魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0669:戦々恐々のロステート伯爵。

 ロステート伯爵さまが青い顔をして私の前で頭を下げる。彼の後ろには次代となる娘さんがいて、私に対して深い礼を執っていた。私に声を掛けたいけれど爵位が邪魔して言い出し辛いようだし、無視するわけにもいなかいと私は口を開く。

 

 「ロステート卿、お久しぶりです」

 

 私がロステート伯爵さまに声を掛ければ、ソフィーアさまとセレスティアさまが気を張っていた。先程、痩せた方が良いのではと感じた男性の時も何故かお二人は私の後ろで、なにか言いたそうであった。ただ男性が過ぎ去り私がボルドー男爵さまの所へ向かおうとしたため、彼女たちはあとにしようと判断したようである。うーん、なんだろうと考えているとロステート伯爵さまが顔を上げる。

 

 「あ、アストライアー侯爵閣下。突然、貴女さまの下を訪れてしまい申し訳ありません!」

 

 浅からぬ仲なので彼から声を掛けても良い気がするが、息子さんのやらかしで私の前に立ち辛いようだ。そんな状況なのに私と話がしたいのは何故だろう。豚肉の納入再開を申し出てくれるなら凄く嬉しいけれど、ロステート伯爵領の豚肉生産量が増えたと聞いていないので他の話題のはず。話があるならさっくり済ませてしまおうと私は彼らと視線を合わせた。

 

 「いえ。知らぬ仲ではありませんし問題ありません。私になにか用事でもおありでしたか?」

 

 「そ、その先程、閣下の前を遮った者をご存じではありませんか?」

 

 私が会話を促せば、ロステート伯爵さまは聞こえるギリギリの所まで声を絞った。どうやら周りの皆さまに聞かれたくない内容のため、私も普段より声を落とすため喉を絞る。

 

 「いえ。私は彼を知りません。先程、初めて顔を合わせましたから」

 

 私は念のために後ろを振り返り、ソフィーアさまとセレスティアさまへ視線を向けた。お二人は忌々しそうな顔を浮かべ『彼の話をちゃんと聞け』『獲物が動き始めたのかもしれませんわ』と言いたげである。前を向いた私はロステート伯爵さまと落ち着いた会話を続けるには不適切な場だと判断して、お城の部屋をどこか借りようと決めた。

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまが彼の話に興味を持つか分からないし、ボルドー男爵さまにまだ挨拶をしていない。少しロステート伯爵さまを待たせる形となってしまうが、すべきことを行ってから彼の話を聞こう。

 私の提案に『問題ありません!』とロステート伯爵さまがびしっと背を正した。私の側にいた毛玉ちゃんたち三頭も彼の真似をして、ピッと尻尾を立てている。なにをしているのやらと私は苦笑いを浮かべ、一旦、ロステート伯爵さまと別れた。

 

 「祖父と話すなら、私は城の者に会議室を借りたいと伝えてこよう。話が終われば、謁見場控室に向かってくれ」

 

 「分かりました。お願いします」

 

 ソフィーアさまは私がボルドー男爵さまと話すのであれば、自身は必要ないと判断して先にお城の方に会議室を借りれるように手配してくれるようだ。有難いと私は小さく礼を執れば、彼女は『大袈裟だ』と苦笑いを零す。

 

 「ああ、直ぐ戻る」

 

 そう言い残したソフィーアさまは颯爽と謁見場を歩いて行き、私たちもボルドー男爵さまが帰路に就かない内に彼の下へ行こうと歩を進める。ヴァルトルーデさまはボルドー男爵さまにまた会えるため嬉しいらしい。

 男爵さまはヴァルトルーデさまを女神さまと分かっていつつ過剰な振る舞いを執らない。ヴァルトルーデさまは男爵さまのそんな所が気に入っているようだ。ジルケさまも特に問題ないようで『おっちゃんは元気か?』と言いたげである。

 元公爵さまを『おっちゃん』呼ばわりとは恐れ入るが、ジルケさまにとって普通のことなのだろう。私は赤い絨毯の上を歩いて、謁見場の出入り口となる大扉の近くに辿り着く。ボルドー男爵さまはいるかなと周りを見渡していると、皆さまより頭一つ分背の高い彼の姿が見えた。

 

 「ボルドー卿」

 

 「おや、これはこれは。アストライアー侯爵閣下。私のような者にお声掛けとは如何なさいましたかな?」

 

 私が声を掛ければ、ボルドー男爵さまはにやりと面白そうな顔を浮かべご自身を卑下している。冗談の範疇だと分かっているものの揶揄われていることが分かるため、彼の言葉を受け入れれば更に揶揄われてしまう気がする。どうしたものかと私が悩んでいるとヴァルトルーデさまとジルケさまが私の横に並んだ。ボルドー男爵さまは『おや』と驚きつつ、それでも二柱さまを当然のように受け入れているようだ。

 

 「フランツ、先日振り」

 

 「よお、おっちゃん」

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまは彼に気さくに声を掛けている。二柱さまが進んで誰かに挨拶するのは珍しい。とはいえ相手が男爵さまだからこそだろうけれど。

 

 「お二方、先日振りでございます。ナイと一緒に各国へと向かい、楽しまれましたかな?」

 

 普通の方であれば挨拶だけで終わるのに、ボルドー男爵さまは女神さまと会話を続けようと何気ない話題を口にする。ヴァルトルーデさまは『知らないところ、たくさん回った』と返し、ジルケさまは『ま、ナイが仕事してただけで、あたしらは後ろにいただけだからな』と肩を竦める。

 ボルドー男爵さまは『なによりです』と答え、一言、二言言葉を交わせば、ジルケさまが『ナイがおっちゃんに話があるってよ』と私に話題を振ってくれた。ジルケさまの気遣いは有難いと素直に受け入れて、私はボルドー男爵さまと視線を合わせる。

 

 「ナガノブさまからボルドー男爵さまにとフソウ酒を預かっております。あと酒のつまみにと食べ物も。お屋敷にお届けしても良いでしょうか?」

 

 フソウにグイーさまの石を届けた際、ボルドー男爵さまにとフソウ酒を預かっていた。少ない荷物だったため問題なく持ち帰れたのだが、割れ物を持って帰るのは少し緊張する。

 現代日本のようにガラスの一升瓶ではなく、焼き物の瓶にお酒が入っているためヒヤヒヤするのだ。竜のお方は強風でも飛行機のように揺れることはないため、乗っている私たちが粗相をしなければ割れない。割れないけれど、割れそうと心配になってしまうのだから致し方ない。

 

 「そうか。ワシが送ったワインを気に入ってくださってから、やり取りをしているが有難いことだな。もちろん、断る理由はない」

 

 ボルドー男爵さまが嬉しそうに笑う。本当にお酒が好きだなあと私は苦笑いを浮かべ、グイーさまのように飲み過ぎないようにして欲しいとお願いを申し出ておく。目の前の彼は私の心配を知ってか知らずか、分かったと短く答えてくれた。そうして閣下、違った、ボルドー男爵さまはクロと毛玉ちゃんたちにジークとリン、セレスティアさまにも声を掛け不思議そうな顔になる。

 

 「ソフィーアがいないな。どうした?」

 

 ボルドー男爵さまが周りを見渡すが、彼女の姿は見えない。

 

 「ソフィーアさまはお城の会議室を借りられるようにと手配を行ってくださっています」

 

 「なにかあったのだな」

 

 私の答えを聞いた彼は、ふむと頷いて良い顔になる。

 

 「ワシも同席しても良いか? 面白いことになりそうだ」

 

 ふふふと厳つい顔を緩めたあと、にいと口元を伸ばした。髭を生やしているから分かり辛いけれど、男爵さまは確実に私がなにかやらかしたと考えているようである。私が断ったとしてもソフィーアさまから話を聞き出すだろうし、それならばアドバイザーとしてボルドー男爵さまも同席していただこう。

 ロステート伯爵さまは元公爵閣下の登場に驚くかもしれないが、獲って喰われるわけではない。むしろ豚肉が美味しいと聞きつけたならば、彼もロステート伯爵さまと契約を交わすのではなかろうか。もちろん無理なら諦めるだろうけれど。

 

 「フランツも行くなら、私も参加する」

 

 「姉御が行くなら、あたしも行くぞ」

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまも会議室へと赴くようだ。ただ会話に加わる気はないようで私の後ろで控えているらしい。二柱さまの声を聞いたボルドー男爵さまは私をみてにやにやしている。私が女神さまを従えている状態になっていることを彼は面白がっているようだし、自然に女神さまがたが仰ったため余計に愉快なようである。

 

 「先程のロステート卿は少し前、侯爵家に豚肉を納めてくれていた方なのですが、全く興味のない話になる可能性がありますよ?」

 

 ロステート伯爵さまがなにを私に伝えたいのか分からないが、用事があるなら聞いておかねば。彼なら変な話や個人的なことは持ち込まないだろう。

 

 「大丈夫……豚肉?」

 

 「豚肉の話なら聞きてえな。中止になった理由は知っているが横取りした奴は放置してんだし」

 

 女神さま方はロステート伯爵さまが美味しい豚肉を卸してくれていることを今分かったようだ。ヴァルトルーデさまが『食べ損ねたお肉』とぼやいているし、ジルケさまは『横取りした奴でも分かったのか?』と首を傾げている。一先ず、ロステート伯爵さまには謝罪を頂いているから、女神さま方が圧を発しないように気を付けて欲しいと私は口を開いた。

 

 「お手柔らかに」

 

 私が肩を竦めると、ふいにセレスティアさまが顔を寄せてきた。私の耳元で鉄扇を広げた彼女の息が掛かる。

 

 「ナイ。お伝えすべき時に伝えられず、今になって申し訳ないのですが先程のふくよかな男性……デグラス伯爵ですわよ」

 

 「え?」

 

 おそらくセレスティアさまの声は私以外に届いていない。しかし少し前にすれ違ったふくよかな男性がデグラス伯爵さまだったとは。ふくよかな方の容姿は似てしまうのか前アガレス帝に似ている気がする。

 血の繋がりはないだろうが、何故か私の頭の中に前アガレス帝の顔が浮かび、先程すれ違った男性の顔も浮かんだ。ヒキガエルというか、縄文時代の土偶というか、ご尊顔が特徴的ななのである。

 

 まさか件の豚肉横取り野郎が私の目の前に現れていたとは驚きだし、関わることはないだろうとデグラス伯爵さまを絵姿で確認しなかった己の抜けっぷりを呪うしかない。

 デグラス伯爵さまと分かっていれば、豚肉の恨みを込めてもっと嫌味を言ったのに。もしかしてロステート伯爵さまの話は先程の彼のことであろうか。デグラス伯爵家の調査報告書は家宰さまが纏めてくれているのだが、私はまだ目を通していない。先に通しておくべきだったと後悔するものの、先ずはロステート伯爵さまから、私は耳の穴をかっぽじって話を聞こう。

 

 「ナイから魔力が漏れ出てる」

 

 「食い意地張り過ぎじゃねえか?」

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまが呆れているけれど、先程一緒に会議室へくると言っていた威勢はどこへ消えたのか。私はお貴族さま的にやられたらやりかえそうと決めただけである。

 

 「ナイですからなあ。食べ物を粗末に扱ったり、政治の道具として使えば、当然今のような姿となりましょう」

 

 ボルドー男爵さまは私を愉快そうに見下ろしながら、会議室へ早く行こうと言いたげだ。公爵位を退いて暇になったのは良いけれど、まさかアストライアー侯爵家の問題に関わってくれるとは。これ以上ない強力な力添えだなあと目を細めて、私は謁見場控室へ行きましょうと告げるのだった。

 

 ◇

 

 ――アルバトロス城・会議室。

 

 ロステート伯爵家で生産した豚肉を城へ納めている。陛下が食してくださっているかは定かではないが、城に住み込みで働いている者たちの口には入っているはずだ。そんなことからアストライアー侯爵閣下が東西南北の国々を回り終え、無事の帰還を陛下に報告するための謁見にロステート伯爵家の当主として参加していた。

 

 次期ロステート伯爵となる我が娘も良い機会だと参加していたのだが、まさかデグラス伯爵殿が謁見に参加していようとは。動くことが億劫で屋敷に引き籠っていることが多いのだが、美食倶楽部の催しは頻繁に参加していると聞く。

 本当に珍しいのだが、まさかアストライアー侯爵閣下と接触を試みようとは。彼が動く姿はゆっくりなのだが、緩慢な動き故に侯爵閣下は気付かなかったようである。ぶつかりこそしなかったものの、デグラス伯爵を侯爵閣下は捉えてしまった。私と娘はデグラス伯爵は一体なにを考えているのかと彼らを注視していた。一言二言交わしただけで終わったし、声を荒げることもなかった。

 

 私は胸を撫でおろすのだが、侯爵閣下はデグラス伯爵を知っているのだろうか。

 

 知らなければデグラス伯爵がなにかを企み侯爵閣下を巻き込むかもしれない。私は閣下に声を掛けようか、掛けまいか迷っていれば、我が娘は『知っていても、知らなくとも、お父さまから一言あれば閣下も用心なさいましょう』と良い顔で告げる。

 確かにと私は娘の言葉に納得し侯爵閣下に声を掛けたのだが……何故、私は城の会議室へと案内されているのだろう。謁見場で軽く話を済ませるはずが大事になっている。閣下の後ろに控えているハイゼンベルグ公爵令嬢とヴァイセンベルク辺境伯令嬢は閣下の側仕えとして侍っているのは知っているし、赤毛の双子は侯爵閣下の護衛と理解している。

 

 しかし令嬢二人の隣にならぶ背の高い美しい女性と黒髪黒目の少女は一体誰だろう。凄い覇気を放っている気がするし、何故か会議室に現れた元ハイゼンベルグ公爵閣下が件の女性に声を掛けていた。

 なにを話しているかまでは聞こえない。だが元公爵閣下である彼がアストライアー侯爵閣下の側仕えに声を掛けるなどあり得ない。女神さまが侯爵閣下の下でお過ごしになられていると聞き及んでいるから、もしかして女神さまだろうかと私はごくりと息を呑む。

 

 会議室に入ってきた侯爵家の皆さまを前に私は礼を執ると、申し訳なさそうな顔を浮かべた侯爵閣下が口を開く。

 

 「申し訳ありません、挨拶をしていると同行者が増えてしまいました」

 

 侯爵閣下が申し訳なさそうな表情をしつつ、側に立つ元ハイゼンベルク公爵閣下を見上げている。現ボルドー男爵さまはにやりと笑い彼女を見下ろした。

 

 「い、いえ! ボルドー男爵卿はアストライアー侯爵閣下の後ろ盾を務めているお方、ご一緒にこられたことには驚きましたが納得はできます」

 

 今はどうか分からないが、おそらく代を継いだ現公爵閣下が彼女の後ろ盾となっているのだろう。侯爵位を持つ彼女に後ろ盾は必要ない気もするが新興の貴族家だし、デグラス伯爵のように甘く見る者が多いかもしれないので丁度良いのだろう。

 武闘派で知られるヴァイセンベルク辺境伯家も彼女の後ろ盾を務めている。王家も彼女と懇意にしているから、アストライアー侯爵に逆らう者などいないはず。だというのにどうしてデグラス伯爵のような者は彼女と関わろうと積極的なのか。

 

 ボルドー男爵卿は緊張で言葉を詰まらせている私に視線を合わせてにっと良い顔になる。

 

 「突然、現れて申し訳ありませんな」

 

 彼は実年齢よりも若く、立派な筋肉を纏い背丈もある彼の姿に、文官系の私では敵わないと悟る。アストライアー侯爵は良い顔になったボルドー男爵卿の顔を見上げて『余計なことはしないでくださいね』と言いたげだった。元公爵閣下に良くそんな視線をアストライアー侯爵は向けられると感心しつつ、私は失礼があってはならないと慌てて言葉を紡ぐ。

 

 「か、構いません! しかし私に対して丁寧な言葉使いは不要かと……」

 

 「ではワシにも不要。貴殿の喋り易い口調で構わない」

 

 「ありがとうございます!」

 

 私が言うや否や、彼は直ぐに受け入れてくれた。私の言葉使いにも配慮してくれており有難いものである。元ハイゼンベルグ公爵閣下の評判は軍の総帥を務める者として、冷静沈着、勇猛果敢、敵には容赦ない等いろいろと囁かれている。

 公爵位を退いて尚、彼の威光は消えることはないのだろう。第二王子として戦場に立ち数多くの功績を残したとも聞いている方だ。そんな方が何故、同席しているんだと悩んでしまう。

 ただ我が娘は良い機会だと考えているようで、隙を見てボルドー男爵卿に豚肉を売り込みそうな勢いである。まあ、廃嫡した我が息子のお陰でいろいろと供給量と取引先が滅茶苦茶になっているので、無茶をいうことはないだろう。

 

 しかし、アストライアー侯爵閣下に、ぶつかりそうになった男はデグラス伯爵だと伝えるだけのつもりのはずが……どうしてこんなことになる!? と腹の底から叫びたくなる私であった。

 

 ◇

 

 ロステート伯爵さまが肩身を狭そうにちょこんと椅子に座している。

 

 彼が縮こまっているのはボルドー男爵さまが同席したためだろう。男爵さまは私の隣で良い顔を浮かべて、なにか面白いことがないかと期待している。とにかくロステート伯爵さまから用事はなにか聞いてみなければ始まらない。私の後ろにはいつもの面子、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさま、そしてヴァルトルーデさまとジルケさまが私の側仕えに擬態している。 

 私の側仕えとして女神さま方を見てくれるか分からないが、ボルドー男爵さまもいる場で女神さまも同席していると知ればロステート伯爵さまは泡を吹き出しそうだ。知らぬが仏だなと私は背を正して、対面に座すロステート伯爵さまと視線を合わせる。

 

 「お呼び立てしてしまい申し訳ありませんでした。先程の男性について話があるようですが……如何なさいましたか?」

 

 私はセレスティアさまから彼の正体を聞いている。一応、豚肉を横から掻っ攫っていった方として覚えていたが、顔までは確認していなかった。ソフィーアさまは短時間の間に侯爵邸からデグラス伯爵さまの内定調査書を取り寄せてくれ、私に渡してくれている。

 まだ中身の確認をしていないが、結構な分厚い量となっているので書類にはなにが書かれているのやら。

 

 「先程の男は我が家の息子をたぶらかし、豚肉取引の契約を取り付けたデグラス伯爵です。おそらく侯爵閣下に手を出そうとなにか企んでいるのではと訝しみ、閣下に声を掛けさせていただきました」

 

 ロステート伯爵さまが『大したことではなくて申し訳ありません』と縮こまっていた身体を更に小さくさせる。器用だなあと私が感心しているれば、隣に座しているボルドー男爵さまがにたりと嗤う。

 

 「ほう」

 

 ボルドー男爵さまが短く上げた声は凄く低い。目が鋭く光っているので、なにか獲物を見つけたというか面白い玩具を見つけたとでも感じているのだろうか。ロステート伯爵さまはボルドー男爵さまの声で『ううっ』と言葉に詰まるものの、話を続けなければと再度口を開く。

 

 「す、既に調べていらっしゃるかもしれませんが、彼の道楽のためにデグラス領では重税を課され民が苦しんでおります。我々貴族は他領に口出しをしませんが、領主である彼が肥え太り、民の者たちが痩せ細っている姿を見るのは胸が痛みます」

 

 ロステート伯爵さまは少し余計なことを喋り過ぎましたと付け加える。基本的に貴族は他領の施政に口を出すことはなく、酷ければ王家が領主さまから治めている土地を取り上げるだけである。

 だからロステート伯爵さまは喋り過ぎたと言い、申し訳なさそうな顔になっているのだろう。とはいえ知ろうとしなければ知り得ないことだろうから、豚肉の一件でデグラス伯爵さまを調べていたようだ。しかしデグラス伯爵さまの道楽とは一体なんだろう。

 気になるのであれば目の前の彼に聞いてみれば良いか。貴金属や刀剣類が大好きで、集めるためにお金を湯水のように使っているお貴族さまがいるのは知っているが、さきほどのふくよかな男性は一体なにを趣味としているのだろう。

 

 「彼の道楽とは?」

 

 「美味しい食べ物を見つけることです。だからこそアストライアー侯爵閣下が我が家から豚肉を買い付ける契約を結んだと聞きつけ、横槍を入れたようなので……」

 

 ロステート伯爵さまが言い切れば、ボルドー男爵さまが横目で私を見ているし、背後に控えてる方たちが『ナイと一緒だ』と揃って言いたげだ。確かに同じだけれど自分の欲望を叶えるために領地の方まで犠牲にすることはない。

 皆さまも知っているはずだが食い気の酷い私に呆れているのだろう。酷いなあと考えていればロステート伯爵さまが変なことを言ってしまいましたか、と不安そうな顔を浮かべていた。

 

 「確か、セボン子爵が主催する美食倶楽部へデグラス伯爵卿は資金提供している……と小耳に挟んだ記憶があります」

 

 「はい。デグラス伯爵は美味しい品を食べるために美食倶楽部へ投資しておりますね」

 

 デグラス伯爵さまは美食倶楽部に資金提供をし、受けているセボン子爵はデグラス伯爵さまの舌を唸らせることに必死なのだとか。スポンサーを失えば倶楽部運営は赤字になってしまうようで、セボン子爵も必死なのだとか。一度のお誘いで諦めずにセボン子爵さまから招待状が私の下へと届き続けていると、苦笑いを浮かべる家宰さまから報告を受けている。

 

 「もしデグラス伯爵さまが私に言いたいことがあるのならば、セボン子爵が主催する晩餐会に参加してみるのもアリでしょうか?」

 

 私の考えを言葉にしてボルドー男爵さまと視線を合わせる。

 

 「侯爵閣下の好きにすれば良いだろう。そのための地位だ。だが根回しはしておくべきかな」

 

 彼は涼しい顔をして凄く簡単そうに言ってのけた。確かに侯爵位を持っているから私が侯爵家当主として好きに動いても良いのだろう。ただ王家や周りに迷惑を掛けないようにしておけと男爵さまは言いたいらしい。

 デグラス伯爵領の皆さまは困っているようだし、当主である彼を失脚させればデグラス領は王家に返上される。主のいなくなった領地には代官さまが派遣され、マシな領地運営を行ってくれるはずである。まだデグラス伯爵さまがなにかをすると決まったわけではないのだが、美味しい豚肉を取り返すことができるかもしれないと私はセボン子爵の晩餐会に参加してみようと決めるのであった。

 

 ――やるべきことをやってから、であるが。

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