魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
かるーい調子でテラさまがヴァルトルーデさまとの通信に答えてくれる。周りにも聞こえているようで、護衛の方が驚いているし、副団長さまは『超長距離通信より凄い気がしますねえ』とぼやいていた。
黒い靄――海神さま(仮)――もテラさまの声で凄くテンションが上がっており、上へ下へ移動してみたり、右へ左へ動いてみたり、ぼわっと黒い靄を四方に広げてみたり、きゅっと一点に集まっていたりと本当に忙しない。私は今の状況が混沌としていることに少し引きつつ、情報が引き出せそうなので期待していた。グイーさまが放り投げた玉の中身がどこかへ消え失せてしまった気もするが、先ずは海神さま(仮)についてである。
ヴァルトルーデさまはなにを聞こうか迷っているようで、少し考える素振りを見せていた。テラさまを呼んだのは彼女だし邪魔するわけにはいかないと、集まっている面々は黙って見守るしかない。
――テラ、先ほど振りだ!
グイーさまがヴァルトルーデさまより先にテラさまへと声を掛けた。凄く嬉しそうな声になっているので、グイーさまはテラさまに惚れているのだろう。グイーさまの声が聞こえると黒い靄がきゅっと縮こまった。海神さま(仮)の上司だし、海の管理を投げ出したことを怒られると恐れているのかもしれない。
――あれ? グイーもいるのね。ええ、健康優良児だもの身体を壊すなんてことないわよー!
テラさまは相変わらず陽気で気さくな方である。しかしそんな彼女がボロアパートの一室でゲームに興じていると想像し辛い。ゲームの良いところを終えたからヴァルトルーデさまの通信に答えてくれたのか。それとも娘だから気に掛けているので答えてくれたのか。
「母さん、聞きたいことがある」
ヴァルトルーデさまが顔を上げ、テラさまに語り掛ける。なにもない空間に語り掛けているため、ヴァルトルーデさまはなにもない空を見上げる怪しい方になっていた。ただ周りは事情をしっているため勘違いを起こす人はいないけれど。彼女が声を掛ければ、テラさまが機嫌の良さそうな雰囲気を発しながら声が届く。
――西の娘は私になにが聞きたいのかしら?
テラさまの意識がヴァルトルーデさまに移って、グイーさまがしょぼんとしているような気がする。ついでに黒い靄も力なく項垂れていた。
「あのね、母さんのことを気にしてる者がいたんだ。父さんの星の海の中を管理していた神みたいなんだけれど」
ヴァルトルーデさまは空中を見上げたままなのだが、視線の先にテラさまが見えているのだろうか。とりあえず話の核心から伝えてくれているので、物事の進みは早そうである。あとはテラさまがどうするのかが気になるものの、なるようになるしかないのだろう。最悪、グイーさまが出張ってきてくれるはずだ。
――うん? 気にしてるって、私のこと好きってこと?
テラさまが要領を得なかったのか確認を取っていた。確かに『気にしている者』では好意なのか、敵対心なのか良く分からない。
「どうだろう、多分?」
――貴女から言っておいて随分と適当ねえ。まっ、細かいことは気にしないことにしましょ。で、私に会いたいとか言ってるのソイツ。
テラさまが少し呆れた口調になっていた。どうやら自身の娘の適当さに肩を竦めているようである。確かにこちらから呼び出ししているのに、曖昧な返答を貰えば何故連絡を取ったのと言いたくなる。とはいえ自身の娘の言葉を無下にする気はないようで、テラさまのことが気になる黒い靄について聞き始めた。
「ううん。なんだか意識が乗っ取られたのか元の姿から変異してて。でも母さんのことは分かるみたいだよ。声で反応してる」
――へえ。
テラさまの声色が下がる。周囲の温度が下がった気がするのだが、きっと私の勘違いである。陽気なテラさまが低い声を出せるとは驚きだ。しかし何故、声を下げてなにかを警戒しているのだろう。
――あ、あ、あーーーあ。テステス。私に興味を持っている奴、聞こえてるかな? 私になにが言いたいのか教えて頂戴な。
彼女の声が下がったのは一瞬で既に元の声色に戻っているが、黒い靄へと語り掛けている。直接テラさまと話す機会を得た黒い靄は嬉しそうに、ぶわっと靄の範囲を広げていた。
――現金な奴め……。
グイーさまは黒い靄がテラさまと会話することに不満なようで、側にいるであろうナターリエさまとエーリカさまが『お父さま、器量が狭いと嫌われますわよ』『ええ。お母さまは破天荒な方を好みますもの』と突っ込まれている。
二柱の娘さまに突っ込まれたグイーさまは言い返す言葉が見つからないのか黙ってしまった。そのやり取りをテラさまは察知できているようで、相変わらず仲が良いわねえとクスクス笑えば、一転ピリッとした空気を醸し出した。
『てら……てら……あなたに……ひとめ、あいたい』
黒い靄が絞り出した声は切実なものに聞こえた。しかし何故、テラさまに固執しているのか。グイーさまの奥方さまだと神さま界隈では周知の事実だろうし、海神さまには姫さまという奥方がいらっしゃる。とはいえ惚れてしまってテラさまに会いに行くと大洋の宮殿を留守にしていたのだから、海神さまの思いはきっと本物なのだろう。
――会うのは良いけれど、私はグイーと二次元の旦那一筋よ。貴方が入る隙間はない。
凄く真面目な声でテラさまが答えているのだが、二次元の旦那と同列扱いされたグイーさまの心境は如何ばかりか。ジルケさまがいれば『母上殿、ゲームの登場人物と同列に扱ってやるな!』と突っ込みが入りそうである。微妙な空気が漂っている中、黒い靄がまた声を絞り出す。それでも……会いたい、と。
――テラと海神は接点なんてあったか?
グイーさまが不思議そうに問うているが、テラさまも私たちも知る筈はなく。テラさまはうーんと悩む声を上げて『よし!』と言って『パン!』と良い音が鳴った。どうやら膝を手で叩いた音のようだ。テラさまが『そっちに行くわね。ほ!』と言い残せば、地面に幾何学模様が浮かんで眩いばかりの光を放っている。幾何学模様の上では神力の渦が巻き、時折見える隙間から人影が見えていた。
十秒ほど時間が経つとテラさまが幾何学模様の上に立つ姿が見え、護衛の方や副団長さまが感嘆の声を上げた。腰を抜かしそうになっている方もいるのだが、どうにか堪えている。
大丈夫だろうかとヴァルトルーデさまが心配しているが、へっぴり腰になっている彼らの原因の一端は彼女ではなかろうか。テラさまがこちらを見てにっと笑った。人懐っこい笑みを浮かべており、四女神さまとはまた方向性の違う方である。
「やっほー。ちょっとだけ久しぶり。あれ、ナイたちもいるのね。ならあとでご飯食べさせてー!」
右手を挙げて軽く手を振っているのだが、礼を執った私を見て軽口をテラさまは仰る。どうやら晩御飯を領主邸でテラさま方と一緒に食べることになりそうだと私が苦笑いを浮かべていると、彼女が空を見上げて眉を潜めた。
「うわ。蚊が大量に集まってるみたい……キ……ゴホン!」
テラさまが黒い靄を見て第二声を放つのだが、最後にキモイと呟こうとしていなかっただろうか。テラさまは喉から出かかった声を飲み込んで『危ない』と口にしていた。彼女の姿を見ていたヴァルトルーデさまは『母さん、言い過ぎ』と零し、テラさまは『セーフ、セーフだから』と誤魔化しながら二柱さまは黒い靄を見上げた。
「さて。君の願いを叶えたあげたんだから、そうなってしまった理由、聞かせてくれるわよね?」
『…………』
テラさまの声に黒い靄は空中で留まったままだんまりを決め込んでいる。テラさまが片眉を上げてなにか言いたそうだが、黒い靄が語り始めてくれるのを待っているようだ。進展はあるのかと私が小さく首を傾げると、黒い靄が横に広がっていき最後には海神さまの姿を執るのだった。黒い靄が形の元だから真っ黒だけれども。
◇
――私の目の前に美しい女性が立っている。
それは何万年も私が求めていた方の姿だった。一目会えたことで歓喜に打ち震える私の胸の奥に古い記憶が蘇る。あれは私がまだ若い頃だった。神として生まれ島で育ってきた私は、星を創った最高位の神であるグイーさまにお会いして彼の素晴らしさに陶酔していた。
彼のような男神になりたいと随分と張り切っていた私は、ある時彼の屋敷でとても美しい女性を見た。幼かった私の目には陽の光よりも眩しく、そして誰よりも美しい方であると本能に刻み込まれた。
その女性の名はテラと言い、地球という星を創り給うた神だとか。私はグイーさまに造り出された神でしかない。星を新たに造り出す力は永遠に得られないし、テラさまと同格の神になるなんて夢のまた夢である。だが彼女の姿を見ている時は私の胸には幸せが満ち溢れ、神として生まれて良かったと無邪気に喜んでいた。だが、グイーさまから聞いた言葉に私は絶望してしまう。
『テラは儂の嫁だ。これからできるであろう子たちには大陸の管理を任せる。お主には海の管理を頼みたい』
彼の言葉は私にとってかなりキツイものだった。神の島でテラさまの姿を物陰から拝見しているのが私の唯一の幸せな時間だったというのに、彼女の隣には常にグイーさまが侍るようになっていた。テラさまも満更ではないようでグイーさまに柔らかい顔を向け、顔を赤らめていることもあった。
私では彼らに敵わない。
だから創星神たる彼の言葉に従おう。私の恋は破れ、グイーさまから命じられた海の管理という道に逃げたのだ。そうしてなにもない海の中で私は私の世界を造ろうと躍起になる。小さな小さな命を生み出し、進化させプランクトンを生み出した。神の島にあった美しい花に変わる珊瑚や海草を造り、プランクトンたちに与えればまた新たな命が私の手を離れて誕生していた。
ああ、私の愛が彼女に届かなかったのは寂しいことだが、こうして、なにかを生み出すことは楽しいことだと初めて知った。
そこから何千、何万年と海の中で過ごし海の中に不届き者が現れる。魚人の彼らをそのままにしておけば私が育み育てた美しい珊瑚や海藻に魚たちが荒らされてしまう。
もちろん不届き者は魚人の極一部に過ぎないが、その極一部の者たちが問題だった。荒くれ者ではない力ある魚人に彼らをどうにかせよと、神命を下してみたのだが事は上手く運ばない。神という存在でありながら上手く物事が運ばないことに私が悩んでいた頃、とある魚人の女に出会った。姫と周りの者たちに呼ばれる女は、ふとした瞬間にテラさまと似ている雰囲気を発する。
海の統治をどうするか話し合う場で何度か顔を合わせ、知己になり親密になっていった。私がテラさまの面影を彼女に見出していると分かっていながら近づき……――。
『――姫、私と婚約を結んでくれないだろうか?』
私は魚人の女に婚姻を迫った。相手は満更でもない様子である。
『ただの魚人である私に求婚する神さまがいらしゃるとは驚きです』
そして断られた。神の願いを断る者がいるとはと私は驚くものの、彼女が懸念した神と魚人では命の長さが違うため、添い遂げることができないというのだ。私のことを好いてはいるが、先に私を置いて神の御許に旅立つことはできないと。
確かに命の長さは神とただの魚人では敵うはずもない。それならと私は自身の力を使い永遠の命を与えた。私は創生神ではないから、誰かに致命傷を与えられれば彼女は死んでしまうだろうが。
そうして婚姻生活を始めたのだが、結局上手くいくはずもなく。私は女に殴られて腹を立て大洋の宮殿を出て海の中をさ迷っていた。もしかすればテラさまに会えるかもしれないと心のどこかで願いながら。何年彷徨っていたのか覚えていないほど時間が過ぎ、私の意識が薄れていく。誰かが私の耳元で『地上にこい……』と囁いていたから、無意識で地上に出ていたのだろうか。
なんとなくテラさまの匂いがする大地に立っているような記憶が残っているのだが朧気ではっきりとしないものだ。
だが、今。目の前にはテラさまがいる。ずっと恋焦がれていた彼女がいる! だから私は彼女の前に立ち伝えるべきことがあると意を決するのだった。
◇
テラさまが頭を抱えながら地面に膝を突き、がくんと項垂れていた。
「はああああああああ……!」
テラさまは私たちから経緯を聞いて、盛大な溜息を吐いてぶつぶつとなにか仰っている。なんとか拾えたのは『まさか昼ドラみたいなことを言われる日がこようとは』とか『しかも人間じゃなく神に……』とか『どうすりゃ良いですか? って、どうにかするしかないのよねえ』と私の耳に届いた。
なにも聞かなかったことにしておこうと私は決意をして、テラさまの前にちょこんと鎮座している黒い靄に視線を向けた。何故か黒い靄は黒い海神さまの姿ではなく、某有名アニメ会社作品の『出ておいで~』と主人公たちが叫んで逃げだした、黒い塊のような形になっていた。偶に動いており、ぷすんとガス欠したみたいに黒い靄を吐き出しては空中に溶けている。黒い塊の一部分は赤くなっているのだから、恋焦がれていた女神さまを前にして照れているようだ。いや、うん。姫さまに対してなにもないんかい! と突っ込みたくなるが我慢だ、我慢。
我慢も大事だが、やはり大洋の宮殿でエーギルさまと一緒に海を管理している姫さまが浮かばれない。彼女は海神さまから告白を受け一度断ったものの、彼の願いを叶えるために魚人から神へと生き方を変えた方なのだ。好いた女性がいるからと言って放置された姫さまの気持ちはどうなるのだろう。まあ、完全に彼への恋心や親愛はゼロになっているかもしれないが。
またテラさまが溜息を吐いて、黒い靄に視線を向けた。
「いや、うん。君の恋心は認めるよ……でも、グイーから命じられた責務から逃げていること、口説いた女の人を神格化させておいて放置していることは私的に問題だ」
彼女の言葉を真剣に聞いていた黒い靄がぺしょんと潰れた。なんだかロゼさんの感情表現ににているが、ロゼさんはきっと海神さまのように情けないことはしないはず。グイーさまは今の状況をテラさまに任せるようで、なにも言ってこない。面倒から逃げているように感じるのは私だけだろうか。
『もうし、わけ、ありません……』
謝罪の言葉を発しているが、今のはグイーさまと海の姫さまに言うべき台詞ではなかろうか。でもテラさまはペションと潰れたままの黒い靄に笑顔を浮かべて口を開いた。
「ん! 謝れるのは良いことだよ。で、これから君はどうするの?」
『あなたのそば、いたい』
確かに謝れないよりは全く良いけれど、黒い靄は今までのことを省みていないようで、未だにテラさまと一緒に過ごすことを望んでいるようである。
「できるわけないでしょ! 私は地球に戻って地上で生活しているんだし、君みたいな存在を連れていけるわけがない」
テラさまは少し驚いた顔になって黒い靄を一刀両断していた。グイーさまのような創星神であれば他の星に向かうことができるのだが、グイーさまに連なる神さまという格では他の星へはいけないとのこと。
大陸を司る四女神さまも同じ扱いのようである。ただ、海神さまの現状だと神格を失っているため連れて行くことが可能だとか。私たち人間も神さま方より力が弱いため、テラさまやグイーさまの力を借りれば行けるとのこと。まあ向こうに行く気はないし、なにか欲しい品があれば最終手段としてテラさまを頼ることができる。生まれ変わっているのだからテラさまの星である地球ではなく、グイーさまの星で地に足着けて生きていくべきだ。フィーネさまもエーリヒさまも向こうの世界にはちゃんとけじめをつけているのだし。
――え、海神を向こうの星に連れていくの!?
グイーさまが今まで黙って成り行きを見届けていたのに、黒い靄が地球に向かうことになるのかと心配なのか声を上げた。
「連れて行けないって言ってるじゃない」
テラさまが肩を竦めながら空を見上げる。グイーさまは拗ねているのか、神の島の東屋でジタバタしているようである。その証拠にナターリエさまとエーリカさまが『お父さま、みっともないですわ』『だらしのない姿を見せるとお母さまに呆れられますわよ』と突っ込んでいる。それでも態度を改められないのかグイーさまは口と尖らせたような声を上げた。
――条件が整えば一緒に向かっても良いと言ったも同じだろうに。
ようするに拗ねている。黒い靄に嫉妬している創星神さまって一体なんだろうと疑問になるが、彼らにも心があるなら致し方のないことか。機械のように己の使命を果たすだけの神さまなんてつまらないだろう。
「少し待ちなさいなグイー。私は彼と話してんの!」
――うう……分かった。
「あとで屋敷に行くから、もう少し待ってて」
――本当か!?
「嘘を吐く必要がないでしょ。あれ? でも、さっきナイと屋敷でご飯を食べる約束を取り付けたから明日になるかも!」
――ええ……?
グイーさまから凄く睨まれているような雰囲気を受けるが、それも一瞬だった。
「グイーもナイの屋敷にくれば良いじゃない」
テラさまがグイーさまに伝え終えると私に向かって、パチンとウインクを投げる。気を使わせてみたいで申し訳ないが、グイーさまの視線を受けなくて済むようになったので有難い……って、グイーさまも屋敷にきてご飯を食べるのか。でもまあ、今更だ。四女神さまが揃って食べていたこともあるのだから、屋敷の皆さまもテラさまとグイーさまが増えたところで驚くまい。
――むむむ。ちょっと考える。
グイーさまの気配がふっと消えた。彼は真剣に悩んでいるようでナターリエさまとエーリカさまが『お父さま、お母さまに会えるので本気で考え込んでいるようですわ』『好きに取り計らっておいてくださいな』と教えてくれた。
「て、ことらしいから」
テラさまが二柱さまの声を聞いて、一度軽く息を吐く。最初の重い溜息ではなく、本当に場の雰囲気を変えるために必要なものであった。
「ちゃんと奥さんとケジメを付なさいな。それからグイーの沙汰を受けるべきじゃないかしら。私は貴方の思いに答えられないしね」
『わかり、ました……でも、うみ、もどれない』
「あー……神格が随分と失われちゃっているものねえ。グイーに頼るのも良いけれど、こうなったのは貴方の落ち度と消えた奴の所為だし……」
うーんとテラさまが悩み、黒い靄が申し訳なさそうにしている。黒い靄はテラさまに対する気持ちを諦めることができたのだろうか。一応、告白してフラれた形にはなっている。
海に戻って姫さまとの関係を修復するのか、解消するのか分からないけれど、海神さまと姫さまが話をする機会があっても良いはずだ。それならと私はテラさまと黒い靄の話に加わらせて頂こうと、小さく片手を挙げる。私が手を挙げたことに気付いたテラさまがこてんと首を小さく傾げた。どうやら話に加わっても問題ないようである。
「エーギルさまにお願いしてみる、とかでしょうか」
「エーギル? 凄い名前をしているわねえ。まあ海関連の名前だから分かり易いけれど」
あ、そっか。テラさまは地球の神話を知っているから、海を司る神さまから拝借した名だと分かるのか。
「望まれて海で生きている竜に名前を付けたの? 面白いことをしているのね。大蛇にも名前を付けたの? というか娘たちにもいつの間にか名前がある!」
苦笑いを浮かべたテラさまは私を見下ろしながら呆れていた。そしてヴァルトルーデさまたちにも名前があることに気付いて目を丸く見開いている。そして名前を貰ったご本神さまは『ドヤ』と自慢気だった。
いや、自慢している場合ではなくてですね……ヴァルトルーデさま今の機会にお母さまから名前を改めて付けて頂くことを望んでください。以前、グイーさまとテラさまのネーミングセンスは皆無と聞いていたけれど、やはりご両親から名前を頂くのが一番良いことである。私は意を決してテラさまの顔を見上げて訴える。
「待ってください。女神さま方の名は仮名ということです! できうるならばテラさまとグイーさまに正式な名前を女神さま方に授けて頂けると……!」
私の言葉にテラさまが片手を顎に当て考える仕草を取った。
「うーん……西の娘は頑固で融通が利かないから、ガンコってどう? 南の娘は大喰らいで短気だから、オグタンとか。北と東の娘は……そうねえ、グイーに考えて貰いましょ!」
テラさまが両手を腰に当てドヤ顔になっていた。彼女から授かる予定の名を聞いたヴァルトルーデさまは凄く迷惑そうな顔をしている。頑固で融通が利かないから、そのままガンコって一体どういう理屈なのだろうか。しかしテラさまが考えたことだし無下にすれば不敬罪となるのだろうか。そしてグイーさまが考えるであろう北と東の女神さまの名も不安が募る。
「…………」
そして周りの皆さまの反応は冷ややかなものと、困惑しているものがある。副団長さまは愉快そうににこにこと笑みを浮かべたままだった。副団長さま、今の状況でも余裕の態度でいられるなんて凄いなと私は感心しているのだが、ネーミングセンスが皆無なテラさまは状況に頬を膨らませている。
「どうしてみんなドン引きしてるのよー! って、話が逸れてる。海神から海の治安を護るように命じられている海竜ね。確かに強い存在だから彼を連れていける。よし、そうして頂戴な!」
テラさまは怒っていたが直ぐに気持ちを切り替えたようだ。黒い靄はテラさまの側にいることを諦めたのか私の足元へと移動してきて、うねうねと動いてなにかを訴えていた。どうしたのかと私が両手を合わせて地面に屈んで黒い靄に差し出せば、ゆっくりと移動して手の平の上に乗った。
黒い靄は私の手の上に乗って縦に伸びた。なにか言いたそうだけれど黒い靄から口を開く気はないようだ。私はテラさまに一度視線を向ければ、彼女は縦に頷いた。黒い靄の相手を務めて良いそうだ。
「逃げる気はないですか?」
そういえば黒い靄は凄く大きな鳥の群れのようだったのに、いつのまにか私の手の平サイズとなっていた。力を失ったのか、悪い意思が薄れたのか……分からないことが多いものの、黒い靄から嫌な雰囲気を感じなくなっている。
副団長さまに大丈夫かと無言で問えば、彼も無言で大丈夫でしょうと答えてくれた。そうして私の声を聞いた黒い靄は少し考える仕草を見せてこちらを見た、ような気がする。
『うみ、もどる。ひめ、あやまって……それから、どうするか、かんがえる』
黒い靄の訴えに私は分かりましたと頷けば、腕を伝ってクロが乗っている反対側の肩に乗った。女神さまの肩の上に乗っているクロは黒い靄の姿を見て私の肩の上に戻ってくる。黒い靄は動くのが下手なのか私の肩から落ちそうになっており、クロが長い尻尾を伸ばして落ちそうな靄を支えていた。
『ちょっと肩に乗らないでよ! そこ私の定位置!』
副団長さまの肩の上でお婆さまが黒い靄を指差しながら訴える。
「お婆さまは最近、私の頭の上だったじゃないですか」
最近のお婆さまの定位置は私の頭の上と化していた。そしてアホ毛を握り込んでおり、彼女が驚いたりなにかを訴える時は強く握り込んでいた。未だにお婆さまが私の頭の上を定位置にしたのか謎のままである。
『それは力を失っていたから、効率良く取り戻すために貴女の頭の上を陣取っていたの! 髪って呪いにも祝福にも使えるから魔力の流れが良いのよ。それに貴女の身体から魔力を排出するために髪の先から出てるもの。一番多い場所がそこってわけ!』
お婆さまが教えてくれるのだが、なんだか納得がいかないような。魔力の排出が追いついているならば、指に身に着けている魔術具は必要ないものである。だというのに魔術具を利用しなければならない状況って、やはり私の魔力量の多さが原因か。他の魔力量の多い方たちは髪の毛の先から漏れ出る魔力で事足りているのかもしれない。
「えっと……問題が残っていますが、一先ず危険は去りました。部隊の皆さまが待っている所に戻りましょう。テラさまはどう致しますか?」
「私はナイの屋敷でご飯食べるから一緒に行くよ。楽しみねえ~!」
私の意見に皆さまが頷いてくれ、テラさまは私たちと一緒にくるそうだ。他の面々と合流することになることを伝え、暫く歩かなければならないと伝えるれば『無問題!』とテラさまはサムズアップする。
騎士をたくさん見れることにテラさまは期待の表情を浮かべ、私の肩に乗った黒い影は落ちそうになるたびにクロの尻尾に助けられていた。禁忌の森がこれからどうなるか分からないけれど、黒い玉が割れてしまい嫌な雰囲気はなくなっている。戻ろうと私が再度、皆さまに声を掛けると元来た道を進み始めるのだった。