魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0636:故郷に錦を飾る。

 ――フライハイト領に里帰りです!

 

 ナイさまのお誘いを受けて南の島に赴き二週間の旅程を楽しんだのち、アルバトロス王国王都へと戻ってきました。筆頭聖女として治癒院に参加してから、私の実家であるフライハイト男爵領へと戻ることとなりました。

 教会が用意してくれた馬車に乗り込み、大勢の教会騎士の方が護衛のため王都からフライハイト領への道を進んでいる所です。私は馬車の中で島での出来事やクレイグさんのこと、フライハイト領のこれから筆頭聖女としてどう立ち回って行くのかを考えていると、直ぐにフライハイト領へと辿り着いておりました。

 

 馬車がゆっくりと停まると、御者の方がフライハイト男爵領領都に着くと教えてくださいます。

 

 フライハイト領は三年の間に貧乏男爵領から普通の……いえ、発展途上の男爵領になっているとか。お父さんとお母さん曰く、周りの方々や社交界で羨ましいとはっきりと言われていると教えてくれました。貧乏から抜け出して発展しているのは事実なので、社交界ではお父さんもお母さんも胸を張れば良いと私は思うのですが、生来のものなのかお父さんもお母さんも社交の場には慣れないようでした。

 

 ふうと私が溜息を吐くと、領都への入場に少し時間が掛かっているようでした。以前は寂れた領門からすんなりと入れたのですが、最近は入場時のチェックを厳しくしているのかもしれません。いずれにせよ、大人しく待つしかないと私が窓の外を覗けば、男爵領の衛兵の方の姿が前より増えています。中には顔見知りの農夫の青年が衛兵の格好をして、警備に就いている姿もありました。

 農夫の仕事は一体どうしたのだろうと首を捻ると更に妙な感じを受けました。なんとなくですが、領門を越えた先が騒がしい気がします。ただ馬車の中にいる私は確認できないので、黙って待つしかないのでしょう。

 

 「随分と待たされますね」

 

 ぽつりと私の口から勝手に声が漏れてしまいました。とはいえ割と時間を消費している気がします。フライハイト男爵領の入場にこんなに時間が掛かった記憶はないのですから。

 でも悪いことではないですし、お父さんが確りと男爵家当主として領地を守っている証拠であると考えを変えます。そうしてまた少しの時間が経つと、御者の方が『領の中に入ります』と教えてくれるのでした。ゆっくりと馬車が動き始めて領門を抜けたその時でした。

 

 「アリアお嬢さま、おかえりなさい!」

 

 「筆頭聖女ご就任、おめでとうございます!」

 

 「筆頭聖女さま、ご尊顔をお見せください!」

 

 男爵領の方々が領門に集まっていたようで、教会馬車を見つめながら声を張っておりました。私の筆頭聖女就任を祝う言葉を述べながら、お祝いの花びらを馬車に向けて放っておりました。三年前の少し沈んだ様子の領都の皆さまの顔ではなく、誰も彼もが明るい顔をしています。

 

 「アリアさま、もしよろしければ車窓から手を振って頂けると、領の皆が喜びます」

 

 教会騎士で今回の移動の護衛隊長を務めている方が窓の側に付き私に声を掛けてくださいました。彼の仰る通り領地のみんなに顔を見せて手を振った方が良いのでしょう。筆頭聖女の立場を振りかざす気はないですが、みんなが揃って私のことを祝ってくれるのは正直嬉しいです。馬車の窓から私は領地の皆さまに姿が見えるようにして、窓越しに手を振りました。

 

 「アリアさまー!」

 

 「ご立派になられて……!!」

 

 「あのお転婆なアリアさまが筆頭聖女さまにご就任とは!」

 

 「フライハイト男爵領は安泰だ!」

 

 聖女になる前の私は領地の皆さまと一緒に畑に出ていたため、顔見知りの方が領地には顔見知りの方が多くおられます。二年間で他領から流入した方もいるので全員とはいきませんが、半分以上の方の顔は見知っておりました。

 私の姿を見た方は目に涙を溜めて袖口で拭っている方に、嬉しいとそのまま涙を流す方に、本当に嬉しそうな顔で手を振ってくれる方様々でした。彼らの身形も三年前とは随分と様変わりしており、襤褸を纏っている方は少なくなっています。

 

 本当にフライハイト男爵領は発展しましたが、やはりナイさまのお陰ということを忘れてはなりません。薬草栽培も魔石の鉱脈の採掘も天馬さま方が居着いたことも、ナイさまがいなければ成し得ないことでした。もし仮に領地の誰かが見つけフライハイト男爵領で管理を始めても、適切な運用はできなかったでしょう。お父さんは他の貴族の口車に乗って全てを奪い取られていた気がしてなりません。

 

 私が乗った馬車が男爵領領主邸を目指してゆっくりと移動をしております。男爵領の皆さまは馬車から付かず離れずの距離で一緒に領主邸を目指すようでした。教会騎士の皆さまは男爵領の皆さまの気持ちを察しているのか、彼らの行動を止めることはありません。

 

 普段であれば後ろから付いてくることを止めそうですが、今日はどうしたのでしょうか。不思議に感じて首を傾げていると、私の実家である男爵領領主邸に辿り着きました。

 以前、ボロボロだった門扉は修繕され、庭も野菜ではなく薔薇や庭木が綺麗に手入れされています。馬車回りに辿り着けば、ゆっくりと馬車が停まり扉が開いて護衛隊長がエスコートを担ってくださいました。護衛隊長の方がクレイグさんだったら……って、私はなにを考えているのでしょうか。今はお父さんとお母さんとお兄ちゃんに帰郷の挨拶をしなければならないのに。

 

 馬車回りには出迎えで既にお父さんとお母さんとお兄ちゃんが私を待っていてくれます。私は待ってくれている彼らの下へといき礼を執りました。家族ですが、貴族なのできちんとした振る舞いをしなければならないのですから。

 

 「おかえり、アリア」

 

 「おかえりなさい、アリア。本当に立派になって」

 

 「筆頭聖女就任、おめでとうアリア。お祝いが遅くなってしまったね」

 

 「ただいま、お父さん、お母さん、お兄ちゃん!」

 

 おかえりとただいまの声を上げた私たちは家族の抱擁をして、教会騎士の方々にお礼を告げて屋敷の中へと入るのでした。私の後ろには側仕えの方が荷物を持ってくれています。彼女は教会から派遣された方であり、筆頭聖女である私の身の回りのお世話を担ってくださるのです。最初は慣れず、自分でやりますと私は言い張っていたのですが『我らの仕事を奪わないでください』とぴしゃりと言われ続け、最近ようやく介添えを受けることに慣れてきた次第です。

 

 平民出身の方ですが、きちんと教育を受けられている方なので、騎士爵、男爵、子爵位の家ならば問題なく働けるレベルの方だとか。そんな方を私に付けられても困るのですが、やはりアルバトロス王国での聖女の立場は高いため、筆頭ともなればそれなりの方を配置するとか。筆頭聖女補佐であるロザリンデさまにも教会から側仕えを付けられていましたが、流石侯爵位のご令嬢です。慣れているのか、直ぐに受け入れておられました。

 

 私に付けられている側仕えの方は真面目な女性です。でもアストライアー侯爵邸で過ごすには真面目過ぎるのか、最初の頃はクロちゃんやヴァナルさんに神獣さまと毛玉ちゃんたちに凄く驚いていました。

 庭園で過ごしているエルさんとジョセさんとルカとジアにも驚いていましたし、ジャドさま一家にも恐れをなしていました。でも時間が経つと慣れるようで、お猫さま……トリグエルさんとは少し話を交わす仲となっておられます。多分、彼女は猫ちゃん好きなのでしょう。遠目から見た仔猫たちにセレスティアさまと同じ顔をしていたのですから。

 

 移動しながら他所事を考えている間に応接室へと辿り着いていました。

 

 「アリアの部屋に通すべきか、それとも来賓室に案内すべきか迷ってね……アリアはどちらが良いのかな?」

 

 「自室で大丈夫だよ、お父さん。あと丁寧な話し方もいらないよ。いつも通りで良いから」

 

 苦笑いを浮かべて問うお父さんに私も苦笑いになってしまいます。家族なのに他所他所しいのは悲しいですし、いつも通りの対応で大丈夫と告げておきます。私の家族のことだから迷うだろうなと、実家に戻る旨の手紙に『いつも通りで良いからね!』と認めておいたのに、お父さんは忘れているようです。

 

 「あ、そうだ。お父さん。領地の教会には聖女さまがいないよね。流石に今日は無理だけれど、治癒院を開いても良いかな?」

 

 男爵領に教会はあるのだが、聖女は常駐していません。時折、王都の教会から派遣された聖女が期間限定で治癒を施すくらいです。せっかくだし、治癒院を開いても良いだろうとお父さんに提案してみました。とはいえいきなりは難しいだろうし、治癒院を開く告知もあるから数日は先となるはずです。

 

 「それは有難いことだけれど、アリアは無理をしてないかい? 筆頭聖女として忙しいのだろう?」

 

 「大陸情勢は安定しているし、王都の教会で治癒院に参加してるくらいだから平気だよ。夏が過ぎれば隣国に顔見せに赴くけれどね」

 

 領主として少し頼りないお父さんですが、こういう所は優しくて好ましいところなのでしょう。私の言葉を聞いてお父さんとお兄ちゃんが治癒院を開くにはいつが良いかと考え始めました。お母さんは考えに耽る二人に苦笑いを零し私と視線を合わせます。

 

 「アリア。領地から出るだけでも大騒ぎしていたのに、まさか王都どころか他国へ向かうようになるなんて……十分に気を付けていってらっしゃい」

 

 「ありがとう、お母さん。教会の護衛の方たちがいるし、外遊になるから近衛騎士の方たちもいるから。大丈夫だよ、心配しないで」

 

 お母さんが心配そうに私の頬へと手を伸ばしました。少し荒れた手だけれど、以前のカサカサだったお母さんの手は随分と綺麗になっています。苦労をしていたんだなと改めて思い直し、これから先はお母さんがお母さんとして楽しめる人生を歩めますようにと願う。

 

 「アリア、治癒院を開くのは三日後でどうだい? まだ教会に連絡を入れてないしあくまで予定だが……」

 

 「ありがとう、お父さん」

 

 小さい領ですし、三日あれば十分に領内の方に治癒院が開かれることが周知できるはずと私はお父さんとお兄ちゃんにお礼を述べます。

 

 「さて、アリアの部屋に荷物を運ぼう。側仕えの方たちは……来賓室、いや使用人部屋か……?」

 

 お父さんが私の側仕えの方を見て頭を唸らせています。どうやら客人として扱えば良いのか、側仕えとして扱えば良いのか迷っているようです。おそらく貴族家出身なのか平民出身なのかの判断が付かないようでした。

 その辺りのことも私が手紙で記しておけば良かったと反省します。ただ側仕えの方は気にした様子もなく、空いている使用人部屋があればそちらでと告げました。彼女の声にお父さんは胸を撫で下ろして、一先ず私の部屋へと向かうのでした。

 

 ◇

 

 南の島滞在最終日にフィーネさまから告白を受ける羽目になるなんて、俺は全く考えていなかった。嬉しいけれど俺から告白したかった気持ちもあるし、彼女から先に告白を受けてしまい恥ずかしいやら情けないやら。

 誰も聞いていなかったから良かったけれど、見ていた人がいたなら揶揄われるのだろうなあと目を細める。島から戻って一週間が経ち俺たちは聖王国へと戻っていた。

 

 今回は少し無理して二週間の休みを貰っていたから、暫くすれば残りの休暇を取れることになっている。ユルゲンも同様で、聖王国に戻り外務部の者として仕事に励んでいる最中だ。最近、聖王国は平和なので暇だけれど、騒ぎが起こるより全然良いことである。

 

 昼。聖王国の官邸で宛がわれている執務室で、外務部の面子を顔を突き合わせながら書類仕事を捌いているのだが、ユルゲンがお手洗いから戻ってきたようである。部屋の扉がゆっくりと閉まる音が聞こえ、彼の足音が近づいてきた。そうして俺の隣の席へと彼が腰を下ろして、何故か俺の方を見ている。俺はどうしたのかと手を止めて彼と視線を合わせた。

 

 「大聖女フィーネさまが浮かれているという話を耳にしましたが、なにかあったのかエーリヒは知っていますか?」

 

 ユルゲンはどこかで噂を調達してきたようである。聖王国は大聖女さまの態度の変化でも噂が流れるようだ。他の同僚も彼の言葉で仕事の手が止まっていた。彼らの場合、聖王国にまた激震が走るのかという心配からだろう。俺は彼女が浮かれている理由を知っているような、知っていないような。俺の目線が右から左、左から右へと流れれば、ユルゲンがなにかを察したようある。

 

 「知りませんか。女性ですから、甘味を味わえる美味しいお店でも見つけたのかもしれませんね」

 

 ユルゲンの言葉に部屋にいる同僚たちの手の動きが再開された。ふうと息を吐いている辺り、本気で聖王国のことを慮っているのだろう。赴任期間が長くなり、赴任先の環境が劣悪だと国へ戻りたいがために『早くこんな国、潰れちまえ!』と叫ぶ人が出てくるそうだが、今の所大丈夫なようである。

 

 「そ、そうかもな。あははは……」

 

 俺の声にユルゲンが掛けている眼鏡の縁に触れて位置を調整していた。無意識なのか、意識して直したのか分からないが、なにか気付かれてしまっただろうか。

 ユルゲン相手ならば特に隠すことはないので構わないし、むしろ俺らの上司であるシャッテン卿は『ベナンター卿が大聖女さまを聖王国から攫ってくれば面白いことになりそうですよねえ。まあ、外交問題になるので穏便に済ませるのが一番ですけれど』と仰っている。

 外務部の最上位がこんな調子のため、外務部の皆さまも俺がフィーネさまを聖王国から攫ってこれるのか楽しみにしているとか。みんな大人なので口には出さないけれど、酒の席で話のネタとなっているらしい。

 

 そんなこんなで時間が流れ、陽が沈む頃になっていた。書類仕事を終わらせた面々が凝り固まった身体を解すため、両手を天井へと向けたり、前へと伸ばしていた。俺も首を回して肩の凝りがマシになるようにと動かしていると、同僚二人が席から立ち上がる。

 

 「俺たちは夕食を摂りに出かけてくるな」

 

 「二人はどうするんだ?」

 

 ふうと息を吐いた彼らの顔は明るい。仕事を終えて飲みにいける時間となっているので嬉しいのだろう。とはいえ酒は飲んでも飲まれるなが、外務部の鉄則――特に海外派遣組――なので、酔わない程度で戻ってくる。ユルゲンは俺に任せると言いたいようで、俺に笑みを向けていた。ならと俺は口を開いた。

 

 「俺とユルゲンは官邸の食堂で済ませます」

 

 官邸内に食堂が併設されているため、お酒を飲むことがない俺たちは日常的に利用している。お酒を飲む人たちは朝と昼だけ利用する形が多い気がする。外で食べるよりも安上がりになるので有難い。

 

 「そうか。食堂だと酒が提供されないから頂けない」

 

 「飲む方には不便ですよね」

 

 お酒を飲む人にとっては不便だけれど、官邸は職場なのだし仕方ないのだろう。アルバトロス城の食堂の夜営業ではアルコール類が提供されている。注文し過ぎるとストップが掛かるのが外の店との違いだろう。職場でお酒が売られていることが凄く不思議な感じがするけれど、アルコールについて日本のように煩くはなかった。

 

 「まあ、聖王国だからな。他国のしきたりに文句を言っても仕方ない。外で飲めるだけマシさ。じゃあ俺らは行ってくる」

 

 聖王国の官邸食堂でアルコールの提供がされないのは、宗教国家という側面が強いからだろう。とはいえ隠れて飲んでいる聖職者はもちろんいるのだが、酔っぱらった姿を見せれば後ろ指を指される。

 なので、聖王国の聖職者の方はほどほど嗜む程度だ。まあ、偶に飲み過ぎたのか二日酔いをしている姿を見たことはある。

 

 「はい。気を付けて」

 

 同僚たちが出払えば執務室に静寂が訪れる。隣にユルゲンが腰を下ろしたままなのだが、何故か俺を良い顔をして見つめていた。なにか嫌な予感しかしないのだが、腹が減ったし夕ご飯を食べに行こうと彼を誘う。

 

 「ええ。行きましょうか。島の食生活に慣れてしまい、聖王国の食事は少し物足りなさを感じてしまいます」

 

 「ナイさまの舌が肥えてるから、島の食事はある意味危険だよな」

 

 ユルゲンが少し寂しそうな顔になっている。島の食事はシンプルな料理が提供される機会が多かったけれど、料理人の方が作ってくれたものなので洗練されたものだ。時折、自分たちで料理することもあったけれど、その時は味付けが濃くなっていた。

 

 二週間で島の食事に慣れてしまうと、聖王国に戻った食事の味に違和感を感じるのは仕方ない。基本、薄い味付けが官邸食堂の特徴である。だからユルゲンが寂しそうな顔をする理由に納得できるのだ。ユルゲンは文官で運動をしないタイプだが、それでも男だから量を食べるしな。俺もジークフリードやギド殿下にマルクスのようには食べることはできないが、女性よりも食べる量は確実に多い。ナイさまは除外だ。

 

 「ま、食べられるだけ有難い。作ってくれているから、その分楽ができるし」

 

 調理器具が発展していないので下準備から始めて食べるまでを考えると、かなりの時間が掛かってしまう。本当に料理を作ってくれる方には感謝しないとと席から立ち上がれば、ユルゲンは苦笑いを浮かべている。

 

 「そうですね。僕は料理なんてできないですから、文句を言うべきではありませんでした」

 

 「大袈裟な。偶には愚痴くらい言っても良いんじゃないか」

 

 聖王国の官邸食堂の味付けは薄味なのは事実だし、島の食事では濃い味付けの料理が多かったのも事実なのだから。行こうと俺がユルゲンに声を掛け、官邸食堂を目指して歩いて行く。

 聖王国のお偉いさん――枢機卿とか――が通る際は廊下の端に寄って小さく礼を執る。どうもと礼を返してくれる方もいれば、むっとした顔を向ける方もいて面白い……面白いと言えるようになったのは、聖王国で過ごす時間が長くなってきたからだろうか。

 

 「結構人がいらっしゃいますね」

 

 「混雑時間に当たったみたいだな」

 

 食堂は多くの人で賑わっていた。シンプルな聖職者の衣装に身を包んでいる方が多いから、枢機卿たちの補佐役や下働きの方たちだろう。俺たちの登場に一瞬視線を向けるものの、彼らは直ぐに興味をなくし食事を楽しんでいる。

 

 最初、俺たちが食堂に赴いた際は喧騒から静寂へと変わり、凄く居心地の悪さを感じたものだ。聖王国の皆さまは各国から監視員が派遣されていることに慣れたのだろう。とはいえ他国の者が自国の政治面を監視しているのは面白くはないはず。でも、やらかしはやらかしだし、妙な人物はまだいるので気が抜けない状態だ。俺たちは食事を受け取るため列に並ぶ。配膳式のためか待つ時間は少なく、食事を受け取ってから席を確保した。

 

 腰を下ろして女神さまに祈りを捧げ――ヴァルトルーデさまのご尊顔を知っているし、彼女はいただきますと言っているので妙な感じがする――て、夕ご飯に手を付ける。シンプルな麦粥とパンに少しばかりの肉が今日の夕食だった。

 麦粥にはきちんと味付けが施されていて、結構美味い。味は薄いが慣れるときちんと味を感じることができる。周りの喧騒に聞き耳を立てながら、俺とユルゲンは食事を進める。そして丁度半分ほど平らげた時だった。

 

 「特に問題はなさそうですねえ」

 

 「問題があると困るけどなあ」

 

 全ての声を拾うことはできないけれど、周りの声は聞き取ることができた。今日の大聖堂に訪れた信者の皆さまは結構多くて忙しかったとか、礼拝の捧げ方を熟知していない方にきちんと作法を教えたとか、凄く平和な話題である。少し前までは黒衣の枢機卿の話で盛り上がっていたのだが、時間が流れ彼らの話題に登る機会は減っている。

 

 「さて、エーリヒ。聖王国が平和なのは良いことです。ですが島から戻ってきたエーリヒは時折黄昏ておりますよね」

 

 ユルゲンがまた眼鏡の縁に手を掛ければ、きらりと鏡面が光った気がする。俺は時折黄昏ていたのかと考えてみるのだが、確かに時々仕事の手を止めて物思いに耽っていたかもしれない。

 

 「そ、そんなことはないぞ」

 

 「なにかありましたね。とある方に告白でもしたのですか?」

 

 ユルゲンがフィーネさまのことをとある方と誤魔化している。俺たちの様に誰かが聞き耳を立てているかもしれないという配慮なのだろう。一応、食堂の中は割と騒がしいので俺たちの声が響くことはない。

 

 「ぶふっ! し、してないぞ!」

 

 嘘は吐いていない。だってフィーネさまから告白を受けたのだから。嘘は言っていないのだ。けどやはり男としては、俺の方から告白したかったという気持ちが強かった。

 

 「おや」

 

 「なんだよ、その顔は」

 

 ユルゲンが目を丸くして意外だという顔になっていた。何故、ユルゲンは俺たちのことを見通しているのだろうか。告白現場にはいなかったはずなのに。

 

 「いえ。とある方が凄く嬉しそうな顔をしていらっしゃいましたので。進展があったのかなと」

 

 ああ、フィーネさまがどうやら緩い顔になっていたようだ。でもまあ、彼女から告白を受けたのだから確りと迎えに行く準備は始めておかないと。一応、お互いに思い合っていてキスをすれば、大聖女の聖痕は消えてしまう。

 何故、ヴァルトルーデさまは聖痕に余計なことをしたのかと言いたくなるが、テラさまの意見を取り入れただけだ。聖痕がずっと消えないよりも良いのだろうかと頭を悩ませるが、ユルゲンに攻められっぱなしでは格好が付かないと俺は口を開く。

 

 「……人のことよりユルゲンはどうなんだ」

 

 「父から婚約の話を頂いております。分家筋の可愛らしいお嬢さんですよ」

 

 ふふふとユルゲンが笑っている。どうやら家から命を下された婚約話に不満はないようだった。三つ下のお嬢さんで身体が弱く無理ができないそうだが、成長して日常生活は普通に送れるそうである。ユルゲンがジータス家を継ぐことはないが、ジータス家から爵位を譲り受け独立するそうだ。

 

 「そうか。結婚するならお祝い贈らなきゃな」

 

 「僕も早くエーリヒにお祝いを贈りたいものですねえ」

 

 友人が結婚するならなにか祝いの品を贈らねばと片眉を上げれば、ユルゲンも俺に祝いの品を贈ってくれるらしい。ふふふとお互いに笑い合っているとユルゲンが口を開く。

 

 「否定されないなら、期待をしても良さそうですね」

 

 「あ……!」

 

 もしかして俺はユルゲンに乗せられたのかと気付いた時には反論も言い訳もできない状況になっており、いろいろと手遅れだった。

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