魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――セボン子爵邸・執務室。
美食倶楽部に資金提供してくれているデグラス伯爵閣下はアストライアー侯爵との接触を諦めていない。私は彼の願いを叶えるべく、定期的に美食倶楽部が主催する晩餐会参加の招待状を届けているのだが、毎度つれない返事がくるのみであった。
そろそろ諦めて欲しいと願うものの運営資金を投じてくれている手前、彼の願いを私は無下にできなかった。今し方、我が家の家宰がアストライアー侯爵から手紙が届いたと私の下へ差し出したのだが、色よい返事は期待できまい。ペーパーナイフを手に持ってアストライアー侯爵から届いた手紙を開封し中身を取り出す。綺麗に二つに折られた紙を開き私は一度目を閉じる。
「また、断られているのだろうなあ……はあ……ひょわっ!!!」
目を開けて文字を追っていくと、晩餐会に参加しますという旨が記されていた。本当に!? と自分の目を疑い目を指で掻いても、手紙には同じ文字が踊っている。まだ信じられないと執務机の前で控えている家宰に読んでくれと頼めば、初老を過ぎた男はアストライアー侯爵の手紙を低い声で読み上げる。
「晩餐会に参加したく……――え? 本当、ですか!? 今までさんざん断られていたというのに! ご当主さま、これは奇跡でございます!!」
普段、取り乱さない家宰が慌てた様子で手紙と私の顔を行き来させている。私も信じられないが、家宰が手紙を読んでくれてようやく理解できた。本当だ、本当にアストライアー侯爵は私が主催する美食倶楽部の晩餐会に顔を出してくれる!
「ああ、そうだな! 本当に奇跡だ! アストライアー侯爵の名声はアルバトロス王国のみならず西大陸を越え、全ての大陸に名を轟かせている! そんな彼女が私が主催する晩餐会に参加したとなれば、周りの者たちの目はどうなるのか……!」
私はぐっと拳を握りしめ嬉しさのあまり席から立ち上って家宰と視線を合わせた。さして功績もない子爵家であるが、上手い食べ物に目がない私は同じ意思を持つ貴族を誘い美食倶楽部を立ち上げた。倶楽部を立ち上げてから十年近く時間が過ぎているのだが、これほど嬉しいことがあっただろうか。侯爵が美食倶楽部を認めてくれれば、興味を持つ貴族が増え資金提供者も増えるだろう。
そしてなにより、侯爵は大陸中から食品や珍しい食べ物を買い付けていると聞く。侯爵に気に入られれば手に入り辛い品を確保できるはずだ。
アルバトロス王国の一大商人であるフェルカー伯爵すら手に入れられない品を彼女は得ている。上手く取り入れば品を融通して貰えるし、侯爵の独自ルートを私に教えてくれる可能性がある。それに侯爵位の者が美食倶楽部の後ろ盾となれば、デグラス伯爵よりも資金を多く払ってくれるかもしれない。これは本当に奇跡であり、私にとって飛躍の機会だと笑いが止まらない。
「ご当主さま、しかしアストライアー侯爵閣下が屋敷の料理人が作った品で満足してくださるのでしょうか?」
家宰がふいに真面目な顔になり私に問うた。お前の気持ちは理解できる。侯爵位を持つナイ・アストライアーであるが、彼女は特殊な貴族故に子爵位の私でもチャンスはある。
「侯爵は貧民街からの成り上がり。そして貴族の当主になって三年ほどだ。生まれてずっと貴族の食事に慣れている我々とは違う。最高の品でもてなせば、彼女はきっと喜んでくれるはずだ!」
「はあ……そうだと良いのですが」
ふふんと説明を終えた私を見る家宰の顔はいつもの冴えないものになっている。
「なにか言いたそうだな」
「先程はわたくしもアストライアー侯爵閣下が晩餐会に出席なさることに喜びを感じておりましたが、満足していただけるのかと不安になりまして」
どうやら家宰は随分とアストライアー侯爵という人物を持ちあげているようである。彼女は貴族になって三年程度だ。大陸を飛び回っているが、全ての美味い食べ物を口にしたことはない。セボン子爵家の料理人が作る品は私が厳しく指導しているため物凄く美味いのだ。その証拠に美食家といわれるデグラス伯爵閣下も満足なされている。
「貴様の言うことは理解できる。だがデグラス伯爵閣下を唸らせている子爵家の晩餐会だ。必ず、必ずアストライアー侯爵も気に入り頻繁に晩餐会に参加したいと言うに決まっている!」
私が右手を握り込んで力説しているというのに、まだ家宰には不安が残っているようだ。まあ、良い。あとは晩餐会に向け最高の食材を手に入れ、最高の料理人が腕を振るい、我らが口にするのみと気合を入れるのだった。
◇
ヤーバン王国がエーレガーンツ王国に攻め入って二週間が過ぎている。どうやらアルバトロス上層部はヤーバン王国に助言役やら交渉人やらを送り込み、ヤーバン王を助けているようだ。まさか、エーレガーンツの土地を分割管理すると言い出さないよねと考えているのだが、それはお互いの上層部が決めること。領地貴族に過ぎない私が考えても仕方ない。
――また、少し時間が過ぎ。
セボン子爵に晩餐会に参加すると返事をして一ケ月の時間が経っている。配った石に変化があったと知らせはなく、各大陸は平和そのものらしい。グイーさまは『石が直ぐに黒く染まったりせんだろ!』と気楽な声で仰っていた。ジルケさまは適当だと非難をしていたが、ヴァルトルーデさまとナターリエさまとエーリカさまは急いでも仕方ないと言った感じだ。
聖王国では一般の方に石を公開しているため、信者の方が大聖堂に沢山訪れているとフィーネさまとエーリヒさまから届いた手紙に記されていた。
エーリヒさまからは警備はしっかりしているため一般の方が触れたり盗んだりの心配はいらないだろうとのことである。一部、神職者の方が石に触れたそうにしているが、教皇猊下が目を光らせているそうだ。触れても特に問題はないので、持ってみれば良いのにと考えてしまうのは私が神さま一家と懇意にしているからだろう。信仰心の高い方は触れたくても我慢するのが普通……あれ、言っていることが矛盾している……。
まあ良いかと頭を振って、私はソフィーアさまとセレスティアさまが厳しい視線を向けている中、王都のタウンハウスの自室で侍女の方に囲まれながら着替えをしていた。
「ぐえ!」
妙な声がでたのはご愛敬である。侍女の方、エッダさんが腰の革紐とぎゅっと締め込んだのだ。コルセットを締める方もいるけれど、最近内臓に影響を与えていると分かったためか若いお貴族さまは苦しみから解放されると着用しない方が多くなっているとか。
まあ、今日は晩餐会に参加するためコルセットなんて無粋である。胃に放り込める量が減ったり、食べ残しはなるべく避けたい。美味しくなくともお野菜や生き物の命を頂いているから、確りと私の栄養になって欲しい。
「ご当主さま、痛かったですか?」
エッダさんは床に膝を突きながら革紐を手にしたまま、眉を八の字にして困り顔になっている。
「いえ、ぐっと力を込められたので驚いただけです」
「痛ければ申し出てくださいね。無理に締めるのは身体に良くないそうですから」
私が問題ないと告げれば、彼女はほっとした顔になり作業を再開した。ソフィーアさまとセレスティアさまは『ドレスを一度着て貰いたいものだな』『ええ。コルセットの窮屈さをナイに味わって欲しいものです』と肩を竦めている。
どうやらコルセットの苦しさは革帯を締めるどころの話ではないようだ。私が勘弁してくださいと苦笑いを浮かべていれば、侍女の方たちがさっと場を離れてソフィーアさまとセレスティアさまより後ろに控えた。
「似合っているじゃないか」
「ええ。敵地へと乗り込むのです。アガレス帝から良い品を頂きましたわね」
ソフィーアさまとセレスティアさまが良い顔を浮かべていた。アガレス帝国のウーノさまからいろいろと貴族向けの衣装を頂いていたのだが、大量の服の中から選んだのはお二人である。
一部にはアルバトロス王国で買った品や亜人連合国のエルフの方たちが織った反物を使った衣装も含まれているので、晩餐会用の戦闘服と言ったところだろう。私が渋い顔をして黙り込んでいるのを察知したのか、エッダさんが胸元で小さく手を叩いた。
「異国の色を出しつつ、アルバトロス王国や亜人連合国の品をさり気なく主張しておりますね。流石、お二方です。お似合いですよ、ご当主さま」
彼女に続いて着付けを担ってくれた侍女の方たちも『素敵ですわ』『色の取り合わせも良いですね』とか褒め称えてくれる。私はちんまいので本当なら背の高いすらりとした女性が着用した方が似合うのではなかろうか。
そうこうしていると部屋の扉が開かれて、クロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭が戻ってきて、更にそのうしろに侯爵家の護衛騎士の衣装を着込んだジークとリンが歩いてくる。
クロは私の肩の上に嬉しそうに乗って『アガレス帝国っぽい服だね。可愛いよ~』と言ってくれる。ロゼさんとヴァナルと毛玉ちゃんたち三頭は良く分からないようで首を傾げていた。雪さんと夜さんと華さんは『着飾ったナイさんは珍しいですね』『これから勝負の場に出るようですからねえ』『ナイさんであれば必ず勝利を齎します』と物騒な方向へ思考を走らせているようだ。
ジークとリンは侯爵家の護衛騎士の装いであるが髪をきっちりと整えているし、外套も纏っているため凄く豪華に見えた。
「ジークとリンが外套を纏ってる姿は新鮮だね」
そっくり兄妹は背が高いし顔もすこぶる良いから豪華な服でも似合っている。私が羨ましいなあと二人の顔を見上げているとジークが少し首を傾げ、リンは私の隣に立った。
「ナイもな。アガレス帝国の衣装か?」
「可愛いよ。似合ってる」
「ウーノさまから頂いた衣装の中からソフィーアさまとセレスティアさまが選んでくれたんだ。似合っていると良いんだけれど……ソースとか落とせないね」
私の衣装の説明をしているとジルケさまとヴァルトルーデさまが遅れて部屋の中に入ってきた。もしかすればジークとリンが先に部屋へ入るようにと勧めてくれたのかもしれない。
「零すなよ、ナイ」
ジルケさまは私がソースを落として難儀している姿を頭の中で描いているようだ。凄く愉快そうな顔を浮かべて私を見ていた。テーブルマナーは身に付いているが、偶に屋敷でソースを零していたりスープを飲む際に音を立ててしまっていた。
屋敷の食堂であれば多少のヘマは見逃してくれるけれど、外に出れば気を付けながら食べている。きっと大丈夫と私は自分に言い聞かせていると、ヴァルトルーデさまはリンの反対側の位置に立つ。要するに私の隣であるが。
「美味しい料理の再現、待ってる」
ヴァルトルーデさまが真剣な眼差して私を見下ろした。今回、お仕事となるため二柱さまには同席をご遠慮願ったのである。もちろん二柱さまは女神さまなので我が儘は言わないが、明らかに美味しい料理を食べ損ねたという顔になっていた。
だからセボン子爵家が主催する晩餐会で出たお料理を覚えて帰って、調理人の皆さまに再現して頂こうと私が提案したのだ。私のその言葉を聞いた二柱さまは残念無念と肩を落としていたのに、直ぐに笑みを浮かべていたのだから現金である。
再現ができなければエーリヒさまになにか美味しい料理はないのか聞いてみよう。それかフソウに赴いて鰻重を食べに行っても良いだろう。堕ちた神さまの件も気にはなるけれど、日常を送っていかなければいけないのである。ずっと気を引き締めていたままだと倒れてしまうと笑って私は扉の前へと移動した。
「では行って参ります」
私は部屋の中側にいるソフィーアさまとセレスティアさまとヴァルトルーデさまとジルケさまと侍女の方たちに軽く頭を下げた。するとロゼさんとヴァナル一家が私の影の中へと入る。
「ああ、気を付けて」
「ナイならば、大丈夫ですわ」
「いってらっしゃい」
「行ってこい」
お二人と二柱さまと頭を深く下げる侍女の方たちの声を聞いて、ジークとリンを引き連れて部屋の外へと出る。
――美味しいご飯を食べれる……違った。果たして、セボン子爵さまとデグラス伯爵さまはどうでるのか。
◇
美食倶楽部を主催しているセボン子爵の晩餐会では一体、どんな料理が出されているのだろう。
ソフィーアさまとセレスティアさまの見解は『王家や公爵家より凄い料理は出そうにないが』『アストライアー侯爵家の料理人より美味しい料理が提供できるとは思えません』ということである。公爵家と辺境伯家出身のご令嬢だし、私にテーブルマナーを仕込んでくれているのも彼女たちだ。
晩餐会の料理に期待しない方が良いのだろうけれど、料理人の方が心を込めて作っていること、植物や生き物が命を差し出してくれているということには変わりない。きちんとお腹に入れて、料理人の方と食材には感謝しようと決めた私は王都の貴族街を馬車で抜けていく。時折、アストライアー侯爵家の紋章を見た通りすがりの方が目を見開いているのはご愛敬だろう。
『ナイは本当に有名になったねえ~』
「グイーさまに文句を言っても良いかな」
クロは外の様子を見ながら面白そうな顔をして私に問いかけた。私は私で全国家を回る羽目になった原因の方を頭の中で描きあげる。アルバトロス王国に戻って直ぐ、デグラス伯爵さまとの接触やエーレガーンツ王国の一件があったため創星神さまに報告を行っていない。
ヴァルトルーデさまとジルケさまは『ナイが使命を果たしていないなら、父さんが怒る』『親父殿は創星神だからな。見てなくとも直感するぞ』と言って顔を合わせなくとも問題ないと教えてくれている。
教会に赴いて『終わりました』と報告しても良かったかと反省するものの、アルバトロス王都の教会であれば、神父さまとシスターと他の皆さまが私の登場で大騒ぎしそうである。騒ぎを起こしたくないのだが、治癒院に参加したいし、アリアさまとロザリンデさまが務めを果たしている姿を目にしておきたい。近いうちに王都の教会にも行くかあ……とグイーさまの話題から逸れてクロと話し込んでいれば、商業地区にある大きな施設に辿り着く。
貴族街に程近い場所にある目の前の建物は、お貴族さまがお金を払って利用する施設である。
夜会を開く時に借りたり、晩餐会を行う時に借りて客人を出迎えるらしい。人気の場所で借りるために押さえるのも大変なのだとか。確かに馬車の窓から見える建物は豪華絢爛であり、建坪も凄く広いため大勢の方を誘えそうだった。とはいえ、アストライアー侯爵領にある領主邸の広さには敵わないと、リンのエスコートを受けながら馬車から降りる。
「ありがとう。ジーク、リン、よろしくね」
ステップから降りて直ぐ、私はそっくり兄妹の顔を見上げた。少し離れた所では馬車から降りたお貴族さまが私たちに視線を向けており、アストライアー侯爵家だと分かれば驚きの顔に変わっている。
「分かった。美味い料理が出てくると良いな」
「ナイに手を出そうとすれば、直ぐに帰ろう」
二人の声に私は頷き、建屋の中を目指して歩いて行く。夜会ではないので同伴者が必要ないのが有難い。まあ、私の場合婚約者の方がいないため、夜会に参加するならば単独参加させて貰うけれど。
仮に誰かを伴って夜会に向かえば凄く大騒ぎとなりそうだから気軽に私の横に立って貰えない。ヴァルトルーデさまかジルケさまであれば、誰も違和感を受けないのではなかろうかと変なことが頭を過る。
違和感はないし同伴して頂いても問題ないが、会場内が大騒ぎになりそうである。それに二柱さまは夜会自体に興味はないので、無理に連れまわすこともできない。馬鹿な考えは止そうと小さく頭を振れば、丁度建屋の中へと辿り着く。正面玄関のホールは広く、正面に階段、右と左に廊下があった。
さて、どちらに向かえば良いのかと視線を彷徨わせていると、案内係の方がおずおずと私に声を掛けてくれ会場に案内してくれることになる。
私が案内係の方に宜しくお願いしますと告げれば『め、めめ、滅相もございません!』と恐縮していた。驚き過ぎだけれど、きっと私たちの肩の上に乗っているクロとアズとネルに驚いているだけ。私の知名度が飛躍的に上がり、皆さま扱いに困っているというわけではない。決してないのだ。うんうん。
「ど、どうぞ。侯爵閣下、こちらが今宵の会場となります」
顔を引き攣らせている案内役の方により私たちは会場へと辿り着く。既に会場内には既に参加者が集まっており、各々立ち話に興じている。私の登場に彼らの視線がこちらへ向き、皆さまは驚いたり、私の服に見惚れていたり、クロとアズとネルに興味を持ったり、ジークとリンにも視線を向けたりと忙しい。
私はポーカーフェイスだと念じながら会場の中へと足を踏み入れれば、壁には立派な絵画が並び、アルバトロス王国歴代陛下の姿絵も飾られていた、
現陛下は見つからないと壁際に移動して、ジークとリンに語り掛けつつ他の絵にも視線を向ける。きっとお高い絵だろうなあと私は目を細め、セボン子爵さまとデグラス伯爵さまはどこだと大きくて立派な長机へ身体を向けた。
「いない?」
「いないな」
「いないね」
私が目的の人物を探し切れずにいると、そっくり兄妹も探してくれていたようだ。二人が探せないのであればセボン子爵さまとデグラス伯爵さまは会場にきていないのだろう。その内くるかと私は息を吐き、今度は自分に用意された席を探す。本来は案内役の方が担ってくれるはずだが、皆さまが立ち話に興じていたため気を使ってくれたようである。
「端っこだと良いけれど、無理だよね」
「当然だ」
「ナイの爵位が一番高い」
私のボヤキにジークとリンは即答をくれる。爵位で席順が決まるのであれば、デグラス伯爵さまはご近所となりそうだ。そして主催者のセボン子爵も。
食事中に面倒に巻き込まれるのかと小さな息を吐いていると、私が席を探していると会場の係の方が気付いて席に導いてくれた。またしてもおっかなびっくりという態度なので私は神妙な面持ちになりそうである。普通に扱ってくれれば良いのだが、私は爵位と功績で凄く気を使ってしまう存在のようであった。
椅子に腰を下ろして周りを見渡す。やはり子爵位の方が主催する晩餐会ということもあり、爵位はそれなりの方が多いようだ。雰囲気は和やかではあるものの、私の登場で皆さまソワソワしているようである。
夜会も交流を広めるために参加するのだが、晩餐会も交流や縁を広げるための手段の場であるとのこと。誰か知り合いとなれる方はいるのだろうか。彼らの領地では特産物があるかもしれないし、なにか特別な技術を持ち合わせているかもしれない。切っ掛けさえできれば、いろいろと話をしてみたいがこれからどうなるのか。
セボン子爵さまとデグラス伯爵さまの登場を私たちは大人しく待っているのだった。
◇
ほ、本物だ。本物のアストライアー侯爵閣下が美食倶楽部の晩餐会に参加している!
私はアルバトロス王国で男爵位を賜っている者である。そして少し料理の味にうるさい者でもある。セボン子爵が定期的に開いている晩餐会に顔を出しているのだが、今回はアストライアー侯爵がいらっしゃると風の噂で耳にしていた。
本当に参加なされるのか懐疑であったが、会場に現れた彼女を見て本物だと直ぐに分かった。小柄で黒髪黒目のお姿に肩には小さき竜を乗せ、護衛は邪竜殺しの英雄を控えさせている。侯爵位に相応しく品の在るお召し物を身に纏い、各国を飛び回っているという事実を裏付けるべく異国情緒に溢れる衣装であった。
美食倶楽部の仲間と話に興じていたのだが、私は一瞬で彼女の雰囲気に飲まれてしまう。同じ男爵位を持っている私と話していた者も侯爵の登場に目を奪われている。
「ほ、本当にご参加なされるとは」
「ああ。セボン子爵は侯爵閣下とどうやって縁を繋いだのだろう」
私が零した声を倶楽部仲間は耳聡く拾っていたようだ。彼の言う通りセボン子爵はどうやってアストライアー侯爵を晩餐会に誘い出せたのだろう。
侯爵位を持つ方が子爵位が主催する晩餐会に興味があるとは考え辛い。いくら美食倶楽部が食を追求していると言っても、侯爵家の料理人が作る品には敵わないのではなかろうか。
しかも大陸中を飛び回っている侯爵は各国で接待を受けているはず。美食倶楽部に所属している者たちはアルバトロス王国内しか知らないだろうし、料理も同じであろう。時折、商人たちが他国から持ち帰った珍しい品を買い漁るのが精々なのだから。
侯爵閣下は我々の視線を気にも留めずに壁際の絵画を楽しみながら席へ腰を下ろした。我々も席に着くべきかと判断して案内役に誘導を願い出る。
侯爵は参加者の中で最年少だろうに、臆する様子も見せずに椅子に堂々を座していた。彼女の後ろに控える赤毛の護衛は鋭い視線で会場を見渡している。侯爵閣下に手を出そうものなら、腰に佩いている立派な剣で首と胴体が綺麗に別れてしまいそうだ。参加者は皆、ソレに気付いているだろうか。気付いていなければ命を落としても仕方ないと私が息を吐いていれば、セボン子爵とデグラス伯爵が会場にある壇上の横から姿を現していた。
「皆さま、お待たせいたしました!」
セボン子爵は普段より機嫌の良さそうな声を上げている。彼の隣に控えるデグラス伯爵閣下はアストライアー侯爵に興味があるのか、視線をじっと向けている。
その視線の先である彼女は彼の視線に気付いていないのか、平然とした態度で椅子に座したままだ。だが彼女の後ろにいる護衛の二人から凄い気迫が漏れている。そんなアストライアー侯爵一行の様子を気にも留めずに、セボン子爵は話を続けていた。
「さあ、今宵はアストライアー侯爵が美食倶楽部の晩餐会に参加なされておられます! 閣下の期待を裏切らぬようにと料理人たちが腕を振るい、いつもより更に素晴らしい料理を楽しむことができましょう!」
セボン子爵の声にアストライアー侯爵閣下が周りの皆に小さく頭を下げる。侯爵位を持つ者が簡単に頭を下げることはないのだが、彼女は平民の頃の癖が抜けていないらしい。とはいえ偉そうに椅子にふんぞり返っていては反感を買うこともあろう。無難な対応かもしれないと、私はまたセボン子爵の話に耳を傾ける。
「そしてアストライアー侯爵閣下に贈るべく、デグラス伯爵閣下が美味と噂されているロステート領から取り寄せた豚肉を提供なさってくださいました! 侯爵閣下、皆さま、是非、ご賞味頂き感想をお聞かせ願います!」
セボン子爵が意気揚々と声を上げているが、以前の彼は豚肉は庶民が口にするものと公言していた。美食倶楽部の晩餐会でも牛、鴨、鹿、兎の肉が提供されて、豚肉料理を出された記憶は残っていない。
美食倶楽部に資金提供をしているデグラス伯爵の意向だろうか。そう考えると豚肉料理を避けていたセボン子爵が今日に限って料理を提供したことに納得がいく。そんなことを考えていると、アストライアー侯爵閣下が笑みを浮かべている。もしかして侯爵閣下は豚肉料理を好んでいるのだろうか。
「楽しみだな」
私が豚肉料理に期待していると、閣下の方からとてつもない圧を受ける。一体何事かと驚くものの、次の瞬間には収まっていた。私の気のせいかと息を吐いて、セボン子爵とデグラス伯爵が席に着き料理提供が開始されるのだった。