魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
本当にみなーばあ、いえアストライアー侯爵はなにをしているのでしょう。
西と南の女神さまをフソウの大地に招いてくださっただけでも有難いのに、今回は北の女神さまと東の女神さまも一緒だと聞いております。女神さま方と創星神さまの御使いとなったアストライアー侯爵に失礼のないように、皆に徹底的にドエの都を掃除するようにと帝として命を下しました。
皆の努力により塵一つ落ちていない状況になっておりますが、果たして石の引き渡し式はどうなるのか。屋敷に集まった者たちが緊張した面持ちで侯爵の到着を待っており、征夷大将軍であるナガノブも流石に顔が強張っているのでした。
神獣の仔である松風と早風は状況を知ってか知らずか、落ち着いた様子で侯爵の到着を待ってくれています。逆に権太は落ち着きがなく『北の女神さまとなにを話せばええんや?』『オイラのこと気に入ってくれるんか?』とぶつぶつ言いながら、この先に起こるであろうことを考えているようです。他の者たちもどうなるのかと皆と一緒にざわついております。長きフソウの歴史の中で今日という一幕は、四柱の女神さまがフソウに訪れた日と永遠に語り継がれる日となりそうです。
「ナガノブ、大丈夫ですか?」
「アストライアー侯爵がそろそろ到着するはずですが……こられませんな……」
私の疑問にナガノブは答えぬまま空を見上げ竜の姿を探しております。九条も忙しなく空を見上げアストライアー侯爵の登場を待っておりました。国外の者たちは時間に緩い者が多いですが、アストライアー侯爵はきちんと守る口の人間。
遅れる場合は連絡を先に寄越してくれるので、今日も時間通りにくるはずです。指定の時間にはまだ少し余裕があるのに、皆は落ち着かないのでしょう。かくいうわたくしも落ち着きませんが、帝として振舞わねばならぬためどっしりと構えているつもりです。
ドエの街の外。アストライアー侯爵が竜で降り立つ場にくるのは初めてです。
なにもない場所ですし、女神さまを迎え入れる場所には不適当ですが……竜が四頭降り立つ場には丁度良い場でした。ドエの街では人々が本当に女神さまと創星神さまの御使いがくるのかと騒ぎになっており、城と屋敷から出て来た私たちを見て『今日がその日ではないか?』と感づいていることでしょう。
竜が四頭もドエの都の上空を飛ぶはずですし、街は色めき立ちそうだと苦笑いを浮かべていれば誰かが声を上げました。
「大きな竜が四頭も空を飛んでいる……!」
空き地に集っていた誰かが声を上げると一斉に皆が空の上を見ます。指を指した方へとわたしも顔を向ければ、大きな大きな竜が四頭も優雅に空を舞っておりました。
竜の首にはアストライアー侯爵家の家紋を誂えた布が掛かっており、侯爵が騎乗していることを示しています。きっと竜の背の上には女神さま方もご一緒しているのでしょう。私はふうと息を吐いて、ドエの都の上空に現れた竜の姿に盛り上がる皆の声に耳を傾けました。
「女神さま方がやってこられたのですな!」
「本当に侯爵は石を持参しているのか?」
「おい! 侯爵を疑えば創星神さままで貶めていることになるぞ!」
「うっ、すまぬ」
浮かれている者、疑う者、窘める者と三様の声が上がっております。窘める者がいるので妙な輩が場に紛れ込んでいれば首を切り落とすはず。
ナガノブも皆に失礼のないようにと念を押しているので、侯爵と女神さま方に不敬を働く者はいないだろう。いれば末代までフソウの恥として語り継がれる。どんどんと我々に近づいてくる四頭の巨大な竜はドエの都の上空を低く飛びながら空き地へと降り立った。
砂埃も舞わぬまま綺麗に地面に降り立った四頭の竜から発せられる巫力は如何ばかりか。人間では到底持て余しそうな力を彼らは当然のように御していました。
巨大な竜の荘厳さに圧倒されていると、青い竜の背からアストライアー侯爵家一行が降りてきます。見慣れた面子の他に知らない女性が二人おられました。お一方は『行きましょうか』と声を上げ侯爵の隣に立ち前を向きます。絹のような長い髪を揺らし、すらりと長い手足を動かしながら我々の方へと歩みを進めました。
フソウの者たちはそのお方に目を奪われます。
意味は分かりませんが、何故か目を離すことができないのです。こんなことがあろうとはと驚いていると、侯爵家一行が我々の前に立ちました。彼女の後ろにいる側仕えの二人は石を大事に掲げ、恭しい態度になっております。侯爵の足元では椿と楓と桜がぶんぶん尻尾を振りながら、松風と早風と権太の方へ視線を向け『早く遊ぼう!』と言いたげにしていますが大事な場面と理解しているようで我慢をしております。
「帝さま、ナガノブさま、お久しぶりでございます。此度は創星神さまより預かった品を届けに参りました」
侯爵が小さく頭を下げて挨拶を口上してくださいます。彼女の隣に立つ背の高い女性は初見の方。どなたか早く説明を下さると嬉しいのですが、侯爵は気付いてくれません。一先ず先に返礼をすべきかと私は口を開きました。
「アストライアー侯爵、ようこそフソウへ。小さな国まで気に掛けてくださり感謝申し上げます」
「侯爵、待っておりましたぞ」
軽い挨拶を交わせば、さっそく石の引き渡し式を執り行おうと侯爵が告げるのでした。ナイ……隣の女性の紹介を……。
◇
グイーさまから預かった石をフソウの方々に預けることができた。小さい島国なので全部で五つを預けている。魔人の村には一つだけなので、規模を考えると少ないような気がしてならない。
とはいえグイーさまが創り給うた石だから広範囲をカバーできるはず。グイーさまの力を信じようと私は決めると、不意に帝さまから圧を感じるのだが、一体どうしたのだろうか。
彼女の視線の先を辿れば北の女神さまに注がれているような気がした。そういえば北の女神さまであると私はフソウの皆さまに伝えていないような。ヴァルトルーデさまとジルケさまが先にフソウに足を踏み入れているので忘れてしまいそうになるが、北の女神さまであるナターリエさまは今回フソウに初訪問である。
「石のことで意識を取られておりましたが、北の女神さまです」
「お嬢ちゃんは、こういう所が凄く適当よねえ。抜けているというか、ワザとそうしているのかしら?」
私がフソウの皆さまに北の女神さまを紹介すると、隣に立っているナターリエさまは微妙に笑いながら肩を竦めた。忘れていたというか、石を皆さまに早く引き渡さなければという意識が強かっただけである。ナターリエさまが私の隣に立っていることを忘れたわけではない。私がナターリエさまの顔を見上げると、くつくつと小さく笑いながら北の女神さまはフソウの面々へと視線を向けた。
「姉である西の女神と末妹の南の女神からフソウの食事は美味しいと聞き及んでおります。姉と妹の面倒を見て下さり感謝致しますわ」
ナターリエさまがフソウの皆さまに礼を告げると帝さまとナガノブさまは慌てた様子で背を正す。
「女神さま方の口に合ったならば光栄です。北の女神さまもいつかフソウの食を召し上がって頂ければ幸いです」
「最高の品をご用意致しましょう」
帝さまとナガノブさまが深々とナターリエさまに頭を下げた。フソウ最高の食事とはいったいどんな品だろうか。お膳の中に何十種類もの小鉢が並べられて、いろいろな味を堪能できるものだろうか。
それとも鰻重のように一品物として提供されるのだろうか。鰻を捌いて炭火で焼き目を入れ、秘伝のタレを刷毛で塗り込みまた焼いていく……そんなシーンを想像しているとお腹の虫が盛大に鳴き声を上げそうになる。ふと私の足下で桜ちゃんが前脚でぺしぺしと私になにかを伝えようとしていた。楓ちゃんと椿ちゃんも桜ちゃんの横で鼻を鳴らしながらなにか言っている。
「どうしたの?」
『早くマツカゼとハヤカゼとゴンタの所に行きたいみたいだよ~引き渡しが終わるまで我慢してたんだねえ。偉いよ~』
「ケダマも少しづつ成長しているのですねえ」
私が毛玉ちゃんたち三頭に視線を向けるとクロが彼女たちの気持ちを代弁してくれ、ナターリエさまは毛玉ちゃんたちの成長に感心していた。確かに以前であれば一目散に松風と早風と権太くんの所へと向かっていたはず。
大事なことがあると理解して我慢していたならば毛玉ちゃんたち三頭は本当に成長したと嬉しくなってくる。ユーリの成長を見守るのも楽しいけれど、毛玉ちゃんたちの成長を見届けるのもオツだ。私は笑って『行っても大丈夫だよ』と告げれば、三頭は嬉しそうにピューッと走り出してフソウ側の中にいた松風と早風、そして権太くんの所まで一気に駆け抜けた。
『!』
『!!』
ちょこんと地面に腰を下ろしている松風と早風に椿ちゃんと楓ちゃんと桜ちゃんが勢いよく飛びついた。松風と早風は特に動じることもなく、彼女たちを受け入れている。
少し会わない間に彼らはまた身体が大きくなっており、毛玉ちゃんたち三頭よりも二倍ほど差がついていた。権太くんは相変わらず五歳児程度の見た目であるが、確りと尻尾が三本生えており二頭の仔狐を連れている。毛玉ちゃんたち三頭は権太くんにも絡み始め、いつも通りペロペロ攻撃を始めるのだった。
『わ、凄い勢いできよった! ぺろぺろ舐めんなし! オイラは飴じゃない!! え、なんで怒っとるんや??』
権太くんは相変わらず関西弁で文句を垂れつつまんざらでもない様子である。ただ毛玉ちゃんたちにじゃれ付かれてデレデレしているのがバレたのか、二頭の仔狐が尻尾をぶわっと膨らませて抗議していた。
可愛い光景だけれど、権太くんにとっては女難であろうか。とはいえいつもの光景に私は安堵していると北の女神さまは彼らに面白そうな視線を向けていた。
後ろでは西の女神さまが楽しそうだなあと言いたげに見守っているし、ジルケさまは『またか。毛玉たちも良く飽きねえなあ』と感心している。東の女神さまであるエーリカさまも北の女神さま同様に面白そうに見つめていた。
「早風と松風は大きくなっているけれど、権太くんは変わらないね?」
『オイラはまだまだ力を貯めなあかんねん! 母ちゃんみたいな立派な九尾にならんといかんやろ?』
私の疑問に権太くんはえっへんと胸を張り答えてくれるけれど、尻尾が凄い勢いで増えているのだから直ぐに九尾の狐となってしまうのではなかろうか。ドヤと胸を張っている権太くんに北の女神であるナターリエさまが近寄ると、彼は驚いたのか尻尾をタランと下に垂らす。なんだろうと皆さまが見守っていると北の女神さまが右手を伸ばしていた。
『痛いやん……』
権太くんの額にナターリエさまの右手人差し指がこつんと当たる。痛みというより、女神さまの爪の先が当たり、少し痛みが走ったようである。微妙な顔で目を細める権太くんにナターリエさまは小さく笑った。
「まあ立派になろうとすることは良いことでしょうし、北の女神として貴方の成長を楽しみにしております」
『そ、そないに言われてもオイラが将来どうなるかなんてわからんし! でも母ちゃんみたいに立派になるんや!』
権太くんは将来九尾の狐と恐れられていたお母さまのようになるのかなと疑問を抱きつつ、フソウへの石の引き渡しを無事に終えて私たちは一旦アルバトロス王国に戻るのだった。
◇
西大陸、東と北大陸の国々へと石を届け、残すは南大陸のみとなった。
伝手が少ないので、以前関わったA国、B国、C国にお願いして他の国々に赴きますと知らせて貰ったのだが、果たしてどうなっているのやら。一応、返事が届いて全ての国に報告し終えたと聞いているが、以前のヤーバン王国のように鎖国をしていれば問題が起きそうである。
フソウからアルバトロス王国へ戻っている最中、緑竜さんの背の上にて南大陸ではどう動こうかとアストライアー侯爵家の面々で話し合っている。
「気にすんな。そんときゃ、あたしがなんとかしてやるよ」
ジルケさまが帝さまから頂いた握り飯を頬張りながら頼もしいことを言ってくれる。ただ南大陸で恐れられている女神さまとして、大陸の皆さまが更に怯えてしまうのではないかという心配が尽きない。ジルケさまが人間に恐れられていても構わないと言っていたが、できることなら友好的であって欲しい。私がジルケさまを見ていると、彼女の眉間に皺が寄る。私が首を傾げると、直ぐに答えが分かった。
「酸っぱいな。けど癖になる味だ」
どうやら握り飯の具に辿り着いたジルケさまは口の中に広がる梅干しの味に怪訝な顔をしてしまったようである。沢山持たせてくれたので、せっかくだからとみんなで頂いている所だ。
シーチキンは流石に用意できないけれど、こんぶや高菜と定番の具が入っている。お塩も確りと効いているし、本当に美味しい握り飯だ。今回、私がおにぎりと言っていないのは単に帝さまが『握り飯』と称したから。
「具は梅干しでしたか」
私の声に握り飯を頬張ったままのジルケさまは、指先についたご飯粒を舐めとっている。普段であればお行儀が悪いと言ってしまうが、握り飯なのでセーフだろう。
ご飯粒を残すと目が潰れると施設の職員さんが言っていたなあと凄く懐かしい気持ちになってしまった。ジルケさまの隣に座っているヴァルトルーデさまも握り飯を手に持って、具はなにかと大きく口を開けかぶり付く。何度か咀嚼して口の中のものを嚥下すると、不思議そうに握り飯を見つめて私と視線を合わせた。
「ナイ。この具はなに?」
ヴァルトルーデさまが握り飯を齧った部分を見せてくれた。中には茶色い塊があって、ヴァルトルーデさまはそれがなにか判断は付かなかったようである。味に文句はないけれど、中身がなんであるのか不思議なご様子。
「おかかですね。鰹節に醤油を垂らして味付けしたものをそう呼びます」
「トリグエルが凄く喜びそう」
茶色い物体がなにか理解したヴァルトルーデさまはトリグエルさんが喜ぶと小さく笑っていた。ちなみに北と東の女神さまはお腹が空いていないと仰り、握り飯を食べていない。
ただ握り飯のお供として添えられていた大根の漬物に視線を向けて興味を示し、パリポリと音を奏でながら食べる姿に私は妙な感じを受けた。どうにも見た目が思いっきり西洋の方が日本食、特に昔からある品を食べる姿は珍妙な光景に見えてしまう。とはいえ『美味しい』と一言頂ければ嬉しくなるのだから現金だ。とりあえず帝さまとナガノブさまには喜んでくれそうな報告をできそうで良かった。
「塩分が多いので、犬や猫には鰹節そのものを与えてくださいね。トリグエルさんは猫又なので問題ないかもしれませんが」
私はトリグエルさんが凄く喜ぶところを想像してしまうが、流石に醤油が掛かった鰹節を沢山あげるのは不味いと釘を刺しておく。
「ん。最近のトリグエルはぷにぷにしてる。お腹の所、凄く柔らかい」
ヴァルトルーデさまはトリグエルさんの触り心地を危惧しているようで、大丈夫かと心配そうな顔になっている。トリグエルさんは屋敷の皆さまに間食を頻繁に強請っているのは知っている。お腹の脂肪も増えてきており、短毛の黒猫なのにちょっとでっぷりし始めていた。本当にダイエットを始めなければならないかもと私が目を細めれば、ジルケさまが小さく息を吐き頭の後ろを掻く。
「アイツ、誰彼に飯を強請っているからなあ。見た目の良さで屋敷の人間がコロッと騙されてるな」
「注意はしていますが、お腹空いたと情けない声で言われてしまえば情けを掛けたくなるんですよね」
ジルケさまと私ははあと息を吐く。するとナターリエさまとエーリカさまが側で不意に『本当に姉妹のようですわ』『背格好が似てますもの』と声を上げた。
「あたしとナイに血縁はねえぞ。ナイには南大陸の血と西大陸の血が混ざっているだけだしな」
ジルケさまが言い終えると、握り飯の最後の一口を食べた。私とジルケさまは背格好と黒髪黒目である所しか似ていない。ぶっきらぼうな物言いはしないし、誰かに怒りをぶつけたりはしていないので全く別の性格のはず。似ていないので話は直ぐに終わると見守っていると、ナターリエさまとエーリカさまが面白そうな顔になった。
「でも、なんとなく似てますわよ」
「ええ。よく食べる所も気に入った相手を大事にするところも同じですわ」
確かにお互いに良く食べているし、食べた物はどこに収まっているのかと人体の不思議を感じることがあるけれど……今、おっしゃられたことは本当だろうか。
仲間内を大事にしているのは自覚している。だって私が真っ先に守るべき人たちと定めているのだから。でも他の方も大事かと言えば……大切だなあ。多分、今一緒にいる面子や屋敷に住んでいる皆さまに私と懇意にしてくれる皆さまは特にである。
でもジルケさまにそんな人はいるのだろうか。神さま家族は当然として他にいるとは思えない。もしかしてナターリエさまとエーリカさまが指しているのは私たちのことだろうか。一体誰だと考えていれば、ヴァルトルーデさまが北と東の妹さまに顔を向ける。
「私とは?」
「…………背格好はお姉さまに似ていませんが、おチビちゃん同様に似ている所がありますわ。ねえ」
「ええ。お嬢ちゃんとお姉さま、顔は似ておりませんが西大陸の者として強い繋がりを感じられますもの」
ヴァルトルーデさまは二柱さまの声に満足したのか嬉しそうに私の方へと顔を向けているのだが、ナターリエさまとエーリカさまは微妙な顔になっていた。似ている所なんて全くない気がするけれど……と私がクロに視線を向けると無言のままだった。まあ、残すところ南大陸の各国に石を届けに行くのみと気合を入れ直していれば緑竜さんから声が届く。
『そろそろアルバトロス王国に着きますよ』
なんだか懐かしい感じがすると緑竜さんの声を聴きながら、アルバトロスへと戻って北大陸へと向かっていた報告やら南大陸へと旅立つ準備を済ませるために侯爵領の屋敷に戻る。超大型の竜の方たちである、赤竜さんと青竜さんと緑竜さんに『またよろしくお願いします』と別れを告げ、待機していた迎えの馬車に乗り込み急いで屋敷へ入った。
アストライアー侯爵領の領主邸である玄関ホールで家宰さまや侍女の方に下働きの方たちと挨拶を交わし、急ぎの仕事を捌いてユーリの部屋へと赴く。
今回、割と屋敷を留守にしているのでユーリに私のことを覚えて貰っているのか凄く心配だ。私は家族というものに詳しくないけれど、頻繁に出張へと出向かなければならない父親の心境がなんとなく理解できる。
ジークとリンもユーリのことを気に掛けてくれているし、毛玉ちゃんたち三頭とヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも一緒にきてくれているし、ヴァルトルーデさまとジルケさまも彼女が気になるようだ。少し大人数になったけれど屋敷の中だし、いつものメンバーなので構わないだろうと私はユーリの部屋の前の扉を二度ノックした。乳母さんの聞き慣れた声が耳に届き、私はドアノブに手を掛けて回しゆっくりと扉を開いた。
「入ります」
ユーリの部屋には彼女を世話する乳母さんとアンファンがいて、今日はサフィールも一緒のようである。彼らは私を見たあとに後ろに控えていた二柱さまの姿に驚くものの、一瞬で状況を理解してくれたようだ。
ヴァルトルーデさまとジルケさまがどんどん屋敷に馴染んでいる気がする。ナターリエさまとエーリカさまは東屋でお茶を楽しんでくると言い残しており、今頃は侍女の方が緊張しながら淹れている頃だろう。ソフィーアさまとセレスティアさまは仕事を捌いてくれている。ユーリと少し戯れたら、私は執務室に戻ろう。流石に領地のことを任せきりにしておくわけにはいかないのだから。
「おかえりなさいませ、ご当主さま。ユーリさまはいつも通り、元気にお過ごしです」
「ご当主さま、おかえりなさい」
乳母さんが笑みを浮かべ、アンファンが少し気恥しそうに礼を執る。ユーリは絨毯の上で玩具を弄り倒していた。私たちに興味はないのか全く気付いてくれない。
毛玉ちゃんたちはそんなユーリを全く気にせず彼女に近づいて、すんすんと彼女の匂いを嗅ぎ『あそぼ!』と短く声を上げる。玩具で遊んでいたのに毛玉ちゃんたちに邪魔をされたユーリは泣いてしまうだろうかと見守っていると、特に気に留めず毛玉ちゃんたちの顔をべしべし手で叩き始めた。元気だなあと笑っていれば、サフィールが私の方へと寄ってきて軽く頭を下げた。
「無事に戻られてなによりです」
「ただいま戻りました。ユーリは元気そうだね」
サフィールは私と言葉を交わしたあと、視線でジークとリンにも『おかえり』と伝えているようだ。この辺りは幼馴染故のやり取りなのだろう。サフィールはヴァルトルーデさまとジルケさまにも『お疲れさまです』と声を掛け、二柱さまもまた『ただいま』『おう』と返している。
女神さまが屋敷に滞在してどうなることやらと心配していたけれど、いろいろな方との交流が増えているようである。女神さまだと最初こそおっかなびっくり接していたようだけれど、普通の人たちと変わりないと理解したのか本当に普通に会話を交わしているのだから。
「うん。ご飯は毎日確り食べているし、言葉数も増えているよ。小さい子は目に見えて成長しているよね」
「だね。少し見ない間にユーリはまた大きくなってるから。とりあえず、知らない人が入ってきたって大泣きされないから安心したよ」
大勢で押しかけたし、状況が変わってユーリは驚くかと思いきや毛玉ちゃんと戯れている。毛玉ちゃんたちもユーリは小さい子供だから加減をしなければならないと心得ているので安心だ。初めて会った時は『なんだこの生き物!?』と不思議そうにユーリにおっかなびっくり近づいていたのに、慣れて遊び相手を務めてくれるようになったのだから凄い進歩だろう。
「もう顔の判別はできているだろうし、ナイのこと忘れたりしないと思うよって、ああ、涎でベトベトになってる」
サフィールが片眉を上げながら苦笑いになっていた。ユーリは毛玉ちゃんたちと戯れているのだが、すんすんすんと匂いを嗅がれたあとは、彼女たちの長い舌でベロベロ攻撃を受けていたようだ。
楽しかったのかきゃっきゃと声を上げているけれど、ユーリの顔が涎に塗れていた。乳母さんは苦笑いを浮かべながら水に濡らした布を用意してくれているし、アンファンはなんとも言えない顔になってユーリを眺めている。ヴァルトルーデさまとジルケさまも毛玉ちゃんたちのことを呆れた様子で視線を向けていた。
「毛玉、容赦ない」
「動じていないユーリもユーリだがなあ……」
確かに毛玉ちゃんたちは容赦しないけれど相手を見て判断している気がするし、ユーリも慣れたのか以前のように大泣きなんてしない。ユーリが大きくなる頃には毛玉ちゃんたちも大きくなっていることだろう。
どちらの成長も楽しみだなと笑っているとユーリが絨毯の上から立ち上がり、サフィールの足に抱き着いて上目遣いで『にーに、だっこ』とおねだりをしていた。ユーリの甘えた姿に私はサフィールを凝視する。
「サフィール……」
恨めしい視線と共にサフィールへと向ければ、ユーリは無垢な顔で私を見る。そしてユーリに置いていかれた毛玉ちゃんたちは『ちゅまんにゃい!』『にげちゃ!』『あしょぼ?』とサフィールの足下にくる。
「僕はナイよりもユーリと顔を合わせているからね。でもユーリがナイのことを『ねーね』って、呼んでくれる日は近いと思うよ?」
だから元気だしなよとサフィールは言いながら、ユーリを抱き上げた。しかし、私たちは南大陸に出向かなければならないので、ユーリに私のことをお姉ちゃんと認識して貰える日はまだまだ遠いようである。はあ……。