魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
各方面へのお知らせが終わり、禁忌の森に突入する日がやってきた。
早朝。禁忌の森の外縁部には陣地が設置されていて結構本格的なものとなっていた。一番大きい天幕はもちろん私用であり、普通の部屋と見紛うほどの豪華仕様である。ちゃんとベッド――しかも広い――があるし、机、椅子、絵画まで飾られているし、机の上には生花も施されていた。
「ここまでやらなくても?」
私が自分専用の天幕の中を眺めていると、後ろから私と一緒に付いてきた人たちが少し呆れた雰囲気を醸し出していた。私は彼らの方へと身体の向きを変えれば、やはり苦笑いを浮かべながら私を見ているのだった。
「これでも抑えてあるからな。金満貴族の天幕に入ってみろ、ナイは卒倒しそうだな」
「ええ。かなり控えてありますわ。わたくしの父の天幕に入ったことがありますが、鎧や予備の武具をたくさん置いておりますし、衣装もかなり準備しておりますからねえ」
ソフィーアさまとセレスティアさまの感覚では私の天幕は荷物の量がかなり少ないようである。そこまで言われるなら逆に他の当主さまの天幕がどんなものか気になってくる。見れる機会はかなり限られているだろうし、招かれなければ無理そうだが、いつか見れる日はくるだろうか。
ジークとリンもお二人同様に苦笑いを浮かべ私を見ている。私たちは陣地の設営はせず、後から乗り入れた形だ。楽をしているようで申し訳ないが、最初から当主が乗り入れると侯爵軍の皆さまに邪魔者扱いされそうである。
それに口出しされないという安心感もあるはずだ。私が平民で聖女だった時ならば、貴族のご当主さまが初期段階から陣地に入っていれば鬱陶しいと確実に考える。切ないけれど、お偉いさんは社長出勤の方が現場の皆さまには有難いだろうから最初から現場に立って動くことは諦めよう。
「逆に荷物が少なくて、大丈夫かと心配されていたぞ」
「荷運びした人、戸惑っていたよ」
ジークとリンが片眉を上げながら笑っていた。やはり私の天幕の荷物は少ないようである。設営時間が短く済んでしまい下働きの方たちに逆に心配されてしまったようだ。本当にお貴族さまの天幕の中ってどうなっているのだろうか。
気にはなるけれど、私には他のお貴族さまに負けないところがある。比較したくはないが、竜がいて、スライムがいて、フェンリルがいて、ケルベロスが一緒に過ごす天幕などないはずだ。相変わらずお婆さまも力を取り戻すために私と一緒に過ごしていた。彼女の興味を引いたのか、今回も同行すると一緒に赴いている。外にはルカとジアとジャドさん一家も控えている。
「クロとアズとネルにロゼさんとヴァナルたちがいることには突っ込まないんだねえ」
私の天幕の荷物の少なさに驚くよりも、魔獣や幻獣がいることに驚いて欲しいものだが……侯爵家で働く方々には無理なことなのだろうか。
「常に一緒にいるからじゃないか?」
「ええ。良いことですわ!」
ソフィーアさまが片眉を上げながら笑い、セレスティアさまが鉄扇を広げて凄い目力で私を見ていた。ジークとリンは私の横で控える態勢を取っている。クロは私の言っている意味が分からないようだし、お婆さまは人間がこんなに魔獣や幻獣と一緒にいるのは珍しいと目を細めていた。そしてジークとリンは一緒にきているヴァルトルーデさまとジルケさまに視線を向けているので、女神さまはカウントしないのかと私に言いたいようである。
「天幕、広い」
「面白いな。中はこんなになってんだなー」
女神さま方も禁忌の森がどうなっているのか気になるようで、一緒にきてくれていた。ただ大変な状況に陥っても手を貸さないと先に告げられている。確かに女神さまが助勢してくれるとなれば気が抜けてしまいそうなので、最初から手を貸さないと宣言してくれていたならば軍の皆さまの気が緩むことはないだろう。
突入準備に入ろうかと皆さまと話していると、来客がきたと立ち番の方から声が掛かる。一体誰だろうと首を傾げていると、アルバトロス王国と教会に申請していた方たちが陣地に辿り着いたようである。挨拶をと私の天幕にきてくれたようで、断る理由はないと来客の入室に許可を出した。暫く待っていると見知った顔が四つ並んで天幕の中へと入ってくる。
「アリアさま、ロザリンデさま。ご依頼、引き受けて頂き感謝致します」
私は席から立ち上がり来客の皆さまを迎え入れる。王都の侯爵家のタウンハウスで頻繁にお二人とは顔を合わせていたが、私が侯爵領へと移ったため久方振りに会った気がする。元気そうでなによりだが、聖女さまを寄越して欲しいという私が出した手紙を教会は重く受け止めてしまったようだ。まさか筆頭聖女さまと筆頭聖女補佐さまが一緒にやってこようとは。
「いえいえ! アストライアー侯爵家の一大事となれば教会も疎かにできないですから! 他の聖女さまも気合が入っておられますよ!」
「ええ。依頼料も十分だったようで、教会の皆さまが閣下には感謝しなければと申しておりました」
アリアさまとロザリンデさまが笑みを浮かべ、他の聖女さま方の様子や教会が今回の件をどう受け止めているのか教えてくれた。聖女の皆さまにやる気があるのならばなによりだ。彼女たちにやる気がなければ治癒活動をおざなりにされることになる。大事なことなので教会に払うお布施はケチっていないし、最近教会のお仕事に全く貢献できていないので上乗せしておいた。
どうやらお布施をケチらなかったことで教会の皆さまに喜ばれたようである。私はふうと息を吐いて、副団長さまと猫背さんの方を見た。意外な方がきたけれど、彼らなら暴走した魔獣や幻獣が出現しても瞬殺を期待できる。
「魔術師団にも応援を依頼しましたが……まさかお二人がきて下さるとは」
私は手紙で誰にきて欲しいとはお願いしていなかったので、魔術師団の最高火力である副団長さまと術式開発で右に出る者がいない猫背さんが顔を出すとは。まあ、禁忌の森についてなにか分かることがあるかもと前回彼らを召喚したので、当然の人選といえば人選だろうか。にこにこと笑っている副団長さまと以前より血色が良くなった猫背さんが言葉を紡ぐ。
「魔術師団にもご依頼を頂き感謝致します。事情を知っていますから、僕たちが赴くのが一番良いと判断いたしました」
「僕とハインツだけだけれど、役に立ってみせる」
お客さま四人と突入について説明していると、侯爵軍のトップを務める統括さまがやってきた。重そうな鎧を纏う彼は侯爵領領主邸で警備部部長を務めている方だった。軽く皆さまと挨拶を交わして今日の予定を伝えてくれる。
侯爵軍の皆さまの士気は高いようで、突入部隊は既に準備万端のようである。統括さまがヴァナルと雪さんたちを見、私の肩の上にいるクロを見、頭の上で私のアホ毛を握っているお婆さまを見て片眉を上げ口の端を歪に歪めた気がする。更にヴァルトルーデさまとジルケさまに気付いて更に顔が強張るが、彼は一瞬で気の締まった顔に変えて私としっかり視線を合わせた。
「本心を申し上げれば、最高指揮官が現場に入るのは控えて頂きたいところですが……禁忌の森の特殊性を考えると聖女であるご当主さまが突入部隊に帯同されれば安心です」
彼の言う通り侯爵軍の最高司令官である私は陣地でふんぞり返っている方が良いのだろう。彼らの本心をもっと考えるなら私は陣地よりも侯爵邸で報告を待っている方が良いのだろう。
ただ、聖女の役目を果たせる私がなにもしないのは癪である。報告を待っているよりも現場に出て自分の目で見た方が納得できるし。彼らの報告を信頼していないというわけではないが、これはもう私の性分なのだろう。じっと待っているよりも身体を動かして情報を得た方が納得感がある。
「ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願い致します。全力を尽くし皆さまを……いえ、なんでもありません」
皆さまを全力で身の安全を確保致しますと伝えたかったのだが、彼らの仕事を奪うわけにもいかないとハッと気付いて私は口を閉じた。ソフィーアさまとセレスティアさまとジークとリンにアリアさまとロザリンデさまが苦笑いを浮かべている。
おそらく私が伝えようとした内容が分かってしまったのだろう。暫く天幕に集まった皆さまと作戦会議をしていれば、歳若い騎士の方が顔を出し敬礼を執った。彼は屋敷の廊下で何度かすれ違ったことのある、礼儀正しい方だと記憶している。
「ご当主さま、皆さま。突入隊、準備、整いました!」
青年が入ってくると、警備部部長さんが彼の肩を叩き、マイ……なんとかと名前を呼びねぎらいの言葉を掛けていた。そうして二人はもう一度敬礼を執る。
「承知致しました。直ぐ向かいます」
敬礼を執った彼らに頷いて、私は天幕の中にいる皆さまの顔を見た。全員、突入隊に編成されているのはどうかと思うが、ルカとジアとジャドさんたちにお願いして緊急時は空から救出して貰える。こればかりは彼らと一緒に過ごしている特権だよなと笑いながら天幕の外に出た。そうして私は突入部隊と待機部隊の皆さまの前に立ち、当主として挨拶をすることになる。
一人一人声を掛けたい所だけれど時間が惜しい。今度、騎士の皆さまと話す場を設けても良さそうだし、訓練場に顔を出してみるのも一興か。集まった侯爵軍の面々は真新しい鎧を纏っている。揃いの装備のため結構壮観な光景になっていた。
「皆さま、侯爵領に住まう方たちの安全を確保するため、本日禁忌の森に足を踏み入れることとなりました。なにが起こるか分からない場所となりますので、各自警戒を怠らぬよう気を付けてください」
私が前に立ち声を上げると、皆さま真剣な眼差しを向けている。彼らには家族がいるだろうし全員無事で戻ることを願いながら私は挨拶を終えた。
「では隊長、あとの音頭は宜しくお願い致します」
「はい、ご当主さま。では……突入部隊、前へ進めー!!」
私が突入部隊の中隊長さま――突入部隊最高位の方――に声を掛ければ、中隊長さまが少し緊張した面持ちで頷き声を上げる。隊の最後尾に控えていた音楽隊数名が突入ラッパを鳴らし進軍が開始された。ちなみに封印結界は維持したままであり、中に入る分には自由に入ることができる。ただ魔術的要素を含んでいると森の中から外へは出辛いため、戻る際には封印結界を解くことになりそうだ。
「ナイ、森の中は久しぶりだ。足元に気を付けろ」
「だね、兄さん。ナイが転倒すれば周りは大騒ぎ」
ジークとリンが私の背後から声を掛けた。確かに石畳の道より歩きにくいし、侯爵家の庭と比較すると石や折れた木の枝があるため歩き辛くはある。ただ二人に心配されるほどではない気がしてならない。
「そうならないように気を付ける。でも道は前を歩く方たちが均してくれているから歩きやすいよ」
「なにもないところで転ぶのがナイだから……」
眉を八の字に下げるリンは真面目に私のことを心配してくれているのだが、流石に均してくれている道で倒れることはないだろう。でもあり得そうな未来に私は苦笑いを浮かべる。
「リンが辛辣。でも反論できない」
私たちの会話を周りの皆さま――ソフィーアさま、セレスティアさま、アリアさま、ロザリンデさま、副団長さまと猫背さん、ヴァルトルーデさまとジルケさま――が聞いて苦笑いを浮かべている。さて、森の気配は少し嫌な感じがするのだが、さらに奥を目指し私たちは道なき道を進んで行くのだった。
◇
禁忌の森の中に入って三十分ほどの時間が経っている。一応、奥へ奥へと進むルートを取っていて、先行部隊が先を進み彼らを追う形で本隊が続いていた。私たちは本隊の真ん中の位置に配置され安心安全を確保されていた。
最前列で行動するという案を提案していたけれど、警備部の皆さま――今回は侯爵軍と呼んだ方が適切か――より『ご当主さまは安全な場所で!』という熱意に押されて今の配置となっていた。ジークとリンも侯爵軍の意見に反対しなかったので、そっくり兄妹も私たちが安全な位置で行動する方が良いようである。
人の手が入っていない森の中は、伸びた枝葉で陽の光が遮られかなり薄暗い。既に陽が昇り数時間経っているにも関わらずだ。禁忌の森に人間が入るのは五十年振りとのことで、道なき道に難儀しているのか進軍速度は遅めである。
薄暗い森の中をジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまとアリアさまとロザリンデさま、そして副団長さまと猫背さんとヴァルトルーデさまとジルケさまたちと一緒に歩き、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも歩いている。いつも無邪気に構ってと訴える毛玉ちゃんたちが大人しいので、やはり禁忌の森にはなにかあるのかもしれない。
森の中で迷わないようにと入り口から目印を付けながら歩いているのだが、果たして原因究明を果たして出ることは叶うのか。
「なんだか変な感じがしますね」
「ええ……空気が重い気がします」
アリアさまとロザリンデさまが薄暗い森の中を見上げながら声を零す。ソフィーアさまとセレスティアさまも怪訝な顔をしているから、森の雰囲気はあまりよろしく感じていないようだ。
「確かに雰囲気が森の外と全然違いますね」
「僕、外に出る機会は少ないけれど、この森は変だって分かる」
副団長さまは顎に手を当てて少し考える仕草を見せ、猫背さんは重度の引き籠もり具合を自嘲しつつ森の中の雰囲気がなにか違うと語った。ヴァルトルーデさまとジルケさまは私たちに口を出すつもりはないようで、黙って歩いているだけである。
いつも気さくに喋ってくれる方が黙りこくっていることに違和感を覚えるものの、女神さまの手を借りれば直ぐに問題が解決してしまう。侯爵軍のデビューなので今回、黙っていてくれることは素直に有難いものだった。
『うーん……?』
「お婆さま?」
最近頭の上が定位置になりつつあるお婆さまが唸ってなにか考え込んでいる。私はお婆さまのことが気になって声を掛けてみるのだが、頭の上にいるのでどんな顔をしているのか分からない。
『なんだか似た雰囲気を以前感じたんだけれど、どこでだっけ?』
お婆さまが悩んでいるのだが、是非思い出して欲しい。なにか問題解決の糸口になるかもしれないのだから。でもお婆さまは私の頭の上でうんうん唸っているだけだ。仕方ないと諦めて私は前を向き歩き続ける。また三十分程歩いた頃、ふいにジークとリンが片眉を上げながら声を紡ぐ。
「嫌な感じがするな」
「ね、兄さん」
騎士であるジークとリンは魔力的要素には魔術師より体質的に鈍い。三年前の辺境伯領への大規模討伐遠征時にも異変に気付くのは魔術師より騎士である彼らの方が遅かった。
「ジークとリンが感じたってことは、原因に近づいているのかもね」
私はふむと頷き、突入隊の隊長を務めている方に警戒態勢に入るように伝える。おそらく突入隊の皆さまも森の異変を感じ取っているのか、皆さま真剣な顔になって剣の鞘に手を掛けて直ぐに抜刀できる態勢へ移っている。警戒態勢を取り十分程時間が経った頃だった。騎士の方が私たちの方へ急いで走ってくる。そしてばっと立ち止まり敬礼を執れば、隊長さんが報告の許可を下した。
「隊長、ご当主さま! 不自然な人工物を発見致しました!」
敬礼を執ったままの彼はだん! と片足を一度地面にぶつけてから口を開き報告をくれるのだが……なにか発見したようである。彼の声で周りの皆さまの空気が一瞬で張り詰めた。
「発見物はかなり嫌な雰囲気を醸し出し、先行部隊の一部の者は気分を悪くしております!」
本隊の皆さまも森の変化を感じ取っているのだから、先行部隊の方に体調不良者が出てもおかしくはない。気分が悪いまま場に留まれば彼らの容態が悪化するかもしれないので、直ぐに下がるようにと伝えておいた。私が最高司令官となるため、討伐遠征の時のように指揮官の方たちにお伺いを立てながら状況をある程度自分の持って行きたい方向へ誘導しなくて良いのは凄く楽だ。その代わり全ての責任が私の肩に乗っかっている。
「先行部隊に場から下がるように音を鳴らせと音楽隊に伝えろ! 念のために狼煙も上げるんだ!」
通信手段が乏しいため原始的なものとなるが音楽隊による音での知らせと、狼煙で合図を送るという手段を取る。もちろん先程走ってきた彼も先行部隊に戻るため、三段仕込みとなるわけだ。命を下した隊長の言葉に従って、それぞれがそれぞれの動きを取っている。私はもう少し前に出て状況変化に追いつけるようにしようと隊長さんの顔を見上げた。
「私たちはもう少し前へ移動しますね。なにかあれば対処がし易いので」
「では、私も参ります!」
やたらと気合が入っている隊長さんは私と一緒に動くようである。反対する理由もないため、分かりましたと彼に伝えてれば本隊の前の方へと導いてくれる。
『うーん。さっきより嫌な感じかも』
クロが私の肩の上でいつもより低い声で訴えた。大丈夫と私が問えば、問題はないけれど気持ち悪いねえと教えてくれる。ジークとリンの肩の上にいるアズとネルもちょっとキツそうにしており、顔を項垂れて尻尾もへちょんとなっていた。
お婆さまは私の頭の上で相変わらずアホ毛を握っているのだが、既視感が思い出せずもやもやしているようだった。私のアホ毛を引っ張ってみたり、身体に巻き付けてみたりと忙しない。
『本当にね。でもこの感じ……どこだったっけ?』
お婆さまが悩んでいると雪さんたちと一緒に歩いていた毛玉ちゃんたちが私の方へと走ってきた。なんだろうと私が視線を向けると三頭揃って地面にお尻を付ける。特に意味はなさそうで単に暇を持て余しているのかもしれない。
『お婆、早く思い出して~』
クロの声が上がる。そして毛玉ちゃんたちが一斉に尻尾をぶんぶん振って、彼女たちの視線はお婆さまに刺さっていることが分かった。
『そうは言ってもねえ。出てこないものは仕方ないじゃない。なによ、毛玉っ!』
お婆さまが毛玉ちゃんたちを咎めれば、すっと立ち上がってぴゅーと雪さんたちの方へと戻って行く。クロは『元気だねえ』と呑気に声を上げ、お婆さまは『毛玉は失礼ね!』とプリプリしている。
当の毛玉ちゃんたちは雪さんたちの後ろでこちらを伺っているので、お婆さまになにか言いたかったのだろう。なにを訴えたかったのかはっきり分からないが、なんとなーく察してしまう。口にすればお婆さまが臍を曲げそうなので黙っておくけれど。
少し場に留まっていると先行部隊の方たちが戻ってきた。肩を支えられながら歩いている方がいるので、人工物から発したなにかに当てられたようである。
アリアさまとロザリンデさまが私に視線を向けるので、お願いしますと無言で伝えるとお二人は先行部隊の皆さまの下へと早足で歩いて行く。治療を施してくれると聞き、戻ってきた皆さまは安堵の顔を浮かべている。やはりアルバトロス王国では聖女の仕事は治癒だし、騎士団と軍の方たちから信頼を得ていた。一部、討伐遠征だと一括支払いのため手を抜く方もいるが、ほとんどの聖女さまは真面目に働いている。
先行部隊の皆さまに視線を向けていた隊長さんも息を吐き私の方を見た。
「このまま本隊ごと発見物まで移動するか精鋭で向かうか……如何致しましょう?」
「本隊の皆さまはこの場で待機して頂き、私たちと護衛数名で先行部隊が見つけた場所に行ってみましょうか」
本隊を発見物まで突入させても体調不良者が続出するだけになりそうだ。私の意図を掴んだのか隊長さんは特に反対意見を言わぬまま、他の皆さまに指示を出し護衛を選出するように伝えている。しかし本当に禁忌の森でなにが起こっているのだろうか。まさか、三年前のように竜の死骸が悪さをしているわけではなかろうなとクロの顔を見る。
『ナイ、どうしたの?』
「ううん。状況が三年前と似てるなって」
こてんと首を傾げたクロに私は苦笑いを浮かべ肩を竦めた。またあの時のように誰かを助けることになるのだろうか。
『どんなことになっても、今のナイたちなら解決できるよ』
クロの言う通りかもしれないが、トラブルに巻き込まれる度に規模が大きくなっている。三年前のことを超える出来事になってしまうのではという懸念が心の片隅にあった。ただ、今そんな心配をしても意味はないのでとにかく前に進むだけだろう。突入隊として選ばれたのはジークとリンと私と副団長さま、そして精鋭の騎士の方数名である。
「では私は場に残り指揮を執ります」
「はい。一時間経って、なにも合図がなければ異常事態ということでお願いします」
突入隊の隊長さんは今いる場所に残り、私たちの帰りを待つ。ソフィーアさまとセレスティアさまは一緒にきたいという顔になっているが、控えて待っていることも大事だと分かっている。
私たちになにかあれば動かなければならないのは待機している皆さまだし、なにかあったのであれば大事に発展しているだろう。だから頭の回転の速い方が残ってくれるのは安心感があった。ふいに私に影が差し、影の主を見上げるとヴァルトルーデさまがいつの間にか側に立っていた。
「ナイ、私も一緒に行く。なんだか気になる」
ヴァルトルーデさまが真面目な顔をして私に告げる。特に断る理由はないし一緒にいてくれるなら有難いが、口出ししないと言っていたのに唐突な行動だった。そしてヴァルトルーデさまの隣に歩いてきたジルケさまが片手を後ろに回して頭を掻きながら声を上げる。
「じゃああたしはこっちに残るか。ナイ、姉御の面倒頼んだ」
ジルケさまに私は一つ頷いた。そして突入組の精鋭騎士さん方とヴァルトルーデさまが一緒にくるということで、彼らの緊張感が増している。取って喰われやしないので安心して欲しいのだが、女神さまが自身の近くにいるという事実が彼らを硬くしているようだ。
「では参りましょうか。果たして先になにがあるのか……」
副団長さまが期待していると言いたげに森の奥を見つめている。私はなにもないように願うのだが、先行部隊の方が怪しいものを見つけているので奥になにかあるのは確実だ。
ジークとリンが私の後ろに立ち、彼らの腰元でレダとカストルが気合を入れ、ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちも私の後ろに控える。前は精鋭の騎士の方が三名立った。
そして私の左隣にヴァルトルーデさまが立ち、右隣には副団長さまが。あれ……私、皆さまに守られているのかと疑問に感じるが口に出している暇はない。
「行きましょう」
私が声を上げればみんながそれぞれ応えてくれる。クロとお婆さまも『行こう』『行きましょ!』と声を上げた。そうして、また徒歩で進むこと十五分。禁忌の森の中心部に辿り着き、木の根っこの又になっている部分にちょこんと丸い玉が転がっていた。副団長さまがにんまりと笑みを深めるが、不用意に近づいたりはしない。ヴァルトルーデさまも目を細め、なにやら警戒している様子だ。私は静まり返る隊の状況をどうにかしなければと口を開く。
「確かに人工物ですね。石が丸くなるなんて海の中だけでしょうし……」
木の根元で黒くて丸い玉はなんとなく靄を出していた。そして丸い玉から感じる雰囲気は一段と重くなっている。黒い丸い石は綺麗な丸い形になっている。自然界であれば鉱石は歪な形をしているものだが、真ん丸なのだ。
人の手が入ったとしか思えない丸い玉がなぜ人の少ない森の奥深くに存在しているのだろう。謎が謎を呼んでいる気がして、いろいろと考えてみるが何故この場にあるのかはっきりとした理由は分からない。
『あ!』
お婆さまが私のアホ毛を引っ張る。アホ毛を持つのは止めて欲しいのだが、お婆さま曰く握っていると落ち着くそうだ。
「痛い……」
『ごめん、ごめん! やっぱりこの雰囲気、私の力を吸っていた奴に似ているわ!! 力を随分と奪われちゃったし、なんだか腹が立ってきた!」
私の抗議はお婆さまにスルーされてしまうが、なんだか凄い展開になってきているような。お婆さまの力を吸い取っていたのは、確実に目の前にある黒い玉のようだ。しかし、この黒い玉をどうすれば良いのだろう。このまま放置はあり得ないし、なにか対策を取らないと森の中に張り詰める嫌な空気は消えないはず。うーんと悩んでいれば副団長さまが私の隣に立つのだった。