魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
アガレス帝国にも移動して、グイーさまから賜った石を預けてきた。ウーノさま方は相変わらずお元気そうだし、アガレス帝国内部も特に問題なく統治されているとのこと。ヴァエールさまが私からお土産がないことに凹んでいたけれど、エーリヒさまから預かった品を渡したのだから十分だろう。
私はウーノさまに新種のさつまいもさんのお礼として領地で収穫した小麦やとうもろこしをお土産として渡しておいた。ウーノさまも私にまたお土産を用意してくれており、中身はさつまいもさんとアガレスの女性に人気がある衣装なのだとか。
特注品だと仰っていたが頂いて良いのかと悩んでいると、私の背後で『夜会で着用すれば目立つ。頂いておけ』『ナイの衣装は少ないですから。遠慮なく頂いておきましょう』と無言の圧が飛んでいたため素直にウーノさまにお礼を告げておいた。
東の女神さまは『まあ、がんばりなさいな』という超絶適当な声掛けをウーノさまにしていたのだが、ウーノさま的には凄く有難いことなのだそうである。
東大陸を司る女神であるエーリカさま――仮名。仮名である――に直接言葉を頂いたものだと周りの方は認識しているし、ウーノさまに箔が付くのだとか。
私はヴァルトルーデさまになにも言われたことがないようなと、赤竜さんの背に乗って共和国を目指す一行の中にいるヴァルトルーデさまに視線を向ける。すると西の女神さまは私の視線に気付いたようで、こちらに顔を向けた。
「ナイ、どうしたの?」
ヴァルトルーデさまは小さく首を傾げながら私を見た。しかし仮に私がヴァルトルーデさまからなにか言葉を頂いたとして、なにを頑張るでもないし、周りの方たちから認めて貰えるわけでもない。
単にヴァルトルーデさまが凄いだけで、私自身特になにか成し得たということはないのだ。トラブルに巻き込まれて齎された繋がりや物はたくさんあるけれど、私自身が作った物ってなんだろうか。とうもろこしさんとお米さまは自信を持って自ら得たものだと言えるけれど、領地や功績は巻き込まれた末の結果に過ぎない。
「すみません、なんでもないです」
「?」
私がなんでもないと伝えればヴァルトルーデさまは不思議そうな顔になっているものの追求はなかった。私の気持ちを聞き出したところで得るものはない。私が頭の中で物事を考え過ぎているという節もあるから、本当に気にしないで欲しいものである。
『そろそろ共和国の首都になりますね。他の国と違って、地方のところでも我々を見上げている方が多いですねえ』
赤竜さんが呑気な声を上げた。確かに共和国に入れば空を見上げている方たちが多かった。目の良いジークとリンは『泣いている人がいた』『頭を下げてる人もいたね』と教えてくれたのだが、共和国内で今回のことはどう取り扱われているのだろう。
情報統制ができていないのか、それとも誰かが面白おかしく今回の件を広めてしまったのか。私の名前をグイーさまはお下知の中で上げていたけれど、容姿までは分かっていない。黒髪黒目の者がくるという情報は共和国上層部から漏れなければ、そうそう知れ渡るはずはないのに。
『確かに外に出て我々を見ていますねえ』
『珍しいのでしょうか』
青竜さんと緑竜さんも赤竜さんの話に加わった。超大型の竜が共和国の空を三頭も飛んでいたら、竜が珍しいとされている東大陸では大騒ぎとなるだろう。優雅に飛んでいるお三方は豆粒サイズの地上の方たちを面白そうに見ていた。
「女神さまがくるかもと期待されているのかもしれませんよ?」
私が声を上げながら東大陸を司っているエーリカさまに視線を向けると、やれやれと言った顔になっている。エーリカさまはあまり地上のことに興味がないようだから、騒ぎになっていることに対して良く捉えていないのかもしれない。とはいえアガレス帝国で話し合いの場に参加してみたり、ヴァエールさまの髑髏をツンツンしてみたりと割と自由に過ごされていたので共和国ではどうなるのか。
『ああ、そうでした。女神さま方が我々の背に自然と乗るもので、女神さまだという意識が薄れておりますね』
赤竜さんたちは今回の件で女神さま方と随分と仲を深めたようである。空の旅の途中で女神さま方と話していたし、女神さまが行きたくない国があった時は彼らの側で過ごしていた。仲が良くなるのは良いことだし、女神さま方に問題がないなら構わないだろうと私は四女神さまの方を見る。
「それで良い。過剰なものは必要ない」
「確かにな。普通に接してくれりゃ良いのによ、あたしらの前だとみんな畏まるんだよなあ」
ヴァルトルーデさまは単に今後、西大陸をウロウロする際の足役として彼らを見ていないだろうか心配だ。大丈夫だとは思うけれど、ヴァルトルーデさまにお願いされれば嫌でも『はい』と頷くしかない。
でもまあ、ヴァルトルーデさまなら相手が嫌がっていれば気付いてくれるはず。ジルケさまも姉神さまと同じ意見なようで、うんうんと頷いていた。
女神さまを雑に扱えないのだし、畏まるのは当然のことなのに彼女たちは不満に感じているようだ。とはいえ失礼な態度を取れば直ぐにジルケさまの神力が発動しそうである。迂闊なことは言えないから気を付けようと心を改めていると、ナターリエさまとエーリカさまが私を見てくすくす笑っていた。
「その点、お嬢ちゃんはわたくしたちに対して自然体ですわよねえ」
「ええ、本当に。その方が楽なので構いませんし、なんなら島にもっと遊びにきて欲しいですわ」
二柱さまの言葉を否定したいものの、またバーベキューを開催する口実ができそうである。島というのは神の島のことだろうし、暇なグイーさまが喜んでくれるだろうか。お酒を持ち込めば凄く機嫌が良くなる気がするけれど、彼が飲み過ぎれば四女神さまの機嫌が下降する。やはり、神の島でバーベキューは止めておいた方が得策――……。
――ええっ!? なんで!?
空の上から続けて『酷い!』と抗議の声が聞こえたような気もするが幻聴のようである。私はグイーさまから賜った使命を果たさなければと前を向けば、共和国の首都が見えてきた。
アガレス帝国とは趣が違い近代のヨーロッパという雰囲気がある共和国では、凄く広いグラウンドに降りることになっている。出迎えは大統領閣下たち政府高官のみなさまだ。私の我が儘でプリエールさんたち研修生と短い時間であるが話をできる場を設けて貰っている。プリエールさんや共和国から届く定時連絡には『治癒師の道は難しくもやりがいがある』とか『大きな怪我を負った方を治すことができた』と記されている。
治癒師として順調な滑り出しを見せているようだけれど、書かれていないだけで救えなかった方もいるだろう。その辺りのメンタルケアとまでは言わないが、悩んでいることを聞ければ良いし、心構えを授けることができると良いのだが。
『そろそろ降ります。お気をつけくださいね』
赤竜さんの声に分かりましたと私たちは返事をすれば、高度が下がり始める。眼下には凄く広いグラウンドがあり、黒い塊は共和国上層部の皆さまだろう。グラウンドの外には共和国首都に住んでいる皆さまが集まっているようで、私たち一行に指を向けてなにか声を上げているようだった。凄い人だかりで、共和国首都に住人がこんなに多くいたとは驚きである。
ヴァルトルーデさまとジルケさまとナターリエさまとエーリカさまも共和国の皆さまの様相が珍しいようで真剣に見ていた。暫くすれば地上まで随分と近くなり、私の目でもプリエールさんたちがいることを確認できる。
プリエールさんは空を見上げながら呆けた顔になっていた。他の研修を修了した卒業生たちもあっけに取られているようで、ポカーンという言葉が凄く似合っていそうだ。
赤竜さんと青竜さんと緑竜さんの翼から発生する風を受けながら私たちの到着を待ってくれていた。しかし引き渡し場所として用意して頂いたグラウンドは超大型竜の方たち三頭が降りるには狭かったようである。共和国側も想定していなかっただろうし、竜の皆さまたちが器用に降りてくれたのでどうにかなった。尻尾を伸ばせずにいて、身体の周りにピッタリ付けている竜の方たちの姿は珍しい。
「少し狭いですね」
赤竜さんの背の上で私は会場となっているグラウンドを見渡す。端っこの方へと共和国上層部の皆さまが寄っており、巨大な竜の方の姿に驚いていた。そして三頭の竜が降り立ったグラウンドは彼らにほとんどを占拠されている。
『致し方ありません。我々は巨大ですから』
赤竜さんが私の声にのそりと顔を動かしてこちらを見た。青竜さんと緑竜さんも私たちの方を見て苦笑いを浮かべている。
「失礼かもしれませんが、尻尾を丸めていると皆さま可愛いです」
大きな竜の方には似つかわしくない言葉かもしれないが、尻尾を丸めている姿はそう表現せざるを得ない。赤竜さんはふふふと笑い、青竜さんと緑竜さんは微妙な顔になっていた。
一先ず、共和国の皆さまを待たせてはならないと赤竜さんの背から降りる。同行者の皆さまはひょいひょいと降りているのに、私だけジークとリンの助けを受けていた。恥ずかしいけれど、降りられないのだから仕方ない。
地面に降りれば共和国の皆さまが出迎えてくれるはずなのに、グラウンドの隅っこで留まっていた。こちらにくる気配はなく、私たち一行は首を傾げている。そうして一番に我慢できなくなった私が口を開いた。
「どうしたんだろう?」
「流石に大きな竜が三頭揃えば怖いんじゃないか?」
「圧も凄いと思う」
私の疑問にジークとリンが答えてくれる。確かに超大型の竜のお方が三頭揃えば圧巻ではあるが、襲ったりしないし、人間が一緒に乗っているのだから恐れる必要はないはずだ。
警戒し過ぎではと言いたくなってクロの顔を見れば『大きい仔たちは魔力が豊富だから、東大陸の人たちが驚いても仕方ないんじゃないかなあ』と答えてくれた。そういうものなのかと私は無理矢理自身を納得させて、共和国上層部の皆さまの元へ行こうと一行の皆さまに声を掛ける。するとアガレス帝国の時と同じく東の女神であるエーリカさまが私の隣に立ってにこりと笑みを浮かべながら見下ろした。
身長差、凄いよねえ。
ヴァルトルーデさまとナターリエさまとエーリカさまの背丈は百八十センチを超えている。ジルケさまは私と同じくらいなので百五十センチ程度だ。三十センチの身長差は結構どころか凄く大きくて首が痛い。
並んでいると親子と間違えられそうであるし、なんだか心境的に複雑なのだ。とはいえ今回はグイーさまから頂いたお仕事である。我が儘を言ってはならぬと前を向き、エーリカさまに視線を合わせて頷いて歩を進め始めた。共和国上層部の皆さまが私たちが動き始めたことにはっとして、ぴしっと背を伸ばし凄い形相で待ってくれている。
「緊張されていますわねえ。面白いので構いませんが」
エーリカさまが私の隣でくすくすと笑いながら共和国上層部の面々を見ている。後ろには三女神さまとジークとリン、続いてソフィーアさまとセレスティアさまと侯爵家の護衛の面々が続いていた。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは騒ぎになりそうだから私の影の中に入って貰っていた。
「しかしまあ……外が騒がしいですわ」
エーリカさまが正面から右と左へ顔を向け、耳に届く声に少し呆れていた。彼女に倣って私も耳をすませると怒号のような声が届いた。
「黒髪黒目のお方ー!」
「女神さまー! 一目お会いしたいです!」
「大統領、狡いぞー!!」
距離が離れているので音量は大したことはないが、共和国市民の皆さまがグラウンドの外で必死に叫んでいるようだ。エーリカさまは肩を竦めるだけで関わる気はないらしい。
私もグイーさまから預かった石を共和国上層部に渡したら、一度アルバトロス王国に戻って今度は北大陸へと向かう予定である。申し訳ないがグラウンドの外に集まっている方たちと交流している暇はないと前を向き、大統領閣下と高官の皆さまとプリエールさんたち元研修生が待つ場を目指すのだった。
◇
私の横を歩いている東の女神であるエーリカさまが『あら』と小さく声を上げた。共和国上層部の皆さまを待たせているから、立ち止まることはできないと私は歩みを止めないままエーリカさまを見上げる。
「お嬢ちゃん」
「はい?」
目を細めたエーリカさまが私を呼んで止まるようにと無言で訴える。女神さまに言われたならば足を止めるしかなく、なんだろうと私は歩みを止めた。後ろにいるヴァルトルーデさまとジルケさまはなんだと不思議がり、ナターリエさまはにやにやしている。
ジークとリンはどうしたと少し困惑しているし、ソフィーアさまとセレスティアさまはエーリカさまが歩みを止めたと首を捻っていた。何故かエーリカさまの手が伸びてきて私のアホ毛を撫でる。撫でられたあとぴょんと元の位置に戻ったアホ毛にエーリカさまは面白そうに笑っているのだが、一体何をしたいのだろう。疑問が顔に出ていたのか、エーリカさまは『なんでもありませんわ』と告げ『行きましょう』と更に言葉を足した。
「?」
私は疑問符を浮かべて後ろにいた三柱さまに顔を向けるが、エーリカさまの行動は彼女たちにも良くわからないもののようであった。私は仕方ないと一歩踏み出したエーリカさまと並んで歩みを再開させる。
グラウンドの外から共和国市民の皆さまの声がまだ上がっているようだ。先程聞いた声と同じく、黒髪黒目のお方と叫んでいるし、東の女神さまを求めている声もある。何故、そんなに盛り上がっているのだろうか。それよりも堕ちた神さまが大陸に散っているかもしれないという不安の方が勝りそうなのに、彼らは何故私たちへと関心を寄せているのだろう。
一先ず、外の声は聞こえているけれど、聞こえていないフリをして共和国の大統領閣下方の前に私は立った。
「大統領閣下、この度は話を受け入れてくださり感謝申し上げます」
「い、いえ! 創星神さまのお告げは共和国の皆が知っております。閣下を受け入れぬなどあり得ません」
私が礼を執って大統領閣下に挨拶をすれば、彼は何故か以前よりも畏まった態度で私に礼を執る。大統領閣下は握手をしたいようだが、右手を少し上げて下げてを繰り返し迷っている様子だった。
私は問題ないと判断して自ら手を差し出すと、彼はぱっと顔を輝かせて私の手を取り右手で握手をし左手も出して私の手を包み込んだ。お貴族さま相手だと握手をする機会は少なく新鮮な気持ちが湧く。握り方で敵意があるかないのかもある程度判断できそうであった。握手の力を込めようものなら、全力でお相手するだけ。状況次第だけれど。
そういえば、デグラス伯爵さまに豚肉を横取りされた件について、なにも説明して貰っていない。
豚肉を売ってくれたロステート伯爵さまの謝罪は受けているが、デグラス伯爵さまには喧嘩を売られた形となる。苛烈なお貴族さまであれば真っ先にデグラス伯爵家と争いになっていたことだろう。私は彼の家がどんなところなのかと諜報員を送り込んでいるけれど。まだ詳しい説明を諜報員の方から受けていない。どうなるか分からないけれど、神さまの一件が片付けば、デグラス伯爵さまと一悶着ありそうである。
考えごとをしていたためか大統領閣下が不思議そうな顔をして私を見下ろしている。あ、いけないと私は確りと前を向く。
「……その、アストライアー侯爵閣下……隣のお方は?」
どちらさまでしょうかと大統領閣下が私に問う。閣下はエーリカさまに直接聞き出す気はないようで、私とエーリカさまの間で視線を彷徨わせていた。私は念のためにエーリカさまの方へと顔を向けて、伝えても構わないだろうかと視線で問うた。
エーリカさまが東の女神であると共和国上層部の皆さまに伝えることは問題ないようだ。私の後ろでヴァルトルーデさまが『私は西の女神』と言いたげだが、ジルケさまとナターリエさまに『姉御、黙ってみてろ』『話がややこしくなりましょうに』と止められている。
「東の女神さまでございます」
「は? え? 本当に……? あ、いえ! 疑うわけではございませんが、こうして女神さまが共和国へきてくださるとは思考の埒外でしたので!!」
私の説明を受けた大統領閣下が怒涛の勢いで声を上げる。どうやら黒髪黒目の私が共和国を訪れるだけでも奇跡なのに、東の女神さままでこられるとはまったく考えていなかったようである。
後ろにもジルケさまという黒髪黒目のお方がいるから、本当に今の状況が神がかり的過ぎて困惑しているとか。閣下はエーリカさまに最敬礼を執れば、共和国上層部の皆さまが頭を下げる。
研修生たちも状況をなんとか把握しているようで、彼らと少しだけ遅れて頭を下げていた。これでユーリが加われば、彼らは一体どんな反応を見せてくれるだろう。黒髪黒目は希少な存在ではないと考えてくれると良いのだが。
「ナイ、お父さまから譲り受けた石を彼らに渡してくださいな」
エーリカさまが過度な崇拝は必要ないと共和国上層部の皆さまに告げたあと私に伝えた言葉だった。確かに早く渡して石を各地に送って貰わなければ。堕ちた神さまがどこで悪さを始めているかも分からない状況である。不安に感じている方もいるだろうし、グイーさまの石を早く渡した方が得策だろう。アガレス帝国ではほとんど口をださなかったエーリカさまがこうして指示を出しているのはなにかあるのかもしれない。
「承知しました。では大統領閣下」
「は、はい、始めましょう!」
私の声に大統領閣下が緊張した様子で返事をくれると、共和国上層部の皆さまが慌ただしく動き始めた。グラウンドの隅っこになってしまうが、受け渡した石を置く台座やらを用意している。私はソフィーアさまとセレスティアさまに視線を向けると、お二人はグイーさまの石を準備してくれる。そうして引き渡し式が開始されたのだった。
◇
――私は共和国の大統領として歴史に残る偉大なことを成し遂げたのではないだろうか。
とはいえ今後の結果で大統領として、成功したか失敗したか判断されるであろう……だが今、この瞬間は黒髪黒目のお方であるアストライアー侯爵を目の前にし、彼女の隣では神々しいお姿の東の女神さまが見守ってくださっている。
本当に共和国の大統領として個人としても感無量なことだ。だが、彼女たちの後ろでは黒髪黒目のお方がもう一人いらっしゃる。信仰の対象である彼女たちお二人の姿を見れたこと、東の女神さまも共和国にご降臨されたことは本当に本当に奇跡だった。
その証拠にアストライアー侯爵の隣に立つお方が東の女神さまと分かり、黒髪黒目のお方がもう一人いらっしゃったことで私の周りを取り囲む政府高官の者たちは凄く慌てふためいている。だが、アストライアー侯爵一行にみっともない姿を見せられないと歯を食いしばって意識を保っているようだった。そう。今、この状況は幸せの頂点を迎えてしまい昇天してもおかしくないのである。
「では、創星神さまから賜った石を共和国の皆さまへお渡しいたします」
アストライアー侯爵が用意された場に立って声を上げた。出会った頃と変わらぬ姿でおられるので、彼女の成長は止まっているのかもしれない。後ろにいらっしゃる黒髪黒目のお方も彼女と同じ背丈なので、黒髪黒目の女性は小柄な方が多いのだろうか。
まだお二人しか黒髪黒目のお方を見ていないため、統計を取るにしても足りなさ過ぎて信用度が全くない……駄目だ、駄目だ。緊張し過ぎて妙な方向に思考が逃げてしまっている。今目の前の現実を認めて、引き渡し式を執り行わなければ。アストライアー侯爵も引き渡しを私に頼んで良いと考えてくれたのだろうし、失礼な態度で臨むわけにはいかぬのだ。
「はい。共和国大統領として責任を持ってお預かりいたします」
私が声を上げると、侯爵の後ろに控えていた金髪姿の女性が恭しく創星神さまからの石を我々側に授けてくれた。私は一つを受け取り、他の者ももう一人から受け取る。
東の女神さまは侯爵の横で黙って見守っておられるだけ。もし不敬を働いていたらどうしようかと悩むものの、きっとその時は我々が認知する間もなく力を行使されて神罰を与えていることだろう。生きているなら問題はなかったのだろうと、私は頭を下げて預かった石を頭の上に掲げる。
来期は望めそうになかったが、今回のことで私の大統領の地位は盤石になりそうだ。与党として次の選挙も確実に勝てるだろう。
そうなれば富める者と貧しい者たちの格差をなくすために本格的に取り組むことができる。次期大統領に任せようと考えていたが自らの手で取り組めるなら、少し急いだ政策を出すこともできるだろう。
野党の者たちは富める者を優遇しているため対抗政策を打ち出してくるだろうが、議席を過半数確保していれば否決されるだけ。プリエール嬢たちが開く治癒院が成功していること、貧裕会の者たちも治癒院の中で政治的活動――といっても字を教えたり、初歩的な計算を教えているだけ――を行い、貧しい者たちを取り込んでいる。その結果なのか貧しい者たちの投票率が上がっているのだ。微々たるものではあるが時間か経つほど効果が露わになっていくことだろう。字が書けなければ、有権者でも投票することさえできないのだから。
私が顔を上げればアストライアー侯爵閣下が『よろしくお願い致します』と丁寧に告げる。
一国の代表である私と大陸各地を飛び回り各国とこうして引き渡し式を行っている彼女、どちらが地位があるのかと問われれば私は即答する。アストライアー侯爵閣下である、と。
私は貴族制度に詳しくないが、侯爵位ともなれば小国規模の領地を所有しているそうだ。共和国と違い領主が強い権限を持っているので、強権を発動させやすいらしい。民の首を切り捨てても問題にならないと聞き、それは独裁国家ではと言いたくなったことがある。とはいえ優れた者が統治すれば民は幸せに生きていられるとか。
「では、閣下が望まれておられた元研修生たちの下へご案内致しましょう」
私はアストライアー侯爵に元研修生たちがいる場へと腕で示す。すると彼女は元研修生の方へと顔を向けた。数瞬元研修生たちを見やった閣下は私へ視線を戻して、小さく笑みを浮かべる。
「充実している方とそうでない方がいらっしゃるようですね。少し話を聞いてきます。的確な助言ができるかわかりませんが、もう一度アルバトロスに訪れたいという声があれば陛下と教会に打診してみたいのですが宜しいでしょうか?」
「それはもちろん! 力を十全に扱えず難儀している者もおりましょう。再教育を受けられるのであれば有難いことです!」
閣下は元研修生の顔色を一瞬で判断して、再教育を即決断なされたようだ。アルバトロス王と教会がどう仰るか分からないが、きっと良い報告を聞けるだろう。
アルバトロス王国へ研修生を送り戻ってきた彼女たちの活躍は目覚ましい。ただ能力が個人に左右されるようなので、治癒が上手くできないと悩んでいる者がいた。一応、王国と教会に伝えて助言を貰っていたのだが、字だけで学び取れることは少しだけ。きっと実地で再教育を受けた方が効率が良い。
私が侯爵閣下に感謝を述べると、隣に立っている東の女神さまが良い顔になった。どうやら東の女神さまも喜んでくれていると安堵して、侯爵閣下を研修生の下へと案内するのだった。