魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0640:意味が分からない。

 ――は? 意味が分からない、というのが正直な本音だった。

 

 とはいえ先方の都合もあるので、今届いた手紙の内容だけで善悪を判断するのは早い。しかし少し前にロステート伯爵さまから豚肉を買い付け、美味しかったから定期購入を打診して受け入れられた所なのに一体どうしたのだろうか。

 

 私が凄く怪訝な顔をしていたためか、東屋で席に腰を落としていた面々とジークとリンと手紙を届けてくれたクレイグが妙な顔になっていた。内容は私的なものではなく、屋敷にも関係することなので皆さまに手紙を読んでも構わないと私は机の上に差し出した。誰が真っ先に取るのか腰を下ろしている面々、ヴァルトルーデさまとジルケさまとソフィーアさまとセレスティアさまが顔を合わせている。謎に遠慮していることに気付いたジルケさまが口を開いた。

 

 「ここにいる連中が聞いて良い内容なんだよな。ソフィーアかセレスティア、読んでくれ」

 

 ジルケさまが私に確認を取ったので問題ないと頷いた。そして彼女はソフィーアさまとセレスティアさまに声を掛ける。ヴァルトルーデさまは候補に入っていないことで肩を落としているが、末妹さまなりの長姉さまへの気遣いではなかろうか。だって流石に女神さまに手紙を音読されるのは憚られる気がする。ソフィーアさまとセレスティアさまは顔を見合わせ無言で確認を取っていた。

 

 「では、失礼して」

 

 手紙を音読してくれるのはソフィーアさまである。彼女は机に置いたロステート伯爵さまからの手紙を取り、さっと目を通す。定型の挨拶はすっ飛ばして本題から読み上げてくれた。そうして東屋に集まっている皆さまに事の経緯が伝わる。

 

 「急だな。契約は成立しているのに、そんなことあるのかよ?」

 

 ジルケさまの仰る通りロステート伯爵家とアストライアー侯爵家で、豚肉を一ケ月に一定量納入する約束を取り付けている。

 

 「疫病が流行り供給を断たれればあり得ることですが、そのような話になれば噂が流れましょうし、ナイに理由を伝えない意味がありません」

 

 「ええ、随分と一方的な話ですわ」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまもロステート伯爵さまの急な申し出に困惑しているようだ。お二人の頭の中では何故彼が急に契約を反故にしたのかと考えているようでもある。ジークとリンの横で話を聞いていたクレイグが小さく手を挙げたので、私は話して構わないと彼に頷く。半歩前に出たクレイグは神妙な顔で口を開いた。

 

 「ロステート伯爵が一方的に断ち切ることはなさそうですが……」

 

 ロステート伯爵邸に向かい、豚肉購入の話を取り付けたのはクレイグである。夜会で一瞬だけロステート伯爵さまと言葉を交わした私より、クレイグの方が彼のことを分かっているだろう。片眉を上げたクレイグはロステート伯爵は急に約束を破るような者ではないと言いたげだ。今まで話を黙って聞いていたヴァルトルーデさまが眉をハの字にしながら口を開く。

 

 「美味しい豚肉、食べられなくなる?」

 

 「他のルートから仕入れれば良いだけですが供給量に難があるので、アストライアー侯爵家の需要を満たせるかと言えば微妙でしょうね」

 

 ヴァルトルーデさまの疑問に私が答えた。ロステート伯爵さま以外から豚肉を仕入れれば良い話ではあるが、アルバトロス王国内で豚肉生産最大手であるロステート伯爵さま以外からの買い付けとなれば、買い付け量は減ってしまうだろう。豚肉を定期的に食卓に出すことは難しくなりそうだ。牛肉はマグデレーベン王国から仕入れているので今まで通りだが。これから豚肉料理が増えると期待していたので、出鼻を挫かれた形となる。

 

 「出ないわけではありませんが……豚肉は牛肉より安価で平民も食すことができます」

 

 「アストライアー侯爵家が買い占めれば市場の豚肉の値段が上がりましょう」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまがしょぼんとしているヴァルトルーデさまにフォローを入れていた。他の方にも影響があると分かり、ヴァルトルーデさまは豚肉提供の機会が減ることに納得できたようである。

 

 「そうなんだ。勉強になる」

 

 「で、どうすんだ、ナイ。契約を反故にされたなら、それなりの理由がない限り怒っても問題ないだろ?」

 

 ヴァルトルーデさまはなるほどなとなにか考え、ジルケさまは私に厳しい視線を向けて問うてきた。どうやら、一方的に契約を破ったことが認められないようである。

 

 「断られた理由は分かりませんが、なにか原因があるのかもしれません。一先ず、経緯を聞かせて欲しいという手紙を認めてみます」

 

 とりあえず東屋で雁首揃えて理由を考えていても仕方ない。ロステート伯爵さまが手紙を寄越した意味を把握しないと次の手が打てないのだ。お茶が終わればユーリの部屋に赴いて彼女と遊び倒そうと考えていたのだが、今は先にロステート伯爵さまへの返事である。執務室に向かいますと私が立ち上がれば、全員が興味あるようで一緒に赴くとのことである。

 

 ――ロステート伯爵の真意が分かるのは数日後だろう。

 

 道すがら、一緒に歩いている皆さまと手紙に記す内容を考えながら執務室へと向かうのだった。

 

 ◇

 

 ――ロステート伯爵領領都・ロステート伯爵邸。

 

 どうすればいい、どうすればいい、どうすればいいのだ! ロステート伯爵家が始まって以来の大失態に当主の私は頭を抱えるしかない。アストライアー侯爵閣下と豚肉の取引を開始した途端に、長男が無茶を仕出かしてくれた。

 私は執務室で立派な椅子の上に腰を下ろし頭を抱えていた。手にぐっと力を入れて髪の毛を引っ張ってみるのだが、痛みでも気分が紛れることはない。意味のないことをしていると私は手の力を抜いて盛大な溜息を吐いた。

 

 「お館さま、顔色が優れません。お休みになられては……」

 

 一緒に領地に戻っている家宰が心配そうに私に声を掛けるのだが、起きたことが大きすぎて眠れるわけもなく。酒を煽って意識を飛ばしてみても良いのだが、その間になにかが起きれば更に事態が悪化しそうだった。

 

 「必要ない。私が今倒れれば伯爵領の者たちが路頭に迷うことになる……! 目先の利益に囚われ、とんでもない契約を交わした馬鹿息子を早く次期当主の座から退けておけば良かった……!!」

 

 「前回で懲りて反省したかと安心しておりましたが」

 

 「反省した態度を見せて、我々を欺いた……見抜けない私も間抜けだが、無茶な契約を勝手に交わした馬鹿息子も間抜けだ! ははは……流石私の血を引く男だ!」

 

 ちなみに長男は地下牢の中である。これ以上失態を犯せば、ロステート伯爵家はアルバトロス王家に爵位を返上しなくてはならない。馬鹿息子の尋常ではない頭の中を見抜けず痛い目に合っているのだから、自業自得かもしれないが。

 部屋には次期当主と先程決めた我が娘が心配そうに私を見ている。本当に私が判断を遅らせてしまったことで、このような事態を招くとは。次代を継ぐ娘には本当に申し訳ない貧乏くじを引かせてしまっている。

 

 私の様子を見かねた娘は侍女に気分が落ち付く紅茶を出せと指示をしていた。

 

 「お父さま。差し出がましいようですが、意固地になってアストライアー侯爵閣下に真実を隠すのは如何なものでしょうか」

 

 我が娘が私を見かねて声を掛ける。家宰は私たち親子のやり取りを黙って聞く態勢に入った。どうやら邪魔をする気はないと言いたいようである。

 

 「しかし、あのアストライアー侯爵だ! 事実を知れば竜をけしかけ、我が領地を灰に帰すかもしれん……!」

 

 そう、そうだ。あのアストライアー侯爵を怒らせれば巨大な竜をけしかけ、領地を火の海に変えるだろう。私が確りとしていないばかりに、領地の無辜の民の命が失われてしまう。丹精込めて育てた豚たちも無残に焼け死んでしまうかもしれない。私の脳裏に悲惨な光景が過り、目尻から涙が零れ落ちそうになっていた。

 

 「領地を灰にするより、ロステート領を奪い取って閣下が自領とする方が有益です。豚肉も独占できますもの」

 

 「……何故、そのように冷静なのだ」

 

 娘が言う通り、伯爵領を火の海に沈めるより領地を無傷で奪い利益を全て手に入れる方が今後のためにはなる。だがアストライアー侯爵を怒らせているのだ。ただでは済まないはずである。

 

 「学院でアストライアー侯爵をお見かけしたことが何度かあります。小柄な方ですが、意思の強そうな瞳でいらっしゃいましたわ。わたくしのような者が閣下を語るには不遜ですが、女性当主として憧れを持っていますもの」

 

 「いや、本当に何故、泰然としていられるのだ!」

 

 我が娘は怖い位に落ち着き払っている。学院で過去のアストライアー侯爵を見た所で、彼女の人となりなど分かろうはずもない。しかも娘はアストライアー侯爵の二学年下である。言葉を交わしたこともないはずだ。憧れが強すぎて、変な解釈になっているのではなかろうか。うううと私がまた頭を抱えて執務机の天板を見ていると、我が娘が側に近寄ってきたようだ。

 

 「お父さまの肝が小さいだけではないでしょうか」

 

 娘が言葉のナイフを放ち私の心にぐさりと刺さった。確かに私はロステート伯爵領という広大な地を治めるには少々気概が足りないのかもしれない。だが家宰や周りの者たちに支えられ、アルバトロス王国内で目立たないながらも領地を盛り立ててきた自負はある。そんなに酷い言葉を投げなくて良いじゃないかと私が顔を上げると、我が娘は扇を開いて口元を隠し厳しい視線を向けている。

 

 「……確かに私の肝は小さい。でも、領地の者たちを路頭に迷わせてはならないという自負はある……!」

 

 「では、お父さま。どう立ち回るので?」

 

 「一先ず、アストライアー侯爵に正式な謝罪を。私の首を差し出しても構わん」

 

 私は執務机に両手を置いて勢い良く椅子から立ち上がった。領地で頭を抱えているよりも私の首を差し出す覚悟でアストライアー侯爵に謝罪しよう。

 

 「お父さまの首なんてアストライアー侯爵に価値はあるのでしょうか。豚肉の方が喜ばれるのでは」

 

 「お嬢さま。少々、口が過ぎましょう」

 

 「あら、失礼を。お父さま、わたくしも次期ロステート伯爵として一緒に頭を下げましょう。価値は低いですが、わたくしも契約を反故にした責任を負わなければ」

 

 なんだかんだと言いつつ、我が娘は私に協力してくれるようだ。領地の者たちが無事であるならば私たちはどうなっても良いと決意して、転移魔術師を手配してアルバトロス王都のアストライアー侯爵邸を目指すことになる。

 

 ◇

 

 ――本当に何故こんなことになるのやら。

 

 ロステート伯爵さまから契約を反故にしたことを謝罪したいので一度面会できないだろうかというお伺いの手紙が届いたため、分かりましたと私が返事を出せば速攻でロステート伯爵さま一行がやってきた。

 

 海神さまの件はいろいろな所に報告をしている最中なので、動くのは少しばかり先となる。

 

 ロステート伯爵さまご一行の来訪は私の都合の良い日時を告げていたし、手紙に記した通りの日付と時間で彼らはやってきたから問題ないのだが……来賓室で平身低頭謝る彼らの姿を見るのは正直疲れる。

 

 私の目の前にいるのはロステート伯爵さまと次期当主である彼のお嬢さん、そしてロステート伯爵家の家宰さまに護衛の皆さまである。揃いも揃って私に頭を下げていた。

 大の大人がギリギリ十代の異性に頭を下げるなんてことをしたくないだろうけれど、契約違反というか……彼の息子さんの暴走によって侯爵家に寄越す豚肉が用意できなくなったのだから仕方ない。ちなみに彼の息子さんはロステート伯爵領領都にある領主邸の地下牢に閉じ込めているとか。

 

 「誠に申し訳ありませんでした! 私の首で足りぬなら、馬鹿な息子も連れてきましょう!」

 

 平身低頭、頭を下げているロステート伯爵さまとご一行さま。とりあえず詳しい話を聞きたいので、こちらを見て欲しい。謝罪にきて一応の誠意は見せてくれているのだから、必要以上に咎めることもあるまい。

 

 「ロステート伯爵、皆さま。先ず、頭をお上げください。詳しい話をお聞かせ頂きたく。事の次第で今後のことを考えたく存じます」

 

 私が声に出すと頭を下げたままのロステート伯爵さまの肩がびくりと揺れる。私のことが怖いのか、それとも周りいるアストライアー侯爵家の面々が怖いのか。

 一応、脅しになるといけないので、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは私の影の中で待機して貰っているので威圧感は少ないはず。あと、ヴァルトルーデさまとジルケさまにも横の部屋で待機して貰っているので、状況は至ってマシなのだが……ロステート伯爵家ご一行さまには無理からぬことのようである。

 

 「し、しかし……! 契約を取り交わし、取引を開始して直ぐに私の監督不行きでご迷惑をお掛けすることになり、合わせる顔があろうはずもございません!」

 

 起こってしまったことは仕方ない。私もやらかして周りの皆さまにご迷惑をかけているのだ。事情が分かれば必要以上に咎める気は全くないのに、ロステート伯爵さまは事態をかなり重く見ているようである。私は余程のことがなければ怒ったりしないのに、ロステート伯爵さまにはどう映っているのやら。今の彼には私は地獄の閻魔さまのように見えているのかもしれない。

 

 すでに顔を合わせているのだが、という突っ込みは野暮だろうか。どうしよう今の状況と私がアストライアー侯爵家の面々に顔を向けると、皆さまはふるふると顔を振って状況を変える気はないようだった。

 怒って顔も見たくないから今後姿を見せるなと言っても良いのだが、ロステート伯爵家の特産である豚肉は屋敷の皆さまに好評だった。私も今後口にできなくなるのは寂しいし、事態が改善するならば彼に協力するのもやぶさかではないのに。もう一度彼を説得しようと私は口を開く。

 

 「ロステート卿。一先ずは話をお聞かせください。語れないことがあれば黙秘すれば良いですし、それを咎める気はありません」

 

 私は彼を落ち着かせようと試みるのだが、どうあっても脅しにしか聞こえない。私が彼の立場であれば今頃は胃がきゅっと締まっていそうである。またロステート伯爵さまは肩をびくりと揺らすものの、私の二度目の言葉で今のままではいけないと気付いてくれたようだ。

 おずおずと彼が顔を上げようやく私と視線が合った。こういうとき私はどのような顔をすれば良いのかと考えて『微笑み』をチョイスした。私がきちんと笑えているか自分では分からないけれど、どうにか笑顔を作ることができたはず。

 

 「誠に、誠に申し訳ありません!!」

 

 顔を上げたロステート伯爵さまの顔が更に青くなったのは気の所為だろうか。まさか笑顔を選択した私の判断が彼の恐怖を余計に煽ってしまったのかもしれない。こういう時、どんな態度でいれば良いのか難しい。アルバトロスの陛下のように泰然としているのもなにか違う気がするし、ボルドー男爵さまのようににやりと笑うのも違う気がするのだから。

 

 「もう謝罪は頂きましたから。腰を掛けて事情をお聞かせください」

 

 「は、はひ……」

 

 私が声を出せばロステート伯爵さまは謝罪を諦めてくれたようである。そうして壁際で控えていたアストライアー侯爵家の侍女の方に紅茶とお茶請けの用意をお願いする。

 ロステート伯爵家の次期当主として一緒に赴いている娘さんの分もお願いして、私は彼らを応接用のソファーへと誘った。次期ロステート伯爵さまは私より二歳年下で、今年学院を卒業したばかりとか。

 今回の件で兄上さまがやらかしたため、彼女が次期ロステート伯爵領を盛り立てていくようである。次期当主としての初仕事が謝罪行脚になるなんて、彼女も考えていなかっただろう。本当にロステート伯爵さまの息子さんはなにをやらかしてしまったのやら。

 

 「どうして契約違反が起きてしまったのか、説明可能な範囲でお聞かせ願えますか?」

 

 「そ、その。恥ずかしながら私の息子が勝手に豚肉の販売契約を結びまして……息子が結んだ相手方に白紙に戻して貰うようお願い致しましたが、無理の一点張りでした」

 

 ようやく今回契約が履行できない理由の一端が明らかになった。どうやら息子さんが彼の許可を得ずに勝手に豚肉の販売契約を結んでしまったようである。契約した取引量も多く、お貴族さま用として育てている豚肉が足りなくなったそうだ。

 アストライアー侯爵家以外にも影響を受ける家があるのだが、取引している相手の家格が一番高い私の下へ真っ先にやってきたそうだ。他の家にも謝罪に赴かなければならないようで、彼らはまだまだ大変な思いをしなければならないようである。

 

 「相手方というのは?」

 

 「デグラス伯爵家です。相場の倍の価格を払うということで、息子は見事に彼の甘言に乗ってしまったのです」

 

 「乗ってしまったあげく、他の供給先に影響を及ぼした、と」

 

 当主に話を通さず契約を結ぶことなんてあるのかと言いたくなるが、今目の前で起きていることである。息子さんはデグラス伯爵が用意したお金に目が眩んでしまったのだろう。

 少し前、私とロステート伯爵家が豚肉販売契約を結んだことで、事業拡大と声高に歌い伯爵さまに息子さんは盛大に怒られたそうである。その矢先の行動だったので、ロステート伯爵家の次代は息子さんから娘さんへと移譲したようである。

 

 「は、はい。目先の利益だけに囚われ、今、取引をしている方々のことなど考えていなかったようでして……本当に情けないことでございます」

 

 椅子に座っているロステート伯爵さまの身体が縮んでいる気がした。私もアストライアー侯爵家の誰かがやらかせば、今の彼のように頭を下げなければならないだろう。

 その時に彼の様に謝れるか定かではないけれど、居たたまれない気持ちになることだけは理解できた。あまり彼の心を抉るようなことはしない方が良いのだろうが、流石に契約違反を犯した相手を無罪放免にするわけにはいかない。アストライアー侯爵家の面子があるし、契約違反を犯しても侯爵家は怒らないなんて噂が流れるのは困るのだ。

 

 「事情は承知致しました。豚肉の取引中止も分かりました。契約不履行による違反金の支払いを宜しくお願い致します」

 

 契約を結ぶ際に契約不履行による違反金については既に決めてある。契約の際には違反した場合のことを盛り込むのは普通なのだそうだ。割と大きな金額を払わなければならないのだが、ロステート伯爵さまは大きく息を吐いて胸を撫で下ろしている。

 

 「はい。も、もちろんでございます!」

 

 ロステート伯爵さまが顔を上げて確りと頷いてくれる。しかしこれから豚肉の買い付けをどこで行えば良いだろうか。割と楽しみにしていたし、侯爵家の皆さまも楽しみにしていたので少々残念なできごとだ。

 一部のお貴族さまには豚肉よりも牛肉の方が人気で、デグラス伯爵さまが豚肉を倍の価格で買い取りたいという申し出は息子さんにとって魅力的だったのだろう。しかし何故デグラス伯爵さまは急に豚肉の買い取りを申し出たのか。しかも当主であるロステート伯爵さまではなく、息子さんの方に。騙し易かったのかもしれないが、デグラス伯爵さまは無理な買い付けによって方々に喧嘩を売ることになると気付けないのも不思議だ。

 

 ――あれ?

 

 もしかしてアストライアー侯爵家がロステート伯爵さまから豚肉を買い付けたことが不満だったのだろうか。もっと詳しく話を聞き出した方が良いだろうかとアストライアー侯爵家の面々を見れば、私の好きにして良いと一つ頷いてくれる。

 

 「ロステート卿、デグラス伯爵卿は豚肉を急に買い付けたのか理由を知っておられますか?」

 

 「そ、それが……」

 

 私が問うとロステート伯爵さまが胸元からハンカチを取り出して汗を拭い始めた。なにかやましいことでもあるのかと勘繰りたくなるのだが、彼に後ろ暗いことができる度胸があるとは思えない。理由を語ってくれるのを待つしかないかと私が小さく息を吐けば、ロステート伯爵さまの隣に腰を下ろしていた娘さんが静かに右手を挙げる。私が彼女に視線を合わせると小さく頭を下げて口を開いた。

 

 「アストライアー侯爵閣下。わたくしからの説明でも宜しいでしょうか?」

 

 「構いません。気になったことを聞きたいだけなので、問い質すことに深い理由はないと先に伝えておきます」

 

 説明してくれるのなら誰でも構わない。ロステート伯爵さまは言い辛そうな顔をしているので、娘さんに語って貰う方が良いのだろう。私が問うたことに深い意味はないことだけ伝えておけば、少しくらいは喋り易くなるだろうか。なににしてもロステート伯爵家の失態なのだから、事情説明は確りとして欲しい所である。

 

 「兄にデグラス伯爵が話を持ち掛けたのは、アストライアー侯爵閣下が我が家から豚肉を買い付けたことを知り興味を持ったそうです」

 

 娘さんが私の目を確りと見て語ってくれた。どうやらデグラス伯爵さまは私が豚肉を買い付けたことで、豚肉はそんなに美味いのかと興味を持ったようである。

 デグラス伯爵さまは豚肉よりも牛肉が好みらしいが、一件を聞きつけて豚肉に興味を持ったらしい。ただ私が買い付けを始めたことでロステート伯爵領のお貴族さま向けの豚肉は品薄状態となっている。生産量を増やす前にデグラス伯爵さまが息子さんと契約を結んでしまったと。そして契約を白紙か破棄にして貰おうとお願いに向かったものの……――。

 

 「――デグラス伯爵からは契約を白紙に戻すことはできないと告げられてしまいました」

 

 ロステート伯爵家よりデグラス伯爵家の方が力関係は勝っており、契約を結んでしまっているので強制的に取引中止とはいかないようである。それを言ってしまえばアストライアー侯爵家は更に上となるのだが、にっちもさっちもいかないし、黙っていては後手に回ると正直に謝罪しようとなったらしい。もしかして事の発端は私が買い付けを始めたせい……と頭を抱えるものの、きちんと取引をした上で結んだ契約である。豚肉の取引が中止になったことは残念だが、買えないものは仕方ない。

 

 なににせよ、暫くの間はお貴族さま向け豚肉の相場価格が上がりそうである。

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