魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
怒っていたダリア姉さんとアイリス姉さんが怖いのか、お婆さまは私の頭の上に乗ってアホ毛を握っている。私もお婆さまに文句の一つでも言いたかったのだが、ダリア姉さんとアイリス姉さんが黒いオーラを背負っていたのを見てしまい気持ちが削げた。
お婆さまは私の頭の上で反省しているようで、何故私の下へ持ってきたのか教えてくれた。王冠と錫杖を盗んでしまったのは、エーレガーンツ王が二つを隠しヤーバンの方たちが必死に探していたこと、そんな品を私の下に届ければ面白いことになりそうだから、という考えだったようである。
お婆さまはなにをしているのやらと苦笑いをしていると、ディアンさまからエーレガーンツ王都の北に位置する諸侯が、王都に向けて兵を差し向けていると情報をくれた。昨日、亜人連合国からエーレガーンツの王都にくる際、タイミング良く見てしまったとのこと。高度を上げて飛んでいたから、飛んでいた白竜さまを人間の目では可視できないだろうとも仰っていた。
発見した位置的に今日の夕方くらいに辿り着くようで、王都陥落を告げても攻めてくる場合はヤーバン王は迎え撃つそうだ。なんだか凄いことになっているけれど、ヤーバン王国であれば迎え撃つことができる。
亜人連合国の協力を仰げるならば、ディアンさまとベリルさまのブレスで攻めてきた諸侯軍の戦意を削げる。なんならダリア姉さんとアイリス姉さんの魔法でも戦意を下げることに成功しそうだ。私も攻撃魔術を使用すれば脅しに貢献できるはず。女神さま方は人間同士の小競り合いに手を出さないけれど『陥落したのに、こっちにくるの?』『情報伝達に時間差が出てんだろ。多分、知らねーんじゃね?』と顔を見合わせながら呆れた顔をしていた。
そんな話を終えたヤーバン王国一行と亜人連合国一行と侯爵家一行は、エーレガーンツ城の庭を抜け随分と奥まった位置にある塔の前に立つ。
「もしかして幽閉塔ですか?」
「ああ。牢には不届き者を捉えている。アストライアー侯爵が持っている王冠と王錫を見れば、不届き者はさぞ驚くだろうなあ!」
くくくと笑っているヤーバン王は凄く楽しそうだ。どうにもエーレガーンツ王にヤーバンは野蛮な国と貶められたことを根に持っているようである。ちなみにヤーバン王国がエーレガーンツ王国をたった三日で落とせたのは、王都までの道程の諸侯がヤーバンに手をださなかったこと、王都の兵士たちも士気が低くやる気はないし、ヤーバンの皆さまが壁を登り王都へ侵入して武装解除をしたから。そりゃ、一気に王都まで行けたならば三日で落とせるなと苦笑いになる。
ただヤーバンの皆さまは三日間走りっぱなしという驚異の体力を見せつけてくれたわけだが。
ヤーバンの戦士が筋肉を無駄に纏っていないことが証明された気がする。私はなんとなく護衛を務めているヤーバンの戦士に視線を向けて胸元を見た。ムチムチだねえと直ぐに視線を逸らして、前を向き目の前に聳え立つ幽閉塔を見上げる。
「随分と立派ですね」
私がアルバトロス城で見ていた幽閉塔とエーレガーンツ城の幽閉塔の規模は二倍近くの差がある。大きいなと感心しながら見上げていると、隣に立つヤーバン王も幽閉塔を見上げた。
「だな。政治犯を入れていたようだが、アルバトロス王国から派遣された調査員が、閉じ込められている者は冤罪を被せられていると気付いてくれてな。精査して順次解放している」
ヤーバンだけでは気付かなかったと後ろ手で頭を掻いていた。本当に冤罪で捕まっていたなら良いことだろうし、釈放する方にはヤーバンに忠誠をと一筆書いて貰えば駒となってくれるだろう。私は抱えている王冠と錫杖に視線を向けエーレガーンツ王はなにをしているのやらと小さく息を吐けば、ヤーバン王が口を開く。
「アストライアー侯爵」
「はい?」
真面目な顔を浮かべているヤーバン王は珍しい。いつも彼女は自信満々な顔で笑みを携えているのに。なにがあると私が身構えれば、ヤーバン王は小さく肩を竦めた。
「エーレガーンツ王は既に一国の王ではなく、ただの人だ。言いたいことがあるなら、我慢しなくても良いのだぞ」
確かに玉座から引きずり降ろされたエーレガーンツ王に王さまとしての価値はない。さらに王都を占領されているから、殺されていない方が不思議である。それに私になにかをしようと目論んでいた王さまに興味はない、というか関わりたくないのが本音だ。
「何故、妙な顔になる?」
ヤーバン王が不思議そうな顔をして私を見ている。こてんと首を傾げている彼女は私が考えていることを全く分からないようだった。
「いえ、彼を相手にしても仕方ないかなと」
私が理由を告げれば、ヤーバン王が目を丸くする。
「ははっ! 確かにそうだ。だが私は貴女とヤーバンを馬鹿にした男が許せないのでな。すまないが、私の憂さ晴らしに付き合って欲しい」
歯を見せながら笑い目を細めた彼女は幽閉塔の扉を指差すのだが、私はふいに自分の腕に重さを感じて視線を落とす。
「そういえば、私が王冠と錫杖を持っているのは変じゃないですか? というか陛下に引き渡すべき物では?」
「だから言っただろう。私の憂さ晴らしに付き合って欲しいと。そのまま侯爵には持っていて欲しい。面倒事には巻き込まないし、危険な目にも遭わせないと約束しよう」
私がヤーバン王を再度見上げれば、彼女は苦笑いを浮かべながら私の背に手を当てて幽閉塔へと誘ってくれる。
「行こう」
「?」
頭の上に疑問符を浮かべた私であるが、背後でリンがむっとしている気がした。あとで妙なことになりそうだなと小さく笑っていると、更に背後で圧倒的な気配を感じる。
「馬鹿の反応が楽しみね」
「だね~ナイちゃんに働いた無礼を清算して貰わないと~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんがくすくす笑っていた。私の頭の上でお婆さまが『命はあるのかしら?』とぼやいているのだが、勝手に命を奪うのは問題アリなのでお婆さまにはダリア姉さんとアイリス姉さんを全力で止めて欲しい。お婆さまが私の頭の上から肩の上に移って私の耳元で囁いた。
『無理よ、できるわけないじゃない! 怒った彼女たちは凄く怖いんだもの!!』
どうして私の心を読んでいるのかと言いたいが、アホ毛を握っていたので気持ちが伝わりやすい状態となっていたのだろうか。お婆さまは怖い怖いと呟きながら、また私の頭の上に戻って行く。歩を進め幽閉塔に入るための階段を上り、扉をヤーバン王が開いてくれて中に入った。もわりと身体に纏わりつく湿気を感じながら、地下と上階に続く階段を私は眺めていた。
「階下になる。滑りやすくなってるから足下に気を付けてくれ」
ヤーバン王の声に頷いて地下に向かう階段を下りていくのだが、持っている王冠と王錫のせいでバランスを保ち辛い。しかも段差が大きいため、直ぐにすてんと転がり落ちそうな予感がする。
ヤーバン王はすたすたと階段を下りていた。他の人に追い付こうと無理をするより、自分のペースで歩いた方が無難だなと一段一段降りているとリンの腕が伸びてきた。ひょいと彼女に私は抱き抱えられるのだが良いのだろうか。ほぼ身内と言って良いメンバーだし、周りはリンに私が抱き抱えられて移動する方がマシだと判断しているようである。
「リン。有難いけど、大丈夫?」
「平気。ナイは落ちてしまいそうだから、安心」
私が問いかけるとリンは小さく笑いながら答えてくれる。危なっかしさは感じないから、リンにこのままお願いするかと大人しくしていると後ろを歩いているヴァルトルーデさまがジルケさまに視線を寄越していた。
「末妹も?」
「姉御、あたしは必要ねえよ。ナイみてえに落ちねえからな!」
確かに同じ身長のジルケさまには幽閉塔の階段の段差は大きい。ただ私より軽快に降りているし、ご本人もプライドがあるようである。ちょっとヴァルトルーデさまに抱えられているジルケさまを見たかったけれど、ご本神さまが否定するなら大丈夫だろう。
そうして二分ほど階段を下りていれば、エーレガーンツ王が囚われている最奥の牢へと辿り着く。リンは私をゆっくりと下ろしてくれ、ヤーバン王が中に入ろうと言えば扉の前に控えていたヤーバンの兵士の方が動いてどうぞと牢の中へと促してくれる。
入る前、私は皆さまの一番後ろになるようにとヤーバン王が告げた。指示に従って私と侯爵家一行は一番最後に入ることにした。
ヤーバン王が大股で牢の中に入って行くのを確認し、次にディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんに、ヤーバンの兵士数名が入って行く。私も彼らのあとに続くのだが、牢の中にいるであろうエーレガーンツ王は全く見えなかった。前へと進んでいた皆さまが立ち止まれば、じゃりじゃりと鎖が動く音が響いた。
「困り果てているようだなあ! ヤーバン王よっ!」
エーレガーンツ王の凄く元気そうな声が牢に響く。おそらくヤーバン王とディアンさまたちの前では鉄格子の中にいるエーレガーンツ王がいるのだろう。鎖の音はエーレガーンツ王が鉄格子の側に寄ってきた音のようだ。重要なことを聞き出せず弱ってしまえばヤーバン王は困るから、エーレガーンツ王が元気であるならなによりだ。一応、元王さまなので酷い扱いは受けていないはず。
「そうだな。王冠と王錫が見つからず難儀している。一体、どこに隠したのだ?」
ヤーバン王は喜色に溢れているエーレガーンツ王に辟易しているのか普段よりトーンを落としていた。ただヤーバン王はエーレガーンツ王の勘違いに付き合うようだ。
「ははは! 簡単に吐くと思うかね?」
「そうだな、全く困ったものだ。だから今日は亜人連合国の者を頼って、エルフの秘儀で口を割って貰おうと彼らを呼んだ次第だ」
エーレガーンツ王は随分と自信満々である。どうやら王冠と錫杖を隠した場所は絶対に見つからないと高を括っているのだろう。ヤーバン王は余裕を持っている彼に対して少し調子を落としたかと思えば、後ろを振り返ってダリア姉さんとアイリス姉さんの方を見た。
エルフのお姉さんズは待っていましたと言わんばかりに魔力を練って圧を放つ。ヤーバン王は凄いなと言う顔になり、牢の中のエーレガーンツ王は少し慌て始めたようだ。
「な、無理矢理に私の口を割らせようとは卑怯な!!」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが圧を放ったことでエーレガーンツ王は慌て始めた。そしてヤーバン王とお姉さんズはここぞとばかりに彼を追い詰めに入るようである。ディアンさまとベリルさまはほどほどにと言いたそうだが、お姉さんズはなにを言っても止まるまいと見守りに徹するようだ。
「好きに言えば良いさ。我らヤーバンは野蛮なのだろう?」
「あら。それなら私たちも野蛮ということにならないかしら?」
「ん~女の子に男を宛がう真似をした人間に言われたくないよねー」
女三人寄れば姦しいと言われているが、ヤーバン王とダリア姉さんとアイリス姉さんが手を結ぶとは。相手はかなり肝が冷えているだろうなあと、皆さまの隙間からエーレガーンツ王の顔を見た。
「ま、その必要もないのだけれどね」
「あたしたちの力を使うまでもないよね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが軽い調子で告げれば、皆さまが一歩、二歩と右か左に移動した。私は動かないまま、王冠と錫杖を手に抱えたままである。そうして私の前を遮っている方はいなくなり、鉄格子越しにエーレガーンツ王の姿がはっきりと見えた。
エーレガーンツ王は以前の姿のままである。多少、衣服が乱れているけれど許容範囲内だし清潔感も保たれていた。王冠と王錫を隠した場所を吐かなければ、次は拷問という手段を取られていただろうに悠長に牢屋で過ごしていたのだなと少し呆れてしまう。ただ私が抱えていた冠と錫杖を見てエーレガーンツ王は目ん玉を零れ落としそうな勢いで目を見開き私を指差した。
「な、あ!? あ、あ、あ、アストライアー侯爵が何故エーレガーンツ王の証たる王冠と錫杖を持っているのだ!? な、何故だ! 何故、何故、何故ぇ!?」
何故と言われてもお婆さまが悪戯で私の下へと送り込んだだけである。隠さずにご自身で管理していれば今頃、絞首台に登っていたかもしれないが。まあ、なににせよ私が持っている王冠と王錫をどうしようかとヤーバン王の隣に私は立つのだった。
◇
――アストライア領・領都領主邸。当主部屋。
ご当主さまが突然エーレガーンツ王国へと旅立ってしまい、屋敷でご当主さまのお世話を担っている私、エッダは少々時間を持て余しております。とはいえ細々とした仕事があるため、サボることなどできません。
トリグエルさんとジルヴァラさまとお話をしたり、庭で過ごしているルカさまとジアさまのご様子を伺ったり、託児所の様子にユーリさまのご様子を伺うなどご当主さまが留守の場合は私が担っているのです。それらの仕事を終えて、ご当主さまの部屋のベッドメイクをしようとお邪魔させて頂いています。ご当主さまはいつも部屋を綺麗にお使いになられますし、二階は土足厳禁となっているため掃除の手間が掛かりません。下働きの皆さまも二階の掃除は楽で良いと笑っていました。
誰もいない広い部屋にある大きなベッドの側で綺麗なシーツを敷き直しながら鼻歌を奏でます。当然、誰かに聞かれていれば凄く恥ずかしいのですが、誰もいないので怒られることもないのです。
『はあ。わたくしは錫杖としてご当主さまに必要とされていないのでしょうか?』
どこからともなく、聞き慣れない女性の声が部屋に響きました。私はシーツを直している手を止め、身体を起こしてきょろきょろと部屋を見渡しますが誰もいません。
「え、どこかから声が!? 妖精さん!?」
『あ、わたくしです。壁に掛けられている錫杖です』
私が声を上げると、また同じ声色が聞こえてきました。錫杖と聞き、壁に飾ってある錫杖へと視線を向けます。
「え、はっ? 本当に?」
『嘘もなにも。確か、エッダさんでしたね?』
な、何故私の名前を知っているのですかと聞けば、いつの間にかご当主さまや皆さまの声が聞こえるようになり言葉を理解し、ついに喋れるようになったそうです。しかし最近、ご当主さまは錫杖さまを使用してくれないと悩んでいるそうな。
暫く私は錫杖さまの愚痴に付き合い、少し場を離れますと伝えて侍女長さまに知らせに走るのでした。しかし『錫杖が喋った!』と報告しても信じてくれるか分からないと頭に過るも、ここはアストライアー侯爵邸だと納得するのでした。
◇
何故、私がエーレガーンツ王国の王冠と王錫を持っているのかと問われても、勝手に舞い込んできたとしか言いようがない。お婆さまの悪戯と分かっているから落ち着いていられるものの、原因が分からなければ今頃私は右往左往していただろう。
初対面の印象が悪くてエーレガーンツ王国と上層部に関わる気は全くなかったのだが、まさかまた顔を合わせる羽目になろうとは。致し方ないと息を吐き、鉄格子の向こうにいるエーレガーンツ王と私は対面する。
「朝、起きたら私室のベッドに冠と錫杖がありました。妖精が悪戯で私の下へと運んだようです」
「は? 意味の分からぬことを……そうだ、私を騙そうとしてお前たちが結託しているのだな!?」
私の答えにエーレガーンツ王はくわっと目を見開いているが、玉座から引きずり降ろされた彼を騙す価値はどれほどあるだろう。なににせよ相手にする必要はなさそうだと私は半歩後ろに立っているヤーバン王を見上げる。彼女と視線が合えば『なにか面白いことでも企んでいるのか?』と言いたげに笑みを携えていた。面白いことは企んでいないけれど、一先ず私が持っている冠と錫杖を持つべき人に返さなければ。
「ヤーバン国王陛下」
「どうしたかな、アストライアー侯爵」
ふふふと笑いながらヤーバン王が私の名を呼ぶ。
「冠と錫杖をお返しいたします。エーレガーンツの王都を陥落させたならば、今、わたくしが持つ二品の正当な所持者は陛下です」
私の発言にエーレガーンツ王が間抜けな顔を浮かべていた。今の状況で冠と錫杖が彼のものだと、勘違いしていたようである。
「ふむ。それでも構わぬが、アストライアー侯爵が欲しいなら国ごと持つ気はないか? そもそも目の前の馬鹿な男が貴殿に失礼を働いたことが始まりなのだ」
冠と錫杖の正当所持者は王都を陥落させ実行支配しているヤーバン王で良いだろう。エーレガーンツ王国の諸侯問題は残っているが、交渉役の方たちによりオセロの盤面のように黒から白へと変わっている。
もちろんヤーバンの傘下になることを良しとせず独立を掲げる領主もいるのだが、ヤーバン王国側は彼らの意見をすんなりと認めていた。派兵している諸侯もいるようだが、籠城戦法を取れるヤーバン側の方が優位だ。
「アルバトロス王国から離れておりますし、一国を統治できるほどの手腕と人材を持っておりません……」
私は侯爵領の管理だけでも一杯一杯である。エーレガーンツ王都を譲り受けたとしても統治できるか分からない。それなら勝者であるヤーバンが統治するのが筋である。アルバトロスの陛下はヤーバンが困っているかもしれないと調査員を派遣しているから、ヤーバン王を助けてくれる方がいるのだ。
「それはヤーバンも同じなのだがなあ。まあ、無茶は言えぬか。アストライアー侯爵、其方の手の中にある物を私に掲げて貰って良いだろうか」
ふうと息を吐いたヤーバン王が肩を竦めて私の前に跪く。王さまが侯爵位持ちに跪くってどういう状況だと言いたいが、エーレガーンツ王国の冠と錫杖を持っているのは私である。
エーレガーンツ王からヤーバン王は受け取りたくないだろうし仕方ないのか。ヤーバン王は私が頭の中でなにか考えていると分かったようで、鉄格子の向こうにいるエーレガーンツ王にチラリと顔を向けて良い顔をしている。煽っているなあと私は苦笑いを浮かべて、手に持っている冠をヤーバン王の頭の上に乗せて錫杖を両手に持って前に出す。跪いたままのヤーバン王は両手を差し出したので、ゆっくりと錫杖を私は彼女の手に納めた。
ヤーバン王の護衛に就いていた数名の兵士が凄く嬉しそうな顔を浮かべ、次の瞬間にはエーレガーンツ王に視線を向けてふふんと鼻を鳴らしている。なにがあったか知らないが、彼らにエーレガーンツ王が余計なことを告げたのだろう。ゆっくりとヤーバン王が立ちあがり私を見下ろしながら小さく頷いた。彼女の頭の上にある派手な冠はあまり似合っていないが、新エーレガーンツ王としてこれから立つことになるはず。
「これで、エーレガーンツ王都はヤーバン王のものに?」
私は牢の中にいる皆さまの方へと顔を向けた。特に突っ込みも入らなかったので、そのままヤーバン王に冠と錫杖を引き渡したけれど良かっただろうか。
「詳しくはないが、話を聞く限りだとそうなるだろうな」
「ええ。人間の掟の間ではそうなると聞き及んでおりますから」
ディアンさまとベリルさまは特に問題ないと判断してくれているようだ。人間世界のルールに詳しくないけれど、彼らの中にある道理に照らし合わせても特に言うことはないようだ。
「創星神さまの使いを務めた方から譲り受けたとなれば、十分に価値はある」
ヤーバン王は頭の上に乗った冠の位置を直しながらにっと笑っている。王都を陥落したなら血染めの王冠を被るのが常のような気がするも平和に終わったなら良いかと私は息を吐いた。
「せっかくなら王都の人間の前でやっても良かったんじゃない?」
「あ、面白いね、それ!」
ダリア姉さんとアイリス姉さんは牢の中での戴冠式はつまらなかったようで、もう一度王都の皆さまの前で行っても良いのではと考えているようだ。騒ぎになるけれど……グイーさまのお告げで世界中の方に顔を知られているし、今更のような気もする。ヤーバン王がエーレガーンツを統治しやすくなるならば、見世物として行った方が良いのかもしれない。牢の中でなにか叫んでいるエーレガーンツ王を尻目に私たちはこれからのことを話し合う。
「さて、そろそろ外には諸侯軍が辿り着いている頃だ。興味があるなら、貴殿らも壁の上に立ってみるか?」
ヤーバン王の声に私は頷いた。このままアルバトロス王国に戻ってヤーバンが負けたとなれば、とんでもないことになるはず。できる限り見届けておきたいと、私たちはヤーバン王にお願いしますと告げるのだった。
◇
――なんということだろう。エーレガーンツ王国が他国の手に渡るなどと。
少し前、緊急で陛下からヤーバン王国と戦を始めるため、各地の領主は戦力を供出せよと命を受けた。そうして私はとある地の領主として、陛下の命に従うため領軍を編成して王都に向かっていた。途中、エーレガーンツ王都が落ちたと連絡を受けたが信じられないため、撤退はせずそのまま移動を続けていたのだ。そうして辿り着いた王都の外で信じられないものを私は目にした。
エーレガーンツ王都を囲む壁の上にはヤーバン王国の国章が靡いている。本来であれば我が国、エーレガーンツ王国の旗が飾られているはずなのに……! 私は悔しさに歯を食いしばり、エーレガーンツ王は果たして無事かと壁の上で靡く旗をきっと睨んだ。
陥落したという王都は静まり返っている。王都から逃げようとする者もおらず、壁の外には兵士の死体もひとつも転がっていない。一体、どういうことだと困惑しつつも、やるべきことをやらねばと私は指揮官として皆に待機を命じていた。だが、あまり士気が高くなく、なにをするにしても動きが緩慢だった。傭兵も戦力として雇い入れているのだが少々柄が悪い。
これから我が領軍はどう動くべきか悩ましい。他の諸侯軍の到着を待っても良いが、陛下の命が掛かっているならば我が軍を王都へと突入させるべきか。難しい状況だと私が悩んでいれば、領軍の長を務めている者が隣に立つ。
「ご領主さま、既に王都はヤーバンに落とされております。如何なさいますか……?」
「陛下は生きておられるのか確認を取りたいのだが無理であろうか」
領軍長に私が声を掛ければ微妙な顔となる。どうやら陛下の命の確認を取るのに領軍を差し向けることを渋っているようだ。だが私の希望を叶えようと少し間が空いて彼が口を開く。
「ならば、夜を待ち斥候を王都へ送るのが最良かと。無暗に軍を動かしてヤーバンを刺激するのは悪手でございましょうし、王都の壁の上から攻撃を受ければ我々は不利となります」
確かに夜であれば斥候や隠密を王都の中に放つことができるはず。そうして城へ侵入して陛下を助けることができれば、エーレガーンツ王国は滅ぶことはない。
陛下か王子殿下が生き残っていらっしゃれば、エーレガーンツ王国は再興できるのだから。確かに陛下は王として少々足りない所があったかもしれないが、私にとって彼は唯一無二の王である。だから陛下が無事でいるようにと願い、どうにか彼を助け出せないかと思案する。
「一発で戦況を覆すような腕の立つ魔術師はおらんのか?」
ふと妙案が浮かび領軍長の顔を見れば、彼がまた微妙な顔を浮かべた。
「時間がなく、腕の立つ魔術師を手配できませんでしたからな」
彼の回答を聞き、私はぐっと歯を噛みしめた。ならば全軍を上げ王都に入り城まで一気に駆け抜けて中に入るしかないだろうか。魔術師も連れてきているが、一発の魔術で戦況を覆せるような者はいないようだ。腹を決め、動くしかないと全軍突入の準備をと私が声を上げたその時だった。
「外にいる者たちに告ぐ! 私はヤーバン王、アレクサンドラである!」
風に乗りヤーバン王を名乗る声が聞こえてきた。どこにいると私も領軍長も軍の皆も顔を動かしていれば、どこからともなく『壁の上、正面!』と誰かが声を上げる。声に導かれ正面にある壁の上を見上げれば、誰かが立っている。何人か立っているようだが顔まで確認できない。
「エーレガーンツは落ちた! エーレガーンツ王の証である冠と錫杖は私の手中にある! よってこの地の支配はヤーバンが担うことになった! 納得したならば去れ! 出来ぬならば相手をしよう! さあ、貴殿らの意見は!?」
離れているというのにはっきりと聞こえるヤーバン王の声は堂々としたものである。だが、エーレガーンツの王冠と王錫がヤーバン王の下にあるとしても、私はエーレガーンツ王国に忠誠を誓う貴族である。
そう簡単に捨てられるものではないと、一歩二歩と歩みを進める。領軍長が前に出ては危ないと私を諭しているが、これで私が死ねばヤーバンは卑怯者だと噂が流れるだろう。ふっと笑って恐怖を振り払い、領軍の前に私は一人立つ。
「私はエーレガーンツ王国に忠誠を誓う者! 一つ、ヤーバン王に問う! 陛下は生きておられるのかっ!?」
「生きている!」
私の疑問にヤーバン王が即答するが、陛下の御身はどうなっているのだろう。私は歯噛みして叫びたい気持ちをぐっと堪える。
「陛下と王族の皆さまの身柄引き渡しを要求する!」
「それはできぬ! 貴殿も分かっておられよう!」
私の望みが叶えられることはないのだろう。ヤーバン王からすれば不穏分子をみすみす逃しただけなのだから。ならば……と私の後ろにいる領軍に視線を向けた。
「領軍、突撃せよぉ!」
私の声に領軍長が『我に続けぇ!』と声を上げるものの領軍の士気は低かった。だが、二千からなる領軍である。王都へ突入さえすれば城まで辿り着けるし、城に入ればこちらのもの。
壁の上にいるヤーバンの兵士は物凄く少ない上に、武装している兵士はいるが弓も持っていない。ヤーバン王国は野蛮と言われて久しいが、閉じ籠り過ぎて過大評価されていただけのこと。王都を落とせたのも、陛下を捕らえられたのも、ただの偶然に過ぎぬのだ。私の命に従って領軍の者たちが前へと進んでいる。よし、大丈夫。人数で勝てると私は確信を持つ。
「え?」
ふいに、壁の上から凄い圧が発せられていることに気付いた。なんだこれと考えている間もなく、壁の上では巨大な魔術陣が現れ青白い色をした光が放たれていた。
「も、もしかして……五節の魔術を扱える者がいるのか……た、退避! 退避だ!! 逃げろぉぉおおおおおおおお!!」
領軍長も気付いて声を上げるのだが、逃げて間にあうのだろうかという疑問が頭を過る。壁の上から感じる魔力の奔流に足も身体も動かず、ただ巨大な魔術陣に目を奪われていた。
そうして丸い魔力の塊が壁の上に現れ術者から放出された魔術は、我が領軍の頭上を物凄い速さで抜ていき遥か遠くの地平線へと消える。私の周りには腰を抜かして動けなくなっている者、逃げようと地面に手足を着いて元来た道を進んでいる者、気絶している者と、二千からなる領軍の戦意をたった一発の魔術が奪い尽くすのだった。嗚呼、我々の戦いはこれで終わりだ……。