魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0646:禁忌の森に。

 ――数日後。

 

 兆候がある、ということはやはりなにかが起きている証拠だという結論を導き出し、アルバトロス王国に念のため報告を入れることにした。そして副団長さまたちの知識と力を借りることもである。

 女神さま方に相談すれば物事の解決は早いのかもしれない。でも私たち人間が自ら解決しようとしないのは如何なものか。女神さまに力を借りるのは最後の手段と決め、アストライアー侯爵家一行は禁忌の森の前に立っていた。

 

 以前不意に感じた違和感がさらに強くなっている気がする。魔術師として優秀な方ほど感じやすいようである。騎士系の方たちは良く分からないという顔になっているが、私たちが言っているのならば異変があるときちんと信じてくれているのは有難い。

 クロとアズとネルがいて、私の頭の上にはお婆さまが乗り、ロゼさんもいる。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちもいるし。なんならエル一家とジャドさん一家も一緒に付いてきている。ヴァルトルーデさまとジルケさまも危ないことになるといけないと言って、同行してくれていた。なにこれ最強メンバーと言いたい所であるが、なにが起こるか分からないので彼らの気遣いが嬉しい。

 

 目の前は鬱蒼と茂った森が広がり、獣道すらないような場所だった。まだ中に入る気はなく、森の変化がどうなっているのかと調査をするのみ。私の横に立っている副団長さまがにこりと笑い、猫背さんが前を向きながら言葉を紡ぐ。

 

 「アストライアー侯爵領に入ることができました。ミナーヴァ子爵領にも興味があるのですが、なかなかお誘いされず僕は寂しいです。ようやく招待されて嬉しい限りですねえ」

 

 「うん。ハインツと同じく興味ある」

 

 副団長さまと猫背さんはアストライアー侯爵領に興味を持っているようだが、特に珍しい物があるというわけでもないし、魔力量が多く備わっている人がたくさんいるという状況でもない。他領と変わらない普通の侯爵領と子爵領なのだが、どうしてそんなに興味を持たれるのか。ただ入領したいというのであれば、彼らならトラブルを引き起こすことはないと分かっている。

 

 「教えて頂ければ入領許可書を発行しますし、そもそも立ち入り制限を設けていないので入ることができますよ」

 

 入領税さえ払えるならば誰でも領地内に足を踏み入ることができる。副団長さまたちならば魔術師団の制服で身分が証明されているだろうし、すんなり入れるのではなかろうか。私が入領許可証なるものを発行すれば、領主の関係者ということで更に入り易くなる。言ってくれれば良かったのに、妙な所で遠慮するなと私は彼らを見上げた。

 

 「侯爵閣下にお誘い頂いてからの方がなにかと融通が利きますので」

 

 副団長さまが前にふらふらと進もうとしている猫背さんの服を引っ張って動きを阻害した。止められたご本人は何故止めると不服そうな顔になっている。今日は森の中に入る気はないと伝えておいたので、副団長さまは猫背さんを確りと止めてくれたようだ。長い付き合いになるようだし、お互いの行動や思考が分かり易いのかもしれない。猫背さんは残念そうな顔に変化して、丸い背を更に丸くしている。

 

 「でも領内に入ったとしても魔獣や幻獣の方はいませんし、面白いことは特にない気がします」

 

 侯爵領も子爵領も特に珍しい現象は起こっていない。子爵領の方は他領よりも作物の成長が良いらしいのだが、それ以外は至って平和なのである。

 

 「なにを仰りますか。こうして魔術的神秘を目の前に見ることができております。それに女神さまやヴァナルくんと神獣さま、エルさんとジョセさんたちにジャドさんまでご一緒しているんですよ。やはり閣下に直接呼ばれた方が魔術師として活躍できそうです」

 

 副団長さまが右手人差し指を立てて私の前で何度か横に振る。イケメンがやると様になっているなあと目を細めると、両手を広げながら嬉しそうに彼は語った。

 確かに私の周りは神秘が凄く起きているけれど、領地内まで神秘を引き起こしていない。禁忌の森については神秘というよりトラブルの類いである。嬉しそうに語っている副団長さまを私は無視して、アストライアー侯爵家の面々を見た。

 

 「変化はないようですが、なにか起こる前に対処したいですよね。いつもトラブルに巻き込まれてから事件の対応を迫られていましたから」

 

 「だが、どうするんだ?」

 

 「ですわねえ。問題が起こらないようにと対処するには少々情報が少ない気がします」

 

 私が皆さまに声を掛けると、ソフィーアさまとセレスティアさまが答えてくれる。確かに情報が少ない。森の中がどうなっているのか分からないし、違和感を受けた正体も分かっていないのだ。

 今の面子で突入しても構わないが、戻ってこれなかった時に対処できる面子を残せていない。ならば森の中に入らない方が賢明だろう。そもそもそのために主要メンバーしか禁忌の森の前に赴いていないのだから。一応、屋敷に残っている家宰さまには陽が沈んでも戻ってこなければ緊急事態と捉えて欲しいとお願いしている。帰る際には狼煙を上げる予定だから、ある程度の意思疎通はできるはず。

 

 私が考え込んでいると横ではっちゃけていた副団長さまが素面に戻ったらしい。語り続けていた台詞を一切聞いて貰えていなかったと分かり妙な表情を浮かべている。

 

 「無視されてしまいました。悲しいです」

 

 『長口上するからじゃない。馬鹿ねえ』

 

 副団長さまにお婆さまがはっきりとした突っ込みを入れた。だが変態である魔術師は妖精さん――しかも力が強い――に構われたことで、にんまりと口に弧を描く。

 

 「妖精さんに褒められましたよ! 嬉しいです!」

 

 「良いなあ、ハインツ」

 

 喜ぶところの感性が分からないと私の横で繰り広げられている会話に苦笑いを浮かべていると、頭の上のお婆さまが呆れた様子を醸し出しているようだ。

 

 『うわ……変な人間ねえ。今に分ったことじゃないけれど』

 

 「ハインツとファウストだから仕方ない。魔術師としては凄い人間」

 

 「信じられねえけどなあ。姉御のお墨付きなら間違えねえだろ」

 

 お婆さまがヴァルトルーデさまとジルケさまに声を掛けられてびくんと身体を跳ねたのだが、一緒に私のアホ毛を引っ張らないで欲しい。髪の毛が抜けたらどうするんだと抗議をしたいが、アホ毛が抜けたところでまた生えてくる。

 あまり強くは言えないなと私が目を細めると、おっかなびっくりな雰囲気のお婆さまが二柱さまの会話に加わるべきか迷っている。ダリア姉さんとアイリス姉さんが借りてきた猫のような状態のお婆さまを見たら、凄く面白いものを見ている顔をしそうだ。そしてディアンさまとベリルさまがお姉さんズにお婆さまを揶揄うなと苦言を呈すのだろう。

 

 「原因を突き止めるためには、やはり森の中に入って調査するしかないのでしょうね」

 

 「一番、確実な方法だろうな。ただ危険が付きまとう」

 

 「ですわね。十分な戦力を用意して森の中へ入るべきかと……今でも十分な面子ですが、本職の方の力も頼らねば」

 

 私の言葉にソフィーアさまとセレスティアさまが同意してくれるものの条件付きのようだ。侯爵領軍を動かす良い機会だろうか。ただ時期が時期のため、収穫作業のある領民の皆さまは集められない。まあ戦地に赴くわけではないし、職業軍人の方のみの招集でも大丈夫だろう。ソフィーアさまとセレスティアさまも素人同然の方を参集させようとは考えるまい。

 

 「閣下、僕たち魔術師も頼ってください。あと、本日は封印結界を張るための教本もお持ちしておりますよ」

 

 「僕たちの魔力じゃ森の封印はできないから。対策」

 

 副団長さまが私に分厚い本を差し出し、猫背さんが状況を補足してくれた。有難いのだが、結界や封印系の魔術は私に軍配が上がるようだ。そういえば侯爵領に教会があるのだが、聖女さまはいるのかいないのか。侯爵領でも治癒院を開いていろいろと領民の方から困っていることとか不便なところを聞き出したい。やることが山積みだと苦笑いを浮かべながら私は差し出された本を受け取って頁を捲る。

 

 「えっと……今の場合、適切な術は」

 

 ペラペラと頁を捲りながら良さそうな術はないのかと流し読みするのだが、速読が苦手な私に見つけられるはずもなく。もう一度最初から目を通すべきかと元へ戻すと、ソフィーアさまとセレスティアさまが本を貸してみろと手を差し伸べる。

 

 私は素直にお二方に魔術本を差し出す。副団長さまはにこにこと笑みを携えたままなにも言わず、猫背さんも特に気になることではないようだった。ソフィーアさまが本を持ち、セレスティアさまが鉄扇を広げて横から覗き込む形となる。

 ペラペラと素早く頁を捲るソフィーアさまだが、かなり読み進めるスピードが早い。セレスティアさまも横から眺めているだけなのに、目線はきっちり本に記されている行を読み進めているようだ。凄いなあと感心していると、ある項でソフィーアさまの手が止まる。

 

 「この辺りか?」

 

 「状況的に合っていますが、多量の魔力を要しますね。まあナイなら大丈夫でしょうけれど」

 

 お二人の声に副団長さまが良い所に目を付けましたねえと言いたげな顔になっていた。どうやら正解を導けたようである。そしてソフィーアさまが私に魔術本を頁を開いたまま戻してくれた。

 私は開いたままの頁に視線を落とせば確かに今の状況に適しているだろうか。なにが問題かはっきりしないけれど、人間や環境に影響を与えている魔力要素を緊急的に封じ込めるという術式だった。

 お婆さまも私の頭の上から興味深く覗いているようだ。人間が考えた魔術式が分かるのか疑問だが、ふむふむと頷いている気配がする。クロも私の肩の上から覗き込んでいるもののイマイチよく分かっていないようだった。

 

 「閣下の魔術を見せて頂くのは久しぶりですねえ」

 

 「僕、あまり見たことない」

 

 副団長さまと猫背さんが嬉しそうな顔で期待の眼差しを私に向けていた。

 

 「お二人の興味を引けるとは思いませんが……術式は理解できましたし問題なく発動できるかと。あとはどれだけ森に対して効果があるかですね。緊急用なので気休めでしょうけれど、なにもしないよりはマシかなと」

 

 私の言葉に周りにいる皆さまが頷く。ならばと私は魔術具の指輪を一つ外して鳩尾辺りを意識して魔力を練る。クロとお婆さまが私から離れていくけれど『凄いねえナイの魔力は』『ええ。本当に凄いわねえ』と感心しながらだった。

 確かに魔力を練った波でそよそよ揺れていた髪は、今ではばたばた揺れているから魔力量が上がったと言わざるを得ない。学院生時代に無茶をし過ぎたなと勝手に笑みが漏れてくるが、ちゃんと目の前のことに取り組もう。五節の封印魔術だから魔力量を多く消費する。気絶はしないだろうけれど、果たして消費した魔力が回復するのは一体どれくらいの時間を要すだろう。

 

 「――〝悪しき念よ、静まり給え″」

 

 一節唱えればあとは二節、三節、四節、五節と続けて口にするだけである。節を跨ぐごとに私の身体から放出される魔力が多くなっていく。私の魔術を後ろで見ていた方たちは何故か黙って状況を見守ってくれていた。

 凄いと感心の声を漏らす方に、相変わらずの魔力量だと呆れているような声に、初めて私の術を見たと呆けている方もいる。五節唱え終えれば、森を丸っと障壁が包み込み、なんとなく感じ取っていた重い雰囲気が霧散していた。禁忌の森に悪しきものを閉じ込めただけの状態となるので根本的な問題を解決しなければ意味がない。

 

 「では禁忌の森に突入するための準備を始めましょう」

 

 私は森からアストライアー侯爵家の面々に視線を変えて今後のことを伝えると、みんなが真面目な顔をして首を縦に振ってくれた。さて、初めて侯爵領軍を動かすことになりそうだが、どうなることやらと息を吐き、みんなと一緒に領都へ戻るのだった。

 

 ◇

 

 ――こういう時は学生ではなくて良かったと心底感じる。

 

 やはり学生だと学業を疎かに出来ないので、問題が起こったとしても勉強とトラブル対処両方に時間を割かなくてはならない。学院を卒業した今、当主として問題に直面しているが時間の融通が利く。さっそく侯爵領都にある領主邸に戻り、執務室で侯爵家が抱えている騎士名簿を眺めていた。風魔と服部のご隠居の二人も嬉々として参戦表明を出してくれているので、諜報部も参加が決定している。

 

 割と大掛かりな編成となりそうだが、禁忌の森突入部隊は精鋭で向かうか、数で勝負をするか悩んでしまう。私の足下で毛玉ちゃんたちが『早く決めて探検しよう?』と言いたそうな顔をして、悩んでいる私を見上げていた。

 ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは落ち着いたもので、決まれば教えて欲しいというスタンスである。クロとロゼさんも協力してくれるし、ヴァルトルーデさまも怪しい森の中を探検できるということでウキウキ状態である。

 

 海神さまの件もあるのに、何故トラブルが重なってしまうのか。それにジークが私になにか言いたげな雰囲気を醸し出していたけれど、結局分からず仕舞いで終わってしまっている。うーんと悩みながら、二つ、三つと考え込む器用さは私にないので目の前のことに集中しよう。私の隣では家宰さまが立って、当主がどんな編成を組むのか期待しているようだった。

 

 「えっと……侯爵家が抱えている騎士は……――」

 

 新興の侯爵家のため歴史ある侯爵家と違い、抱えている騎士の数は少ないそうである。何代も経て信用のある家の方たちを永続雇用するのがお貴族さまの習慣だとか。

 そうなるとアストライアー侯爵家はジークとリン、クレイグとサフィールの子供たちやソフィーアさまとセレスティアさまの子供たちと縁が続いていくことになるはずだ。

 前世で親と子世代と一緒に付き合いのあることなんて珍しいが、お貴族さまでは普通のこと。侯爵位という規模の大きさから他にも縁を結び、継続していかなければならない方がたくさんいる。現状ではまだまだ足りないため、私は社交に勤しむ必要もあるのだとか。

 

 家宰さまによると侯爵家が抱える騎士もまだまだ足りていないそうである。王家とハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家から借り受けている護衛の人員を全て侯爵家で賄えるようにしたいそうだ。

 子爵から侯爵に陞爵しているから、いつまでも後ろ盾の皆さまの力に頼るわけにはいかない。侯爵家の騎士か警備員になることを前提に孤児院で騎士や軍人になりたい子を掬い上げるのもアリだろうか。テオは順調に騎士の道を歩んでいるし、もう一人二人くらいは援助しても良さそうである。

 

 禁忌の森の規模的に師団規模や大隊規模を投入するのは大袈裟である。一個中隊が精々で、師団や大隊規模を組める人員は揃っていない。今まで本格的な編成をしたことがないので、隊長やら小隊長に分隊長と決めたことはなかった。警備部の護衛当番と門兵当番に巡回当番と夜番編成を組んでいたくらい。

 

 「配置も考えなければならないんですよね。難しい」

 

 スーパーのレジ打ち仕事の当番割りを作るように簡単に出来ればいいのだが、スーパーのように混雑する時間帯や年金支給日は比較的お客さんが多くなる……なんて前情報は禁忌の森に一つもない。

 

 悩ましいなあと私が頭を抱えていると隣に立っている家宰さまが苦笑を浮かべていた。仕事を続けているソフィーアさまとセレスティアさまも私の悩んでいる姿が珍しいようで、こちらをじっと見ている。

 今までは気楽に物事を決めていたけれど、流石に森の中を侯爵軍が行軍するのであれば人の命が掛かっているのだ。なるべく犠牲は出したくないし、馬鹿な命令を出して無駄死にさせたなんて遺族の方に言い訳が立たないだろう。

 

 「兵法はご当主さまの専門外ですから、今からゆっくり学ばれていけば良いかと。こういう時のためにジークフリードさんとジークリンデさんがいらっしゃるのです。彼らを頼りましょう」

 

 家宰さまが私を見かねて助言をくれるが、大事なことをジークとリンに丸投げしても良いのだろうか。机の騎士名簿に視線を向けていた私は壁際に控えているそっくり兄妹へ顔を向けた。

 

 「……」

 

 「…………」

 

 ジークとリンは無言を貫いているけれど、そっくり兄妹の顔には『頼ってくれ』『聞いて欲しい』という文字が浮かんでいる。私がいくら悩んだところで編成を組めそうにないし、素直にジークとリンを頼ろう。私が助けてと無言で彼らに伝えれば、少し顔の様相を崩して執務机に二人が歩いてくる。そうして騎士名簿を覗き込んだ彼らは、お抱え騎士の皆さまを適材適所に配置し終えるのだった。

 

 「どうして、ぱぱっと決められるの……」

 

 私が二人を恨めし気な顔で見つめると苦笑いを浮かべた彼らは口を開く。

 

 「手合わせで彼らの実力を知っているし、人となりもなんとなく把握しているからな」

 

 「実力のある人は知っている」

 

 どうやらジークは騎士の皆さまの交友や上下関係も考慮して組んでくれたようである。確かに実力を優先させて組んだ部隊が上手く機能するとは思えない。家宰さまもジークとリンが決めた編成に口出しする気はないようである。それなら部隊編成は今のままで良いだろう。あとは。

 

 「編成が決まったなら、あとは森に突入するだけですね。突入隊と後方待機する隊と分けて、大雑把に二部隊編成にしましょうか」

 

 私はジークとリンが決めてくれた部隊編成の紙を動かして二部隊に分ける。一部隊が森の中に突入して、もう一つの部隊が森の外縁で待機して問題が起きたとき追加投入する形だ。必要のない心配かもしれないが、念には念をである。

 

 「では王家とハイゼンベルグ公爵家、ヴァイセンベルク辺境伯家の返事がくれば実行しましょう」

 

 「本当は領地内のことなので待つ必要もないのですがねえ」

 

 私の声に家宰さまが苦笑いを浮かべながら声を上げる。確かに侯爵領内のことなので各方面にお伺いを立てる必要はない。

 

 「ナイの場合、事が大きくなりますから」

 

 「念のため皆さまには知らせておいた方が良いでしょう」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまも苦笑しながら家宰さまの言葉にフォローを入れた。はい。真に申し訳ないのですが私が関わると事が大きくなる確率が高い。なにかあった時のためにも事前に陛下方には知って貰っておいた方が後手に回らないだろう。

 海神さまの行方もグイーさまに頼まれているので気になるが、自領のことを放置するわけにはいかない。ましてや嫌な雰囲気を醸し出している禁忌の森である。対処が遅れて領民の方に犠牲が出れば言い訳はできないだろう。

 

 執務室の中にいる面々で頷き合い、私の足下にいた毛玉ちゃんたちとヴァナルと雪さんたちも協力してくれることが決まる。さて、禁忌の森の中になにがあるのだろうか。犠牲が出ないようにと願いながら、突入日がくるのを私たちは待つだけとなるのだった。

 

 ◇

 

 ――アストライアー侯爵家・警備部の執務室。

 

 ご当主さまから命令が下った。アストライアー侯爵家お抱えの騎士たちの活躍の場を我らに与えてくださったことを感謝せねばなるまい。たった三年という短い期間で平民聖女から侯爵位に昇りつめたご当主さまの騎士を務める身でありながら、今まで活躍の場は屋敷の警備のみ。

 それも屋敷に設置されている結界により、不法侵入を試みる者はいなかった。空から降りてくる幻獣や魔獣の皆さまを数に入れることはないが……なにせ、ようやく我々警備部に所属している者たちが腕を振るう場面が訪れたのである。

 

 警備部部長を務める私は自席で筆を握り書類仕事をしている最中なのだが、騎士として働けることになり手の震えが止まらない。私の手の震えは恐怖からくるものではなく、ようやく騎士として活躍の場が与えられた嬉しさからだ。

 ふふふと笑っていると執務室で作業をしている者たちがびくりと肩を揺らす。一人、私の席から離れた所に座る若手の騎士が席を立って歩いてくる。

 

 「警備部長は中隊長に任命されたんですねえ。あ、これ、今日の報告書です」

 

 目の前に立った彼は私が発していた空気に臆することなくへらりと笑う。周りの者たちが『空気読めよ……』と言いたげであるが、彼のような鈍さも必要なものではなかろうか。

 魔物の圧に臆すれば命はないかもしれないが、敵意のない人間が発したものである。警戒するだけ無駄な気がしてならぬのだ。あと単に私の胸の内から込み上げる歓喜を誰かと分かち合いたいという気持ちがある。

 

 「ああ。ご当主さまから部隊の統括を任された。うむ。立ち番、お疲れさま」

 

 私は彼が差し出した書類を受け取り、上司然とした態度で接する。私のお疲れさまという声に彼もお疲れさまですと声を上げ、少しだけ世間話を興じることとなった。

 

 「俺は突入部隊に組み込まれました。活躍して、ご当主さまに顔と名前を認知して貰いたいものですねえ」

 

 目の前の若い彼は突入部隊の方へ編制されたようである。私は全部隊の統括のため後方部隊で待機する。力で活躍することはできないが、頭を使い皆を指揮し目的を果たし、無事に戻らせる……ことができれば、私は統括として大役を果たしたことになるだろう。目の前の彼は活躍してご当主さまに認知して貰うことを目標に掲げているようだった。

 

 「そうか。君はご当主さまとは就任の儀を執り行ってから、全く顔を合わせていないのだったな」

 

 ご当主さまの護衛は黒髪聖女の双璧と呼ばれているジークフリードさんとジークリンデさんが務めており、我々警備部の者がご当主さまと直接話す機会は極僅かである。

 私は警備部部長として全体会議に出ることがあるため、ご当主さまと顔を合わせ話を交わすこともできていた。確かに私以外の警備部の者がご当主さまと顔を合わせる機会を考えると、他の貴族家より少ないのではなかろうか。

 

 「はい。なので侯爵家の騎士として認められているのか心配で。そりゃ官給品を纏っているので侯爵家の者だと分かりますが、顔と名前を憶えて貰えていないって大分辛いですから……」

 

 「確かにな。今回は良い機会なのかもしれないな。だが生き急いで騎士の道を断たれるような無茶はしないように。一人、抜け駆けして功を上げようとすれば周りの者たちに迷惑を掛けることになるからな」

 

 ご当主さまに顔と名前を憶えて貰うのは難しいかもしれないが、上官が出した命に従っていれば普通に評価される。あとは部隊の者たちと連携して起こった事態の対処を無難にやり過ごせば良い。ただ彼が望んでいる気持ちは理解できる。騎士が仕える方に顔や名前を憶えて貰えないのは悲しいことだ。彼の名はマイケルなのだが、ご当主さまに名前を憶えて貰えていると私も嬉しい。

 

 「無茶をする気はないですが、調理部の者や侍女の皆さまがご当主さまの話を楽しそうに語っているのが羨ましくて。自分も彼らの話の輪の中に入りたいんです。だからまずはご当主さまに認知して貰わないと」

 

 彼の言葉に周りの者たちがうんうんと頷いていた。確かに警備部の者たちは調理部や侍女の者たちよりご当主さまの認知度が低い気がする。ふむ。彼らのやる気を出すためならば、ここで私が一つ盛り上げておくのも一興か。私が席から立てば、なにごとかと目の前の彼と執務室にいる皆から一斉に視線が集まった。

 

 「よし。今回は初めてご当主さまから命じられ、我々警備部に活躍の場が与えられた! 一同、気合を入れ己が使命を完遂せよ! そして無事に戻ってこい!」

 

 私が右腕を天上に掲げ腹に力を入れて声を上げれば、執務室にいる者たちが席をたち『応!』と野太い声を上げた。ご当主さま、警備部の面々はやる気に満ちております。無様な姿は晒すまいと気合を入れ私は席へと腰を下ろす。

 ふふふ決まったと少し悦に浸り私は仕事を再開させれば、皆も気合十分で作業に取り掛かっていた。突入日当日、これ俺たち必要ないのではという疑問を抱えることを知らぬまま。

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