魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――大陸会議が始まる。
今回の議題は我が国のアストライアー侯爵が創星神さまよりお預かりした石についてである。各国の王たちは侯爵から預かったのは良いものの、取り扱いに苦心しているようだ。聖王国は大聖堂に設置し来訪した信者に特別公開しているとのこと。
確かに信用がガタ落ちした聖王国で創星神さまが創り給うた石を公開すれば、多少は評判がマシになるのかもしれない。他の国は預かった石が黒く染まってしまわないか、いつまで預かっておけば良いのか、本当に本物なのかと疑う者がおり困り果てている等、小さな問題が湧き出ているようである。
「アルバトロス王。石をお預かりしたまでは良いのだが、扱いをどうすれば良いのか。アストライアー侯爵から触れても問題ない、落としても魔術を打ち込んでも壊れないと保証されているが、もし壊れてしまった場合、我々はどうすれば良いのか……」
西大陸にあるとある国の王が困り顔でアルバトロス王である私に告げた。アストライアー侯爵曰く、ヴァレンシュタインが全力の魔術を放っても石は壊れることはないそうである。
アルバトロス上層部であればヴァレンシュタインの実力を知り得ているが、他国の王が彼の実力を聞いたところでぱっとしないはず。フェンリルを霧散させる実力者の魔術を受けても壊れないと説明したとして……フェンリルを消し炭にできる者がいるのかという疑問が湧きそうである。困り顔の王に私はどう答えたものかと小さく息を吐き視線を合わせた。
「壊れないのは事実であろう。創星神さまよりのお言葉だ。我々が疑ってどうする?」
アルバトロス上層部も彼の王と同じ心配をしていた。だが、引き渡しの場で侯爵が石を握り力を込めている。非力な女性で石が割れたり傷つくわけがないと苦笑いをしていたら、邪竜殺しの英雄の兄の方へ石を渡し『力を込めて見て』と告げていた。
邪竜殺しの英雄の片割れは良いのかと迷いつつ、主人の命令に従い石を握り力を込めていたが確かに割れるようなことはない。ただ邪竜殺しの英雄の兄の方は『こんなことをしても良いのだろうか』と少し困り顔になっていた。アストライアー侯爵は彼の心境は分からなかったようで、男性が力一杯握り込んでも壊れませんと言って我々への説明は果たしたと考えていたようだが。
創星神さまから預かった石になにをしているのかと叫びたい気持ちを抑え、私は侯爵に変なことを聞いてしまったと告げ場を誤魔化しておいた。侯爵は女神さま方とも創星神さまとも懇意にしているのでできることだろう。邪竜殺しの英雄には悪いことをしてしまった。
私が石は早々壊れないと告げると、会議場にいる王たちが眉根を寄せたり、本当かと囁いてみたり、隣の王と小声で話していたりと様々だ。質問者である王が厳しい顔になって疑問を再度私に投げる。
「確かに失礼かもしれん……だが、お預かりした石を盗まれたり不届き者が触れた場合、どうなってしまうのか。我は心配でな。もちろん奪おうとした者や触れた者に相応しい処罰を課すが、我々にも責があるのか……」
「そこまでの話は侯爵から聞き及んでいない」
盗まれた場合など考えていなかった。城で預かり、信頼たる領主たちに預けている。だから盗まれるという発想に至り辛かったのだが……彼の国の王は石を盗まれる心配をしなければならぬようである。
質問した王の国の治世は普通なのだが……上層部には彼を玉座から引きずり落とそうと画策している者たちがいるのかもしれない。確かに石を奪われ、王の資質を問われれば王家への求心力が格段に下がるはず。心配はしかたないことなのかと私が一度目を閉じ開けば、末席に座しているヤーバン王が鼻を鳴らす。
「盗まれるような警備であることの方が不味いのでは? 盗まれた場合、貴国の評判はガタ落ちしましょうなあ!」
心底愉快という声でヤーバン王が不敵に笑う。大陸会議の場で敵を作るような行為は慎んだ方が良いと彼女に伝えていたのだが……一国の王が不甲斐ない態度を見せていたことにヤーバン王は立腹したようである。
もしかして彼女なりの鼓舞だろうかと一瞬頭に浮かぶのだが、ヤーバンであれば隙を見せれば一瞬にして奪いそうである。流石にヤーバン王と先程の国の立地は離れているので大丈夫だろうが、ヤーバンの北に位置する国……エーレガーンツの王は今の言葉でびくりと肩を竦めている。
「煽らないでくれ、ヤーバン王。貴国の勇ましさは我が国にも届いている。我が国は貴国と敵対するつもりなどない」
そう告げた王はヤーバンの北に位置する国の王へと視線を向けた。厳しいと言うよりは、怒っている顔になっている。どうやらヤーバン王に煽られた王はエーレガーンツ王の愚行を耳にしているようだ。
使者を務めたアストライアー侯爵がエーレガーンツ王から不適切なことを言われたと創星神さまに告げれば、西大陸は今頃どうなっていたか分からない。彼の国の王はエーレガーンツ王にもう余計なことをしてくれるなという牽制の意味を込めているのだろう。ヤーバン王はエーレガーンツ王国を潰したいようだから、余計なことは大歓迎かもしれぬが。
「貴殿の国が失態を犯すところを見たくはない。煽ったつもりはなく発破だったのだ。この場で失礼を詫びよう」
ヤーバン王も彼の国の王も、これ以上話をこじらせるつもりはないようだ。
「参考までに……ヤーバンはどのように石をお守りしているのだ?」
「我が国では謁見場に配置し、常に護衛の兵士を立ててある。時折、グリフォンもお守りしてくださっているな」
彼の王から向けられた質問にヤーバン王は胸を張って答えた。まさかグリフォンが石の護衛に就いているとはと各国の王が驚きつつ、ヤーバン王に羨ましそうな視線を向けている。
石を魔獣が守っていると市井の者たちが知れば瞬く間に噂となり、王家の評判がすこぶる良くなるはずだ。ヤーバン王国ではグリフォンは国獣と定めているので、噂は一瞬で広まりそうである。
アストライアー侯爵家に住んでいるグリフォンは時折ヤーバン王と話しているようなので、侯爵家のグリフォンがヤーバンの雄のグリフォンに命じたのだろうか。真相は定かではないが、凄く良い顔をしているヤーバン王は『どうだ、良いだろう!』と会議場の皆に言いたげである。まだまだヤーバン王は若いなと小さく笑う。
石の話題で盛り上がり、確りとした警備を敷き石を盗まれぬように、もし触れた者がいるならばどうなってしまうのか私がアストライアー侯爵から聞き出して各国に知らせることになる。忙しくなることは覚悟をしていたが、皆、自分の身が可愛いようだ。不届き者を警戒し、馬鹿な真似をする者がでてこないか、そして石に悪戯した場合王家に責はあるのか心配なようだ。
会議が終われば各国の王たちが会議場を各々出て行く。数人の護衛で訪れている王やたくさんの護衛を侍らせている王、いろいろである。そんな王たちが会議場から去っていけば、随分と静かになっていた。私は一度控室に戻ろうと席から立ち上がる。近衛騎士二名に視線を送り戻るぞと告げた所で、愉快そうな雰囲気を携えた者が私の前に立った。
「アルバトロス王よ、仕事が増えましたな」
「貴国は敵が増えそうですな、ヤーバン王よ」
ヤーバン王が私に軽口を叩き、私も軽口で応酬した。彼女は前々からこうした態度なので私は気にしていないが、ヤーバン王の態度が癪に障る王もいるのではなかろうか。肩を竦め私がどうしたと無言で問えば彼女が口を開いた。
「エーレガーンツ王がなにか騒ぎ立てるかと期待していたのだが……始終会場で縮こまっていてつまらぬ会議となってしまった」
「そう言うな、ヤーバン王よ。石の扱いを持て余している国もある。今回、会議が開かれ事前に問題が減らせたならば良いことだ」
「心配をしていた王たちには良い会議となったでしょうが、我々ヤーバンはエーレガーンツ王に物申したくてなあ。残念でならぬ」
「して、根回しは上手くいったのかね?」
「ヤーバン周辺の国の者には話をつけることができた。侯爵に無礼を働いた国を擁護する者はいなかったな」
ヤーバン周辺国の皆はエーレガーンツ王国に経済的制裁を課すだけで武力行使はしないそうだ。しばらく続けるとのことで、他国と取引ができないとなればエーレガーンツ王国の商人たちが不満を持つことになるだろうと。攻め入ってエーレガーンツ王家を潰すようなことはしないそうだ。仮にヤーバンが侵攻する時は見て見ぬ振りをするそうである。これでヤーバン王国はエーレガーンツ王国に攻め入った際、横槍の心配をしなくて済むようになった。
本当に攻め入るつもりなのだろうか。とはいえアルバトロスが手を出すには遠いし、口を出す理由もない。むしろヤーバンを援助しても良いくらいなのだが……侯爵はエーレガーンツ王の行動を特に気にしていない。
むしろヤーバンを貶めていたことに怒っていた節がある。侯爵家のグリフォンがヤーバンに加勢することも有り得るだろうか。その場合、アストライアー侯爵家はヤーバン王国に加勢したと各国に捉えられそうである。文句や手を出す国はなさそうだと私はヤーバン王と視線を合わせる。
「上層部に手を出すのは良いが民が犠牲になるのはなるべく避けて欲しい。エーレガーンツ王は馬鹿なことをしたが、民は馬鹿なことはまだしていないからな」
「心に留めておこう」
お互いに肩を竦めて、会議場をあとにするのだった。
◇
心に留めておこう。
そう言ったものの、争いごとに犠牲はつきものである。アルバトロス王は紳士ではあるが、荒事には向かぬのだなと大陸会議が開かれている国の城の廊下を私は歩いている。控室に戻り帰国の準備を進めたいところであるが、私が廊下を闊歩しているには理由がある。
エーレガーンツ王に一言物申したいのだが会える気配はない。私とヤーバンの衣装を纏った護衛兵二人は目立つようで、廊下ですれ違う者たちが『ひ!』と声を上げている。
襲ったりしないのに何故と言いたくなるが、引き籠もっていた間で大陸に流れたヤーバンの噂が独り歩きしているようだ。曰く、ヤーバンの者は野蛮で直ぐに手を上げると。確かに他国の者たちより血気盛んかもしれないが、無関係の者を突然襲ったり殴ったりはしない。礼儀を欠いた者や弱音を吐く者に厳しくしているだけなのだ。
ただ他国の文化ではヤーバンの文化を理解しがたいようだ。よく私の話を聞いてくれるアルバトロス王は苦笑いを浮かべ『行動が突飛』『軍隊式だ』『騎士を主としている国には理解しがたいものがある』などと助言を貰っている。……まあ、今はどうでも良い。エーレガーンツ王はどこだと廊下できょろきょろと視線を彷徨わせているととある控室の扉が開く。足を止め、扉から出てくる者は誰だと確認を取れば件の者であった。
「陛下、如何なさいます?」
「行くぞ」
護衛の兵士の声に私は答えて歩を進める。視界に映る景色の流れが普段よりも速い。どうやら気分が高揚しているのか、どんどん近くなるエーレガーンツ王の姿に口の端が伸びるのを抑えられない。
「エーレガーンツ王よ!」
私は逃げられては困ると接触する前に腹声を出し目的の人物の名を呼ぶ。ヤーバン王国の者以外が聞けば、呼んでいるのではなく叫んでいると言われるかもしれない。ただ腹から声を出したならば声が大きくなるのは当然のこと。
私の声が届いたようでエーレガーンツ王が目を丸く見開きながらこちらを見るのだが……視線が合わない。ヤーバンを恐れているのか、他国の王城で自身を呼び止められて困惑しているのか。なににせよ、目的を果たそうと驚いて立ち止まったままのエーレガーンツ王に私は告げる。
「アストライアー侯爵から話を聞いている。我がヤーバンを小馬鹿にしてくれたそうだな。ヤーバンの名誉を傷つけた責任を取って貰おう!」
「は、あ? ヤーバン王よ、なにを仰られている。ヤーバン王国が野蛮と蔑まれているのは以前からで、我々だけではなく他国も同様。何故、我が国だけが責任を負わねばならぬのだ!」
懐疑な顔で私とようやく視線を合わせたエーレガーンツ王は口の端を伸ばしながら声を絞り出している。声はどうにか震えを抑えているが、彼の喉の出っ張りが異様に震えていた。
「別に我らの耳に入らぬ限りは見過ごそう。他国から見ればヤーバン王国の者たちは半裸で外を闊歩する破廉恥な者だ」
「分かっているなら何故!?」
アストライアー侯爵の前でヤーバンのことを口にしなければ、我々はエーレガーンツ王国に関わる気はなかった。だが信頼たるアストライアー侯爵の前で我が国を馬鹿にしたならば話は違ってくる。
「直接、我々の耳に入ったからだよ。表に出れば面子が関わる」
「……あの女っ!」
ぐっと歯噛みして恨み節を唱えているのだが、エーレガーンツ王は侯爵に敬意など欠片も持っていないようだ。今の彼の態度を見て、愚物で良かったと私は安堵した。
「おや、アストライアー侯爵を見下すかね。まあ侯爵ほどの人物が貴殿を下す必要もあるまい。我々ヤーバンがお相手しよう!」
このような小者に侯爵が相手を務めるのは不相応だ。ならば野蛮と罵られている我らヤーバンが丁度良い。
「な、なにを…………」
「殴り合いで決着を付けようと言っているのだよ。手段はなんでも構わないだろう? 私と貴殿との一対一でも良いし、決闘して誰か代理を立てるのもアリだ。ああ、我らと貴殿の国との戦でも構わないな」
にっと口を伸ばした私は眼前の王を睨む。気まずそうな顔になるエーレガーンツ王は少し腰を引きながら私を指差した。
「よ、よ、宜しい……な、ならば、戦争だっ!!!」
今度こそ声を震わせてエーレガーンツ王は開戦の狼煙を上げるのだった。
◇
南大陸から戻って二週間が経っている。石が黒くなったとか、石が奪われたとか、石に悪戯した者がいたとかの連絡はなく平和そのもの。私はアストライアー侯爵家の当主としてやるべきことをやろうと、領都の領主邸にある執務室で仕事を捌いている。
お昼前。先程、ヤーバン王から手紙が届いていた。私用ではなく政治的な話となるため早めに目を通して欲しいとのことなので手紙を開封して貰い目を通す。
――宣戦布告して、エーレガーンツ王国の王都を無血開城させた。楽しかったぞ!
定型の挨拶をさっくりと読み、本題へ入るととんでもないことが記されている。執務室にいるソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまはなにが書かれているのかと聞きたそうな顔になっているのだが、真面目なお三方に答える前に文字を読み進めていた私の口から『ぶほっ!』と空気が漏れた。
「どうしたんだ?」
「ヤーバン王が妙なことを書いていたのでしょうか」
「ご当主さまが吹き出すことは多々ありますが、今回は随分と盛大でしたね」
ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまが落ち着いた声色で喋っている。ジークとリンは大丈夫かと私に近寄ってきた。ただ近寄ったことで手紙の内容を目にしてしまい『え?』と私と同様に困惑していた。
そっくり兄妹まで驚いたため、お三方はただ事ではないと分かり手紙を見ても良いかと私に問う。もちろん私的な手紙ではないので、どうぞと先ずはソフィーアさまに渡す。
「ふむ」
ソフィーアさまが静かに頷き、手紙をセレスティアさまへ渡す。私の肩の上でクロがこてんと首を傾げ、足元の毛玉ちゃんたち三頭は『おもちゅろいこと?』『にゃにがあったにょ?』『たのちいこちょ?』と話に入りたそうにしている。
雪さんと夜さんと華さんは話の邪魔をしては駄目だと毛玉ちゃんたちに告げると、床にゴロンと寝転がっているヴァナルの下へと行き鼻をぴーと鳴らしている。相変わらず自由だなと私が笑っていると、セレスティアさまがふうと息を吐いた。
「本来は我々がすべきことですが」
セレスティアさまは毛玉ちゃんたちの行動には気にも留めず、家宰さまへと手紙を渡す。彼女は私に無礼を働いたとエーレガンツ王に憤っていたから、ヤーバン王国ではなくアストライアー侯爵家自ら罰を下したかったようである。
やろうと思えば同じく無血開城は可能だ。ロゼさんにお城に侵入して貰い、エーレガーンツ王の首を跳ねて貰うとか。はたまた私がジャドさん一家かエル一家の誰かに乗って上空からお城を狙った魔術を放つとか。
ジークとリンにお願いして二人でお城を攻略して貰うとか……いろいろできる。とはいえ軍や騎士団を派遣せず、個人戦力で国をひとつ落とせば大騒ぎとなるはずだ。騒ぎにしたくなければやらない方が無難である。騒ぎにしたいとか侯爵家の力を見せつけたいとかであれば実行していたが、私はエーレガーンツ王国に興味もないし実力を誇示する必要性もなかったのだ。
「ご当主さまを蔑んだ国です。当然の結果かと」
家宰さまが読み終えた手紙を丁寧に私の執務机へと置いた。太く立派な文字で私の名が記されているのだが、ヤーバン王は一体なにを考えているのやら。まあ領地と一緒で、他国に口出しをするのは無粋である。
「しかし無血開城ってどういうことでしょうか。確か王都や領都に攻め入ると籠城戦になるのが一般的と聞いたことがあります」
学院の図書塔で兵法書に目を通したことがある。聖女だから魔物討伐だけではなく、戦争に参加することもあろうと考えてのことだった。そうしてペラペラと頁を捲れば、領都や王都を落とす際のセオリーが記されていた。
現代戦だと航空兵器で爆撃をし――もちろん軍事施設のみ。民間施設は国際法違反。大体無視されているし、国際法を順守する国の方が珍しいけれど――相手戦力を減らすのが常道だろうか。制空権の話とか持ち出せば、ややこしくなるのでいろいろと割愛するが。
西大陸での戦争は敵地をなるべく無傷で手に入れたいという意思が強いようである。施設を破壊せず、占領した際にそのまま自陣として転用するそうだ。
ただ小麦畑やワイン畑は問答無用で焼き払われる。敵の財産を即奪い、食料も奪う。恐らくヤーバン王国も同じように国境沿いから敵国の王都まで侵攻していったはず。あれ進軍速度が異様に速くなかろうか。
もしかしてエーレガンツ王国側にはヤーバン王国軍を王都まで誘導した人物がいるのでは、という疑問が湧く。それならば前回の大陸会議から短い期間でヤーバンとエーレガーンツ王国の国境から短い時間で王都まで辿り着いた説明がつく。
「その点はヤーバン王に聞くしかないだろう」
ソフィーアさまが考え込んでいた私に肩を竦めて苦笑いを浮かべている。ヤーバン王国の行動に文句はないようで、彼の国の王の行動を真面目な彼女は咎める気はないようだ。
「ヤーバンはエーレガンツ王国の地を如何なさるおつもりでしょうか」
セレスティアさまは既に今後のことを考えているようだ。彼女はヤーバン王国は良くやってくれたという考えのでようである。
「占領統治するか、賠償金で済ませるか……どちらかでしょうね。その辺りもお聞きしたいところです」
家宰さまは真面目な顔でセレスティアさまの疑問に答えていた。手紙には今後エーレガーンツ王国をどう扱うかは記されていない。戦後処理で忙しいだろうしヤーバン王に手紙を出すのは気が引けるものの、状況を把握したいので早速返事を認める。
「ナイが書く文字はヤーバン王に負けず劣らずだな」
「ええ。ナイらしいといえば、ナイらしいです」
「……」
ソフィーアさまが片眉を上げ、セレスティアさまも小さく笑っている。家宰さまはノーコメントを貫くべく黙っていた。私が書く文字はヤーバン王ほど逞しくはない。ただ筆圧が強いため文字が太くなるだけである。
ペン先を直ぐに駄目にするため力の込めすぎは良くないのだが、力を入れないと蚯蚓が這ったような文字となる。痛し痒しだなあと苦笑いを浮かべて、ヤーバン王に届ける手紙を書きあげた。私は席から立ち上がり窓を開放する。
「ジャドさん~ごめんねー! こっちにきて欲しい!」
私は窓から顔を出し、ジャドさんを呼ぶ。少しだけ魔力を練っておくと魔獣の皆さまに伝わりやすいとか。暫く待っているとジャドさんが超広い庭の方から飛んできて、窓の前で滞空飛行をしてくれた。
『ナイさんが呼んでくださるとは珍しいですね』
ジャドさんが言い終えて、私の方へと顔を伸ばしてくる。彼女の嘴を撫でると目を細めて楽しんでいるようだ。一先ず用件を伝えようと、私はジャドさんの嘴から首元に手の位置を変える。
「お願いがありまして。手紙をヤーバン王の下まで届けて頂けませんか?」
ヤーバン王国に向けた連絡はジャドさんにお願いすることにしている。
『もちろん構いませんよ。暇ですし、お仕事があるなら有難いことです。ああ、そうです、そうです。アシュとアスターも連れて行きますね』
ジャドさんが向かえばヤーバンの方たちは喜ぶし、ジャドさんも仕事があるからと気合を入れてくれるのだ。魔術具で連絡を取るより時間が掛かってしまうけれど危急の案件でもないし、ヤーバン王国ならグリフォンである彼女に危害を加えることもない。
「イルとイヴはお留守番?」
『そうですね。雌なので彼女たちは留守番です』
どうやらイルとイヴは屋敷でゆっくり過ごすようである。アシュとアスターはヤーバン王国の雄グリフォンの皆さまとの挨拶がてら、ジャドさんと一緒に向かうとのこと。
それじゃあと、一旦、階下に降りてジャドさんの太い首に手紙を納めた鞄と侯爵家の紋章が入った長い布も首に掛ける。セレスティアさまが率先してジャドさんの首に掛けているのだが、心底嬉しそうな顔をしていた。ソフィーアさまも手伝えば、セレスティアさまの『皺になっておりますわ!』と気迫の声に押され、ただただ辺境伯家ご令嬢さまの指示に従っている公爵令嬢さまの姿は少し面白かった。
「ジャドさん、ヤーバン王はヤーバンの王都ではなく、北に位置するエーレガーンツ王国の王都にいる可能性もあります。世情が安定していないと思うので、向かう際には十分お気をつけて」
『心配要りませんよ。空を飛びますし、ヤーバン王がそちらにいるなら、我らに危害は加えないでしょうから。とはいえご忠告感謝致します。それでは行ってきますね』
私がジャドさんに注意事項を告げれば、何故かアシュとアスターが一鳴きして返事をくれる。イルとイヴはジャドさんとアシュとアスターに興味がないのか、庭でまったりとしているそうだ。ジャドさんが私たちから一歩、二歩と後ろに下がる。
「はい」
『気を付けてね~』
私とクロの声を聞き届けたジャドさん一行は翼を大きく広げて大きく一鳴きすれば、青い空へと飛び立って行く。最近、竜のお方の背に乗って移動をしていたから、こうして地面から空を飛ぶ彼らの姿を見るのは新鮮な気持ちになる。
ジャドさんたちなら無事にヤーバン王国に辿り着くだろう。もしヤーバン王がエーレガーンツ王国に留まっていたなら、直ぐに彼の国へ向かってくれるはず。場所は案内人の方がいるなら問題ないだろう。ヤーバン王が嫉妬で案内人をぶっとばしそうであるが……心配しても仕方ない。
『アシュとアスターはマツカゼとハヤカゼのように早く独立するかもね~』
クロが私の背を尻尾でぺしぺし叩きながら、青い空を見上げている。クロの声を聞いた某辺境伯令嬢さまは嬉しそうな雰囲気から一転、表情を曇らせている。
「寂しくなりますが、致し方ありませんわ…………はあ」
「成長した証だろう。巣立ちを喜んでやれ」
ソフィーアさまが励ましの言葉を彼女に掛けているのだが効果は薄そうだ。はあと長い息を吐いたセレスティアさまは私と視線を合わせた。一体なんだろうと私も彼女と目を合わせる。
「ですわね。そういえば、ナイ」
「はい?」
「部屋に置いている竜のお方の卵に変化はありませんの?」
「特に変わった所はありませんね。今までの卵さんたちだと大きくなったりしていたのですが変化がないんです」
今回お預かりしている竜の卵に変化はあまりない。頻繁に卵の様子をみていることもあって、変わりがないように見えるのかもしれないが。特に大きな変化はないしクロ曰く『たくさん力を溜め込んでいるんだよ~』とのことなので、ゆっくり気長に見守るしかないようである。呑気な卵さんだなあと笑っていると執務室に残っていた家宰さまが、私たちの下にやってきた。彼は一通の手紙を手にしており、一瞬見えた封蝋には見覚えがあった。
「ご当主さま、セボン子爵から晩餐会の誘いの手紙が再度届いております。返事は如何なさいますか?」
家宰さまの声にジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまが気を張った。デグラス伯爵さまの一件に終止符を打ちたいようだ。私もいろいろと考えていることがあるし、根回しは大体済ませてある。
話を通した皆さまはデグラス伯爵家とセボン子爵家が潰れても問題ないと親指を立ててくれている。唯一、アルバトロス王家からの返事が『構わないが、無茶はしないように。領民に被害が及ばぬように』と注文が入ったくらいだ。
「参加の返事をお願い致します」
「承知しました。では代筆をお願いしましょう」
私の言葉を聞いて家宰さまが代筆を立てると告げた。どうやら私が直接返事をする価値は相手にないと家宰さまは言いたいようである。さて、セボン子爵さまから私が晩餐会に参加するとデグラス伯爵さまに伝わるだろう。そして晩餐会で提供されるご飯は美味しいのかなと期待するのだった。