魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0650:神さまが馬車の中。

 侯爵軍の皆さまが待っている場所まで戻ってきた。私たちの姿を彼らが捉えるとほっと息を吐いている。丁度約束していた時間だったので私たちはあまり気に留めていなかったのだが、待っていた方々はやはり私たちの無事の帰還を求めていたようだ。

 しかし人数が増えていることや、黒い靄が私の肩に乗っているので凄く気になるという視線を向けている。アリアさまとロザリンデさまにジルケさま、残っていた面々も気になっているようだ。

 そしてテラさまが一緒に戻ってきたことにジルケさまが凄く驚いている。でもテラさまはかるーい調子で『こっちにきちゃった』と告げ、ジルケさまは『母上殿、自分の星の管理は良いのかよ』と突っ込んでいる。待機組である侯爵軍の指揮官さまが私に近寄ってきた。安堵の顔を見せているから割と心配を掛けてしまったようである。

 

 「ご領主さま、ご無事で!!」

 

 「お待たせしました。危機的状況からは脱出しておりますが、いろいろと説明をしなくてはならないですね」

 

 指揮官さまが私を見ながら安堵の息を吐いている。一先ず緊急事態は収まっているものの、他の問題を抱えてしまっていた。禁忌の森の雰囲気は随分とマシになって普通の森の中と様子が変わらなくなっている。

 これから先、安全が確保できていると確認が取れれば、森の中に人の手を入れて植生の管理をしたい。私が考え込んでいると指揮官の方が申し訳なさそうな顔をしながら問うてきた。

 

 「申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。あ、あの……何故、彼のお方がいらっしゃるのでしょうか?」

 

 指揮官さまの視線がテラさまへと移っていた。彼はテラさまのご尊顔を知っている。侯爵邸で警備部部長を務めているため、王都のタウンハウスにテラさまがやってきた時に見知っていたのだろう。少々、いや随分と恐れ多いような顔をして問うているのだが、気にしては負けである。その点も踏まえて説明しますねと私は彼に伝えて主要面子に集まって貰う。

 

 「なに、これ?」

 

 猫背さんが早々に黒い靄に気付いて右手人差し指を出して触れようとしている。黒い靄は触るな! と言いたげに身体をぶわりと膨らませた。現れた頃より規模が随分と小さくなって、一回りほど大きくなっただけなので誰かに迷惑を掛けようとしていない。面倒な展開にならなくて良かったと私は安堵の息を吐き皆さまの顔を見渡した。

 

 「そのことも含めて説明しますね」

 

 私は森の奥で黒い玉を見つけたこと、浄化儀式を執り行って玉を破壊したこと、黒い靄が現れてヴァルトルーデさまを襲ったこと、そこから話が進んでテラさまがこちらにきてくれたことを伝える。

 場に立っている皆さまが一様に私に訝し気な視線を向け『何故、そうなる』と言いたげな顔になっていた。何故そうなると言われても、引き起こしてしまい流れで屋敷に戻ることになったのだから仕方ない。呆れた空気が流れていることに耐えられなくなったのか、テラさまがパンと手を合わせて、皆さまの視線を集めた。

 

 「ナイの所でご飯を食べさせて貰うことになったの! よろしく!」

 

 神さまにご飯を提供することは構わないが、凄く軽い調子で言われると困ってしまう。逆に真面目に言われても困るわけだが、ソフィーアさまとセレスティアさまは呆れ、アリアさまとロザリンデさまは驚き、猫背さんは良いなあとぼやいている。彼らは南の島で寝食を共にした面子だから、食事に誘っても問題あるまい。どうせ食べるなら大勢で食べた方が美味しい。料理人の皆さまには急な案件となってしまうけれど、食材は十分屋敷に蓄えている。

 

 「では、ねぎらいを兼ねて皆さまも一緒に食事を共にしませんか?」

 

 「おお、良いね、ナイ! みんなで食べよう!」

 

 私が皆さまをお誘いすれば、喜んでいる方、驚いている方、恐縮している方と様々だった。指揮官の方は『私もですか!?』と特段に驚いているので、私は強制ではないと伝えておく。

 すると彼は食事会の警備に就くため残念ながらと眉尻を下げている。クレイグとサフィールに今の話を伝えると『それ、不敬過ぎるから辞退の口実にしたんじゃねえの?』『あはは。責められないよね。僕だって驚いたから』と教えてくれた。

 

 問題が解決しているので侯爵軍を長々と森に留めておく必要もなくなった。ただ参集した方たちに事情を知る権利があるだろうと、私は最高指揮官として侯爵軍の前に立つ。

 

 「皆さま、お疲れさまでした。危急の事態は解消されております。ただ残っている問題もあるため、対処に走らなければならぬ日が訪れるでしょう」

 

 その時は皆さまの力をまたお貸しくださいと続けて伝えておく。そうして帰還命令を出し、侯爵軍は禁忌の森から撤収作業へと移るのだった。初陣だったので侯爵軍がどこまで動けるのか試したかったけれど、魔物が現れることもなく精鋭メンバーで対処してしまった。

 

 ただ神さま方が関わる案件だったので、数を絞って良かったのかもしれない。森を抜け、外縁部に辿り着けば更に待機していた侯爵軍の方たちが、おかえりと私たち突入組を迎え入れてくれた。私と指揮官の方は彼らにも危急の事態は過ぎ去ったと伝える。待機組は少し前に森の雰囲気が一変したと感じたようだから、やはり黒い玉が森を立ち入り禁止の『禁忌の森』にしてしまった原因なのだろう。

 

 ちなみに割れた玉はグイーさまに返却しようと考えているため、布に包み込んで私が持っていた。

 

 『なにも玉からは感じないし、大丈夫だと思うけれど、グイーさまが創造して神さまを閉じ込めていたなんて信じられないわよねえ』

 

 『本当にねえ。おっと、また落ちそうになってるよ~ナイの肩の上にどうして居続けているんだろう?』

 

 お婆さまが黒い玉を見つめて息を吐き、クロがまた私の肩から落ちそうになっている黒い靄を尻尾で落ちないように阻止をした。クロの言葉にナマコのような形になった黒い靄は本当に感情表現が豊かである。喋るのが面倒なのか身体を使って意思を示してくれている。

 

 「器用よねえ」

 

 テラさまの声に黒い靄が反応して私の肩の上を移動してクロの側へと移り、クロの身体の後ろに隠れている。黒い靄はテラさまのことは諦めているけれど、直ぐに長年の恋を捨てられるはずもなく照れ臭いようだった。逆にテラさまは黒い靄が恥ずかしそうにしていることに怪訝な表情をしているが、直ぐに意識を変えてアリアさまの方を見た。

 

 「ナイ、ナイ! アリアがいるよ!」

 

 彼女はロザリンデさまと並んで立っているアリアさまを見つけて、テンションを高めているようだ。

 

 「えっと……アリアさまはゲームに詳しくないので、あまり言わないで頂けると嬉しいです」

 

 「あ、そっか。ごめん、ごめん。分かった。それなら、これから仲良くなれば良いもんね! ぎゅーってしたいなあ! 可愛いなあ! フィーネも可愛かったけれど、アリアも可愛いわよね!」

 

 私はテラさまに同意を求められるのだが、どう答えたものだろうか。アリアさまが可愛らしいのは理解できるけれど、抱きしめたい欲望は湧いてこない。私も乙女ゲームをプレイしていればテラさまと同じ感情が芽生えていたのだろうか。

 むーと考えているとリンが私の服の裾を握って抱き枕にして良いよと無言で訴えてくる。抱き枕にしているのはリンの方だろうと苦笑いが漏れそうになるが、あとでリンの抱き心地を試してみよう。

 

 「母上殿の欲望が駄々洩れだな」

 

 「はしゃぐ母さんは珍しい」

 

 呆れた様子のジルケさまとヴァルトルーデさまの近くで私はロゼさんを呼んだ。早く屋敷に戻って今日の晩御飯を追加で作って欲しいとお願いしなければならないが、戻ってから伝えるのでは遅すぎるため、ロゼさんに先に転移で戻って貰い事情を家宰さまに伝えて貰うことにした。ロゼさんを呼ぶと『うん、分かった!』と機嫌良く屋敷に向かってくれた。あとは家宰さまに状況が伝わって、調理部の皆さまにお知らせが届くはず。

 

 外縁部に敷いた陣地は訓練を兼ねて侯爵軍の皆さまが片付けてくれるそうである。私は領主特権で先に屋敷に戻ることになり、現場に残る皆さまに労いの言葉を掛けておく。

 

 「お疲れでした!」

 

 と、敬礼を執る騎士の方たちに私も敬礼で答えて戻るため、待機させておいた馬車に乗り込む。割り当てはテラさまとヴァルトルーデさまとジルケさまとアリアさまとロザリンデさまと私が当主用の馬車に、ソフィーアさまとセレスティアさまが側仕え用の馬車に乗り、同乗者として副団長さまと猫背さんである。

 

 ジークとリンは相変わらず外で護衛を務めてくれるようだ。以前と変わったことは騎乗していることだろう。似合っているのが羨ましいが、エルとジョセたちがそっくり兄妹の馬を務めようと試みているらしい。ジャドさんが教えてくれたのだが、ジークとリンは騎馬にエル一家を選ぶ未来があるのだろうか。少し見てみたい気もする。

 馬車に乗り込めば、対面にはヴァルトルーデさま、テラさま、ジルケさまが腰を下ろしている。私はアリアさまとロザリンデさまに挟まれて真ん中となった。当主なのだから襲われても助かる可能性が高い云々お二人が力説していた。しかし女神さま方が乗っている馬車を襲う輩なんていない気がする。

 

 「おお、馬車に初めて乗った! しかも凄く豪華だよ! 乗れるなんて考えてなかったから嬉しいなあ。動き出したら乗り心地はどんなものか楽しみ」

 

 ふふふとテラさまがご機嫌で笑っている隣でヴァルトルーデさまが口を開く。

 

 「えっとね、乗り心地は――」

 

 「――あ、あーーーーあーーーーあ! 言っちゃ駄目! 先に聞いちゃったら感動が台無しになるじゃない。たとえ乗り心地が悪くても良いから、初めて乗る私のことを慮って頂戴な。教えてくれようとしているのは有難いことだけれどね!」

 

 割と大きな声を出したテラさまにアリアさまとロザリンデさまが驚いているのだが、目の前の創星神さまの通常運転のような気がしなくもない。

 声で覆い被されたヴァルトルーデさまはポカンとした表情を一瞬だけ浮かべ、次の時にはしょぼんと落ち込んでいた。ジルケさまが『あーあ……』みたいな表情になり、テラさまは即行でフォローに入っていた。

 

 黒い靄は私の肩の上で大人しくしている。時折、肩から落ちそうになってクロに助けて貰っているのはご愛敬かもしれない。お婆さまは力を吸い取られてしまったことで苦手意識を持っているようだが、敵意を向ける気はなく私の頭の上で胡坐を組んで黙り込んでいた。

 

 「しかしまあ、貴女も随分と表情豊かになったじゃない。前とは大違いよねえ」

 

 テラさまが馬車の話題からヴァルトルーデさまのことに話を切り替えると、馬車が動き出した。がくんと身体が置いて行かれる感覚をうっすら感じ取ると、ガタガタと車内が揺れ始める。

 整備されている道を進んでいるので揺れは酷くないが、現代社会に慣れ親しんでいるテラさまにはキツイかもと私は彼女に視線を向けた。テラさまは馬車の揺れを気にしていないようで、ヴァルトルーデさまを愛おしそうに見つめていた。

 

 「ん。最近、毎日が楽しい」

 

 ヴァルトルーデさまは屋敷で過ごす日々に満足しているようだった。それは良かったと私は屋敷の主人として小さく笑みを作ると、今度はジルケさまが口を開く。

 

 「ま、姉御に退屈は厳禁なんだろうな。ナイの下にいればしょっちゅうトラブルが舞い込んでる。でもって飯が美味い」

 

 彼女の声にアリアさまとロザリンデさまが少し呆れているのだが、誰に対して向けたものだろうか。私に向けられているような気がしなくもない。ジルケさまの言葉を聞いたテラさまは驚いたのか目を丸くしながら言葉を紡ぐ。

 

 「南の娘が褒めてる……ナイの屋敷のご飯が楽しみね!」

 

 「期待し過ぎて後悔するかもしれませんよ。あとはグイーさまにきていただけると嬉しいのですが」

 

 テラさまが私に笑顔を向けているのだが、地球の日本に住んでいる彼女が屋敷のご飯に満足していくれるのか分からない。コンビニご飯も侮れないし、格安チェーン店の手ごろな値段の料理でさえも美味しいのだから。これは屋敷の料理人の皆さまに気合を入れて貰わなければと私は決意し、馬車がゆっくりと侯爵領の領主邸へと向かうのだった。

 

 ◇

 

 アストライアー侯爵領領主邸に戻れば、屋敷で働く方たちとクレイグとサフィールにエル一家が戻ってきた私たちを出迎えてくれた。ロゼさんが家宰さまに伝言を届けたお陰でテラさまがくると分かり、邸内は大騒ぎになっていたようである。

 

 粗相してはならないと下働きの方が掃除を始め、料理人の方たちは調理場に詰めて料理長さまの采配で晩御飯作りに追われているようだ。ロゼさんは家宰さまの足下で私の帰りを待っていたようで、玄関に辿り着けばぴょーんと跳んで私の腕の中に飛び込んできた。どうやら褒めて欲しかったようで、私が『ロゼさん、ありがとう』と伝えると身体をとろりと伸ばして影の中へと入っていった。

 

 一緒に戻ってきているメンバーでテラさまとアリアさまとロザリンデさまは領主邸に入るのが初めてのことである。物珍しいようで、玄関ホールの高い天井を各々見上げていた。

 

 「ひえー……広いわねえ。私のアパートの部屋より玄関が大きい。王都のお屋敷も広かったけれど、領主邸は凄い規模になるのね」

 

 テラさまは日本の安アパートと比較しているようだが、1LDKの部屋と聞いていたし家賃は安いと聞いているので領主邸の玄関ホールにいくつも部屋が収まるのではないだろうか。

 アリアさまも広すぎる玄関ホールに驚いているようだし、ロザリンデさまも自身の屋敷と比較しているようである。そしてヴァルトルーデさまとジルケさまがテラさまの声を聞き、何故か自慢気な顔になっていた。

 

 「領主邸は王都の屋敷より広い」

 

 「本当に広いよなあ。実家は親父殿が適当に造った屋敷だから凝った細工やら飾りはねえし」

 

 確かにタウンハウスである侯爵邸より領都にある領主邸の方が随分と広い。まあ領主邸は領内の皆さまに統治している者の権力や威厳を見せつけなければならないから、時代を経るごとに大規模化していったようである。

 西大陸の各国のスタンスが平和路線を採っているので、争いが少ないために余計に権威を誇るようになったのかもしれない。争いや内乱、内紛が尽きていない状況であれば屋敷の形は執らず、領主邸は城塞や要塞の役割を果たしていただろう。お屋敷で有難いのだが、テラさま同様広すぎるというのが私の意見である。

 

 玄関ホールで出迎えてくれた家宰さまと侍女長さまがテラさまを引き連れてこれからどうするのだと、無言で私に問うている。迂闊な発言をして神さまの怒りを買いたくないのか、他の面々も黙ったままだ。

 ヴァルトルーデさまとジルケさまには随分と慣れたけれど、テラさまは格上の神さまなので口を開くことができないようだ。そして私の肩の上に乗っている黒い物体はなんだと視線をちょいちょい向けている。

 黒い靄は屋敷の皆さまからの視線に耐えられなくなったのか、また私の肩から落ちそうになっている。クロが確りと落ちないように尻尾で受け止める姿を見て、屋敷の皆さまは『黒くて怪しい物体』から『黒くて間抜けな物体』に認識を改めたようだ。全てを説明するには時間が掛かり過ぎてしまうので、屋敷の皆さまにはあとから説明することになりそうだ。先ずは三柱さまを東屋に案内して、屋敷の皆さまを自由にしなければ。

 

 「一先ず、お茶にしましょうか」

 

 私は女神さま方に視線を向ける。ジルケさま以外、視線が合わないので顔を見上げることになるが。

 

 「ナイ、仕事があるんじゃないの?」

 

 テラさまはお茶をすることに異論はないが、私は忙しいのではないかと問うてきた。確かに忙しいけれど、一緒に戻ってきているソフィーアさまとセレスティアさまが私に『先に仕事を片付けておく』『ナイは女神さまのお相手を務めてくださいませ』と耳打ちしてくれていた。気の利く方たちが側仕えで良かったと安心しながら、私はテラさまに苦笑いを浮かべた。

 

 「あとで済ませれば良いので、大丈夫です」

 

 私の返事にうーんと少し悩んだテラさまは『気にしても仕方ないか。ナイの仕事内容は良く分かってないし』と口にして、なにかあればヴァルトルーデさまとジルケさまを使えば良いと続けて仰った。

 西と南大陸を司る女神さまを顎で使って良いのか凄く謎である。そしてヴァルトルーデさまとジルケさまが執務室で書類と格闘している姿はかなり滑稽である。あ、でもコツさえ掴めば、凄い勢いで事務処理を始めそうだなあと妙な方向へ私の思考が走っていく。私が頭の中で考えごとを始めたと悟ったジークとリンが後ろから私の名を呼んで、現実に引き戻してくれた。

 

 「では、参りましょうか。アリアさまとロザリンデさまも一緒に」

 

 私はアリアさまとロザリンデさまも大切なお客人であると一緒に行こうと誘う。

 

 「私たちも同席して良いのでしょうか?」

 

 「ええ」

 

 お二人は驚いた顔になり、同席するの!? と言いたげだった。アリアさまとロザリンデさまの反応を見たテラさまはにっと笑って、お二人の背後に忍者のように移動して両腕を広げる。

 

 「馬車に一緒に乗ったから、今更だぞ。お二人さん! 人数が多い方が楽しいし、ナイに美味しいお茶とお菓子用意して貰おうよ!」

 

 テラさまはアリアさまとロザリンデさまに声を掛けるや否や、広げた両腕をお二人の肩に回して自分の方へと抱き寄せる。

 

 「ひゃっ!」

 

 「きゃっ!」

 

 アリアさまとロザリンデさまが急なことに驚いて短く声を上げた。随分と可愛らしい声で、しかも似合っているのだから羨ましい。私が同じ声を発すれば、クレイグ辺りには『なんだよ、気持ち悪い声出して。この世が終わるのか?』とか言われそうである。

 しかしまあ、テラさまは貴族のご令嬢を、それもアルバトロス王国の筆頭聖女さまと筆頭聖女補佐さまを抱き寄せて様になっていた。ひえーと驚いて固まっているお二人にテラさまは顔をきょろきょろさせ、状況がおかしいと分かったようである。

 

 「あ、あれ? もしかしてこういうのって駄目? 距離近すぎるの? Keep distance?」

 

 凄く発音の良い英語をテラさまが口にするが、この世界で英語って通じるのだろうか。アリアさまとロザリンデさまの頭の上には疑問符が浮かんでいるから、分からなかったようだけれど。テラさまは『ごめん、ごめん、つい向こうの言語を使っちゃった』と舌を出して笑い、てへぺろしていた。本当に気軽な創星神さまだなと私は苦笑いを浮かべて、東屋に行こうと皆さまを促す。

 

 「庭も手入れされて綺麗ね。観光地ならお金をがっぽり取れそう」

 

 何故、テラさまが観光地のことを考えるのだろうか。確かに屋敷の庭を一般開放すれば入園料を取って、ある程度稼げそうだけれど。

 

 「テラさま、俗世に染まり過ぎではないでしょうか?」

 

 「まあね。向こうにもこっちみたいに神が住む場所があるんだけれど、暇で暇でしょうがないから地上に降りていろいろと見て回っていたから。そりゃ俗世に染まっても仕方ないわよ」

 

 私が後ろを振り向いてテラさまに問えば否定もせず彼女は語り始めた。完全に正体を隠して人間界に降りていたので地球ではテラさまの話題はゼロなのだとか。確かに地球の神話でテラさまの名前が出てくることはなかったはず。

 

 「西の娘が大陸を見て回りたいって言っているのは私の影響でしょうね。小さい頃、語って聞かせていたし」

 

 ああ、なるほど。感情の薄いヴァルトルーデさまが大陸を見て回りたいという意思はテラさまから受け継いだものなのか。

 

 「え……ヴァ……西の女神さまに幼少期があったんですか?」

 

 私はなるほど納得と頷いて、女神さま方の小さい頃という声に興味を持った。四女神さまの幼少期なんて全く想像できないが、テラさまもグイーさまも甘々で育てていそうである。締める時は締めるだろうけれど。

 

 「もちろんあるわよ。北と東と南の娘たちもね~小さい頃は可愛かったなあ……大きくなったのは嬉しいけれど、小さい子特有の無邪気さとか危うさがなくなったのは少し寂しいわ」

 

 テラさまが腰の下あたりに手を向けて、女神さま方の幼い姿を思い描いているようだった。アリアさまは女神さま方の幼い頃を聞けて嬉しいようだし、ロザリンデさまは聞いても良い内容なのかと顔を青褪めさせていた。ヴァルトルーデさまとジルケさまは自身の幼い頃を語られるのが恥ずかしかったようで黙り込んでいる。私の頭の上に乗っているお婆さまは『恥ずかしいわよねえ』と上機嫌になっていた。

 

 なんだかんだと話していれば、東屋へと辿り着く。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは一緒に廊下を歩いていたし、エル一家とジャドさん一家も顔を出していた。

 テラさまは魔獣や幻獣が珍しいようで、こっちにおいでーとみんなを手招きしている。ルカが凄く嬉しそうに嘶いている姿にテラさまが『黒い馬に羽が三対六枚……あれは、なんていう幻想種?』と二柱さまに問うている。

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまは『天馬』『ナイの魔力で強化されてるからなー』と凄く軽く伝えていた。テラさまは『は?』となって、生物の進化がそんなに早く起こるわけないと怪訝な顔になっている。魔力がある世界だし、地球とは進化の具合が違うからトンデモ生き物が誕生してもおかしくはないのではなかろうか。現に竜種がジークとリンと私の肩に乗っているし、部屋には卵さんが二個鎮座しているのだから。

 

 テラさまは深く考えるのをやめたようで、喜んで寄ってきたルカを撫でている。変顔を披露して注目を浴びたいルカはテラさまがご機嫌で撫でてくれているのが嬉しいようだった。

 ジアもそっとテラさまに近づけば『君は赤天馬なんだねえ』としみじみテラさまが呟いている。ジアは撫でてと顔をテラさまの肩に寄せ、ルカから自分に意識を向けてくれるようにと必死だった。二頭の姿に毛玉ちゃんたちが『あたちも!』『じゅるい!』『にゃでて!』と騒ぎ始める。ジャドさん一家は彼らがテラさまに懐いている所を少し遠くから眺めて『平和ですねえ』とぼやいていた。

 

 そうして暫く。ようやく席に着き、私は侍女の方、エッダさんにお茶を淹れて貰うようにお願いする。彼女は女神さま方に随分と耐性を身に着けているが、テラさまがいらっしゃることで新たな緊張感を覚えているようである。

 大丈夫かと心配になるけれど、私が声を掛ければ彼女は余計に緊張しそうなのでスルーを決め込んでおく。あとでフォローを入れておかなければと頭の中にメモを取り、私は席に腰を下ろした。

 

 「おお。外でお茶を飲むって気持ち良いし、乙よねえ。向こうだとなかなかできないし、良い体験をさせて貰ってるわ」

 

 テラさまも席に腰を下ろして東屋から見える風景を楽しんでいた。庭師の方が東屋から綺麗な庭を眺められるようにと設計しているから、ここからの景色は色とりどりの草花が目に映る。

 食べられない植物なのが残念だけれど、見る人が見れば溜息を零すような綺麗さなのだろう。テラさまは庭を見て目を細めながら、景色を楽しんでいるのだから。景色を楽しんでいると、お茶が入ったようでエッダさんがそれぞれの前に置いてくれた。

 

 テラさまはお茶から香り立つ匂いを肺に取り込み笑みを浮かべて口を開いた。

 

 「高級なお茶とお菓子だー! いっぱい食べて良い?」

 

 凄く美人な方が凄く嬉しそうに語る姿は少々残念な気もするが、喜んでいるならなによりである。エッダさんも粗相をしなくて良かったと胸を撫で下ろし、テラさまが無邪気な姿を見せてくれたことに目を細めていた。ヴァルトルーデさまとジルケさまは純粋に喜んでいるテラさまに妙な視線を送っている。

 

 「母さん、はしゃぎ過ぎ」

 

 「母上殿、恥ずかしいから抑えてくれ」

 

 二柱さまはテラさまの娘として彼女の行動が恥ずかしいようである。気にしそうもないのに本当に不思議であるが、二柱さまはお茶を飲んでお菓子を頬張れば幸せそうな顔になっていた。

 アリアさまとロザリンデさまも緊張しつつお茶とお菓子に手を伸ばして賞味してくれている。テラさまは言わずもがな、宣言通り沢山食べて胃に納めていた。

 

 クロたちやお婆さま、ヴァナル一家とエル一家とジャドさん一家も口寂しいだろうと、私はロゼさんにお願いして彼らの好物を出して貰う。そして黒い靄はなにが良いのかと悩んでいると、私の肩から滑り落ちテーブルの上に移動した。

 うねうねと動きながらテーブルの上にあるお菓子に興味を示していたので、私はその中の一つを手に取り黒い靄に渡す。すると黒い靄は身体を動かしてクッキーを持ち上げ、クッキーの端を靄で包み込み食べているようだった。

 

 「ナイ。直ぐに馴染み過ぎじゃないかしら」

 

 「幽霊ではないですし、敵意がないのであれば無駄に争う必要はないので。警戒はしなければなりませんが」

 

 テラさまが怪訝な顔をして私の適応力の早さに驚いている。黒い靄から嫌な感じはしないし、リンのセンサーが反応していないならほぼ大丈夫と考えている。

 黒い靄より幽霊の方が嫌だとテラさまに伝えれば『どうして幽霊が怖いのよ』と、彼女は疑問符を浮かべているようだった。駄目なものは駄目なので致し方ない。幽霊だと殴れないと伝えると『子供だわ』とテラさまが零している。集まったメンバーでとめどない話をしながらお茶を楽しんでいると、テラさまのお菓子を食べる手がピタリと止まった。どうしたのかと私が首を傾げると、テラさまがはっとした顔になる。

 

 「お? グイーが晩御飯、食べにくるって。美味しいお酒宜しくって言ってたわ。ねえ、ナイ。グイーがお酒の味をマトモに判断できるはずがないから、お水混ぜておいても良いわよ」

 

 テラさまの声にヴァルトルーデさまとジルケさまがうんうんと頷いていた。それ、完全に呑み助に困っている家族がお金を浮かせるための対処法ではと私は呆れながらも、侍女の方にお酒の用意をして欲しいとお願いするのだった。

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