魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0675:誰の物なのか。

 執務室で朝起きたことをジークとリンとクレイグと家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに伝えると、凄く微妙な顔になっていた。悪戯をした犯人はクロのお陰で分かっている――クロの言なら物証は要らないだろう――ので亜人連合国にも話を伝えた。

 連絡用の魔法具越しにディアンさまは『迷惑を掛けたな』と言い、ベリルさまは『お婆にも困りましたねえ』と言い、更にダリア姉さんとアイリス姉さんは『面白いけれど、ナイちゃんは笑っていられないわよねえ』『誰が持ち主だろうね~』と声を上げていた。

 お婆さまに聞けば直ぐに解決するのだが、果たして妖精である彼女が国家という存在を覚えているのか謎である。聞いても『どこかしら? 興味ないから覚えていないわ!』と言われてしまいそうなのだ。冠と錫杖の持ち主の手掛かりがないのであれば、お婆さまは最終召喚となるのだろう。

 

 今は、執務室にいたメンバーと自室に向かい、ベッドの上に鎮座している立派な冠と錫杖を眺めているところである。

 

 「どこかで冠を見たような気がするな」

 

 「ええ、どちらだったでしょうか」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが眉間に皺を寄せて悩んでいる。彼女たちが悩む姿は珍しい、というよりも思い出せないことに少しだけ苛立ちを持っているようである。

 クレイグは『凄え値段が付きそうだな』という顔をして、家宰さまは『これはとんでもない品でございますね』と零している。ジークとリンもご令嬢二人と同じ気持ちのようで、どこかで見たことがある品のため思い出すのに苦労しているようだ。

 部屋でブツを守ってくれていたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが、悩まし顔で冠と錫杖を見つめる私たちをじっと見ている。これからどうするのか気になるようで、毛玉ちゃんたち三頭も『おできゃけ!』『どきょいく?』『あしょべる?』と期待していた。私は気楽そうな毛玉ちゃんに視線を降ろせば、肩の上に乗っているクロがぺしぺしと私の背を叩きながら口を開く。

 

 『お婆の悪戯は本当に厄介だねえ~』

 

 本当にお婆さまの悪戯は悪戯の域を超えている。妖精だから面白いこと楽しいことに目がないのが分かるけれど、お婆さまの行為の先が私に向けられるのは如何なものか。

 もしかして私はお婆さまに面白い存在と認められ、悪戯をすれば更に愉快な結果を齎すと期待されているのだろうか。謎が謎を呼ぶけれど、一先ず凄く高そうな冠と錫杖は持ち主に返還しなければ。ふうと私が息を吐けば、朝ご飯に向かう途中に出会った女神さまは苦笑いを浮かべながらクロを見ている。

 

 「妖精だから」

 

 「妖精だからなあ。仕方ねえっちゃ仕方ねえが、ナイも苦労するな」

 

 ヴァルトルーデさまが無表情で言い切り、ジルケさまは呆れながら腰に手を当てている。ジルケさまは私の苦労を認めてくれるようだ。できることなら肩代わりして欲しいのだが、南の女神さまにお願いして受け入れられればそれこそ大事だ。グイーさまの石を配り終えて一段落ついたというのにまた事件が起こるとは。貧乏暇なし金も無しというが、お金と地位を持てば更に忙しくなってしまうようだ。

 

 「あ」

 

 「どうしたの、リン」

 

 ふいにリンが短く声を上げ私は彼女を見上げる。微妙にリンの表情が渋いのだが、一体どうしたのだろうか。

 

 「アイツが身に着けてた」

 

 「アイツって……誰だろう?」

 

 リンも私と同様に相手に興味が分かなければ名前を憶えないタイプである。ただ言葉を汚くするのは珍しいし、アイツなんて言い方を彼女がするのは私が不利益や不快感を受けた時が多い。えっと……私が最近嫌な感じを受けた相手は誰だったか。冠と錫杖なので王さまレベルの方である。あれ、と私は記憶を掘り返す。西大陸で妙な歓待を受けたり、弓を構えて矢を番えていた国があった。

 

 「ヤーバン王国の北に位置する隣国の」

 

 「あ」

 

 「あ」

 

 「ああ!」

 

 リンの声に私とソフィーアさまとセレスティアさまが続く。言われてみると、ベッドの上のブツはエーレガーンツ王が身に着けていた王冠に似ている。錫杖は知らないけれど、王さまの証として与えられることが多いと聞いているからお婆さまは両方持ち出したようだ。

 

 「リン、良く思い出したね」

 

 「ナイに凄く失礼だったから夢の中で殴ってた。だから思い出せた」

 

 しかしソフィーアさまとセレスティアさまも直ぐに思い出せないことを、リンは良く思い出したものであると私が褒めると彼女はドヤ顔で答えてくれる。過激な発言があってジークとクレイグが突っ込みを入れたそうな顔をしているが、他のメンバーもいるためぐっと堪えていた。

 

 「ありがとう、リン。お城の人たちに説明する時に役に立つよ」

 

 「どういたしまして。でもナイに失礼なことしたから、返さなくて良い気がする」

 

 持ち主が発覚したなら探す手間はなくなったから凄く時間を短縮できたことになる。とはいえ王冠と王錫と判明したから超高級品であり、王さまという地位を保証する品だ。喉から手が出るほど欲しい人がいるだろうと私は苦笑いを浮かべる。

 

 「まあエーレガーンツはヤーバンに落とされたから、王冠と錫杖に価値があるかと問われれば下がっているよね。でもエーレガーンツの王さまだった証だし、ヤーバンの人たちがコレを持たないとちょっと困るかも?」

 

 エーレガーンツを実効支配しているのはヤーバン王国だから王冠と錫杖が必要なのか分からないが、ないよりましなはずである。エーレガーンツ王国に連なっていた諸侯の皆さまはエーレガーンツの王冠と錫杖を所持していないヤーバン王を認めてくれるか分からないし。自室でウダウダ考えていても仕方ないし、登城しようとロゼさんにお願いして一先ず王都の侯爵邸へ転移して貰うのだった。

 

 ◇

 

 何故かエーレガーンツの王冠と錫杖が侯爵領の領主邸のアストライアー侯爵の自室に転がり込んでいた!? 

 

 早朝。自室で宰相補佐から話を聞いた寝間着姿の私は人生で初めてベッドから転がり落ちそうになった。アルバトロス王として幾たびの難事を越えてきたし、アストライアー侯爵の破天荒振りに驚いてきたがまさか他国の王冠と王錫が部屋に転がり込んでいた、などと誰が予想できようか。

 詳しく話を聞けば妖精の悪戯とのことで、巻き込まれてしまったアストライアー侯爵には同情を向けるものの、私も彼女と同じく厄介事に巻き込まれるのである。

 

 「エーレガーンツに滞在しているヤーバン王と我が国の調査官に直ぐ連絡を!」

 

 「承知しました!」

 

 私は一瞬にして眠気が取れてしまい朝から声を張って宰相補佐に命を下す。昨日、調査官から元エーレガーンツ王は王冠と錫杖を城のどこかに隠したと報告が上がっているので、丁度良いタイミングだったのかもしれない。着替えて関係各所へ連絡を入れ、最悪の場合エーレガーンツ王国に向かおうと着替えを済ませるのだった。

 

 ◇

 

 エーレガーンツ王国王都、城内の訓練場。

 

 朝、陽が昇り始める前に起きたヤーバンの戦士たちは訓練を行うために外へと出ていた。エーレガーンツ城にもヤーバン城と同じく、戦士のための訓練場が設置されており、丁度良いと我々ヤーバンが身体を鍛えるための場として利用している。

 身体を動かさなければ鈍ってしまうとヤーバンの戦士は朝から精をだしている。下半身を鍛えるため腰を落としてすり足で前へと進んでいく者、太い木に石を縛り付けて持ち上げている者、凄い速さで訓練場を駆け抜ける者、さまざまである。

 

 エーレガーンツ城で働いていた者たちが興味深そうにこちらを見ているが、我々と一緒に身体を鍛えようとする者はいない。アストライアー侯爵の屋敷でフソウのナガノブ殿と手合わせした時は良い経験となったものである。

 我々ヤーバンの戦士が身に着けた格闘術とフソウのサムライが身に着けた格闘術では少々趣が違う。我々ヤーバンは剛、フソウは柔といったところか。またフソウのサムライの皆と手合わせをしてみたいものだと、ヤーバンの戦士相手に徒手格闘をしている所である。

 

 「まだまだ足りんぞ! こい!!」

 

 「陛下、参ります!!」

 

 私が幾人かのヤーバンの戦士を制したのだが手応えがない。これでは満足できぬと声を張り上げれば、威勢の良い戦士たちが一斉に私に襲い掛かる。

 一人ずつ私に向かってきているあたりまだ遠慮があると口の端を伸ばし、容赦なく私の右拳を彼らの身体へ放つ。空を切り裂く音が聞こえれば、鈍く低い音が一度鳴る。また空を切りさく音が鳴れば、鈍く低い音が一度聞こえる。まるで打楽器を軽快に叩いているようで楽しくなってきた。

 

 「ははは! 良いぞ、もっとこい!」

 

 にいと口の端の伸ばして、次、次、と捌いていると訓練場に集まっていた皆が地面に転がっていた。しまったやり過ぎたかと反省するのも束の間、誰かがこちらへやってくる。

 

 「陛下、陛下ぁああああ!」

 

 歳若いヤーバンの戦士が慌てた様子で私を呼びながら訓練場に姿を現す。地面に転がっていたヤーバンの戦士たちは助かったと言いたげに、腰布に着いた土を払いながら立ち上がっていた。彼らの甘い認識にまたあとで訓練再開だと私は決めて、慌てた様子でやってきた年若い戦士に顔を向ける。

 

 「慌ててどうした?」

 

 「あ、アストライアー侯爵閣下とアルバトロス王国から連絡が!」

 

 息を切らしながら私に用件を伝えようと彼は続けて急ぎの案件だと告げる。

 

 「なに? この場で聞こう」

 

 「エーレガーンツ王の証である王冠と錫杖がアストライアー侯爵領、領主邸内で見つかったと!」

 

 私の声に息を整えた若い戦士は訓練場に良く響く声であった。詳しく話せと私が言えば、彼はアストライアー侯爵とアルバトロス王国から入った連絡内容を教えてくれる。

 どうやらエーレガーンツ王が城のどこかに隠した王冠と錫杖は妖精の手により、アストライアー侯爵邸へと送りこまれたようである。朝、起きたらベッドの足下に鎮座しており、驚いたアストライアー侯爵はアルバトロス王国と連絡を取れる国に一報を伝えたようである。王冠の姿形を覚えていた者がいたため、直ぐにエーレガーンツ王国のものだと分かり我々に連絡を寄越してくれたとのこと。

 

 「まさか妖精が見つけ出してくれるとは! これは愉快だ!!」

 

 城内をくまなく探す手間が省けたと私は豪快に笑う。隠し部屋を見つけるには骨を折る。王冠と王錫が見つからなければ城を壊してしまおうかと考えていたくらいだ。

 本当に妖精には助けられたと笑っていれば、アルバトロス王国から派遣された調査員が訓練場に姿を現した。彼はエーレガンツ王国諸侯について、我々にいろいろ教えてくれている。エーレガーンツの諸侯も我々ヤーバンと話すより、アルバトロス王国の文官と話す方が気が楽なようだ。話の進みが早いので彼には苦労を掛けている。

 

 「ヤーバン国王陛下!」

 

 「おはよう、調査官殿」

 

 調査官殿は必死に走っているようだが、その歩みは亀のようだった。私の前に立った調査官殿はぜーはーぜーはーと大袈裟に息を切らしている。足が速いわけでもないのに大袈裟なと笑い出しそうになるが、彼は必死になってこちらへきてくれたのだ。余計なことは言わない方が美徳だろうと彼と話を続ける。

 

 「お、おはようございます。あ、アストライアー侯爵が王冠と錫杖の確認をお願いしたく、こちらに直ぐ向かう用意があると本国から連絡が入りました!」

 

 「そうか! アストライアー侯爵と会えるのだな! 我々のことは気にしないでくれ。城は完全制圧しているから彼女の身の安全は保障されている。なにも問題ない!」

 

 彼が息も絶え絶えに吐いた言葉に私は胸に期待を抱く。もし侯爵が持つ冠と錫杖がエーレガーンツ王のものであれば、私が彼女から王冠を頂くのもアリかもしれない。

 エーレガーンツの諸侯は私がエーレガーンツ王都の主になることを認めているが、彼らがヤーバンの傘下に入ることは渋っている。諸侯を全員、殴って納得させても良いがヤーバンの地ではないと自重したのだ。

 もしアストライアー侯爵から王冠と錫杖を私が賜れば諸侯問題はどうにかなるかもしれないし、ヤーバン王国に隣接している地とエーレガーンツ王都を諸侯の誰かと交換する話も進みやすくなるだろうと笑みを深めるのだった。

 

 ◇

 

 アルバトロス上層部もヤーバン王国も確認のために冠と錫杖を持ってエーレガーンツ王国王都に向かえということである。私はベッドに転がっている冠と錫杖を持つのだが、直接触ると問題になりそうなので手袋を着用させて頂いている。

 グイーさまから預かった石を直接手で触っていたのに、冠と錫杖には手袋を嵌めた私にソフィーアさまとセレスティアさまは物申したそうな顔をしている。でも突っ込む気はないようで黙って私の後ろを着いてきてくれていた。

 

 私たち一行はロゼさんの転移でアルバトロス王都の侯爵家のタウンハウスまで移動し、王城に辿り着いていた。屋敷で過ごしていたアリアさまとロザリンデさまが私たちの急な登場に凄く驚いていたけれど、王冠と王錫が屋敷に突然舞い込んだことも凄く吃驚していた。お婆さまの悪戯と知れば嗚呼と納得してくれたから、一から十まで言い訳をせずに済んでいる。アルバトロス上層部への説明でも妖精さんの仕業で納得してくれた。

 

 次はエーレガーンツ王国の王都へ転移しようとお城の中庭へ移動しているところである。

 

 ロゼさんにアルバトロス城からエーレガーンツ王都の壁の外まで転移できるかと問えば、無理なくできるそうである。

 女神さまが二柱いるから重いけどとロゼさんが愚痴っていたのは内緒だ。いくら女神さまと言えど、重いと言われれば傷つくかもしれない。ロゼさんの体調には問題ないそうだから、やはり重いという事実は伏せておくべきだろう。

 

 庭に辿り着いてロゼさんに転移をお願いしようとすれば、クロが首を傾げながら私の手元を見ている。

 

 『そんなに汚そうに持たなくても?』

 

 「確りと持つと、エーレガーンツの王さま候補に上がりそうなんだよね。杞憂で終われば良いけれど」

 

 私の手元にはエーレガーンツ王の証である冠と錫杖がある。アルバトロスの陛下によれば、エーレガーンツ王国の王冠と王錫で間違いないそうだ。本当にお婆さまはなにをしてくれているのか。石配りを終えて暫くゆっくりできると息を吐いていたのに、あんなことやこんなことが既に起きている。

 

 『そんなことはないと言いたいけれど、ナイだからねえ』

 

 「クロまでそう言っちゃうのか」

 

 最近、私が巻き込まれるトラブルに周りの皆さまが諦め始めている気がしてならない。本当に何故か問題に巻き込まれてしまうのだ。トラブル発生装置というよりはトラブル吸引機と化している。対応できるから構わないけれど、ユーリに『ねーね』と呼んで貰う目標がどんどん遅くなってしまいそうである。

 

 『別に馬鹿にしているわけじゃないよ。ナイの周りは不思議なことがたくさん起こるからね』

 

 クロが『あ、ナイが拗ねちゃった』と小さく零して長い尻尾を私の背中にてしてし叩きつけていた。不思議なこと=トラブルのため素直に喜べないのが実情だろう。領地開発にもう少し関わりたいし、治癒院にも参加したいのだが外交方面での仕事量が滅茶苦茶多い。

 

 「ま、今回も頑張ろう」

 

 『うん。ナイなら大丈夫だよ』

 

 私は気持ちを切り替えて声を出せば、クロが返事をくれる。いざとなればヴァルトルーデさまとジルケさまがいるから、どうにかなるはずと二柱さまを見れば『面白そうになる?』『あたしは関わらねえぞ』と言いたげな顔になっていた。

 

 「ロゼさん、エーレガーンツ王都の壁の外まで移動をお願いします」

 

 『ん! 分かった、マスター! みんなロゼの周りに集まって』

 

 私たちはロゼさんの指示に従って、スライムさんの周りに立つ。すると足下に魔術陣が現れ、魔力光が淡く輝き始める。お腹がひゅんと浮く感覚を受ければ、次の瞬間にはエーレガーンツ王国王都の壁の外へと転移を終えていた。

 

 「ロゼさん、ありがとう」

 

 『どういたしまして、マスター……この人数、やっぱり重い』

 

 私がロゼさんに声を掛けると、立派なスライムボディーがぺしょんとひしゃげている。ロゼさんは失った魔力を回復させたいのか早々に私の影の中に入ってしまった。あとでまたお礼をしなければとエーレガーンツ王都の出入り口である大門を見れば、綺麗な扉のままである。ヤーバンの精鋭の皆さまは大門を通らず壁を登り王都の中へ侵入したようだ。

 

 「ねえ、ジーク、リン。二人なら目の前にある壁を自分の力だけで登れそう?」

 

 私は少し気になって、そっくり兄妹に聞いてみた。

 

 「できないことはないが、途中で二つ三つほど足場が欲しいな」

 

 「そうだね、兄さん。足場がある方が楽に登れる」

 

 ジークとリンも目の前に聳え立つ壁を乗り越えることができるようだ。でも安全のために造られた壁を個人が乗り越えられるのは少々危険ではなかろうか。

 西大陸は今のところ平和なため侵入者への警戒度が下がっている――エーレガーンツは一瞬で戦時下となったので、対応が甘いと言わざるを得ないが――ので、もう少し警戒しても良さそうだ。壁の上を見ていると歩哨を担っていたヤーバンの方と目が合う。彼は丁寧な礼を執ったので私も軽く頭を下げておく。腰布一枚と外套を纏っているだけなので少々面白おかしい光景となっていた。

 

 「迎えがきたか」

 

 「エーレガーンツの紋章が塗り潰されてる」

 

 迎えの馬車は凄く豪華な馬車であるが、ヤーバン王国のものではなさそうだ。凄く豪奢な馬車の上の部分に飾ってあるエーレガーンツの紋章はペンキのようなもので消されていた。凄く雑に消してあるので、元はエーレガーンツ王国の紋章だと理解できた。

 

 「ヤーバンに負けたからね。当然だけれど、豪快な仕事だなあ」

 

 戦は勝った方が正義である。正直エーレガーンツ王都の民の皆さまが皆殺しになっても文句は言えないだろう。許せないならばヤーバンから王都を取り戻す気概が必要である。

 

 「ナイを出迎えた時も停めてあったな」

 

 「アルバトロス王家のものより華美ですものねえ」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまは石配りの際に訪れた際、停められていた王家の馬車を覚えていたようである。確かにアルバトロス王家の方々が使用する馬車よりも幾分か派手だ。もう少し装飾の抑えられた馬車で良いのだが、ヤーバン王国から物資が届くには時間が掛かる。現地調達しているようなので、ヤーバン王国の皆さまは食料の確保をどうしているのだろう。

 

 「迎えの方と挨拶をすれば、王都の中の様子が見られますね。なにも問題がなければ良いのですが……」

 

 王都の中はどうなっているのだろうか。小耳に挟んだ話では、エーレガーンツ王都の皆さまは以前と変わらず暮らしているらしい。一応、どうなっているのか定かではなかったため、備蓄している小麦を大量にロゼさんに持って貰っている。

 

 「アストライアー侯爵閣下! ヤーバン王の命を受け、お迎えに上がりました!!」

 

 馬車の側に侍っていた馬から降りたヤーバンの方がダンと足を地面に打ち付けて礼を執る。真面目な顔で出迎えてくれているが半裸だ。これでお腹が出ていたり、胸毛や腹毛が色濃く生えていれば私は目を逸らしていただろう。

 

 「出迎え、感謝致します。城までよろしくお願い致します」

 

 私は兎にも角にも返事をせねばと無難な言葉を紡ぎ出した。そうして馬車に乗り込むのだが、毎度女神さまが私をサンドイッチするのは何故だろう。対面の席にはソフィーアさまとセレスティアさまが真面目な顔で腰を下ろしている。

 二柱さまは今回も私の側仕えを務めるため、馬車には最後に乗り込んだ形となる。私たちが馬車に乗り込んだあと、静かに馬車が動き始める。御者を務めているのはエーレガーンツ王国の方だ。

 攻め入られて王都を陥落したヤーバンの兵士の皆さまになにか思う所はないのだろうか。王都の中の皆さまも日常を破壊された、ヤーバンに恨みを募らせているかもしれない。うーんうーんと悩んでいると、馬車は王都の中へと進んでいた。

 

 「普通だ……普通に過ごしている……」

 

 私は窓の外に視線を向けると、王都の皆さまは日常を謳歌している。メインストリートを行く馬車から覗く光景は平和そのものだ。商店では呼び込みをしている店員さんの声に買い物をしている主婦の皆さま。

 一本道を挟めば子供たちが遊んでいる姿も見えた。エーレガーンツ王家の紋章を消された馬車を見ても、彼らは気に留めていない。どうしてこんな事態にと私が渋い顔を浮かべていると、ソフィーアさまとセレスティアさまも不思議そうに窓の外を見ていた。

 

 「そのようだな」

 

 「エーレガーンツ王家に王都の方々は、以前統治をなされていた方に価値を見出していなかったのでは?」

 

 同意をくれたソフィーアさまと王都の皆さまの心情を代弁してくれたセレスティアさまも苦笑いを浮かべている。ヤーバン王国の方に抵抗しようともしていないし、批判的な目すら向けていない。ぎぶみーちょこれーとと手を差し伸べる子供もいないため、凄く謎な光景だ。

 

 「自分たちの生活が脅かさなければ、誰が王を務めても良いのだろうな」

 

 「えっと……エーレガーンツの方が王でなくとも拘りはないと?」

 

 異文化が流入することに王都の皆さまは違和感を受けないのだろうか。もしヤーバン王国の服装を平服とせよと命じられれば、男性陣は半裸となり女性たちは肌の露出面積が凄く上がる格好になるのだが。

 

 「おそらく」

 

 ソフィーアさまが真面目な顔で頷いてくれる。彼女も異文化圏の方が王となり文化侵略を受ける危うさを理解しているはずである。そしてセレスティアさまも分かっているはずだ。

 ヴァルトルーデさまとジルケさまは私たちの会話内容をイマイチ把握できていないようである。大丈夫かなと心配していると、いつの間にかエーレガーンツ城に辿り着いていた。城門を抜け、広い庭も抜けて馬車回りに辿り着く。私たちは馬車を降りると、ヤーバン王とディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんが一緒に出迎えにきてくれている。

 

 「アストライアー侯爵、良くきてくれた!」

 

 「お婆が迷惑を掛けてしまったな。すまない」

 

 にかりと笑っているヤーバン王と困り顔のディアンさまが私たち一行を迎えてくれる。私はお二人に頭を下げ挨拶を終えると、ディアンさまの後ろに控えているダリア姉さんとアイリス姉さんに視線がいった。

 お二人の間にはお婆さまがしゅんとなって滞空飛行している。呼び出す手間が省けたので有難いが、お婆さまがしょげている姿なんてかなり珍しい。一体なにがあったと首を傾げるとお婆さまが更に肩を落とす。

 

 『うう……エルフの二人に捕まっちゃったわ……』

 

 どうやらダリア姉さんとアイリス姉さんにお婆さまは捕らえられたようである。気ままでいつもどこかをフラフラしているお婆さまをダリア姉さんとアイリス姉さんはどう捕まえたのだろう。気になるけれど、聞くと肝が冷えそうなので知らない方が良いだろう。にっこりと笑みを浮かべているエルフのお二人の背には少し黒いオーラが発せられているようにも見える。

 

 「お婆、ナイちゃんに謝りましょうね」

 

 「そうだよーお婆。悪戯が趣味なのは分かるけれど、今回はちょっとやり過ぎじゃないかなあ?」

 

 ふふふとダリア姉さんが笑い、アイリス姉さんが目を細めてお婆さまに苦言を呈していた。そんなお二人にヤーバン王がカラカラと笑い口を開いた。

 

 「まあまあ、エルフのお二人よ。我々ヤーバンは妖精殿のお陰で助かった! なにせエーレガーンツ王が城のどこかに隠して我々は見つけられなかったからな!」

 

 軽い調子で言ってのけたヤーバン王にダリア姉さんとアイリス姉さんは毒気を抜かれたようで、背負っていた黒いオーラが霧散する。お婆さまの命は助かりそうだなと私は苦笑いを浮かべて、彼らの案内で建屋の中へと進むのだった。

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