魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
協力すると約束を取り付けていたためか、王妃さまの母国に話が伝わり入国許可を頂けた。私たちは一番最速で赴けるようにスケジュールを組んで、西大陸南部にある王妃さまの母国へと辿り着くのだった。
一年を通して暖かいためか、王妃さまの母国――ガレーシア王国――の方は薄着がデフォのようである。私たちも暑さ対策として薄着をしているものの、薄さの格好が違うというか。布自体が薄く、肌が透けて見えている。
「南の島も暑いですが、ここも暑いですね」
私は馬車の中で外を見つつ、中にいる方たちに声を掛ける。アルバトロス城の転移陣からガレーシア王国の転移陣を使い移動をして、ガレーシア国王陛下と挨拶を交わして城下街を走っている最中である。
王妃さまもついでに里帰りをして、裏方役に回ってくれるのだとか。王妃さまは最初に出会った頃のような態度ではなく、節度を持って接してくれている。抱きつくのは構わないが、人前では恥ずかしいので有難いことだった。
「確かに暑いな。南の島より湿気が多い気がする」
「朝、時間を掛けて整えた髪が伸びているような……」
ソフィーアさまはガレーシア王国の暑さを嘆き、セレスティアさまもご自身のドリル髪に触れつつ肩を落としていた。私の目の前に座しているのだが、確かに暑そうな顔になっている。
熱中症にならないように気を付けておかなければと私は外を歩いている、ジークとリンとアストライアー侯爵家の護衛の方たちに目を向けた。人目があるためか外にいる方たちはぴしっと背を正して歩いている。照りつける陽の暑さに額から汗を流しているので、目的地に着けば一度休憩を挟んだ方が良さそうだ。ガレーシア王国の王都は活気にあふれており、海が直ぐ近くにあることから鮮魚店が多く営業していた。
「魚、美味しそう」
「島で食った魚も美味かったからな。売られている魚を焼いて食べたら美味そうだ」
私の両隣に腰を下ろしているヴァルトルーデさまとジルケさまも馬車から外を眺めている。時間があれば誰かにお願いしてお魚さんを買ってきて貰おう。場所が違えば同じ魚でも海流の影響や餌の関係で味が違うことがある。食べ比べができたなら楽しいと私が口元を伸ばしていると、ふと大事なことが頭に過る。
「あ。漁獲量の話とか聞いておかないと」
一応、ガレーシア王国にも海のことについて問い合わせてみたのだが、王都の皆さまから嘆願や苦情は入っていないとのこと。ならば王家に問題を奏上するほどではないのだろう。ただ市場では変化を感じている方がいるかもしれないから現地の声を確かめておきたい。私が赴くべきかと考えているとソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いを浮かべている。
「伝えておこう」
「ナイが直接赴けば騒ぎになりますわ」
お二人は私が赴けば騒ぎになると判断しているようだ。アルバトロス王国では顔が売れていて王都に出れば騒ぎになるけれど、ガレーシア王国での私の知名度はどんな状況なのだろうか。
黒髪の聖女が聖王国を滅ぼしかけたとかリーム王国の聖樹を枯らした――今はリーム王のお陰で話は否定されている――とか、アガレス帝国で大暴れしてきたとか噂になっているかもしれない。流石に顔までは売れていないだろうけれど、珍しい黒髪黒目だから察しの良い方は私と気付くかもしれない。どうだろうかと悩んでいれば、目的地にである海に辿り着いた。
馬車から降りると港にいる方から興味の視線を受ける。私たち以外にお貴族さま一行はいないし、ガレーシア王国の貴族の格好とは少し違うから人目を引いてしまうようだ。
ジークとリンに護衛の方たちの体調確認と少し水分補給する時間を取って貰い、私たち馬車の中で楽ちん組は港の様子を眺めている。王都の側にある港ということで随分と綺麗だし人気も多い。上衣を着ていない港夫の方たちが船から荷物を降ろしていたり、逆に積み荷を船へと持ち運んでいる。洋上に出て釣ってきた魚を降ろしている方がいて、野良猫に売れない小魚を与えている光景に私は目を細める。
「護岸整備されて、大きい船もありますねえ。どこへ行くんだろう……」
石を切り出し積み上げて護岸を整備しているし、桟橋も所々に目についた。潮の臭いが常時香っているし、海からくる風も吹いている。大きな船は一体どこにいくのか、考えるだけでも浪漫があった
「帆船が殆どだが、蒸気機関の船もあるな」
「蒸気機関の船の実物は初めて見ましたわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまも港の光景が珍しいようだ。アガレス帝国でもミズガルズ神聖大帝国でもみたことがなかったし、蒸気機関船の存在は知っていても実物を見るのは初めてだったようである。私も初めて見るのだが、前世で護衛艦や観光船をテレビで観ていたためなのか感動は少ない。ヴァルトルーデさまとジルケさまも港の光景が物珍しいし、活気に溢れている場所を見るのは楽しいようだ。
「煙が出てる」
「面白いよな。あんなでかい物が浮いてんだから」
ヴァルトルーデさまは蒸気船の煙突から出る黒煙に目を細め、ジルケさまは船が海の上に浮いているのが不思議なようである。浮力で浮いていると分かっていても、重い船が沈まないのは確かに変な感じがする。
「で、では、参りましょう。市場調査は同行者を付けさせて頂きたい」
少し時間が流れるとガレーシア王国の案内人役の方が声を掛けてきた。私たちの機嫌を伺うように声を掛けているのだが、ヴァルトルーデさまの圧が苦手なのだろうか。
一応、副団長さまから改良版ですと言い渡された腕輪を彼女は身に着けているから、状況は随分とマシになっているのだが。まあ人間が女神さまの圧を簡単に御せるわけはないかと苦笑いを浮かべながら、案内人の方の背を眺めながら海の方へと歩く。暫く歩けば船が並んでいない場所へ辿り着く。人気がなくなり波が打ち付ける音だけ聞こえている。
「さて。エーギルさまは気付いてくれるでしょうか」
広い海の前に立って私が魔力を放出すればエーギルさまが感知してくれ、目の前まできてくれるということに不安を感じずにはいられない。どうにも私の魔力は他の方のものより特色があるというか、魔獣や幻獣の方たちが感知し易いようである。便利なような、トラブルを巻き起こしているような……複雑な気分に陥るものの、こういう時は有難いことなのだろう。
「ナイの魔力を知っているし、前も呼んだらきてくれた」
「遠慮しなくて良いだろ。向こうがいつでも呼んで良いと言ってたからなあ」
ヴァルトルーデさまとジルケさまは私に視線を合わせているのだが、早くやれと言われているような気がしてならない。でもまあ確かに用件は手早く済ませた方が得策か。
「では、失礼して」
私が声を出し魔力制御の指輪を外して魔力を練れば、一緒にきていたクロとアズとネルと影の中にいるロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに毛玉ちゃんたちが嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。私から漏れ出た魔力を吸収するつもりらしいので、ちゃっかりしているというか。
「す、凄い魔力……! こんなに多大な魔力を持った方がいるなんて……!!」
ガレーシア王国の案内人の方が私が練り出した魔力に驚いているものの、エーギルさまに気付いて貰えば良いだけなので本気で放出していない。だというのに驚かれてしまうとは。
私がもう一度魔力測定をすれば一体どれだけの数値を叩き出すのだろう。少し興味が湧いてくるものの、測定できる器械があるのか謎である。他所事を考えつつ、エーギルさま、エーギルさまと心の中で名前を呼んでみる。
すると穏やかだった波打ち際の波のうねりが強くなり、晴れ渡っていた空の色が青から灰へと変わっていく。状況の変化にガレーシア王国側の方たちは一体何事だと警戒心を高めていた。私たちアストライアー侯爵一行はエーギルさまのお茶目だと理解しているので落ち着き払って、彼が姿を現すのを待っている。
「エーギルは無駄なことに力を入れるんだね」
「ぱっと出てくりゃ良いのにな」
ヴァルトルーデさまとジルケさまが演出効果に疑問を呈していた。そういえば女神さま方は転移で侯爵邸に訪れるけれど、後光が差したり、天使が女神さま方の周りを回ったりしない。女神さまの飛び抜けた圧を感じて驚いて腰を抜かす方がいるけれど、登場の仕方は魔術師の方が転移を終えた時と同じであった。
『そんな酷い! 海の強者が舐められては困ります故、お許しいただきたいものですなあ』
海の中から顔と首を出したエーギルさまが涙目で女神さま方に声を掛ける。相変わらず派手な登場だし、変わりはないようである。元気そうで良かったと安堵しつつ、今回彼を呼んだ経緯を伝えれば納得してくれた。グイーさまから海神さまを探して欲しいとお願いされているので、その辺りも十分に効果があるようだ。
『海神さまの居場所か。いくつか候補はあるが……いるかいないか分からぬのう』
深い海溝に極寒の海域、死海と呼ばれる塩分濃度が凄く高い海の中がエーギルさまの口から語られた。しかし極寒の海や死海と呼ばれている海に赴くことは可能だが、深い海溝の中に赴くのは至難の業であろう。深海だと圧に潰されてしまうので、そんな中で過ごせるならば流石は神さまである。エーギルさま方も海神さまの捜索を開始しているのだが、見つかる気配はないとのこと。
「一体どこにいらっしゃるのでしょうか?」
『分かれば苦労せんなあ。好いた方がいらっしゃるというが……海神さまが惚れるような方がどこにいたのかも分からぬし……せめて惚れた女の方が分かれば話を聞いてみるんだが。うぬう……』
私がエーギルさまに首を傾げると彼は困り顔で悩み始める。確かに海神さまが惚れたという女性が分かれば話を聞くことができるけれど……なにせ数千年前の出来事なので事情を知る方が少ない。
「女神さま方は海神さまのことを知らないんですよね」
私はヴァルトルーデさまとジルケさまに聞いてみる。女神さま方は億単位の時間を生きているので私より知っていることが多い。ただ海には関わっていなかったようで渋い顔になっていた。
「うん。像の小父さんを見たことあるかもってくらい」
「海の中には関わっていなかったからな。あたしは全然記憶にねえし……会ってるなら像を見たら思い出すはずなんだ」
やはり有用な答えは戻ってきそうにないと私が苦笑いを浮かべると、ヴァルトルーデさまが『海の水、抜くのが早そう』とぼやいた。エーギルさまはヴァルトルーデさまが呟いた言葉に驚いた顔を見せる。
『さ、流石に海を干すのは……』
「ううん。一時、別の場所に海の水を移動させるだけ。その間に海神が見つからないかなって」
ヴァルトルーデさまの無茶ぶりにエーギルさまがドン引きしていた。でも海神さまが見つからなければあり得る事態なので、海の皆さまには覚悟を決めておいて欲しい。
『やり過ぎでは?』
「でも放置していると百年後か千年後かには海の生き物がいなくなってる。貴方は強いから生き残れるかもしれないけれど……弱いものたちは早い段階で淘汰されるよ」
「だよなあ。海の中には美味いもんがあるし、生きてる連中もいる。早く解決してやらねえとな」
エーギルさまは二柱さまの言葉に反論できないようで渋い顔になっている。とはいえ海の状況が変わらなければ困るのはエーギルさまとて同じこと。
『し、しかし海神さまがどこにいるのやら……一先ず私が例を挙げた先を調べてみます。いらっしゃると良いのですが』
エーギルさまは候補に挙がった海の中を海神さまがいないか探してくれるようである。なにかあれば南の島の亜人連合国の方に伝えてくれれば話が私の下に届くだろうとなり、エーギルさまは海の中へと消えていった。エーギルさまが消えると荒れていた海が途端に穏やかになり、曇っていた空が晴れて陽が差しこみ始める。戻ろうかと私たちが相談しているとガレーシア王国の方が呆けた顔で声を上げる。
「…………信じられぬものを見た。海竜をこの目で見るなんて」
いやいや。ファンタジー世界だし乙女ゲームの世界だから海竜さんくらいいますてと言いたくなるが、どうにも世間一般の方には凄い出来事のようである。ジークとリンと私の肩の上には竜もいるので慣れて欲しいなと願うばかりだ。私は案内役の方に今回の件のお礼を告げ、城へとるように申し出るのだった。
◇
――ガレーシア王国王宮・来賓室。
私の目の前には王妃さまが座しており、なんだか妙な空気が流れている。彼女と直接話したのは私が学院の一年生の長期休暇の時だから、四年の時間が経っている。相変わらず豊満な肢体でご尊顔も美しい方なのだが四年前のような勢いはない。私に対して遠慮しているというのが丸分かりで、私の後ろに控えているソフィーアさまは意外そうな顔で状況を見守っていた。
予定の時間より早く終わり王宮へと私たち一行が戻ってきたので、来賓室で暇を潰そうとなったわけである。先程までガレーシア王、ようするに目の前の彼女の父王さまがいらっしゃっていたのだが、一言二言話を終えるとすごすごと引き下がって行った。
王妃さまはガレーシア王が直ぐに戻っていったことを詫びるのだが、ぶっちゃけ王さまとの面会は緊張するので早く戻って貰ったことは有難い。
私の背後にはいつも通りジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまがいるのだが、彼らに付随してヴァルトルーデさまとジルケさまも私の側仕えとして控えていた。事情を知っている王妃さまは気が気ではないようで、以前のなりは潜められ顔に笑みを無理矢理張り付けているようだ。口の端を伸ばしながら王妃さまが口を開く。
「アストライアー侯爵閣下、ガレーシア王国はお気に召されたかしら?」
「少し暑いですが良い所ですね。アルバトロス王都と同じく、民の皆さまは笑っておられました」
王妃さまの質問に私は正直に答えた。ガレーシア王国は沿岸部に位置するためか漁業を主産業としている。南大陸も近いためか、国交もあるようで蒸気船で西と南の品物を売り買いしているとのこと。
アルバトロス王国とは少し趣が違うので、南大陸の文化が入っているためかもしれない。そもそもガレーシア王国には四季の概念はなく、雨季と乾季に分れているだけだ。なので南の島同様に亜熱帯気候なのである。そのため皆さま薄着であった。ヤーバン王国もだが、ガレーシア王国の方々にも目のやり場に困る。
「あ、あの、閣下?」
「はい?」
王妃さまが困った様子で私と視線を合わせる。どうしたのかと私が小さく首を傾げると、肩の上に乗っているクロも一緒に首を傾げた。クロの目の前にはガレーシア王国の果物があり、物珍しそうに眺めている。食べても問題ないのだが、王妃さまが勧めてくれていないのでクロは食べるのを躊躇しているようだった。
「既にわたくしたちだけになっているのです。女神さま方を立たせたままにして語り続けるのは如何なもかと……」
「それもそうですね。ヴァルトルーデさま、ジルケさま、一緒にお茶を飲みませんか?」
王妃さまが遠慮がちに女神さま二柱に視線を向けた。ヴァルトルーデさまとジルケさまは彼女の視線に気付いてふうと息を吐く。
「もう良いの?」
「今だけだろ、姉御。茶、飲んだらまたナイの側仕えを勤めないとな」
こてんとヴァルトルーデさまが首を傾げ、ジルケさまが呆れた様子で長姉さまを見上げたあと私に視線を移す。女神さま方の声を聞いた王妃さまは侍女の方にお茶の用意をお願いしている。
行動が素早いなと感心していると、侍女の方は緊張しているのか手が震えていた。お茶を淹れる相手が女神さまと分かり、かなり緊張しているようである。粗相がないようにと侍女の方が注意しているものの、緊張が勝っているようで見ているこちらがハラハラする。
どうにか女神さまにお茶を差し出してほっと息を吐く姿に、私もほっと息を吐いてしまった。仮に侍女の方が粗相をしてもヴァルトルーデさまとジルケさまなら怒らないが、周りの方が激怒するので大変だ。
他国だし粗相を犯した方がどうなるかなんて口を出せるわけがない。二柱さまは緊張している侍女の方に礼を告げ、お茶を早速飲んでいた。美味しいと伝えているから、多分ド緊張していた侍女の方の気持ちを汲んでくれたようである。
侯爵邸で緊張していた侍女の方に慣れたのか、対応が少しづつ上手くなっていた。良いことだが、良いことと簡単に済ませて良いのかは謎である。
「ガレーシア王国の人たちって薄着だね」
「暑いからな。南大陸の北部の連中も薄着だぞ。なんとなくここと雰囲気が似てて面白い」
ヴァルトルーデさまはアルバトロス王国の皆さまと比較したようである。アルバトロス王国の夏も暑いのだが、ガレーシア王国の方が暑さは勝っている。薄着になるのは必然だろうとジルケさまが肩を竦めながら小さく笑った。
「南大陸北部の国とは取引がありますから。物と一緒に文化も入ってくるのでしょうね。南から入ってくる香辛料と煙草は人気ですわ」
王妃さまは口の端を微妙にヒクヒクさせながら女神さまの言葉に追随する。普通の方であれば、同席していても女神さまの会話に入ることはないのだが、流石王妃さま、肝が太いようである。
「そういや、西大陸は南みたいにガバガバ香辛料を使わねえよな。味が落ち着いてるっつーか、辛くねえから有難い」
「興味があるならば、ご用意致します。女神さま方に食されたとあれば店の者たちも嬉しいでしょう」
ジルケさまに王妃さまがにこりと笑えば、ヴァルトルーデさまが私の服の袖を引っ張った。どうやら南大陸の香辛料に興味があるようだ。私は煙草に興味が注がれる。私は煙草を吸うことはないが、お世話になっている大人組のお土産として丁度良さそうだ。
お茶も煙草にもミントの爽やかなものがガレーシア王国では好まれているようで、アルバトロス王国では珍しい品である。王妃さまのご厚意に甘え香辛料と煙草を頂くことになれば、彼女はすっと席を立ちあがり『気合を入れてご用意させて頂きますわ』と言い残して来賓室を出ていく。
彼女と入れ替わりで、ガレーシア王国の王太子殿下夫妻がお茶飲み相手を務めてくれることになるのだった。
◇
来賓室を出て廊下を数十歩進み、私は盛大な溜息を吐いた。側に仕えている者たちが驚きで目を剥いているが、今はどうでも良いことである。一先ず客人を放置しておくわけにはいかないと、私の兄であるガレーシア王国の王太子夫妻を女神さまとアストライアー侯爵の下へ差し出しておいた。
一応、一国の王太子を務める兄だからヘマはしないだろう。とりあえず女神さま方とアストライアー侯爵と約束を取り付けたのだから、ガレーシア王に頼み込み香辛料と煙草を用意して頂かなければ。私は後ろを振り返り側仕えの顔を見た。
「お父さま、いえ、陛下はどちらに?」
「王は執務室へ戻ると。胃薬を飲みたいと零しておられました」
私の疑問に側仕えが答えてくれる。どうやら父は執務室に引き籠り、私たちに女神さまと侯爵の対応を丸投げしたようだ。本来であれば父が相手を務めても良い面子である。それを丸投げにするとは父も小心者というか……いや、アストライアー侯爵が女神さまを引き連れてガレーシア王国に足を踏み入れたことが異常であるが。以前、アストライアー侯爵の血縁問題で事を犯しているのだが、侯爵はまるで気にしていないようだ。
気にしているのであれば足を踏み入れないだろうし、私にガレーシア王国に赴きたいと打診の手紙を寄越すことなどしないはず。なににせよ侯爵の行動は大胆だ……まさか前ハイゼンベルグ公爵に似たのではと嫌なことが頭を過る。あの爺さまは私の天敵といえよう。アルバトロス城でいろいろと好きに動いていたが、彼のお陰で随分と制限を受けていた。彼は公爵位を息子に譲り引退しているが、彼の影響力はまだ強く残っている。
「そう。わたくしも執務室に赴きます。先触れを!」
私も胃薬を飲もうと父の執務室へ向かう手配をした。流石にアルバトロス王国へ嫁いだ私が勝手に王宮内を闊歩するのは難しい。先触れを出してお伺いを立てなければならないのは少々面倒だ。暫く待っていれば先触れの者が戻ってきて、執務室へ向かうようにと案内してくれる。
「陛下、入ります」
「……久方ぶりに里帰りしたかと思えば、とんでもない方を引き連れてきたな。我が娘よ」
私が執務室へ入れば父がギロリと視線を向けた。彼の側で控えている宰相が『まあまあ堪えて』と父を宥めておりますが、効果はあまりなく意味のないものだ。小さく息を吐いた私は父を見つめる。
「お父さま。とんでもない方ではありますが、ガレーシア王国が皆さまに認められれば、途方もない益を齎してくれましょう。何故、皆さまの対応を陛下がなさらないのです?」
胃が痛くなる方々ではあるが、国益を考えるととんでもなく価値のある面々だ。どうして父はそんな方たちを放置するのかと私は煽ってみた。
「胃が痛い。それはもうとんでもなく痛いのだ! どうして女神さまがご降臨され、あまつさえ南の女神さまもいらっしゃるのだ!!」
ぶつぶつと父は言葉を続けている。アストライアー侯爵から漏れ出る魔力に驚き、彼女と護衛の双子の肩の上にいる竜が怖いようである。彼女の影の中にはスライムとフェンリルとケルベロスが控えているのだが知らない方が幸せだろうか。
侯爵の屋敷には更に魔獣や幻獣が住み着いているのだが、屋敷内の情報は正確に流れていないようである。父の目の前には褐色瓶が置かれていた。すぐ側に水差しとコップがあるので、胃薬を飲んだばかりのようである。私も頂きたい所だが煽った手前、譲って欲しいと言い出し辛い。
「それくらいで驚かれていては、四女神さまと創星神さまが揃った時はどうなるのですか。憤死してしまうのでしょうか? アストライアー侯爵閣下の屋敷には創星神さまの奥方さまもご顕現されているのですよ」
魔獣や幻獣も珍しい、というか例にない事柄であるが……更に上をいくことが起こっている。四女神さまが揃い、創星神さままで彼女の屋敷に顔を出し、更には創星神さまの奥方さままでいらっしゃっている。
今回、ガレーシア王国に赴いたのも海の神さまに関することであり、海の状況が近いうちに悪化するかもしれないと聞いて父に急いで話を付けた。
海の中の状況が悪くなれば、水産業を主としているガレーシア王国は大打撃を受ける。だからこそ協力して情報を密に手に入れた方が賢明なのに父は動こうとしない。私はアルバトロス王国に嫁いだ身でありアルバトロス王国を第一に考えなければならないが、母国であるガレーシア王国も大事だ。
「兄上は胃の痛みを押して、女神さま方と侯爵とお茶を嗜んでおられますわ。ああ、そうそう。女神さま方が我が国が南大陸から買い付けている香辛料と煙草に興味を示されております。ご用意できましょうか?」
「……最高級品を用意してみせよう。だがすぐに用意はできんな。暫く時間が掛かろう」
私の嫌味に父は無視を決めて側に控えている者に目配せをする。長年、父に仕えてきた者が揃っているためかなにも告げずとも父の意を汲んで動いてくれていた。最高級品を用意してくれるのは有難い。ただ大量に送りつけるとアストライアー侯爵が気を使いそうである。豚肉の一件も割と気にしていたようだし、父が暴走する前に咎めておこう。
「常識的な量になさってくださいませ。口に合う、合わないもありましょうから、一度目はお試しの量で良いでしょう。侯爵から打診があれば、またお知らせいたしますわ」
「大量に贈れば感謝されように。何故、そこでケチるのだ?」
私に父は至極真面目な顔をして問う。私は釘を刺して良かったと安堵しながら、何故大量に贈りつけるのが悪いのか説明をするのだった。