魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0635:ショックを受ける。

 ユーリの部屋に赴けば、彼女がアンファンのことを『ねーね』と呼んでいた。私のことをユーリは『ねーね』と口にしたことはない。やはりユーリと過ごす時間を増やしてみるのが良いのだろうか。ユーリの部屋から自室に戻って、私は大きなベッドにダイブする。ぼすんと跳ねるベッドのスプリングの性能に感心しつつ、大の字になって寝転がり天蓋を見上げた。

 

 「アンファン、良いなあ……」

 

 私の今の正直な気持ちであった。クロが私の顔を覗き込み『大丈夫?』と言いたそうな顔をしている。ベッドの側ではヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちがソワソワしているようだし、一緒にユーリの部屋から戻ってきたジークとリンも苦笑いを浮かべて凹んでいる私を見ていた。

 

 「ナイよりアンファンと乳母の方の方がユーリと接する時間は長いからな」

 

 「ナイの部屋でユーリが過ごすようになれば、きっと直ぐに呼んでくれる」

 

 そっくり兄妹が肩を竦めながら私を慰めてくれるのだが、ユーリは私を姉として認識してくれているのだろうか。乳母さんは母親、アンファンのことは姉と理解しているようだけれど、私のことは赤の他人か同居人と感じているのかもしれない。

 

 「うーん……そうなれば良いなあ」

 

 私がベッドで大の字のまま二人にから返事をすれば、彼らはふっと笑った。

 

 「まだユーリは小さい。もう少し大きくなれば分かるさ」

 

 「そうだよ。ナイと血が繋がっているんだから」

 

 ジークとリンの声で私がベッドから身体を起こせば、部屋の扉を誰かが二度ノックする。今のノックの仕方は侍女の方でも、ソフィーアさまとセレスティアさまでもない。

 誰だろうと顔を傾げているとジークが取次ぎを担ってくれて、ヴァルトルーデさまとジルケさまがきたと教えてくれた。私は部屋に入って貰って構わないと彼にお願いすれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまが中へと歩を進めてベッドの側に立つ。クロがベッドからヴァルトルーデさまの肩へと飛び移れば、彼女がクロに手を伸ばしながら口を開いた。

 

 「ナイ」

 

 「どうしたんだ、ナイ。姉御がナイの様子が変だっつってあたしの所にきたんだが」

 

 ヴァルトルーデさまが私の名を呼び、ジルケさまはどうして部屋にやってきたのかを告げた。ご自身で説明せず妹さまにお願いするのは如何なものだろうか。まあ、ヴァルトルーデさまらしいかと私が苦笑いを浮かべていると、ジルケさまが事の経緯を更に詳しく話してくれる。どうやらヴァルトルーデさまと私は廊下ですれ違っていたらしい。ジークとリンに確認を取れば、すれ違っていたのは事実だとそっくり兄妹は無言で告げていた。

 

 「すみません。ヴァルトルーデさまの存在に気付いていませんでした」

 

 どうやら私はユーリの『ねーね』発言にショックを随分と受けていたようで、廊下ですれ違ったヴァルトルーデさまの存在を認識していなかったらしい。ジークとリンは気付いて会釈をしたのだとか。失礼なことをしてしまったと私が頭を下げ顔を上げると、何故かヴァルトルーデさまは無表情で固まっていた。

 

 「あ。姉御がすげー凹んでる」

 

 ジルケさまがヴァルトルーデさまを見上げて、珍しいものを見たという表情になっていた。ヴァルトルーデさまは普段通りの表情で微動だにしないだけなのだが、これが女神さまなりの落ち込んでいる姿のようである。

 

 「動いていませんが……大丈夫なのでしょうか?」

 

 とりあえず微動だにしない時間が長くなっているので、私はジルケさまに問うた。

 

 「息を百年しなくても死にはしないからな。つーか、ナイ。姉御の意識を戻してやってくれ。あたしよりナイの方が効果あんだろ」

 

 女神さますげーなと感心しつつ、無理難題を仰るジルケさまに『えー……』と抗議の視線を送っておく。ジルケさまはジルケさまで『姉御を凹ませたのはお前だろ』と言いたいようだ。確かに私が廊下にいたヴァルトルーデさまを完全スルーしていたことが原因だけれど、そんなにショックを受けることではないような。妹的存在にお姉ちゃんと呼ばれない悲しみの方がショックではなかろうか。

 

 でもまあ、百年も部屋の中で息を止められていては困るし、ヴァルトルーデさまの肩の上にいるクロが心配している様子である。どうにかしてヴァルトルーデさまの意識を覚醒させる方法は……と考えるのだがなにも思い浮かばない。

 

 「あ。そろそろおやつの時間ですよ。ヴァルトルーデさまもジルケさまも東屋に行きませんか?」

 

 私はヴァルトルーデさまの意識を覚醒させる方法はないが、とりあえずおやつの時間が近くなっていることを思い出す。以前、女神さま方を誘わずに幼馴染組だけでおやつを食べていると、二柱さまに多分に拗ねられた。

 また拗ねられても困ると私が口にした台詞はそれなりに効果があったようである。微動だにしないヴァルトルーデさまの瞳に光が戻り、クロがほっと息を吐いていた。

 

 「……行く」

 

 「あ、戻ってきた。昼の茶菓子はなにが出るんだろうな」

 

 ヴァルトルーデさまは微かに笑い、おやつを食べるようである。ジルケさまも先程まで心配していた姉のことはどこへやら。彼女の頭の中はおやつに支配されているようだった。

 

 「行きましょう。暑いですが東屋なら日陰ですからね」

 

 私は鈴を鳴らして侍女の方に東屋でお茶をしたいと告げれば、恭しく侍女の方は礼を執る。そうして皆さまに声を掛けて廊下に出て、割と距離がある東屋を目指して歩き始めた。普段より静かな侯爵邸の廊下には夏の強い陽差しが降り注ぎ、服越しに熱を感じている。

 二柱さまも陽射しが暑いようでなるべく影になっている所を歩いている。ヴァルトルーデさまはきょろきょろと廊下を見渡しているのだが、どうしたのだろう。私の視線に彼女が気付いて口を開いた。

 

 「屋敷の中、人が減ってる。どうして?」

 

 ヴァルトルーデさまが首を傾げた。長期休暇に入っている王都のアストライアー侯爵邸は普段より静かであった。従業員の皆さまは交代しながら実家に戻る方やお休みを満喫している方が多い。私は特にすることがないので、南の島から戻ってきたあとは屋敷でゆっくりと過ごす予定である。

 ソフィーアさまとセレスティアさまもご実家の領地に戻っているため、執務室で作業を行っていると寂しいと感じてしまった。付き合いが長くなれば初期の頃とは違う感情が湧いて出てくるようである。

 

 「確かに人気が少なくて普段より寂しい感じがしますが、これはこれで風情がありますよ」

 

 賑やかな屋敷も好きだけれど、従業員の皆さまが里帰りをして雰囲気が寂しくなっているのもオツである。私は里帰りする場所はないけれど、領地で過ごすようになればアルバトロス王都が故郷になるのだろうか。それはそれで面白い感覚だと一人で笑っていると、ジルケさまは頭の後ろに両手を回しながら口を開く。

 

 「美味い飯が出るなら、なんでも良いけどなー」

 

 廊下を歩きながらジルケさまは天井を仰ぎ見ている。どうやら、屋敷で出されるご飯に想いを馳せているようだ。彼女の言い分は理解できる。屋敷の料理人さんたちが作る品は毎度美味しい。食べ応えがある品だったり、綺麗に盛り付けられた繊細な品だったり、毎日手を変え品を変え私たちを楽しませてくれているのだから。

 

 「美味しいご飯で思い出しましたが、エーリヒさまとフィーネさまに豚肉料理を振舞っていないんですよね。聖王国に赴くと騒ぎになりますし、屋敷でお料理会を開く方が無難でしょうか」

 

 「豚肉、美味しかった」

 

 「薄切り肉って食い応えあんのか疑問だったけどよ、案外膨れたよな。あー……また豚肉食いてえ。島のバーベキューで出た肉も美味かったけど、ショウガヤキ? が食べてえ」

 

 屋敷でお料理会を開くことは二柱さまに完全スルーされてしまった。まあ、要望が聞けるなら良いかと私は二柱さまの声に耳を傾けておく。ジークとリンは私たちが食い気に走り過ぎていることが面白いようで小さく笑っていた。

 

 「妹は欲望丸出し」

 

 「言っとかねーと分かんねーぞ、姉御。食べたいものあるならナイに言っとけ。そのうち料理として出してくれるからな!」

 

 呆れているヴァルトルーデさまにジルケさまが手を頭の後ろに回したままにっと笑う。確かに女神さま方が口にすれば、私は料理人の方たちに作って欲しいとお願いするだろう。ジルケさまはよく見ているなと感心していると、ヴァルトルーデさまが目を細めながら口を開いた。

 

 「そうなの? なら……クリームコロッケ食べたいし、鰻重も食べたいな。他にも串焼きが美味しかったし、南の島で採れた果物も美味しかった。共和国の甘いチョコレートも好きだし……アガレスのさつまいもも甘くて美味しい」

 

 ヴァルトルーデさまが食べたい品を羅列していく。止まらない料理の羅列にジルケさまとジークとリンとクロたちが苦笑いを浮かべている。私は彼女が口にした料理を頭の中に浮かべていると、ふいにとあるお野菜が過っていく。

 

 「あ! さつまいも!!」

 

 「ど、どうした、ナイ?」

 

 「いきなり、驚いた」

 

 私が少し大きな声を上げたためか、ジルケさまが頭の後ろから手を離し、ヴァルトルーデさまの料理の羅列が途切れた。私は私で頭の中に過ったさつまいもさんに想いを馳せる。

 

 「干し芋作らなきゃって考えてたのですが……あ。栗きんとんも食べたいなあ。フソウに聞けば調理方法教えてくれるだろうし。お肉も贅沢で良いですけれど、お芋料理も良いですよねえ」

 

 南の島で過ごしていた暇な時間にウーノさまから頂いた新品種のさつまいもさんで干し芋作りにチャレンジしようと考えていたのに、忘れていた。まあアルバトロス王国でも問題なく作れるだろうが、環境的には北大陸やフソウで作った方が美味しい干し芋さんができあがりそうである。

 

 まあ、とりあえずチャレンジしてみよう。作り方は案外簡単にできるのだから。そして干し芋に関連して思い浮かんだ栗きんとんさんの味を思い出した。罪深いほどに美味しい栗きんとんさんの作り方を詳しく知らないのだが、確かさつまいもさんが使われていたはずである。作り方はフソウで聞けばきっと教えてくれるはず。おせち料理の定番だから昔から存在していたはず。私がむむむと考え込んでいると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが苦笑いになっていた。

 

 「ナイ。食べ物の話ばかりだ」

 

 「本当に食い気に染まってんなあ」

 

 肩を竦めた二柱さまを私は目を合わせる。

 

 「女神さま方よりマシなはずですよ。だって女神さま方は食べなくとも生きていけるでしょう?」

 

 私たち人間は食事を摂らなければ死んでしまう生き物である。まあ地上で生きている生物は基本食べなければ死んでしまう種が殆どだけれども。

 女神さま方は生き物の枠から外れているようなので、何千年、何万年と食べなくても問題ないとか。燃費が良くて羨ましいような、食べる楽しみが減って悲しいような気がしながら東屋へと辿り着く。侍女の方が淹れてくれた紅茶を一口飲むと、普段と同じ味のはずなのに何故か少し物足りない。ふと騎士爵家出身の侍女の方は実家に戻っていたなあと、紅茶の水面に映る私の姿を見て苦笑いを浮かべる。

 

 ちなみに本日のお菓子は王都で有名な茶菓子店のクッキーだった

 

 ◇

 

 ――七月下旬。

 

 毛玉ちゃんたちに用意した手作りジャーキーの評判が良かったので、フソウで過ごす松風と早風用にと飛竜便で届けて貰ったのだが彼らは喜んでくれるだろうか。二頭よりも権太くんが喜んでいたら面白いけれど、さてはて手作りジャーキーを食した感想は届くのか。

 そのついでに栗きんとんの作り方を教えてくださいとお願いしているので、そちらの返事も楽しみである。ふふふと私が執務室で笑みを浮かべていると、突っ込んでくれる方がいなくて少し妙な感じである。

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまがいれば仕事中になにを考えていると呆れ声が掛かるのだが、今いる面子はジークとリンとクレイグである。家宰さまも長期休暇に入っているため、クレイグが家宰さまの代打というわけだ。

 家宰さまより執務能力は劣ってしまうものの、特殊な書類や事柄以外は無難にこなしていた。いつのまにか成長していたんだなあと感心するが、家宰さまの命を受けてロステート伯爵さまの下に使者として向かったのも彼である。

 

 貧民街で出会った頃のぶっきらぼうだった彼の姿は今は見る影もない。

 

 「なに考えてるんだ、ナイ。気持ち悪いぞ」

 

 前言撤回である。割と手厳しい突っ込みは今も昔も変わらない。クレイグは怪訝な顔をしながらもう一度口を開いた。

 

 「ちゃんと領地発展のために動けよ、と言いたいんだが……ナイはそっちも抜かりないからなあ。食い意地張った貴族としても、地主貴族としてもきっちり仕事してんのがすげー意外だ」

 

 クレイグの言葉は私のことを褒めているのだろうか。領地運営は素人のため家宰さまと各地を司る代官さまに頼り切りである。私が命じたことは新規作付けのための開墾と農業用の用水路などの灌漑設備の充実しか伝えていない。

 あとは趣味に走っており、子爵領では家畜用のとうもろこしさんの生産と人が食すためのとうもろこしさんの新規増産と果物の試験場を提案したくらいだし、侯爵領も小麦の生産を第一に掲げて無難に運営して欲しいとお願いしているだけだ。

 

 「ナイは最初から真面目に領地運営に取り組んでいるぞ」

 

 「そうだよ、クレイグ。ナイは頑張ってる」

 

 ジークとリンがフォローを入れてくれるのだが、代官さまに丸投げ状態であることに頭を抱えそうになる。いつか私がアガレス帝国の前皇帝陛下のようになるならば、ちょっと頂けない。いや、大分頂けないのだ。

 やはり自分で考えて自分で動いて領地を発展させたい気持ちはある。家宰さまはゆっくりで良いと仰ってくれるが、いつまでも頼り切りというわけにもいかないのだ。クレイグだっていろいろと仕事を覚えているし、私も頑張らなければ。

 

 「知ってるけどよ、やらかしと食い気が目立ち過ぎているからな」

 

 クレイグの言葉にジークとリンが彼から視線を逸らした。どうやら事実と分かっているので否定ができないようである。私も言い返せないので黙ったままでいると、やり取りを黙って聞いているクロが私の顔に顔を擦り付け、毛玉ちゃんたちは足下でワンプロをし、ヴァナルと雪さんたちは床にまったりと寝そべっている。

 トリグエルさんが産んだ仔猫たちも行動範囲が広がって執務室にきており、部屋の中の点検を終えればヴァナルと共に一緒に寝ていた。平和な光景に癒されるのだが、クレイグのジト目が刺さって少々心苦しい。

 

 「夜会に出れば変なお貴族さまに声を掛けられるし、領地運営に本気を出した方が良さそう」

 

 「本気を出すのは良いけどよ、ほどほどにな。ほら、仕事するぞー」

 

 私の言葉にクレイグは小さく息を吐いて、手元の書類に視線を向ける。私も執務机にある書類を捌いていき、午前の執務の時間を終えるのだった。椅子に座ったまま両手を天井へと掲げて私は背中を伸ばす。

 背骨がバキバキと音を立てているような錯覚を感じれば、ぐーとお腹が鳴る。誰にも聞かれていないよねと周りを見渡せば、クレイグとジークとリンは苦笑いを浮かべていた。クロたちも私のお腹の音に気付いて、お昼の時間がやってきたと認識したようである。

 

 「飯の時間だし、食堂に行こうぜ」

 

 クレイグが声を上げるが、屋敷の人手が減っている今限定の言葉だろう。部屋にソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまがいれば、彼はきっと今の台詞は吐かないものである。

 なんだか平民時代を思い出すと懐かしくて目を細めながら、私は席から立ち上がり執務室を出て行く。流石に廊下に出ると他の方の目があるため、クレイグは私とジークとリンより後ろを歩いていた。

 

 食堂に赴けば既にヴァルトルーデさまとジルケさまが席に腰を下ろして、食事の時間が始まるのを待っていた。二柱さまの横で先に食堂に顔を出していたサフィールが『やっときてくれた』と安堵している姿に、私は苦笑いを浮かべる。

 みんなが席に着けば私が侍女の方にご飯の用意をお願いしますと告げれば、お昼の時間がやってくるのだった。今日は特に調理部の皆さまにリクエストを出していないので、お任せコースとなっている。侍女の方によればお貴族さまのご飯ですと言っていたので、コース料理風に料理が運ばれてくるはずだ。

  

 「そういえば、ナイはユーリにねーねって呼ばれたの?」

 

 待っている間、暇を持て余したのかサフィールが声を上げる。女神さま方が同席しているけれどクレイグもサフィールも慣れてきたようで、日常会話を交わしている。二柱さまはそんな私たちの会話を楽しそうに聞いていたり、料理を真剣に食べていたりと様々な姿を見せてくれていた。

 今のヴァルトルーデさまとジルケさまはサフィールと同様に『そういや落ち込んでいたな』みたいな顔をして、黙って話を聞いてくれるパターンらしい。気が向けば話に加わるだろうと、私はサフィールとの話を続ける。

 

 「サフィール。容赦がないよ」

 

 ぐさりと言葉のナイフが胸に刺さった気がしなくもない。相手が幼馴染なのでまだマシだけれど、ここ数日ユーリが私のことを『ねーね』と呼ぶ気配はない。

 でも、ユーリは前より明るい反応を見せてくれるし、単語と単語を組み合わせて喋るということを覚え始めている。沢山彼女に喋り掛けている効果が出始めており、本当に嬉しい限りだ。いや、うん。ユーリが私を『ねーね』と呼んでくれないのは悲しい事実だけれど。

 

 「え。そんなつもりはなかったんだけれど……でも、時間の問題だと思うよ。アンファンはナイよりユーリと接することが長いから、ユーリが彼女に懐くのは当然だし」

 

 「もう少しユーリと接触する時間を増やそうかな。あとそろそろ屋敷の外に出て遊んでも良い時期になってる気がするから」

 

 サフィールと私が肩を竦めると料理が運ばれてきた。屋敷の方の人数が減っているため給仕の方には急がなくて良いですよと伝えておく。そうしてみんなの前にお皿が並ぶと、私がいただきますの音頭を執った。

 するとみんなは手を合わせていただきますと声を上げる。もう習慣になっているし、給仕の方や料理人の皆さまも慣れている光景だ。驚くこともなく給仕に勤める彼らにも感謝しつつ、目の前のお洒落な前菜にフォークとナイフを使って切り分けて口へと運んだ。

 

 ユーリも随分と成長しているのだから、仔猫と同様に部屋の外に出ても良い時期ではなかろうか。病気の心配があるけれど、聖女が屋敷に控えているのだから問題ない気がする。部屋に閉じ籠ったまま免疫力を得られないのも不味いだろう。

 

 「一人で歩けるようになっているから、目を離す状況を作らなければ良いんじゃないかな。子供って一瞬でどこかに消えちゃう時があるから本当に気を付けてね。王都だと誘拐とか普通にあるよ」

 

 サフィールが真面目な顔をして告げる。アルバトロス王都では子供の誘拐が時折起こっている。おそらく奴隷制度のある国に売り飛ばされているのだろう。取り締まってはいるのだが、犯人が捕まっても別の犯罪者が現れて子供を攫っている状況なのだ。それを考えれば貧民街で子供だった私たちは何故、攫われなかったのだろうか。

 一番、後腐れなく攫えるのは貧民街の子供である。ただ取引価格が低くなると聞いたことがあるから、健康状態の良い子供を見繕っていたのかもしれない。見目の良い子は高く売れると聞いたことがあるし……って、不穏なことを考えるのは止めよう。食事を摂る手が止まってしまう。

 

 「そんなことする人間がいるんだ」

 

 「お金になりますからね。暗い部分になりますが、何処の国でもあり得る状況です」

 

 ヴァルトルーデさまがぽつりと声を零すのだが、世知辛い世の中はみんなハッピーという訳にはいかない。幸せな人がいれば不幸な人もいる。差が生まれてしまうのは感情を持っている生き物の特権のようなものだろう。

 

 「子供を取られた親はたまったもんじゃねえな」

 

 ジルケさまが口の中の物を呑み込んでから口を開いた。確かに愛している子供を奪われれば親はたまらないだろう。田舎に赴けば、人減らしのために子供を売る親もいるのだとか。どうにかしたいけれど、どうにもならないのが世界である。せめて私が管轄する領内では起こらないように目を見張っておこう。話が暗くなってきたのを察知して、別の話題をと私は考える。

 

 「そういえばジーク。島で徒競走で勝った賞品、どうするの?」

 

 「………………………………………………ナイは行きたい所があるのか?」

 

 私は南の島で行った徒競走の賞品をジークに渡していないと彼に聞いてみた。ジークは凄く間を置いて私に行きたい場所を問うているけれど、特に行きたい場所は頭に描けない。

 クレイグとサフィールとジルケさまが真剣な眼差しでジークを見ているのだが、見られている本人は片眉を上げて妙な顔になっている。なにを考えているのだろうと私はジークの顔を見続けていると、また彼が口を開いた。

 

 「もう少し考えさせて貰っても良いか?」

 

 「うん。ジークの賞品だからジークに行きたい所があるなら、私は付いていくだけだよ」

 

 ジークはまだ行きたい場所を見つけていないようである。特に期限はないのだし、私は彼にゆっくり考えて貰えば良いよと伝えておく。クレイグとサフィールが何故か呆れ顔で私を見ているのだが、どうしてそんな目で見る必要があるのだろう。

 ジークが行きたい所を聞くのは楽しみだなと前菜の次に運ばれてきたメインの料理に手を付ける。お肉料理であるのは分かるけれど、一体何のお肉だろうと悩んでいると給仕の方が鴨肉だと教えてくれた。鴨肉はアルバトロス王国のお貴族さまに好まれて食されているそうだ。私の感覚だと鶏のお肉のイメージが強いけれど、鴨肉も美味しいよねえと口に運ぶ。

 

 「苦労するなあ……ジークフリードは」

 

 ジルケさまがなにか仰ればクレイグとサフィールが苦笑いを浮かべて、ジークは彼女にどう答えて良いのか分からないようである。

 

 「ジルケさま、なにか仰いましたか?」

 

 「なんでもねえよ。料理、冷えちまうから食べようぜ」

 

 私はジルケさまがなにを言ったのか気になって問い直してみれば、誤魔化されてしまった気がする。でも、提供されたお料理が冷えてしまうのは事実だし、美味しいうちに食べなければと私はナイフとフォークを動かすのだった。

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