魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
私たちの目の前には、領軍を纏め上げ出征してきた領主さまが捕縛され地面に膝を突き、腕は後ろへと回されて拘束されている状態でいる。彼らの戦意を削ぐために放った私の魔術――威力は削いだため殺傷力はナシ。空砲みたいなものだ――はヤーバン王曰く『削ぐどころか、喪失させているな!』と教えてくれた。
確かに魔術を放って暫くすると白旗が上がり、武装解除する旨を相手の使者がやってきたのだ。私たちはエーレガーンツ王都の壁の上から降り、出征してきた領軍の皆さまの前で話し合いの場に立っていた。
私がいると面倒になりそうなのでヤーバン王には立ち合いを断ろうとしたが、彼らの戦意を喪失させたのは私だから一緒にきて欲しいと請われてしまった。
仕方ないのでヤーバン王とヤーバンの精鋭の兵の皆さまと王都の外へ出向いているわけだが、捕虜となった皆さまは元気そのものである。で、相手の指揮官である領主さまはヤーバン王の頭の上にある王冠と手元の錫杖を見て、状況にようやく納得したようだった。さて、捕まったご領主さまの開口一番はなんとおっしゃるのだろうか。
「エーレガーンツ王は生きておられるのか!?」
領主さまは必死な顔でヤーバン王に問うている。エーレガーンツ王を慕う方がいたのだなと私が感心していると、ヤーバン王がふんと鼻で笑う。
「生きている。幽閉塔生活にいつまで耐えられるか分からんが」
「そうか。陛下を……彼をどうするつもりだ!?」
「さて? どうするも、こうするも、我々ヤーバンの自由だ。あの男はアストライアー侯爵にも無礼を働いたから、彼女がどうしたいかも加味するがな」
領主さまとヤーバン王が私にちらりと視線を向けた。私はエーレガーンツ王のこれからに興味はないので、ヤーバンの自由にして頂いて良い。二柱さまも興味がないようで関知してこないし、ソフィーアさまとセレスティアさまもなにも言ってこないのでアルバトロス王国的にもエーレガーンツ王がどうなっても構わないようである。
ならば、私の答えは煮るなり焼くなりヤーバンのお好きにと答えるしかない。私にエーレガーンツ王がやらかしたことは忘れれば良いだけである。しかし目の前のお方は何故、エーレガーンツ王に固執しているのだろうか。他のエーレガーンツの諸侯の皆さまは早々に、彼の国の傘下から離れて独立すると宣言しているのに。
「エーレガンツ王の処分はヤーバン王国にお任せします。王都を落としたのはヤーバンですので」
何度も言っている気がするが、エーレガーンツ王の処遇はヤーバンが決めれば良いことである。ダリア姉さんとアイリス姉さんは私が希望を述べないことに不満そうだけれど、正直碌でもない方の相手をしたくないというのもある。お婆さまによってエーレガーンツの王冠と錫杖が私の下に届かなければ、この場には立っていなかったので、私たちアストライアー侯爵一行は部外者である。
「なら目の前の男はどうする?」
ヤーバン王が顎で目の前の領主さまを指して私に問うた。目の前の領主さまの処遇も興味がないのである。彼の領地で珍しい食べ物でも育てていたなら興味が湧くけれど……美味しい食べ物を育てたり作ってはいなさそうだ。とりあえず捕らえた皆さまをどうするのかと私はヤーバン王ともう一度視線を合わせた。
「陛下はどうなさりたいのですか?」
「私? 私か。正直、相手をするのが面倒だ。直ぐに白旗を上げたしなあ。根性なしめ!!」
ヤーバン王が唇を尖らせながらつまらないと言ってのけた。目の前の領主さまの顔が青くなっており、ヤーバンと剣を交えていた場合の状況でも考えているのだろうか。
領主さまの部隊は領軍と傭兵の混成部隊のようだし、装備も揃っていない方が多く練度に期待はできそうにない。ヤーバンと一戦交えていても直ぐに降参していそうだ。まあ私が大出力の魔術で彼らの心を折ってしまったため、ヤーバン王国の出番はなかったけれど。
ヤーバン王もヤーバンの兵士の皆さまも心が折れてしまったご領主さまの処遇に然程興味はないようである。さっさと引き上げてくれないかという空気を醸し出しており、つまらなそうな顔を浮かべている。私も目の前のご領主さまには興味がないため、どうしようかと考えていると、ふいに頭の引き出しが開いた。
「捕虜として身代金を要求しますか? 確か貴族位の方を捕虜にした場合の常套手段でしたよね?」
私がソフィーアさまとセレスティアさまの方を見ると、お二人は頷いてくれた。本で読んだのか、前世の知識だったのかは忘れたが、お貴族さまを捕虜にした場合は殺さずに、釈放を条件にお金をせびるそうである。確かに命を奪ってしまうより、お金を頂いて活用した方が世の中のためだろう。
「だが、我々ヤーバンは交渉事に不慣れだ……」
ヤーバン王が情けない顔を浮かべているのだが、練習がてらに交渉のテーブルに着いてみてはどうだろう。相手は領主さまのご家族か後ろ盾の方になるだろうから、海千山千の一国の王さまと話合うわけではない。身代金を出し渋れば実力に訴えるだけ。私がヤーバン王と話していれば、身代金をふんだくることを腹に決めたようである。
「む。やってみるか。アルバトロス王国の相談役殿に頼り切りというわけにもいかぬしな」
少し自信のなさそうなヤーバン王は珍しい。ヤーバンが本気で毟り取るならばダリア姉さんとアイリス姉さんにお願いしてみれば良いと私は助言を述べておく。
エルフのお姉さんズは『面白そうね』『協力するよ~?』と軽い調子で乗ってくれているので、ヤーバン王が困ることはなさそうだ。むしろ困るのは目の前の捕らえたご領主さまである。全身の毛を毟り取られてくださいと私はご領主さまに視線を向るとヤーバン王が彼の首根っこを掴んだ。
「ヤーバンは貴様らの頭を捕らえた! この男を取り戻すという気概のある者はこの場に残れ! なければ領地へさっさと戻れ! 戻らぬならばヤーバンの戦士が貴様らを狩ろう!!」
ヤーバン王がご領主さまの身体を持ち上げる。武装した成人男性を女性が片手で持ち上げるとは驚きだ。ご領主さまはなされるがまま黙っているので、なにを考えているか分からない。
ただ集まった領軍の忠誠心が低い方や傭兵の方たちはヤーバン王の声に呼応して、元来た道をぞろぞろと歩き始めていた。ご領主さまの身柄を強奪する気はないようで、ヤーバン王がつまらなそうな顔で戻って行く彼らを見ている。――一先ず。
「今回の一件は終わりでしょうか」
「すまんな、アストライアー侯爵。関わる気はなかっただろうに」
私がヤーバン王の顔を見上げると、彼女は片眉を上げて苦笑いになる。いつの間にか彼女がぷらーんと下げていたご領主さまはヤーバンの兵士の方が預かっており王都に連行するようだ。まだヤーバン王国は周辺諸侯の皆さまとの話し合いがあるはずだから、ヤーバン王が母国に戻るのは暫く掛かりそうである。
「いえ。原因はお婆さまですから。王冠と王錫がまた私の下にこないことを願うばかりです」
苦笑いを浮かべながら私がお婆さまの方へと視線を向けると、ディアンさまとベリルさまが申し訳なさそうな顔をし、ダリア姉さんとアイリス姉さんはお婆さまをつんつんしている。当の妖精さんは『妖精だもの仕方ないじゃない!』と言いたげだが、ダリア姉さんとアイリス姉さんが怖いのか小さくなっていた。
「ヤーバンは助かった。王冠と王錫の行方が分からなかったからな。これで王都に住む民や諸侯を納得させることができるはずだ」
「もし見つからなかった場合はどうするおつもりだったのですか?」
「もちろん、力を見せつけて従わせるまでよ!」
カラカラと笑うヤーバン王に私は苦笑いを浮かべていればディアンさまが半歩前に出てきた。どうしたのだろうと私とヤーバン王が首を傾げていると彼がおもむろに口を開く。
「少し相談だ」
彼の少し後ろにはベリルさまも控えている。改まった様子だし一体どうしたのだろうかと私とヤーバン王は顔を見合わせたあと、ディアンさまの方へと視線を向けた。
「代表殿、如何なされた?」
「どうしましたか?」
「グリフォンを国獣と定めているヤーバン王国であれば、竜が住み着いても問題はないだろうか?」
ヤーバン王と私が彼を見上げると少しだけ間を置いてからディアンさまが言葉を紡いだ。彼の声を聞いたクロは私の肩の上で尻尾をべしべしと私の背に打ち付ける。
普段より強めの威力だから、竜が増えていると分かりクロは嬉しいのだろうか。私が預かっている卵さんに変化はまだ訪れていないが、卵から孵った彼らがヤーバンに移住することもあるのだろう。ヤーバン王の返事次第だけれど。
『狭くなっているもんねえ~ボクからもお願いするよ~』
クロはべシンベシンと私の背を尻尾で叩き続けている。ディアンさまとベリルさまはヤーバンであれば竜を無下に扱わないと理解しているか、ヤーバンで竜を従える強者がでてくるとも考えているのだろうか。ヤーバンの方なら竜のお方を従えて広い野原を疾走しているか、一緒に空を飛んでいそうである。ヤーバン王はディアンさまとクロの顔を見ながら凄く良い顔で口を開いた。
「なんと! この上なく良い話だ! アストライアー侯爵、構わないか?」
「構わないもなにも、陛下次第かと。あとは竜の方たちのお気持ち次第です」
何故かヤーバン王が私に問うたため、苦笑いで彼女に私は返事をした。どうしてヤーバン王は私に許可を取るのだろうか。亜人連合国の竜のお方たちの意思次第だというのに。
ディアンさまとベリルさまから打診があっても移り住むであろう竜の方が気に入らなければ、ヤーバン王国に居着くことはないはずだ。ただヤーバン王が凄く楽しそうな顔で竜のお方の背に乗り、大地を疾駆している姿を見たくはある。ポチとタマなら彼女と気が合いそうだし、ディアンさまの話はこれからどうなることやら。アルバトロス王国でも隊長さんに懐いている小型の竜の方がいると報告がきている。
「すまないな。貴国であれば無下に扱う者はいないだろうと判断させて貰った。もちろん迷惑を掛ける竜がいれば我々が対処する」
ディアンさまが申し訳なさそうな顔をしてヤーバン王に迷惑はなるべくかけないと伝えれば、彼女は凄く愉快そうに笑った。
「至れり尽くせりではないですか! ジャドさまが言葉を操るようになり我々は凄く助かっているのだが、更に竜のお方まで飛来されようとは! この上なく光栄だ!」
「ヤーバンに移り住むかどうかはまだ分からぬが、いずれ貴国に居着く者もいよう。アルバトロス王国のヴァイセンベルク辺境伯領のようにな」
そんなこんなでヤーバン王国にも竜のお方たちの居場所ができそうで良かったと笑い、エーレガーンツ王都で美味しい食べ物や料理があれば教えてくださいとヤーバン王と約束を交わしてアルバトロス王国へと戻った。
お婆さまのお陰で大変なことになったけれど収まるところに収まったようだと私は息を吐く。さて、今度はセボン子爵の晩餐会の件かなあと執務を捌きながら数日過ごしていれば、エーレガーンツ王国の王都にやってきた某領主さまが治める――ヤーバンに隣接している所だそうな――土地をいらないか? と問い合わせがあったとヤーバン王から手紙が届くのだった。
――どうなるかな?
◇
エーレガーンツ王都の地が欲しくないかと問われても、全く興味がないというのが私の意思だ。ヤーバン王からの知らせはありがたいけれど、ヤーバンで統治が難しいならば、アルバトロス上層部に相談を持ち掛けてみてはと返事をしておいた。
ちなみに王都まで領軍を率いてきたご当主さまの家族に身代金を要求したところ、エーレガーンツ王の肩を持つ当主なんて必要ないと支払いを拒否したそうである。その話を聞いたご当主さまは凄く凹んでいるとか。確かに家族から見捨てられれば悲しい気持ちが湧いてしまうが、ご家族の反対を押し切って兵を挙げたようだから当然の回答なのだろう。
ヤーバン王国はエーレガーンツ王国の王都をどう扱うのか考え中のようだ。ヤーバンに隣接しているエーレガンツ王国諸侯の領地と交換する話も出ているようで、話し合いの席に着いているとか。ヤーバン王は話し合いは苦手なようで、窮屈だと手紙に愚痴を零していた。頑張ってくださいと返事に記しておいたが、はてさてどうなるのか。私は見守るだけである。
転移でエーレガーンツ王国から戻って数日、忙しい日々を過ごしつつ日常へと戻っている。
朝起きてご飯を食べ、お昼まで執務室で領主の仕事を捌き、お昼ご飯を食べ、自由時間となりユーリと遊んだり庭に出てお茶を嗜んだり。そして夜ご飯を食べてお風呂に入って寝床に就く。そしてまた起きてご飯を食べて、執務室で作業をこなし、お昼を食べて自由時間がやってきた。
自室の机にはH国から頂いた料理のレシピを並べてある。部屋にはジークとリンとクレイグとサフィールとクロとアズとネルにロゼさんとヴァナル一家が顔を出しており、幼馴染組は机に並べられているレシピに視線を落としている。クレイグが机に並べられているレシピの一枚を手に取り流し読みをして私に視線を向けた。
「また飯関係かよ。ナイは本当に食い意地張ってんな……」
クレイグが呆れているが、ご飯が一番の楽しみだから仕方ない。H国では香辛料を使ったレシピが数多く存在しており、見たことも聞いたこともない料理が多かった。
H国には侯爵家が使用しているレシピも渡して、もし好みに合わなければH国の方の口に合うようにアレンジしてみてくださいと伝えている。上手くいけばアレンジ料理を私も口にできるから、レシピを渡した後悔はしていない。楽しみだなと私が笑っているとサフィールが苦笑いを浮かべながら私を見てクレイグへと視線を移す。
「でも僕たちも美味しいご飯を食べれるし、珍しい料理も口にできるよ。時々、とんでもない品が出てくるけれど……」
「ナイの興味に付き合わされてるだけだかんな、ソレ。フソウの料理はピンからキリだよなあ……」
サフィールとクレイグが遠い目をしてどこかを見ていた。おそらくフソウの納豆を思い出しているようである。フソウの料理は彼らにとって独特のものらしい。納豆しかり、毒を持つフグを食べる文化だったりが不思議なのだそうだ。おそらくゴボウもゴボウ本体をみれば、木の根を食べていると勘違いするかもしれない。そして最たるフソウ食材が納豆だろう。
私も納豆はあまり好きではないから彼らが遠い目になるのは理解できる。フィーネさまのように納豆をなんでも料理に入れようとするチャレンジ精神は持ち合わせていないし、毎日食べたいとは思わない。納豆を好きな方には申し訳ないが、本当に最初に食べた方は偉大だ。私は納豆に想いを馳せつつ、H国から頂いた一枚のレシピを手に取った。
「カレーのレシピはないけれど、カレーに近いレシピは貰えた。多分」
私が手にしたレシピにはカレーとは書かれていないが、カレと記されている。作る過程を読んでみれば、カレーのように煮込んではいないものの、バターと香辛料と鶏肉を使ったものだ。私がカレーと気付けたのはナンの作り方が一緒に記されていたからである。ふふふと私が笑っていると、クレイグが懐疑な顔を浮かべて片手を腰に当てている。
「なんだそりゃ?」
「香辛料料理だよ。辛いのが基本だけれど、地域でいろいろと種類があるはず?」
「なんでナイが疑問形なんだよ!」
「南の料理の全てを知っているわけじゃないからね」
クレイグと私がボケツッコミを交わしていれば、サフィールがまあまあと宥めてくれる。クロたちは人間のご飯に興味はないようだけれど香辛料に興味を示していた。
味見をしてみるかと瓶に入った香辛料を手渡せば興味深そうに口にして『辛い』とか『酸っぱい』と顔を顰めていた。面白い顔になっていたので、写真の魔術具に納めている。やんややんやと三人で話していると、ジークが不意に私の顔を覗き込む。
「そういえば、エーリヒになにを聞いたんだ?」
「南大陸でカレーっぽいレシピを見つけましたって手紙に書いて送っておいたんだけれど、カレーパンを作れないかなって相談も送っておいた」
ジークの問いに私が答えると、彼は『エーリヒに無茶を頼むのはほどほどに』と少し困り顔になっていた。確かにエーリヒさまには随分と無茶な要求を送っているのだが、料理男子故か知識量が私より上なのだ。頼りにしてしまうんだよなあと目を細めるものの、彼は割とちゃっかりしていた。
料理男子らしく彼が目的の品があれば教えて欲しいとお願いされるのだ。もちろん無理のない範囲でだし、私は彼を頼っているので問題は全くない。むしろレシピまで頂いているし、エーリヒさまには足を向けて寝られない。フソウでうどんにカレーを掛けても美味しいし、カレー粉を作れたならばカレー味のから揚げとか他にも料理のバリエーションが広がるはず。
「貰ったレシピはスープカレーっぽいから、粘り気が出せると良いんだけれど……小麦粉、いや片栗粉を入れれば解決できるのかなあ」
口の中に涎が溢れてくるが、果たして解決策を見つけられるだろうか。解決策を見つけて上手くいけばカレーパンを食べられるはず。北大陸のミズガルズ神聖大帝国の料理はロシア料理っぽいから、ピロシキ系のレシピを頂ければパンの代わりにできるのだ。
何故、私がこんなことを知っているかといえば、前世の某動画サイトで日本人の方がカレーパンをロシアで作っていたからである。そしてパンはピロシキの生地で代用していたからだ。
お野菜ゴロゴロカレーパンは美味しいだろう。そして北の料理もボルシチとかペリメニとかも美味しそうだし、夏の間に酢漬けやジャムとか保存料理を作り込むらしい。今度、ミズガルズの皇女殿下にレシピを教えて欲しいとお願いしてみよう。
「ナイは本当に食べ物に詳しいね。ナイの知っている料理はほとんど美味しい」
リンが私の隣で小さく笑っているが、微妙に引っ掛かる物言いである。ほとんどということはリンにとって苦手な料理があったということではなかろうか。ふいに気になって私はきちんとリンと視線を合わせた。
「リンに苦手な食べ物あったっけ?」
「ナットウは苦手。あとは……脂の多いお肉は少し遠慮したい」
フィーネさまには本当に申し訳ないが納豆は不評のようである。しかしリンはお肉の脂身が苦手だったとは。今まで普通に食べていたから気付かなかったのだが、今まで言い辛かったのであれば良い機会か。とはいえお肉の脂身の甘さを知っている身からすれば人生を損している気がする。
「お肉の脂身美味しいのに」
フソウですき焼きがないか探そうか、なんて考えていたのに、脂身が苦手であればリンはすき焼きは好きになれないかもしれない。お肉の声で毛玉ちゃんたちがむくりと床から起き上がって、お肉と目を輝かせている。
「毛玉ちゃんたちには手作りジャーキーかな。フソウに行く時に松風と早風にも差し入れしないとね」
『おいちい!』
『たべちゃい!』
『いっちゃい!』
私が毛玉ちゃんたちに伝えれば、手作りジャーキーは好評なようで沢山食べたいようである。ジャーキー以外にも鳥肉を茹でただけのものをおやつにしているのだが、毛玉ちゃんたちはなんでも美味しいと言っている気がする。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは成獣のためか、ご飯は魔素で十分得ているためお腹が空くことは滅多にないらしい。クロとアズとネルも魔素と果物で十分栄養を摂れていると主張しているし、幻獣や幻想種の皆さまの食生活は満たされているようである。私の魔力が阿呆ほど増えているからのように思えてならないが、お腹が満たせているならば構わないだろう。
「また作るから、少し待っていてね」
私が毛玉ちゃんたちに伝えると、嬉しいのか床の上でくるくる三頭回っている。目を回さないか心配になるくらい回っているのだが、飽きてしまったようでピタリと三頭の動きが止まる。どうしたのかと彼女たちを見ていれば、今度は三頭でワンプロを始めた。あまりに自由過ぎる行動に私たち幼馴染組は顔を見合わせた。
「毛玉は自由」
「自由が過ぎるような気もするがなあ」
リンが目を細めて渋い顔で短く告げ、クレイグが肩を竦める。ジークとサフィールと私は苦笑いを浮かべるに留めていた。
「そう言えば、冠と錫杖の一件は片付いたけどよ、セボン子爵さまとデグラス伯爵さまの件はどうなったんだ?」
クレイグが凄く面倒そうな顔になっているが、経過がどう進んでいるのか気になるようである。私は隠すことではないから正直に彼に話そうと視線を合わせる。
「セボン子爵が主催している晩餐会の招待状が届いていたから、参加するって返事をしておいた。晩餐会に赴く準備をそろそろ始めなきゃね」
「ナイの興味は飯だから、確かに美食倶楽部の主催者が気に掛けるのは理解できる。けどよ謁見場でナイの行く手を阻むってなに考えてんだ?」
クレイグが椅子の背凭れに背を預けて腕を組んだ。ジークとリンもクレイグと同じ考えなのか『本当にな』『意味が分からない』と言いたげである。サフィールは少し不思議そうな顔をしてクレイグを見ていた。
「急に止まれなかっただけ、とか? 確か凄く大柄な伯爵さまなんだよね?」
サフィールはデグラス伯爵さまの顔を知っているようだ。デグラス伯爵さまの容姿を凄くオブラートに包んでいた。
「なわけあるかよ、サフィール。伯爵位の奴が侯爵位を持っている奴の前を遮るかって話だからな」
「あ、そっか。確かに爵位が上の方には安易に近づかないよね」
「ん。功績やらで、ちと変わることもあるが、ナイはいまやアルバトロス王国どころか全大陸で貴族の頂点に立っていると言っても良いからな。そんな奴の前を横切るなんざ、自殺行為だって子供でも分かってるだろ」
クレイグが例えた私の立ち位置に抗議したいけれど、全大陸の国々に私の名前が知れ渡ってしまったのは事実である。いろいろと貢物やら贈り物がアルバトロス上層部に届いているようだし、これから先、アストライアー侯爵家と接点を持とうと躍起になる方が確実にいるはず。
と言っても、縁を繋げるべきかどうかは家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに選別をお願いして私は最終判断を下すだけ。先ずはセボン子爵さまが主催する晩餐会に乗り込もう。そしてデグラス伯爵さまは私になにをしたかったのかを聞き出せれば良いのだが。
「本当にナイの周りでいつもなにか起こっているな」
「うーん、でもトラブルが起こって今の立場を得ているから、良いことだとも悪いことだとも言えないかも」
呆れ顔のクレイグに私は肩を竦める。本当にトラブルを乗り越えて今の場所にいるため、良いことも悪いことも含めて感謝しなければならないだろうか。面倒も多いけれど、ちゃんと見返りはあるので頑張ろう。
「晩餐会で美味しい料理があると良いなあ」
「口、肥えてるからな。子爵位主催の晩餐会で満足できるのか見物だな。話、楽しみにしてる」
そんなこんなで幼馴染とのお昼の時間が過ぎて行くのだった。