魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0645:【後】お出かけ中。

 土産物店から出て直ぐのところにお菓子屋さんが鎮座している。お金持ち相手に商売をしているようで、結構確りとした店構えをしていた。ジークと私がお菓子屋さんに入ると甘いバターの匂いが鼻を突く。

 

 良い匂いだと私が目を細めていると、ジークは少し顔を顰めて微妙な顔になっていた。どうやら焼けた砂糖の匂いが気になるようである。私は全く気にならないけれど、甘い品が苦手な彼にとって敏感に反応してしまうもののようだ。早く目的の品を買って店を出た方が良さそうだと私はヴァルトルーデさまとジルケさま用のお土産を買った。屋敷の皆さまのお茶請けにも丁度良かろうと割と買い込んでしまう。

 

 ただ荷物は領主邸へ届けて欲しいとお店の方にお願いすれば、承知致しましたと丁寧な礼を執り快諾してくれた。こういう所は領地内だと融通が利くのでありがたい。他領で買い物をたくさんしてもお店にお願いすれば届けて貰えるシステムがあるようだが、私はまだ使ったことがない。いつかお願いする日がくるかもしれないが、それがいつの日になるのやら。買い付けを終えたジークと私はそそくさとお菓子屋さんを出て馬車に乗り込んだ。

 

 「美味しそうだったから戻って食べるのが楽しみ。甘さ控えめのものもあって良かった」

 

 「そうだな。女神さま方が気に入ってくれると良いんだが」

 

 スコーンが有名なお菓子店だったけれど、クッキーなどの焼き菓子も置いてあった。ジャムクッキーの種類を多く取り扱っていたし、スコーンもいろいろと取り揃えており、富裕層向けの人気店と理由が窺い知れる。驚いたのはチョコレートを使ったクッキーも販売していたことである。どうやらアルバトロス王家が共和国から買い付けたチョコレートを市場に流しているようだ。

 

 クッキーの値段とは思えない値札を下げていたが、物珍しさでお客さんが買ってくれるそうである。西大陸では薬としてチョコレートは扱われていたのに、共和国との交易を築いたお陰でチョコレートの美味しさが広まっているようである。ただ共和国のチョコレートは激甘が基本なので、食べる際には注意をした方がよさそうだ。激甘チョコレートの影響でクッキーが凄く甘ったるくなっている可能性があるのだから。

 

 逆にお店では、お砂糖控えめのお菓子も用意されていた。どうして砂糖を控えた品を取り扱っているのかと私がお店の方に聞いてみると、太ると困る女性が喜んで買ってくれるとか。お砂糖は太る元でもあるが、小麦粉も割と太る要因だったような。ただお砂糖を摂取し過ぎると病気になりかねないので良いことである。お砂糖控えめのクッキーがジークの口に合うと良いのだが。

 

 「ね。でも男の人って甘い物好きじゃないって方多いよね。ジークもだけれど家宰さまも好んで食べないみたいだし……」

 

 男性と女性を比較すると男性の方がお菓子に興味ない方が多い気がする。ジークは甘い物が苦手だし、家宰さまも好んで食べていない。クレイグとサフィールもお菓子を食べることに喜びを抱く熱量が少ないのだ。出されたから食べる程度の勢いなので、リンと私が殆ど食べていることが多い。甘い物が好きな男性もいるから一概には言えないが、私の周りの男の人はお菓子よりご飯を食べる方が嬉しそうなのだ。

 

 「女性の方が甘い食べ物を好んでいるな。言われてみると確かに不思議だ」

 

 ジークも私と同じ考えのようである。以前、彼にどうして甘い物が苦手なのかと聞いたことがあるけれど、特に理由はないそうである。食べても美味しいと感じることがないらしい。お菓子を好まないなんて、人生の半分くらい損をしているのではなかろうか。とはいえ私も苦手な食べ物はあるのでジークのことは言えない。彼は甘い物以外はなんでも食べているし、なんでも食べられるそうだ。

 

 「さて、そろそろ時間だな」

 

 「バスケットの中身、なにが入っているか楽しみ」

 

 ジークが少し顔を赤くして馬車の窓の外を見た。お昼ご飯の時間が迫っているので、領都の外に出て小高い丘まで行って食べようとなっていた。ジークの横に鎮座しているバスケットにはお昼ご飯が用意されているのだ。ジークがなにか一品作ってくれたようだし、侯爵家の料理人の方もお昼ご飯をと作ってくれたとのこと。彼が窓に向けていた視線を私に戻せば苦笑いを浮かべている。

 

 「期待に応えられるか分からないがな。エーリヒのレシピを見ながら忠実に作った。不味くはない……はず」

 

 誰かが作った料理――料理人さんやお店は別――を食べるのは久しぶりである。ジークが作ったというのも結構気になることだ。今日のために練習をしていたようだから期待値は高い。エーリヒさまのレシピを再現したとのことなので、彼のオリジナル要素は皆無のため味は保証されているはずである。ガタゴトと揺れる馬車の中、ジークと他愛のない話を繰り広げる。

 なんとなく小さい頃の話になって王都でどんな生活をしていたのか教えて貰った。ジーク曰く、極々平凡な家庭で普通の日々を送っていたとか。お母さんが亡くなって環境が凄く変わってしまったけれど、仲間を見つけ今では爵位を持っている。

 

 あまり好きではないお貴族さまになるなんて全く考えていなかったそうだ。もしかすれば私は聖女の功績で爵位を得るかもしれないと未来を予想していたとか。

 聖女どころか政治面でやらかしたお陰で侯爵位を得ている。ジークも邪竜を屠った者としてアルバトロス王国から爵位を得ていた。本当に幼い頃には全く思い描いていなかった未来になっているので、本当に人生は未知数である。

 

 「まあ、まだまだいろんなことがありそうだけれど、よろしくお願いします」

 

 「ナイの側なら飽きることはないだろうな。こちらこそよろしく頼む」

 

 私が頭を下げるとジークが笑っていた。本当に彼らとは長い付き合いになったし、これからも関係が続いていくのだろう。馬車が少し傾いて暫くすると、丘の上に辿り着いたようである。

 小高い丘の上には大きな大木が一本立派に生えており風に葉を揺らしている。

 

 「着いたか。晴れていて良かった」

 

 「うん。ピクニック日和だね。ジークも私も雨男雨女じゃなかったみたい」

 

 今日は本当に良い天気だ。夏の日差しの暑さは少し弱くなり、木陰に入れば体感温度が下がる。お互いに雨男、雨女でなくて良かったと私が笑うと、ジークが妙な顔になる。

 

 「なんだ、それ?」

 

 「出掛ける時は必ずと言って良いくらい雨が降ってる運のない人のこと、かな」

 

 ジークは雨男、雨女の言葉の意味が良く分からなかったようなので説明しておく。自称雨男、雨女の方たちの運のなさを知っている身としては、お出かけの際に天気が悪くならないのは本当に有難い。

 天気予報は存在していないので、迷信を頼るしかない状況だ。猫が顔を洗えば次の日は雨というが、トリグエルさんと仔猫たちは毎日顔を舐めて綺麗にしている。それなのに雨は降らないから真に受けない方が良いけれど。

 

 「誰かが自分が外へ行く時は高い確率で雨が降ると言っていたな」

 

 「そうそう。そういう人のこと。逆に晴れ男、晴れ女って人もいるから、どっちの方が力が強いかって競ってた人もいたよ」

 

 「まさか、晴れるか雨が降るかで勝負をするのか」

 

 ジークが面白いことを考えるものだと苦笑いを浮かべながら、バスケットを持ち馬車のステップを降りて行く。降りてくるりと身体を反転させて馬車に向けたジークが手を差し伸べた。リンがいないためか今日はやたらとジークの手を取っている。ジークと一緒にお出掛けしているから彼の手を取るのは当然であるが、妙な感じを受ける。ステップを降りれば自然と手が離れる。

 

 そうして少し先にある大きな木の下までゆっくりと二人並んで歩いて行く。厚手の布を敷物代わりにして、地面に腰を下ろした。誰かが整備しているのか、雑草が生えていない綺麗な場所だった。

 離れた位置には侯爵領領都の壁が見えており、高い位置にあるので少しだけ領都の中の様子が窺い知れる。少し前までいたなんて思えないと苦笑いしていると、ジークが座ろうと声を掛けてくれた。私は素直に靴を脱いで敷物の上に座れば、ジークも腰を下ろす。彼はバスケットを開いて中にある竹篭を取り出した。蓋があるので中身はまだ見えない。

 

 「ナイはオニギリが好きだろう。だから、エーリヒに作り方を聞いてみた。あと簡単に作れる……いや、難しかったが、タマゴヤキも作った。あとは料理人が用意してくれたものだ」

 

 ぱかりと蓋を開けたジークの手の上にある竹篭の中身はおにぎりと卵焼き、ソーセージとサンドイッチが入っている。ピクニックには丁度良いメニューだろうか。

 ジークは黙っていれば私が誰が作ったなんて分からないだろうに、全部正直に誰が作ったかを打ち明けてくれる。私が日本食を好んで食べていることを知っているジークはエーリヒさまに簡単に作れる日本食を聞いてみたようだ。聞いた結果がおにぎりと卵焼きだったようである。他は料理人さん方が作ってくれたもののようで、綺麗な形と彩りをしていた。ジークが作ってくれたおにぎりと卵焼きは少しだけ不格好だった。しかし……。

 

 「ジーク、おにぎり凄く大きい」

 

 「手のサイズに合わせて作れば良いと書いていた。だから普通のはず」

 

 私の言葉にジークが手元にある竹篭に視線を移す。中には大きいおにぎりが四つ鎮座しており、隣には少し焦げた卵焼きが入っていた。更に仕切られてサンドイッチが綺麗に並んでいる。

 ジークが竹篭を私の前に差し出して、どれか取れと訴えていた。私は端っこにあるおにぎりをひとつ手に取るのだが、片手で収まらない大きさだった。崩れてはいけないと私はおにぎりを両手で支える。

 

 「私が作ると半分くらいになるからね。ジーク、背が高いから必然、手も大きくなるし……まあ、おにぎり大きくなるよねえ」

 

 「でかいか?」

 

 ジークが少し横に首を傾げて不思議そうな顔をしていた。

 

 「大きいけれど食べ応えあるし、私は嬉しい」

 

 確かに大きいけれどお腹を満たすのに十分な大きさだ。それにジークが作ったという証拠ではなかろうか。歪な三角のおにぎりだけれど問題はなにもない。あとは美味しいか、不味いかだけの話である。

 

 「じゃあ、いただきます!」

 

 いただきますの声を上げた私は早速一口おにぎりを頬張る。のりも巻いてあるし、塩も適量振られて良い塩梅の味だ。ただ大きい故に一口では具まで辿り着かなかった。もぐもぐと何度か咀嚼して口の中のものを飲み込んだ。

 ほのかに甘いお米の味と塩の味とのりの味でも十分に美味しい。でも具のマリアージュを考えると、やはり中身も大事であると私はもう一口大きくおにぎりにかぶりついた。私が二口目を食べたことでジークは安堵したのか、彼もおにぎりを片手で取って声を上げる。

 

 「いただきます」

 

 ジークはいただきますの声のあと大きく一口おにぎりにかぶりついた。何度かお米を噛んで飲み込んだ彼は微妙な表情になっている。どうしたのだろうと私が首を傾げると理由を教えてくれた。

 

 「ナイが言った通りでかかったな。一口目で具に辿り着かない。屋敷の料理人が握ったやつは一口目でちゃんと具の味がしたのに……難しいんだな、料理って」

 

 「回数こなせば、できるよ。私も作れるんだから」

 

 初めの料理でこれだけできているならば十分合格点が出るのではないだろうか。料理人の方からすればまだまだだと言われそうだが、素人ならば十分である。ジークが料理に目覚めたのか、偶々今回作ってみただけなのか分からないが彼の成長が楽しみだ。私も回数をこなしてようやく人並み程度に料理ができるというレベルなのだから、ゆっくり慣れていけば良い。

 

 「ちょっと焦げてるけど、卵焼き美味しい。幸せ」

 

 「そうか」

 

 卵焼きも美味しい――甘めの味付けだった。おそらくエーリヒさまレシピだからだろう――し、大きなおにぎりを一個平らげて二個目も貰って良いかジークに確認を取る。全部食べても構わないとジークは言うけれど、流石に竹篭の中身を食べ尽くすわけにはいくまい。

 卵焼きを食べた感想をジークに請われて正直に答えておく。あと今回は砂糖で味付けしていたようだから、お塩でしょっぱくする時もあるし、ネギをいれたりすることもあると、アレンジ方法も伝えておいた。

 

 二人で分けて食べていれば直ぐに竹篭の中身が空っぽになる。最後に水筒にいれたお茶を飲んで喉を潤し、また領都に戻って探索しようとなった。持ってきた物をきちんと持ち帰る準備を済ませればジークが行こうと歩き始める。私も馬車に戻ろうと歩き始めると、ふいに首筋を撫でられる感覚に襲われた。一体なんだと撫でられた気がした方へと顔を向けた。そこには森があり、誰もいない光景が広ろがるのみ。

 

 ――あれ?

 

 森の奥に黒い靄のようなものが見えた気がする。確かあの場所は前に禁忌の森と聞いた所ではなかろうか。気の所為だろうかと頭を振って、今はジークとのお出掛けを楽しもうと少し前を行く彼の背を追うのだった。

 

 ◇

 

 お昼ご飯を終えたジークと私は馬車の中に戻っていた。ふうと一息吐いて座席に腰を下ろせば、真正面に座ったジークが私の顔をマジマジと覗き込んでいる。どうしたのかと視線を合わせた瞬間に彼が口を開いた。

 

 「ナイ、なにかあったのか?」

 

 「え」

 

 こういう時、付き合いの長さ故の勘の良さを良いと捉えるか悪いと捉えるか困り物である。丘の上で見た禁忌の森の雰囲気が少し変わっていたと正直に彼に告げて良いだろうか。

 今日はジークとの約束を果たすために外に出掛けているのだし、余計なことを言わない方が無難なのだろう。でも私が感じた違和感を放置して、状況が酷くなったのならば必ず後悔してしまう。抱いた後悔をジークの所為にしないという自信はなかった。

 

 「妙な顔になってる。その顔はナイがなにか気になったことがある時だ」

 

 「ジークにはバレバレだね」

 

 お互いに片眉を上げながら笑う。もし仮にジークに困ったことがあれば私は気付くだろうか。そっくり兄妹は感情を表に出さないタイプだし、知らぬまま状況が改善していた、なんてことになりそうだった。

 

 「長い付き合いだからな。リンも分かるだろう」

 

 ジークが冗談っぽくリンの名を出した。リンも私の変化に逐一気付いてくれる口である。なにも言わないまま、伝えないまま気持ちを理解してくれるのは楽で良いけれど、やはり言葉を口にして伝えた方が不安にならないだろう。

 それならばと私は気になったことをジークに伝える決意をする。お出かけの途中だし約束を果たし切れていないけれど、黙ったままでいるより良いはずだ。ジークだって私がソワソワしていると落ち着かないはず。

 

 「前に侯爵領の視察したよね。その時に妙な雰囲気の森があるって言ってたでしょ。丘の上から見えていたけれど、そこの雰囲気また少し変わっているような気がしただけ」

 

 「…………戻るか?」

 

 私の説明を聞いたジークが真面目な顔になって声のトーンを少し落としていた。お出かけという雰囲気でもなくなったし、禁忌の森に変調が現れていると侯爵家の皆さまに知らせた方が良いのだろう。

 ジークと私だけで解決に向かっても良いのだが、面子を揃えて詳しく調べた方が禁忌の森の変調の原因を詳しく知ることができる。私はジークに考えていたことを伝えれば、彼が御者の方へと声を掛けた。御者の方はもう良いのかと驚きつつも命令に従ってくれ、領都に戻り屋敷に帰ると馬に軽く鞭を入れるのだった。

 

 ――馬車に揺れること暫く。

 

 アストライアー領主邸に戻ってきた。予定より早い私たちの帰りに屋敷の方たちが驚きつつ出迎えてくれる。玄関ホールに戻ればリンが真っ先に私たちの前に進み出た。彼女の肩の上にはクロとアズとネルが、腕の中にはユーリがいて視線が随分と高いことが新鮮なのか顔をきょろきょろさせている。ジークと私の姿にユーリも気付いて『おきゃあり』と口を開いている。

 

 「おかえり、ナイ、兄さん。予定の時間より随分と早い。なにかあった?」

 

 リンがユーリを抱きながら小さく右に首を傾げた。ジークと私は彼女の方に顔を向けながら立ち止まる。クロとアズが私とジークの肩へと移動して『おかえり』と言いたげに顔を擦り付けた。私はクロに指を差し出して顎の下を撫でる。ジークも同様にアズに手を差し出して顔を撫でてあげていた。

 

 「ただいま。少しな」

 

 「ただいま、リン。直ぐに執務室に戻るけど、家宰さまたちはいる?」

 

 ジークと私の言葉にリンが一瞬で真面目な顔になる。彼女は短いやり取りでなにかあったと悟ったようだ。クロもなにかあって街から私たちが戻ってきたと分かって顔を擦り付けるのを止めた。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちはエル一家とジャドさん一家と一緒いサンルームで過ごしているのだろう。

 

 「うん。仕事してる」

 

 「そっか。じゃあこのまま行くね」

 

 家宰さまたちは執務室で作業をしているようだ。リンが側にいた侍女の方にユーリを預けるとすっと私の横に付いた。ユーリが侍女の方に抱かれても泣かないのは成長した証だろう。

 ユーリにお土産の人形を渡したいところだが、今は禁忌の森のことを優先させないと。女神さま方にもお土産を渡したいが彼女たちの姿が見えない。きっと昼寝でもしているのだろう。起きているならば女神さま方も真っ先に玄関ホールに姿を現しているはず。

 

 「私も行く。緊急っぽい気がする」

 

 「分かった。行こう」

 

 私たちが足を踏み出せばお迎えにきてくれていた侯爵家の面々が頭を下げて見送ってくれていた。私は玄関ホールの正面にある階段を昇り二階の廊下へと進む。タウンハウスより規模が大きいため、急いでいる時は屋敷の広さが煩わしい。

 

 もう少しすれば私の自画像が玄関ホールの正面に飾られるのだが……恥ずかしいったらありゃしない。写真は普通に友人や会社の同僚と撮っていたけれど、油絵になるってどういうことだろうか。女神さま方が滞在しているのだからヴァルトルーデさまとジルケさま、ついでにナターリエさまとエーリカさまを描けば良いのではないだろうか。その中にクマのぬいぐるみを添えれば完璧である。

 

 『ナイ、どうしたの? 歯軋りしそうな顔してる』

 

 「そんな顔になってたの……玄関ホールに自画像が飾られるって聞いてるから、恥ずかし過ぎるなって考えてた」

 

 クロが私の肩の上から問いかける。ジークとリンが私の後ろで妙な雰囲気を醸し出しているのだが、緊張感がないとでも言いたいのだろうか。廊下を歩きながら、リンとクロたちに予定より早く切り上げてきた理由を伝えれば、なるほどと彼らは納得してくれた。更に廊下を歩いていると目の前がぱっと光に包まれる。嫌な感じはしないので妖精さんだろうと眩しさに目を細めていると、お婆さまが姿を現した。しょぼしょぼだったお婆さまは元気を取り戻している。

 

 『あら? 貴方たちどうして戻ってきているの!?』

 

 私の顔を何度かお婆さまは回って驚いた声を上げる。

 

 「お婆さま。少し問題が起こったので早めに切り上げました」

 

 『またなにか起こったの? 本当に貴女は毎回なにか引き起こしているわねえ……』

 

 私が戻った理由を簡単に告げればお婆さまは呆れながら私の頭の上に移動した。そうして何故か私のアホ毛を握り込み前に倒す。ゲームのコントローラーのスティックではないのだから、勝手に私が前に進むことはない。

 ないのだが急いでいる手前、廊下を進まざるを得ない。お婆さまは頭の上で無邪気に笑っているけれど楽しいのだろうか。まあ喜んでいるならば止める必要はないかと私は足を動かし続ける。

 広い屋敷に少し辟易してしまいそうになる気持ちを抑えていると、やっと執務室の前へと辿り着いた。とりあえずノックを三度鳴らして『火急の知らせ』と部屋の中にいる方たちへ伝える。ノックが三度鳴ったことでなにかあったと悟ったのか、中の様子が少し騒がしい。ぱっと開いた扉の前には家宰さまが立っていた。

 

 「ご、ご当主さま、何故、こちらに? 一先ず中へどうぞ。話をお聞かせください」

 

 家宰さまに導かれ私たちは執務室の中へ入る。私が腰を下ろす先は執務机になるのだが、今回は応接用のソファーに座って話をすることにした。

 ソファーへ進む私たちの姿を見たソフィーアさまとセレスティアさまは目を丸く開いてこちらを見ている。自席の椅子から少し音を立てて立ち上がったお二人は足早に応接用のソファーに近づきながら声を上げる。

 

 「ナイ、何故?」

 

 「どういたしました?」

 

 お二人はジークと私が予定より早く戻り執務室に顔を出したのが凄く不思議なようである。一応、扉のノックを三度鳴らしたから火急の知らせが入ったのは分かっているはず。

 

 「少し気になることがありまして。禁忌の森についてです」

 

 私は目の前に座した家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに禁忌の森の雰囲気が変わっていることを伝えた。私の勘違いかもしれないということも付け加えておく。お三方は驚いた様子を見せて目を合わせていた。そうして一番最初に口を開いたのは家宰さまである。

 

 「あの森に足を踏み入れた者が戻ってこないことが続いたため、立ち入りを禁じた区域となりますが……それ以上のことが起こるかもしれませんね」

 

 家宰さまがふむと頷きながら声を上げる。確かに人が立ち入った際に戻ってくることがなかったために禁忌の森と大層な名を頂き、以後立ち入りを禁止しているとのことである。

 前々のバーコーツ公爵さまが取り決めたようで、それからというもの領民の方々は禁忌の森について口伝で子供たちに受け継いでいた。アストライアー侯爵領となった今も語り継がれており、入れば二度と戻ってこれないと子供たちに言い聞かせているそうである。

 

 ただ森の状態が普通に戻れば猟場として優れているはずだ。どうにかならないかと考えるものの、霊的な由来だったらどうしよう。アンデッドや魔物であれば魔術で殴れば済むけれど、幽霊だと魔術が効かない可能性がある。

 ジークとリンの剣でも斬れないし、レダとカストルに確認すると『もうしわけありません。幽霊は斬れる代物ではありません』『幽霊なんて斬れるわけねーじゃん!』とすげなく言われてしまった。むむむと私が唸っているとお婆さまが私のアホ毛を力強く握り、腰に片手を当てたようである。

 

 『禁忌の森、なんて凄い名前ねえ……ちょっと興味があるから行ってくるわね! あ、もちろん森の中に入ったりしないわよ! みんなに心配させちゃうから直ぐに戻ってくるわ!』

 

 そんな声を残して消えたお婆さまに掛ける言葉なんてない。あまりの素早い行動に執務室にいる面々があっけに取られていると、お婆さまが戻ってきたのか部屋の中がぱっと明るくなる。

 

 『あの森、凄く嫌な感じがするわ。というか私を捉えていた良く分からないなにかの雰囲気に似ているんだけれど、気の所為かしら?』

 

 戻ってきたお婆さまはくるくると執務室の中を飛びながら禁忌の森についての感想を零している。お婆さまをしょぼしょぼにした原因の雰囲気に禁忌の森は似ているようだ。

 しかしどこで捕まったのか記憶にないと彼女は言っていたはず。禁忌の森ではない可能性もあるが、ここはお婆さまの言を信じて良いのだろうか。これも報告案件かなと目を細めているとお婆さまが応接用のテーブルのど真ん中で滞空する。

 

 『ちょっとあたしをじっと見ないでよ! 悪いのはあたしじゃなくてあたしの力を吸い取った輩でしょ!?』

 

 確かにお婆さまの責任ではない。でもお婆さまの力を吸って確実に禁忌の森か類する者が力を付けているのではなかろうか。

 

 「お婆さまですから。騙されてホイホイついて行ったとかあり得そうです」

 

 お婆さまであれば美味しいものがあるよと言われれば、誰とも知らない方でも『わーい!』と一緒にどこかへ赴きそうである。

 

 『子供じゃないんだから行かないわよ!』

 

 本当かなあと疑っていると私の口からふいに言葉が漏れた。

 

 「魔力」

 

 『え、良いの!?』

 

 魔力という私の声にお婆さまが嬉しそうな声になる。テーブルの真ん中から私の目の前にぱっと移動してキラキラと目を輝かせていた。

 

 「ほら」

 

 私がジト目を向けるとお婆さまはぷうと片方の頬を膨らまして両手を上げる。

 

 『騙したわね~~!!』

 

 ポカポカとお婆さまの小さな両手が私の胸を叩いているのだが、威力はなく幼子の力より弱かった。お婆さまは物理攻撃より魔法による力の方が強大だ。ポカポカと私の胸をひとしきり叩いたお婆さまは疲れたようで息を切らしている。

 クロが『お婆は元気だねえ』と呑気に彼女を見ていると、私の耳に水が詰まったような感覚に陥った。

 

 ――……は、どこだ。

 

 なにか声が聞こえて私は部屋を見回す。すると皆さまがどうしたと私を気に掛けたため、どうやら耳に届いた声は私の気の所為か、私だけにしか聞こえなかったようである。本当に何事だろう。禁忌の森と大層な名前を頂いている森の中の変化に私たちアストライアー侯爵家の面々は重い空気を纏い、一先ず副団長さまを頼ってみようとなるのだった。

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