魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
セボン子爵に美食倶楽部の晩餐会に参加すると手紙を出した翌日、ジャドさんが戻ってきた。アシュとアスターは暫くはヤーバンの地で過ごし、グリフォンの雄のルールを学ぶそうである。ジャドさんはヤーバンに二頭を置き、ヤーバン王がいるエーレガーンツ王国王都に向かい手紙を渡してくれたとのこと。
戻ってきたジャドさんと一緒に侯爵領の領主邸の東屋で話を聞いているところである。
庭では木に止まった小鳥が囀り、陽の光が優しく草木を照らしていた。気持ちの良い午後だなあと目を細め、私は淹れて貰った紅茶を啜る。面子はいつも通りのメンバーで、私とジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさま、お茶とお菓子を食べれると知ってヴァルトルーデさまとジルケさまも一緒だ。
皆さまの足下にはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんがゴロンと寝転がり、毛玉ちゃんたち三頭はワンプロに励んでいた。ジャドさんはそんな私を楽しそうに見つめながらお使いの顛末を話してくれている。
『あの子は凄く楽しそうに今回の顛末を話してくれましたよ。なんでも三百足らずの兵で国境から一気に王都へ攻め込み、王都の壁を乗り越えて走って城へ向かったとか』
流石はヤーバンと言いたいけれど、凄く無茶をしたなあと空を見上げる。晴れ渡った空には雲一つなく、平和の象徴である鳩が飛んでいた。これからも平穏な日々が続きますようにと願うのだが、次はセボン子爵が主催する晩餐会に参加予定だ。なにか起こるのだろうと私はジャドさんに視線を戻す。
「いろいろと戦の概念を壊していませんか……?」
うん。宣戦布告から三日で終わっているのである。ヤーバン王は楽しんでいたものの、敵の反抗がなかったため『その点だけはつまらん』と言っているとか。
王都の陥落をたった三百の兵で叶えてしまうのも如何だろうか。普通、千から万単位の人員を要して破城槌で門を壊し、王都の街を抜けて城に辿り着き、また破城槌で城門の破壊を経て城内を制圧するものである。もちろん壁を乗り越えて敵地へ侵入する方法もあるけれど、待ち構えている敵兵から命を奪われることの方が多い。どうなっているんだと私が片眉を上げていると、ソフィーアさまとセレスティアさまが真面目な顔を浮かべていた。
「おそらくだが……エーレガーンツ王国側の準備が整っていなかったのではないか」
「ヤーバン王国の兵たちの身軽さが浮き彫りになりましたわね」
確かに三日で準備を終わらせるのは至難の業だろうか。エーレガーンツ王がどれだけ戦力を投入するつもりか今となっては分からないが、王家の騎士や兵士と各領地から戦力供出となれば時間が掛かる。
ヤーバンのいつでも戦う準備はOKという、他国ではあり得ない、戦意マシマシな皆さまに押されてしまったのだろうか。一先ず人的被害は最小限に留まっており、ヤーバン側に死者も怪我人もなし。エーレガーンツ王国側は抵抗した王城の人が数名命を落としているそうである。
『先陣を切ったのはヤーバン王ですよ。皆の上に立つ長として、頼もしいですねえ』
ジャドさんがふふふと笑っている。今回はヤーバン王国がエーレガンツ王の言によって国の名誉を落とされたことが原因だ。私もエーレガーンツ王に余計なことをされているので、今後彼と顔を合わさなくて良いならば有難いことである。
戦の元凶となったエーレガーンツ王は王城にある幽閉塔に閉じ込められ、ヤーバンの兵士とヤーバン王に嫌味を放たれているそうな。ヤーバンは周辺国から非文化人と言われていたので、鬱憤が溜まっていたのだろう。玉座を失った王に価値はないため、嫌味で済ませてくれるなら有難いことである。
「今後、ヤーバン王国はエーレガーンツの扱いをどうなさるのでしょうか?」
王都を無血開城できたのは良いことだろう。数名被害が出ているので無血ではないけれど……まあほぼ無血と言って良い。本当にあっさりと落ちているため、エーレガーンツ王家には民やお貴族さまからの信頼が皆無だったのかもしれない。本当に一体全体無血開城なんて良くできたなあと、少し冷めた紅茶を啜ればジャドさんが困った顔になっていた。
『それですが……彼女曰く、やばいどうしよう。つい勢いで落としてしまったと。なにも考えていなかったようですねえ。あの子らしいです』
「え……?」
困り顔のジャドさんが『どうしましょうか』と私に告げる。どうしましょう。ヤーバン王はエーレガーンツを落としたあとのことをなにも考えていなかったようだ。
三百から成る兵士の皆さまも他国と戦になり剣を抜けたことが楽しかっただけで、落とした相手の国の統治やらは興味がないそうである。功績を上げた者にエーレガーンツの土地を分割移譲するつもりが兵士の皆さまに断られてしまったとか。
「…………」
「ヤーバンらしいですが、それはそれでどうかと。土地が要らぬなら賠償金を毟り取れば良いですし、必要であれば統治すれば良いではありませんか」
セレスティアさまが賠償金を毟り取ればと仰っているが、お金をぶんどる場合、王さまが生きていなければ無理である。エーレガーンツ王は幽閉塔で生きているけれど支払い能力があるのか微妙だ。
『彼女は一国を併合すれば自身の能力では捌ききれないと』
ジャドさんが苦笑いを浮かべて私とソフィーアさまとセレスティアさまを順に見る。毛玉ちゃんたち三頭がワンプロに飽きたようで、ジャドさんの背にぴょんと三頭乗って構えと主張していた。
毛玉ちゃんたち三頭に乗られたジャドさんは素知らぬ顔で話を続けたために、つまらないと毛玉ちゃんたちはしょげて背の上から降りて地面に寝転がってふんと鼻を鳴らす。毛玉ちゃんたち三頭は不貞寝を始めて東屋は少しだけ静かになる。
「ヤーバン王の考えは、植民地化ではないのですね」
今の情勢や文化レベルを考え、賠償金を取らないならば併合より植民地化の方が適していそうだ。個人的には併合をお勧めしたい気持ちがあるけれど、上手く運営できるとも限らない。
『ですので、ナイさんに興味があるなら、エーレガーンツの地を治めてみないかと。私にも治めてみないかと問うていたので、彼女は本当になにも考えていなかったようですねえ』
ジャドさんが困ったものですと苦笑いを浮かべる。クロはこてんと首を傾げており、あまり意味を理解していないようだ。ヴァルトルーデさまはお茶とお菓子に夢中で話を聞いていない。
ジルケさまは『適当だなあ、ソイツ。まあ嫌いじゃねえけど』と呆れながらお菓子をひょいぱくと軽快な調子で口へ運んでいた。このままではエーレガーンツに住まう皆さまが困り果てそうである。私は少し考えて、困った時は相談が一番だと頼れる方々の顔を思い浮かべる。
「アルバトロス上層部に報告してみます。有能な交渉人を派遣してくださるかもしれませんし」
『なるほど。アルバトロス王国の皆さまはお優しいので名案をくださるかもしれませんね』
私の声にジャドさんが目を細める。国に丸投げをして申し訳ないが、成り上がりの侯爵である私が唸って考えるよりも、長く続いて戦の経験もある王家の方が上手くヤーバン王にアドバイスを送れるはずだ。
「今の話をアルバトロスに伝えても宜しいので?」
ソフィーアさまは既に頭の中で今の話を纏め上げているだろう。私が報告を上げれば、偶に大事なところが抜けていることがあるので彼女が担ってくれるなら有難い。
『はい。ヤーバン王はアルバトロスは信に足るとおっしゃっていたので問題ありませんよ』
「では急いで内容を纏め、アルバトロス上層部に報告致しますわ。ナイの後ろ盾である辺境伯家と公爵家にも連絡を入れても宜しいでしょうか?」
セレスティアさまも動いてくれるようで、私の後ろ盾を務めてくれている二家にもヤーバンとエーレガーンツの話が届くことになった。ジャドさんはお二人に小さく頭を下げてから顔を上げる。
『構いません。お手数をお掛けします。ヤーバン王が喜ぶでしょう』
良かったと安堵しているジャドさんに、ヤーバン王にはもう少しあとのことを考えて行動して欲しいと私は願い出れば、では伝えてきますねとジャドさんはエーレガーンツ王国へとトンボ帰りするのだった。
◇
アルバトロス城の執務室で作業をしていた私はふうと息を吐いた。大陸会議から戻って直ぐのことだし疲れが残っているのだろうか。良い歳だし、疲れが溜まりやすくなっているのかもしれないが、王として気張らねばならぬ。
椅子に腰を下ろしている私は背を伸ばし、大きく息を吐いて吸ってを繰り返して頭の中をスッキリさせた。ヤーバン王がエーレガーンツ王に宣戦布告をしたため、彼の国周辺が騒がしくなりそうなのだが……果たしてどうなるのか。大陸東に位置するリバティーと名乗る男が国の代表を務めるようになった国の動向も各国が気にしている。特に周辺国は関わりたくないという意思をはっきりと感じさせていた。
西大陸の情勢はこれからどうなるのだろうか。気にしても仕方ないと、机の上に広げている書類を一枚とって目を通していれば宰相が部屋の中へと入ってきた。慌てた様子で私の執務机の前に立ち彼が口を開く。
「陛下、アストライアー侯爵から急いで目を通して欲しいという案件が届きました!」
宰相の言葉に私の額の端がピクリと動いた。今度はなにが起こったのだろうか。そしてどんな驚愕の内容を私は聞かされるのだろう。大丈夫。落ち着け。私は今までアストライアー侯爵が巻き込まれた面倒事をいろいろと片付けてきた。
創星神さまの案件だって石を無事に送り届けて、あとは待機しているだけとなっている。今回も大丈夫だ。私はきっと上手く事後処理をできるはずと宰相に視線を合わせると、彼は一通の手紙を机の上に置く。
「…………分かった。直ぐに目を通す」
私が神妙に告げれば宰相が真剣な顔をしてペーパーナイフで手紙の封を切ってくれる。私は手紙の中身を取り出し紙を広げた。この文字はソフィーア・ハイゼンベルグ嬢の文字か。アストライアー侯爵のような力強い筆跡ではなく、繊細で丁寧な文字だった。ふむと私は頷き、目線を手紙へ落として読み進める。
「無血開城!? たった三日で!? 戦の兵法書を舐めているのか!!?」
とんでなもないことが記されていた。通常、一国を落とすとなれば年単位の時間を要する。もちろん大国が極小国家を落とすなら別の話となるし、各国の介入で圧力を受け停戦協定を結んだりと様々であるのだが……。ヤーバンはエーレガーンツをたった三日という時間で王都を落としたという。信じられないと私が目を見開いていると、目の前に立っていた宰相が落ち着いてください陛下と私に声を掛け言葉を続ける。
「陛下。ヤーバンとアストライアー侯爵が関わっておりますから。深く考えてはなりません」
宰相は無表情で言い切った。確かに深く考えてはならないのかもしれない。
「宰相、随分とアストライアー侯爵の行動に耐性ができているな」
私の目の前に立つ男は状況を既に飲み込み、諦めの境地に至っているようである。
「はははは……御冗談を、陛下。慣れているのではなく、頭と心が理解を拒否しても納得しろと私の身体が叫ぶのです」
「そうか」
「……はい」
はあとお互いに肩を落とす。執務室にいた者たちも私と宰相と同じ反応を見せている。だがヤーバン王は攻め入ったエーレガーンツを落としたは良いのが、これからどうすべきか考えあぐねているそうである。放置すればエーレガーンツの民とヤーバン王国まで疲弊してしまうだろうと、私は考えを巡らせた。
「先ずは情報を。ヤーバンに連絡を取り入国できるようなら、あちらへ調査員や交渉人を送ろう。竜騎兵隊で行けぬなら、飛竜便を手配してエーレガーンツ王都に赴いてくれ」
私が指示を出せば、先程まで無の境地でいた皆に生気が戻る。なんだかんだと言いつつ、我々は仕事人間なのだろう。若き女王が困っているならば、手を差し伸べてやらねばなと執務室の窓から晴れた空を見上げるのだった。
◇
私はアルバトロス王国から派遣された調査員兼助言役である。
名前は……まあ、なんでも良い。今は陛下から勅命を受けているため、私の命を賭して遣り遂げる所存だ。勅命の内容はヤーバン王国かエーレガーンツ王国の王都に向かい、現地の情報収集とヤーバン王の補佐を務めよというものである。
男爵家出身であるものの当主ではないので、一国の王の相手を私が務めて良いものか悩んだものの、初めて国を出られることに私の好奇心が刺激されてしまった。陛下は飛竜便を手配してくれ、私は中型の竜の背に乗り込みあっという間にヤーバン王国に辿り着く。私の他にも交渉人も参加しており、いろいろとヤーバン王国の補佐を担わなければならないようだ。
ヤーバン王国の王都に辿り着いた私は城内へと降り立ち竜の方の背から降りると、竜のお方が顔をぬっと動かして私を見ていた。
『お疲れさまです。私はここでお話の結果を待っておりますね』
私は立ち止まり竜のお方の顔を見上げる。私の護衛としてきてくれている騎士三名がぎょっと驚いているのだが、竜のお方は全く気にされていない。迎えのヤーバンの者たちもこちらへ小走りできているのだが、彼らは竜に怯んでいないようだ。
この辺りはヤーバン王国の者たちの肝が据わっている証拠なのだろう。私は穏やかに喋る目の前のお方が暴力を振るうなんて思えないから落ち着いていられた。更に私の後ろにはグリフォンが二頭いて、きょろきょろと周囲を見渡していた。
アストライアー侯爵がグリフォンを連れていれば、ヤーバン王国では安全を確保できるということで貸し与えてくださったのだ。名はイルとイヴと言うらしい。
ヤーバン王国の噂を信じれば野蛮な国と聞いているため、身を守る術がない私には正直有難い。エーレガーンツ王国の王都ではグリフォン二頭の母親もいるそうなので、もし隣国へ向かった場合会わせてあげて欲しいと侯爵から頼まれている。
「申し訳ありません。お願い致します」
エーレガーンツ王国がヤーバンに落とされて一週間と少し経っているのだが、ヤーバン王の所在次第で私はエーレガーンツ王国へと向かわねばならない。だからまた目の前のお方の背に揺られて空の旅をする可能性が残っている。
転移魔術陣という方法もあるが、アルバトロス王国からヤーバン王国へ赴く場合はいくつかの国を経由しなければならない。となれば飛竜便の方が到着が早いのである。本当にアストライアー侯爵は亜人連合国の方を国から引っ張り出したものだ。大枚を払えば移動時間が凄く短くなるのだから。
さて、ヤーバン王国の迎えの方たちと挨拶をせねばと私は背を正す。一張羅を着てきたのだが、彼らに失礼はないだろうか。そもそも自国の陛下に会うことだって凄く緊張するのに、他国の陛下とも顔を合わせようとは驚きである。人生はなにが起こるか分からない。そしてたった三日で隣国を無血開城させたヤーバン王国も意味が分からない。
「お待ちしておりました! ようこそヤーバン王国へ!!」
半裸姿の筋肉隆々な男たちが私たちの前に立つ。凄い風貌であるが、これが彼らの正装だ。他国の文化を馬鹿にしてはならないと気を取り直し私は口を開いた。
「アルバトロス王国より参りました」
私はアルバトロス王国から派遣された調査員だと名乗りを上げる。助言役でもあるのだが、言わなくても良いだろう。ヤーバン王国は他国の相談を受けねば戦後処理もできないと言っているようなものだから。
「陛下はエーレガーンツの王都で治安維持に努めておられます。申し訳ありませんが、陛下との面会は向こうでお願いできないでしょうか?」
「承知致しました。元よりそのつもりで参っております。皆さま、お気になされぬようにお願い致します」
私の返事に彼らが短く声を上げ、エーレガーンツ王国の王都までの水と食料を持たせてくれた。私たちも用意しているのだが、向こうがどうなっているか分からないし丁度良いと受け取らせて頂く。
竜のお方は軽々と持ち上げているが、我々人間であれば腰を悪くしそうな量だった。一緒にきているグリフォン二頭も手伝ってくれ、ヤーバン王国の者たちが感動で涙を流している。少し大丈夫かとヤーバンの者たちが心配になるが、大人の男が泣いているのだ。きっとヤーバンではグリフォンを本当に大切にしているのだろう。
「では、行ってきますね」
「はい。お気をつけて。我が王には無茶をしないでくださいとお伝え願えますか?」
「分かりました。機会があれば伝えましょう」
ヤーバン王国に辿り着いて三十分余り。本当に飛竜便の速さを身に染みて体験している。竜のお方の背に乗ってヤーバン王国を上空から覗き込む。空から見ればヤーバン王都の造りが手に取るように分かる。
堅牢な城下街であるが、アルバトロス王国の魔術師を駆使すれば数日で落とすことが可能だろう。地下の様子も知りたいが、自身の知的探究のために訪れたのではないと頭を振る。
いかんな。どうにも私は考え過ぎる癖があると前を見た。空には私を遮るものはなく、青い世界が広がっている。時折、大きな鳥が竜のお方と並走しているが、竜の飛行速度には敵わず置いていかれていた。二頭のグリフォンは呑気なもので丸くなって寝息を立て始めた。自由だと私は二頭を見て笑い、眼下に再度視線を送る。
「こんな機会はもうないでしょうし、いろいろと見ておかないと損でしょうな」
ふふふと笑い、私は暫くの間空の旅を楽しんでいると、今度はエーレガーンツ王国の王都へと辿り着いていた。上空から見下ろす王都には破壊の痕跡は見当たらない。本当にどうやって無血開城させたのか。どうにか見える城の門にも破壊された形跡はないし、王都の者たちは日常を送っているのか出店で買い物をしていたり、子供が路地裏で遊んでいる姿が見える。
「本当に敵が攻め入ったあとの国の様子なのか……?」
眼下に広がる景色は平和そのもので私は首を傾げる。本来であれば道端に戦った者たちの遺体があってもおかしくはないし、占領された土地から脱出しようと試みる民がいても良い。だというのに私の目には捉えることができず、頭の中が混乱してきた。いや、しかし……無血開城だったのだから街に被害がなくても構わないのだろうと無理矢理自分を納得させる。
『では、降りますね。王城の中で良いでしょうか』
「はい。陛下がヤーバン王に連絡してくれているとのことですし、グリフォンが一緒にいるので直ぐに信用してくださるだろうと侯爵閣下が仰っていました」
穏やかに問う竜のお方に私もゆっくりと答えた。グリフォンと私が口にしたことで、背後で寝ていたグリフォン二頭が顔をぬっと上げて首を捻っている。
『聖女さまは心配性ですねえ。私がいれば十分抑止になると思いますが』
「確かに竜のお方が飛んでいると、地上の者たちは驚いた顔をして指を指していましたね」
くすくすとおかしそうに笑う竜のお方にまた私が言葉を返せば、ちらりと竜のお方がこちらへ視線を向けた。
『竜ですから』
キリっとした声で竜のお方が返事をくれる。本当に会話をしてみないと分からないが、意外と茶目っ気を持っているのだと感心する。アルバトロス城の竜騎兵隊のワイバーンたちは会話をすることはできない。
ワイバーンと仲良くなれば彼らの仕草で気持ちが分かるそうだが私は竜騎兵の騎士ではない。今はどうでも良いかと切り替えて、この後すぐに行われるであろうヤーバン王との面会に気合を入れる。
陛下からは若いが確りした王だと聞いているので、無理難題は言われないはずだ。私は粛々と現地調査とヤーバン王国が被った被害を聞き出して、賠償金で済ませるなら被害金額査定と上乗せ分を、占領するならヤーバンからどれほどの人員を寄越せば管理できるかを査定する。私の計算が間違えばヤーバン王国側は困るだろうし、エーレガンツ王国側も不満が溜まるはずである。
『着きましたよ。彼女がヤーバン王でしょうか』
竜のお方がエーレガーンツ城へと降り立つ。広い中庭の一部に降りたのだが、竜のお方は庭にある木や花を踏まないようにと努力していた。やはり優しい方だなと私は背から降りれば、一緒にきている皆も降りた。
目の前にはヤーバン王が立ち、彼女の周りにはヤーバンで見た兵士とは少し毛色の違う者が侍っている。なんだろう。ヤーバンで会った者たちよりも覇気が凄いというか。
目線が鋭いし、纏う筋肉も更に確りしている。剣を習ったことがないので分からないが、腰に佩いている得物は随分と切れ味が良さそうだ。アルバトロスの騎士が使用している片手長剣と言われるものより、刃の長さが短いものの幅は少し広かった。
「アルバトロス王国からよくきてくれた! 城内は少し騒がしいが、我々は完全に制圧している。安心して欲しい!」
「ヤーバン王自らの出迎え感謝致します!」
ヤーバン王は女性らしからぬ大きな声を出して私を出迎えてくれた。ヤーバンの女性では大きな声を出しても構わないのかもしれないが、初めて出くわすと面を喰らってしまう。私の背後から二頭のグリフォンがひょっこりと顔を覗かせヤーバン王を見た。
「イルさまとイヴさまか! ジャドさまがいらっしゃるのだが、今は警戒飛行されていてな。もう直ぐ戻ってこられるから少し待っていて欲しい」
ぱっと顔を輝かせたヤーバン王にグリフォン二頭がゆっくりと近寄って行く。微笑ましい光景であるが、魔獣が人間に懐くなんて驚きだ。いや、私と一緒に大人しく過ごしていたのだから当然だろうか。いろいろと私の中の常識が崩れ去りそうになるのをどうにか留めていれば、ヤーバン王はグリフォン二頭に視線を向けたまま首を小さく傾げる。
「うん? アシュとアスターはヤーバン国内で雄と一緒に過ごしておられるぞ。ジャドさま曰く、雄の掟を教えて貰っているそうだ」
ヤーバン王は二頭のグリフォンの気持ちが理解できるようである。なんと! と驚いていれば、二頭のグリフォンより二回りほど大きなグリフォンが空から降りてくる。
もしかして先程ヤーバン王が言っていたジャドというグリフォンだろうか。ゆっくりと静かに降りてくるグリフォンが地面に脚を付けた。太い脚先には鋭い爪があり、大きな翼を仕舞い込んだグリフォンは目を細めながら私たちを見る。
『どちら様でしょうか? イルとイヴを引き連れているようですが、何故?』
キッと大きなグリフォンの目が鋭くなったが、二頭のグリフォンが私の横に並んで『大丈夫』『説明して?』と私の顔を覗き込んだ。すると大きなグリフォンから発せられている圧が下がり、どうにか私は口を開く。
「ア、ア、アストライアー侯爵閣下よりグリフォンさまを二頭お預かりいたしました! ヤーバン王国国内でグリフォンを引き連れていれば、ヤーバンの者たちと無用な衝突が避けられると!」
『ああ、ナイさんでしたか。これは失礼致しました。アルバトロス王国にいるはずの我が仔がいたため、母として心配をしてしまったのです』
なんとぉ!? と驚くが確かアストライアー侯爵の下でグリフォンの卵が孵ったと聞いたことがある。私の横に並んだグリフォンは目の前のグリフォンより小さいので彼女の仔だとしてもおかしくはないのだろう。しかし二年足らずでこんなにも大きくなるものだろうか。魔獣の特性かと興味が湧いてくるものの、私は私の仕事をせねばとヤーバン王と眼前のグリフォンに視線を向ける。
「侯爵らしいが、我らに伝え忘れていたか! ははっ、それも彼女らしい!」
『ナイさんですよねえ。少し抜けたところがありますから』
ははっと笑うヤーバン王とふふふと楽し気に笑うグリフォンの相手を私はこれからしなくてはいけないのかと、はあと息を吐くのだった。大丈夫だろうか、私。