魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ソフィーアさまとセレスティアさまH国との会議の場で、香辛料の新規買い付けルートを構築してくれたようだ。王家御用達のお店を紹介してくれ、良い品質の物を取り扱う良いところなのだとか。
女神さまがアストライアー侯爵邸で過ごしていることは伝えていないので、妙なプレッシャーには繋がらないはず。アストライアー侯爵家がなにを差し出したのかとお二人に私が問えば、直接H国と侯爵家が連絡を取れるように手配することになったそうだ。
就寝前に報告にきたお二人は私の安眠を邪魔しては悪いと、直ぐに貸与された客室へと戻っている。ジークとリンも交代で部屋の外で護衛に就いてくれるそうだ。ヴァルトルーデさまとジルケさまは私と同じ部屋で寝るとのこと。
何故と私が二柱さまに問えば、侯爵家の警備の面々が楽になるだろうと至極真っ当なことを仰られた。そのため、私は女神さまと一緒の部屋で寝ることになっている。リンとであれば頻繁に一緒に寝ているので気にしないけれど、女神さまが一緒だと私は眠りにつくことができるのか。微妙な所だなあと目を細めながら、会議で齎された報酬について考えている。
「そんなことで良いのかな……」
私がベッドの端に座ったままぼやくとクロがこてんと顔を傾げた。同じ部屋にいるヴァルトルーデさまとジルケさまにも私の声が届いていたようで、二柱さまも顔をこちらへ向けて小さく首を傾げた。
「どうしたんだ、ナイ?」
ジルケさまが声を上げて私に問う。特に秘密にすることではないし、二柱さまに話を聞いて貰うのもアリだろう。女神さまに相談を受けるなんて凄く贅沢なことだけれど構うまい。
「H国の紹介で香辛料の販売を担っているお店を紹介して貰ったのですが、相手の方たちの報酬がアストライアー侯爵家と連絡を直接取れるようにというものでして」
「それが、なにか問題あんのかよ?」
「ね」
私が答えるとジルケさまとヴァルトルーデさまは顔を見合わせて、不思議そうな顔になった。どうやら私が気になっていることに気付いてくれていないようだと、もう一度口を開く。
「お店を紹介した対価に侯爵家との連絡先交換って、対等ではないような気がします」
私的には美味しい食品を手に入れられる方が嬉しい。お料理の幅が広がるのであれば、選択できるメニューも増える。ただ香辛料を使った料理は疎いので、南大陸の料理本かレシピを頂きたい所だ。残りの国を回る際に入手できるかは微妙なところだ。
「良いんじゃねえの。向こうが言い出したことだろ。それにソフィーアとセレスティアが問題ないって判断したんだし、二人を信じてやれよ」
「う……確かに」
確かにジルケさまの仰る通りか。ソフィーアさまとセレスティアさまが問題ないと判断して、侯爵家との直接連絡をできるように手配したのだ。お二人ならば間違った判断はしないだろうし、私が直接H国の陛下に申し出るより良いのだろう。
「ナイは変なところを気にしている」
「そうだなあ。もうちっと気楽に考えても良いんじゃねえの?」
二柱さまが苦笑いを浮かべているが、今の状況を作りだしたのは女神さまの父上さまなのだが。私は後始末をするために巻き込まれたようなものなので、何故二柱さまに苦笑いされなければならないのか。
少々理不尽ではないですかと言いたいのだが、口にすれば問題になるだろうか。私が押し黙っているとジルケさまが気付いて、言いたいことがあるなら言えよと仰った。それなら私が思ったことを伝えさせて頂こうと口を開く。
「グイーさまの失態の処理を任されるようになったから、今、私は悩んでいるのですが……」
そう。グイーさまが堕ちた神さまの意識を閉じ込めた石をぽいーっと地上に投げなければ、私は今頃、領地運営に精を出していたはずである。もちろん貴族として顔が広くなるから見返りは十分あるけれど、おそらくグイーさまはお貴族さま事情に疎いはず。
対価でふと思ったのだが、働いた報酬の約束も取り付けていないからタダ働きとなるような。いや、本当にお貴族さま的思考であれば、各国との縁ができたので報酬となり得る。
個人としての報酬はないに等しい。私は無報酬――各国の食品を手に入れている――で構わないのだが、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまと護衛の方に亜人連合国の皆さまになにかグイーさまからお礼があっても良い気がする。
その辺りをまるっと説明すればジルケさまとヴァルトルーデさまはバツの悪そうな表情になっていた。
「確かに親父殿は報酬の話をナイに一切していなかったな」
「命じるだけが常だから」
グイーさまが下命するのはご自身が創造した神さまのみである。報酬なんて必要なかったから、考えが及ばなかったのだろうと二柱さまが答えてくれた。確かに創星神であるグイーさまが人間を頼る機会は滅多にないのだろう。聖王国や教会の聖職者であれば、無報酬でもグイーさまの命を喜んでうけていただろう。でも私は所詮地上で生きている人間なので、下世話なことを求めてしまうのだ。
「そういえばグイーさまは今頃なにをしているのでしょうか?」
言い出しっぺの創星神さまは今はなにをしているのだろう。石配りの状況が気になって覗いてくれていると有難いのだが、私たちの会話に口を出すこともなく状況が進んでいる。順調な証拠だろうけれど、神さまの島でグイーさまは忙しくしているのだろうか。二柱さまに私が問えば、ジルケさまは両手を頭の後ろに置き、ヴァルトルーデさまはうーんと考え込んでいる。
「酒でも飲んでんじゃね?」
「だろうね。父さんだから」
二柱さまの答えは凄く残念感に溢れていた。まさか北大陸の端でオーロラがしょっちゅう青に光っているのではあるまいなと、私は北の方角へ視線を向けてしまう。
私の視線に釣られたのか、ヴァルトルーデさまとジルケさまも北の方角へと顔を向けて苦笑いを浮かべる。グイーさまは気楽で良いなあと私は目を細めて、つい二柱さまに愚痴を零してしまった。
「……なんだろう。命じるだけでなにもしない上司を持った部下のような……なにが起こってもグイーさまが責任を取ってくれるなら構いませんが、私の身に災難が降り掛かりませんよね?」
私の口から不満が漏れてしまったのは、石配りが終盤に差し掛かり気が抜けてきたからに違いない。初っ端から愚痴を零していれば、グイーさまから石配りの任を解かれていたはずである。
それに随分と石を配り歩いたけれど、石を受け取った国から黒く染まったという報告は届いておらず不安になってきたということもある。グイーさまが創造した石だから、堕ちた神さまの意思を吸収するものだと分かってはいるものの……グイーさまの気配があると堕ちた神さまの意思は逃げてしまいそうだ。片眉を上げながら女神さまに問えば、またジルケさまとヴァルトルーデさまはうーんと唸った。
「堕ちた神次第だろ」
「石に大人しく吸収されれば問題なく終わる。でも暴れたら対処する者が必要」
ジルケさまが頭から腕を外して胸元で組み、ヴァルトルーデさまは落ち着いた表情で椅子に腰かけたまま答えてくれた。そういえば結局、二柱さまが神さま的な行動をしたのは、アルバトロスの王城でジルケさまがC国の男性王族に神力を落とした時だけだなあと思い至る。
あとはアルバトロス教会でヴァルトルーデさまが終末院の方たちと話し込んでいた時くらいだろう。堕ちた神さまの相手を女神さま方は務めてくれるのか。もし戦う姿が見られたのであれば、凄く幻想的な光景になりそうだ。
「私たちでできることでしょうか? 堕ちたとはいえ神さまですよね」
だから人間である私たちに出番などないだろう。
「ナイならできそう」
「ナイができなきゃ、あたしらに親父殿が命じるだろうよ」
ヴァルトルーデさまが軽い調子で、ジルケさまが真面目な顔で答えてくれた。どうやら私たちアストライアー侯爵家一行が対応できなければ、女神さま方が出動となるようである。
まあグイーさまの命令次第だろうけれど、創星神さまは地上に関知する気はないようなので期待はできない。大丈夫かなという不安と、女神さま方を頼れば大丈夫という気持ちがせめぎ合う。
「まあ今から心配しても仕方ねえ」
「大丈夫。お世話になってるから守る」
二柱さまがそう仰るのであれば、私の心配は杞憂に終わるのだろうか。とはいえ、石が黒く染まったとしても石から堕ちた神さまが逃げてしまうかもしれないので警戒しておいて損はないだろう。ふうと私が息を吐けば話を黙って聞いていたクロが私の顔を覗き込む。
『ボクたちもいるから大丈夫~。みんなでナイたちを守るよ』
クロはぐしぐしと顔を擦り付け、長い尻尾で私の背を叩いている。確かにヴァナルと雪さんたちもいるし、毛玉ちゃんたちもいる。彼らが戦闘に参加した機会はほとんどないけれど、魔獣と呼ばれている類いなのできっと強いはずだ。
そういえばヴァナルたちの強さも未知数だなあと目を細めていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが不思議そうな顔をしていた。あ、また一人で考え込んでしまっていたようだと肩を竦めて私は口を開く。
「クロの強さは知っているけれど、ヴァナルたちも強いのかな?」
『ボクもヴァナルも爪と牙が武器だし、ブレスも使えるよ。ヴァナルとユキたちも魔力的な力を使えるはず~』
クロの答えは割と適当なものである。二柱さまもクロの言葉を聞いて微妙な顔になっていた。
「そういえば戦っている所みたことない」
ヴァルトルーデさまはヴァナルたちが戦っている所を見たことがないし、そういえば本来の姿も見ていないような。ヴァナルが元の大きさに戻れば体長は余裕で十メートルを超えている。
凄く大きいので、雪さんたちもきっと大きいはずだ。ケルべロスだし、どんな力を持っているのか未知数だよなあと考えていれば、ジルケさまが腕を組んだままうんうんと頷いていた。
「魔獣なら強いだろ。ナイの魔力でスライムが超絶進化してんだし、絶対影響受けてるぞ」
ジルケさまの声に私の影の中にいたロゼさんが『呼んだ?』と言わんばかりに飛び出てきた。突然出てきたロゼさんにジルケさまは少し驚いているのだが、特に気にしてはいないようである。ロゼさんはベッドの上にぴょーんと飛び乗って私の横にぴたりとくっ付く。少しひんやりとするロゼさんを私が撫でると、嬉しそうにぽよんとスライムボディーを揺らしていた。
「本当にスライムなのか謎だよな。なんか誰かの意思でも宿ってんじゃねえかと言いたくなるが……」
「ロゼはロゼだ。ナイが大好きなだけ」
ジルケさまはロゼさんをスライムなのか疑い、ヴァルトルーデさまはありのままのロゼさんを受け入れているようである。ロゼさんはヴァルトルーデさまの言葉に『そうだよ!』と言いたげに、スライムボディーを何度も揺らした。賑やかだなあとH国での夜が更けていくのだった。
◇
H国からあとの国は順調に石の引き渡しを行えて、約四日間で南大陸の全国家を渡り終えた。ジルケさまも向かったことのない場所もあったようで、面白そうに街を眺めていたためきて良かったのかもしれない。
とりあえず石を配布し終えたし帰ろうかとなったのだが、帰路の途中でガレーシア王国に寄ろうということになった。理由は海での石の配布を終えたのか気になることと、海神さまと姫さまとの関係は修復できたのか聞きたいからである。でも突然向かうのはガレーシア王国に迷惑を掛けてしまうし、どうしようかと青竜さんの背の上で悩んでいるところである。眼下は南と西大陸を隔てている真っ青な海であり、陽の光が反射して凄く綺麗だ。
『ナイが手紙を認めてくれたら、ボクが飛んで行くこともできるよ』
うーんと悩んでいれば、クロが私の顔を覗き込む。
「クロ、攻撃されない?」
確かに一番手堅い方法だけれど、クロの身体のサイズに合うアストライアー侯爵家の旗布を持っていない。なにも印がなければ野良竜とガレーシア王国の方たちに認識され、一番悪い展開はクロが彼らに攻撃されてしまうだろう。クロを見た方は分かるかもしれないけれど、私の肩に乗れる大きさなので小さい。王族の方は気付いてくれるかもしれないが、大多数はクロと分からないのではなかろうか。
『されても平気だよ~でも、そうなると代表たちが凄く怒るねえ』
ぐしぐしとクロが私の頬に顔を擦り付けていれば離れていく。クロが攻撃を受けても対処できるけれど、亜人連合国の皆さまが激おこになるのが頭の中で思い浮かべているようで微妙な表情になっていた。
「ですよねえ」
確かにクロが怪我を負えば亜人連合国の皆さまは超キレるだろう。この世の終わりとまではいかないが、割と簡単に国をいくつか陥落できそうだった。ふいに私もできそうだと頭に過る。
いや、錫杖があってこそ双子星の片割れに傷を付けられたのだし、持っていない状態だと無理かもしれない。それに凄く強い方がどこかに隠れているかもしれないのだから油断は厳禁だろう。国を落とすつもりはないので、出会うこともないだろうけれど。クロと私が『どうしようか』と悩んでいると、側にいたヴァルトルーデさまが小さく首を傾げながら言葉を紡ぐ。
「ナイ、私が父さんみたいに声を届ける?」
「お気持ちは有難いですけれど……またかなり騒ぎになりますよ。ヴァルトルーデさまの声が露見すれば、旅に出た時に騒がれる可能性が出てきますね」
ヴァルトルーデさまの方法も確実な方法だといえよう。けれどグイーさまの時のように全世界レベルではないが、ガレーシア王国の皆さまが腰を抜かす出来事となるだろうし、ヴァルトルーデさまの声だと多くの方が知れば旅に出た時騒ぎになるだけだ。
やらない方が賢明だと暗に伝えれば、そうかとヴァルトルーデさまは納得してくれたようである。彼女は少し不満そうな顔をしているが、更に隣にいたジルケさまが長姉さまの顔色を伺いつつ私を見た。
「素直に一回、アルバトロス王国に戻れば良いんじゃねえの?」
ジルケさまが至極真っ当な意見をくれた。青竜さんの背の上で一緒に話を聞いていたソフィーアさまとセレスティアさまも同意しているのか小さく頷いている。
一旦戻れば、またお出掛けの準備をしなければならないので面倒だったけれど、一度アルバトロス王国に戻って上層部に南大陸のことを報告して、亜人連合国の皆さまに南大陸にエルフの方がいたと伝えてからの方が良いのだろうか。素直に戻ろうかとなった頃、ジークとリンがすすすと私の側に寄ってきた。どうしたのかとそっくり兄妹の顔を見上げれば、ジークが先に口を開いた。
「地上なら馬を飛ばせば良いんだが……」
「兄さん、距離、凄くある」
確かに地上で陸続きならば馬を飛ばせばいつかは辿り着くのだが、距離があると馬を乗り換えなければならないし割と手間が掛かってしまう。エルとジョセたち天馬さまは空を飛べるので隣国へと赴いたり、急がない旅路であれば大陸内ならどこへでも行けそうだ。
ジャドさんたちも空を飛べるのだが、天馬さまより速く空を行くことができる。持久力は微妙と聞いているので、瞬間的に凄く速く移動できるらしい。長距離移動となれば、グリフォンさんたちはゆっくりと空を飛ぶそうだ。馬の話がでてきたからなのか、お座りをしていたヴァナルが立ち上がって私たちの下へくる。彼がきたなら雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭も後ろを歩いてくる。
『大地なら、ヴァナルが走る。馬より元気』
ヴァナルが私の前でお座りして片前脚をちょこんと持ち上げて空中で止める。どうやら構って欲しいようなので私が手を差しだせば、ゆっくりと手の上に脚を降ろした。
大きいなあとヴァナルの前脚をもみもみしていると、毛玉ちゃんたち三頭が同じように私の周りに座って片前脚を差し出した。みんな一度にはできないよと告げると、ぴーと鼻を鳴らして拗ねている。
私がジークとリンに助けてと視線を向ければ、くわっと目を見開いたセレスティアさまが一瞬にして私の隣に移動する。驚いたけれど、毛玉ちゃんたちを構ってくれるなら良いかと彼女たちの相手をお願いする。セレスティアさまの後ろではソフィーアさまが凄く大きな溜息を吐いていた。どうやら彼女に思う所があるようだが、口にする気はないみたい。
ヴァナルが気持ち良さそうな顔になっているのを、雪さんたちが嬉しそうに見ていた。彼女たちも前脚をもみもみして欲しいようで、ヴァナルの脚を持つ反対側の私の手に差し出した。片手は空いているからと私は雪さんたちの脚を握る。雪さんたちの脚もヴァナルと同じく、かなりがっしりとしており揉みごたえがあった。
『確かに番さまであれば、馬より速く遠く駆けることができますねえ』
『我らでも可能ですが、少々苦手です』
『首が重いですからねえ。我らは、三つ首の化け物として脅し役が似合うでしょう』
雪さんたちは走ることが苦手なようだが、理由が切ないというか切実なものである。確かに顔が三つあればその分頭が重くなる。重心が前にくるだろうし、勢い余って地面に突っ込んでしまえば大惨事だ。
でも悪鬼羅刹が出た時にフソウの大地を駆けたけれど、随分と速く走っていたのはなんだったのか。もしかして加減をしており、全速力は苦手ということかもしれない。
やはり魔獣と呼ばれているだけはあるし、フソウの神獣を務めている方たちだけはある。とにもかくにも、大事にならずに平和に過ごしたいものだ……いや、今回の件は随分と大事で世界規模になっているけれど。
「機会があればお願いするね。ありがとう、ヴァナル。雪さんと夜さんと華さんも。じゃあ、アルバトロス王国に戻って、少しゆっくりしてからガレーシア王国の入国許可を頂こう」
『では、アルバトロス王国を目指しますね』
私が言い終えると青竜さんから声が掛かった。彼の背中で話しているのに私たちの話が聞こえているのは、どういうことだろう。魔法や魔術がある世界なので気にしても仕方ないかと私は青竜さんの顔の方を見た。
「はい。よろしくお願いいたします」
言い終えると青竜さんが加速する。海の景色が随分と速く流れているのだが、広大な青い海はどこを飛んでも同じだ。西大陸が見えるのはもう少しあとかなあと目の前を見つめて、王都の侯爵家のタウンハウスに辿り着くのを楽しみにするのだった。
◇
女神さまとアストライアー侯爵がもう少しで戻ってくる。
創星神さまからお預かりした石の引き渡し式が南大陸で順調に行われていれば、あと数時間で彼女たちは戻ってくるだろう。南大陸の国で厄介なことに巻き込まれていなければ良いのだが。私は竜の姿が見えるかもしれないと、王城の執務室にある窓の側に立ち南の方角へと視線を向けていた。私の行動が気になったのか、宰相が筆を置き背を正した。
「陛下、女神さまとアストライアー侯爵一行が戻ってくるのは、もう少し先でしょう。席にお座りになっては?」
確かに予定の時間には余裕がある。だが予定が変更になって早く戻ってくる可能性もあるだろう。そして逆になにかが起こって予定を大幅に遅れて戻ってくることも。
「分かってはいるんだが……気になってしまうものでね。女神さま共々、無事に戻ってくると良いのだが」
本当に何事もなく無事に戻ってこられると良いのだが。私は窓の側から移動して、椅子に腰を下ろして背凭れに背を預けた。
「彼女たちの身であればなにも心配することはないかと。亜人連合国のご意見番の生まれ変わりの竜と小さな竜が二頭に、邪竜殺しの英雄、フェンリルとフソウの神獣、変異体のスライムも一緒です。側仕えの令嬢二人も魔術を使用でき実力は申し分ない上に、侯爵は双子星の片割れに傷を残せる魔術を放てるのです。なにより女神さまもご一緒ですからな」
宰相が苦笑いを浮かべながら、侯爵家の戦力を述べた。聞けば聞くほど不思議なのだが、これが一人の少女が持つ戦力だと本当に信じがたい。
アルバトロス王国の魔術師団に所属している変態……超一流の魔術師であり、アルバトロス王国最強の槍であるヴァレンシュタインに侯爵に勝てるかと問えば『無理でしょうねえ』と直ぐに答えが返ってきたことがある。
おそらくヴァレンシュタインはアストライアー侯爵と力比べをするよりも、彼女の身の回りで起きている魔力的な出来事に感心があるようなので、侯爵と仲違いするようなことはしないだろう。もし侯爵が単一戦力のみであれば、彼は嬉々として勝負を挑みにいったに違いない。本当に侯爵はどこまで強くなるのやら。
「そう。そうだ。彼女たちの身に関してなら、なんら心配はしていないと言える。だが……南大陸でどんなことが起きたのか報告書に目を通すのが怖いな」
侯爵一行の無事よりも、国を一つ滅ぼしてきましたと彼女から報告を受ける可能性の方が高い。その時、私は彼女にどう答えれば良いのだろうか。状況次第ではあるが『良くやった』と褒めるべきか『なにをしている』と諫めるべきか。
本当になにも起こっていませんようにと女神さまに祈るしかない……だが南大陸の者は南の女神さまを恐れている場合が多いと聞く。どうなっているのか、本当に報告書を読むのが恐ろしい。
「その前に謁見がありますな、陛下」
「ワザと忘れていたのに……ブレイズン王国の隣国で王家が倒された話は知っているな?」
侯爵が戻れば謁見を執り行うと決まっている。本来は領主の行動を王家に逐一報告することはないが、事態が事態故にアルバトロス王国にも話を知って貰っていた方が良いだろうという侯爵の申し出と、女神さまもご一緒していたことや、我々アルバトロス王国も侯爵家への連絡役として関わっている。
なので今回の謁見は無事に南大陸を巡り終えたことの報告を皆の前で執り行おうと、王家と侯爵家が決めたことだった。おそらく女神さまも同席なさるから思考の埒外へと追いやっていたのに、宰相は忘れていなかったようである。私の胃の腑が痛くなる一方であるが、現実逃避をしても仕方ないので諦めるしかない。
そして私は宰相にヤーバン王国の北に位置する国よりも、侯爵一行に不味い行動に出てしまった国の名を上げる。アルバトロス城内では彼の国の話で持ち切りである。なので宰相が知らないとは言わないと分かってはいるのだが、前振りとして私は名を出した。
「勿論です。王政を執っている我々には恐ろしい話です」
「そうだな。だがその国はアストライアー侯爵一行に矢を番えて待ち構えていたことも知っているな?」
「はい。話を聞いた時、女神さま方が御同席されているのになにをしているのかと憤りましたが、相手の者たちは気付かなかったのでしょうねえ」
女神さまに矢を向けるなど無礼千万だ。だから彼の国が二柱さまを西と南の女神さまと気付いていなかったのは御の字だろう。
「だろうな。無難に済ませた侯爵はよく無礼をと怒らなかったものだ」
侯爵もその場で怒りを見せて、リバティーと名乗った男の首を跳ねても問題はなかっただろうに、無難に済ませて石を引き渡している。おそらく彼の国は今から苦労をするはずだ。だから創星神さまの石を妙なことに使わないかと我々は危惧していた。念のために
「大陸会議も開かれますから、陛下も落ち着く暇がありませんな」
「だな。良い胃薬が見つかれば、少しはマシになるのだが」
忙しいのは構わないが、胃の腑が痛いのはどうにかしたい。食欲は下がっていないし、酒も飲めるので酷いものではないが、それでも違和感を受けると気になってしまうのだから……と私は胃の腑に手を当てる。
「陛下、失礼ながら……アストライアー侯爵の前で胃の腑を押さえない方が良いのでは?」
「何故?」
宰相が私の腹の位置に視線を落として顔を青くしていた。どうしたのかと私は理由を問うてみた。
「彼女であれば、陛下の腹の調子が悪いからとエルフや女神さま、果ては創星神さまに相談を持ちかけそうです」
「…………あり得ないとは言い切れないな。気を付けよう」
た、確かに侯爵であれば、ポロっと口から零れ出て亜人連合国のエルフや妖精を頼りそうだ。フライハイト男爵領の薬草からできる胃薬を飲んでいるが、最初こそ効いていたが最近は効果が薄い。
飲み慣れてしまったのか、それとも痛みが酷くなってしまったのかは分からないが……新しい胃薬が欲しいと下手に言えなくなってしまった。とりあえず、我が妃であるベアトリクスに良さそうな薬はないかと聞いてみよう。彼女から話を聞くに、今回ガレーシア王もいろいろと頭を抱えているようである。
各国からアストライアー侯爵へ渡して欲しいと貢物を預かっているため、それらも彼女に渡さねばならぬのだが……貴金属は渋い顔で受け取りそうである。刀剣類であれば彼女の護衛である赤毛の双子に譲るかもしれない。
豪華な衣装にも興味がないようで、側仕えの二人が悩んでいると聞いている。食べ物であれば凄く嬉しそうな顔をしそうであった。ふうと私と宰相が息を吐いていれば、執務室内で警備に就いている者が窓の外を見て声を上げる。
「陛下、侯爵閣下が戻ってこられたようです!」
「そうか。迎えの準備を頼む」
私は窓の外は見ぬまま、アストライアー侯爵を王城で迎え入れる準備をと命を下すのであった。