魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
聖王国の周辺国に石を届けた翌日。
私たちアストライアー侯爵一行は西大陸の東領域の国へ石を届けている最中である。アルバトロス王国と離れているため交流はないのだが、何故か私の名前だけは知れ渡っているようだ。
どうにも三年前の冒険者ギルド本部に赴いた件と聖王国に乗り込んだ件で名が馳せ、そのあとの出来事も風の噂で伝わっていたようである。現に今目の前にいらっしゃるブレイズン王国――冒険者ギルドの一件で亜人を蔑んだ方の母国――の陛下は私を見て顔を引き攣らせていた。
「陛下、此度は突然訪れてしまった我々を快く受け入れて頂き、感謝申し上げます」
「い、いや。創星神さまからのお下知だ。貴殿らを受け入れるのは当然の責務である」
私が頭を下げて顔を上げれば、ブレイズン王は口の端を歪に歪ませながら声を絞り出し威厳を保っている。王都の外壁の側に立つ彼の後ろにはブレイズン王国の貴族の皆さまが控えており、興味深そうな視線をこちらへと向けていた。
ヴァルトルーデさまとジルケさまが女神さまとは気付いていないようで、石に視線を向けたり私を見たりと忙しそうだ。そういえば三年前に絡んできた方はどこかにいるのだろうか。
亜人嫌いが治っていれば良いと願いたい所であるが、国自体が亜人の方たちを忌諱しているので難しいかもしれない。心の奥底に沁みついた差別を解消するには凄く時間が掛かるのだろう。他国の政に口を出すのは宜しくないと私は粛々と石の引き渡しを終え、青竜さんと交代した緑竜さんの背に乗ってアストライアー侯爵家の面々と顔を突き合わせていた。
「初めて会うし、怒ってもいないのに怖がられるのはどうなんだろう」
私が口を尖らせながらぼやけばソフィーアさまとセレスティアさまが小さく笑う。私の外見は誰かを圧迫してしまうような強面でも偉丈夫でもないのに、どうして顔を引き攣らせながら皆さま対応するのだろう。
ボルドー男爵さまのような強面の偉丈夫ならば、自然と恐れてしまうのは理解できる。しかし私の身長は低いし、横幅は太くないし、笑顔で対応していたはずである。知り合いや友人以外の方たちには悉く怖がられていたので本当に謎だ。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちの存在が珍しい国では影の中にいて貰っていた。もしかして漏れている魔力が変なことをしていたのだろうか……。
「ナイの今までのことを詳しく知っているなら、仕方ないのではないか?」
「外から話を聞いているだけでは、ナイの人柄なんて把握できませんもの」
お二人は私の今までのやらかしの所為だと仰るものの、巻き込まれて対処していただけなのに何故私が恐れられなければならないのか。むーと話を聞いていると、外に出ている毛玉ちゃんたち三頭が緑竜さんの背中の上で爆走している。ヴァナルと雪さんたちは彼女たち三頭を目を細めながら見ているだけ。フォローは入れてくれないようだと諦めていると、私の肩の上に乗っているクロが口を開く。
『ナイの存在が強かったのか、ヴァルトルーデさまとジルケさまに気付いていなかったからねえ』
ふふふとクロが面白そうに笑っているが、二柱さまより私が目立つって一体どういうことだろうか。ヴァルトルーデさまは雰囲気のある方で綺麗な女神さまである。男性の目を惹きそうなのに、全くと言って良いほど彼女に視線が刺さっていない。一番多く視線を集めていたのは私かグイーさまが創造した石だった。
「クロにも視線があまり向いてなかった。竜は珍しいのに」
クロも私の肩に乗っていたというのに、注目度が低く空気のような扱いである。羨ましいと言いたくなるが、石を届ける使者を務めたので致し方ないのかもしれない。
『ナイに視線が集まっていたからボクは有難かったけれど、不躾なものもあったから居心地は良くないよねえ』
クロはこてんと首を傾げながら、長い尻尾で私の背を叩いている。確かに興味の視線が多くて居心地は宜しくなかったけれど……貧民街で生活していた頃、王都の方たちから凄く怪訝な目で見られていた時よりもマシなものだった。まあ、貧民街の子供は汚いし臭いし、近寄ってくれば『なにか頂戴』と強請られ隙を見せればスリにあう。優しい人もいたのだが、基本は疎まれていたなあと随分と懐かしい記憶が蘇る。
「しかし、グイーさまとナイの名声のお陰で変な者が少ないのは有難いことだな」
「ええ。妙なことを仕出かす輩が多ければ対処しなくてはなりませんもの。ヤーバン王国の北の国くらいでしたか。あからさまだったのは」
ソフィーアさまが短く息を吐き、セレスティアさまが肩を竦めながら目を細めていた。ヤーバン王国の北にある国の名が出た途端、一行の皆さまの空気が強張ったのは気のせいだろうか。私がきょろきょろと皆さまの顔を見渡せば、なんでもないと言いたげに小さく顔を横に振っている。それなら今感じたものは私の勘違いだろうと納得していると、緑竜さんが顔を背中の方へと向ける。
『赤竜から話を聞いた代表とエルフの二人が随分と怒っておりました。他の面々もなんてことをしてくれたと憤っておりましたよ』
緑竜さんがふふふと笑っているのに、空気が二度、三度下がった気がする。ヴァルトルーデさまとジルケさまは呑気なもので、持ち込んでいたお菓子を美味しそうに食べていた。
毛玉ちゃんたちが女神さま方が食べているお菓子に気付いて、自分たちもと二柱さまの前でお座りをして頂戴とつぶらな瞳を向けている。とはいえお菓子を毛玉ちゃんたちに与えられないのは知っているので、二柱さまは悩んでいた。放置してても良さそうだと私は視線を元に戻せば、ソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いを浮かべている。
「ナイ本人は気にしてないというのが……」
「本当に残念というべきでしょうか」
私も堂々とハニートラップを仕掛けられるとは考えていなかった。ソフィーアさまとセレスティアさまも予想外の出来事で対処が遅れて申し訳なかったと頭を下げてくれている。ジークとリンは黙って護衛を務めてくれていたが、顔色も雰囲気も全く変えずにいたので割と怒っていたのかもしれない。まあ、私にハニートラップを仕掛けても意味はなく、引っ掛かることはないのだが。
『ナイさんらしいですが、失礼な態度を執った者にはしかるべき措置が必要かと』
緑竜さんがまたふふふと笑っているのだが、今度は空気が暑くなっているような。気のせいかと私が首を傾げていると、次の目的地が見えてきた。西大陸の東にある国で、王都の中心部にある立派なお城は凄く広い。
「さて次は、最近、王さまを打倒した国ですか……西大陸での石届けの最終地ですね。四日で良く済んだなあと思いますが」
私は眼下に広がる王都と中心部にある元王城を見ながら目を細める。城の天辺に飾られていたであろう国旗は屋根の上で焼け焦げており、空を舞う力はもうない。
今いる国を西大陸での石の譲渡と定めたのは情勢の不安定さからである。情勢が落ち着いていないといえど、グイーさまのお言葉は偉大であり効力を発しているので赴かないわけにもいかなかった。アルバトロス王国を通して連絡を入れればキチンと返事は戻ってきたし、私たちを迎え入れてくれるとのことである。
「悪政を敷いていた国だから、民の行動は理解できるし支持もできるんだが……嫌な予感しかしない」
「無事に石を引き渡せたとして、資金に換えたりしませんわよねえ……?」
ソフィーアさまがはあと長々と溜息を吐き、セレスティアさまが鉄扇を開いて口元を隠す。王家やお貴族さまであれば明日は我が身のため、お二人は眼下の地に足を踏み入れることに対して気が重いのかもしれない。
私も侯爵家の当主なので悪政を敷けば領地の皆さまに首を落とされる可能性は十分にある。そんなことになるつもりは一切ないが、未来はどうなるか分からない。くわばらくわばらと祈りながら、私は二柱さまに顔を向けた。
「ヴァルトルーデさま、ジルケさま、今までの国より皆さまの態度が気安くなる可能性もあります。不快であれば緑竜さんの下で待っていてください」
眼下の国の王さまが斃れて数ヶ月が経っているそうだ。革命を起こし、民間主導で国の立て直しを図っていると聞いているが果たして彼らに可能なのかと凄く疑問であった。
ぶっちゃけてしまうと民の皆さまの学力が低すぎる。だから民間主導といってもかなり限られた方にしかできないことだ。もしかして近衛騎士や軍の方を抱き込んだのだろうか。
でも、そうなれば民主導の革命ではなく、軍が主導したクーデーターとなる。うーん、情報が少なすぎるし、国に住んでいたお貴族さま方はどうしているのだろう。
漁夫の利を狙って領軍を王都に向かわせて、政権を奪取するということもできるはずだ。でも行っていない。他国の介入もあるかもしれないが、今はとりあえず民間主導で行っている政府の皆さまと相対するのだ。女神さまに対してなにも感じない方がいるかもしれないと、私は真面目な顔をして二柱さまに問うた。
「興味あるから、行く」
「ナイが危ない目に合えば後の行程に響くからな。あたしも行くぞ」
ヴァルトルーデさまは眼下に広がる国がどうなっているのか気になるようだ。ジルケさまは西大陸の行脚を終えた次のことを見据えているようである。それならばと私は一行の皆さまに顔を向けて、緑竜さんに降下をお願いするのだった。
緑竜さんの大きな背から降りれば、身形の綺麗な方と平民服を纏った方たちが入り交じった方たちに出迎えられる。騎士の姿をしている方もいるので、王国から離反して民の皆さま側に付いたようだ。私たち一行は今までであれば目の前の方たちと合流するため足を進めるのだが、緑竜さんを背にして場を動かずにいた。王都を囲う壁の上にや矢を番えた人が立っているし、魔術師の方も待機している。
他の国でも壁の上には護衛の方が控えていたが、矢を番えた方がいるのは私たちを警戒しているという証拠だ。ならば私たちも警戒をして場から動かないという選択を執る。
緑竜さんが壁になってくれているため、後方の警戒は彼に任せる。あとは前方と右と左側を気にしなければならないのだが、前方は王都の壁、左右は田畑が広がっているのみ。林や森があっても良さそうなのだが、不自然なくらいに木々が生えていない。そして田畑には茶色い地肌が見えているだけで緑がなかった。
私たちが動かない所を見た相手国の皆さまはどうしたものかと協議しているようである。流石に矢を番えた方がいると怖いと伝えるために、私は壁の上にいる弓兵の方に指を指す。
流石に魔術を行使すれば敵対関係となってしまうので手を差し出しただけ。すると一団の中の一人が壁に向かって手を上げ、弓を降ろすようにと命じたようだ。そうして一団の皆さまがこちらに向けて歩を進め始める。合流までは少し時間が掛かるだろうと、私は側に控えてくれているみんなの顔を見た。
「ジーク、リン、ソフィーアさま、セレスティアさま、ヴァルトルーデさま、ジルケさま、皆さま。警戒を怠らず。なにかあれば実力を行使しても構いません。行きましょう」
それぞれが私に返事をくれたので、念のため魔力を遠慮なく練っておく。さて、武力をちらつかせていた相手の皆さまは私たちとどう接触するつもりだと口の端を伸ばすのだった。
◇
私たち一行と相手の国の皆さまが相対する。一団から半歩前に出た背の高い細身の男性がにこりと笑い胸に手を当て礼を執り顔を上げた。
「ようこそ、自由の国へ! アストライアー侯爵殿、そして皆さま! わたくしは臨時政権の代表を務めてさせて頂いている、リバティーと申します」
礼を解いた彼は早々に声を上げ名を述べる。家名しか名乗らなかったのは、個人の名に価値はないという意思を示しているのだろうか。そして自由の国ときた。聞こえは良いが、自由の中に自由はないと私は考えているので怪しさ満点に感じてしまう。
身形の良い髭を生やした細身の男性はドヤ顔を披露して、自信満々な姿となっているのだが、ソフィーアさまとセレスティアさまとジークとリンは『胡散臭い』と感じているようである。ヴァルトルーデさまとジルケさまは彼らに視線を向けているのだが興味はなさそうだった。今いる国に対して不安が募るが、気にする必要もないことだし、話を進めようと私は目の前の彼と視線を合わせて口を開く。
「此度の受け入れ感謝致します。しかし、壁の上の弓兵と魔術師の方たちは何故配置されているのでしょうか?」
私たち一行を受け入れてくれたことは感謝するが、壁の上に兵士を配置し弓を番えていた理由は聞いておかなければならないだろう。敵対していると私たちが勘違いして、魔術行使に踏み切っていれば彼らはどうしていたのか。
「我々が悪政を敷いていた王を斃して数ヶ月が経っておりますが、残念ながら情勢不安故の処置でございます。御身を襲う不届き者がいれば、我々も貴女方も困りましょう」
今いる国の情勢が安定していないことは知っている。王を倒して数ヶ月で治世が安定するはずもない。目の前の彼らが国の実権を握っているようだが、果たしてきちんと制しているのか謎である。彼らと敵対している勢力がいて私たちの身を守るためだと主張しているが、果たしてどこまで真実なのか。まあ真相を見極める時間も必要もないので、私は粛々と彼らに石を引き渡すだけであろう。
「なるほど、承知致しました」
私は言いたいことをぐっと堪えて笑みを携える。
「では、引き渡し式を執り行いましょう」
今までいたはずの王族の皆さまや貴族の方たちはどうしているのだろうか。悪政を敷いていた王を放置して贅沢三昧していたならば、彼らも同じ穴の狢だから目の前の彼らに首を切り落とされても仕方ない。
なにかを判断するにしたって情報が少なすぎだ。周辺国は王政を敷いているから、革命が成功したと知れ渡れば各国の陛下方は良い顔をしないはず。軋轢を生みそうだが、石を渡してグイーさまから受けた仕事を果たさねば。
「ですな。早く政庁に戻り執務を続けなければ。我が国には困っている者たちが大勢いるのです」
リバティーと名乗る男性は伸ばしている髭を撫で付けながら私を見下ろす。私の身長が低いから仕方ないのだが、見下されている感を受けるのは気のせいだろうか。余計なことを考え始めると、壁の上の兵士のことや彼の態度が気になって仕方ないし引き渡し式を進めようと頭を振って意識を変える。
彼らも仕事がたくさんあるようだし、長引かせては申し訳ないだろう。私は後ろに控えてくれていたソフィーアさまとセレスティアさまに視線を向け石を準備して頂く。
「では、創星神さまがお創り給うた石をお預け致します」
「拝領した。責任を持って預かろう」
私が石を彼らに渡せば、おおという声が上がり石に視線が集まっていた。リバティーと名乗る男性も同じく石に興味を向けて目を輝かせている。石を妙なことに持ち出さないよねという不安が湧くが、地上にいる生き物全てが夢を見ているのだから目的外使用は直ぐにバレるはずだ。だから彼らも妙なことに使うまいと私の心に言い聞かせる。
「次の目的地に向かうため、早々ですが失礼いたします」
「ええ。ご足労、感謝致します」
一斉に目の前の彼らが礼を執ったため私も答礼する。そうして緑竜さんの下へ何事もなく戻るのだった。
◇
聖王国に派遣しているベナンター卿を始めとする外務部の者たちから知らせが届いた。無事アストライアー侯爵から創星神さまが創り給うた石を受け取り、指定された場所に設置をしているとのこと。
石には警備が就けられて厳重な警戒を行っているそうだ。大聖堂に設置された石は信者の者たちに公開されているが、皆、有難く拝んでいるだけとのこと。盗もうとしたり、触れようとする不届き者はいないようである。私が一番心配していた聖王国への石の引き渡しが無事に終わったと聞き心配事が軽くなる。
「次は……?」
アルバトロス城の執務室で王として仕事をしている私は皆からの報告書に目を通していた。そうして次に手に取ったのは、アストライアー侯爵と彼女に連なる者たちからの報告書である。
相変わらずアストライアー侯爵の文字は力強く筆圧が高い。丁寧に書いているのだろうが、所々文字が崩れている所がある。問題なく読めるので構わないものの、小柄な彼女が記す文字とは到底思えない。強いて言うならば叔父上、元ハイゼンベルグ公爵のような男が記しそうな字面である。
彼女たちは飛竜便を使用して各国を渡り歩いているため情報伝達速度は遅くなってしまうが、なにも知らせを受けぬまま帰国されるより良いことだ。ただ彼女に手を出そうとする馬……者がいないか心配だ。アルバトロス王として私が心配するのは、彼女の相手を務める国の者たちであるが。
ふむふむと目で文字を追っているととんでもないことが記されており、私は驚きのあまり椅子から立ち上がる。
「な、なんだとぉぉおおおおお!!」
つい、取り乱して声を荒げてしまう。執務室で私の手伝いをしてくれている宰相がびくりと肩を竦めているが、侯爵から届いた報告書に私が目を通していたと分かり小さく息を吐いていた。
「陛下、声が大きいです」
宰相は落ち着き払った声で私を咎める。確かに外に控えている近衛騎士は私の声に驚いたかもしれないが致し方ないことだ。そう、致し方のないことである。
「声が大きくなるのは仕方ない……アストライアー侯爵に男を宛がおうとした者がいたのだから!」
「はい?」
私が何故大声を上げたのか宰相に理由を告げる。彼は顔をあんぐりとさせて驚いており、握っていた書類の束が手から逃げ落ちている。他の面々も私が告げた言葉に驚いており、困惑した表情を浮かべ仕事の手が止まっていた。執務室にいる護衛の近衛騎士も普段はなにが起こっても素知らぬフリをしているのに、目をぱちくり動かして自身の耳を疑っているようだった。
「へ、陛下。申し訳ありませんが、もう一度お聞きしても宜しいでしょうか?」
宰相が驚いた顔のまま私をマジマジと見ていた。ふむ。私の言葉を一度で理解できないとは、彼にしては珍しいことである。少し私が考える素振りを見せれば、彼は凄く申し訳なさそうな顔になっているので遠回しに伝えるのは止めるべきか。
「構わん。何度でも言ってみせよう……ナイ・アストライアー侯爵に男娼を宛がおうとした者がいたのだよっ!!」
宰相は書類を手から零していたので理解していると思っていたが、余りの予想外のことに頭が付いていかないようだ。私も驚いているのだから彼の行動は仕方のないこと。
そうして私はもっと直接的な言葉で彼に手紙に記されていた内容を伝えた。本当に何故アストライアー侯爵に男を与えようとしたのか。侯爵は独り身だから伴侶を求めているかもと、釣書を渡すくらいならまだ可愛らしいものの……直截に男を与えると言い放つとは。彼の国の王は私に『羨ましい』と言っていたが、それ故に彼女との繋がりを求めて焦っていたのだろうか。まあ、許せることではないのだが。
「ぶほぉっ!」
宰相が私の二度目の言葉を聞いて吹き出した。周りの者たちも困惑に満ちており『引っ掛かるのか?』『そもそも異性に興味あるのか?』と言いたげであった。侯爵から異性愛者であると宣言を受けているので私は心配していないが、聞いていない者からすれば異性の気配のなさに疑いを掛けてしまうようだ。宰相は宰相で頭の中でいろいろと考え込んでいるのか黙り込んでいる。そうしてはっとした顔を浮かべて私と視線を合わせた。
「し、死ぬ気ですか!? その国の王は! 馬鹿ですか、なんですか、ああ、もう! 今の話を亜人連合国が耳にすれば絶対に怒るでしょう!?」
彼の言いたいことは分かる。私も誰もいなければ彼のように叫んでいたに違いない。侯爵は亜人連合国にも石を届けているので、今頃亜人連合国の者たちは彼の国に対して報復を考えているのだろうか。
いや、侯爵のことだ。自身は気にしていないから穏便に済ませて欲しいと伝えているやもしれぬ。そうして亜人連合国の者たちは、彼女が言うのであればと怒りを収める。まあ、今回は彼女の護衛であるジークフリードに感謝すべきだろうか。
「そうだな。だがその前に彼女の護衛騎士が憤怒に満ちて剣を抜いているがな」
「赤毛の双子ですか。それはそうでしょう。女性に向ける言葉ではないですし、行動に起こすものではありません。男に娼婦やらを宛がえば効果はあるかもしれませんが、女性に男を与えた所でリスクが大きいでしょうに。それに行動に起こすのであれば、もっと上手くやれと……!」
宰相はほっとしたり、むっとしたり、呆れたりと忙しないが、彼の気持ちは痛いほど私は理解できる。ジークフリードは不敬を承知で相手国の王の首元に剣を突き付けたそうだ。
侯爵の報告には彼の行動を私は褒めているので、彼にだけ罪を負うことはないようにと記されていた。そもそも創星神さまから預かった石を届けるという使命を負ったアストライアー侯爵に下世話なことをしようとする者が悪い。私はジークフリードの行動を咎めるつもりはないし、今回ばかりは良くやったと言わざるを得ない。
「本当になにを考えていたのか。我が国も厳重に抗議しておかねばな」
余計なことをしようとした国が隣国であったならば、叔父上であれば喧嘩上等と攻め入っていてもおかしくはない。ただ彼の国とアルバトロス王国との距離は随分と離れており、攻め入るには無理がある。なので抗議することが、我々アルバトロス王国の最大の手段であろう。
「今頃、相手の国が消え去っているとか言いませんよね?」
「どうだろうな。亜人連合国の者たちが怒っているやもしれぬし、ヤーバンの者たちも怒りに身を燃やしているかもしれんな」
宰相がはははと乾いた笑いを漏らしながら私に問うので、もう一つのことを伝えておく。彼の国の王はヤーバン王国を野蛮な国と侯爵の前で口にしたそうである。
ヤーバン王国と交流を持っている侯爵にとって不快な言葉に違いない。確かにヤーバン王国は文化的に進んでいない部分があるものの、矜持を持った国なのだ。馬鹿にされればタダでは終わらないだろう。その部分に関して、アルバトロス王国よりもヤーバンは大事にしているのだ。
「ヤーバン王国も関わっているのですか?」
宰相がえー……と頭を抱えたそうにしている。ヤーバン王国まで巻き込むとなれば、確かに彼の国が地図上から消える可能性があるかもしれない。
「ヤーバンの男より紳士だと言い放ったそうだ」
「下衆なことを口にしている時点で、ヤーバンより下だと何故考えないのでしょうか」
執務室にいる者たちが盛大な溜息を吐いた。それにつられて私も息を吐くのだが、彼の国以上にやらかしている国が西大陸東部で興っていると……今の私は知らない。