魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
海神さまの像の前では会議が行われたり、催しが開催されたりといろいろな場として活用されているそうだ。私たちは姫さまの案内によって来賓室へと連れられ席へ着く。ダリア姉さんとアイリス姉さんは聞き手に徹するようで私を一番良い席に座すようにと動いていた。
良いのかなと迷うものの話の流れ次第で亜人連合国の皆さまを巻き込む予感、というか魚人の方たちは亜人連合国預かりだから当事者だ。だというのにエルフのお姉さんズは私に任せようとしている。妙な展開になっても知りませんよと言いたい気持ちをぐっと堪えて、私の正面に座した姫さまに視線を向ける。
『話はエーギルと貴女が助けた蛸から話を聞きました。魚人の保護に傷付いた蛸の治療、誠に感謝致します』
姫さまが私たちに軽く頭を下げる。なんとなくだけれど、彼女の雰囲気はぽわぽわとしており海神さまの奥方さまには思えない。なんだろうもっと覇気があっても良いような気もするが、彼女の生来のものだろうか。
彼女のテーブルの前には私が助けた蛸さんがちょこんと鎮座して、こちらをじっと見ていた。私がどうしたのと小さく首を傾げると、蛸さんも楕円の頭をこてんと傾げる。真似しているのかなと不思議に感じつつ、姫さまのお礼には語弊があると私は口を開いた。
「いえ。魚人の方々の保護は私ではなく亜人連合国の皆さまが受け入れてくださいました」
魚人の方の保護は亜人連合国の皆さまのお陰である。礼を伝える相手が違うと、私はダリア姉さんとアイリス姉さんに視線を向けた。私の前のテーブルに鎮座しているクマのぬいぐるみには誰もなにも突っ込まない。
『おや。これは失礼を。お二方、誠にありがとうございます』
姫さまは海の中で過ごしているだろうから亜人連合国やアルバトロス王国と所属を伝えてもイマイチ伝わっていないようである。でも逆に海のことを詳しくない私たちからすれば、海の説明を受けてもさっぱりだろう。
海の中は国家という概念はないけれど大まかに魚人の種族が固まって生活をしているとエーギルさまから聞いている。エーギルさまは魚人の方たちより強いし、海神さまから海の平和を託されているため尊敬されているとか。
「気になさらないでください」
「亜人連合国は逃げてきた亜人は助けるって理念だから。魚人も亜人みたいなものだしね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが笑みを浮かべているけれど、いつもの笑い方と少し違う。余所行き用とういか……モナ・リザの微笑みというか、上手く言い表せないが笑っているのに硬いというか。
『追い出されてしまった彼らは海と陸を生きる者たちです。なので海中のみで過ごす魚人の者たちには異端に見えるのでしょう。以前から彼らに対する当たりが酷く困っておりました』
姫さまが眉をハの字にして魚人の方たちが亜人連合国へと保護された理由を語ってくれる。彼女は亜人連合国の皆さまが魚人の方を保護したことは本当に感謝しているようだった。
どうやら生活様式の違いによって魚人の方たちの感情を逆なでてしまったようである。生き方の違いであって保護された魚人の方たちに強く当たる必要はないのに……まあ心のある生き物であれば仕方のないことなのか。
先日、魚人の村にやってきた強面の魚人さんたちは姫さまの手によって反省を促し、今後島の彼らを襲うことをしないと約束したそうだ。約束を破った際には蛸さんがぺちょんと潰れて震えるほどのお仕置きが強面の魚人の方々にまっているらしい。
姫さまが今後同じようなことが起きないようにエーギルさまと警戒を続けてくれるとのこと。一先ず強面魚人の方が島にやってきたことは解決しているようで安心していると、クマのぬいぐるみが少しだけ揺れる。
『話の邪魔をしてすまんなあ。海神はどこにいるのだ?』
『貴方さまは……高貴な雰囲気を発しておられます故に特別な方と分かります。ですが何故、そのような奇妙な出で立ちなのでございましょう?』
姫さまは突然喋り始めたクマのぬいぐるみに驚きもせず普通に対応をしている。ただ海の中ではクマのぬいぐるみは珍しいようで、少しだけ目を見開き『奇妙な出で立ち』と称した。姫さまの疑問にジルケさまが少しだけ吹いていたのだが、おそらくクマのぬいぐるみをグイーさまの姿と勘違いしそうだからだろう。
『ワシはグイー。この星を創った者である。本体は島から出られぬ身故、クマのぬいぐるみを介して場を見させて貰っておる』
『………………!!?』
グイーさまが自己紹介をしたので姫さまの誤解は直ぐに解けそうだ。やはり創星神さまとなれば姫さまであろうと驚くようで、彼女から一瞬でぽわぽわとした空気が一変する。かッと目を見開いた姫さまはクマのぬいぐるみに頭を下げ顔を上げた。
『さ、真っ先にご挨拶をせねばならぬ方に大変失礼を致しました!』
『構わん、構わん、気にするな。驚かそうとして黙っておいたしな! して、海神はどこに? 海の管理を任せたというのに姿が見えんとは』
姫さまに向かってグイーさまがカラカラと笑っている。宮殿にいる護衛の方やお付きの方たちも驚いて頭を下げたのだが、グイーさまの声により礼を解いていた。確かに宮殿なのに海の最高位の方がいないのはおかしい気もするが、海神さまと姫さまは絶賛別居中と聞いているため出払っているようである。グイーさまは単純に海神さまがどこにいるのか気になるだけで、夫婦仲にまで言及する気はないようである。
『そ、それが数千年程前にエーギルに海の管理を任せてどこかへ消え去ってしまいました。その……彼が出て行ったのはわたくしとの喧嘩が原因でございます』
姫さまが肩幅を狭めて凄く申し訳なさそうな声で海神さま不在の理由を教えてくれた。夫婦喧嘩の末に海神さまは怒ったか呆れたかで、宮殿を出て行ったようである。
『海神に至らぬ所があったのかね?』
『至らぬ所というよりも……好いた女性がいると申しておりまして。今まで秘めていた思いを告げてくると意気込んでおりました。わたくしは彼に好いた女性がいるとは露知らず……』
グイーさまが姫さまの答えに驚いていた。どうやらグイーさまでも予想外の展開だったようである。姫さまは海神さまに口説かれて婚姻を果たしたようである。ただの魚人だった彼女は海神さまに見初められ夫婦となり神格化した。
順風満帆な夫婦生活を送っているかと思いきや、数千年前にぱっと海神さまが思い出したように『好いた女に会いに行く!』と言い出したそうだ。身分違いの恋は不相応だと海神さまからの口説き文句を躱していたのに、彼の熱意に負けて婚姻を果たした彼女にとって彼の言葉はあり得ないものだった。
だから彼女は盛大にキレてしまい海神さまをぶん殴ってしまったと。酷いことをしてしまったと涙ぐんでいるが、アリアさまとロザリンデさまは海神さまの方が酷いと言いたげだし、ソフィーアさまとセレスティアさまは片眉を上げながらなにかを考えている。
エーリヒさまとユルゲンさまもまさかの話に驚いているし、クロとヴァルトルーデさまはあまり意味が分かっておらず、ジルケさまははあと深い溜息を吐いている。ジークとリンはいつも通り平静に私の護衛を務めていてくれた。
『夫婦のことに口を出す気はないのだが、海の管理を放置しているのは頂けぬなあ。ワシが海神を探してみても良いか?』
『お願い致します。数千年、彼が不在ということで海の状態が少しずつですが悪くなっておりますので……本当はわたくしが行うべきことでしょうが、探しても見つからぬのです』
どうやらグイーさまが問題解決に乗り出す、というより海の管理を放置している海神さまを探し出すようである。グイーさまであれば直ぐに見つけ出すことができそうだから、任せてしまっても大丈夫だろう。
姫さまの前にいる蛸さんが心配そうに彼女を見上げて脚を伸ばしている。姫さまは気にしないでと伝えたのか、蛸さんが楕円の頭をぐねっと潰して頷いているようだった。そうして蛸さんが脚を器用に動かしてテーブルの上を這って私の下にきた。一本の脚を私に向かって伸ばしてくるので、人差し指を差し出し宇宙人がゴーホームする映画のようにちょこんと触れ合う。触れ合った瞬間に蛸さんがぼわっと頭の部分を膨らまして、一気に姫さまの下へと戻って行った。
『なんじゃ、あの生き物は?』
蛸さんの行動をぬいぐるみを介して見ていたグイーさまが不思議そうな声を上げた。星を創った神さまといえど海の中のことには詳しくないようだ。
「蛸ですね」
『そういう意味で言っとらんぞ、ナイ』
私が蛸さんに視線を向けて種族を呟けばグイーさまが呆れた声を上げた。どうやら蛸さんと分かっていながらグイーさまは問うたようである。意地悪だなあとクマのぬいぐるみに視線を向けていると、姫さまがくすくすと笑っていた。
『照れ臭かったようですね。エーギルから報告を聞き驚きましたが、本当に蛸の感情が豊かになっております』
姫さまが蛸さんを見ながら笑っている。治癒を施しただけなのに蛸さんに気に入られようとはこれ一体と私が首を傾げれば、蛸さんも頭を傾げていた。
『ナイはまた妙な者に懐かれたな』
くくくと面白そうにグイーさまは笑っているが、今の彼の言葉には言いたいことがある。
「それを口にすると神さま方も妙な者になりませんか?」
何故か私は人類以外の方に懐かれているような。クロ然り、ロゼさん然り、ヴァナルに雪さんと夜さんと華さんにエル一家とジャドさん一家に亜人連合国の皆さまも。妖精さんたちにも懐かれやすいのか屋敷で彼らの姿を頻繁に見るし、リームの精霊さんや辺境伯領の大木の精霊さんもだろう。そして極めつけはヴァルトルーデさまとジルケさまである。
グイーさまにも良くしてもらっているから、懐かれていると言っても良いのかもしれない。人間の場合、私に好意を寄せてくれるのではなくトラブルを持ち込んでくれる方が多い気がする。
平穏に過ごしたいはずなのに、至って普通の日常というものから遠ざかっているのは何故だろう。今だって海の中にいて呼吸ができている。妙なことを頭の中で考えていると私の側で妙な気配を発し始めた方たちがいた。
「私、妙な者じゃない」
「あたしらは至って普通だぞ、親父殿。ナイも失礼だな」
ヴァルトルーデさまとジルケさまは私を呆れた目で見つつ、クマのぬいぐるみにも視線を向けている。
「申し訳ありません」
私は一先ず謝罪を入れ、グイーさまに視線を向けると彼は失言だったかと反省しているようだった。姫さまのお願いはグイーさまが叶えてくれるようだし、蛸さんは無事に海に戻っている。
大洋の宮殿と呼ばれる海の世界に興味があったので赴いてみたけれど、人間の王さまが住むお城ほど警備は厳重ではないし、いろいろな方が出入りしているようだ。姫さまも海神さまのこと以外であれば普通に対応してくださる方だし、蛸さんも話はできないけれど行動が可愛らしい。
『さて、魚人を保護してくださった礼をしなければなりませんね。珊瑚を人間がこぞって採っているところを見たことがあります。噂では陸で高く売れるとか』
姫さまが人間に乱獲されるのは癪だから、奪われつくされる前に採った珊瑚を分けてくれるようである。私は興味がないし、ダリア姉さんとアイリス姉さんは欲しい品だろうか。お二人に視線を向けると『とりあえず受け取って』とのことである。強面の魚人の方の相手をしただけなのに凄いことになったなあと、係の方が持ってきてくれた珊瑚に私は目を細めるのだった。
◇
宮殿から島に戻った。先程まで海の中にいたことが信じられないけれど事実は事実である。エーギルさまの背から降りて浜辺を歩けばなんだか足が重いような感じを受けた。海の中にいた弊害かなと首を傾げて、エーギルさまに挨拶をしようと私は回れ右をする。
「エーギルさま、送り迎えをありがとうございました」
『なんの! 姫さまも気楽に遊びにこいと言っていたし、ナイが暇であればまた宮殿にくると良い。創星神さま、海神さまの一件よろしくお願い致します』
私が礼を執ればエーギルさまはカラカラと笑い、私の腕の中にあるクマのぬいぐるみを真面目に見据える。どうやら海神さまが行方不明ということで海の中の皆さまは結構心配しているようである。数千年前までは海神さまは確実に姿を現していたし、あれやこれやと海の中を管理していたとか。
『うむ。奴が不在のままだと海が荒れるだろうからな。行方を追ってみるぞ。とはいえ、ちと時間が掛かる。陸の時間で一週間ほど貰うぞ』
『構いません。我々も八方手を尽くしましたが彼の行方は分からぬままなのですから。創星神さまが調べてくださるならば我々も安心です』
神さまと海竜さまの会話を私は聞きながら、グイーさまでも結構時間を必要とするのだなあと感心する。グイーさまが海神さまの捜索に難儀するならば、海神さまの力は相当なものかもしれない。一柱さまと一頭は一言二言言葉を交わせば、エーギルさまが海の中へと消えていく。彼の身体が全て海の中に消えれば、丁度夕陽が水平線に沈む時間となっていた。
「晩御飯だね。今日はなにを作ってくれたんだろう。明日のお昼と夜はバーベキューだしお肉料理じゃあないかなあ」
今日の夕ご飯はなんだろうか。私が直接料理人の方に聞けばプレッシャーになるかなと考えて、今日は聞かないでおいたのだけれど。聞けば聞いたでリクエストはありますかと問われるし、料理人の方にご飯のメニューを聞くのは食べたい品がある時に限る。明日はバーベキューなので今日の晩御飯のメニューは聞いていない。私が肩の上に乗っているクロに視線を向ければ、目を細めながら笑っている。
『今日も一日が終わるけれど、ナイはご飯のことばかり考えていない?』
「そんなことないよ。海の中が平和になれば良いなとちゃんと願ってるし」
ご飯のことを考えるのは楽しいけれど、一日中ご飯について考えてはいない。今日だって大洋の宮殿に赴いて姫さまの悩みを聞いていたのだから。決して姫さまから頂いた珊瑚が魚介類でなかったことに残念な気持ちなど抱いていない。
『ナイがそんな殊勝なことを祈るとはなあ』
「グイーさま酷くないですか? 私の望みは平穏な毎日を過ごすことです。周りが平和であれば、私の日常もきっと平和になりますからね」
私の腕の中にいるクマのぬいぐるみから愉快そうな声が上がる。ヴァルトルーデさまとジルケさまにソフィーアさまとセレスティアさまはグイーさまの言葉に同意していた。
ジークとリンは私の後ろで表情を変えないまま話を聞いている。ダリア姉さんとアイリス姉さんは笑みを浮かべたまま、私たちのやり取りを観察するようだ。副団長さまと猫背さんは大洋の宮殿に向かったことを思い返しているようで、私たちの話は耳に入っていない。エーリヒさまとユルゲンさまとアリアさまとロザリンデさまは苦笑いを浮かべて、話に関わらないようにと務めているようだ。
『お前さん、なにか引き起こして問題になっておらんか?』
「私が引き起こすのではなく、巻き込まれてしまって結果的に私が一番やらかしているように見えるだけですよ」
グイーさまが更に愉快そうな声を上げながら私が問題児だと言っている。私が問題を引き起こしているわけではなく、誰かがなにかをやってしまい何故か巡り巡って私に飛び火してくるのだ。
そしてまた何故か私が解決しなくちゃいけないようになることが多い。侯爵位まで賜るようになったのも、全て私が巻き込まれたことを発端にした出来事のためである。決して私がトラブルメーカーというわけではない。とはいえ他の方から見れば問題児なのだろうなと思えてしまうけれど。
「ナイの側は楽しいよ」
「飽きはしねえな。今日だって初めて海の中に潜ったんだし」
ヴァルトルーデさまとジルケさまが私が悩んでいることを察知したのか、フォローになっていないフォローを入れてくれる。アストライアー侯爵邸に女神さまが滞在しているという話は社交界では広まり切り、アルバトロス王都の皆さまにも伝わり始めているようである。
アルバトロス王国の社交界に広まっているならば、各国の王族の皆さまも知っていそうである。更に時間が経てば他国のお貴族さまたちにも話が女神さま滞在中の話が届くのだろう。
聖王国では教皇猊下の演説によって女神さまが地上にご降臨されていると騒ぎになっているようだし。フィーネさまと教皇猊下から聖王国の方が私の屋敷を勝手に訪れたら、教えて欲しいと言われ、如何様に処分しても構わないと告げられている。今の所そのような方はいないけれど、平和な日常というものは私にとって遠く果てなき理想郷のようである。片眉を上げながら私が唸っていれば、グイーさまがくくくと喉を鳴らしている。
『確かにな。海神がどこかに消えているという話を姫から聞いたしなあ。ナイが蛸に治癒を施していなければ、宮殿に赴くこともなかったであろうに』
やはり蛸さんは捕まえて食べておくべきだったのだろうか。でも海神さまが不在で海の中の環境が変わっているようだし、海の中の生き物が減れば困るのは人間である。蛸さんには感謝しなければならないだろうと考えを改め、コテージに戻るためにロゼさんを呼ぶ。
「ロゼさん、ロゼさん。荷物を預かって貰って良いですか?」
エーギルさまから姫さまから頂いた贈り物の箱――中身は珊瑚――を持ち運ぶのは大変だと私はロゼさんを呼んだ。ロゼさんは水が苦手なので海の中に興味はあるものの、私の影の中で観察していたのだ。浜辺に戻ったならば問題なかろうと私はロゼさんを影の中から呼んだ次第である。ぴょーんと勢い良く影の中から出てきたロゼさんはご機嫌そうだ。
『マスター! ん。ロゼ、収納する!』
「ありがとう。あとでダリア姉さんとアイリス姉さんにお渡ししますね」
流石に魚人の方を保護した件で頂いた贈り物なので私が受け取る訳にはいかない。正式な受取人は亜人連合国である。
「ナイちゃんが貰ったのだから、貴女が持っていなさいな」
「そうだよ~私たちには必要ないしね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが苦笑いを浮かべながら珊瑚は私が持っておけと告げるのだが……不味くはないだろうか。ディアンさまとベリルさまに相談しても同じ言葉が返ってきそうだ。
「私も必要ないのですが……うーん」
『皆で分ければ良かろうて。中になにが入っておるか、まだ確認もしとらんだろ』
私が悩んでいるとクマのぬいぐるみから声が聞こえる。彼の意見は鶴の一声だったようで、そうしましょうかとエルフのお姉さんズが頷いていた。凄いなと私が感心してクマのぬいぐるみに視線を向けると、なんとなく『どや』という雰囲気を発している気がする。
そんなこんなで割と大きい箱はロゼさんに収納して貰い、私たちは浜辺からコテージへと戻るために歩き始める。さあ、今日の晩御飯も美味しいと良いなと願いながらコテージへと入り、残っていた面々が出迎えてくれるのだった。
◇
聖王国の聖女を務める私たちは大聖堂横の小屋で治癒院を開いております。今日も多くの方が集まっており、規定の寄付代を払って頂いてから治癒を施すことになりました。その効果のお陰なのか、妙な方――高圧的な方や順番を守らない方――が減った気がします。
あと寄付代を払ったのだからきちんと治癒を受けられるという安心感が訪れた方にはあるとか。もう直ぐ陽が沈むため今日はもう閉院となり私たち聖女は片付けを執り行っております。
「大聖女フィーネさま、大聖女ウルスラさま、聖女アリサさまは今頃女神さまと楽しくお話をしていらっしゃるのかしら?」
本日、治癒院に参加されていないお三方の名を呼んでしまいました。アルバトロス王国のアストライアー侯爵閣下のご招待でとある島へと赴いているとのこと。女神さまもご一緒なさると聞いているので、今頃お三方は女神さまからいろいろと言葉を賜っているのでしょう。
「なに貴女、女神さまとお話がしたいの?」
聖王国の聖女仲間の一人が私の顔を覗き込みながら苦笑いを浮かべていました。
「そんな恐れ多いことを望んでいませんよ。女神さまを信仰しておりますが大聖女さま方の話を聞くだけで十分です」
私は聖女仲間に片眉を上げながら疑問に答えました。確かに女神さまを信仰している身ですので女神さまにお会いしたい気持ちはあります。でもきっと私が女神さまとお会いしてもマトモに会話することすらままならないでしょう。
だから今、女神さまと共に南の島へと向かっているお三方の話を聞くだけで十分なのです。お三方は私たちに理解しやすいようにとかみ砕いて話をしてくださいます。身分を翳すことなくお茶会で語ってくれますし、私たちの話も親身になって聞いてくださる。聖王国の気取ったお偉い方たち――以前より随分と減っている――より、信の置ける方々でしょう。
「確かに私たちなら女神さまと直接お会いしたら気絶しそうだよね」
大聖女のお二人と聖女アリサさまは私たちより魔力量が特出して多い方なのでおそらく女神さまと邂逅されても問題ないのですが、魔力量が彼女たちより少ない私たちは女神さまの圧に耐えられそうにありません。
実際、ウルスラさまが初めて女神さま方とお会いした時は腰を抜かしそうになったと恥ずかしそうに教えてくださいました。一聖女でしかない私が女神さまに不躾な態度を取るなどできないので、会わない方が良いのでしょう。ただ一目だけでも遠くから見てみたい気持ちがあります。きっと、聖王国のステンドグラスに描かれる西の女神さまと同じような、微笑を携える優しいご尊顔の方でしょうから。
「まーた女神さまのこと考えてる?」
片眉を上げながら聖女仲間が苦笑しておりました。いけません、どうやら女神さまのことになると私は物思いに耽ってしまうようです。
「申し訳ありません。女神さまのことを考えていると幸せな気持ちになってしまいまして……」
女神さまが大陸にご降臨されているだけで幸せなのです。これ以上の幸せを求めてはならないと私の心が警鐘を鳴らし、他の者たちにも女神さまがご降臨されていることを噛みしめよと叫び出したくなります。
「貴女は根っからの聖王国信徒だものねえ」
「はい。父と母が熱心でしたから、私も必然と信仰を篤くしておりました。女神さまがご降臨している今の大陸の信徒の方々は私と同じように胸を熱くしているのでしょうね」
「そういうものなのか」
聖女仲間が今度は反対側の眉を上げて苦笑しております。信仰心の薄い方には私の熱心さはあまり理解できないようですが、彼女は私の信仰心を馬鹿にしたり蔑ろにすることはありませんでした。時折、女神さまなんているものかと仰る方がおりますが、本当にご降臨なされているのですから信じて欲しいものです。そして女神さま信仰が更に西大陸の地に広まりますようにと願いましょう。
「そういうものですよ。とはいえ誰かに強制できるものではないので、貴女は貴女の考え方、捉え方があって良いのでしょうね」
多くの方に女神さまを讃えて欲しいですが、信仰の篤さは人それぞれ。欲に目が眩んで聖職者を務めている者より目の前の彼女は真面目で良い方です。教皇猊下から女神さまのお言葉を受けたというのに妙なことを考える方が聖王国や他国にいるようですし、なにも起こらなければ良いのだけれど……と私は西の女神さまに願うのでした。