魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――ふぁ?
王家から届いた手紙に記されていた内容に、俺、エーリヒ・ベナンターは変な声が出そうになるのだった。
時間は少し巻き戻る。聖王国で外交官として働いている俺の元に王家から手紙が届いた。外務卿であるシャッテン卿ならいざ知らず、王家から届いた手紙に、俺も、執務室にいる同僚の皆さまも首を傾げていた。暫しの間、王家の封蝋を眺めていれば隣の席にいるユルゲンが俺の方を見ながら口を開いた。
「一先ず読んでみては?」
「そうだな。中を確認しないことには話が進まないからな」
ユルゲンが真面目な顔で言い、俺も彼の言葉に同意する。手紙になにが書かれているか分からないし、ナイさまが事件に巻き込まれ、王家が俺にヘルプを求めているのかもしれない。ふうと長く息を吐き気持ちを落ち着けて、机の上に置いていたペーパーナイフを手に取った。
中を切らないようにと気を付けながら丁寧に開封すれば、紙が一枚入っていた。定型の文章は流し読みして、本文に差し掛かればトンデモない文字が踊っていた。
「ふぁ?」
妙な声が出そうになるのを我慢していたものの、読み進めた先の内容に驚いて俺の口から声が漏れてしまう。変な声を上げた俺に執務室にいる同僚たちの視線が集まっているのだが、俺はあまりの驚きになにも考えられずにいた。
「ど、どうされたのです、エーリヒ? ポポカが大蛇殿に睨まれた時の如く固まっておりますよ!?」
ユルゲンが慌てた様子で俺の肩を揺さぶる。彼の行動で俺は自身の動きを止めていたことにはたと気付いた。手紙の内容が頭の中でぐるぐるグルグル回っているため、ユルゲンの疑問に答えることができないと俺は代わりに手紙を読めと彼に差し出した。
ユルゲンは王家から俺に宛てられた手紙を読んで良いのか一瞬考えているが、内容が気になること、俺が読んでも構わないと差し出していることで中に目を通す決心がついたようだ。
「失礼しますね。えー……はっ? はい?」
眼鏡の真ん中を手で抑えて上げたユルゲンは手紙を読みながら、途中で顔を上げ俺を見た。
「驚くよな。領地貴族になる気はないかと打診がきたんだ」
本当に驚きである。メンガー伯爵家の三男であった俺は一体いつ功績を上げたのだろう。
「しかし領地がないような?」
ユルゲンが俺を見ながら片眉を上げて不思議そうな顔になる。確かにアルバトロス王国で領主不在の地はなかったのだ。
「先を読んで欲しい」
俺はユルゲンに手紙の先を読むようにと勧めた。すると彼は素直に手紙に視線を向ける。
デグラス伯爵領が当主の悪行により廃爵になったから、空白地となった所の領地貴族とならないかと王家から俺に打診が届いたのだ。法衣の準男爵位である俺にはトンデモない話であるが、そこは少しカラクリがある。どうやら伯爵領を全て賜るのではなく、分割されるので準男爵か男爵位規模の地を俺にということだった。
デグラス伯爵がナイさまに喧嘩を売り、ナイさまは珍しく喧嘩を買って、王家やアルバトロス王国の貴族家に『デグラス伯爵家が潰れても問題ないか』と根回しをしていたようである。
領地で悪政を敷いていたデグラス伯爵家が潰れることに反対する方はおらず、ナイさまが晩餐会の場で捕縛したそうな。契約を交わしたはずの豚肉を横取りされたと知り、俺とユルゲンは顔を見合わせて『嗚呼』と納得した。ナイさまのことだ。美味しい豚肉を口にできなかったことを相当残念がっていたのだろう。それはデグラス伯爵家が潰れても仕方ない。次代も期待できない人物と評されていたため、デグラス領は王家が取り上げたとのこと。
「え? まだアストライアー侯爵閣下に喧嘩を売る方がいらっしゃったのですか……」
「呆れるよな。けど事実だろうし、エーレガーンツ王国もヤーバンに落とされたからなあ」
困り顔になるユルゲンに俺も同じ気持ちだと深く頷く。何故、強大な力を持っているナイさまに喧嘩を売ってしまうのだろう。悪い考えかもしれないが、ナイさまに上手く取り入って甘い汁を吸えば、十分な益を齎してくれるだろうに。
彼女の見た目は年若いから、大人の者、特に男に舐められてしまうのだろうか。クロさまやジークフリードとジークリンデさんに側仕えのご令嬢がナイさまの側に控えている時点で、近寄ってはならぬ人となる。更にはとんでもスライムのロゼにヴァナルとフソウの神獣さまと仔たちに、天馬、グリフォン、他となるのに……状況を正しく判断できない人がまだいたなんて本当に驚きだ。
とはいえ一国の王でさえ彼女を舐めてかかり、ヤーバン王国により陥落した国がある。他にも怪しそうな所があると風の噂で聞いているが、どうなってしまうのか。しかしナイさまはグイーさまの石を配り終えたばかりというのに、トラブルに巻き込まれているようだ。俺が肩を竦めると、ユルゲンは苦笑いを浮かべる。
「侯爵閣下の功績は大きいですが苦労も多いですね」
「だな」
苦笑いのユルゲンに俺も苦笑いになる。ナイさまの周りでは頻繁にトラブルが起こっている。でも事件に巻き込まれても、彼女であれば問題なく解決できる。
敵対する人物に容赦はないが、他の方には無難な対応で済ませ更に敵を作ることはない。彼女が味方と判断している人には凄く気を使ってくれる。ユルゲンの言う通り、本当に功績は大きいが苦労も多い方である。フィーネさまも聖王国でいろいろと苦労なされているけれど、苦労の回数と規模はナイさまの方が多い気がする。
いろいろと便宜を図って貰っているので、領地貴族となれば領地を賜った恩返しを王家とナイさまとハイゼンベルグ公爵家――今はボルドー男爵家であるが――に返すことができるはず。でも、法衣準男爵でしかない俺がいきなり領地を賜って良いものだろうかと片眉を上げて悩んでいれば、ユルゲンが小さく笑って言葉を紡いだ。
「王家はエーリヒに侯爵閣下の力添えをと暗に仰っているのでは?」
「力添えと言ってもなあ。俺に家臣なんていないし、これから築き上げるとして誰が無名の俺についてきてくれるのか」
確かにナイさま個人の戦力は強大だが、信頼できる人物となれば凄く少ないのではなかろうか。ジークフリードとジークリンデさんに幼馴染のクレイグとサフィールだけでは絶対に侯爵家を切盛りできない。
ハイゼンベルグ公爵令嬢さまとヴァイセンベルク辺境伯令嬢さまだけでも足りないだろうし、今いる侯爵家の面々を足しても全然足りないはず。仮に俺がナイさまの味方になると宣言したところで、周りの皆さまは鼻で笑うだけだろう。
とはいえ王家から信頼されているからこその打診であれば嬉しいことはない。まだまだ実力は足りないけれど、将来ナイさまの侯爵家に力添えできることもあるかもしれないのだから。
それに領地を賜ったならばフィーネさまを正式に迎えるための一助になるのではないか。そう考えると悪い話ではない。けれどもやはり、圧倒的に領地運営する人材が足りていないはず。むうと唸る俺にユルゲンがくすくすと小さく笑いを零した。
「その辺りはエーリヒの実家となるメンガー伯爵家を頼れば良いでしょう? あ、僕もエーリヒの下でなら働きたいですねえ」
確かにユルゲンであれば信頼しているので有難い申し出である。ただ外務官として働いていた方が給金が良いのではと疑問に感じているのだが、本人はまんざらでもないらしくマジな雰囲気を醸し出している。
しかしナイさまも良いのだろうか。デグラス伯爵領は丸々ナイさまが接収しても良かったのでは。グイーさまの石配りの件もあるからナイさまの報奨として丁度良い気がするのに。まあ、俺が口を出すことではないし、せっかくの打診だから粛々と領地を賜れるように進むべきだろう。
「親父をか。曲がりなりにも伯爵家だしな。誰か紹介してくれるかも」
「ええ。繋がりを求めるのが貴族ですから、家から独立し出世をした息子を疎む方は少ないかと」
ふふと短くユルゲンが笑う。メンガー伯爵家は……家族は俺についてどう感じているだろうか。父親は俺の出世になにも言わないはずである。だが兄二人は俺になにか感じるところがあるかもしれない。
特に次兄は長兄のスペアとして育てられ、メンガー伯爵家を裏で支えるべき存在として生きている。俺が準男爵位を賜った際に浮かない顔をしていたのが次兄だ。母は息子の出世を素直に喜んでくれている。もし仮に母が継母という存在であれば、俺のことは疎ましく感じていただろうなあと目を細める。
「心配ですか?」
「少しだけ。次兄が面白くないんじゃないかってね」
心配そうな顔になったユルゲンに俺は顔に出していたかと気を引き締めた。でもまあ、気心知れた相手である。少々、俺の心の内が漏れたところで問題ない。
「兄弟仲はよろしくないので?」
「普通だと思いたい。貴族の兄弟ってさ、家督争いとかあるから複雑になりがちだよな」
俺が天井を見上げれば、ユルゲンが『そうですねえ』とぼやいた。どうやら彼にもなにか思う所があるようである。
「しかし俺にこんな話が舞い込んでくるとはなあ」
「エーリヒは侯爵閣下と親しいですからねえ。王家も閣下には信頼に足る方をと願っているのかもしれません」
僕もエーリヒのお陰で侯爵閣下とは話ができますし本当に有難いものですとユルゲンが言葉を付け足す。王家から俺に手紙が届いて一番楽しそうにしているのは誰だろうと考えていると、とある人物の姿が浮かぶ。
「ボルドー男爵閣下が面白がっていそうだなあ」
「遠い目になっていますよ、エーリヒ」
「いや、大笑いしている姿が浮かんで、一緒にいたナイさまが溜息を吐いているんだ。どうしてそんな姿が思い浮かんだんだろう……」
本当にボルドー男爵さまは愉快な方である。ハイゼンベルグ公爵位を次代へと譲り現役を引退したのだが彼の影響はまだまだ強い。ナイさまも彼を慕っているし、ボルドー男爵さまの命であれば不服な場合でも従いそうだ。
領地の話をフィーネさまにも告げようかと一瞬考えたのだが、まだ爵位を賜ったわけでもないし、きちんと王家から譲り受けた時で構わないだろう。突然舞い込んだ話に驚きはしたが、これからフィーネさまを俺が迎え入れるならば必要なものである。
うだうだ考えるよりも、お世話になっている方に正直に俺の現状を伝え、領地運営をしっかりできる方か補佐を務めてくれる方を紹介してもらおうか。とりあえず、上司であるシャッテン卿に相談してみようと、俺は本国にいる彼に連絡を取るのだった。
◇
私が王家に宛てた手紙の内容は、もしデグラス伯爵領を私が賜るのであれば、領地を分割できないかというお伺いである。ジークとリンは邪竜殺しの英雄として十分に功績を得ているのだから、領地を頂いても問題ないはず。
エーリヒさまにもお世話になっているし、これからも料理関係で苦労を掛けることになる。法衣の準男爵位持ちよりも領地持ちの方がお貴族さまとして格が上となるのだ。
持っておいて損はない。デグラス領もきちんと運営すれば黒字になると、彼の領地の収支報告書を熟読してくれた家宰さまが教えてくれている。あとは王家とジークとリンとエーリヒさまの気持ち次第だ。ソフィーアさまとセレスティアさまにもと考えていたけれど、先ずは私と近しい人たちからである。
「ジークとリンはどうだろう?」
執務が終わり、昼ご飯を済ませて自室でのんびりしている時間である。私の側にはジークとリンがいて、クロとアズとネルにロゼさんとヴァナル一家が揃っていた。クロたちは領地に興味はないだろうけれど、欲しい方は欲しがるものである。ジークとリンはどう考えているのかと私は首を傾げた。
「ラウ男爵の下で領地について学んでいるから、俺が当主として結果を出せるのかは気になるな。だが失敗すれば領地の人たちを路頭に迷わせることになる……安易に欲しいとは言えない」
「私はあまり。ナイの気持ちは嬉しいけれど、みんながいてくれればそれで良いし、今より上のものを望んでないよ」
ジークは興味があるけれど、実験を行うように気軽に受けるものではないと考えているようだ。リンも今の生活に満足しているようだし、当主として仕事をしなくてはいけなくなれば今より忙しくなる。私の護衛が務められなくなると考えていそうだなあと苦笑いを浮かべて、話題を変えるべくなにかネタはないかと頭の中で考える。
「そういえば、石が黒くなったって一報が入ってこないね。まあ、黒くなれば女神さまが感知してくれるはずだから待つ必要もないけれど……」
石が黒くなったという報は入ってこない。女神さま方も反応していないので、グイーさまの石は本当に落ちた神さまを捕まえられるのか疑問を抱えるのに、そう時間が掛からないのではなかろうか。いや、創星神さまを疑ってはいけないと私は椅子に腰かけて紅茶を飲んでいるジークとリンを見た。
「配り終えたばかりだから、ナイの気が早過ぎるんじゃないのか?」
「神さまを捕まえるなら時間が掛かりそうだね」
そっくり兄妹が苦笑いを浮かべている。気になるから私はなんども口にしているので、少し可笑しかったようだ。確かに気にし過ぎだし、なるようになるしかないのだろう。
幼馴染組でどこかへ遊びに行くと約束もしているし、拝領する予定のデグラス領にも視察に赴く予定である。他にもフソウに買い出しに行きたいし、そろそろユーリの行動範囲を広げたい。
ボルドー男爵さまはユーリと顔合わせを済ませているし、次はアルバトロス王家の方たちが適任だろうか。でもまだ二歳だし、気が早いかと息を吐いていれば、部屋の壁に掛かっている錫杖さんがなにか話したそうな雰囲気を醸し出していた。
『ご当主さま、急かして申し訳ないのですが、私の名前は決まったのでしょうか?』
錫杖さんについている魔石がピカピカと光りながらお伺いを立てられた。錫杖さんの名前は一生懸命決めているので、もう少し待っていて欲しい。
「忘れているわけじゃないよ。きちんと図書室で調べてるからね。女神さま方に候補を選んで貰っても良いかな、なんて考えているんだけれど錫杖さん的にはどうかな?」
いくつか候補を上げているし、ヴァルトルーデさまも私が錫杖さんにどんな名前を授けるのか気になっているようだ。ヴァルトルーデさまに名前をいくつか選んで欲しいとお願いしてみると、良いのと遠慮がちに聞いてきた。
候補を何個か上げて頂き、私が決めれば特に問題はないだろうし、錫杖さんが大丈夫ならば女神さまに決めて貰うのもアリだろう。贅沢な環境にいるなと私は錫杖さんを見つめる。
『女神さま方にいくつか名前の候補を決めて頂き、ご当主さまが最終決定なされるのですよね?』
「うん。そのつもり」
『なるほど。それでしたら。やはり使い手であるご当主さまに名を賜りたいのです』
女神さまには申し訳ないですけれど、と錫杖さんがへにょりと曲がる。どうやら女神さまに名前を決めて欲しい気持ちはあれど私の方が上にくるようだ。今度はふふふと機嫌が良さげに笑っている錫杖さんの下に毛玉ちゃんたちが床から立ち上がって壁を見上げる。
『毛玉、こちらにこないでください!』
錫杖さんは毛玉ちゃんたち三頭の接近に危機を察知したのか、魔石をピカーと光り輝かせる。なんとなく赤色に光っているので警告のつもりだろうか。
毛玉ちゃんたちは錫杖さんに拒否されて、目を丸く見開いて驚くものの直ぐに眉根を寄せながら前脚を床にべったり付け、後ろのお尻を上げて『むー!』と錫杖さんを睨みつけていた。
ジークとリンは錫杖さんと毛玉ちゃんたちのやり取りに慣れてしまったのか反応が薄い。ロゼさんはヴァナルのお腹の所でまったりしているし、そのヴァナルも床にゴロンと寝転がっていて毛玉ちゃんたちを気にしていない。雪さんと夜さんと華さんは『あらあらまあまあ』と言った様子で、スフィンクス像みたいな体勢で微笑ましそうに娘さんたちを見守っていた。
『にゃんで!』
『あしょぶ!!』
『おりてきちぇ!』
毛玉ちゃんたちは錫杖さんに抗議の声を上げ、後ろ脚の力だけで身体をぴょんと跳ねさせた。あと少しで錫杖さんに届きそうな位置に辿り着くのだが、そのあと少しが足りない。何度ぴょんぴょん跳ねても届かないため、毛玉ちゃんたちはピーと鼻を鳴らして拗ねている。面白くないと言いたげに、また錫杖さんを睨んでいたから私はつい口を挟んでしまった。
「ガジガジするからだよ」
そう。錫杖さんが毛玉ちゃんたちを警戒しているのは、彼女たちがガジガジと噛んで遊んでしまったからである。毛玉ちゃんたち的には遊んであげているつもりだったのかもしれない。
ただ本体が木でできている錫杖さん的には獣の牙と顎の力は恐れてしまうものだったようである。少し前から毛玉ちゃんたちにはあたりが強い。毛玉ちゃんたちの意識が私に向いたのか、くるっと顔だけを回してこちらを見ていた。
『しちぇない!』
『あしょんだだけ!』
『ちゅまんにゃい!!』
毛玉ちゃんたちは壁際から椅子に腰かけている私の下にぴゅっと走ってくる。相手をしろと言いたいのか、私の前に三頭が座り込んだと思えば伏せをして『遊んで!』と目で訴えている。そういえば毛玉ちゃんたちはボール遊びに興味はあるだろうか。知能の高い仔たちだから、犬と一緒にしてはいけないとボール遊びはしていなかった。
「少し待っててね」
私が椅子から立ち上がれば毛玉ちゃんたちが三頭揃って首を傾げている。ついでにクロとアズとネルとジークとリンも『どうした』と首を小さく傾げていた。ユーリの玩具に丁度良いかなと以前、どこかの店で買っていたボールがあったはず。どこに置いたかなあと探していると、机の引き出しに仕舞っていたようだ。
「ボールで遊んでみる?」
野球の玉ほどの大きさのボールを手で握り込んで、私は毛玉ちゃんたち三頭の前に差し出す。毛玉ちゃんたちはボールに興味が向いたようで、鼻先を近付けてスンスンスンと匂いを嗅いでいる。悪い物ではないと分かったのか、いったん匂うのを止めて床にちょこんと三頭が座り込んだ。
『にゃにすりゅの?』
『どうあしょぶ?』
『おもちろい?』
首を傾げながら問うてくる毛玉ちゃんたちに私は笑みを浮かべる。
「そうだねえ。庭に出てみようか」
毛玉ちゃんたちが素早く立ち上がり『はにゃく!』『いきゅ!』『あしょぶの!!』と声を上げた。ヴァナルものっそりと立ち上がって、私たちと一緒に庭へと出るようだ。ヴァナルのお腹のところにいたロゼさんは、立ち上がったヴァナルの所為でころころと転がり私の足下にきている。ジークとリンも一緒に向かうようだし、雪さんたちも立ち上がって庭に出るようである。さあ行こうかと私が声を上げると、壁に飾られている錫杖さんがぺかーと光った。
『ご、ご当主さま! 私を一人にしないでくださいまし!』
抗議の声を受けた私はボールを一度机に置いて錫杖さんを手に取った。そういえば私以外が触れるとシワシワになってしまうというのは本当だろうか。
「錫杖さん、錫杖さん」
『如何なさいましたか、ご当主さま』
私が錫杖さんに声を掛けていると、錫杖さんの長さが短くなっていく。
「私以外が錫杖さんを持つとシワシワになってしまうと聞いております。本当ですか?」
『確かに私には有り余るご当主さまの魔力を吸収し、魔素に変換する力が付与されておりますからね。魔力量が少ない方は確実にしわしわになってしまうかと』
錫杖さんの話を聞いた私は事実だったのかと驚きを禁じ得ない。念のために私以外が錫杖さんに触れるのを禁止して良かった。そして毛玉ちゃんたちは良く魔力を奪いつくされなかったなと安堵する。
「どうにかなりませんか?」
『どうにか……ですか。ならば悪意を持っている方が私を持てば魔力を吸い取るようにしましょうか。全てを奪いつくさなければ、気絶で済むでしょうから』
ご当主さまが安心なさるならば私はそれで良いのです、と錫杖さんが付け加える。毛玉ちゃんたちの魔力が減らなかったのは錫杖さんが喋り始めた頃だったので、もう少し前にやらかしていたら魔力を吸い取っていたとのこと。当の毛玉ちゃんたちは早く庭に行こうと私の周りをグルグル回っている。待たせてごめんと私は謝り、みんなで屋敷の庭へと辿り着く。
「私がボールを投げるから、楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃん、誰が一番にボールを持ってこれるか競争だよ」
私がルールを説明すれば、毛玉ちゃんたち三頭は分かったと言って私が握っているボールを必死に目で追っている。できるだけ遠くに飛ばそうと私は足を前後に開き、腕を後ろに回して勢い良く前に腕を動かす。
良い所でボールを放つと、ぽーんと飛んでいくボールを毛玉ちゃんたちが追いかけて行こうとしたその時だった。ヴァナルが毛玉ちゃんたちを超える脚の速さでボールを追いかけ、地面を跳ねているボールを口に咥えた。彼がこちらにふりかえると、尻尾をピンと立ててドヤ顔をしているのだが、直ぐにはっとしたようで尻尾がだらんと垂れさがる。とぼとぼとこちらに戻ってきたヴァナルに私が手を差し出せばボールを返してくれた。
「ヴァナル……どうしたの?」
ヴァナルが毛玉ちゃんたちの遊びを邪魔するのは珍しい。しょぼんとしているので反省をしているから責めはしないし、雪さんたちも『番さまは可愛いところがありますねえ』『つい、追いかけてしまったのでしょう』『致し方ありませんわ』と笑っている。
『主、ごめんなさい。つい……』
本人は本能に抗えずボールを追いかけてしまったようである。毛玉ちゃんたち三頭は戻ってきたヴァナルを見上げ、ぷりぷりと尻尾を地面にたたきつけている。
『とうちゃ、だみぇ!』
『じゅるい、とうちゃ!』
『もっきゃい!!』
父親であるヴァナルに怒っている毛玉ちゃんたちは可愛いなあと眺めていると、次は私たちだと言わんばかりに私にボールを投げろと彼女たちが求めるのだった。