魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0648:黒い玉の処置。

 黒い玉から相変わらず嫌な雰囲気が醸し出されているし、玉に掛かっている黒い靄が濃くなってきているような。悩んでいると副団長さまが隣に立って私を見下ろしている。他の面々は口を出す気はないようで、私たちに判断を任せてくれるようだ。視線を合わせれば、彼はにんまりとした顔で口を開いた。

 

 「さて、如何致しましょう。アストライアー侯爵閣下」

 

 副団長さまが珍しく私をきちんとした名前で呼んだ。最初は公的な場所では聖女さまと呼ばれ、私的な場では名前を呼び、最近は侯爵閣下と呼ばれることが多かった。

 フルで私の名を呼んだのは聖女としてでもなく、個人としてでもなく、アストライアー侯爵家の当主として判断をどう下すかと聞かれているようだ。私の意見は聖女だろうと、個人であろうと、侯爵家当主であろうと変わらない。

 

 「破壊すれば更に厄介なことになりそうですし、浄化、封印、あたりが妥当ではないかと考えます。ヴァレンシュタイン副団長のご意見は?」

 

 木の根元にある黒い玉を破壊すると嫌な未来しか描けない。黒い靄が出て嫌な雰囲気を醸し出しているのであれば浄化を施すことが一番良い方法だろう。浄化が無理であれば、封印処置を施して管理下に置くしかない。

 

 「破壊はご容赦を。僕たち魔術師団で調べ上げることができなくなりますからねえ。できうるのであれば浄化。無理なら封印処置が良いでしょう」

 

 ふふふと愉快そうに笑った副団長さまの意見は浄化が最善と判断しているようである。まあ黒い玉から発せられている雰囲気を察するに、呪いの類いのはずだ。やはり浄化が一番良さそうだなと一人で頷いていると頭の上に乗っているお婆さまが私のアホ毛を引っ張った。

 

 『早くしましょ! また、あたしの力を奪われるのはこりごりだもの!』

 

 痛くないから構わないけれど、何故私の頭の上がお婆さまの定位置と化しているのだろうか。でもお婆さまの早くしようという意見には賛成である。放っておけば魔物を引き寄せてしまう可能性もあるので、早ければ早い方が良い。私は副団長さまに浄化儀式を執り行うと伝える。儀式だからある程度の用意を必要とするのだろうか。裸になる必要はないはずだが、事前に準備するものがあれば一度戻らなければならない。

 

 「侯爵閣下の魔力量であれば正式な手順を踏む必要はないでしょう。魔力制御の魔術具は外して頂き、詠唱のみで済むのではないかと」

 

 副団長さまは大袈裟な準備は必要ないと教えてくれた。私の魔力量を鑑みると手順を一切無視して詠唱のみで浄化が執り行えるようである。裸にならないだけ有難かったけれど、更に手順を飛ばして良いのであれば物事の進みが早くなる。

 私は言われた通りに指にいくつか嵌めている魔力制御の魔術具を全て外す。一つ指輪を外す毎に鳩尾の辺りが温かくなってきて、髪がふわふわ揺れているような気がしてならない。お婆さまが私の頭の上から副団長さまの肩の上に移動した。不意の行動に副団長さまが凄く喜んでいるのだが、お婆さまは彼の態度より私の魔力の方が気になるようだった。

 

 『増え過ぎじゃないかしら?』 

 

 お婆さまが怪訝な顔で声を出す。そんなに増えた覚えはないのだが、お婆さまと顔を合わせたのは久しぶりだったからその間に私の魔力量が増えていたようだ。

 

 『本当に凄いよねえ。魔術具を着けても魔力が漏れているはずだよ』

 

 クロが私の肩からヴァルトルーデさまの肩の上に飛んで移動した。クロが移動してきたことでヴァルトルーデさまは嬉しかったようである。彼女が小さく笑って私を見れば、なにかに気付いたようだった。

 

 「ナイの魔力、凄いね。ちょっと雰囲気がマシになった気がする」

 

 ヴァルトルーデさまは私が魔術具を外したことによって、今いる場所の空気が変わったと教えてくれる。私は全く分からないのだが、確かにしかめっ面をしていたジークとリンと護衛の方たちの表情が和らいでいるような。

 

 「ですねえ。流石は侯爵閣下です」

 

 副団長さまが褒めているのか、感心しているのか良く分からない声を上げる。まあ彼らのことより目の前のことを優先すべきだと、木の根元に転がっている黒い玉に視線を向け私は魔力を練る。

 ゆらゆらと小さく揺れていた私の髪がぶわりと跳ね上がった。確かに前より魔力量が上がっている気がするし、髪の跳ね具合が大きくなっていた。儀式系の魔術で全裸にならなくて済むのは有難いと私は口の端を伸ばす。

 

 「す、凄い!」

 

 「魔力の流れが目に見えるなんて!」

 

 一緒に着いてきてくれていた護衛の方たちが声を上げた。騎士系の方は魔力という不可思議な力を視認するのは難しいと言われている。でも副団長さまやお婆さまにヴァルトルーデさま、アリア姉さんとアイリス姉さんにディアンさまとベリルさま辺りならば見えるのではなかろうか。

 アリアさまとフィーネさまとウルスラさまも魔力を放出すれば、騎士の皆さまの目にも捉えることができそうである。私だけではないので驚き過ぎないで欲しいと苦笑いになって、浄化儀式のための詠唱を開始した。

 

 一節を唱えれば私の足下と黒い玉の上に魔術陣が浮かび、二節目を唱えれば黒い玉から発する靄が消え、三節、四節と唱えれば嫌な空気が消えた。最後の仕上げと私は五節目の声に出して唱え終える。さて終わったと安堵の息を吐こうとした、その時だった。

 

 ――ピキン!

 

 声高い音が短く鳴ると、目の前の黒い玉がぱっくりと二つに割れた。

 

 「あ……」

 

 私の口から間抜けな声が勝手に出る。五節目を唱え終え、嫌な雰囲気も消え去って安堵したところなのに……何故、黒い玉が割れるのか。周りにいる皆さまもどうして割れたと目を丸くして驚いている。ヴァルトルーデさまだけは落ち着いたもので『ナイだから』と言いたげな顔をしていた。お婆さまも『あの子だものねえ』と副団長さまの肩の上で零しているが、乗り物状態の彼がわなわなと震えていた。

 

 「ああ、どうしてこんなことに! 聖女さま、魔力を込め過ぎです!」

 

 副団長さまがわなわなしながら私に抗議の声を上げる。閣下と呼んでいないので、聖女として私は彼に咎められているようだ。

 黒い玉が割れてしまったのは事実なので責めていることを問題視するつもりはないのだが、副団長さまは念には念を入れているようである。そこまで理性が回るなら今の抗議は半分は冗談だろうか。でも魔術師団の皆さまが楽しみにしていた解析が行えないので、凄く残念に捉えられていそうである。

 

 「しかしまあ、綺麗に真っ二つに割れていますねえ。浄化儀式自体は成功したようですし触れても問題ないでしょう」

 

 副団長さまが私の横に並び立つ。浄化を終えた黒い玉に触れても大丈夫な人間は儀式を執り行った者である。どうやら副団長さまは私に一番先に触れて欲しいようだ。私は彼に頷いて、割れた黒い玉の下へと数歩足を進める。黒い玉の下で私は地面にしゃがみ込み、二つに割れた玉を拾い上げようと手を伸ばした。

 

 ――轟っ!!

 

 割れた玉の表面から黒い靄が勢い良く噴出し、私は顔に当たらないようにと腕を交差させる。ジークとリンが私に声を掛けているが、先程の轟という音の所為か私は二人の言葉をイマイチ聞き取れなかった。勢い良く飛び出したソレは渡り鳥の群れのように不規則に動きながら一気に速度を上げる。

 

 「なっ!? ――ヴァルトルーデさまっ!!」

 

 黒いナニカはヴァルトルーデさまへと一足飛びで迫って行く。私は無意識でヴァルトルーデさまの方へと右手を伸ばし無詠唱でヴァルトルーデさまの前に障壁を張れば、ガラス張りのビルにぶつかった鳥のように黒いナニカが四散した。

 散り散りになって消えてくれれば良かったけれど、意思を持っているのか黒いナニカは上空に集まって渦を巻きこちらを見下ろしている雰囲気を醸し出す。そうして黒いナニカは空に浮かんだまま動かなくなり、副団長さまもなにか考えている素振りを見せて黙ったまま佇んでいる。

 

 「ナイ、大丈夫? 守って貰わなくても平気なのに」

 

 「すみません、条件反射で……なにもなくて良かったです」

 

 ヴァルトルーデさまが私の隣に立って眉をハの字にしながら見下ろしていた。確かにヴァルトルーデさまを守る必要はなかったかもしれないが、見ているだけという手段を私は取れなかった。おそらく無意識とか癖の範疇で私は動いたようで、儀式よりも先程の障壁を張った方が魔力の消費が激しい気がする。以前であればぶっ倒れていたけれど、まだ魔力の残量には余裕がある。

 

 「ナイ」

 

 「ナイ、大丈夫?」

 

 ジークとリンが空を警戒しながら私の側に寄ってきてすまなさそうな顔になっている。私は大丈夫だとそっくり兄妹に笑って見せると、たらりとなにかが滴り落ちた。唇を伝ったなにかを舐めとれば鉄の味が口の中に広がる。

 

 「あ……鼻血」

 

 鼻から垂れてくる血を私は腕の袖で拭おうとすると、背後からリンがハンカチを鼻の下に当ててくれた。

 

 「ん……リン、ありがとう」

 

 「ナイ、無茶し過ぎ」

 

 私は頭をリンの胸に預けて顔を上げようとするのだが、リンがハンカチを持つ手に力を込めて私の顔を真っ直ぐ前を向くように固定した。今の鼻血の量だと顔を上に向ければ直ぐに口の中に流れてしまうので彼女の行動は正解である。

 ヴァルトルーデさまは私が鼻血を出したことでオロオロしており、副団長さまが大丈夫ですよと宥めている。ジークは動きを止めている黒いナニカに視線を向けたまま、直ぐにレダを抜けるようにと柄に手を添えていた。

 私もジークに倣って空を見上げると、なんとなく人間の形になっているような。五秒、十秒と時間が経てば、空中でスタイリッシュな立ち方をしている男性に見えてくる。また五秒ほど時間が経てば随分と筋肉隆々な男性のシルエットになり、顔の形もなんとなく分かるようになってきた。

 

 『てら……てらさまは……どこだ……』

 

 唸るような低い声が黒いナニカから聞こえてきた。てらって……テラさまのことだろうか。しかしテラさまは地球にいるはずである。それなら。

 

 「まさか、ヴァルトルーデさまをテラさまと勘違いした? というか海神さまの姿に似ているような?」

 

 親子なのだし勘違いしたとしてもおかしくはない。テラさまとヴァルトルーデさまはどことなく雰囲気や顔立ちが似ているのだから。それに黒いナニカはどんどん海神さまの姿に似てきている。大洋の宮殿内にあった海神さまの巨像のご尊顔とそっくりなのだ。

 

 「母さんの名前だね。確かに宮殿の中で見た像とそっくり。でも海神がどうしてこんな所に? 堕ちかけている気がするけど……うーん」

 

 『あたし、こんな奴に力を吸われたの……不本意だわ』

 

 ヴァルトルーデさまが顔を横に傾げながら唸り、お婆さまがげんなりした顔になりながら空中の海神さま(仮)を見上げていた。海神さま(仮)はスタイリッシュ立ちのままで動く気はないようである。

 

 「状況が膠着しましたね。どうしましょうか」

 

 「僕が魔術で消し炭にすれば、魔術師団の皆さまから叱責を受けてしまいます」

 

 私の問いに副団長さまが答えてくれる。許されるならば今空中にいる海神さまを吹っ飛ばす気でいるようだ。副団長さまなら出来かねないのが凄いところ。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは警戒しつつも、私たちに任せてくれるようでなにも言わない。クロとアズとネルも手出しする気はないようである。

 

 「海神さまをぶっ飛ばすわけには……あ。グイーさまを呼んでみては駄目でしょうか」

 

 私はグイーさまの姿が頭の中に浮かび、彼を呼んで対策を教えて貰っても良いのではなかろうかと皆さまに提案してみる。そもそも海神さまを探して欲しいとグイーさまからお願いされていたし、見つかったのなら報告義務が発生する。

 

 「良いんじゃないかな。寝てなきゃ、父さんが答えてくれる」

 

 ヴァルトルーデさまが問題ないと軽く返事をくれたので、私は早速北大陸の端の更に北にある神さまの島へ向けて意識を集中した。

 

 ――グイーさま!!

 

 と彼の名を念じてみたのだが、果たして答えてくれるのだろうか。見つかった海神さまが変容している気がするので大丈夫かと心配しながら。

 

 ◇

 

 ――どわっ! 吃驚した。なんだ、ナイか。

 

 私が腹に力を込めてグイーさまを呼べば返事をくれた。お酒を煽って寝ている可能性も考えていたから、返事を貰えて良かったと私は安堵の息を吐く。黒い靄は上空に留まったまま動かず、副団長さまがうっきうきの顔で観察を続けている。ヴァルトルーデさまも空を見上げて黒い靄を見ながら、なにか考えている様子である。お婆さまは『早く倒しましょうよ』と言いたげに副団長さまの肩の上でじっとしていた。

 

 「グイーさま、海神さまが見つかったのですが……」

 

 私が今までの経緯を語ればグイーさまは『どれどれ』と現場を覗こうとしてくれている。

 

 ――なんと! 堕ちているではないか!

 

 グイーさまが驚きの声を上げると森の中にいた鳥たちが一斉に飛び立った。彼の驚きの声が鳥たちに聞こえたのか、なにかしら感じて逃げたのか。理由は分からないけれど、一斉に鳥が飛び立つ姿はなにか起こっていることを示していそうで嫌な予感が頭に過る。

 グイーさまに海神さまが今どんな状態か聞いてみると結構不味いようだ。闇落ち寸前になっているので、そろそろ人間に手を出してしまうかもしれないらしい。浄化儀式を執り行ったのに黒い靄が現れたのは神さま故の抵抗しようという力が働いたようである。

 

 ――しかしまあ、良く襲われなかったなあ。

 

 グイーさまが感心の声を上げている。人間を襲う段階に迫っているようなので、実体化したというのに目の前の私たちを襲わないのはグイーさま的に信じがたいことらしい。ヴァルトルーデさまを黒い靄が襲ったけれど防ぐことができたので、それについてはノーカウントで良いのだろうか。さて、報告の続きをグイーさまにしようと私はもう一度口を開いた。

 

 「何故か空中で留まっておられますから。テラさまの名前を呼んでおり……あ! 海神さまの思い人ってテラさまだったの!?」

 

 黒い靄がテラさまの名前を呟いていたのは海神さまの思い人であることに気付いた。事情を知っている皆さまは『今頃気付いたのか』という呆れ顔になり、護衛の方は私が声を張り上げた理由を分かっていないようだ。確かに気付くのは遅かったけれど、気付けなかったわけではないのでセーフだろう。私が報告を終えると何故か空気が強張った。

 

 ――海神が懸想を抱いた女ってテラのことだったのか!? ……儂との仲を知っとろうに!

 

 グイーさまの声が耳にキーンと響く。どうやら海神さまがテラさまに想いを寄せていることに、グイーさまは立腹しているようだ。グイーさまの怒りが地上にも届いているようで、護衛の方たちが頭を押さえて急な頭痛を訴える。 私はグイーさまの怒りが皆さまに届かないように結界を張れば少しはマシになったようである。

 

 ――お父さま、怒りで屋敷が揺れておりますわ。

 

 ――これ以上は壊れてしまいます。落ち着いてくださいませ。お母さまは美しい方。他の神が惚れてしまのは致し方ないことでございましょう。

 

 怒っているであろうグイーさまにナターリエさまとエーリカさまが宥めているようだ。神さまの島にある屋敷が揺れているそうで、いろいろな所に影響が出ているようである。もしかして全世界規模で変化が起こっているならば、突然の出来事に皆さまは驚かれているのではなかろうか。

 

 ――む。確かにテラの美しさは誰にも敵わん。海神が惚れるのは仕方ないのう。

 

 グイーさまの機嫌が直るのは直ぐだった。エーリカさまとナターリエさまの機転で地上に影響は最小限に留められたはずである。テラさまの美しさを思い出しているのか、空気がピンク色になっている気がしなくもない。

 惚気るのは良いけれど、空中に留まったままの海神さま(仮)をどうすれば良いのか決めていだだかないと。このまま放置して暴れられても困るし、枕元で『てら……てら……』と未練がましく訴えられるのは嫌だ。

 

 「グイーさま、どうしましょうか?」

 

 私の問いにグイーさまが悩み始める。魔術で消し炭にしても良いそうだが、黒い靄が各地に散って悪戯を始める可能性が高いらしい。浄化儀式は失敗に終わっているので、更なる浄化に意味はない。

 テラさまに会いたいと黒い靄が願っているので叶えてあげれば、元の姿に戻るかもしれないとも教えてくれた。海神さまが消滅すれば海への影響が高いそうである。ならばテラさまに来ていただいて海神さまの思いを打ち明けて貰うのも手ではなかろうか。海神さまよりテラさまの方が神格は上となるため、黒い靄が襲ったとしても難なく躱せるそうである。

 

 「母さん、きてくれるかな?」

 

 ヴァルトルーデさまが空を見上げながらこてんと首を傾げた。

 

 ――どうだろうなあ。ちと、聞いてみるか。

 

 声が聞こえるとグイーさまの雰囲気がふっと消えたので、テラさまと交信しているようである。暫く待っていると、グイーさまの気配を感じるようになった。

 

 ――大事になりそうなら直ぐに行くけど、げーむとやらが佳境に入っているから急いでなければあとでも良いって言われてしもうた。

 

 少し残念そうにしているグイーさまであるが、このまま黒い靄を放置しておくわけにはいかない。グイーさまはテラさまに無理強いをする気はないようで、ナターリエさまとエーリカさまに『本当にお母さまにはなにも言えないのですねえ』『惚れた弱みなのでしょうけれど、お願いしても良いのでは』と横で声を発している。

 

 「ナイ、ちょっと母さんに聞いてみる。ほんの少しだけ待っていて。ねえ、君。母さん、テラに会えるかもしれないよ。大人しくそこで待っていて欲しい」

 

 ヴァルトルーデさまが語り掛けるれば黒い靄がうねうねと動き始めた。奇妙な動きで少し気持ち悪いけれど、黒い靄には意思があると分かる。テラさまに会えることを期待しているのか、黒い靄は膨らんで縮んでを繰り返していた。

 お婆さまがぼそりと『気持ち悪い』と口にするのだが皆さま聞こえないフリをしていた。そうしてヴァルトルーデさまが更に顔を上げて目を瞑って静かになった。

 テラさまとの通信は少し時間が掛かるため待ち時間となってしまう。テラさまから良い返事を貰えて海神さまが正気を取り戻してくれれば無事に解決となるはずである。姫さまと海神さまの婚姻関係は彼らが決めることなので、私たちが口出ししても意味はない。

 

 ――うん? 感じたことのあるような雰囲気がするな。はて原因はどこぞいな。

 

 ふいにグイーさまの声が聞こえるのだが、なにかを感じて私たちの周囲を見渡しているようだ。一体なにかとジークとリンを私は顔を見合わすのだが、さっぱり見当が付かない。副団長さまもお婆さまもクロも分からないようである。

 

 ――ああああああっ!? 儂が前に放り投げた玉が何故割れておる!

 

 なんで!? とグイーさまが取り乱している。なんで、なんでと繰り返しながら慌てふためいているので、ナターリエさまとエーリカさまはグイーさまが乱心したと驚いていた。

 

 「グイーさま、先程も説明しましたが……森の奥の木の根元にちょこんと転がっていました。何故、そんなに驚いていらっしゃるんですか?」

 

 私の問いに今度はグイーさまが答えてくれる。昔、昔、大昔、闇落ちした神さまをグイーさまが玉に閉じ込めて、地上に放り投げたとか。どこかで聞いたことのある話だなと、私は記憶の引き出しを漁ってみる。

 

 「あ、あれ? もしかして子供向けの本に書いてあった物語のアレですか!? というかグイーさま、神さまを閉じ込めた玉を地上に放り投げないでください! 現在進行形で厄介なことになっているじゃないですか!!」

 

 記憶の引き出しから、以前ユーリに読み聞かせた絵本について蘇る。もしかしてアレは教訓で誰かが記した本ではなく、グイーさまの行動を誰かが編纂したようだ。

 しかしそうなると書き記したのは誰だろう。神さまの島にいらっしゃる別の神さまだろうか。しかし海神さまがいなくなった時期とグイーさまが玉を投げた時期が合わない気がする。副団長さまとお婆さまはユーリの部屋にいなかったので、不思議そうな顔をしていた。私は念のために彼らにも話を伝えると、何故かドン引きされている。

 

 「閣下、創星神さまが造り上げた品を破壊する人間なんて早々いないかと」

 

 『本当に驚きね! なにか神さまと繋がりがあるんじゃないの、貴女!』

 

 副団長さまとお婆さまは私が意味を理解していないと察知したようで、丁寧に事の大きさを説明してくれる。確かにグイーさまが堕ちてしまった神さまを閉じ込めた玉である。神さまが外へ出てこないように頑丈なものを作っていることだろう。

 でも物体は経年劣化するものだから、絶対に壊れないということはない。それに神さまが玉から外へ出ようとする意志があったのならば、内側から脆くなっていた可能性がある。単に脆くなっていただけだろうし、グイーさまも副団長さまもお婆さまも驚き過ぎではなかろうか。

 

 ――海神は良いとして、儂が閉じ込めた奴はどこへ行った!?

 

 グイーさまの優先事項が海神さまから、玉に閉じ込められていた神さまに意識が移ったようである。なんだか空に浮かぶ黒い靄がへにゃっと力なく垂れているような。海神さまと閉じ込められた神さまの意識が共存しているのかと思いきや、そうではないらしい。

 

 「意識って維持されるものなのですか?」

 

 ――儂より力は劣っているが神だ。数億年程度で意識がなくなるわけはない……はず。

 

 私の疑問にグイーさまが答えてくれる。数億年単位で意識を保てるなんて神さまは凄いけれど、数千年で闇落ちしそうになっていたヴァルトルーデさまは相当に病んでいたということだろうか。ヴァルトルーデさまは未だにテラさまとの交信を試みているようで、むむむと唸ってみたり、あれっと首を傾げてみたりして忙しそうである。邪魔をしては悪いと私はグイーさまに向けて言葉を放つ。

 

 「もしかして閉じ込められていた神さまは既にここにはいないと……」

 

 私が少し声のトーンを落とせばグイーさまも声色を変えて『いないな』と教えてくれる。周りの皆さまが新たな問題が発生したと頭を抱えている。副団長さまは楽し気だけれど、クロとお婆さまは呆れ、ジークとリンはまたかと覚悟を決めていた。

 ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは団子になって私たちの様子を眺めているだけ。ちょっと可愛いけれど、真面目にこれからのことを考えなければ。いなくなった神さまの情報を求むとしても見つかるか分からないし、冒険者ギルドに『怪異や変異があれば教えてください』と依頼を出す方が見つかる確率が高そうなのは何故なのか。

 

 ――厄介なことにならなければ良いが。

 

 グイーさまがはあと溜息を吐いているが、元を辿れば地上に玉を放り投げた彼のお陰のような気がする。口には出さないけれど、過程を知った皆さまであればグイーさまに文句を言いたいはずだ。侯爵領の禁忌の森から世界規模に話が広がりそうだなと私が溜息を吐けば、ヴァルトルーデさまが『あ』と嬉しそうな声を上げる。

 

 「あ、繋がった。母さん、聞こえる?」

 

 どうやら地球にいるテラさまと繋がったようで、ヴァルトルーデさまが彼女を呼んでいた。

 

 ――ありゃ? どったの西の娘。ひっさしぶりじゃない、元気してる~?

 

 凄く軽い調子でテラさまの声が聞こえた。周りの皆さまにも聞こえているようで、特に護衛の方たちが驚いた様子を見せている。そして黒い靄はぶわっと広がって、くるくると空を飛び回り歓喜しているようだった。どこかへ消えてしまった神さまについては置いておき、海神さまであろう黒い靄はテラさまとどうするのかと私たちは固唾を飲むのだった。

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