魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

654 / 740
0654:やはりでた。

 ヤーバン王国は西大陸の西端に位置する国である。私たち一行はそこから北上して近くの国を回ることになっているがもう直ぐ陽が暮れる。あと一国巡れば、本日のお届け物屋さんは閉店だなと眼前に広がるヤーバン王国の北に位置する国の王都を見下ろしていた。

 一応、今日の最終地となるため野宿をさせて欲しいと相手国に連絡を入れているのだが、城にお泊りとなりそうである。まあ、野宿でも賓客として宿泊するのも同じだ。少し違うのはみんなと一緒にご飯を食べることができないことや、雑魚寝も無理だということだけ。

 

 ヤーバン王国の北に位置する国は少し寂れた雰囲気だ。大陸の西の端に位置することで、周辺国との交わりが少なくなるためだろうか。とはいえ王都を囲う壁の外にはガレーシア王国のように多くの皆さまが集まって、赤竜さんを見上げていた。さて初めて赴く国となるが、一体どんなところだろう。

 ジャドさんたちはヤーバンに残って石の説明を担ってくれているし、ガレーシア王国には王妃さまが残っているので同行者が減っている。少し寂しい気もするが、今の面子でも十分頼りになる方ばかりだ。私は眼下に広がる光景を見ながら、一緒に赤竜さんの背に乗っている方たちに視線を向けた。

 

 「ヤーバン王国の方たちは、今まで回った国の方たちより緊張感はマシでしたが次の国はどうでしょうか」

 

 アルバトロスの陛下によれば普遍的な国であり、眼下の国を治める王さまも至って普通と聞いているが……言葉の端々に棘があるとアルバトロスの陛下は微妙な顔をして唸っていた。

 西大陸は小国が集まってできている場所である。小さな小競り合いや争いは常に起こっていると言っても良い。過去には大陸中で戦を執り行っていた時期もあるそうだが、今は殆どの国が平和路線を政治的標榜としていた。人間を相手にして領土や賠償金を得ることより、魔物や魔獣の危険から国民を守ることが主眼になっているためだろう。

 

 「そうか……私は彼らの格好が苦手でな。先程は平常心を保つのに手一杯だった。ナイが気を使ってくれたのに、すまん。次の国はナイのことを羨んでいる王が統治しているからな……騒ぎになったり問題が起こるなら野宿の方が無難だろう」

 

 ソフィーアさまが私の声に少し肩を落としながら、次に赴く国について教えてくれる。やはりアルバトロスの陛下から聞いていた通り、眼下を治めている王さまは小物評価を受けている。

 

 私のことを羨んでも仕方ないし、私が羨ましいというのであれば是非とも代わりに世界各地を忙しく回って欲しいものである。一国の王という肩書を持っているから無理だけれど。

 各国の王さまが集まる会議の場でアルバトロスの陛下に堂々と『アルバトロス王国にはアストライアー侯爵がいて羨ましい』と管を巻いていたようだ。そうしてヤーバン王と陛下の舌戦で負けたそうである。

 

 「我々アルバトロスの女性は苦とする場でございましょうねえ。ソフィーアさんでも苦手でしたか。眼下の国はヤーバン王国より規模は小さいですが、長い歴史を持つ国ですわ。腹になにか仕込んでいるかもしれませんが、無難に躱すのも貴族の務め。相手が無礼を働かない限りは穏当に参りましょう」

 

 セレスティアさまは騎士の方に交じって訓練をすることもあるため男性の半裸にある程度の耐性を持っていた。しかし彼女の眼下の国に対する評価が低い気がしなくもない。赤竜さんが声を掛けてくれ下降態勢を取ると教えてくれた。一気に高度を下げて本日最終となる国の地に辿り着く。少し先には相手国の方たちが待ち受けているのだが、赤竜さんが怖くて近づけないらしい。

 今日の空の旅は終わりのため赤竜さんは人化して、今回の会談に同席することになっていた。ディアンさまとベリルさま同様に人化するとすっぽんぽんになるらしい。私は彼女から服を預かっているのでロゼさんに出して貰い、側にある林の中に行こうとなった。

 

 とりあえず向こうにいるお偉いさん方を放置できないため、ジークに使者をお願いして少しばかり待って欲しいと伝えて貰う。

 

 クロは赤竜さんが人化すると聞いて『ボクはみんなと一緒に待っているね』と私の肩からジルケさまの肩に飛んでいく。ゆっくりと肩に着地したクロが珍しかったのか、ジルケさまが苦笑いを浮かべながら口を開いた。

 

 「なんだ、今日のクロはあたしが良いのか」

 

 『ジルケさまの肩に乗ったことがないなあって』

 

 「そういや、そうか……って、姉御の視線がすげえことになってんぞ!」

 

 呑気なクロとジルケさまの会話を聞きながら、私は赤竜さんの衣装に不備がないか点検していると、ヴァルトルーデさまがクロが自身の方に乗ってくれないことに不満を抱いたようである。耐えられなくなったジルケさまがたまらず声を上げると、クロが首を傾げながらヴァルトルーデさまに視線を送った。

 

 『怒ることじゃないよ~?』

 

 「なんだか寂しく感じた」

 

 『妹さんだからじゃない?』

 

 「そうなのかな」

 

 「世の妹は姉からの理不尽に耐えなきゃなんねえのな……」

 

 「なにか言った?」

 

 「いや、なんでもねえ」

 

 クロとヴァルトルーデさまとジルケさまの愉快な会話を聞きながら私は赤竜さんに『行きましょうか』と声を掛ける。すると赤竜さんが林のなかに飛んで行き地面に降りれば眩い光が溢れ出す。どうやら赤竜さんが人化する際の魔力のようで、凄い明るい光に目を細めて私は林の少し中に足を踏み入れた。側にはリンと雪さんと夜さんと華さんが護衛として一緒だった。

 

 暫く待っていると全裸姿の赤竜さんが堂々と林の中から歩いてくる。もし仮に誰かがいれば赤竜さんは完全に痴女として見られそうだ。まあ人間ではないのでノーカウントかもしれないが。そして例によって漏れず、ばいんばいんだった。

 赤竜さんの衣装は鱗の色と同じく赤だ。聞けば、鱗の色は誇るべき色なので服も必然と同じ色になるのだとか。そういえばディアンさまも服の色は黒一択だし、ベリルさまも服は白で統一されている。なるほどなあと私は着替えを終えた赤竜さんに視線を合わす。

 

 「赤竜さんとご一緒できるので嬉しいです」

 

 今までは送って貰ってさよならをしたり、今日は外で待っていて貰っていたから赤竜さんと一緒に動けるのは素直に良いことである。私の護衛を担う方たちは戦力を得たと考えるかもしれないが、赤竜さんは結構お喋りな方なので会話が弾む。赤竜さんは目を細めながら私を見下ろして笑う。

 

 「ふふふ。そのようなことを貴女に言われてしまえば勘違いする者が多くいましょう。相手が私ですので構いませんが、軽々しく他の者たちに言わない方が宜しいかと。――代表と白竜が今の話を聞けば落ち込みますし……」

 

 赤竜さんがそっと私の背に手を添えて林の外に身体を向ければ、後ろでリンがむっとしている気がする。赤髪同士でなにか思うことでもあるのだろうか。

 

 「お気になさらず。さて相手を待たせるわけにもいきません」

 

 赤竜さんはリンの視線に気づかぬ振りをして歩き始めた。私も釣られて歩き出せば、リンと雪さんたちも一緒に進み始める。待ってくれていたアストライアー侯爵家一行と合流すれば、ジークは既に戻っていた。連絡は上手くいったようで、きちんと向こうで待機してくれている。ただジークの片眉が微妙に上っているので、連絡をする際になにかあったのかもしれない。彼から私に進言されないから、本当に些末なことであるようだが……さて。

 

 「よくぞ参られました、アストライアー侯爵閣下! そして皆さま! 小さき国までお気に掛けて頂き誠に感謝致します」

 

 相手の国の王さまが笑みを浮かべ私と相対した直後に声を張り上げていた。まだ私は礼を執っていないのだが良いのだろうか。ただ他の方は私の態度を気に留めていないようだし、眼前の陛下が良いのであれば問題ないはず。

 

 「出迎え、感謝致します」

 

 私が眼前の王さまに深めの礼を執れば、周りの皆さまが『おお』と感嘆の息を漏らしている。息を漏らすべきは二柱さまに対してだろうに、もしかしてヴァルトルーデさまとジルケさまを女神さまだと認識できていないのだろうか。

 そういえばグイーさまのお告げでは気が向けば女神さまが私と同席すると言っていただけで、必ずくるとは言っていない。目の前の皆さまは自国に女神さまが足を踏み入れることはないと最初から諦めているようであった。

 私はさっそく石を渡そうとソフィーアさまとセレスティアさまに顔を向ける。お二方は前以て用意していた石を恭しく相手国の皆さまへと差し出した。おおと声が上がり、目の前の王さまも石に見惚れている。私はグイーさまから受けている説明を述べ、最後に紡ぐべき言葉を発する。

 

 「では石をお預け致します。変化があればアルバトロス王国を経由して私にご連絡を頂くか、教会で女神さまに祈りを捧げて頂きたく」

 

 「なんと、なんと! 閣下は女神さまとも御懇意にされていようとは!」

 

 私の声に眼前の王が笑みを張り付けていた。なんとなく受ける違和感に何故と心の内で問いかける。ああ、そうか。目の前の方は一国の王として謙り過ぎなのだ。人様のことは言えない気もするが、もう少し堂々と私と接しても良いのではないだろうか。ガレーシア王もヤーバン王もあと数か国の王さまたちも確りと私を目を合わせて話をしてくれていたが、目の前の方は私と視線を合わす機会がかなり少ない。

 むしろ逸らしているのではと勘繰ってしまいそうになる。とはいえ余計なことを言って不興を買うのは悪手だし、まだまだ赴く国はたくさん残っている。明日は北上しながら点在する国と亜人連合国を回る予定となっていた。

 

 「さあさあ、アストライアー侯爵閣下はお疲れでございましょう。我が国が本日の最終地のようですし野宿は御身に相応しくありません。城へご案内致します。温かな食事と寝床くらいは用意できます故」

 

 目の前の王さまが私たち一行を王都の中へ案内しようとしていた。私は侯爵家の面々に固辞はできないと視線を向け、城に泊る決意をしたと無言で伝えた。ソフィーアさまとセレスティアさまは野宿よりマシだと考えているようだし、ジークとリンは城の様子を観察してあとで攻略法を二人で考えるようである。実際に攻め入ったりはしないけれど、非常時のためのシミレーションを時折二人でやっていた。

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまは口を挟まない。基本、私に任せるというスタンスを取っているので当然と言えば当然だろう。頼もしい限りだと私は前を向き、目の前の王さまに宜しくお願い致しますと頭を下げる。どんな料理が出てくるのか楽しみだし、美味しいかどうかも興味がある。

 私がご飯について考えていると後ろで控えている方たちにはバレバレなようで、分かりやすいから気を付けろという視線が背中に当たって痛い。顔緩んでいるのかなと、私が気を引き締めると相手国の王さまが馬車までの道すがら声を掛けられた。

 

 「アストライアー侯爵はヤーバン王国に先程まで滞在していたと聞き及んでおります。彼の国で横柄な態度を取られませんでしたかな? 衣装を纏わぬ野蛮な者たちの集まりですからなあ。お若い女性である侯爵閣下の目に映すものではありますまい」

 

 隣に立つ王さまは心配そうな目で私を見ているのだが、ヤーバン王国が半裸であるのは鎖国をしていたためである。外へ出た時は衣装を纏うように努力をしているが、眼前の王さまは事実を知らないのだろうか。各国の王さまが集まる場でヤーバン王は今どのような恰好で参加しているのやら。正装かもしれないが、安易に野蛮だと判断するのは我々の勝手でしかない。そして今の場で語ることでもない。

 

 「閣下、どうなさいましたかな?」

 

 王さまは私が押し黙っているだけと気付いていないようだ。私が彼の言葉に賛同して話を興じると考えていたようで、きょとんとした顔になっている。一先ず、これだけは言っておかねばなるまいと私は口を開いた。

 

 「ヤーバン王とは親しくお付き合いのある方でございます。そのように悪く仰られるのは聞き捨てなりません」

 

 「おや? 閣下は彼らを気に入っておられるのですねえ……ふむ」

 

 私がトーンを落として声にしたことを王さまは意に介さず、表情を明るくしている。

 

 「屈強な男が好みのようですなあ。今宵の給仕は閣下の好みの男をご用意致しましょう!」

 

 いや、うん。目の前の王さまはハニートラップ系が得意なのだろうか。私が男であれば、きっと美人を用意して給仕として侍らせていたに違いない。

 ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまがむっとし始めているし、これ以上目の前の王さまに付き合う義理もないか。予定は全て終わらせているので、晩餐会や一泊することはオマケなのだ。ただ彼の話に乗ってみるのも一興だろう。どういう意図で話を持ち出したのか、少し探りを入れたい。

 

 「陛下、よろしいのですか?」

 

 私も笑みを張り付けて王さまの顔を見上げると、彼はにっと口の端を釣り上げた。

 

 「ええ、ええ! ご希望であれば食後も可能ですよ。ご自由にお使いくださって構いませんし、気に入った者がいれば差し上げましょう」

 

 王さまが真っ当であれば私に宛がわれる男性は諜報員だろう。ただの接待要員とは考え辛いし、食事の給仕だけで終わりそうになかった。私が気付いているのだから、背後の皆さまも王さまの言わんとしていることは理解しているはず。ならば、晩餐会と一泊を蹴ってしまっても問題ない。

 

 「ヤーバンの者たちより我が国の男は紳士ですし、侯爵閣下もお気に召されるかと」

 

 王さまは少々マウント癖がある。ヤーバン王国の名を出さなくとも自国の素晴らしさを語れるはず。私はふうと息を吐いて、我慢するのを止めたと鳩尾に意識を集中していたのを解く。

 すると私の黒髪がぶわりと浮いてクロとアズとネルとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちが喜び始める。ジークとリンはレダとカストルの柄に手を添えているし、ソフィーアさまとセレスティアさまも珍しく魔力を練っていた。

 

 「女性は男より難儀なものですが、対策は講じておりますし存分に……――」

 

 王さまが言葉を続けようとすればジークがレダを鞘から抜き、首元に刃先をギリギリで当てていた。

 

 「国王陛下、失礼を。ですがこれ以上不快な発言を我が主に向けないで頂きたい」

 

 『斬る価値はなきに等しいですが、マスターを汚した罪を払いなさい!』

 

 ジークが射殺さんばかりの視線を向けながら声を上げるとレダの刃がキラリと光る。レダも怒っているようでいつもより声色がいくらか落ちていた。

 リンは私の側にばっと立って周囲を警戒しているし、ソフィーアさまとセレスティアさまは相手国の護衛の方々を威嚇するために魔力を練り直ぐにでも発動可能な状態となっている。相手国の皆さまは頭を抱えていたり、王さまに刃を向けるなどと青い顔になっていたりと様々だ。少し離れた位置では相手国の魔術師の方が魔力を練っているが、ソフィーアさまとセレスティアさまには敵わないだろう。

 

 ジークの不敬を正す方は誰もいないため、私は場を収めるために声を上げる。

 

 「陛下。魅力的な方はたくさんおられますが、貴方はあまりよろしくない考えをお持ちなのですね」

 

 「な、なにを!?」

 

 おそらく王さまは私が気に入った人間がいるならば、喜んで差し出しているに違いない。閨についても言及してジークが剣を抜いた。王さまは本番ナシか避妊して至れば良いと考えていたようである。私ははあと皆さまに分かるように盛大に溜息を吐いて、動けない王さまに視線を向けた。見下ろせないことが癪ではあるが。

 

 「申し訳ありませんが、貴国の接待を受ければアストライアーの名に傷がつきそうです。剣を納めなさい、彼の者の首を落としてもなんら価値はないでしょう」

 

 私が接待を断れば王さまははくはくと口を動かして冷や汗を流し始める。私はもう良いでしょうとジークに声を掛ければ、すっとレダを引いて鞘へと納めた。

 

 「は!」

 

 「我が騎士として立派に務めを果たしてくれたこと感謝します」

 

 ジークが一国の王さまに剣を向けたことを問題視されそうだが、私も彼を誉めればジークと同罪である。それに経緯を説明すればアルバトロス王国上層部も他の国の皆さまも、今目の前にいる王さまが悪いと理解を示してくれるはず。とりあえずこの場から早く立ち去ろうと、私はロゼさんにお願いをして以前赴いたヤーバン王国と隣国の緩衝地帯に転移をお願いするのだった。

 

 ◇

 

 ヤーバン王国の北に位置する国からロゼさんの転移で緩衝地帯に移動する。さて、これからどうしようかと考えていれば、赤竜さんの提案で野宿をするなら直接亜人連合国に乗り入れましょうということになり現地に辿り着いている。明日、現れるはずだった赤竜さんの姿を見た亜人連合国の方たちは、なにかあったと悟ったようで皆さまが集まっていた。

 エルフの街には代表であるディアンさまとベリルさま、ダリア姉さんとアイリス姉さんとエルフの皆さまに、ドワーフ長老さんを始めとした職人さんたちや顔見知りの亜人の皆さまが揃て私たち一行を迎え入れてくれる。

 

 「すみません、前倒しで乗り入れて……」

 

 私は街の集会所で予定より早く乗り入れたことを詫びた。亜人連合国はアルバトロス王国に領事館があるので石を其処で渡そうと考えていたが、ディアンさま方はグイーさまの命を受けたのだから本国で受け取りたいと申し出た。

 私も問題なかったため承って明日、向かう予定だったけれど……イレギュラーはいつでも起こり得るのだなあと、床を見る目を細めてしまう。そうして私が頭を上げれば亜人連合国の主要メンバーの皆さまが苦笑いを浮かべている。人化している赤竜さんと青竜さんと緑竜さんがいるので、初めてここに訪れた時より集まっている方が多いのは関係を深められたからだと思いたい。

 

 「構わない。気にするな」

 

 「ええ、貴女が我々に気を遣う必要はないのですよ」

 

 ディアンさまとベリルさまは先ほどまで魔力を駄々洩れにしながら怒っていたのだが、少しは腹の虫が収まったようである。先程まで最近卵から孵った――ここ二、三年で――仔たちが怯えていたのだが、今は無邪気に私の側や二柱さまの側でじゃれついている。

 

 時折ジークとリンとセレスティアさまとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちにも、挨拶のためなのか鼻先を突き出してなにか訴えていた。まだ一メートルにも満たない仔なので本当に仕草が可愛い。何年も経てば大きくなっているか、言葉を発して大人になるのだろう。今が可愛い盛りだなあとディアンさまとベリルさまに『ありがとうございます』とお礼を述べれば、ダリア姉さんとアイリス姉さんが口を開いた。

 

 「そうよ。向こうが悪いのだから、ナイちゃんが困り顔をしなくて良いじゃない」

 

 「だね~。ぶん殴っても誰もなにも言わないよ~?」

 

 ダリア姉さんとアイリス姉さんもフォローをくれる。野宿をするつもりだったけれど、やはり屋根のあるベッドがあると寝心地は違う。アストライアー侯爵家一行の中には野宿に慣れていない方もいるし、ヴァルトルーデさまとジルケさまに野宿させたなんて知れ渡れば私が責められそうである。

 あと先程までいた国も。なににせよ、赤竜さんのフォローは偉大だったなあと彼女を見れば、少し離れた位置でにこりと笑っていた。

 

 「まさか、城の給仕の方に酌婦を務めさせるとは思いませんでしたから」

 

 今回の場合は酌夫かもしれないが……まあ意味が通じれば構うまい。亜人連合国の皆さまはぽかんとした顔になり、数秒経つと『はあああああああああああ!?』と言いたげな顔になる。

 叫んでも品がないので彼らは叫ばないが、珍しく凄い形相をして椅子から立ち上がっている方までいた。赤竜さんは『伝えて良いのか分からなかったので、暈していたのですが』とふふふと笑っているが、魔力が漏れているような。確かに先程の赤竜さんの説明では亜人連合国の皆さまに彼の国が私に対して失礼な態度を執ったとしか言っていない。

 

 「ナイちゃん。どうしてなにもせずに黙って引き下がってきたのかしら?」

 

 「そうだよ~無礼過ぎるよ。知らない相手と共にするなんて趣味、ナイちゃんにはないでしょー!」

 

 ダリア姉さんとアイリス姉さんは亡国にしても問題なかったのではと言いたげだが、流石に一瞬にして一国を統治している方を失えば国が混乱する。

 首を跳ねようが殴ろうが構わないけれど、どうしても王族の方やお貴族さまを目の前にすると彼らの後ろにいる人たちを考えてしまうのだ。意味もなく凶行に走るよりは良いことだし、無茶ができない理由になっているので悪いことではないはず。ただお貴族さまや面子を大事にする方たちは、馬鹿にされたとなれば報復に出るのだろう。

 

 「外交だと常套手段のようですし、そういうこともあるのかなと。ジークがレダを抜いて国王陛下に剣を首元に突き付けていましたから、生きた心地はしなかったでしょうね」

 

 あれは一瞬の出来事だったので怖かったはずだ。それに周りの皆さまも怒っていたし、私も魔力を練っていた。魔力探知に秀でている方が場にいれば気付いていただろう。魔術を放っていれば多くの方が犠牲となっていたと。

 立ち上がっていたダリア姉さんとアイリス姉さんがいつの間にか私の背に回って、交代でぎゅっと抱きしめてくれる。

 お二人は私の耳元で『匂いが残ってるから消毒』『嫌な目にあったね~』と囁いた。他の方にも聞こえていたのか、ダリア姉さんとアイリス姉さんの言葉にうんうん同意しているし、アストライアー侯爵家の面々も同様だった。ダリア姉さんとアイリス姉さんから私が解放されると、ヴァルトルーデさまが隣に立っていた。

 

 「ナイ。私もナイのことぎゅってする」

 

 「いえ、大丈夫です」

 

 私の方へとヴァルトルーデさまが腕を伸ばしているので、平気だと断りの言葉を発する。ヴァルトルーデさまは私が断ると、へなっと眉尻を下げて困り顔になっている。側にいたジルケさまが『あ、拗ねるぞ』と言いたげだし、何故か周りの皆さまも呆れている。

 

 「……どうして」

 

 ヴァルトルーデさまはヴァルトルーデさまでガーンと効果音が付きそうな勢いで、がっくりと肩を落としていた。

 

 「ナイちゃんはもう少し空気を読みましょう」

 

 「時々、ナイちゃんはすごーーーく、鈍くなるよね~」

 

 ダリア姉さんとアイリス姉さんが呆れ顔で私を諭しているのだが、ヴァルトルーデさまが私を抱き込んでも得るものがない。逆を言ってしまうとダリア姉さんもアイリス姉さんもリンも同様だけれど、前から彼女たちは私を抱くことを楽しんでいるか、ストレスを発散している。

 ヴァルトルーデさまにストレスはないだろうし、私を抱いても意味がないと考えているとダリア姉さんとアイリス姉さんがヴァルトルーデさまに私を献上する。ヴァルトルーデさまは良いのかなと迷っているので、私はなんとなく両手を広げた。

 私を見たヴァルトルーデさまはおずおずと両腕を伸ばして、私の脇の下を通し背に腕を回す。少しずつ力を込めているようで、どのくらいの腕の強さで人を抱き込んで良いのか考えながらのようである。腕に力がだんだん込められて密着度が上がっていけば、ふふふと私の耳元でヴァルトルーデさまが笑う声を上げた。

 

 「温かい」

 

 そう零したヴァルトルーデさまはユーリの体温と私の体温を比べているようだ。まだ幼いユーリの方が体温が高いのは当然のことだが、ヴァルトルーデさまには不思議なことだったようである。

 

 「そりゃ生きてますからねえ」

 

 身体が温かいのは生きている証拠だと私は無意識で呟けば、確りと抱き込んでいた腕を少し解いてヴァルトルーデさまは私と視線を合わせて微妙な表情を浮かべていた。

 

 「ナイは言わなくて良いことを口にする」

 

 「姉御。今のそれ、ナイの親しい奴限定だろ。気付いてなかったのか」

 

 むすっと拗ねている顔のヴァルトルーデさまにジルケさまが呆れ顔で声を上げる。親しい方限定のつもりはないが、でも冗談や皮肉を返せるのは相手次第だ。

 私にとってヴァルトルーデさまはいつの間にか身内と認めているのだろうか。相手は女神さまだし不敬な気もするが、口答えを無意識でしてしまうのだからヴァルトルーデさまとの距離が縮まっているのは明らかだ。

 

 「あ」

 

 ヴァルトルーデさまが短く声を零したあと、へへへと嬉しそうな顔になり私に回していた腕を解いた。どうやら満足したようで私を解放してくれたようである。しかし今度は私以外の誰かをヴァルトルーデさまは抱きしめたくなったようだ。興味が尽きないなと黙って眺めているとヴァルトルーデさまはリンと視線を合わせた。

 リンはリンで如何様にもという雰囲気を発していた。女神さまの行動を阻害すれば不敬になるし、なにも言わないまま受け入れた方が吉とリンは判断しているようだ。おもむろにヴァルトルーデさまが腕を広げて、リンをぎゅっと抱きしめる。身長は両名とも同じくらいだし、体格はリンの方が勝っているけれど美人同士で絵になる光景だ。

 

 ――でも、リン。その顔はないんじゃないかなあ。

 

 ヴァルトルーデさまに抱かれたリンの表情は『無』であった。ヴァルトルーデさまが抱き込んだ相手が聖王国のウルスラさま辺りなら歓喜の涙を流していたかもしれないが、女神さまに対して特になにも感じていないリンさんである。

 明後日の方向に視線を向けてヴァルトルーデさまの抱擁に耐えていた。ソフィーアさまとセレスティアさまが『大丈夫なのか?』『ジークリンデさんから魂が抜けだしそうですわね』と小さく声を上げている。他の皆さまは声を上げると明日は我が身と考えているようで黙り込んでいた。

 

 「ジークリンデも温かいけれど……なにかが違う。なんだろう?」

 

 ヴァルトルーデさまがリンと視線を合わせて不思議そうな顔をしている。リンは『知りません』と言いたげな顔を浮かべて、抱擁から解放されて小さく息を吐いていた。ヴァルトルーデさまがこてんと首を傾げれば、ぐるりと顔だけを回して私を見た。そうして身体を向け直して私の方へと歩いてくる。

 

 「ナイの方が抱き心地が良い気がする」

 

 西の女神さまは私をむぎゅむぎゅと抱きしめて抱き心地を確認していた。私は私で耐えるしかなく、誰か助けてとも叫べない。ヴァルトルーデさまはうーんと悩みながら暫く私を抱いてから離してくれる。

 

 「ジークリンデよりナイの方が小柄だからじゃねえか?」

 

 「なら南の妹も」

 

 ジルケさまの声にヴァルトルーデさまの瞳が怪しく光る。そうして長姉さまは末妹さまへと魔の手を伸ばす。ジルケさまはヴァルトルーデさまの行動が意外だったようで、驚いた表情を浮かべながらどうにか抱っこされないようにと逃げる態勢を取っていた。

 でも長姉さまには逆らえない性質なのか、直ぐに捕まってジルケさまはヴァルトルーデさまの腕の中にすっぽりと納まった。もしかして先程ヴァルトルーデさまが私を抱いていた時も、同じような光景だったのだろうか。身長差が凄いので大人と子供の微笑ましい抱擁にしか見えない。なんだか複雑だと私の心の中がざわざわし始めれば、ジルケさまがヴァルトルーデさまの腕の中で暴れ始めた。

 

 「あ、姉御! 止めろ! なんだか気持ち悪ぃだろ!」

 

 「少し黙って、じっとして」

 

 「……」

 

 「なんだろう。南の妹を抱いてもなにも感じない」

 

 ジルケさまはヴァルトルーデさまに散々な抱き心地判定を頂いていた。ジルケさまと私は似たような背格好だというのに、抱き心地はまるで違うようである。ヴァルトルーデさまの抱擁から逃れたジルケさまは珍しく顔を青くさせて、げっそりとしていた。私に兄姉はいないので分からない感覚となるけれど、姉妹の中にあるなにかが顔を青くさせているのだろう。

 

 「抱かれ損だな……はあああああ」

 

 ジルケさまが盛大に息を吐いているが、ヴァルトルーデさまに抗議の声はあげないようである。そんなこんなで亜人連合国にお泊りさせて頂くことになり、石の受け渡しは予定通りに明日行おうということになる。

 突然、やってきたのに快くアストライアー侯爵家一行を受け入れてくれた皆さまには感謝しかない。ただ歓待する側はいろいろと気を遣うようで苦笑いになっている。

 

 「急なことだったものねえ」

 

 「野菜多めになっちゃったけど~きっと楽しいよ~」

 

 急な事態だったので亜人連合国で頂くご飯はみんなでバーベキューをしようということになった。焼き台は元からあるし、順番に食べれば大人数でも参加が可能となる。

 ヴァルトルーデさまとジルケさまも問題ないようだし、アストライアー侯爵家一行も寝床と食べ物を提供して貰っただけで十分というスタンスだ。サバイバルに慣れている方を選んで良かったと私は安堵しながら、私はダリア姉さんとアイリス姉さん、そして亜人連合国の皆さまに礼を執る。

 

 「ご飯が頂けるだけで有難いです。赤竜さんのお陰で野宿も避けられたので」

 

 人目を避けて僻地で野宿をするより全然良いし、仲良くさせて頂いている国の方が安心感がある。

 

 「君が無事で良かった」

 

 「そうですね、若。しかし、不届き者はどこにでもいるのですねえ」

 

 「賑やかな方が楽しいわよね。ナイちゃん、みんな、今日一日お疲れさま」

 

 「ゆっくり過ごしてね~楽しもう! 大変なことになっちゃっているからねえ。本当にお疲れさまだよ」

 

 ディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんが気にするなと言いたげに笑い、急なバーベキュー大会が亜人連合国で開かれるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。