大きく育ちましたわねえ……!』と感動している方がいるけれど、周りの方は気付かないフリをしている。亜人連合国の皆さまと魚人の方たちは少し驚いた顔になっているけれど、ヴァルトルーデさまとジルケさまが『いつものこと』『気にしてやるな』と伝えていた。

 

 『にゃでて!』

 

 桜ちゃん、自分で言うと世話ないよと伝えたいけれど私は黙って桜ちゃんの頭を撫でる。ついでに椿ちゃんと楓ちゃんも撫でながら、第二走は誰が走るのかとみんなの方を見た。

 

 「さて、第二走は……」

 

 「ナイ殿。昨夜、男のみでと申し出たからな。俺とジークフリードとマルクスで勝負をしよう! 構わないだろうか?」

 

 私の方を向いてギド殿下が声を上げる。問題ないかとジークとマルクスさまを見れば『昨日の夜、騎士組三人だけで勝負しようとなった』『ま、娯楽だし、気楽に行くさ』と二人は教えてくれる。

 マルクスさまは気楽にと仰っているが、セレスティアさまは『お勝ちあそばせ』と真剣な眼差しで彼を見つめている。ソフィーアさまはギド殿下が勝てるのかと少し心配そうに彼を見ていた。ジークはどうだろうか。三人の中であれば一番長身なので百メートル走では有利になりそうである。やってみるまで誰が勝つかは分からないなと、次走の皆さまに開始位置に立ってくださいと声を上げた。

 

 「マルクスさま、負ければどうなるかお分かりですわね?」

 

 『がんばれー!』

 

 セレスティアさまが声を上げるとポチも一緒にマルクスさまを応援している。応援されたご本人さまは『げぇ!』と声を漏らしていた。

 

 「ギドさま、怪我なきようお気をつけください」

 

 『まけるなー!』

 

 ソフィーアさまもギド殿下に声を掛ければ彼は一つ頷き、タマも声を掛けている。なんだか平和なやりとりにほっこりしつつ、私はジークの方を見た。なにか私も声を掛けた方がい良いだろうか。

 

 「兄さん、勝って」

 

 『ジーク、頑張ってー!』

 

 「ジーク、負けるなよ!」

 

 「無茶しないでね」

 

 リンが声を上げ、クロが私の肩の上でジークに言葉を掛ける。クレイグとサフィールも声を上げていた。仲間内がジークに声を掛けたなら私はスタートの宣誓要員として張り切らねば。

 サフィールがなにか言いたそうに私を見ているのだが、トイレにでも行きたいのだろうか。もしかして女神さま方がいらっしゃるから、一人で抜けるのは気まずいのかもしれない。ただ、私は宣誓要員として右腕を空に掲げていたので、第二走が終われば彼に声を掛けようと決める。

 

 「位置に付いて、よーい!」

 

 私の声でジークとギド殿下とマルクスさまが軸足の反対の足を後ろへ引いて『ようい』の態勢を取る。

 

 「どん!」

 

 スタートの合図で毛玉ちゃんたちと同様に砂が跳ね上がると視界から彼らが消え去っていく。いち。ジークが真っ先にゴールを掛け抜けて欲しいと願いつつ、どんどん遠くなっていく三人の背を眺める。にい。やはり鍛えている方たちなので身体の軸がブレずに綺麗なフォームで走っていた。さん。ゴールまで約半分を越えただろうか。よん。え、凄く速くないかと私は目を丸く見開く。ご。ゴール判定をディアンさまとベリルさまに頼んで良かった。ろく。私ではきっと僅差であれば判断が付かなかっただろう。なな。

 

 「勝者、ジークフリード!」

 

 ディアンさまの声が高らかに上る。毛玉ちゃんたちの時に彼が勝者の名を上げなかったのはフソウに対する配慮だろうか。まあ、桜ちゃんだけ名前を高らかに呼べば、椿ちゃんと楓ちゃんは『あちゃちも! にゃまえ!』とお二人に請うだろうから丁度良かった。

 ディアンさまとベリルさまに礼を執った三人はゆっくりと歩いてこちらへ戻ってくる。途中で、ギド殿下がジークの背を軽く押して先頭を歩かせていた。そうして先頭を歩いていたジークが私の目の前に立った。私は勝者におめでとうと伝えてからもう一度口を開く。

 

 「ジーク、賞品はなにが良いの」

 

 「その、物じゃないが……どこかに出掛けてみないか?」

 

 私が背の高い彼を見上げると照れ臭そうに言葉を紡ぐ。どこかに出掛けるのは構わないが、昔のように気楽に街へ繰り出すようにはいかないだろう。ジークは分かっていて言っているはずだろうし、本当に珍しい要求である。不思議に感じた私は右に小さく首を傾げる。

 周りの皆さまがざわめいている気がするのは何故だろう。ヴァルトルーデさまはジルケさまに口を押えられており、彼女たちは一体なにをしているのやら。周りの皆さまのことより目の前の勝者に答えなければ失礼だろうと、私はジークと視線を合わせたまま口を開く。

 

 「私と?」

 

 「ああ」

 

 あまり顔色を変えないジークが珍しく顔を赤くさせているような気がする。しかし私と出掛けてジークは面白いのだろうか。

 

 「良いけれど、つまらないかもしれないよ?」

 

 「構わない」

 

 合わせていた視線をジークが外した。ジークは誰かと話す時はその人と視線を離すことなどないのに本当にどうしたのだろう。とはいえ勝者の望みは無下にできないし、ジークとは気の知れた仲である。

 話が途切れても構わないし、偶には外へ出るのも一興かと彼の要望に応えることにした。胸を撫で下ろしているジークと大きく息を吐いている面々や面白そうな顔をしている方ににやにやと笑っている方もいる。

 毛玉ちゃんたち三頭は揃って首をこてんと左側に傾げ、ヴァナルもこてんと右に首を傾げている。雪さんたちはおやおやまあまあと言いたげだし、ジャドさんも目を細めて私とジークを見ている。ポチとタマはイルとイヴとルカとジアとなにやら話し込んでいる様子だった。そうしてジルケさまがヴァルトルーデさまの口を押えていた手を離す。

 

 「死ぬかと思った」

 

 「死なねえだろ」

 

 「お姉さまは頑丈ですものね」

 

 「ええ。仮に命が途切れてもお父さまかお母さまがどうにかしてくださいましょうし」

 

 はあと大きく息を吸い込んだヴァルトルーデさまに妹である三柱さまは割と塩対応な台詞を吐いているのだった。

 

 ◇

 

 なんだか妙な空気が流れているものの、次走は誰だと私は皆さまを見た。

 

 するとヴァルトルーデさまと視線が合い小さく頷いている。四柱さまで固まっているのだが、ヴァルトルーデさまが団子の塊から半歩前に進む。

 

 「ナイ。次、行く。誰でも参加して良いよ」

 

 「あ、はい。誰か参加したい方はいらっしゃいますか?」

 

 私が皆さまに問いかけるとシンと静まり返るのだが、空気を読んでくれたのかジャドさんとルカが参加を表明してくれた。ヴァルトルーデさまは彼らの挑戦を受けて立つという顔になり、他にも一緒に走る方がいないのかと言いたげである。それならばと意思を表明するために半歩前に進み出た方が小さく手を挙げる。

 

 「ナイ、私も」

 

 「リンも参加するの?」

 

 彼女が声を上げると周りの皆さまからどよめきの声が上がった。リンが自ら行動を起こすのは珍しいし、ジークは疲れ果てている――超珍しい――気がするし、今日は一体なにが起こっているのだろうか。

 うーん。リンが仮に全力を出し切ったとしてもルカには敵わないだろう。多分、ジャドさんにも敵わないはずだ。ヴァルトルーデさまの脚力は未知数だが、ジルケさまが『大丈夫かよ』と言いたげな顔になっているので、おそらく魔獣や幻獣の皆さま並に速いか、凄く遅いかのどちらかだろう。私の問い掛けにリンは確りと頷いて、ヴァルトルーデさまを見据えている。

 

 「ジークリンデ。よろしくね。手は抜かない……あれ、足は抜かないの方が正しいの?」

 

 ヴァルトルーデさまはリンの挑戦を受けて立つとばかりに声を上げる。いつもより覇気が声に籠っているような気がしているのだが、誰か気付いている方はいるだろうか。

 私は皆さまを見渡しているとアリアさまとウルスラさまが小さく首を傾げている気がした。リンはリンで手加減なんて必要ないと言いたげな顔になっている。少し剣呑な空気が流れているためか、ジルケさまがはあと息を吐きながら右手で頭の後ろを掻きながら呆れ顔になって口を開く。

 

 「どっちでも良いだろうよ、姉御。つか、加減してやれ。姉御の本気は浜辺の砂を全て舞い上がらせそうだ」

 

 「少し興味がありますわ」

 

 「本気のお姉さまなんて見たことがないですものねえ」

 

 ジルケさまに続いてナターリエさまとエーリカさまも声を上げた。三柱さまの言葉振りから、ヴァルトルーデさまは本気で物事に取り組んだことはないと推測できる。確かに女神さまなので、本気で取り掛からなくともなんでもできてしまいそうだ。

 もしかしてこの辺りも彼女が数千年もの間引き籠っていた理由に繋がるのだろうか。詮索しても仕方ないし、他に参加者はいないのかと問えばアリアさまが片腕を勢い良く上げた。

 

 「はい! ナイさま、質問を宜しいでしょうか?」

 

 私がどうぞと声を上げると、少し緊張気味でアリアさまはもう一度声を上げる。

 

 「身体強化の魔術の使用はどういう取り扱いでしょう?」

 

 「えっと島の掟次第かと」

 

 アリアさまの疑問を聞き、私はガンドさまとダリア姉さんとアイリス姉さんを見る。本当はディアンさまとベリルさまにも聞くべきだけれど、百メートルほど離れているので無理だった。

 

 『乱獲目的じゃないし問題ないぞい』

 

 「限定的に良し!」

 

 「楽しめば良いよ~危険な魔術の使用は駄目だからね~みんな分かっていると思うけれどー」

 

 どうやら問題ないようである。第三走者であるヴァルトルーデさまとリンとジャドさんとルカにも視線で問えば構わないとのこと。

 

 「ではせっかくですので私も参加を! きっと良い思い出になるでしょうから!」

 

 アリアさまが綺麗に笑う。凄い肝の持ち主だなと感心しつつ、アリアさまが勝てば面白いことになりそうである。そして準備をと開始線に並んで貰うように私が告げると、ヴァルトルーデさま、リン、アリアさま、ジャドさん、ルカが並ぶ。

 

 アリアさまが目を閉じて胸の前で手を組んで魔術詠唱を始めた。四節唱えているからガチのやつ……と私が少し引いていると、ロザリンデさまが『身体は大丈夫でしょうか』と少し心配している様子で眉をハの字にさせている。

 

 聖王国組のお三方もアリアさまが使用した身体強化の魔術は高威力と判断し、アリアさまは走り切れるのかと心配そうに見守っていた。確かに四節は過剰であるが……討伐遠征に出掛け、過去はフライハイト男爵領の地を耕していた方である。

 体力は私やロザリンデさまよりある筈だし、案外いけるのではと心配から希望へと私の考えが変わっていく。アリアさまの足下に浮かんでいた魔術陣が掻き消え目を開くと、彼女の青色の瞳に光が宿り普段より薄い色になっていた。

 

 「凄いですねえ」

 

 「うん。綺麗な詠唱だった」

 

 副団長さまと猫背さんが声を上げる。彼らが誰かに感心の声を上げるのは凄く珍しいので、アリアさまの魔術は凄い代物のようだった。まあ自身に身体強化を施しているので、効果が如何ほどなのかは本人しか分からないけれど。そろそろ良いかなと私が走者の皆さまに視線を向けると、全員が小さく頷いてくれる。

 

 「位置に付いて、よーい……どん!」

 

 何度も同じ言葉を繰り返していると、なにか言葉を間違って言っているような気がしてくる。私の『どん!』という声と共に走者の皆さまが一斉に走り始めた。トップを行くのはヴァルトルーデさまとリンとアリアさまだった。ルカとジャドさんも走り出しているのだが、トップスピードは人間に敵わないようである。天馬とグリフォンという種の彼らは走るよりも飛ぶことを得意としているので、当然と言えば当然なのだろう。

 

 「ルカ、ジャドさま、頑張ってくださいまし!」

 

 出遅れてしまった彼らをセレスティアさまが鼓舞している。ルカとジャドさんは彼女の方を見て変顔と得意げな顔になって直ぐに前を向く。すると一気に加速して前を走る三人に追い付いた。ぐはっ! と妙な声が聞こえるけれど空耳だろうと私は走っている皆さまを見守る。一瞬にして五十メートルを走り、残り半分となっていた。多分、先頭の方は一秒か二秒後にはゴールに辿り着いていることだろう。

 

 ルカとジャドさんが先を行ったことでヴァルトルーデさまの足の速さが二段ほど上がった。そうして二頭に追い付いてまたヴァルトルーデさまが先頭に出る。リンとアリアさまも頑張っているのだが、魔力量の多い彼らに敵うのは難しいようである。そのままヴァルトルーデさまが、ルカ、ジャドさんと続いてゴールして、ほんの少しの差でリンとアリアさまがゴールへと辿り着いた。

 アリアさまとリンは同時にゴールしていた気がするのだが、果たして結果はどうなるのか。ディアンさまとベリルさまが着順を告げていると、ルカが首を下げて残念そうにしている。そうして第三走者が戻ってくると、ヴァルトルーデさまは凄く嬉しそうにしていた。

 

 「勝った。ナイ、ご褒美はなに?」

 

 「ヴァルトルーデさまはなにが良いですか? 無茶でない限り希望に沿いますよ」

 

 「……難しい。あとで決めても良い?」

 

 どうやら彼女はなにも考えていなかったようで、あとで決めるとのことである。

 

 「大丈夫です。私が忘れない限りはいつでも良いので。ルカとジャドさんはマンドラゴラもどきで良いかな?」

 

 私がヴァルトルーデさまに告げると安心したのか小さく息を吐いた。そしてルカはやったと言いたいのか唇を器用に動かしながら首を空へと突き上げて妙な格好になっていた。

 

 『参加賞がそんなに良いものとは。彼も喜んでいますね。顔で分かりますが』

 

 ジャドさんが参加賞の品が良いと言っているものの、マンドラゴラもどきは子爵邸で割と確保できていた。消費できないとロゼさんに預けていたのだが、役に立つ時がきたようである。参加賞がマンドラゴラもどきと知ったジアがゆっくりと私の側へと近づき顔を差し出した。

 

 「マンドラゴラもどきは参加したら貰えるよ、ジア」

 

 私の声にジアが砂浜を前脚で掻き掻きし始めた。気合が入ったのか、貰えなくて残念と言いたいのか……どちらだろう。

 

 『次、走りたいそうです』

 

 ジャドさんがルカの言葉を通訳してくれた。クロも『頑張るんだってー』と続く言葉を教えてくれる。ならばと第四走は誰が参加しますかと私が声を上げるとイルとイヴが走るとのこと。

 アシュとアスターは背中にポポカさんたちを乗せているので無茶はしないようである。そうして開始線に彼らに立って貰い、女の闘いが始まろうとしていた。私がよーいどん! と声を上げると三頭は一気に走り出す。

 

 「速いなあ」

 

 『羨ましいねえ』

 

 本当に皆さま足が速くて羨ましいと私とクロがぼやいてしまう。私たちがぼやいている間にジアがゴールを先頭で過ぎるのだが、空を飛んでいたのではなかろうか。

 ディアンさまとベリルさまがジアに『失格とする!』『飛ぶのは駄目ですよ。着順は最後ですね』と告げていた。そしてイルとイヴが仲良く同着一位を勝ち取っている。嬉しそうにこちらへ駆け戻ってくるイルとイブにしょぼんと首を落としてゆっくりと歩いて戻ってくるジアの姿に苦笑するしかない。

 

 「イルとイヴはおめでとう。一位の賞品はなにが良いかな? ジアは最後になっちゃったから参加賞だね」

 

 『マンドラゴラもどきを複数本欲しいと言っていますねえ』

 

 ジャドさんが通訳をまた買って出てくれて私はイルとイヴの望みを知る。私は分かったと二頭に告げ、ジアの方へと顔を向けた。しゅんとした顔で落ち込んでいる姿を見ていると胸が痛くなってくるけれど、ルールはルールである。

 

 最初に飛んでは駄目だと伝えてあるのでジアの反則負けとなるのは当然だった。ルカがジアに近寄ってきて『落ち込むな』と言いたげに顔を寄せている。ジアはお兄ちゃんがうっとおしいのか唇を捲り上げ、威嚇しているのか変顔になっていた。

 ジアの変顔はルカとそっくりなので、やはり血の繋がった兄妹である。苦笑いを浮かべながら参加賞はマンドラゴラもどきだよとジアに伝えると、少しテンションが上がったのか変顔を止め嬉しそうな顔を浮かべてくれた。そして参加賞で少し前のことを私は思い出す。

 

 「話が移っちゃってアリアさまとリンの参加賞を伝えてなかったですね」

 

 うん。話の流れでアリアさまとリンへ渡す参加賞を忘れていた。参加賞は私の独断と偏見で選んで強制手渡しとなるため、気に入って頂けるか分からないけれど。まあ希望があるなら山積みになっている賞品から選ぶこともできるのだが。

 

 「なんだろう?」

 

 「楽しみです!」

 

 リンとアリアさまが喜んでくれている。負けたことに対してなにか感情を引き摺っているとかなくて良かった。

 

 「エルフの反物、ドワーフさんが鍛えた鉄の短刀、アガレスの天然石とかいろいろ選べますよ」

 

 私はずらっと並んでいる賞品の中から選んで欲しいと二人に告げる。リンはなににしようかと迷い始めるのだが、アリアさまは困惑した表情になって私と視線を合わせた。

 

 「そ、それは勝った方への物ではないでしょうか……?」

 

 「でもマンドラゴラもどきを渡す訳にはなりませんしねえ」

 

 確かに勝った方の賞品でもあるけれど、渡す量に差を付ければ良いだけである。マンドラゴラもどきが良いのであれば、それを渡すけれど。

 

 「そ、それは困りますね。お料理の食材にし辛いですから」

 

 アリアさまが苦笑いになり並んでいる賞品を選び始めた。リンは決まったようで私の服を掴んで口を開く。

 

 「ナイ。私、これが良い。バーベキューで焼いて、一緒に食べよう」

 

 リンが選んだ品は魚人の方が提供してくれた新鮮なお魚さんである。そしてバーベキューで焼いて私と一緒に食べたいようだ。お魚よりも私と一緒に食べることがリンにとって参加賞になっているのだろう。分かったと私が告げるとリンは嬉しそうな顔になり、隣でやり取りを見ていたアリアさまは果物を選んで『夜、皆さんと一緒に食べましょう!』と仰った。うーん、平和だなあとしみじみしながら、次の走者を私は募るのだった。

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