魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
話の流れでアリアさまとロザリンデさまも晩御飯を侯爵邸で一緒に食べることになった。食堂は十分広いので大勢いても問題ないが、みんなで一緒に食べようということなのでクレイグとサフィールからあとから苦情が入りそうである。
折角料理人の皆さまが気合を入れて作ってくれているのだから、余すことなく胃の中に納めなければ。もう直ぐ陽が暮れるから、晩御飯の時間が迫ってきていた。
東屋でお茶とお菓子を頂いて、私たちは来賓室に入っていた。
テラさまがソファーに腰を掛けると、お婆さまをちょいちょいと手招きをする。お婆さまは創星神さまの望みは無視できないと私の頭の上から彼女の方へと飛んで行った。
地球では妖精がかなり珍しいようで、テラさまはお婆さまの可愛い姿にときめいているようだ。テラさまの膝の上にお婆さまを乗せて世間話を始めている。お婆さまよりテラさまの方が格上だから、お婆さまは借りてきた猫のように大人しい。珍しい光景にクロが『お婆が遠慮してる』と感心していた。お婆さまはクロに『うっさいわよ、貴方』と視線で訴えている。テラさまは彼らのやり取りに気付かぬままお婆さまと話を続けた。
「こんな可愛い子を捕まえて〝お婆さま〟はないんじゃないの?」
テラさまは膝の上で少し居心地悪そうなお婆さまに声を投げた。テラさまは他の星の神さまだから、お婆さまは違和感を抱いてしまうらしい。先程、テラさまの膝の上に座っていたお婆さまが『お尻がむずむずするわ』と言って、テラさまの膝の上で立って話すようになった。
面白いこともあるものだと部屋にいる私たち――ヴァルトルーデさまとジルケさまとアリアさまとロザリンデさまと護衛のジークとリンとクロとアズとネルに、ヴァナル一家――が黙って目の前のやり取りを見守っている。
『私は気にしないわよ! ずっとそう呼ばれているもの!』
お婆さまはずっと周りの皆さまからお婆さまと呼ばれているので、特に問題はないようである。逆にテラさまは怪訝な顔を浮かべながらなにか考えている。
「私が君に名前を贈るのも変だし……」
『他の星の神さまに名前を賜れば、あたしという個性が消えてしまうかも!」
テラさまからお婆さまに名前を贈った場合、お婆さまに地球の力が混ざるため弱体化するかもしれないとのことである。神さまの名付けで凄い影響が出るんだなと感心していると、テラさまがはっとした顔になる。
「あ、グイーに名前を貰えば良いじゃない!」
テラさまが良いこと思いついたと言わんばかりに、手をぽんと叩いて放った一言は娘さん方の顔色を悪くしてしまうほどにインパクトがあったようである。
「母さん、父さんの名付けのセンスは母さんと同じ程度だから止めておいた方が……」
「お婆、親父殿から名前を貰うなよ。名乗るのが恥ずかしくなるくらいのものを贈られる可能性があるからな!」
ヴァルトルーデさまとジルケさまは即座にグイーさまから名前を賜るのは止めておけと語り始める。確かにテラさまはヴァルトルーデさまに『ガンコ』と名を与えようとしていたし、ジルケさまには更にトンデモないもじり方をした『オクタン』と名を与えようとしていたのだ。
以前、ヴァルトルーデさまが私にテラさまとグイーさまの名前付けのセンスはないと聞いていたが、まさか本当に酷いとは誰も思うまい。
やり取りを見ているアリアさまとロザリンデさまは『あはは……』と乾いた笑いを零していた。どうやら二柱さまが必死に止めている姿に思う所があるらしい。彼女たちはテラさまのネーミングセンスの酷さを知らないが、状況からヤバいと悟ったようだ。このままではお婆さまに妙な名が付きそうだと私は口を開く。
「そういえば、グイーさまはいつ頃お越しなさいますか?」
話を遮って申し訳ないが、私はもてなす側なので聞いても問題ない内容だろう。
「ん、グイー? お酒の匂いをさせれば直ぐくるわよ。あと北と東の娘もくるはずね」
テラさまはお婆さまから視線を外して私にあっけらかんとした顔で教えてくれる。どうやらグイーさまを召喚するならばお酒を捧げればご機嫌で現れてくれるようだ。しかしお酒を大量に飲ませると娘さん方の厳しい視線が彼に刺さる。
テラさまが仰っていた通りお酒に水を混ぜるのもアリだろうか。でも不敬と言われてしまえば私は神さまに失礼な態度を取った大馬鹿者と世界中から後ろ指を指されることになる。お水を入れて誤魔化すのは止めておこう……仮にお水を混ぜ込むという行動に出れば、料理人の皆さまがお酒の美味しさが失われると力説して私を止めるはずだ。
「テラさまに呼んで貰うのが一番嬉しいのでは?」
私はお酒よりも効果のありそうな策を述べてみる。グイーさまはテラさまのお願いを聞き届けて自身が創った星に乙女ゲームの要素を仕込んでくれるほどに情がある。そのことを踏まえればお酒よりもテラさまからの声掛けの方が嬉しいはずだ。
「そうかしら? グイーのお酒好きは元からだもの。筋金入りよ」
「では今日はお酒の力を借りずにテラさまがグイーさまを呼んでみれば良いのではないですか」
テラさまが肩を竦めて両腕を広げて呆れていたため、私はもう一押しと言葉を付け足す。私の追撃を受けたテラさまはまあ良いかと了承をくれた。
「さて、美味しいご飯、期待しているわね、ナイ」
テラさまがパチンとウインクを決める。お婆さまは彼女の膝上で『ご機嫌ねえ』と渋い顔になっていた。
「私が用意するわけではないですし、食事後に料理人の方たちにねぎらいの声を掛けて頂けると有難いです」
「分かったわ。でも、美味しくなきゃ言わないわよ!」
私に声を掛けるよりご飯関係は料理人の方へお願いしたい。不味い料理がでることはないので一定のクオリティーは保たれているし、料理人の方たちが作るご飯は美味しいのだが……果たして現代社会を謳歌しているテラさまの舌に認めて貰えるのだろうか。
そうこうしている内に茜色の空は紫に変わり屋敷に明かりが灯る。そうして完全に陽が落ちる頃、侍女の方から『お夕飯のご用意が整いました』と声を掛けられた。
侍女の方の声にテラさまは『やったー!』と声を上げ、ヴァルトルーデさまとジルケさまも嬉しそうである。アリアさまも楽しみにしているようで笑顔を浮かべていた。ロザリンデさまは女神さま方が同席するということで緊張しているらしい。何度か王都の侯爵邸で席を共にしているが、まだ慣れていないようだ。
廊下を歩いている途中、ソフィーアさまとセレスティアさまとも合流して一緒に食事を共にする。みんなで歩いていると長い領主邸の廊下が少し短い気がした。
「お酒の方が反応早いと思うけど、グイーを呼んでみるわよ」
食堂に移動するとテラさまがグイーさまを呼んでくれることになった。グイーさまに声が届くのはヴァルトルーデさまとジルケさまと私となるが、きっとテラさまに呼ばれるのが一番嬉しいはずである。食堂の床が眩く光り始めると、なんとなく巨漢な方のシルエットを視界に捉える。
「我、降臨! いやーテラが呼んでくれるとは思わなんだ! どういう風の吹き回しだ?」
グイーさまが凄く上機嫌で現界なさった。少し細くなっているのは気の所為だろうか。細マッチョも好きとテラさまが言っていたので、地上の姿をある程度操作できそうであるが……どうなのだろう。
「ナイに呼んでみて欲しいってお願いされたのよ。お酒より反応が早いはずだって」
テラさまはグイーさまに問われて苦笑を浮かべながら説明していた。お酒を種にしてグイーさまを呼べば、もう少し登場に時間が掛かっていたはずだ。グイーさまはなるほどなと得心したのか、腕を組んでうんうんと頷いている。
「そうか。儂を呼んでくれたテラにも、ナイにも感謝をせねばな! しかし儂を呼ぶ予定だった酒はあるのか?」
感謝は有難いけれど、最後の一言は余計ではなかろうか。テラさまは呆れ、ヴァルトルーデさまとジルケさまもはあと短く息を吐いた。
「夕食、まだ提供されてない」
「飯まで我慢しろよ、親父殿」
「なんじゃい、食前酒はないのか」
「グイーは相変わらずの酒好きねえ」
神さま一家の軽妙なやり取りを聞きながら、ふと私はなにかが足りないと感じて口を開く。
「あれ、北と東の女神さまは?」
ナターリエさまとエーリカさまはどうされたのだろうか。グイーさまと一緒にくる予定だったのに姿を現さない。私が声を上げればグイーさまがはっとした顔を浮かべ、後ろに手を回して頭を掻き始める。
「あ……しもうた」
どうやらグイーさまは二柱さまを神の島の屋敷に置いてきてしまったようだ。やばいと額から汗を一筋垂らしたグイーさまが困った顔を浮かべると、食堂の床に幾何学模様が浮かび上がる。暫く様子を伺っているとナターリエさまとエーリカさまが姿を形取り、幾何学模様の上からゆっくりと歩を進めてグイーさまの前に立つ。
「お父さま、わたくしたちを置いて先にいかなくとも」
「ええ。一緒に現界すれば良かったでしょうに」
二柱さまの抗議にグイーさまは背を丸めて平謝りをしていた。彼曰くテラさまに呼ばれて嬉しくてナターリエさまとエーリカさまを置いていってしまったと。
それに彼が置いていっても問題なく私の屋敷にこれると判断していたため、放っておいてもくるという安心感から忘れ去っていたようである。テラさまは少し嬉しそうにはにかみ、四女神さま方は呆れた視線をグイーさまに向けている。
私は配膳の準備が整ったと給仕の方から伝えられたので、神さま方を席へと案内した。
流石に今日は当主用の席には座れないと位置を変えている。大きな円卓でもあれば良いが、残念ながら凄く長い机しか用意できない。
私が一番前の席の片側に腰を下ろし、対面にグイーさま。グイーさまの隣にテラさま、ヴァルトルーデさま、ナターリエさまとエーリカさま、そしてジルケさまと続く。
私の隣にはアリアさまとロザリンデさま、ソフィーアさまとセレスティアさまが続いていた。クレイグとサフィールはジークとリンが護衛にまわると知り同席を辞退している。逃げたなと思わなくもないが、人数的に丁度良いので助かった。
そんなこんなで始まった食事会が始まる。
若干、黒い靄が申し訳なさそうにしているが仕方ないのだろう。目の前には上司と惚れた相手が揃っているのだから。
お酒を出すことになりグイーさまは嬉々として提供される品を選んでいた。全種類制覇したいようだけれど、娘さん方から止められて涙目になっている。テラさまはテラさまで家族と一緒に食べるのは久方振りと喜んでおりテンションが高い。テラさまもお酒を嗜むようなので、どれが良いですかと進めると意外な反応を頂いた。
「おお、干物があるってことは日本酒に近いものがあるとみた! ナイ、出せそう? 出せそうなら熱燗でお願いできない?」
テラさまはおつまみが記されている所に目が行き、干物を見つけたようである。他にはナッツやチーズにハムといった品が書かれているのだが、随分と渋いところに目をつけていた。
フソウでお酒を買い付けてあるし、熱燗でも冷やでも冷酒でも提供できる。私は苦笑いを浮かべて給仕の方に熱燗をお願いすれば、やったーとテラさまが喜んでいた。選んだ品が中年男性のようなものだが、グイーさまも興味を示して同じ品をと頼んでいる。
「美味しい! ああ、身に染みるわ!」
「向こうで侘しい生活を送り過ぎではないか?」
テラさまが凄く嬉しそうに出された料理の感想を述べ、グイーさまはテラさまに突っ込みを入れながらどんどん料理をお腹の中に納めている。どうにもテラさまが地球で凄い生活を送っていることが気になるようである。
「それはそれでオツってものよ。こうして偶にする贅沢が良いの!」
テラさまはグイーさまの声をものともせず、生活スタイルを変える気はないようだった。そうして食事が運び込まれると、テラさまが凄く良い顔を浮かべてご飯を掻き込んでいた。豪快な姿なのに、お行儀が悪く見えないのはテラさま特有のものなのだろうか。本当に日本では切り詰めた食生活を送っているのか、テラさまは美味しい美味しいと幸せそうに食べている。グイーさまは微笑ましそうに、ヴァルトルーデさまとナターリエさまとエーリカさまも苦笑を浮かべ、ジルケさまは少し恥ずかしそうに彼女を見守っていた。
給仕の方や料理人の皆さまが超緊張していた食事会は無事に終わる。食堂で少しゆっくりしていると、グイーさまが私に話があると真面目な顔を浮かべるのだった。
◇
何故か神さま方の感想は皆さま揃って『美味しかった』という一言で終わっている。喜んで貰えているから構わないし、料理長さんを始めとした料理人の皆さまが胸を撫で下ろしているから良いけれど……どの料理が美味しかったとか、もう少し味を薄く、濃くして欲しいとかあっても良かった気がする。
上手くいけばテラさまとグイーさまとナターリエさまとエーリカさまから、新しいレシピを聞けるかもと期待していた私のウキウキを返して欲しい。でもまあ、皆さま満足そうな顔をしているし、アリアさまとロザリンデさまも食事会を無事に終え一心地ついたようだし、ソフィーアさまとセレスティアさまもほっと息を吐いていた。
グイーさまが私に話があるということなのだが他の方も同席しても良いか聞けば、構わないと直ぐに返事をくれる。ということは重大な機密事項とかではないようだと分かり、少しだけ私は息を吐いた。
お茶を飲みながらゆっくり話を聞こうとなり、食堂で興味のある方は残っていてくださいと私がお願いすれば全員席を立たない。どうやら皆さまはグイーさまの話を聞きたいようで、本当に物好きな方ばかりだと苦笑いを浮かべる。
「お茶菓子がつくの? やったー!」
お茶以外にお菓子も出ると分かったテラさまが子供のように喜んでいた。ジルケさまは恥ずかしいのかテラさまにジト目を向けている。ヴァルトルーデさまは特に気にしていないようで、ナターリエさまとエーリカさまは微笑んでいるだけであった。お茶とお菓子が用意されればグイーさまがうむと一つ頷いた。
「さて、と」
短く一言零してから右手でパチンと指を鳴らせば、どこからともなくリンゴの木箱サイズの箱が空中に現れる。それに手を伸ばしたグイーさまが『よっこいしょ』と言いながら、テーブルの空いている所にゆっくりと置いた。にっと私に向かって彼は笑っているだけで声を上げようとしない。ならばと私は口を開く。
「なんですか、これ?」
「海神は見つけることができたし、これから奥方と海の者たちで話を付ければ良いだろう?」
私が疑問と呈すとグイーさまが真面目な顔で黒い靄に視線を向ける。確かに海神さまはエーギルさまにお願いして大洋の宮殿に送り届けて貰う予定だし、あとは海神さまと姫さまの個人的な問題である。
やる気があるなら海を護るとグイーさまに伝えるだろうし、そこは本当に黒い靄の意思次第だ。グイーさまに見つめられた黒い靄は驚いているけれど、ちょこんとテーブルの上でグイーさまをじっと見ている。宣言通り、海に戻って姫さまとのこれからを話し合うつもりなのだろう。あとは姫さまがどう考えているかだけで、私たちが口を出すことではないから一度首を縦に振る。
するとグイーさまはリンゴの木箱のようなものの蓋を開けて私たちに中身を見せてくれた。中が気になるのかテラさまとヴァルトルーデさまとジルケさまとナターリエさまとエーリカさまが席から腰を浮かして中身を確認している。なにが入っているのか分かれば彼女たちは浮かしていたお尻をすとんと椅子の上に戻す。そんな女神さま方にグイーさまが苦笑いを浮かべながら中身の説明を始めてくれる。
「これはな、黒い玉の元々の意識を搔き集める石だ。逃げたあ奴を捕まえるためのものだ。堕ちた神はな、地上に悪影響を与えるから早く対策を打たねばならぬ」
箱の中身は手の平サイズの丸い透明な石が何百個も詰まっていた。グイーさまが創造したもので、星の各地にばら撒いて堕ちた神さまの意識を目の前の石で集めるようだ。各地に設置して一定時間経過させて石が透明から黒色に変わっていれば、堕ちた神さまの意識を蒐集できているそうである。だから私には目の前にある玉を星の各地にばら撒いて欲しいとのこと。
「各地に配ってくれって言われても、信じてくれますかね?」
グイーさまのお願いを断れるわけがないから受けるとして……私が玉を持ち各国に配り歩いたとしても話を信じてくれるのか。アルバトロス王国、亜人連合国、リーム王国、アガレス帝国、ヤーバン王国辺りは快く引き受けてくれるとして、他国であれば変人扱いされそうだ。
内容を暈して伝えれば何故玉を置かなければならないと疑問に感じ、全て打ち明けて話したとしても本当の話か彼らには見当もつかないはず。となれば私はただの怪しい人物となってしまう。それは嫌だなあと片眉を上げていると、グイーさまがにかっと笑った。
「なら儂が皆の枕元に立って伝えよう。儂の命に従っただけとなるからな!」
「変人扱いはされませんが、神の御使いになっているじゃないですか! それなら西と南と北と東の女神さま方にお願いしてください! その方が各大陸の方も喜ばれますよ!!」
グイーさまが世界の皆さまの枕元に立ってお告げを出せば、内容次第で私は神の御使いとなってしまう。グイーさまが名前を出せば完全に私は彼のお使いでやってきたと悟られてしまう。穏やかな生活を送るためには避けたいことだと、私は仕事の譲渡を試みて四女神さまの名を挙げたのだ。
「えー……王さまに会うのは大変」
「面倒くせえ……どうせ、チビって言われんだぞ」
「ならば力を使って北大陸中に撒いてしまいましょう」
「わたくしも力を使い東に撒きますわ」
ヴァルトルーデさまは大陸各国のお偉いさん方と顔を突き合わせるのは微妙な心境のようで、ジルケさまはチビと呼ばれることを予見しているようだ。ナターリエさまとエーリカさまはご自身の力を使い、手っ取り早く解決するつもりのようだった。
「適当にばら撒くと位置が把握できんじゃろ。道具を用意したは良いんだが、黒くなっても分からんのでな。確認が必要なのだ!」
グイーさまが創造なさった玉だというのに、玉が黒色に染まってもグイーさまは把握できないそうである。
「グイー、時々詰めが甘いわよね」
「仕方ないだろ、テラ。まあ儂が撒いた種だし責任は感じとるからこうして動いてるわけで」
テラさまが肩を竦めグイーさまが背を丸めて彼女を見ていた。仲が良いなあと私が見ている横で、黒い靄は微妙な心境を抱いているようである。まだ諦めきれていないようなので、恋心とは誠に面倒なものである。恋で傷ついた心は時間が癒してくれるだろうと、私は気になったことがあるので片手を挙げる。グイーさまとテラさまが手を挙げた私に気付いてくれたので疑問を投げる。
「あの……グイーさまが創造なさったものだと知れば、誰も返してくれなくなるのでは……? いや、ほとんどの方はお告げ通りの行動を取ってくれるでしょうけれど、妙な方がいれば懐に仕舞い込んでもおかしくない代物のような」
各地に玉を配布したとして、キチンと返してくれるのだろうか。聖王国は大陸を司る女神さまの聖遺物、どころか創星神さまの聖遺物として後生大事に保管しそうである。複数個配ったならば一個くらいくすねてもという考えの方が現れてもおかしくないし、他の国にも信仰心の高い方がいるから戻ってくるのか心配だ。
「まっさかあ! 儂が創ったものに価値など……あるわけ……ないことは、ないのか?」
グイーさまはガハハと笑っているが、どんどん笑みが消えていく。
「ヴァレンシュタイン副団長さまなら嬉々として、問題が解決したあとに頂けないかと相談を受けそうですが」
私は副団長さまであればグイーさまが創った品と分かっている状況で入手することを模索するはずだと伝えた。他の方たちもできうるならば手に入れたいと考えるだろうし、グイーさまは人間の欲望を軽く見積もっている。
「南の島で会うた紫色の外套を纏った銀髪の男のことだな。確かにあの男であればちゃっかり頂こうと行動しそうだ! しかし、ナイ。返してくれぬまま石が黒くなれば、自分たちが困るだけだぞ?」
「あ、そうでした。でも異変が起こると私に苦情が届きそうなのですが」
むむむと腕を組んで考え込んだグイーさまが私の方へと顔を近づけて問うたが、異変に困った末に対処できずヘルプ要請が私の下へと舞い込みそうだ。正しくはアルバトロス王国かもしれないが。
「そうなったら石の変化が分かるのだから丁度良いのではないか?」
グイーさまが腕を組んだまま顔を少し傾げる。異変が起きる前に石が黒くなったと知らせを受けて回収する方が楽であるのは確実だ。危険性の感度がグイーさまと私では違うのだなと苦笑いを浮かべながら、グイーさまと視線を合わす。
「異変が起きてからの対処だと不味いかと」
「その辺りは儂の言いつけを守らなかった者の責任だ。負い目を感じる必要はないと思うがの」
グイーさまがきっぱりと言い切った。この辺りもグイーさまは神としてあっさりとしているというか……しかし、私が世界中に目の前にある大量の石を配り歩けば、どれほどの時間が掛かるのだろう。
人間がいる場所は管理できるけれど、大自然の中に放り込んだ石の管理はできない。その辺りの対策を取らなければ問題が生じてしまう。
私が悶々と悩むよりグイーさまに聞いた方が早いかと、現状で思いつく懸念を絞り出す。私だけの考えでは想像に至らない部分もあるから、部屋にいるソフィーアさまとセレスティアさまとアリアさまとロザリンデさま、そしてジークとリンの知恵も借りる。
「む。結構、抜けている部分があるなあ。儂が簡単に考え過ぎていたか」
「グイーは私たちとナイたちの力の差をあまり加味していないから。まあ、貴方が割と適当ってこともあるでしょうけれど」
グイーさまは私たちがあーでもないこーでもないという懸念を確りと聞いてくれ抜けている部分があると認めてくれた。そしてテラさまはグイーさまに片眉を上げながら肩を竦めている。
「そ、そんなことはないぞ?」
むむむむむと腕を組んだまま身体を横に倒したグイーさまに女神さま五柱の厳しい視線が刺さり、グイーさまが身体を元の位置に戻して視線を右から左、左から右へと彷徨わせていた。
「皆、どうして厳しい視線を儂に向けてるの?」
彼の少し情けない声に答えてくれる方はいない。数秒の時間が流れるとテラさまがパンっと手を叩いてからにっと笑った。
「石の配布はナイに任せるとして、玉が黒くなれば分かるようにできないの?」
テラさまの頭の中では私が石を各地に配布して回ることになっているようだ。
「できるが、それなら創り直した方が早いな」
「ねえ、グイー」
「ん?」
「せっかくならただの丸い石じゃなくて、もう少し凝ったものにしないの? 例えば宝石みたいに綺麗にカットされているとか」
テラさま曰く、世界中の皆さまの枕元に立つのだから、神さまの威厳を示すために石を少し凝ったものにしたいようである。グイーさまはテラさまの助言に納得しているものの、うーんと考え込んでゆっくりと口を開いた。
「ぬう……儂に美的な感性が備わっていれば良かったが」
「ないものねえ。だから丸い石だったわけだし……あ、そうだ! ナイ、宝石持ってないの? 貴族ならたくさん持っているわよね」
グイーさまが渋い顔で悩んでいるため、テラさまが私へ視線を向けて宝石類を見せて欲しいとお願いされた。ソフィーアさまとセレスティアさまは『あちゃー』と言いたげだし、ジークとリンは目を細めながら私を見ている。
アリアさまとロザリンデさまは『ナイさまが宝石を身に着けているところをあまり見たことがないような』『夜会の際も身軽でしたものねえ』と顔に出ていた。私はテラさまから視線を外し、どうしたものかと悩んでしまう。自室のクローゼットに眠っている宝石類はかなり少ない。
「あ、あら……?」
「母さん、ナイは食べることが一番だから」
「母上殿、装飾品についてはナイに聞いてやるな」
テラさまがぱちくりと目を何度か閉じていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまがフォローになっていないフォローを入れてくれる。確かに食い気に走っているけれど、必要とあれば宝石類を身に着けるのだが。でもご飯と宝石を天秤に掛けると、ご飯を確実に選ぶ自信がある。どうしようかと私がまた悩み始めると、肩の上のクロが声を上げる。
『ねえ、ナイ。ボクたちが身に着けているものじゃ駄目?』
クロが私の肩の上で身に着けている天然石の革紐を咥えて見せてくれた。
「あ、アガレスの天然石」
『自然の物だから不規則だけれど綺麗だよ~』
クロはどうかなあとテラさまとグイーさまにも見せて、部屋にいるヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに毛玉ちゃんたちが『どう?』と胸を張って神さま方に見せていた。
「ああ、綺麗じゃない。グイー、参考になりそう?」
テラさまがクロたちが身に着けている天然石を覗き込み、彼女の後ろからグイーさまが髭を手で撫でながらうんうんと頷いている。
「なるほど。適当で良さそうだし丁度良いか。うむ!」
グイーさまがぱちんと指を鳴らすと、空中からまたリンゴの木箱のような箱が現れゆっくりと床の上に落ちていく。箱の中には天然石のような透明な石がたくさん入っていて、丸い石より高級そうに見えてしまう。
グイーさまの説明だと黒く染まれば四女神さまが分かるように作ったとのこと。石の位置も分かるようで、都度四女神さまから私に知らせるようにとグイーさまが告げる。ヴァルトルーデさまとジルケさまとナターリエさまとエーリカさまはグイーさまの決定になにも言わず、分かったと頷くだけだ。きちんとしたグイーさまからの命令は四女神さまは素直に受けるようである。
しかし何故、私が確りと巻き込まれてしまっているのだろうか。でも禁忌の森から原因が広がっている――元々の元はグイーさまだが――のだし、枕元で私の名がでそうだから腹を決めよう。
「ナイ、面倒を頼んで申し訳ないが、地上のことは人間が動いた方が良いだろう。頼んだぞ」
グイーさまが私の下に歩み寄り見下ろしながら手を私の両肩に置く。創星神さまにお願いされれば、口にする言葉はただ一つ。
「承知致しました」
肩に手を置かれているので頭を下げることはできないため、私はグイーさまの目を確りと見据えた。
「なんだか、ナイに畏まった言い方をされると気持ち悪いなあ」
「確かにあまり似合わないわねえ」
グイーさまは片眉を上げながら苦笑いを浮かべ割と酷いことを仰る。何故かテラさままでも同調するのだが、私はこれから忙しくなりそうだと小さく笑うのだった。