魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

641 / 740
0641:心配事。

 豚肉料理がでなくて少し寂しい食卓を過ごしていた。ロステート伯爵さまが王都のアストライアー侯爵邸に謝罪にきて二週間が過ぎている。私の予想通りにお貴族さま向けの豚肉の値段が上がっているようだが、牛より不人気なためか不満は少ないようだ。

 

 豚肉も美味しいのに牛肉の方がお貴族さまに相応しい食品だそうで、ロステート伯爵家への不満も少ないようである。豚肉がないなら牛肉を食べれば良いじゃない、を地でいっているようだ。豚肉は庶民の方に重宝されている。なんでも食べて多産なため、数を維持しやすい。成長も早いため、個人で飼っている方もいて家でおめでたいことがあれば捌いて食べるのだ。

 

 そんな豚肉なので庶民の皆さまに影響がないのは良いことだが、楽しみにしていた豚肉料理の数々を思い出すとちょっとデグラス伯爵とロステート伯爵さまの息子さんに恨み節を言いたくなる。

 

 執務を終えて昼食を済ませた昼下がり。私は東屋に出てお茶を頂いている最中だ。側にはユーリがいてルカと顔合わせをしている所だった。ルカは小さい子供が珍しいのか、ふんふんと鼻を鳴らしながらユーリの匂いを嗅いでいる。

 ユーリはまだ小さいが故にルカに匂いを嗅がれているとは思っていないようで、手を伸ばしてルカの鼻先をぺしぺししていた。ユーリがもう少し大きくなって、ルカの存在をきちんと認識できるようになれば大泣きする可能性もありそうだ。その時、ルカは今の様に落ち着いた態度でいられるのか。ジアもユーリに興味があるのだが、お兄ちゃんの大きな身体が邪魔して匂いを嗅げないようである。

 

 一緒に外に出てきていた乳母さんはユーリが大丈夫かハラハラしているようで落ち着きがない。ルカとジアがユーリを襲うことはないのだが、十キロにも達していない子供と五百キロを超える天馬が対面していれば致し方ないのだろう。

 エルとジョセは私たちが南の島へと赴いた時期から、良くお出掛けするようになった。今日も留守にしており姿を見せていない。お仲間の天馬を探しに行くと言い残しているが、ジャドさん曰く『それだけで終わるのでしょうかねえ』とニヤニヤしてた。

 

 そんなジャドさんとジャドさんの仔たちもユーリに興味があるようで、ルカとジアの側でじっとユーリを眺めていた。ジャドさんの背の上にはジルケさまが寝転がって、気持ち良さそうに寝ている。ヴァルトルーデさまは図書室で本を読んでいるようだ。ジークとリンは相変わらず私の側にいながらユーリの面倒をみてくれているため、私は呑気に東屋でお茶をシバける。

 

 「デグラス伯爵さまはロステート伯爵産の豚肉が大好きなんだね」

 

 私はユーリとルカから視線を外して、屋敷の調理場がある方へと視線を向ける。取引中止になっていなければ今日の晩御飯で豚肉料理が提供されていたかもしれない。ロステート伯爵さま以外から買い付けることもできるが、お肉の質が落ちてしまう。一度、味わってしまうと口が贅沢になっていけない。クロが遠い目をしている私の顔を覗き込みながら口を開いた。

 

 『そうなの?』

 

 「じゃないと相場の倍だすなんて言わないでしょ」

 

 クロの声に私は視線をユーリの方へと戻した。ユーリの次の相手はジアになったようで、ルカと同様に彼女もユーリの匂いをスンスン嗅いでいる。ユーリは平気な顔でまた手を伸ばして、ジアの鼻を触っていた。

 天馬の鼻先は独特の感触をしているから、ユーリの興味を引くのだろう。温厚な天馬さまたちなので怒ったりしないし、ユーリがまだ小さい子供と認識してくれているから大事にはならない。相変わらず乳母さんはヒヤヒヤしているようだが、頑張って慣れて欲しいものである。ルカとジアのあとにはジャドさん一家が控えているのだから。

 

 しかしまあデグラス伯爵さまも奇特なものだ。お貴族さまで豚肉を食べる方は少ないのに、倍の値段を出してまでロステート伯爵領産の豚肉を買い付けるとは。確かに美味しいから高値を出しても食べたいという気持ちは分かるものの、私は他の方にまで影響がでるならば諦める……多分。本当に急にどうしたのか不思議だなと目を細めると、クロがもう一度口を開いた。

 

 『ナイの影響だったりして』

 

 「言わないでよ。思考の外に置いていたのに」

 

 クロの尻尾が私の背中をぺしぺし叩く。一応、私がロステート伯爵家から豚肉を買い付けたことを知って、デグラス伯爵さまが興味を持ったという考えもあるのだが……そうだった場合トラブルに発展しそうなので、目を瞑っていたのに。

 クロのお陰でロステート伯爵さまが私に興味を持っている線を考えなければならなくなった。でも興味を持っているなら、私と接触を試みるはずなのに今の所彼から連絡はなかった。だから偶々、偶然という線もあり得る。

 

 『考えてはいたんだねえ……あ、危ない!』

 

 クロがユーリが地面に倒れて声を上げる。庭に出ているから倒れた先は土だから衝撃は吸収されている。石畳に倒れ込めば私も慌てるのだが、芝生の生えた綺麗な場所だ。

 大事にはならないし、ユーリもユーリで倒れたというのに平気な顔で両手を地面について起き上がっている。ルカとジアは急に彼女が倒れたことに目を丸くしていたが、自力で立ち上がったことにホッとしていた。側にいたジャドさん一家もあからさまに安堵の息を吐いている。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは部屋でユーリと過ごす機会があるので、ルカとジアとジャドさん一家ほどの慌てぶりではなかった。

 

 「大丈夫だよ。石畳じゃないし、頭もぶつけていないから」

 

 『分かっているけど、ちょっと怖いかなあ。ユーリはまだまだ小さいし……』

 

 私の声にクロが心配そうな声を上げるのだが、ユーリよりクロの方が小さいことは気にしていないようである。でもまあユーリのことを気に掛けてくれる方が大勢いるのは有難い。

 亜人連合国の皆さまにもユーリを紹介しなければと時期を見定めているし、フソウにもユーリを連れていき皆さまに紹介したい。一歳半になっているので免疫も随分強くなっているはずだから、ユーリ紹介旅行を考えても良さそうだ。

 

 「それだとトリグエルさんの仔たちもまだまだ小さいけれどねえ」

 

 『んーでも、仔猫たちは意思もはっきりしてて、なんとなく言いたいことが分かるようになっているから、ユーリより怖くないよ』

 

 トリグエルさんの仔たちも引き取り手を探している最中である。今回もまたソフィーアさまとセレスティアさまのお母さま方が手を挙げてくれているのだが、流石にまた増えるのは堪えて欲しいとご当主さまから話が出たとのこと。

 副団長さまと猫背さんも手を挙げてくれている。アルバトロス王家も手を挙げてくれているし、三匹の仔猫たちの移住先はどこになるのか。私も秋には侯爵領へと移るので仔猫たちが行きたいならば、アストライアー侯爵領領主邸も移住先候補の一つだった。

 

 クロとトリグエルさん曰く、仔猫たちは自分の気持ちを伝えることができるようになっているとのこと。

 

 なので仔猫たちが行きたい所に行けるようにと私は手配するだけ。どうなるかまだ分からないけれど、そのうち決まるのだろう。まだ少し仔猫たちはトリグエルさんの下で過ごす予定だ。いろいろと考えなければいけないことがあるけれど、ユーリや仔猫たちの成長を見届けるのは楽しい。ふふふと私が笑っていると、ユーリがてててと小さく短い足を動かして私の下へとやってくる。

 

 「ユーリ、どうしたの?」

 

 私がユーリに声を掛ければ、彼女は真ん丸な目を真剣に向けながら小さな口を開いた。

 

 「おきゃし!」

 

 「お菓子が食べたいんだ。少し待ってね」

 

 ユーリは食べ物関係の語彙を良く喋る。側に近寄ってきたジークとリンが私の顔をみてなにか言いたげなのだが、黙ったままユーリの側に控えるだけだ。私はユーリの脇の下に手を回して膝の上に彼女を乗せた。保護した頃より随分と大きくなっているし、体重も重くなっている。薄かった髪の毛も確りとした黒色になり、瞳も立派な黒曜石のような輝きを見せていた。

 黒髪黒目は珍しいし、アストライアー侯爵家の一員として彼女は成長していくのだろう。アンファンはユーリの側仕えになりたいようで、ユーリの面倒を見ながら勉強を頑張っている。年齢的にも侍女学校へ通っても良さそうだし、今度彼女の意思を確かめてみよう。

 

 私の膝の上に乗ったユーリはお菓子が載っているお皿が近くなったことで手を必死に伸ばしていた。手を洗っていないから彼女にお菓子を直接渡すのは危ないと、私が代わりにお菓子に手を伸ばした。

 クッキーなのだが流石に一枚丸ごとはユーリの口のサイズに合わないと、お皿の上で割ろうとするのだが上手くいかない。見かねたジークがそっと手を出しくれ、私は彼にクッキーを渡せばユーリの一口サイズに割ってくれた。ありがとうとジークにお礼を伝えると、ユーリはもう直ぐ食べられると分かったようである。声にならない短い声を上げつつ、身体をうねうね動かしていた。私は彼女が落ちないようにと片側の腕に力を入れた。

 

 「おきゃし~!」

 

 「はいはい。ほら、ユーリ、口開けて。食べ過ぎないように気を付けなきゃね~」

 

 待ち切れないユーリがまたお菓子を要求するので私たちは苦笑いになる。一体誰に似たのやらと私はユーリの口元へクッキーの欠片を差し出せば、彼女はゆっくりと口を付けてクッキーを咀嚼する。柔らかいクッキーなので彼女でも問題なく食べられる品である。クッキーの味ににへらと笑っているユーリは可愛いけれど、食べ過ぎは身体に良くない。

 

 「ほどほどにね。ユーリ」

 

 子供の肥満は保護者の責任だろうと私は彼女に伝える。きっとユーリは私が言った意味を分かっていないけれど、小さい子に語り掛けることは成長のために必要である。

 犬や猫も語りかけていれば人間の言葉を理解するというし、ユーリにはたくさん声を掛けて早く一緒に話すことができると良いのだが。私の気持ちを知らぬままユーリは口の中のクッキーを咀嚼して、あーと口を開けている。私はユーリが太ってしまうことを恐れつつ、彼女の可愛さに負けてもう一欠片クッキーを差し出した。

 

 ――ぱくり。

 

 幸せそうな顔を浮かべて咀嚼しているユーリに私は彼女が早く大きくなるように、豚肉の価格と供給が回復するようにと願う。そういえば海神さまについて、関係各所に報告が終わっているというのに、グイーさまからなにも言われないしジルケさまも言及しない。放置してても良いのかなと、お菓子を頬張るユーリを見ながら静かな空を眺めるのだった。

 

 ◇

 

 デグラス伯爵さまにはアストライアー侯爵家の面子を潰されたことになるので、裏でいろいろと動いて貰っている。確たる証拠やらなんやらを掴むか、懲りずにまた美食倶楽部からお誘いがくれば乗るつもりである。

 

 とはいえ、豚肉の一件で忘れそうになっていたけれど海の問題もどうにかしなければならない。

 

 グイーさまに助力を請われたし、海のことを放っておけば海産物が手に入れられない可能性がある。海のものが食べられなくなれば多くの方が大変な思いをしなくちゃいけないし、他にも海で生きている方たちも途方に暮れることになる。

 そんなこんなでヴァルトルーデさまに『海の件はどうするのか』と私が問えば、彼女は『どうしようか』と悩みつつも軽い調子だった。一応、グイーさまによれば海の状況は一年、二年で急激に悪化することはないそうだ。ただ、今の状況のままでは百年後には海の中の生き物が半減しているかもという凄い発言を頂いてしまう。

 

 女神さまと私がのんびりとしているためか、アルバトロス上層部や真面目な方々は海の状況をどうにかならないものかと悩んでいたようである。

 グイーさまに協力を仰がれたため、アルバトロス上層部から人員が必要なら手配すると知らせが入っているし、ハイゼンベルグ公爵家、ヴァイセンベルク辺境伯家、アルバトロス王家、亜人連合国、リーム王国――ギド殿下経由で状況を知らされたようである――もいろいろと協力してくれるとのこと。

 

 せっつかれているような気がして動かないわけにはいかないかと、私はもう一度ヴァルトルーデさまにお願いして女神さま方を招集して貰った。ナターリエさまとエーリカさまが屋敷にきて貰う条件が『お茶とお菓子をお願い』だったのは凄く意外というか、可愛らしいお願いだったけれど。

 

 八月下旬。アストライアー侯爵邸の東屋で海神さま捜索隊が集まったわけである。話の音頭を執るのは私というのが不満なのだが、女神さま方に任せると一向に話が進行しない。不本意だが私が司会役を務めるしかなかった。

 

 「海神さまはどこにいらっしゃるのでしょうか?」

 

 グイーさまは海神さまが引き籠っていると教えてくれたが、どこで引き籠っているかまでは分かっていない。先ずは私が四女神さまに率直に問うてみる。

 

 「さあ?」

 

 「わかんねえなあ」

 

 「知りませんわ」

 

 「知っていたら苦労しませんわねえ」

 

 私の声にヴァルトルーデさまがあっさりとした答えを無表情でくれ、ジルケさまは頭の後ろに手を回して悩ましい顔になっている。ナターリエさまは紅茶を啜りながら首を左右に振り、エーリカさまもお茶菓子のチョコレートの甘さに渋い顔になっていた。

 

 「海の中で引き籠もれそうな所はないのですか? あるいは隠れそうな所とか」

 

 もう一度私が問えば、四女神さまは先程と同じ反応をくれた。今回の一件は女神さま方の手で解決できるのだろうか。グイーさまは『奴の気配がさっぱり掴めん』と渋い顔をしていたので、問題解決に時間を要しそうだ。

 私ができることはなにかあった時にアルバトロス王国を通じて入国許可等を取り付けるくらいである。女神さま方が海神さまを見つけてくれないとどうにもならない気がするしてならない。誰も頼りにならないようならエーギルさまを呼んで、海神さまがいそうな場所を虱潰しに調べる他ないだろうか。

 

 「お菓子、美味しい」

 

 「意見をくれない方は没収です!」

 

 ヴァルトルーデさまが幸せそうな顔を浮かべてお皿の上のクッキーを取ろうとしていた。私はその姿を見て助言や考えを述べてくれない方には差し上げられないとお皿ごと引き取った。

 ヴァルトルーデさまは『あ』と凄く残念そうな顔になるのだが、話が進まなければ海の状況は荒れる一方である。女神さま方の態度から想像するに海の状況にまだ余裕があると受け止めていそうだ。神さまと人間とでは時間間隔が違うので仕方ないのかもしれないが。

 

 「珍しいな。ナイが姉御の食い物取り上げるなんて」

 

 「ええ。誰かのものを取る姿なんて初めてみましたわ」

 

 「お姉さま、凄い顔になっていますわよ」

 

 三女神さまは長姉さまの残念そうな姿を面白そうな視線で見ていた。凄く余裕そうにしているけれど、お茶とお菓子は出して彼女たちは口にしているのだから呼び出し条件は満たし私は約束を果たしている。

 

 「お三方の分も没収する可能性がありますよ。真面目に考えてください」

 

 私の言葉にジルケさまとナターリエさまとエーリカさまの肩が揺れる。どうやらお茶とお菓子を取り上げられるのは、彼女たちにとって嫌なことになるようだ。

 

 「つってもよ、海の中と陸の上じゃあ勝手が違うからな」

 

 「お父さまも無理難題を仰りますわ」

 

 「海の者たちに命じるかご自身で解決すれば良いものを、どうしてわたくしたちやナイに押し付けたのでしょうか」

 

 むむむと真面目な顔になったジルケさまは椅子の背凭れに体重を預け、ナターリエさまとエーリカさまは真剣な顔でグイーさまを非難していた。でも確かにグイーさまは自身で解決すれば良い物を私たちに丸投げしてきたのだろうか。

 

 ――儂が手を出せば直ぐに解決できるからな!

 

 頭の中に声が響くのだが、本当に直ぐに解決できるのか疑問である。

 

 ――ナイが酷いこと考えとる! 嘘じゃないもん!

 

 男の人、とくに巨躯の男性の口から『もん』なんて言葉がでるとは信じがたいが、グイーさまならではだろう。ボルドー男爵さまが口にすれば私はドン引きしていたはず。ジルケさまとナターリエさまとエーリカさまも呆れ顔になっているし、グイーさまが阿呆なこと言っていると心の中で考えているに違いない。しかしまあ本当に海神さまはどこに行ってしまわれたのだろうか。

 

 ――豚肉の件で海のことを忘れていたナイに言われたくないのう。

 

 確かに豚肉騒動で海の一件について私の頭の中から忘れ去られていたけれど……思い出したのだから許して欲しい。とはいえ、大事なことを忘れていたのは事実である。

 

 「それは……申し訳ないというか……なんというか」

 

 はい。大事なことを忘れていたことは本当に悪いことをした。でも日常を送っていたらそうなっただけで決して悪意はなかったのだ。

 

 「豚肉、美味しいよ。父さん」

 

 ヴァルトルーデさまがしょぼんとしていた私をフォローしてくれたのか、グイーさまに語り掛ける。海の話ではなくお肉の話をしているのが彼女らしいのかもしれない。彼女の声にグイーさまが『むむむ』と唸り始めた。どうしたのだろうと黙って様子を伺って――姿は見えないけれど――いれば、グイーさまが口を開いたようだ。

 

 ――また、ばーべきゅーしたいのう。

 

 「父さんは飲みたいだけ」

 

 ――良いじゃないか。酒は美味いぞぉ!

 

 「話がそれてるぞー」

 

 ヴァルトルーデさまとグイーさまの会話にジルケさまが突っ込んだ。確かに先程のままでは豚肉とお酒の話になりそうである。ナターリエさまとエーリカさまもうんうんとジルケさまに頷いていた。私は咳払いをひとつして、四女神さまになにか良い方法がないかと聞いてみる。グイーさまは黙ったままなので、突っ込みを入れたければ声が届くはずだ。

 

 「海の水、どこかに一旦移動させてみる? 干上がってなにかでてくるかもしれない」

 

 ヴァルトルーデさまが良いこと思いついたと言いたげな顔で告げるのだが、海の水を全て抜くつもりのようである。

 

 「池の水を全部抜いてみるような感覚で……」

 

 「それくらいできる。一応、女神だから」

 

 私が渋い声を上げれば彼女はドヤ顔になりながら、お菓子に手を伸ばそうとしていた。私が彼女から奪い取っていたお皿を戻せばぱっと明るい顔になってクッキーを手に取り頬張っている。

 

 「海の連中どうするんだ、姉御」

 

 「っ、彼らも水と一緒」

 

 ジルケさまの疑問にクッキーを咀嚼してからヴァルトルーデさまが答えてくれる。海の中の生き物は海水とともに移動できるようなので命の保証はされているようだ。ただ急に海の水がどこかに移動すれば、海の中で過ごしている方々は驚くだろう。大洋の宮殿にいらっしゃる姫さまに伝えておけば状況は少しマシになるだろうか。しかし……。

 

 「海の水を抜いてみるのは最終手段として……エーギルさまに声を掛けてみませんか? 状況が変わっているかもしれないですしね」

 

 一先ず、エーギルさまに海の状況と海神さまが隠れていそうな場所を聞いてみよう。海神さまが見つからなければ海の水を抜いて、手あたり次第の捜索にすれば良いのではなかろうか。なにが正解かは分からないけれど、今のままではいけないことだけは分かるのだから。

 

 「また南の島に行くのか?」

 

 ジルケさまが私と視線を合わせた。今私たちがいる場所はアルバトロス王国の王都である。アルバトロス王都は内陸部であり海に面していない。ジルケさまが仰るように南の島に赴いても良いが、流石に海を渡るとなれば時間が掛かってしまう。問い合わせが必要だけれど、一番時間が掛からない移動方法が一つだけあった。

 

 「内陸なので沿岸部の国へ出る必要があります。王妃さまにお願いして、彼の国にお願いしましょうか」

 

 王妃さまの母国は海に面している。アルバトロス城の転移陣と王妃さまの母国の城にある転移陣とも繋がっているはず。許可さえ下りれば一瞬で移動できるし、王城の側には海が直ぐ目の前に広がっていると聞いたことがある。

 漁獲量が近年減っていないか現地調査もできそうだし、王妃さまに入国許可のお伺いを立ててみよう。南大陸出身の方と鉢合せする可能性があるので、その点は少し注意を払わなければいけないけれど……以前、彼らはやらかしているので不用意に私へ近づいてこないはず。

 

 「アルバトロス王国の外に行ける?」

 

 「許可が下りれば大丈夫かと」

 

 ヴァルトルーデさまがこてんと顔を傾げて私を見つめる。どうやら彼女の好奇心が沸き立っているようだ。西大陸でヴァルトルーデさまが赴いた先は少ないから、自身が管理している大陸の他の国へ行けることに期待しているようである。

 行きたいならば勝手にフラフラできるはずなのに、何故かアストライアー侯爵邸で過ごしているのは不思議だけれど。一先ず、陛下と王妃さまに入国許可と転移陣の使用を認めて頂かなければ。

 

 「アルバトロス王国より南の位置にあるので、気温に注意しないといけないでしょうか」

 

 王妃さまの国へ私も向かったことがないし、どんな国なのか興味が湧いてくる。ヴァルトルーデさまも期待しているようだし、私は手紙を認めて使者の方にアルバトロス城へ届けて貰うようにとお願いした。

 

 ――さて、どうなることかのう。

 

 またグイーさまの声が届く。どうやら寝落ちせずに私たちの話を聞いてくれていたようだ。ナターリエさまとエーリカさまは王妃さまの国へ赴くことはパスしたいようだ。アルバトロス王国より暑いと聞き、アストライアー侯爵邸か神さまの島で報告を待ってくれているとのこと。グイーさまも島で状況報告を待っていると告げて、ふっと空気が軽くなる。

 

 「海神、見つかると良いね」

 

 「エーギルも使いっぱしりとして大変だよなあ。役目丸投げみたいだし。本当、どこにいるんだ……海神は」

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまの声に私は海の件が直ぐに解決しますようにと願うのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。