魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
アガレス帝国の皇位に就き一年程の時間が経っている。皇宮内の掌握に、各地を治める領主たちの懐柔も終え随分とアガレスの治世は落ち着いていた。とはいえアガレス帝国は大国であり大小関わらずなにかしら事件が起きている。そして……数日後には何よりも優先させるべき行事が発生する予定である。
ナイさまがアガレス帝国へこられる。
黒髪黒目のお方を信仰している我々東大陸の者には凄く嬉しいことだけれど……ナイさまの功績は破天荒過ぎではないだろうか。一週間ほど前、アガレス帝国全土の者たちが夢を見た。
それは創星神さまからのお告げであり、堕ちた神さまが地上で悪さをしようとするかもしれないから、各地に散ったかもしれない意識を回収したいというもの。回収装置は創星神さまがお創りになられて、ナイさまに預けたそうである。ナイさまは西大陸各国へ石を渡したのち、東大陸に渡ると手紙で知らせてくれた。しかし……私がアガレス帝国帝都にある皇宮の執務室で読んでいるナイさまからの手紙にはとんでもない文字が踊っていた。
「ナイさまがいらっしゃるっ!」
黒髪黒目であるナイさまがアガレスにこられるのは凄く嬉しい。小さな身体でお可愛らしい表情で私を見上げる姿はとても心にくるものがある。両腕をナイさまに伸ばして、ぎゅっと抱きしめ我が胸に閉じ込めてしまいたい。きっとナイさまの抱き心地は天に昇る気持ち良さで、日頃の疲れを吹き飛ばしてくれるに違いない。
だが……彼女の護衛である赤毛の双子が怖いし、周りに控えている側仕え二人の視線も恐ろしい。ナイさまの肩の上には小さなドラゴンが乗っているのだが、きっと人間なんて簡単に焼き殺してしまうブレスを吐くことだろう。
フェンリルとフソウ国の神獣も側に控えているし、ペガサスにグリフォンもナイさまに懐いている。ナイさまに無遠慮に抱きつけば自身の命がいくつあっても足りないと、抑えきれない気持ちをなんとか御しているのだ。
誰か褒めて欲しいけれど口にすれば『黒髪黒目のお方に邪な気持ちを向けるな!』と言われてしまうだけ。ナイさまの可愛らしい姿を夢想するのは頭と心の中だけにして、私の中に大切に大切に仕舞っている。誰にも見せられないようなものが……駄目だ。話が凄くズレている。
妹たちが怪訝な顔をしているので、ちゃんとアガレス帝国の頂点に立つ者として確りしなければ。
そう。ナイさまがこられるのは凄く嬉しい。なんならナイさま一人できてくれないかと言いたくなるが、彼女の立場上無理だと分かっている。私だけナイさまを独占したいけれど、やってしまえば非難轟々、帝位が危うくなるのは分かり切っている。駄目だ。また話が逸れる。緩んでいた顔を引き締めて、私は執務室で作業を手伝ってくれている妹たち四人をを確りと見た。
「ナイさまがいらっしゃるのだけれど、東の女神さまもご一緒にこられるそうよ」
ナイさまと共に東の女神さまもこられるそうである。創星神さまから命じられたことなので顔を出してくれるそうだ。
「ウーノ姉さま、創星神さまからのお告げですもの。アストライアー侯爵閣下を使者とし、娘である四柱さまにも公爵閣下に助力するようにと夢でおっしゃっていましたから」
「それはそう……なんだけれど。ナイさまからの手紙を読んで頂戴な」
妹であるドゥーエが私を見ながら小さく首を傾げ苦笑いを浮かべている。東の女神さまが我々が住む大地に降りられることは稀だが、今回は創星神さまのお言葉がある。他の妹たちもうんうんとドゥーエの声に賛同しているが、ナイさまがそれだけで終わるはずがないのだ。私はナイさまから送られてきた手紙を妹たちの前に差し出す。
「ウーノ姉さま、私的な手紙はきちんと手元に残しているあたり、私たちに見せる気はないのですね。残念です」
「それはそうよ。ナイさまがわたくしに向けて宛てた手紙ですもの。たとえ可愛い妹だとしても、これだけは譲れません」
「仕方ないですね。拝見させて頂きます」
当然である。公的な手紙しか見せられないので、ナイさまからの私的な手紙は私の一生の宝として大事に保管していた。自室にある隠し部屋に仕舞っているのだが、夫さえ見たことがないし側仕えや宰相も知らない。
私が死ぬまでにナイさまからの私的な手紙は何通集まるだろうか。見かけによらない確りとした逞しいナイさまが記す文字は、貧民街で生き抜いたという証なのかもしれない。
時折、私の体調や無理をしていないかと問うてくれる優しさは、アルバトロス王国で聖女を務めているためだろう。新種のさつまいもを食した感謝を手紙に何枚も綴ってくれた時は、開発を急がせて良かったと農務卿と喜んだものである。
他にもナイさまの手紙から彼女の性格を窺い知ることができるし、私はアガレス帝国で一番ナイさまについて詳しい者だという自負がある。誰にも負けないつもりだし、ナイさまと私的なやり取りをしていることを誰かに譲る気はないと、手をぎゅっと握りしめていれば妹たちが手紙を読み終えたようである。
「え……本当ですか?」
「よ、四女神さまがお揃いになる可能性が!?」
「信じられません」
手紙を覗き込んでいた妹たち三人が私へ視線を向けた。周りに控えている者も私たちの声でどうなるのか予測が付いたようで驚きの表情となっている。
「ナイさまですもの。それ以上のことが起きてもなんら不思議ではありません」
うん。ナイさまだもの。彼女が引き起こす事象は女神さまでも予測できないものかもしれない。とはいえ東の女神さまと他の大陸の女神さまもアガレス帝国にやってくるとなれば、凄く盛大にアストライアー侯爵家一行を迎え入れなければ。
ナイさま側もアガレス帝国の権威を落としては駄目だから、大型竜の方たち四頭で入国した方が良いですかと手紙で問われている。ナイさまらしい気遣いだと心を温かくしている私に妹たちの視線がまた刺さっていた。
「どうしたの?」
妹たちの視線が何故私に刺さっているのか分からず聞いてみることにした。ドゥーエたちはそんな私を見て小さく笑っている。
「いえ、ウーノ姉さまは帝位に就いて随分お変わりになられたなと」
「はい。以前より余裕が出てきておられます」
「そうですね。前の姉さまは時々神妙な顔をして帝国の未来を憂いていました」
確かに帝位に就いてから随分と忙しく執務に追われていたが、面倒なことは減り今は落ち着いて仕事を捌いている。帝国外縁部は相変わらず独立を試みている所があるけれど、某黒髪黒目のお方をアレしていた国を打ち滅ぼしたことが功を奏しているのか大きく動いてはいない。
父も帝宮の奥深くに閉じ込めたし、正妻であった母も父から解放されて私の執務を手伝ってくれている。側妃で金の掛かる無能な者は追い出したし、相変わらず父は桃髪の少女に熱を上げていた。そろそろ父と桃髪の少女を皇宮の更に奥深くへ閉じ込めても誰も気付かないかもしれない。問題児であった弟たちも鉱山送りと蟄居処分を下して私の精神的負担は随分と減っている。
「不安は取り除かれたもの。あとはわたくしたちが帝国を確り導けばなにも問題はないでしょう。それに黒髪黒目のお方であるナイさまがわたくしたちの味方に付いているもの。ふふふ」
私が笑みを浮かべると妹たちは呆れた顔になり小さく息を吐いている。
「直ぐに共和国に向かいたいとご希望されているから、ナイさまと過ごす時間は短いけれど、アガレス帝国の歴史書に残る一大行事となりそうだわ」
私が妹たちに告げれば確かにと顔を引き締める。これからナイさまご一行を迎え入れるまで、忙しなく差配しなければならないだろう。帝都の外で会談を執り行うのだが、場所の整備や警備兵の配置、近衛兵や儀仗隊を派遣して出迎え式を行わなければ。他にもナイさまがお腹を空かせていれば大問題だし、女神さまの対応も協議しなければならない。
「黒髪黒目のお方であるアストライアー侯爵閣下と女神さま方が揃いますものね……私は耐えられるでしょうか」
ドゥーエが遠い目になりながら長い息を吐く。確かに以前の私であれば耐えられない光景だったかもしれないが、今ならきっと気絶などしないという自信があった。
「なにを言っているのかしら。お可愛らしいナイさまが女神さまとご歓談している姿を、それぞれの心の中に焼き付けるのよ! どんな素晴らしい絵画より価値あるものだわ!」
『ウーノ女史が振り切れておる。この国、大丈夫かのう』
机の上の真ん中に置いている髑髏、ヴァエールさまが声を上げる。彼は今も助言役として私たちの側にいた。髑髏姿の彼を恐れる者もいれば、打ち解けて世間話をしている者もいる。
私もアガレス帝国の今後について彼に相談している。アガレス帝国が彼の国を滅ぼしてしまったというのに、今はこうして仲良くさせて頂いているのだから人間関係――髑髏に当てはまるかは分からない――というのは不思議なものだ。
「ヴァエールさま。わたくしの代で帝国を潰す気など毛頭ございませんわ」
『知っておるが、お前さん、随分と変わったなあ』
なんとなく髑髏の目が細くなったような気がする。私は随分と変わってしまったとヴァエールさまが主張しているが、私自身に変わったという自覚はない。ただ以前よりも縛りがなく身動きが取りやすいのは事実である。
やはり帝国の膿であった弟のアインを鉱山送りにできたことが功を奏したのだろう。銀髪の青年を失って凄く残念にしていると聞いているが……弟は随分としぶとい。舌打ちしそうになるものの、ヴァエールさまと妹たちには関係ないことだと我慢をして口を開いた。
「妹たちと同じことを仰らないでくださいまし。それに強くならねば大国の頂点に立てません」
『それはそうだが……して、エーリヒはくるのかのう? 久方ぶりに会いたいのだが忙しいのか……』
私が胸を張ればヴァエールさまは呆れつつ、エーリヒとうい少年に会いたいようである。
「エーリヒ・ベナンター卿ですね。ナイさまの手紙にはなにも」
彼はナイさまと一緒に召喚された一人である。常識的な少年であまり目立たない方であったが、ヴァエールさまは彼のことを気に入っていた。ナイさまに無下に扱われていたからだろうが、気に入られた少年も髑髏に会いたいと請われるとは思うまい。
『そうか。フィーネのお嬢ちゃんと良い雰囲気を醸し出しておったが、ねんごろの関係になっておるか気になるわい!』
「………………」
ナイさまにエーリヒ・ベナンターさまも一緒にくるのか聞いてみようかと考えていたが、ヴァエールさまの下品な声で止めておこうとなる。妹たちも彼の物言いに引いているようだ。
『え、なに、その視線! 皆、儂に厳しすぎんか!?』
ヴァエールさまは慌てているものの、吐いた言葉は呑み込めない。妹たちはふうと息を吐いて私の方を見た。
「さあ、仕事に取り掛かりましょう! 忙しくなりますが、皆、心して取り掛かるように!」
私が声を上げて執務室にいる者全員に声を掛ける。さあアストライアー侯爵閣下一行を迎え入れる準備を始めようと皆に指示を出し、命を受けた者は方々に散って行く。
『無視されたーー!』
ヴァエールさまの情けない声が執務室に響いているが、皆、全く気にしていないのだった。
◇
――数日後。
アガレス帝国にアストライアー侯爵家一行がやってくる日となった。皇宮は上を下への大騒ぎであるが、今日が本番ということで皆の気が引き締まっている。唯一、呑気な方は髑髏の姿であるヴァエールさまのみであった。
『ええわい、ええわい。儂はどうせ髑髏になった過去の者……生者は今を生きておるからのう』
執務室の机の上で髑髏だけの姿で愚痴を零していた。どうやら忙しかった私たちが誰も彼を相手にしなかったことで拗ねているようである。彼が望んでいるエーリヒ・ベナンター準男爵は外務部の者として聖王国へ赴いているため、アガレス帝国にはこれないようだった。
『エーリヒ少年もこないし、儂なんて誰も相手にされてないのだな……寂しい』
髑髏姿のヴァエールさまがずっとぼやいている。ナイさまを迎え入れるため外へ赴かなければならないので、辛気臭い空気は醸し出さないで欲しいのだが。アガレス帝である私が彼の髑髏を抱えていかなければならないのかと片眉を上げていると、側仕えの者が『そろそろお時間です』と告げた。私は仕方ないと軽く息を吐いて髑髏姿のヴァエールさまを抱える。本物の彼の骨らしいのだが、割と冗談を飛ばすヴァエールさまなので果たして本当なのか疑わしい。
『お?』
「ナイさまがようやく来られます。参りましょう」
『お嬢ちゃんがくるのか。挨拶せんとなあ』
ヴァエールさまはナイさまを揶揄うのが面白いらしい。初手で揶揄って警戒されているのに懲りていないのが彼らしいというか。髑髏を抱え赤い絨毯が敷かれている廊下を歩いていると、途中で妹たちと合流する。どうやら私を待ってくれていたようで、いつもの式典用の衣装よりかなり気合の入った姿となっている。お化粧もきちんと決めており、侍女の者たちが時間を掛けて四人に施したのだろう。
「ウーノ姉さま。お供いたします」
「私も参ります。今日はアガレス帝国の歴史に刻み込まれる一日となるでしょう」
「凄いことになりそうですね。アガレス帝国の者たちが勢揃いしますから」
「あたしも行きます! 姉さま方ばかりずるいです!」
ぴしりと背を伸ばした妹たち四人が私の後ろに就く。ヴァエールさまが『こりゃ別嬪さんだなあ』と彼女たちを褒めれば嬉しそうな顔になっていた。そうしてまた暫く歩いていると、私の伴侶が合流し宰相や内務卿と外務卿、各地の総督も姿を見せた。
各々、用意した馬車に乗り込んで皇宮を出て帝都の街を行く。外にはナイさまと女神さまをどうにか見れないかと思案している者たちがたくさんいる。
帝都に住む皆、いやアガレス全土で創星神さまの夢を見ているため、今日のナイさまがくることは告知している。
ナイさまの素晴らしさを知って貰うために帝都の者たちにも引き渡し式に参加して欲しいものだが、警備の関係上無理だと判断して諦めた。ナイさまと女神さまにお会いできない彼らのために、帝国の長として確り務めを果たしてくると誓い馬車は帝都の外へと辿り着く。伴侶のエスコートを受けながら私は馬車から降りる。地面に足を付けた早々、空を見上げた。
「良かった。まだナイさまはこられていませんね。――皆、粗相があってはなりません、襟を正しアストライアー侯爵家一行の到着を待て!!」
晴れ渡る空には竜の姿は見えていない。陽はそろそろ空の真上に昇る頃となるので約束の時間は近いと分かる。他の者たちはそれぞれの配置に就き、迎え入れる準備を整えている。
ある者はお互いに着崩れしていないか確認をし、なにかあった時のために装備の確認をし、楽団の者たちは楽器の調整を始めていた。周囲に不審者がいないかと確認をと動き始めている者もいて、いつも静かな帝都の外は騒がしい。
『ウーノ女史、恰好付けているが、他の者たちはあまり聞いてないのではないかね?』
くくくと髑髏姿のヴァエールさまが笑っている。彼はナイさまがきたならば、髑髏の騎士となって出迎えるそうだ。魔素を消費してしまうため普段は髑髏の頭だけの姿である。ナイさまが嫌がらなければ良いけれどと願いつつ、揶揄いを口にしたヴァエールさまに突っ込むために私は口を開いた。
「気のせいです! さあ、可愛い妹たちもナイさま方を確り出迎えましょう」
私が妹四人に声を掛ければ元気な返事が戻ってくる。またアレコレと皆に指示を出して大方の準備が整った頃だった。近衛兵たちの一団の中から手が上がる。
「おお! 西の空を見ろ!」
手を挙げた者が声を上げたのか定かではないが、声に倣い誰もが西の空を見上げた。私も声に誘われて西の空を無意識に見上げる。目を細めれば西の上空には大きな黒い影が三つ並んで、こちらに向かってきている。
五分ほど待っていると大きな大きなドラゴンが三頭、私たちの頭上を一度飛び去って行った。場にいた皆が『おお』と感嘆の声を上げ、ドラゴンが飛んで行った先へと視線を向けている。
真ん中にいる赤いドラゴンにはアストライアー侯爵家の家紋を誂えた布を首に掛けていた。ナイさま以外がアストライアー侯爵家の家紋を騙れば重罪となる。赤いドラゴンに乗っているのはナイさま以外ありえないのだが、為政者としてなのか疑う心を持ってしまっていた。とはいえドラゴンを引き連れられる人間はナイさましかいないので、直ぐに疑念は解けるのだが。
「戻ってこられた! 降りてくるぞ!」
三頭の巨大なドラゴンが下降を始める。すると集まっていた者たちは顔を真面目なものに変えて迎え入れる態勢に入ったようだ。私もごくりと息を飲み、ドラゴンからナイさまが降りてくるのを大人しく待つ。あ、お手洗いを済ませておけば良かったとふいに頭に過るのだが、ナイさまと女神さまの前で粗相をするわけにはいかないし耐えろと頭の中で念じた。
三頭のドラゴンが地面に降りて暫くすると、ナイさまご一行が高い背の上からひょいひょいと降りていた。アルバトロス王国の者たちの運動神経は並外れている。魔力量が多いため、我々東の者より身体能力が優れているのだとか。ヴァエールさま曰く巨大魔石を二十五個失ったことで帝都の魔素が濃くなっているから、これから生まれてくる赤子は魔力量が上がり彼らのようになるかもしれないそうだ。
飛ばせる飛空艇を多く失ったことは痛手だが、少し楽しみにしている未来である。魔術に関してならばアルバトロス王国に助力を請えば魔術師を派遣してくれるだろう。
共和国も魔力量の多い人間を見出して、治癒師として働けるようにアルバトロス王国を頼った。共和国がアルバトロス王国になにを差し出したのかは分からないが、我々アガレスもアルバトロスに益を齎せるのであれば要請を受け入れてくれる。
最後にナイさまが赤毛の女騎士であるジークリンデに抱えられて赤いドラゴンの背中を降りている。ナイさまが地面に降りればジークリンデにお礼を伝えているようだ。
その役代わってと言いたいが、私だとナイさまを抱えてドラゴンの背からひょいひょいと降りることはできないだろう。抱えることはできても、動くには筋力が全く足りない。とはいえ可愛いお姿を見せて貰ったと満足してしまい、私の口から勝手に言葉が零れてしまう。
「ああ、ナイさま。相変わらずお可愛らしい……――以前よりも増して魔力量が上がっていないかしら?」
ナイさまはいつまでも可愛らしいと満足していると、不意に違和感を感じた。なんとなくであるがナイさまから発せられる圧が増えていないだろうか。
女神さま方の圧も十分に凄いのだが、今日はナイさまの魔力を凄く感じ取ってしまった。あれ……――それすなわち、黒髪黒目のナイさまに向けている私の愛が純粋で美しいものだから受け取れたのかもしれない。凄く嬉しいと心の中で喜んでいればヴァエールさまが私の腕の中で『おや』と声を上げる。
『おや、ウーノ女史でも分かるのか。お嬢ちゃん、また魔力量が増えとるのう。まあ儂としては魔素を振りまいてくれるから構わんが』
ふふふとヴァエールさまが嬉しそうに笑い、髑髏の目のくぼみが細くなったような気がした。妹たちはナイさまがドラゴンの背から無事に降りることができ安堵の息を吐いている。そしてナイさま以外の大きな圧が四つあるのを感じ取っているようで目を細めていた。とはいえ女神さま方と挨拶を交わすのは二度目となるので、以前より感じる圧は弱い気がする。
「しかし東の女神さまだけではなく、西と南と北の女神さまも来てくださるなんて!」
ドゥーエが喜びの声を上げて、他の三人の妹が彼女に同意していた。手紙には四女神さまがくるかもしれないと記されていたものの、本当に来てくださるかは分からなかった。
アガレス帝国の地に各大陸の女神さまがご降臨されたとなれば、それはもう凄いことだし、私もアガレス帝国の皇帝としての地位が堅いものになる。有難いことだけれど四女神さまのお相手を務めなければならないので胃が少し痛くなってしまうが。ナイさまとお会いするためだし、これも公務の一つと腹を括ってナイさまたちの下へ向かう。
「ウーノさま、盛大な出迎えありがとうございます。お伝えした時間に余裕はなかったはずなのに、ここまでの規模になるなんて……流石、帝国です」
「いえ。女神さまとナイさまが来られるとなれば、我々はなにをおいても準備を致しましょう」
ナイさまが私を見上げながら小さく笑顔を浮かべる。やはり彼女は凄く可愛らしいお方である。もし仮に黒髪黒目のお方ではなくとも、ナイさまの可愛さが失われるわけではない。召喚はされなかっただろうけれど、もしナイさまと関係を築くことができたならばきっとお互いに良いものを築けるはずだ。ナイさまは少し離れた場所にいる帝国の面々に目を向けて『凄いなあ』と感心している。
帝国は東大陸の半分以上を統治しているので、必然と帝都の規模も大きくなる。今回は周辺からも兵士を集めているので、更に多くなっていた。流石に全土の戦力を徴集するわけにはいかないので出せるだけ出して欲しいと各方面にお願いした。諸侯の皆さまも創星神さまと女神さまと黒髪黒目であるナイさまが帝国にこられるのであればと、迅速に答えてくれている。帝国は良い方向へと進んでいるなと感心していると、ヴァエールさまが髑髏の目を細めた。
『お嬢ちゃん、久しぶりだ! エーリヒ少年がこないのは残念で仕方ないが』
「エーリヒさまからヴァエールさまにお土産を預かっていますよ。あとで一緒にウーノさまに預けますね」
どうやらエーリヒ・ベナンター準男爵からヴァエールさまに土産があるようである。彼も細かいところに気を回しているなあと感心していると、なんとナイさまから私たちにお土産を持ってきてくれているそうだ。新種のさつまいもが美味しかったからと笑っていたが、ナイさまから気遣いを受けるのはこの上なく幸せなこと。ああ、なんたる良き日と悶えながら、はっと気付く。きちんと創星神さまからのお告げを聞き届けなければ。ナイさまも忙しく帝国だけに時間を割くわけにはいかないはず。
「ナイさま、皆さま、申し訳ありませんが、会場までお進み頂けますか?」
「もちろんです。よろしくお願い致します。皆さま、行きましょう」
私の声にナイさまが答えてくれ、アストライアー侯爵家の面々に声を掛けていた。ナイさまの隣には東の女神さまが立ち、面白そうな顔を浮かべている。西の女神さまは不満げになっているが、南と北の女神さまに『まあまあ』と宥められていた。凄い光景を見てしまったが、案内人として私がナイさまを引き連れることになったのは凄く嬉しいことだ。アストライアー侯爵家の面々の後ろには妹たちが歩いている。
「黒髪黒目のお方……! 女神さま方まで!」
「なんという光景だ!」
「信じられない!!」
「アガレス帝が男であれば……!」
集まっていた諸侯たちが口々に声を上げる。私が女であることに苦虫を噛み潰している者がいるようだが、能力が備わっているのであれば性別など関係ない。
現にアインは傲慢な思考と態度で鉱山送りとなっているのだ。その事実を認められないのは如何なものだろう。私は横目でちらりと諸侯をみやり、不遜なことを口にした者の顔は覚えたと前を向く。音楽隊が出迎えの演奏を始め近衛兵が一斉に敬礼を執る。ナイさまは近衛兵を確りと見ながら胸に手を当てて答礼の代わりとしていた。そうして簡易に設置した会場へ辿り着き引き渡し式が始まる。
「では、ナイさまお願い致します」
「はい。よろしくお願いいたします」
ナイさまが落ち着いた声色で告げる。そうして黒髪黒目のナイさまと東の女神さまと西と南と北の女神さまに巨大なドラゴンが三頭――小さいドラゴンもいるけれど……――が見守る中、創星神さまが創り給うた石をアガレス帝国は預かり受けることになるのだった。