魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――本当に聞こえた。というか創星神さまのお姿を夢で拝見することになろうとは。
アルバトロス城内はアストライアー侯爵の予言通りになったと、上を下への大騒ぎとなり皆が見た夢の話で大盛り上がりになっている。私も今朝方に夢の中で、創星神さまが透明な石を見つけたなら触れぬこと、もし仮に黒く変色していればアルバトロス王国のアストライアー侯爵に連絡を入れることと仰っていた。
そしてもう一つ、各国にアストライアー侯爵が創星神さまがお創りになった透明な石を配りに行くので受け取ることと付け加えられていた。そうなってしまった原因も教えて頂いたのだが、アストライアー侯爵から上がってきた報告と差異はない。本当にどうしてこうなってしまったのだろうと、私はアルバトロス城の執務室で頭を抱えていた。
「父上、気を確りと!」
「そうです、父上。父上が倒れられては創星神さまのお下知を立派に果たすことができないでしょう?」
王太子であるゲルハルトと第二王子であるライナルトがアルバトロス王である私を励ましてくれているが、私だけに務めを押し付けようとしてないだろうか。創星神さまはアストライアー侯爵に連絡を入れよと申されていたが、国同士を経由するためアルバトロス王国に先に連絡がくるはずだ。
もちろん侯爵と個人的に繋がりのある国であれば彼女に直接知らせる。だが、交友を持っていない国や個人が多いだろうから、必然アルバトロス王国が窓口になるのだ。確実に。アストライアー侯爵も創星神さまから預かり受けた石を各国に配るため、明日から忙しく動き回るようである。私の机の前にも創星神さまが創り給うた石が鎮座しており、不思議な形をしていた。
私が座す椅子の肘掛に我が妃であるベアトリスクが凭れかかり、真剣な眼差しで石を見ながら声を紡ぐ。
「でも、本当に皆が同じ夢を見るとは……アストライアー侯爵はどこまで交友を広げるのでしょうねえ」
だからこそ城内では皆、夢を見たかと確かめ合っている。そしてアストライアー侯爵はどうなっているのだ、とも口々に語られていると宰相から聞いていた。
本当にアストライアー侯爵はどこまで交友関係を広げるのか分からない。ただ国内の貴族にも目を向けてくれ、新しい取引を始め経済を動かしてくれているのだから文句は言えないだろう。でもやはり彼女の交友関係はどうなっているのだと突っ込まざるを得ない。何故、星を創り給うた神さまご家族と仲が良いのだろうか。いや、仲が良いお陰で今回はお使いを頼まれたようだが。
彼女が創星神さまを利用することはあるまい。短い付き合いだが、アストライアー侯爵は誰かに命じることを苦手としている。お願いという形で命じて相手が不本意であれば、なるべく断りやすい状況にしているようだ。
誰かに命じるくらいなら、自分で済ませた方が早いという考えも持っているようで貴族としては難儀な性格をしているのだろう。彼女を貴族にさせた私が言えることではないので絶対に口にはしない。海の中で生活している者たちとも縁を持っているし、本当に侯爵はどこまで交友を広げるつもりなのか。はあと深い溜息が出そうになっていると、ゲルハルトの妃であるツェツィーリアが困った顔になる。
「侯爵閣下ですから、敵対しない限りは穏やかに交友を持たれ広がり続けるような……」
彼女はアストライアー侯爵と母国であるマグデレーベン王国を繋ぐ役目を務めている。侯爵が個人的に彼女の母国の特産物を得られるように、ツェツィーリアが手引きをしたのだ。
お礼という形を取っているので私はなにも言うつもりはないが、おそらく母国からは侯爵と強く繋がるようにと命じられているのではなかろうか。彼女もアルバトロス王国とマグデレーベン王国の間に立たなければならないので大変だろう。母国の貴族から侯爵を紹介して欲しいと請われ困り顔になっていたこともある。
「…………疑って申し訳ないのですが、本物なのですよね?」
第二王子であるライナルトの婚約者が青い顔をして私たちに問うた。彼女がアルバトロス王家と深く関わるようになって日が短いためか、事態が飲み込めていないようだった。
彼女の青褪めている顔を見ていると少し心が落ち着く。申し訳ないが、これからもアストライアー侯爵のために我々王家と上層部は右往左往するだろう。その代わり多大な利益を齎してくれるので、王家の一員として確りと務めて欲しい。彼女の能力は十分優秀なのだから。そんな青褪めている彼女の顔をライナルトが覗き込み優しく微笑んだ。
「うん、本物だよ。アストライアー侯爵閣下が持ち込んだ物だから間違いない」
ライナルトの言葉に彼女が『うっ』と息を呑み込む。慣れないと本当に胃が痛くなるから、彼女には今の環境に適応して貰いたいものである。ずっと胃痛を患うのは辛いのだから。
しかし目の前の石が黒く染まれば我々に影響がないのか少々不安である。創星神さまは大丈夫だと仰ってはいたものの、堕ちた神の意識を回収するものだと聞いている。
身体を乗っ取られたりしないのか不安な者もいるだろう。王都の街も今朝の夢の話で大騒ぎになっているようだし、リーム、ヴァンディリア、フソウ、ヤーバンからは既に問い合わせが入っている。もう暫くすればアガレス帝国、共和国、ミズガルズからも確認を取られるだろうし、南大陸の国からも本当なのかと聞かれることだろう。
「侯爵からは触れても問題ないし、落としても割れないと教えて貰っているが粗雑に扱えぬな……アルバトロス王国にはハイゼンベルグ侯爵領、ヴァイセンベルク辺境伯領、リヒター侯爵家、フライハイト男爵領、ラウ男爵領にも石を預けるそうだ」
三年前、竜の卵を粗雑にできないと慌てていたが、更に上をいく物を預かることになろうとは。執務室に設置してくれたのはアストライアー侯爵である。恐れ多いから触れられないと私が告げると、彼女は不思議そうな顔をしていた。
普通に石を手に握り込んでいるし、手袋もしないまま素手で触れていて私は心の中で悲鳴を上げていた。もう少し丁寧な扱いをと私は願ってみたのだが、創星神さまが手で触れても問題ないと仰っていたそうだ。石にアストライアー侯爵の指紋が付いているのが気になってしまうものの、拭っても良いのか分からずそのままである。
「随分と多いですのね」
「原因となる玉が落ちた場所がアストライアー侯爵領の禁忌の森だったから、そこから近い場所には石を多く配るそうだ」
王家以外に石を受け取る彼らもまた、今頃は悲鳴を上げている頃だろうか。叔父上がハイゼンベルグ公爵を務めていたならば豪快に笑いながら受け取りそうだが、今は代替わりをして彼の息子が務めている。困り顔を浮かべながらアストライアー侯爵から受け取るだろう。
ヴァイセンベルク辺境伯も普通に預かるだろうし、リヒター侯爵も問題なく受け取ってくれるはず。フライハイト男爵は腰を抜かしそうだ。ラウ男爵はどうだろうか。叔父上の部下であり、仲が良かったから普通に受け取りそうである。
「そうでしたのね。しかし……わたくしはまた母国であるガレーシアに赴かなければならなくなりました」
「ああ、侯爵閣下から頼まれたのだよね? 忙しくなるかもしれないが宜しく頼むよ」
我が妃であるベアトリクスはアストライアー侯爵から頼まれごとをしていた。なんでもまた海竜殿を呼び出すらしい。こちらもまた神さま方の関係で呼び出すそうで、海のある彼女の国が選ばれたのだ。少し前、彼女は久しぶりに母国に戻ることを喜んでいたし、アストライアー侯爵がガレーシアに向かうことを良しとしていたのに不都合があるのだろうか。
「承知致しましたわ、陛下。また竜のお方の背に乗って移動をするとは……高い所は苦手です」
どうやらベアトリクスは高い所が苦手なようである。城の天辺に登っても平気そうな顔をしていたのに不思議なものだと考えていれば、竜は更に高い所を飛ぶため怖いようである。強かな彼女が弱みを見せるなど珍しいこともあるものだ。
「暫く忙しくなるはずだ。皆、アルバトロス王国のため、宜しく頼む」
私は皆の顔を見ながら告げると同時、執務室の扉を二度叩く音が響く。誰だと護衛の者に私が視線を向ければ、恭しく頭を下げて扉の向こうに立っている者とやり取りを始めた。
どうやら外務卿であるシャッテンが私に耳に入れて欲しい事柄があると、執務室を訪れたとのこと。私は護衛の者に入って構わないと告げると、シャッテン卿が執務室の中に一歩踏み入れて礼を執る。彼は足を進め執務机の前まで歩き、礼をもう一度執った。
「陛下、聖王国がアストライアー侯爵を盛大に迎え入れるための準備を始めたようです」
シャッテンの報告に私は口の端が歪に伸びる。椅子の肘掛に寄り掛かっているベアトリクスが私の顔を見て『あら』と小さく声を零し、面倒なことにならなければ良いけれどと続けている。
どうして聖王国は毎度騒ぎを起こすのか。アストライアー侯爵の騒ぎはアルバトロス王国の利益に繋がるから私はどうにか耐えられるし、侯爵自身が難事に対応できるので構わない。だが聖王国はやらかしが過ぎて各国から監視を受けているというのに、浮かれてしまってどうするのだろう。いや、待て……まだ聖王国には最後の良心が残っている。
「教皇は止められなかったのか?」
聖王国が今、国として興っているのは彼と彼の周囲の者たちのお陰だろう。そして、西の女神さまからお言葉を貰い教皇の地位を確たるものにしたはずなのに、何故止められないのだろうか。
「どうやら、かなり盛り上がっているようで口を挟む暇がなく、本当に申し訳ないと一報が先程入りました。一応、ベナンター準男爵がいるので、報告を密にと頼んでおきましたが……」
シャッテンが続けて心配ですねえと告げ、私は両手を組んで顔の前に置き悩み始める。アストライアー侯爵が聖王国に向かえば高い確率で大変な事態になりそうである。聖王国上層部が。
「アストライアー侯爵に向かわせるより、別の者の方が良いかもしれぬな」
「でも陛下、創星神さまは侯爵が石を配りに向かうと……」
私が絞り出した声にベアトリクスがお忘れですかと言いたげに告げた。そうだった。アストライアー侯爵は創星神さまの命を受け、各国に石を配りに行く。侯爵はなにも感じていないようだが、人はそれを神の御使いという。
「そうであった……ぬう。侯爵には正直に伝えよう。彼女も場数を踏み、妙な者の相手にも慣れている。教皇に根回しして、手を出してきた者は如何様にしても構わないと約束を取り付ければ場は収まるだろう」
アストライアー侯爵は最初こそ巻き込まれて致し方なく行動していたが、最近は割り切っているのか的確に判断して動いている。であれば聖王国に赴いても丸く収めて戻ってくるだろうし、失敗してもアルバトロス王国が取り計らえば良いことだ。私が難しい顔をしているとシャッテンが苦笑いを浮かべながら口を開く。
「閣下であれば、石を大聖女さま方に渡して直ぐに別の国へ行くと逃げそうですねえ」
「そうなれば有難いが。どうなることか……聖王国が更地にならなければ良いのだがな」
私の声に執務室にいる者たちが苦笑いになっていた。さて、明日からアストライアー侯爵が忙しなく各国へと石を受け渡すことになっている。確かに聖王国に長時間滞在している暇はないだろう。今日は今日で侯爵はアルバトロス王国内の玉を預ける領地に顔を出しているようで、明日から我々も忙しくなりそうだと告げて皆で乗り越えようと決意するのだった。
◇
グイーさまが夢に現れて『石をアルバトロス王国のナイ・アストライアーに預けたから、各自宜しく頼む』と告げて消えたのが、一昨日の夜から朝方に掛けての間である。流石に説明はこれだけではなくきちんと経緯も話してくれたので、私は胸を撫で下ろしていた。
クロとアズとネルとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも夢でグイーさまとお会いしたようである。彼らから聞いた内容は私が見た夢と全く同じものだった。
グイーさまはもしかすると地上で生きている者全てに夢を見せたのではなかろうか。エル一家もジャドさん一家もトリグエルさんにジルヴァラさんも夢を見たというし、エルが言うには厩の馬も同じ夢を見たそうである。
力の使い方が間違っていないかと言いたくなるが、魔力の影響で通常よりも知能の高い動物が存在することがある。彼らにも意味が分かるようにグイーさまは夢を見せたのかもしれないし、きっとなにか意味があったのだろう。
昨日、私はさっそくアルバトロス城にいる陛下にグイーさまから預かった玉を渡したところである。夢で見たことが本当に起こっているため、王族の皆さまは一様にして驚いていた。
触れても大丈夫ですよと伝えたのだが恐れ多くて触れられないと陛下が仰ったのだが、私は石を興味本位でツンツンしたり、指でコロコロ転がしていたし、グイーさまから触っても構わない言質を頂いているから好き放題していた。陛下が特別に取り扱っているのに、一侯爵でしかない私が石を粗雑に扱っていたことを知ると玉座に腰を下ろしていた彼とご家族の皆さまの顔が引き攣っていた気がする。
でも、やってしまったことは仕方ないし、陛下のあとにはハイゼンベルグ公爵領、ヴァイセンベルク辺境伯領、リヒター侯爵領、フライハイト男爵領、ラウ男爵領と赴かなければならなかったため直ぐに謁見室から下がらせて頂いた。
ハイゼンベルグ公爵領の領主邸ではボルドー男爵さまも一緒に公爵閣下と顔を見せており、凄く面白そうな顔で『確り務めを果たしてきなさい』と言葉を頂いている。
彼に期待されると、トラブルを望まれているような気がしてならない。大事にならないために動いているから、平和に終わって欲しいものである。ヴァイセンベルク辺境伯邸でも、リヒター侯爵邸でも、フライハイト男爵邸でも、ラウ男爵邸でも驚かれつつも、大事に石を預かるとし異変が起きればすぐさま連絡を寄越すと確約してくれた。
今日は王妃さまのご実家であるガレーシア王国とその周辺国に石を渡す予定である。時間が余れば他の国にも寄るので、結構スケジュールがタイトなものになっていた。
アストライアー侯爵家にはグイーさまの話は本当かという問い合わせが殺到している。家宰さまは関係のある家にだけ連絡を入れ、あとは放置するそうだ。事務業務が大変になっているけれど、クレイグもいるからきっと大丈夫なはず。幼馴染であるクレイグとサフィールは話を聞いて呆れかえっていたけれど、頑張ってこいと言葉を贈ってくれていた。
私たちはアルバトロス王都のタウンハウスに一泊しているので、アルバトロス王都の外にある広場で飛竜便を使って移動することにしている。ロゼさんの転移も考えたが、いきなり人間が現れれば不審者となってしまうので、竜に乗ったアストライアー侯爵が現れるとグイーさまが告げてくれたのだ。
赤竜さんによろしくお願いしますと挨拶をして、私は後ろを振り返る。後ろにはジークとリンが控えてくれていた。
「行くか」
「忙しくなるね」
ジークとリンが苦笑いを浮かべながらレダとカストルの柄に手を添えていた。臨戦態勢ではないが、気合を入れるためなのだろう。
『凄いことになったねえ』
クロは私の肩でのんびりとした声を上げ、尻尾で私の背中を叩いている。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも一緒に行くので結構賑やかだ。いつの間にか戻ってきていたエル一家とジャドさん一家はお留守番をしておくとのこと。ただジャドさんはヤーバン王国に向かう時は一緒にきてくれるそうだ。
「本当にね。でも解決すると良いな。放っておいて誰かが被害にあったら寝覚めが悪いから。ユーリとの時間が減るのは痛いけど……そう言っていられないしね。ソフィーアさまとセレスティアさまもよろしくお願い致します」
無事に解決すると良いのだが、果たしてどういう結果となるのだろう。グイーさまから最悪の場合は誰かが堕ちた神の意識に乗っ取られることもあるとのこと。力が落ちているので世界が滅ぶことはないが、大きな被害を受ける可能性があるそうだ。だからこそ頑張らなければと私は次にソフィーアさまとセレスティアさまの顔を見る。
「私はナイの側仕えだからな。どこにだってついていくさ」
「ええ。それに創星神さまから使いを給わったナイの側に控えられることは貴族として光栄なこと。遠慮せずこき使ってくださいませ」
真面目なお二人は政治面で私にいろいろと助言をくれるそうだ。私は各国のお偉いさんの顔なんて覚えていないので、彼女たちが教えてくれるとのこと。お二人との付き合いが長くなり、アストライアー侯爵家には欠かせない方たちとなっていた。私はソフィーアさまとセレスティアさまと確りと視線を合わせて頷いた。
「はい。ヴァルトルーデさまとジルケさまが付いてくるなら、私は要らない気がしますが」
女神さま方も同行するのであれば、私は必要ない気がするし、そちらの方が話が早く進むのではないだろうか。
「父さんはナイが行くっていった。なら、ナイが行くべき」
「あたしらでも良いけどよ、面倒なことになりそうだからな。親父殿もその辺り見越していたんじゃねえか?」
ヴァルトルーデさまがゆっくりと左右に顔を振り、ジルケさまは肩を竦めて少し呆れた顔になっていた。確かに夢で指定を受けたのは私であるが、ヴァルトルーデさまとジルケさまであれば後光を発しながら人間の皆さまと協力を得られる気がするのに。しかしグイーさまは女神さま方が直接動けば大陸が大騒ぎになると考えていたのだろうか。凄く怪しいので、つい私の口から疑いの言葉が出てしまう。
「……本当に?」
私がむっと目を細めると頭の上から気配を感じた。
――酷いぞ、ナイ!
グイーさまの抗議の声が聞こえるのだが、どうやら私たちの動向を覗いていたようだ。見られていたかと私が苦笑いを浮かべると、更に気配が増えた。
――貴女たち楽しそうねえ。私もナイたちと一緒に行けば良かったかしら。
テラさまの陽気な声が聞こえてきて、グイーさまを揶揄っている。グイーさまと暫く神の島で過ごすと言っていたテラさまだが、地上に降りてくるのだろうか。
グイーさまは彼女の言葉に呆けた声を上げ、せっかく会えたのにまたどこかに行くのかと切実に訴えている。テラさまはテラさまで彼を揶揄っていただけなのか『冗談よ』と軽い調子で返事をしていた。私の肩の上に乗っている黒い靄がぺしょんと凹んでいるようだが、今から海に戻るのだから確りしないとねと私が伝えれば元に戻った。私は最後に声を掛けるべき方へと向き直り礼を執る。
「王妃殿下。度重なる要請を受け入れて頂き、感謝致します」
私が顔を上げると妃殿下の口の端が歪になっていた。何故そんな顔をと問いたくなるが、挨拶の最中である。余計なことは言わない方が吉だろう。
「良いのよ、侯爵。今日も宜しくお願いしますわ……女神さま方、同席させて頂きます」
王妃殿下に三年前の勢いはない。ソフィーアさまとセレスティアさま曰く『ナイに手を出せば大事になるからな』『一度怒られていますし、二度目はないのでしょうねえ。良い気味ですわ。あのお方が困り果てている姿を見るのは愉快です』と教えてくれた。
お二人は王妃殿下の無茶に付き合っていたこともあり、王妃殿下が大人しくなっていることが嬉しいようである。私は害さえなければ良いのだが、自身の立場が上がり過ぎるのも考えものであると悩みそうだ。王妃殿下から挨拶を受けたヴァルトルーデさまとジルケさまは視線を彼女に向ける。
「ん」
「よろしくな」
凄く軽い返事だけれど、二柱さまが相手をする価値はないと判断すれば目線さえくれない。だから王妃殿下の同行を認めてくれているようだと私は安堵して、赤竜さんの背に乗った。そうしてゆっくりと王都の空を舞いあがり、ガレーシア王国を目指して凄い勢いで飛んで行く。
――そんなこんなで忙しい日々の始まりである。
◇
――ガレーシア王国王都・ガレーシア城執務室。
私はガレーシア王国の頂点に立つ者として、今回の謁見は絶対に失敗してはならぬと城勤めの者たちに伝えねばならない。城の者たちは二日前に見た同じ夢の話で持ち切りなのだが、何故アストライアー侯爵はガレーシア王国にたった数日で赴くことを決めたのか。
いや、まあ一応理由は我が娘であるアルバトロス王国の陛下に嫁いだベアトリクスから聞いているが、普通はアルバトロス王国の周辺から届けることが効率が良い。もう少しあとになるだろうと考えていたが、昨日、ベアトリクスからガレーシア王国へ侯爵が急ぎで赴くと連絡が入ったのだ。急な話に驚くものの、侯爵がくることを城の者たちに伝えれば『創星神さまの夢は本当だったのだ!』『本当に石を届けてくれるのか?』と沸き立っていた。
私も私で侯爵一行を迎え入れる準備をせねばと昨日から取り掛かり切りである。
「絶対にぃ……絶対に粗相をするな! 良いか、馬鹿なことを言い出したり、行動に出た者は問答無用で首を刎ねるからな!! 私は本気だぞ!!」
創星神さまの使いであるアストライアー侯爵の身になにかあれば、神の怒りを受けガレーシア王国など一瞬で吹っ飛んでしまうのではなかろうか。歴代の王がこの地を護り、発展させ今がある。私の代で終わらせるわけにはいかないと、腹に力を入れて声を出せば周りの者たちは目を見開いて驚いている。
「陛下、本気ですか?」
私の側にいた宰相が驚いた顔を見せながら私に問うているのだが、当然で本気である。アストライアー侯爵に勝手に喋り掛けた瞬間、問答無用で首を切り落とされても文句は言えまい。
「本気もなにも創星神さまの使いがくるんだぞ! ベアトリクスによれば女神さまもくるかもしれないと言っていた! 不敬を働いてみろ、どうなるのか私も分からん!!」
アストライアー侯爵は竜を数多く従え、フェンリルに天馬、グリフォンを連れているという。ベアトリクス曰く、本当の話であり侯爵は屋敷で一緒に過ごしているのだとか。そして最近は女神さま方とも一緒に暮らしているそうである。女神さまと同じ屋根の下で過ごすとは? と凄くアストライアー侯爵を質問攻めにしたくなるが、今は歓迎の準備をせねば。
「城門から謁見場まで、塵一つ落とさぬようにくまなく確認を! 危険なものを侯爵一行が通る道には置くな! 護衛の近衛騎士は身形を確り整えよ! あとは……他に……ぐう」
私が命を下せば、一人また一人と執務室から出て皆に知らせに走っている。嗚呼、胃が痛いと手で鳩尾辺りを押さえると宰相が青い顔になる。
「陛下、無理はなさらず」
「無理をしなければならぬ時だ。倒れるわけにはいかん!」
そう。倒れるわけにはいかないと私は歯を食いしばる。少々気の弱い王太子ではアストライアー侯爵の相手を務められるとは思えん。また私は思いつく限りの命を下して、アストライアー侯爵との謁見に臨む準備を進めるのだった。