魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0679:子爵位主催の晩餐会。

 デグラス伯爵さまがロステート伯爵領の豚肉が美味しいと聞きつけて大量購入したという事実が明るみに出たわけだが……全てが周囲の皆さまに明かされたわけではない。美食倶楽部の晩餐会に参加している方たちは豚肉が楽しみだという表情になっているが、私は美味しい豚肉を食べる機会を失ったという心境である。

 

 豚肉を口実にフィーネさまとエーリヒさまをお呼びして、豚肉パーティーを開こうとも考えていた。豚丼に生姜焼きにチーズと大葉の包み焼きや、しゃぶしゃぶと頭の中で味を思い出していたのに、デグラス伯爵さまのお陰で楽しみを奪われた。ジークもエーリヒさまと会う口実ができるから、息抜きになるかもと考えていたのに。

 

 元を質せばロステート伯爵さまの息子氏が原因であるものの、ロステート伯爵さまを無視して契約を結んでいるからデグラス伯爵さまに恨みを募らせても問題ないはず。

 

 セボン子爵は私が晩餐会に出席したことが嬉しいようで、凄く機嫌が良さそうである。初めて会う方なので彼の普段を知らないが、晩餐会が始まる前の口上はご満悦そうだった。美食倶楽部の晩餐会ではお土産を各自、セボン子爵に渡すことになっている。なにを渡そうか迷ったがアルバトロス王都のお貴族さまに人気の菓子店から、半年予約待ちという品をお渡ししている。

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまになにを持参すれば良いかと相談していたら、王都の人気菓子店が選ばれた。半年予約待ちの品が手に入ったのはソフィーアさまのお母さまがお茶会用にと買い付けていたそうな。

 人気の品を私が譲り受ける形となってしまい申し訳ないのだが、お菓子の代わりにアストライアー侯爵領の屋敷に遊びに行きたいとのこと。トリグエルさんが産んだ仔猫を見てみたいし、毛玉ちゃんたちも気になる上に、ヴァナル一家とエル一家とジャドさん一家と会いたいそうである。ソフィーアさまは凄く申し訳ない顔を私に向けていたけれど、彼女のお母さまは常識人である。特に問題ないし、いつでも遊びにきて欲しいと伝えている。

 

 もしソフィーアさまのお母さまが領地の屋敷にくると分かれば、セレスティアさまのお母さまであるアルティアさまも凄い勢いで屋敷に行きたいと名乗り出そうだ。毛玉ちゃんたちを愛でている姿を見ていると面白……嬉しいので特に問題はない。仔猫たちが彼女たちを受け入れてくれたなら譲渡先となるだろう。

 

 屋敷に遊びにきてくださるのが楽しみだと、最初に突き出しが提供され、次には前菜が運ばれてきてカトラリーを使って一口分を口に運ぶ。

 

 「……普通かな」

 

 一口咀嚼したあと、私の声が小さく漏れる。周りの皆さまは近くの席の方と一緒に前菜を口にした批評を述べている。彼らの声に耳を傾けてみると、盛り付け、色合い、味や風味が完璧なのだそうだ。

 たしかに運ばれた時の見た目は楽しいものだったが、ナイフとフォークを使用して切り分ければ直ぐに綺麗ではなくなる。口に運んだ感想も触感が柔らかく歯応えがない。良く言えば口の中で溶けていくのだが、噛んで味を堪能する機会が奪われていた。舌に味の余韻が残らず、少し寂しい気もする。ブイヨン等の出汁文化はあるものの、フソウ料理のようになんでも使うというわけではない。味の余韻の部分は出汁が原因かもしれないと、二口目、三口目と手を動かして食べていく。

 

 私の後ろで控えているジークとリンは周りの皆さまに気を張っている。特にセボン子爵さまとデグラス伯爵さまに向ける視線が厳しいようだ。

 

 私に妙なことをすれば直ぐに対応するとそっくり兄妹は言っていたが、果たして二人が動くことになるのだろうか。そうなると大騒ぎになるし、血の晩餐会となってしまうので避けたいところ。無難に済むようにと願いつつ、前菜の最後の一口を運んでナプキンで口元を拭っていれば給仕の方がお皿を下げてくれる。味は美味しいは美味しいけれど、なにかが物足りないという気持ちが強い。

 

 次はスープだった。食欲を増進させるためと言われているのだが、小食の方であればお腹を満たしてしまいメイン料理の有難みが消え失せそうである。

 私の胃には大きなスペースがあるので問題ないけれど、好きな品を好きな時に食べる形式の方が嬉しい。まあ晩餐会というか、アルバトロスのお貴族さまの食事文化は一皿を食べ切ってから次の料理にというのが普通なので、私の考え方や捉え方が異端である。現代日本のように誰かと料理をシェアするという感覚も薄い。美味しいと口にせず、手を振る仕草が『美味しい』のサインだったりする。

 

 「あ、美味しい」

 

 運ばれてきたスープは美味しかった。今回はポタージュタイプが選ばれたようで、南瓜を摺り下ろした品のようである。コンソメタイプもあるはずなので、料理人さんが作るコンソメタイプのスープの味はどんなものだろうか。

 素材も良かったのか甘みが強調されていて美味しい一品である。周りの皆さまは『甘い』と零している方もいれば『丁度良い味』と評している方もいる。やはり個人で評価に差があるなあとスプーンで掬い口に運んでいると、近くに座しているセボン子爵さまが私を見ていた。

 

 「如何ですかな、侯爵閣下?」

 

 「美味しいです。料理人の方は素晴らしい腕をお持ちですね」

 

 セボン子爵さまは私の言葉にドヤドヤドヤと顔を綻ばせていき、彼の鼻が伸びていくように幻視してしまう。セボン子爵さまではなく、セボン子爵さまが雇っている料理人の方を私は褒めたのに、彼の鼻が伸びてしまうのは何故だろう。まあ雇い主だから従業員の方を褒められれば嬉しいのかもしれない。私も屋敷で働いている方たちが他のお貴族さまに『良い仕事をされていますな』と褒められれば嬉しいのだから。

 

 「我が家の料理人は数多の貴族の方たちに認められておりますからな。侯爵邸でお過ごしされている女神さまも我が家の料理人の腕に満足なされるはず!」

 

 セボン子爵さまはワインが入ったグラスを掲げて、女神さま方が微笑みを浮かべながら『美味しい』と料理を口にしている姿を想像しているようだ。女神さま方であればどんな料理を提供しても『美味しい』と満足してくれるはずなので難易度はかなり低い。

 おそらく王都の民の方が良く口にしている麦粥や黒パンでも美味しいと仰ってくれるのではないだろうか。そりゃ料理人の方たちが高い食材を使い、道具を使いこなして作る料理とは格段の差があるが、あれはあれで美味しいし、各家庭で味付けが変わるので結構楽しいものである。セボン子爵さまは『そんな品を女神さまに提供できるわけがない!!』と怒りそうである。そんなセボン子爵さまはワインのグラスを掲げて少し口にした。

 

 「閣下はワインを口にされぬので?」

 

 嚥下した彼が私に問うのだが、敵地に乗り込んで酔うという酔狂な心掛けは持ち合わせていない。転生してからお酒を飲んだことがないため用心しているだけだ。お水代わりに薄めたワインを飲んでいたことがあるけれど、あれは日持ちしない水代わりの品のためノーカウントである。

 

 「はい。酔えば判断が鈍るでしょうから」

 

 「それはそれは。素晴らしい心掛けですな。しかしワインも料理の一品となっております。料理人が作った品に合うものを提供している故に少し楽しんでみては如何です?」

 

 ふふふとセボン子爵さまが笑ってワインを流し込んでいる。美味しそうに飲んでいるので、アルコールに強いのだろうか。ドワーフさんの火酒や北大陸の漁師さんが飲んでいた気付けのお酒を彼が口にすればどうなるだろう。ボルドー男爵さまは一気に飲むと悪酔いするが、ちょこちょこ嗜むならば良い具合と仰っていたけれど。

 

 「セボン卿の言は理解できます。周りの皆さまも口にしているので、わたくしも嗜むべきでしょうが……」

 

 アストライアー侯爵家では私は飲まないため、料理人の方がお酒を勧めることはない。ただこうして外に出ると、成人しているためお酒を勧められる。社会に出ているのだから当たり前のことだし、お酒を勧める方に罪はないのだろう。

 とはいえ一度断っているのに、暗に飲めと圧力を掛けられるのは苦手だ。純粋に料理の味を楽しませて欲しい。デグラス伯爵さまは無言でスープを飲んでいる。こちらには目もくれていないのでスープが美味しいようだ。

 

 「社交界で飲めなければ、お立場を悪くされてしまうのでは? アストライアー侯爵ともなれば、国内外の高貴な方と食事の場面があるはずです。美食倶楽部の者たちは侯爵閣下が酔っても笑って済ませてくれましょう。如何ですかな?」

 

 セボン子爵はそう言って、側にいた給仕の方に声を掛けてワイングラスを私に渡すように命じている。命じられた方は大丈夫かと心配そうな顔を浮かべているものの、主催者の言葉に逆らえないと私の後ろに回り込んだ。ジークとリンが凄い殺気を発しているため、私は視線で問題ないとそっくり兄妹を制す。給仕の方に罪はなく、私にお酒を勧めようとするセボン子爵さまの責任だ。

 

 「なるほど。皆さまお優しい方ばかりなのですね」

 

 私が笑みを浮かべれば、給仕の方がびくりと肩を揺らしセボン子爵さまは笑みを深めた。さて。これで私には二つの道が用意されたわけである。

 

 酔ってしまったと理由を付けて会場で大暴れをするルートとお酒を無理に勧めてくるセボン子爵に無礼なとキレ散らかすルート。どちらを選んでもアストライアー侯爵の恐怖伝説と化してしまいそうだが、私のトンデモ内容の噂は今更であろう。しかし……仮にどちらかを選んだとして、家宰さまとソフィーアさまが頭を抱えそうだし、ボルドー男爵さまは大笑いをしながら酒の肴としそうだ。

 

 セボン子爵さまがどうこうより、他の方に迷惑を掛けるわけにはいかないと大暴れルートとキレ散らかしルートは潰えてしまう。それにコース料理だからメインが提供されていない。

 私は給仕の方にワインを注いで頂きグラスを受け取り、ワインを口に着ける。飲んだというよりも、ワインを口に当て舌で転がす真似をしながら嚥下するフリをしただけ。セボン子爵さまは私の様子に満足したのか『ワインは美味いでしょう?』と問うてきたので私は『ええ、とても』と無難に返事をしていた。

 

 セボン子爵さまは美味しい料理を食べることより、美味しい料理やワインを誰かに提供することで満足しているのではなかろうか。

 

 美味しい料理を食べることに執着しているのであれば、他人がワインを飲む飲まないに口を挟むことはない。私を美食倶楽部の晩餐会に誘ったのはデグラス伯爵さまの命であったこと、私を介して各国の珍しい料理の素材を手に入れられるからのはず。

 探りをいれるのも面倒だし、さっさと本心を明かして欲しい。でも、先ずはメイン料理と最後のデザートを食してからだと自身に言い聞かせて、セボン子爵さまの話に耳を傾けているのだった。

 

 ◇

 

 全てのコース料理の提供が終わり私は息を吐いた。メイン料理として提供された豚肉料理は美味しかった。素材の味で勝負しており、ソースの味付けは控えめだった。

 突き出しからデザートまで食べ終えて感じたことは『普通』というのが正直なところである。どうにもいろいろな所へ出向き豪華な料理を食べ過ぎたために舌が肥えている気がしてならない。かといって粗食を食べたいなんて言い出せば、侯爵家の料理人の方たちは血の涙を流しそうである。ナプキンで口元を拭っていればセボン子爵さまがこちらを見ている。私が彼と視線を合わせれば、にっと笑いながら口を開いた。

 

 「如何でしたかと、聞くまでもなさそうですな」

 セボン子爵は私が料理を全て平らげていたところをチェックしていたようである。味が気に入らなければ残すことが美食倶楽部では普通になっているようで、手を付けるのを止めた方の料理が下げられているところを見ている。

 それを踏まえれば、私が料理を気に入っているとセボン子爵が勘違いしても仕方ないし、否定をしても全て平らげた者がなにを言っていると突っ込まれるだけ。

 

 「ええ。美味しい品々でした。料理人の方の腕が良いのですね」

 

 私は自信満々に告げたセボン子爵に決して貴方を褒めているわけではないと料理人の方を褒めるに留める。確かに腕の良い料理人の方を囲い込んでいるのも貴族としてのステータスかもしれないが、自分が凄いと言わんばかりに告げられても納得できやしない。

 

 「アルバトロス王国から美味いと噂されている素材を集めました。デグラス伯爵閣下から譲り受けたメインの豚肉を上手く調理するのは難儀でしたなあ。なにせ貴族が口にする機会は少ないですから」

 

 ふふふと笑うセボン子爵さまを尻目に私はデグラス伯爵さまへと視線を向ける。彼はずっと給仕の方に料理を口元へと運んで貰っていた。身体も腕も動くのだから自分で食べれば良いのにと、伝えたい気持ちを私はぐっと堪えている。

 食事中の彼は特に私に興味を示しておらず食べることに注力していた。気に入った食べ物があれば、細い目を更に細めて機嫌が良さそうにしていたし、不味い品は結構だと手を挙げて拒否している。なんだか凄い光景を見た気がするものの、デグラス伯爵さまは豚肉横取り貴族さま。アストライアー侯爵家の面子を潰したことと、ロステート伯爵さまに迷惑を掛けたツケを払っていただかねば。

 

 とはいえ手も口も出して貰わなければ反撃の狼煙は上げられない。一先ず、セボン子爵の相手だと私は彼ともう一度視線を合わせた。

 

 「なるほど。ではデグラス卿がロステート領の豚肉の売買契約を結び、アストライアー侯爵家に融通されるはずだった品を奪ったことは御承知か?」

 

 豚肉を横取りされた鬱憤が溜まっていたのか、私の言葉尻りが強くなってしまう。いかんいかんと小さく頭を振って、笑顔を忘れず営業スマイルと自身に言い聞かせる。

 

 「は、え? そのような話は初耳ですな。一体、どういう……いや、しかし……そのような事実があるならば、直ぐに社交界で噂が流れているはず」

 

 セボン子爵はデグラス伯爵さまの無茶を知らなかったようである。社交界で噂になっていないのはロステート伯爵さまに関係者以外には口止めをお願いしていること、アストライアー侯爵家の皆さまにも外に情報を漏らさないで欲しいとお願いしていたからである。

 噂を流す手段も考えたが、デグラス伯爵領に住まう方たちの環境が更に悪くなるはずと懸念したからだ。セボン子爵の晩餐会に参加するにあたり、アルバトロス上層部に『セボン子爵家とデグラス伯爵家の評判が地に落ちるかもしれない』と根回しは済ませているため遠慮なく行動できる。さて、セボン子爵さまはどう出るかと、困惑している彼に私は営業スマイルを張り付けた。

 

 「噂が流れてしまえばデグラス卿も困りましょう。なにせ、ロステート卿と直接取引をせず、彼のご子息と契約を交わしたのですから。ロステート卿は侯爵家に違約金を払い、ご子息は廃嫡されておられます」

 

 私の声にセボン子爵さまが目を白黒させデグラス伯爵さまに視線を向けていた。デグラス伯爵さまはセボン子爵さまに気付いておらず、食事の余韻に浸っている。今の状況を意に介していないのである意味彼は大物だと私が感心していると、助けを求めても気付いてくれないとセボン子爵が困り果てて喉から声を絞り出す。

 

 「……な、なんという」

 

 セボン子爵は不味いことに関わってしまったと心の中で慌てふためいているようである。これでデグラス伯爵さまを責め立ててくれるならば良し、彼の味方を続けるならば共に散るべしと言ったところだ。

 

 「貴殿はアストライアー侯爵家に泥を塗ったデグラス卿の肩を持たれますか? 取引が問題なく行われていれば、侯爵家に滞在しておられる女神さまが口にされていたことも考慮して頂きたい」

 

 女神さまをダシに使って申し訳ないが、これから先デグラス伯爵さまと同じ行動を取る方がいないとは断言できない。アストライアー侯爵家には女神さまが滞在し、食事を楽しまれることもあると爵位の低いお貴族さま方にも知って貰っておこう。

 セボン子爵と私の会話に聞き耳を立てている方は顔を凄く青褪めさせている。アストライアー侯爵家に届くはずだった豚肉を食べてしまった罪悪感に苛まれているようだ。退席して屋敷に戻りたい気持ちがあるものの、セボン子爵の未来は会場にいる皆さまの未来かもしれない。見届けて帰らなければ今後凄く不味い状況に陥ることもあると考え会場に留まるようである。

 

 「ロステート伯爵家の失態をアストライアー侯爵家は口止めしておりました。事情を知らぬ方に責任を問うつもりはございませんが、今後、我が家に対し妙なことを考えたならば遠慮なく手を出させて頂きます」

 

 特にユーリや幼馴染組とクロたち幻獣の皆さまに屋敷で働く方たちに手を出せばタダで済ますつもりはない。手を出した方には漏れなく私の全力の魔力放出をプレゼントするか、五節の魔術を贈るか、どちらかである。

 私がにこりと笑みを張り付けて会場の皆さまに視線を送れば、勢い良く椅子から立ち上がり『わ、分かりました、閣下!』『ひ、必要とあれば一筆記しましょう!』と言い残して、脱兎のごとく会場を去って行く。脅したから構わないが、少しやり過ぎたようである。しかしセボン子爵さまとデグラス伯爵さま以外が会場から出てくれたのは好都合だろう。

 

 遠慮なく言い合いができるとセボン子爵さまとデグラス伯爵さまに私は視線を向けた。肩の上に乗っているクロが『魔力が漏れているよ』と呑気に言っているのだが、ターゲットが絞り込めたのだから漏れるのは仕方ない。

 

 「さて、これで遠慮なく話ができますね。セボン卿、私を晩餐会に誘った理由を教えて頂きたい」

 

 「貴女を介して、珍しい食材や料理を知ることができると。子爵家の料理の味を認めて頂ければ、美食家と噂されるアストライアー侯爵家の援助を受けることができるだろうと考えただけでございますっ……」

 

 セボン子爵さまがテーブルに視線を向けて両手で頭を抱え込んでいる。豚肉の一件を知らず、意気揚々と今日のメニューに加えてしまったことを後悔しているようだ。

 

 「報告書で美食倶楽部の方針を知る機会がありましたが、私はできうることなら貴族だけではなく、民の皆さまにも美味しい料理を食べて欲しいと望んでおります。ですので、民の皆さまを蔑ろにする考えが強い倶楽部の方針には賛同できません」

 

 私の声はセボン子爵さまにちゃんと届いていたようで、テーブルに向けた視線を上げて驚いた顔になっている。

 

 「な、何故……貴族は貴族然とした生活を送らねばならぬことはご承知でしょう! 民と同じではならぬのです!」

 

 確かに貴族には領地の皆さまを守る義務と責任がある。だからこそ税を頂いて領地運営をしている貴族は勘違いをしてはならない。民があっての貴族だし、貴族あっての民なのだから。

 いつか、民の皆さまの教育レベルが上がれば貴族制度が崩壊するか、古臭いモノだと鼻で笑われる日がくるはず。それまでは貴族の特権は維持されるが、儚いものであると常に自身に言い聞かせておかないと。実際、セボン子爵は美食を求め過ぎて身を崩しそうになっているのだから。

 

 「確かに同じではありませんが……美食を求めるために過度な税を敷き、領地運営の資金を横流しすることを是とは言いたくありません」

 

 私が言い終えるとセボン子爵さまがまた頭を抱えてテーブルに視線を向けた。セボン子爵領の税は他領と比較して少し重いがデグラス伯爵領ほどではない。生活できているし、問題ないと勘違いできるところをスレスレで攻めているとか。それよりも問題なのが、領地運営資金を領主という立場を利用して、彼が私設している美食倶楽部に流していた。家宰さま曰く、大した額ではないが予算を横流しするのは宜しくないと仰っていた。

 

 私はアストライアー諜報部の方はどう情報を仕入れたのかと問うてみたが『部門の秘伝です』と誤魔化されてしまっている。諜報部が有能で有難いが命を落とすような無茶な真似はするなと言い含めておいたが、諜報部を束ねるご老体お二人がノリの良い方である。大丈夫か諜報部と言いたくなるのを我慢しながら、私はデグラス伯爵さまを見た。

 

 「デグラス卿、貴殿の考えをお聞せください。あと何故、豚肉に拘り無理を押し通した契約に至ったのかも」

 

 私に視線を合わせたデグラス卿はにたりと笑みを深めた。謁見場で私の行く手を遮ったり、豚肉を横取りしたことの重大さを彼はきちんと理解しているのか謎である。爵位が上の者を尊重できないならば貴族として問題行動となるし、無理な契約を交わしたことも方々に喧嘩を売っている。ロステート伯爵さまが謝罪行脚を行ったことで、影響を受けた家は矛を収めているし、私が関わっているから侯爵家の出方を伺っている。

 会場のどこからか回収班――近衛騎士団の方――がやってきてセボン子爵さまの肩を叩いた。彼らの姿を見たセボン子爵さまは全てを悟ったかのように、回収班の方たちと大人しく会場を出て行く。さて、返答は如何にと私が期待の眼差しで見ていれば彼はゆっくりと口を開く。

 

 「美味い品を追い求めたのみ。金はいくらでもある」

 

 「資金を得るために、領地の方たちに重税を敷いていることに対しては?」

 

 彼は領地の皆さまに対して思う所がないのだろうか。生粋のお貴族さまであれば貴族以外は人間ではないと捉えている方もいる。随分と古い考え方らしく今では少数となっているそうだが、それでも昔を慮って人を人と認識していない方がいるそうだ。

 

 「問題ない。領地は私の所有物だ」

 

 ふふふと鼻息を荒めに笑うデグラス伯爵さまは貴族以外は人間ではないと捉えている方の一人のようだ。相容れない考え方だと私は小さく息を吐く。

 

 「良いでしょう。領地は確かに貴殿のものです。ただロステート伯爵子息に言い寄り、貴方が無茶な豚肉売買の契約を交わしたこと。それに伴いアストライアー侯爵家に皺寄せがきたことの責任はどう取られますか?」

 

 「……知ら――」

 

 「――知らぬとは言わせません。ロステート卿が貴方に契約を破棄して欲しいと願い出て、貴方は拒否したことを情報として得ています」

 

 私が言葉を遮って彼の逃げ道を塞ぐものの表情を変えず、またゆっくりと口を開く。

 

 「契約を交わしたならば履行するのが常だろう。アストライアー侯爵閣下ともあろう方がロステート伯爵に肩入れするのは、貴殿も豚肉を仕入れたいからではないか?」

 

 「もちろんです。ですが貴方の手により阻止されてしまいました」

 

 デグラス伯爵さまの問いに正直に答えれば、肩の上のクロが『言い切っちゃった』と少し呆れ、ジークも呆れていた。リンはうんうんと私の言葉を肯定してくれている。ただ、彼と話を続けていてものらりくらりと躱されて埒が明かない。私が仕方ないとこっそり持ってきていた書類をロゼさんに出して頂き彼の前へと差し出す。

 

 「これは?」

 

 「貴方が領地で重税を課していたこと、不正を働きお金を得ていたこと、他にも爵位を翳して無理矢理商人から買い付けを行っていたことの証拠です。見逃せないため、王家に報告させて頂きます」

 

 「そうか――……」

 

 デグラス伯爵さまがそうかと呟いたあとなにか言っていたが、私の耳に届くことはなかった。気にはなるものの、彼もまた回収班である近衛騎士の方に導かれて会場を後にするのだった。

 

 ――妙な幕引きだと落ち着かぬまま。

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