魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――助けて欲しいと言われましても……ねえ?
私はアルバトロス王国より調査員兼相談役としてヤーバン王国……いえ、エーレガーンツ王国へと派遣された者です。アルバトロス王国の陛下から受けた命を果たすため、まずは幽閉塔に捕らえられているエーレガーンツ王と顔を合わせているのですが、鉄格子越しにエーレガーンツ王、いえ、元エーレガーンツ王が悲壮な顔で私を見上げております。
数日の牢屋生活で疲れているのか、両手は鉄格子に膝を石畳みに突いたままそこから立ち上がろうとはしませんでした。
「申し訳ありませんが、ヤーバンが戦に勝ち貴方、ようするにエーレガーンツは負けた。首を落とされていないだけマシでしょう。私が貴方を助け出す術はありませんし、そもそも私はアルバトロス王国の者ですからねえ。勝手はできません」
私は元エーレガーンツ王を見下ろして事実を告げました。彼に向けている私の視線は実に冷たいものとなっているはず。だって、そうでしょう。なにも考えずにヤーバン王の宣戦布告に乗り、あまつさえ三日で王都を落とされた王に価値などありましょうか。
エーレガーンツに住まう民に同情をしてしまいそうです。いえ、エーレガーンツ王都の民は既に日常生活を送っているので、彼らの日々が守られるならば誰が王でも構わないのかもしれませんが。
「か、金ならいくらでも払おう! 私は王だ! エーレガーンツ王国の頂点に立つ者なのだ!」
顔を歪ませながら脂汗を流す男に王の威厳など書類一枚の重さもないのですから、私にとって目の前の男の価値など軽いもの。私の背後に控えている護衛の方たちが『こんな者が王を務めていたのか』『玉座の威光で輝いていただけに過ぎないのだな』などと小声で話し込んでいるようです。
確かに玉座という立派な椅子の威光に照らされて、男が光っていただけなのだろうと私は納得しました。真っ当な王であれば、ヤーバン王国を貶め、創星神さまの使いを務めるアストライアー侯爵に男を宛がおうとするなんて愚策でしかありません。なにをどう考えれば成功すると確信を持てるのか。少し目の前の男の頭の中がどうなっているのか興味が湧いてきましたが、構うだけ時間が勿体ないです。
「お金は必要ありません。私はアルバトロス王家から生活に必要な給金は十分頂いておりますので。しかし、貴方に気概があれば、ご自身の血族を逃がしヤーバンに復讐をと望むのでしょうけれど……」
私ははあと深い溜息を吐きます。お金には困っておりません。アルバトロス城で書庫の司書を務める傍ら、本を読むことができるのですから。城の司書を務めていなければ本を購入するために私は破産していたはず。
本を読めば多大な知識を有することができます。歴史は繰り返されると言われているので、覚えておけば似たような話を思い出し城の者たちに助言を送ること。本に記されている知識をどう転用すれば、今のアルバトロス王国できちんと役に立つのか考えたりすること。これが私の主な仕事です。司書の範疇を超えている気もしますが、性に合っているため問題はないのです。
目の前の男に気概があれば、物語に登場する悲劇の王であれば、血族を逃し侵略者に復讐をするのでしょうけれど……エーレガーンツの王族全員、ヤーバンの者に捕らえられております。
エーレガーンツ王国の諸侯たちも軒並み白旗を上げており、特にヤーバン王国に近い領主ほど降参の宣言を出すのが早く素通りできたとか。だからこそヤーバンは三日という早さでエーレガーンツ王都を陥落せしめたと。
ヤーバン王国の傘下になる……には少々骨を折りそうですが、一先ず現状に物申す者はいません。胸躍る展開を期待していたのですが現実は上手くいかないようです。そしてエーレガーンツ王に求心力は全くなかったのだなあと。私が溜息を吐くと元エーレガーンツ王はがくんと項垂れてしまいます。
「ご自身の心配は宜しいのですが、ご家族がどうなったのか気にはならないので?」
目の前の男は自らの身の安全を試みるだけで、家族がどうなったのか一言もありません。普通、少しは心配しても良いのではないかと問うてみれば、男は項垂れていた顔を上げ私をきっと睨みます。
「見せしめに皆、殺されているだろう! ヤーバンは蛮族らしく、私を皆の前で首を落とすのだ! そうだ、そうに違いない! 王という立場から引きずり降ろされる私の姿を面白く晒すのだ!」
はははと涙を流しながら男が訴えてきますが、エーレガーンツ王族は幽閉塔以外の場所にある地下牢に閉じ込められております。ヤーバン王が彼らをどうするつもりなのか、まだ聞いておりませんので私には答えようのないこと。
何故、アストライアー侯爵に馬鹿なことをしようとしたのか聞き出すつもりでしたが、自分の身しか考えていない男と会話することが面倒になってきました。幽閉塔から出ようかと出入口の方へ私が視線を向けると、良い顔を浮かべたヤーバン王が立っております。
「そのような悪辣なことをするつもりはないぞ? 逃げると面倒になるから、違う場所に捕らえているが。それに最初からヤーバンの目的はお前のみだしなあ。その証拠に王都に火を放っていないし、民を殺してもいないのだがな」
くくくとヤーバン王が笑い説明をしているのだが、全員が目的だった場合は本当に皆殺しにするつもりで乗り込むそうだ。たった三百の兵でなにができると言いたくなるが、彼女と彼女の後ろに控えている兵士たちの眼光は異常に鋭い。ヤーバン王国の精鋭であればこともなく成し遂げてしまいそうだと思えてしまう。ヤーバン王の獰猛な視線に怯えた男はなにも言えなくなり、鉄格子から両手を離し身体を丸め込んで震えている。
「私がここにくると奴はこうなってしまってな。他のヤーバンの者でも同じだ。貴殿であれば話が聞けるかと頼んでみたが、命乞いばかりで飽きてしまった」
ヤーバン王が獰猛な顔から一転、私に視線を合わせるとからりとした表情で笑っていた。気持ちの切り替えをどうしているのかと気になるものの、彼女たちの獰猛な視線を私に向けられれば失禁しそうである。怒った神に触れないのと同じく、怒っているヤーバンの者に進んで関わってはいけない。適切な距離を保っておこうと私が決めていると、ヤーバン王が『あ、そうだ!』と言わんばかりにポンと手を叩いた。
「目の前の男を街に放り投げればどうなるだろうか?」
ヤーバン王の純粋な興味なのだろう。悪意も善意も含んでいない顔で私に問うた。
「民から石を投げられ、水を掛けられ罵られることでしょうなあ。柄の悪い者であれば彼を殴ってしまうかもしれません」
下手をすれば殺されてしまうのではないだろうか。人間、集団になるととんでもない行動に出てしまうとなにかの本で読んだことがある。ヤーバンにエーレガーンツは落とされたばかりだし、民に不満が溜まっているかもしれない。そう考えると実行したあとのことは簡単に想像できてしまう。
「私なら放り投げられた石を掴んで投げ返し、水は気持ち良いからもっと掛けてくれと望むし、殴ってくる者がいれば全力で殴り返すのだが……」
「ヤーバンの鍛えている戦士と他国の王族を同列に見ない方が宜しいかと」
ヤーバン王が両腕を組んでうーんと唸り、私は口の端を伸ばしながら当たり障りのない答えを用意した。ヤーバンの戦士はどんな鍛え方をしているのだろう。目の前にヤーバンの最高権力者が立っているのだから、直接聞いても良いだろうか。もしかすればアルバトロス王国の騎士や軍人の養成機関に役立つ情報が聞けるかもしれない。
「外には放り投げられんか。ヤーバンの者のように立派な体躯ではないしなあ。直ぐに倒れてしまいそうだ。しかし困った。肝心の王冠と王錫をどこかに隠したようでな……探させているのだが見つからぬのだよ」
「私も気に留めていたので、話を聞き出せると良かったのですが……」
そう。王都に攻め入り、王族を捕らえたまでは良かったのだが、王の証である王冠と王錫が見つかっていないのである。もし仮にエーレガーンツ王位、もしくはエーレガーンツを次に拝領する者に与える品となるため必須となるのだ。
ヤーバン王も部下である兵士に探させているのだが、何処に隠したのかさっぱり分からないとのこと。ヤーバン王がエーレガーンツ城に留まっている理由の一つでもあるそうだ。私も王冠と王錫の隠し場所を聞き出せればと目の前の男と話していたわけだが……――
「命乞いばかりだしなあ」
「命乞いばかりですしねえ」
――ヤーバン王と私の声が重なり、護衛として就いている皆がはあと深い溜息を吐いた。全く。国を三日で落とされるという無能を晒すのに、どうしてこういうことだけは賢しいのだろうか。見つけるには少し骨を折らなければいけないし、この後はエーレガーンツの城下に出て街の者たちの話を聞くことになっている。とりあえず目の前の男は放置しようとヤーバン王と決め、幽閉塔から外へと出た。
爽やかな風が私の胸の中に沁み込むのだが、これからヤーバンはエーレガーンツという土地をどう扱うつもりなのだろうか。
◇
――面白そうな話を聞いちゃった!
力を取り戻して暇になったからあの子の側を離れて過ごすようになったけれど、えーれがんつ? という国のお城で面白いことが起きている。あたしは長く生きている妖精として姿を隠して、鉄格子のある暗い部屋で男と薄着の女の子の会話を聞いていたのだけれど、彼らは探し物をしているらしい。
あたしが彼らの代わりに探し物を見つければ、きっと驚いてくれるはず。オウカンとオウシャクがどこにあるか分からないけれど……人間が探すよりどこにでも行ける妖精が探す方が見つけ易いだろう。あたしだけで見つからないなら他の妖精を呼べば良い。
あの子はあたしが力を取り戻したことで相手をしてくれなくなったし、あの子が住む家には女神さまがいらっしゃるもの。昔のあたしを知っている女神さまはちょっと苦手。
でもオウカンとオウシャクを見つけてあの子に見せれば、きっと驚いてくれるはず。さっきまで話していた人たちが困るかもしれないけれど、妖精のあたしには関係ない。
亜人連合国の竜やエルフに探し出した品を渡しても驚くけれど『お婆、元の場所に戻してきて欲しい』とか『勝手に盗んでは駄目ですよ』とか『人間が作った品よりウチの国の方が質が良いわね』とか『初めて見たけど、しょぼいねえ~』とか言われそうだ。それならば、あの子に渡した方がもっと驚いてくれるはず。うんうんと私はあの子が驚いている顔を想像する。
『よし! 人間より、あたしが先に見つけて、あの子に渡しちゃおうかしらね!!』
ふふふと笑って、私が声を上げれば鉄格子の向こうにいる男は気付いていないけれど、鎧を着込んだ男の人の何人かは私の声が聞こえたのかきょろきょろと顔を動かしている。
ただあたしが見えていないようで、場所までは分からないようだ。姿を見せる気はないからバレても困るけれど。あたしは背中の羽と身体を動かして、くるりと一回転する。次の瞬間、暗い部屋から明るい外へと出ており、目の前にはお城の建物がどーんと構えていた。さて、中のどこにあるのかしらと口を伸ばして笑い、あたしはまたくるりと身体を一回転させるのだった。
――きっとあの子が喜ぶわ。
◇
朝。侯爵領の領主邸の自室でぱちりと目が覚める。私はいつも篭の中で丸くなっているクロは起きているかなとベッドの頭の方を見た。いつもであればクロは籠の中で身体を丸くして寝ている。冬場なんかは暖を取りにきたトリグエルさんと一緒に寝ていたりするのだが、まだ寒くなるには少し早いため一頭だけだ。でも今日のクロは籠の中で身体を起こし私を見ている。
「あれ、珍しい。クロが起きてる、どうしたの?」
『うん。ちょっとね~……』
おはようの挨拶も忘れて私はクロに声を掛けた。クロは少し視線を外して答えてくれるが要領を得ない。なんだろうと私はベッドから身体を起こしてみた。
「あれ、足元になにかある……――って、はっ?」
私の足元には凄く豪華な冠と錫杖がある。ドワーフさんが造った品より美しさや精巧さもないけれど、多分それなりに値の張る品だろう。冠の真ん中には大きな宝石があしらわれ、その大きな宝石を目立たせるように小さな宝石がいくつも配置されている。
後ろ側も細工が施されているようだし、錫杖も冠と同様に凄く凝ったものだ……多分、きっと。え、と私の動きが止まり『なんじゃこりゃ!』と叫びたいのを我慢してクロへと顔を向けた。
『…………なんだろうねえ?』
クロはまた私と視線を合わせようとしない。珍しいクロの態度にはっとベッドの側でいつも寝ているヴァナルと雪さんと夜さんと華さんへと私は視線を向けた。
彼らは私が起き上がったと同時に床から身体を起こしておはようの挨拶を待っているようだが、今日は少し待って欲しい。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんもなにも教えてくれないので知らないのか。それとも知っていて黙っているのか。毛玉ちゃんたちはこてんと顔を傾げながら、尻尾をぶんぶん振って撫でろと言いたそうである。毛玉ちゃんたちの撫でろ抗議が酷くなる前にクロと話を付けねば。
「クロ、なにか知ってる?」
『お婆が置いていったんだよ。ボクはそれなにって聞いてみたんだけれど、秘密だって言って消えちゃったんだ』
どうやらお婆さまが冠と錫杖を置いたようだけれど、お婆さまが経済的に冠と錫杖を買えるわけがない。そもそも妖精さんだから物を買うという概念は薄いのではなかろうか。
「お婆さまか。一体どこから盗んできたんだろう……私が頭を下げれば許してくれるかな……」
だったら、どこかから盗ってきた可能性が一番高い。ドワーフ職人さんの工房に置いてある品とは少し質が下がるようなので、果たしてどこの装飾店から盗んできたのだろう。そもそも指輪や首飾りをメインに取り扱う店が多く、冠と錫杖を扱う所はかなり限られる気がする。というか私が入った装飾店で置いているところを見たことがない。
『どうだろうねえ? 妖精がやったことだし、許してくれるはずだよ~?』
クロは軽く言ってのけるけれど、冠と錫杖の持ち主は困っているのではなかろうか。魔術的な施しはしていないようだけれど……装飾されている宝石を数えてみると結構なものとなる。やばいなと心の中で冷や汗を搔きながら、起こってしまったことは仕方がない。妖精さんが盗みましたと弁明しても信じてくれるか分からないけれど、平身低頭謝るしかないのだろう。
はあと息を吐いていれば、部屋の扉からノックが二度聞こえてきた。ジークとリンが鳴らしたものではないし、朝一番に私の部屋にやってくる方はかなり限られる。問題ないと私は『どうぞ』と声を掛ければ、侍女のエッダさんが扉から姿を現した。
「ご当主さま、目が覚めておられましたか。お召し物を替えましょう」
彼女は自身の務めを果たすべく私と視線を合わせて着替えを促す。
「エッダさん、おはようございます」
『おはよう、エッダ~』
私とクロはエッダさんに挨拶をしていると、床にいたヴァナルと雪さんたちもエッダさんに『おはよう』と声を掛けていた。毛玉ちゃんたち三頭は構って欲しい気持ちが強いのか、彼女の周りをクルクル回りながら飛び跳ねている。
エッダさんはいつものことなので私とクロとヴァナルと雪さんたちに返事をして、毛玉ちゃんたち三頭を撫で私の下にぴしりと立った。私はのそのそとベッドから降りて立ち上がると、クロたちはみんな部屋の外へと出て行く。
「ご、ご当主さま……?」
「はい」
エッダさんがベッドに向けていた視線をゆっくりと私に移した。彼女の顔が凄く引き攣って見えるのは気のせいだろうか。でも彼女が驚いても仕方ないのだろう。だって何故かベッドの上に冠と錫杖があるのだから。
「ベッドの上の冠と錫杖は一体……これは私の想像ですが、もしかすると王冠と王錫では……?」
「え?」
エッダさんの声に私の顔が引き攣っていく。まさかと思ってはいたけれど、お婆さまは本当になんてことをしてくれたのだろう。
「凄く立派な品ですし可能性は高そうです。私では分かり兼ねますが」
彼女も自身が言っている意味を理解しているようで、気まずそうな雰囲気を醸し出している。
「本当だとすれば、大事ですね」
私はギギギと首を動かして冠と錫杖を見た。さっきより凄く立派に見えてしまい、凄いものではないのかと思い始めてしまう。
「お、大事どころか大騒ぎとなるのではないでしょうか?」
確かに大事どころか大騒ぎである。王冠と錫杖は所持者が王さまだという証でもあるから失くせば王ではないと言われているようなものだ。そして失くしたなんて口にすれば、何故そんなことを起こしたと責任を問われてしまう。王さまに求心力がなければ大事な品を失くしたことに、諸侯から壮絶な突き上げをくらいそうである。あ、マジでヤバそうと私とエッダさんは見つめ合った。
「とりあえずアルバトロス上層部に報告しましょう。上層部であれば各国と接触し易いので、失くした国はないかと問い合わせができます。あとは侯爵家と繋がりがある国には直接連絡を入れましょう」
私が言い終えると普段より三倍速く着替えを終えて、エッダさんと共に部屋を出る。エッダさんは侍女長さまに連絡を入れてくれるそうだ。あと冠と錫杖はベッドの上に置いたままである。勝手に触れて価値が落ちたと言われても困るので、今のままが一番良いのだろう。冠と錫杖の側にはヴァナルと雪さんたちが見てくれている。人間では手が出せないし、悪い妖精さんがきてもある程度対処できるはず。
私は執務室を目指して歩いていれば、ジークとリンが朝の訓練を終えて戻ってきたのか廊下で鉢合わせする。そっくり兄妹の肩の上に乗っていたアズとネルは勢い良く飛んで、私の肩の上にいるクロと鼻をちょこんと合わせて挨拶をしていた。
「いつもより早いな、ナイ。おはよう」
「おはよう、ナイ。なにかあった?」
そっくり兄妹は私の目の前に立って軽く首を傾げている。そんな二人に足元の毛玉ちゃんたちが私より先に口を開いた。
『ちゃいへん!』
『にゃいがやっちゃ!』
『おおちゃわぎ!!』
要領を得ない毛玉ちゃんたちの声にジークとリンが困った顔になっている。毛玉ちゃんたち三頭は状況をきちんと把握しているというより、私たちが部屋から出てきた時の雰囲気でなにかを察したようだった。
『お婆がねえ、ナイのベッドの上に凄い物を置いていったんだよ~』
今度はクロが毛玉ちゃんたちの代わりに答えてくれた。
「冠と錫杖がね……妖精さんだから仕方ないって今回は言えないよね」
「まさか……不味いな」
「ナイが慌てていることは分かる」
私が力なく笑っているとジークが事の大きさを把握し、リンは大丈夫かと私の肩に手を置いた。大丈夫だけれど、大騒ぎになるのは確実だし相手の国の王さまは激怒するのではなかろうか。
石配りの際に一度顔を合わせているから少し気が楽なのはせめてもの救いだろうか。王冠と錫杖が本当に盗まれることなんてあるのかと言いたくなるが、盗人相手の警備を施しても妖精さん相手の警備を施している国は少ないはず。
「執務室に行ってくる。家宰さまは出勤時間じゃないけれど、侍女長さまが早く出勤するようにお願いしてくれるから。それまで私は連絡を取れる国に一報を流してるから」
「分かった。ナイ、あまり重く捉えるな」
「そもそも妖精のお婆が悪い」
ジークとリンは私を責めることはなかった。まあ責められても困るけれど。さて仕事、仕事と気持ちを切り替え私はそっくり兄妹の顔を見上げる。
「ありがと、ジーク、リン。先に行くね」
アストライアー侯爵家が潰れると露頭に迷う方がたくさん生まれる。私は当主として責任を果たさなければ。ジークとリンに私は軽く手を振って廊下を歩き始めると、毛玉ちゃんたちもちょこちょこ歩いて一緒にきてくれている。可愛いなあと彼女たちの姿に癒されつつ、一報を入れる方たちにはどう伝えるべきか。誤魔化してもしかたないし、ありのままで伝えるのが一番だろうけれど……信じてくれるか微妙である。
廊下を歩いて執務室の中へと私は入る。誰もいない執務室は珍しいと、朝の静謐な空気が流れる部屋の中へと入って自分の執務机に腰を下ろした。先ずは後ろ盾の二家に連絡を入れて、アルバトロス王家にもさわりだけでも伝えよう。
あとは亜人連合国にも連絡を入れ、フソウ、リーム、ヤーバン、マグデレーベン、アガレス、共和国にミズガルズにも。魔術具である連絡用の手紙を送る機材を手にして、ハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家に知らせを入れた。次は王家にと手紙を書いていると、扉からノックの音が二度聞こえた。ジークとリンかと一瞬二人の姿が頭に過るけれど微妙に違う。屋敷の誰かには違いないと私はどうぞと入室を促した。
「入ります」
「クレイグ、どうしたの?」
扉から姿を現したのはクレイグだ。着替えを済ませているので既に起きていたのだろう。仕事を始める時間にはまだ早いし朝食も終えていない。私が首を傾げると、彼は軽く肩を竦める。
「ジークとリンから話を聞いた。家宰殿の方が手が早いだろうけど、俺でもできることがあるからな。手伝う」
「ありがとう、助かるよ」
そういうことかと私が苦笑いを浮かべると、彼はすたすたと前へと進み執務机の前に立つ。部屋の中には誰もいないと分かり、少し気を抜いたようだった。私も誰もいないということで幼馴染だからと息をありありと吐く。
「おう。つーか、また大事になりそうだな」
クレイグは私の溜息に釣られたのか、彼もまた私と同じように息を吐く。
「うっさいよ。仕方ないじゃない」
「へいへい。手ぇ動かせ」
お互いに軽口を叩いてやるべきことを済ませていれば、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまにジークとリンが慌てた様子で執務室へとやってくる。話を聞いていた皆さまはさっそく私を手伝ってくれた。一時間ほどで関係各所へ連絡を入れ終わるあたり慣れているなと苦笑いを浮かべているものの緊急時には有難い。一先ず、説明のために王都に移動して登城しなければならないなと苦笑いを浮かべるのだった。