魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0680:無能の末路。

 ようやく。ようやくだ。ようやく、私の命を終えることができる。

 

 デグラス伯爵家に生まれた私は次代となるために厳しい教育を受けてきた。そうして前当主である父が引退をし私が代を継いだのだ。たが、如何せん領地経営の才能はなかったのか、上手くいくことはなくデグラス家の財政は悪化していくばかり。

 

 なにをどうあがいても好転することはなく、私は酒に溺れ、次には暴食に走った。美味い品を食べている時だけは心が落ち着くと気付いたのはいつだっただろうか。随分と前のような気がするし、最近のような気もする。

 私が悪政を敷いてもアルバトロス王家は見逃しているのかなにも言ってこない。領地の者たちも反旗を翻す気力のある者もおらず、私の子供たちも私と一緒に堕落の道に走ってしまっている。木偶な私の首を切り落としてくれる者はいないのかと、更に暴食を加速させていた頃だった。

 

 ナイ・アストライアー侯爵。

 

 彼女はデグラス伯爵という大きな看板を掲げる私が失脚するために丁度良い人物だった。平民聖女から貴族に成り上がり、更に功績を上げて侯爵位を手に入れた女傑である。今の彼女の立ち位置であればアルバトロス王でさえ口は出せぬ者だ。

 そんな人物にアルバトロス王国の一伯爵家が敵うハズはない。失礼な態度を取れば王家から廃爵を告げられるか、私がデグラス伯爵位を捨てるかのどちらかだと期待に胸を膨らませていた。

 念のために彼女がロステート伯爵から豚肉を買い付けたと聞きつけ、伯の子息に声を掛け異常な豚肉の量を買い付けた。もしかすれば侯爵家に影響が出るかもしれないという、博打のようなものであったが、ロステート伯爵子息も私と同様に馬鹿だったようで上手く事が運んだ。

 

 みっともなく肥え太り、動くこともままならない私であったがこれで終わることができる。

 

 首を斬られるかどうかは侯爵の意思が強く反映されるかもしれないが……デグラス伯爵位を降りられたならば。私は私として生きることを止め、ようやく私という人物の社会的死を迎えることができるのだ。 

 今まで悪政を敷き続けてきた領地の者たちには申し訳ないことをしてしまった。だが、私には伯爵位という大きな領地を守る力も知恵もなかったのだ。人脈にも恵まれず、代官や家宰も領地運営が上手いとは言い難い者たちだったのだから。

 

 運のなかった人生だった。抗ってどうにかしようと試みた頃もあったが悉く失敗に終わっている。だからもう諦めた。そしてようやく……――。

 近衛騎士団の建屋の側にある牢屋へ放り込まれた私の前に近衛騎士団の者が立っていた。怪訝な顔をした彼は忌々しそうに牢の中にあるベッドに腰を下ろしている私を見下ろしている。

 

 「デグラス伯爵殿、取り調べを開始させて頂きます」

 

 「動くのが億劫でね。移動は勘弁願いたい」

 

 私のものぐさな態度にはあと盛大な溜息を吐いた彼は牢の中へ入ってきた。どうやら私の言に乗ってくれたようだと口の端が自然と伸びる。

 

 「民に重税を敷き、私腹を肥やし、怠惰の限りを尽くしていたと証拠が挙がっている。貴殿はこの事実を認めるか?」

 

 厳しい視線を向けている近衛騎士の者の瞳には正義の火が宿っていた。自領にも彼のような者がいれば私を追い落とそうと計画を立てる者がいたかもしれない。

 息子が正しい感覚を持ってくれていれば、息子が私の首を落としてくれたかもしれない。だが、そうはならなかった。だから、アストライアー侯爵を頼ったのだ。彼女であれば完膚なきまでデグラス伯爵という人物をなかったことにしてくれると。

 

 「もう露見しているのだろう。言い訳をしても逃げられない。ああ、そうだ。家の者たちはどうなるかな?」

 

 私が駄目でも次代である息子がしっかり者であればデグラス伯爵家は持ち直すと考えていたのだが、教育が失敗したのか、はたまた私の気質を強く継いでしまったのか、どうにも伯爵位を継ぐには少々足りない息子であった。私の姿を見て、息子も放蕩三昧しているのだから、できれば一緒に捕まって欲しい。私は家族を心配する父親を装えているだろうか。

 

 「竜騎士隊が捕縛に向かっている。貴殿も貴殿のご家族も一緒に罪を問われよう」

 

 「そうか。そうか……」

 

 目を細めながら近衛騎士は私を睨みつけていた。私は床に視線を落とし脂肪がたっぷりと着いた手を握り込み、嬉しさで口の端を伸ばしていた。

 

 自ら命を絶つことはできなかった。家族の命を取ることもできなかった。デグラス伯爵領の運営資金を横領していた代官や家宰を咎めることも、追い出すこともできなかった。全ては私という不出来な人間が起こした馬鹿げた出来事だ。愚かな者がいたと後世に名を残そうとも構わぬし、実際、とんでもない終わり方だと私でも判断できた。

 

 「泣いても遅いのです。デグラス伯爵殿……!」

 

 近衛騎士の者が手をぐっと握り込んでいた。私を殴りたいのか、それともあまりに馬鹿げているので呆れているのか。私は顔を下げたままなので彼の表情は分からない。

 だが私が泣いていると彼が勘違いしてくれているのは好都合だ。貴族として不適格だった私に価値はないし、息子も価値はないだろう。だから私の本心など誰にも知られぬまま、アルバトロスという国から退場しなければ。アストライアー侯爵には悪いことをしてしまった。私が私を終わらせるために彼女を利用したのだから。

 

 馬鹿で無様で無礼なデグラスは己の欲望に負けて退場したのだと、彼女にはそう思って貰いたい。

 

 あとはアルバトロス王家が取り計らってくれるだろう。私が領地を治めているより良いだろうし、これから領地の者たちの未来は明るいはず。私は無能で、こんな終わり方しか選べなかったが……未来ある者たちには私のようにならずに真っ当に生きて欲しいと願うのだった。

 

 ◇

 

 セボン子爵さまが主催していた晩餐会から王都のタウンハウス――侯爵邸――に私たちは戻っていた。今は王城でセボン子爵さまとデグラス伯爵さまの取り調べが始まっているとのこと。これから先、彼らがどうなるか分からないけれど、とりあえず解決したのだろうか。

 デグラス伯爵領に住まう方が気になるが、王家から代官さまが派遣されて少しずつ改善すると信じよう。セボン子爵さまはどうなるのか予想が付かない。デグラス伯爵さまから美食倶楽部の運営資金を頂いていたというし、彼とズブズブな関係であったならばタダでは済まないはず。しかし……随分と。

 

 「なんだろう、凄くあっさりと終わった?」

 

 私は自室の椅子に腰を掛け、一緒にいるジークとリンの顔を見た。クロは私の肩の上でこてんと首を傾げながら不思議そうな顔になっている。

 

 「気合を入れていたのにな」

 

 「変な感じ」

 

 片眉を上げながら少し困り顔のジークと妙な顔をしてリンが答えてくれる。国外から仕入れた美味しい野菜や果物を譲って欲しいとか、侯爵家のレシピが欲しいとか望まれると覚悟していたのだが、本当にあっさりと終わってしまった。肩透かしをくらったような気分で、お尻の据わりが悪いというか、なんというか。いろいろと巻き込まれてきたけれど、今回が一番無難に終わったかもしれない。

 

 『でも、これでナイに手を出そうとする人は減るかもねえ』

 

 「減ると良いんだけれどね。領地のことに注力したいし、配った石が黒く染まれば呼び出しされて飛んで行かなきゃだし、問題に巻き込まれたくはないよね。お婆さまはエルフのお姉さんズに絞られたから、反省してくれているはず」

 

 クロが尻尾をぺしぺし動かしながら機嫌良さそうに私の顔を覗き込んでいる。私にちょっかいを出す方が減ると良いのだが。エーレガーンツ王都で魔術を放った理由の一端に私に手を出そうとする方の気力を削げればという気持ちがあった。

 丁度同時進行のような形で事に巻き込まれたために、セボン子爵とデグラス伯爵さまの気持ちを折ることはなかったけれど。なにか私に対して悪巧みを考えている方の気持ちが折れていると良いのだが。しかしまあ、お婆さまはダリア姉さんとアイリス姉さんにこっぴどく絞られていたようなので、二度と人間の冠と錫杖を盗むことはないはず。

 

 『お婆だからねえ。また忘れた頃にナイに悪戯を敢行するかもしれないよ?』

 

 「怖いこと言わないでよ、クロ。屋敷の中だけで済むなら良いけれど、外に影響が出るのはもう勘弁してください」

 

 確かにお婆さまなら懲りずにまたなにか悪戯をしそうだけれど。これ以上、急に私が動かなければならない状況に陥りたくない。冠と錫杖の件だって、朝起きたらいきなり足下に鎮座していたのだ。誰だって驚くし、お婆さまが原因だと分からなければ絶対に取り乱していた。

 

 『そういうことは言わない方が良いかもしれないねえ』

 

 クロが目を細めて、屋敷や身内の方たちの中だと悪戯は大丈夫って聞こえるよと教えてくれる。確かに屋敷の中や知り合いの中で納まることでもお婆さまの悪戯は勘弁して欲しいと私は苦笑いになるのだった。

 

 ◇

 

 アストライアー侯爵領領都・領主邸。

 

 ご当主さまの自室で衣装の確認や生花の入れ替えを行っていると、壁に掛かっている錫杖さまがキラリと光りました。急に喋り出すと驚くと少し前に私が苦言を伝えると、錫杖さまはでは光って合図を出しますと気を使ってくださった。約束がきちんと果たされていることに驚きつつ、私は錫杖さまが掛かっている壁へと近づいていきます。

 

 『エッダさん。ご当主さまが戻られません』

 

 「お忙しいので、暫くは王都に留まるとお聞きしていますよ」

 

 錫杖さまの声は凄く落ち込んでおられます。ご当主さまはエーレガーンツ王の王冠と王錫が自室に舞い込んでいた件の後始末と、セボン子爵とデグラス伯爵の件を解決するために王都へ出向いておられ領主邸は少し寂しい雰囲気に包まれていました。いつも元気な毛玉ちゃんたち三頭も留守にされていますので本当に屋敷の中は静かなもの。庭で託児所で過ごしている子供たちの声が響くこともありますが、やはりご当主さまがいない屋敷は寂しいのです。

 

 『せっかく喋ることができるようになったのに残念です』

 

 「ユーリさまと会えないと忘れ去られそうなので早く戻ると仰っていましたけれど……」

 

 錫杖さまの雰囲気がどよんとしている気がしますが、あまりの細かい反応に本当に錫杖なのかと疑いたくなります。ご当主さまはユーリさまに顔を忘れさられてはいけないと『なるべく早く戻りますね』と仰っていましたが、他国の陛下の王冠と王錫が舞い込んできたことが直ぐに解決できるとは思えません。 

 セボン子爵とデグラス伯爵さまの件も面倒なことでしょうし、いつお帰りになられるのか。錫杖さまも早くご当主さまと挨拶をしたいようなので、ご当主さまのお戻りをお待ちしているのですが……いつになることか。

 

 『ユーリさまとは?』

 

 「ご当主さまの妹さんです。凄く可愛らしいですよ。小さな子はみんなの宝ですね」

 

 錫杖さんの雰囲気が一変してユーリさまにご興味を持たれたようです。壁にずっと掛かっているので、ユーリさまの存在に気付いていなかったのでしょう。

 

 『良く分かりません』

 

 「錫杖さまもユーリさまを見れば、きっと分かるかと。ご当主さまが凄く大切にしておられる方ですしね」

 

 悩ましそうな錫杖さまに私が答えると、なにやら考え込んでいるようです。暫く様子を伺っていると、また錫杖さまがキラリと光りました。

 

 『なるほど。ユーリさまと仰る方は、ご当主さまが守るべき人物であると心に決められているのですね』

 

 錫杖さまはご当主さまだけではなく、ユーリさまも守るべき方と定めたようです。しかし……錫杖さまと普通に会話をしていることに違和感を全く持たない私は、アストライアー侯爵家に染まっているのでしょうか?

 

 ◇

 

 王都のタウンハウスである侯爵邸から領地に戻っているのだが、何故か錫杖がエッダさんと一緒に喋っていた。トンデモない光景――でもないけれど――に私は驚きながら、部屋の壁に掛けられている錫杖さんと挨拶を交わすことになった。

 

 「初めまして、ではないですが……ナイ・アストライアーと申します」

 

 『ようやくご当主さまと話をすることができて嬉しいです。ご当主さまの錫杖です。活躍の場面が少なく残念に感じていたところ、ご当主さまとお喋りができれば楽しく過ごせるのではと頑張ってみました』

 

 私が自室で錫杖さんに頭を下げれば、錫杖さんは落ち着いた声色で答えてくれた。男性とも女性とも取れない中性的な声であり、落ち着いた物腰のため喋り易い。カストルとレダの愉快な喋り方も面白いけれど、側にいるなら錫杖さんのような落ち着いた声色の方が嬉しいかもしれない。

 少し前に『ご当主さまの錫杖が喋りました!』と報告を受けていたが、本当に喋ったのかと疑っていたのだ……というか信じたくなかったのが正解だ。部屋にはジークとリンも一緒で、そっくり兄妹が一緒ということは彼らの腰に佩いているカストルとレダも一緒だった。

 

 『武器が……武器が喋ってやがるっ!!』

 

 『ああ、マスターと会話できる武器は私だけだったのに! 錫杖如きになにができると言うのです!』

 

 そっくり兄妹の腰元で愉快な二振りが声を上げた。一応、外に出れば喋ることを我慢してくれているが、屋敷内ということで声量に遠慮がない。二振りは元気だなあと私が目を細めると、剣の使い手であるジークとリンは騒がしいと言いたげな顔になっていた。

 クロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは驚くことではないと凄く落ち着いている。むしろ『やっぱりね』と言いたげな雰囲気を持っている気がしなくもないが、私的には錫杖さんが喋るならばもっと後になるだろうと考えていたために、喋り始めるのが早かったなあという感想である。

 

 そういえば錫杖さんはどんなことができるのだろう。大陸の情勢は落ち着いているが、堕ちた神さまの一件があるため戦力が上がるのは有難いことである。私が魔術を行使すると威力がとんでもないことになったり、抑え過ぎて威力が下がるため、魔力量の調整を錫杖さんが補助してくれるなら嬉しいのだが。

 

 『私はご当主さまの強大な魔力の制御に補助が主な仕事でしょうか。魔力を頂けるならば、私が魔術を発動してご当主さまをお守り致します。もちろん、ご当主さまの大切な方々もですね。ご当主さまほど魔力が備わる方はなかなかおられませんから、錫杖として本当に嬉しいことです』

 

 ふふふと笑う錫杖さんにレダが黙り込んでいる。私がレダを扱うことはないために、余計に落ち込んでいるようだ。でもレダの使い手であるジークは私を守ってくれているのだし、間接的にレダが私を守っているのと同じである。ジークの腰元でレダが鞘ごとふにゃりと曲がり、リンの腰元にいるカストルが面白そうな雰囲気を醸し出す。

 

 『意に介してねえぞ』

 

 『うっさい、馬鹿剣!』

 

 落ち着いた声色のカストルにレダが苦しい突っ込みを入れる。愉快な二振りだなあと感心していると、壁に掛かっている錫杖さんがキラリと光った。

 

 『ご当主さまは最近私を持ち歩いてくれないので、少し寂しく感じておりました。できればもう少し私に触れて頂けると嬉しいです。あと魔術を行使して頂き、ご当主さまの癖を掴んで補助の役に立てたいのですが……』

 

 錫杖さんが私に熱く語っている。確かに最近は壁に掛けたままで私は外に出ていた。ただ錫杖さんは私が持ち歩くと随分と目立ってしまう。盗まれるのは怖いし、どこか置き忘れてしまうと大変なことになるはず。とはいえ、私の魔術の癖を掴んで補助してくれるというのであれば嬉しいことはない。今度時間を作って錫杖さんと一緒に魔術を行使してみよう。話せるようになったから息を合わせやすくなるはずだ。

 

 『注文が多い錫杖ね。良い武器っていうのはね、ここぞという時に決めるものよ!』

 

 『お嬢ちゃんが強すぎて、俺たちが活躍できることが少ねえけどなあ』

 

 ふふんと笑うレダとふうと息を吐いたカストルは最近大人しくしていたからか良く喋っている。使い手であるジークとリンより良く喋るのは如何なものだろうか。とはいえジークとリンは喋る方ではないのは知っているから無理は言えない。

 

 『ご当主さまは私を持ち歩いてくださいませんので』

 

 今度は錫杖さんがしょぼんと落ち込んだ。

 

 「ごめんなさい。錫杖さんを持ち歩くと、両手が塞がるか背に掛けるかになるので……ちょっと不便だなあと。ジークとリンみたいに腰に佩けると良いけれど……」

 

 『なるほど。では小さくなれば良いのですね! これは盲点でした。確かにご当主さまは小柄な方なので、今の私の長さだと持ち運びは大変です。魔術を行使する際には元に戻れば良いですし、短いままでも使えたならばきっと便利なはず!』

 

 私が錫杖さんを持ち歩いていなかった理由を伝えれば解決策を示してくれた。どうやら錫杖さんが短くなる方法を身に着けたならば、私がお出掛けする際は持ち歩くことが決定したようである。持ち歩いて欲しいと願っている錫杖さんの意思を無下にはできないし、大勢いた方が賑やかで楽しいかと私は壁に掛掛かっている錫杖さんを手に取った。

 

 「錫杖さんと呼ぶのはなんですし、名前を決めないといけないですね」

 

 みんなに名前が付いているし、レダとカストルにも名前が付いているのだ。錫杖さんだけに名前がないのは寂しかろう。

 

 『名前をご当主さまから賜れるのですか!? 嬉しいです!!』

 

 「良い名を贈りますと言いたいのですが、センスはないので過度な期待はしないでくださいね」

 

 錫杖さんがキラキラと輝きながら凄く嬉しそうな声をあげた。私の名前付けのセンスは良いとはいえないけれど、少し考える時間をくださいと伝えてお喋りを続けるのだった。

 

 ――数日後。

 

 錫杖さんは直ぐに柄の長さを変えて短くなっていた。これで私が持ち歩くことができると錫杖さんはルンルンで壁に掛かっているのだが、近々で領主邸からお出掛けすることがない。

 少し残念そうにしている錫杖さんに私は謝って、日々の業務を捌いているところである。少しサボると仕事が増えるのは当然だが、有能な家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまのお陰で悲鳴を上げながら涙目で作業をすることはない。

 

 本当に恵まれているなと感謝していると、アルバトロス上層部から報告が入ったとクレイグが手紙を持ってきてくれる。

 

 お昼前の丁度仕事が一段落したところだったため、私は彼から手紙を受け取り中身を確認すると、セボン子爵とデグラス伯爵さまの処遇が記されていた。

 セボン子爵家は代替わりをし再起を図り、デグラス伯爵家は廃爵となったそうだ。取り調べは順調に進んでおり、デグラス伯爵さまは自身が領地で行っていたこと、私に無礼な態度を取ったことを認めているらしい。セボン子爵さまはデグラス伯爵さまに恨み節を吐いているそうで、アストライアー侯爵家のレシピが欲しかっただけなのにどうしてこんなことにと牢屋の中でブツブツ呟いているとのこと。

 

 他にも空白地となったデグラス領を私が管理してみないかと、陛下からお伺いを頂いている。

 

 私がデグラス伯爵さまからの喧嘩を買い領主不在という結果を齎したのだから、今回はグダグダ言わず責任を取るべきか。ただ少し陛下に相談したいことがあるため、その旨を記した手紙を出したいと侯爵家の皆さまに私は告げた。すると執務室にいた皆さまは妙な顔になるものの、特に問題はないし陛下に話してみようとなった。

 

 「聞き届けて頂けると良いのですが」

 

 私が手紙を書き終えて声を上げれば、いつもの面子である皆さまはこちらに視線を向けている。家宰さまは特に言いたいことがないようで、ソフィーアさまとセレスティアさまが口を開いた。

 

 「ナイの言だからな。陛下も上層部も無下にはできないはずだ」

 

 「ええ。変な話ではないですし陛下方の判断次第となりますが、結果が楽しみでございますわ! ……しかし、錫杖が短くなる姿をこの目でみようとは」

 

 ご令嬢さま方が言い終えれば視線が私の執務机に向けられていた。そこには短くなった錫杖さんが鎮座しており、なにか主張しているのか魔石の部分がキラリと光る。錫杖さんが説明をしてくれるかなと期待したものの、喋ってくれないので私が説明することになった。

 

 「レダとカストルも刃の長さを変えられますし、錫杖さんもできたみたいです」

 

 数日前に錫杖さんが短くなるのを試みてみると誓ってから割と直ぐにできたようで、私は錫杖さんを持ち歩くことになった。本体の重さも調節してくれており随分と軽くなっている。

 ただ、持ち歩く癖が身に付いていないため、忘れそうになっていたら声を掛けて欲しいと私は錫杖さんにお願いしていた。エッダさん曰く、喋れるようになり私と話した錫杖さんは凄く機嫌が良いとのこと。持ち歩かれないことを嘆いていたようなので、本当に申し訳ないことをしてしまった。

 

 『短くなれば、ご当主さまが持ち歩いてくださいますので嬉しい限りですね。あ、皆さま、これからよろしくお願い致します』

 

 ピカピカーと錫杖さんの魔石の部分が光った。器用だなあと目を細めていれば、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまがよろしくお願いしますと錫杖さんに頭を下げていた。

 彼女らの姿を見ていた毛玉ちゃんたち三頭が床から立ち上がり、てててと私の側に寄ってくれば尻尾をぴっと立てて机の上を一生懸命覗き込んでいた。錫杖さんは毛玉ちゃんたちが近づいてきたことを察知して、警戒しているのか魔石の部分をチカチカとさせている。

 

 『あ、毛玉はこちらにこないでくださいね』

 

 錫杖さんがピシャリと言い放てば、毛玉ちゃんたちの立っていた尻尾がだらんと下がった。錫杖さんは三十センチくらいの長さとなっているのだが、丁度サイズ感が良いのか毛玉ちゃんたちは口に咥えるのが楽しかったようである。

 硬い木を使用しているためか、ガリガリ噛んでもビクともしなかったため三頭は錫杖さんでガジガジしていたのだ。床にぺたんと座り込んで、前脚を器用に使って錫杖さんを噛む位置を調整しながら順番で楽しんでいた。私は犬用のガムみたいだなあと微笑ましく眺めていたのだが、錫杖さん的には毛玉ちゃんたちのおよだ塗れになって嫌だったらしい。それから、錫杖さんは毛玉ちゃんたち三頭が近づくと凄く警戒している。

 

 『にゃんで!』

 

 『ちどい!』

 

 『はごちゃえあるにょに!!』

 

 怒っていますよと言いたげに毛玉ちゃんたちは床に尻尾をバンバン叩きつけていた。錫杖さんは毛玉ちゃんたちが机の上に登ることはないと知っているため、それ以上はなにも言わなかった。三頭が抗議の声を上げたが、錫杖さんは歯応えを楽しむ物ではない。警戒している錫杖さんも落ち着かないだろうし、毛玉ちゃんたちになにか堅そうな食べ物か玩具があれば良いのだが。

 

 「牛か馬の筋を貰えるところを探してみようか」

 

 確か乾燥させたアキレスを犬のおやつとして売っていたはず。牛や馬は貴重だから手に入れられるか分からないけれど、探してみる価値はあるだろうと私は苦笑いを浮かべるのだった。

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