魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0683:女子供が優先です。

 デグラス領領都にある教会の中に入り、通路を通って祭壇へと辿り着く。久方振りに聖女の衣装を身にまとっているため、祭壇に向かって祈りを捧げているとヴァルトルーデさまが妙な雰囲気を醸し出している。どうしたのかと後ろを振り向けば、ステンドグラスを見上げて神妙な顔になっている。

 

 「ここの教会の女神もふくよかだ」

 

 ヴァルトルーデさまの声に隣に立っていたジルケさまが諦めろよと小声で呟いた。どうやらステンドグラスに描かれているふくよかな女神さまを見て、また一柱さまで落ち込んでいるようだ。

 そもそも信仰が生まれた時期と女神さまが大陸をウロウロしていた時期は重ならないので、諦めた方が心情的に楽になれる。まあ信仰心も女神さまの力の一部になる――極僅からしい――ので、ご自身の姿は正確に描いて欲しいのかもしれないと私は前を向けば、神父さまが真面目な顔をしている。あ、これ……王都の神父さまが女神さまについて語る時の真剣な顔と同じだと気付いた時には既に遅かった。

 

 「西大陸にある教会はふくよかな女神さまが描かれておられますよ。むかし、むかし、今のように文明が発展していなかった頃、女神さまは飢えている者たちに施しを授けました」

 

 だからこそ教会では女神さまのご行為を敬って、炊き出しを行うのですと滑らかに語る。そういえば王都の貧民街に住んでいた頃、教会で炊き出しがあると噂を聞きつけて仲間で集まっていた時、施しを受ける前に女神さまの話を聞かされた記憶が蘇った。

 随分と昔で消えかけていた記憶が良く戻ってきたなと感心するのだが、ヴァルトルーデさまは食べることが専門で本当に人間に施しをしていたのか微妙である。

 

 「女神さまは食べることに困ることはないのだと信じられているのです。侯爵閣下は女神さまのご尊顔を知っているのですから、真実は閣下にお聞きくださると良いでしょう」

 

 ドヤと説明してくださる神父さまには申し訳ないのだが、女神さまは今貴方の目の前にいらっしゃいますよとは言えない。彼は女神さまが私と行動しているとは露とも頭にないようである。知らない方が幸せかと正体を明かすかとヴァルトルーデさまに無言で確認を取れば、黙っていた方が女神さま的には良いそうだ。ならばふくよかな女神さまの姿には慣れて貰わなければと私は小さく肩を竦め、ジルケさまが『気にすんなよ、姉御』と言いたげな顔になっている。

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまはバラしても良いのではという考えであるものの、女神さまが黙っていて欲しいと願っているなら無茶は言えない。ジークとリンはどちらでも構わない口だし、他の護衛の方は『大丈夫かなあ?』という心配そうな顔になっている。

 

 「神父さま、シスター。祈りも捧げましたし、料理場へ向かわせて頂ければと」

 

 「ああ、そうでした。申し訳ありません。女神さまのことになるとつい熱く語ってしまう癖が抜けないもので」

 

 少し困り顔になっている神父さまの信仰心の篤さに感心しながら、私は彼の気持ちを無下にしてはならぬと口を開いた。

 

 「いえ。女神さまの素晴らしさを後世に語り継ぐことは必要でしょう」

 

 嘘も方便と言われて久しいが、こうでも言うしかない。できることなら教会の教えのままの女神さまが末永く語り継がれることに期待しよう。決して女神さまが健啖家であり、割と天然が入っている方だと人類は知らない方が良い筈である。神父さまの案内で聖堂から裏へ周り、教会の調理場へと足を運ぶ。王都の教会より規模は小さいが、調理場として十分機能する。少し残念な所は炊き出し用の大鍋や道具類に埃が被っていることだろう。

 

 「大鍋を動かせる者が少ないため、最近は炊き出しをめっきりと行わなくなりました。そもそも元ご領主さまが……いえ。新しい代官殿によって領地の状況は好転するはずですから、いつまでも落ち込んではいられませんね」

 

 はあと大きく息を吐く神父さまに私は笑みを浮かべる。

 

 「一先ず、道具を洗いましょう。申し訳ありませんが、皆さまご協力をお願いします」

 

 私は教会の神父さまを差し置いて指揮を執り始めた。ジークがさっと動いてくれて埃を被っている大鍋を一人で持ち上げる辺り、本当に力自慢だなあと感心してしまう。リンは私の側を離れるつもりはなく、他の護衛の方がジークのフォローに入っている。

 

 「人手が全く足りていないな。私も手伝おう」

 

 「わたくしもお手伝い致しますわ。火を使い始めれば用済みでしょうけれど」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまも声を上げ服の袖を捲る。ヴァルトルーデさまとジルケさまも手伝ってくれるようで、ご令嬢さま二人になにをすれば良いのかと聞きに行っている。侯爵家に居候を始めた頃の二柱さまであれば、指示は私に求めていたに違いない。本当に侯爵家の皆さまと仲良くなっているなあと目を細め、私は隣に立っているリンを見上げる。

 

 「リン、外に出て良い? 麦の搬入がどうなっているのか気になる」

 

 四頭の小型の竜の方たちは気さくなので御者さんたちの指示を聞いてくれているはずである。ただ小型であろうと竜は珍しいし、怖がっている方がいないかも気になっていた。麦の搬入を済ませなければ調理に取り掛かれないし、ジークがいるなら準備を任せていても大丈夫だ。

 

 「ん、分かった。兄さん、ナイと外に行ってくる」

 

 「ああ。気を付けてな」

 

 そっくり兄妹は簡潔にやり取りを済ませると、私はリンと一緒に外へと様子を伺いに行く。神父さまとシスターたちは久方ぶりの炊き出しに感動に胸を震わせていて、教会の事務方も嬉しそうな表情を浮かべて調理場を行ったり来たりしている。

 食べ物が行き渡っていなかったため、領地の皆さまはお腹を空かせているはずだ。全員に行き渡る食料を配れるのかと問われれば否と言わざるを得ないが、今回は飢えている子供に行き渡れば良い。

 支援は継続するし、王家もデグラス領の改善に力添えをしてくれる。料理場の外に出れば、四頭の小型の竜の方たちと荷下ろしをしてくれていた御者の方や領地の男性陣が固まっていた。領地の方は既にへばっているので体力の衰えが目に見て取れる。私の姿を見た方たちは軽く頭を下げれば、四頭の小型の竜の方たちがてってってと軽快に私の下へとやってきた。

 

 『聖女さま、終わったよー!』

 

 『僕たち麦袋を背中に載せて運ぶの手伝った~』

 

 『力持ちって褒めてくれたよーあっちだと強い竜がいっぱいいるから』

 

 『褒めてくれるの嬉しいねえ~楽しいねえ~』

 

 小型の竜の方たちは荷運びが終わったと、テレテレと喜んでいる。無邪気だけれど、そこは竜種となるので力は人間の何倍もあるのだろう。大量の麦袋を荷車から降ろすには結構な時間が必要なはずなのに、短時間で終えられたのは彼らのお陰だ。

 

 「ありがとう、お疲れさま」

 

 私がなにか欲しい報酬があるかと問えば、私の領地に遊びにきても構わないかと問われた。もちろん構わないよと伝えるのだが約束して欲しいことがある。

 

 「みんな飛べるよね?」

 

 私が問えば四頭の小型の竜の方たちが『もちろんー!』『竜だからね~』『飛べない仔もいるけれど、僕たちは飛べるよー』『飛べない仔たちはね~走るのが大好きなんだよ~』と矢継ぎ早に答えてくれる。飛べるなら私のお願いを聞いて貰えると安堵して口を開いた。

 

 「領都の外を走っても良いけれど、領都の中に入る時は飛んできて欲しいんだ。お願いできるかな?」

 

 私が小さく首を傾げると、肩に乗っているクロもこてんと首を傾げている。それと同時に四頭の小型の竜の方たちもこてんと顔を傾げた。誰かが見ていれば『なにをしているんだ』と突っ込みを頂きそうだが、今は寡黙なリンしかいない。

 むしろ微笑ましい光景だと捉えているのか小さく笑っている気がする。分かった~と陽気に答えてくれる竜の方たちにありがとうと感謝を告げて、私は料理場に戻るのだった。

 

 ――数時間後。

 

 匂いに誘われてきたのか調理場には多くの教会関係者が集まっている。中には既にぐうぐうとお腹を鳴らしている方がいるのだが、その中に女神さまが交じっているのではなかろうか。ヴァルトルーデさまは今回お手伝いできたことが嬉しかったようで機嫌が良い。ジルケさまは機嫌の良い長姉さまに少し呆れているものの、まんざらでもない様子である。

 

 女神さまが炊き出しを手伝ったなんて噂が広まれば大事だから、墓場まで持っていかなければならないだろうか。

 

 女神さまのご尊顔がバレれば問題となるのは明白だが、炊き出しさえ終わればこちらのものだろう。一先ず、炊き出しに参加する方たちの腹を満たして頂き、それから教会の外に赴いて始めることにした。

 既に教会前には多くの方が集まっているそうで、子供が優先だとお触れを出して貰っている。お腹を空かせた方たちが暴徒と化してしまわないように、申し訳ないけれどヴァナルと雪さんと夜さんと華さんには元の姿で見守って貰うことにしている。

 アストライアー侯爵家の馬車で乗り付けているため、私が領内にいることは民の皆さまにバレている。脅しに近いけれど、暴徒化されると凄く面倒なのだ。元居た日本のように根気強い民族であれば耐えてくれるはずだが、どうなるのか少々心配になるし、ソフィーアさまとセレスティアさまも配給が足りなければ暴れる可能性があると示唆してくれている。

 

 「さて、始めましょうか。もし仮に領地の方々が暴れ始めたならば直ぐに鎮圧致します」

 

 私が声を上げると教会の皆さまとアストライアー侯爵家の皆さまが頷いてくれた。暴力には圧倒的な力で対応することになるが、致し方ないと皆さまは納得してくれている。

 

 「ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんには変なことを押し付けてごめんね」

 

 『お腹空かせてるなら、仔が優先されるのは当然。変なの追い出す』

 

 『秩序がなければ、手を焼きますからねえ』

 

 『わたくしたちが大きくなることで、乱暴な輩を威圧できるのであれば構わないでしょう』

 

 『同じ状況がフソウで起こったなら、あの子たちもナイさんと同じ判断を下すかと』

 

 ヴァナルは本当に小さい子に関して優しいし、雪さんたちは為政者としての判断をしている。ありがとうと再度お礼を伝え、大鍋で炊いた麦粥を小さ目の寸胴に移してみんなで運ぶ。

 ヴァルトルーデさまとジルケさまもしれっと参加しており、教会の皆さまと少しだけ、ほんの少しだけ距離を詰めている。やはり教会のステンドグラスは今のままの方がヴァルトルーデさまにとって良いことかもと私は小さく笑い、教会の正面扉を抜ければ凄い人数が集まっている。

 

 「足りないですね……申し訳ありませんが、粥の追加をお願い致します。ロゼさん」

 

 私は教会の皆さまに顔を向けてお願いすると驚いた顔をしていた。持参した残りの麦は後日使おうと決めていたのに、即、私が反故にしてしまったためだろう。

 とはいえ、こんなこともあろうかと私は別に麦を用意していたのである。ロゼさんに余剰している麦を持って貰っていたのだ。量は流石に沢山持ってこれなかったけれど、今回の炊き出しの追加分くらいは賄える。私の影からロゼさんがぴょーんと飛び出して、嬉しそうにスライムボディーをぽよんぽよんと跳ねさせていた。

 

 『マスター! ロゼ、役に立ってる?』

 

 「うん。ロゼさんにはいつも無茶を言ってごめんね」

 

 『無茶じゃない! ロゼ、マスターの役に立つなら嬉しい。だからハインツや女神さまに魔術を教えて貰ってる!』

 

 問題ないとロゼさんは言いながら教会の裏へと下がって行った。流石にこの場で麦を出せば領の皆さまに見えてしまう。教会に襲撃されれば大問題に発展するだろうと、ロゼさんには調理場で麦を出して貰うようにとお願いしたのだ。

 

 「皆さま、今回はアストライアー侯爵閣下のご厚意で炊き出しを行えることになりました! 先ずは子供が優先され、次に女性となります!」

 

 教会の神父さまが階段の上で声を張り上げれば、集まっていた皆さまの視線が一気に私へに刺さる。私は黙って見ているだけに留めたいのだが、それでは視察にきた意味がなかろうと息を吸い込んだ。

 

 「この度、デグラス領の視察に参らせて頂きました。今後、暫くの間はアルバトロス王家が領地の管理を行うことになります。次第に状況は改善され、皆さまに安寧の時間が訪れるでしょう。それまでの辛抱です。今少し、耐え忍んでください!」

 

 一気に声を出して息を吐く。集まっている皆さまが未来に抱く不安を打ち消すことができただろうか。疑問に感じていれば、私に集まっていた興味の視線の質が少しづつ変化していた。

 

 「竜使いの聖女さまー!」

 

 「アストライアー侯爵閣下、ありがとうございます!」

 

 「創星神さまの御使い!」

 

 「まさかお姿を見られるなんて!!」

 

 群衆の皆さまから湧き上がる声に私は少し引きながら、一先ず子供たちの腹を満たさねばと配給の列を形成するようにと告げるのだった。

 

 ◇

 

 流石に侯爵令嬢どころか侯爵位を持つ私が配膳に関わるわけにはいかないため見守りに徹する。ヴァルトルーデさまとジルケさまは面白そうだからと言って配膳作業に参加するとのこと。ちなみにお二人は男爵家のご令嬢という適当設定を付与している。

 

 ヴァルトルーデさまもジルケさまも平民と言い張っても誰も信じてくれない圧を発しているため、ここは低い貴族位のお嬢さまと称した方が信じてくれるだろうとなったのだ。教会の皆さまも『雰囲気があるのは、そういうことなのか。さぞ立派なご両親なのだろう』と勘違いしてくれている。騙して申し訳ないが、女神さまと露見するより事がスムーズに運ぶ。

 

 配膳の列は子供を先に並んで貰っているのだが、あちこちで割り込みが発生していた。親まで子供を示唆して列に割り込んでいるから本当に秩序が悪いというか。

 お腹が空いて早く食べたいという気持ちは理解できるけれど、順番をきちんと守っている子供たちに申し訳が立たない。私は護衛の方にお願い――ガタイの良い強面の方を選んだ――して、割り込んだ子供は列の最後尾に並んで貰う。ズルは成功しないと理解してようやく割り込みが収まった。ちなみにヴァナルと雪さんと夜さんと華さんには私の影の中で待機して頂き、大人組が列を形成する時に外に出て貰うつもりである。

 

 子供だけでも二百人以上いそうだし、大人となれば果たして何人並ぶことやら。家から出られない人もいるだろうし、流石は伯爵位の領都である。

 

 「では配膳を開始し致します。量は十分に用意しておりますので、慌てずゆっくりお進みください」

 

 神父さまが代表して声を上げる。先程、お腹を満たしたためか、食べる前より顔の血色が良くなっていた。シスターたちも同様で、寸胴の前に立ちお玉を握って子供から受け取ったお椀――自前で用意するようにと、お願いしておいた――によそっている。

 シスターからお椀を受け取った子供たちは、場を一目散に走り去って家へと戻っているようだ。転倒しないようにと私が目を細めていると、お粥が入ったお椀を握りしめた子供が私の側へと近づいた。ジークとリンがすぐさま前に立つものの、子供たちに敵意がないと分かっているため圧を発していない。距離が空いているものの、これ以上近づいては駄目だと子供なりに理解しているようだった。

 

 「せいじょさま、ありがとう!」

 

 「ごはん、食べれる!」

 

 ジークとリンと距離を取り、その場で子供たちはお礼を告げる。早く食べたいだろうに感謝を私に伝える子供の素直さは尊いものだろう。私は子供たちに視線を合わせようと、少しだけ足を屈めて言葉を紡ぐ。

 

 「どういたしまして。ゆっくり食べてね。また、お腹が空いてたまらない時がくると思うけれど、今少しの辛抱だから」

 

 私が伝え終えれば子供たちは足早に去って行く。本当は毎日配給できれば良いけれど、私が持参した麦にも限りがある。念のためにとロゼさんに持って貰っていた麦も放出してしまった。王家の代官さまが派遣されるまであと数日あるし、領の状況を改善するにしても時間が掛かる。

 目の前の子供たちが一時だけ腹を満たしてなにになるというのかと歯を食いしばりたくなるが、貧民街時代に教会で炊き出しを頂いた時の感謝を私は忘れていない。空腹を満たした安堵感と、まだ生きることができるという希望は心の拠り所だったのだから。

 

 子供たちが走り去ったことでジークとリンが私に振り返った。そっくり兄妹の瞳はどこか寂しげである。もしかして昔を思い出しているのだろうか。

 

 「ままならないが……子供たちがようやく笑ったな」

 

 「ん。子供は素直」

 

 そっくり兄妹がふっと笑えば一陣の風が吹き抜ける。本当にままならないけれど、なにもしないよりマシだろう。私がふうと息を吐くと肩の上に乗っているクロが顔を擦り付けてきた。

 

 『竜も人間も他の種族も子供は宝だからね~元気でいてくれると良いけれど』

 

 「うん」

 

 少し呑気なクロの声に私は笑って頷く。本当に彼らが元気でいてくれると良いのだが。また列を成す子供たちへ視線を移せば随分と捌けているようだ。もう一度列に並ぼうと試みる子供がいるのだが一杯で終わりと伝えてある。申し訳ないけれどルール違反は認められないと護衛の方に列から出て貰うように指示をした。

 ズルをしようとした子供は抵抗するものの、他の並んでいる子供の視線が痛かったようですごすごと家へと戻っている。なにも問題なく子供の分は配り終えることができそうだと安堵していれば、神父さまがこちらへきていた。

 

 「子供たちは終わったようですね。遅れてきた子供は如何なさいましょう、閣下」

 

 「大人と列を分けられますか?」

 

 流石に大人と一緒に揉みくちゃにされるのは子供が可哀想である。特別扱いとなってしまうが、子供を優先させた時点で集まっている大人も理解しているだろう。

 

 「小分けした鍋か寸胴を増やせば可能です。裏では追加の粥を作っているので、まだまだいけますよ」

 

 神父さまが笑みを深めた。ならばそれでと私は彼にお願いをして、今度は大人の番になると気合を入れ直す。おそらく気の荒い方たちがいるので小競り合いが発生することは予測済み。王都での治癒院や炊き出しで割と頻繁に見る光景なのだから、伯爵領でも同じ状況に陥るはず。

 

 「ヴァナル、雪さんと夜さんと華さん、お願いします」

 

 私の声で影の中から元の姿のヴァナルと雪さんたちがひゅばっと出てきた。突然現れた大きなフェンリルとケルベロスの姿に、喧騒に包まれていた教会前がしんと静まり返る。毛玉ちゃんたち三頭もヴァナルと雪さんたちと共に影の中から出てきているのだが、元の姿になっている二頭に皆さまの視線が集まっていた。

 

 『主のお願い大事』

 

 『元の大きさに戻るだけですからねえ』

 

 『興味深いものを見させて頂いているだけですもの』

 

 『ええ。対応は人間の方たちがするでしょうし』

 

 ヴァナルがキリっと答えてくれ、雪さんたちもお茶目に返してくれた。毛玉ちゃんたち三頭は自分たちに注目が集まらないことに怒っており、毛をぶわっと逆立てて大きくなろうとしている。

 

 『まだ、時間必要』

 

 『ええ。仔たちが私たちのように大きくなるのは百年や二百年は掛かるのではないでしょうか?』

 

 『しかし環境が良いので縮まる可能性もありますね』

 

 『松風と早風はゆっくりと大きくなることを選んだようですし、椿と楓と桜はどうするつもりでしょうねえ。楽しみです』

 

 ヴァナルと雪さんたちが呑気に会話をしているけれど、毛玉ちゃんたちは不貞腐れ、教会前に集まっている方たちはまだ視線を奪われたままである。ヴァナルたちの大きな姿に喜んでいる方もいるのだが、少しやり過ぎただろうか。

 けれど抑止力は抜群のようで、小競り合いや喧嘩は始まらない。教会の皆さまには事前に伝えていたので驚いてはいないだろうと配膳の場に立っている彼らを見れば、ポカンと呆けていた。どうやら想像より大きいサイズだったようで固まっているのが分かる。早く意識を戻してくださいなと私が願えば、彼らははっとした顔になり前を向く。

 

 「神父さま、大人の皆さまへの配膳を開始しましょう」

 

 「は、は、はははは、はい! ええ、ええ、直ぐにでも!」

 

 神父さまもヴァナルたちに視線を向けつつ、配膳場に立つ皆さまへと指示を出している。ヴァナルと雪さんたちは私の横にちょこんと座り、配膳場の方へと視線を向けていた。毛玉ちゃんたち三頭は拗ねていたことは忘れて、ヴァナルと雪さんたちの横に並んでドヤと顔を上げている。

 

 大人組への配膳が開始されて列がゆっくり捌けていく。ヴァナルと雪さんたちの姿に落ち着かないかもしれないが、喧嘩や問題を起こす方が減るのは良いことだ。

 王都の教会では荒くれ者に手を焼いて教会騎士が出動するのが常である。今日は教会騎士の方の手が足りない上に人員もギリギリだったということも、ヴァナルたちに大きくなって貰った原因の一つだ。

 

 「今更だけれど、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんたちは大きいね」

 

 彼らの体長は十メートルほど。そりゃ超大型竜の方と比較すると小さいが、こうして横に並ぶと随分と迫力がある。ヴァナルと雪さんたちと視線を合わせたいなら、私は随分と顔を上げなければならない。

 

 『主のお陰』

 

 『わたくしたちは元々長い年月を経て今の姿となっておりますが、番さまの成長の速さは目を見張りますね』

 

 『以前の記憶があるからでしょうけれど、それにしたって早い成長かと』

 

 『ですから私たちは番さまを選んだわけですが』

 

 ふふんとドヤるヴァナルと落ち着いて説明してくれる雪さんたちに、私はふと気付いたことがあった。

 

 「あれ? 雪さんと夜さんと華さんが元の姿で毛玉ちゃんたちを産んでいれば、毛玉ちゃんたちは今よりもっと大きかったとか?」

 

 雪さんたちは屋敷の部屋の中で毛玉ちゃんたちを出産したため狼サイズで産んでいる。もし今の姿で毛玉ちゃんたちを産んでいれば、彼ら彼女らはもっと大きく立派になっていたのではなかろうか。

 

 『ナイさんの下であれば強い仔が産めると判断してのことですからね』

 

 『今の大きさで産んでいたとしても、仔たちの大きさは変わらないかと』

 

 『少し出産が楽だったかもしれない、というくらいでしょうか』

 

 雪さんたちがこてんと首を傾げながら教えてくれた。小さい姿でも、元の姿でも毛玉ちゃんたちは毛玉ちゃんたちのままであるようだ。当の毛玉ちゃんたちはなんのことか良くわかっておらず、頭の上に疑問符を浮かべているけれど。

 

 「そっか。問題ないなら大丈夫だね」

 

 本当に良かったと私は安堵すれば、雪さんたちが小さく笑う。

 

 『お気遣い感謝です』

 

 『ええ、本当に』

 

 『ナイさんは小さなことを気にし過ぎです』 

 

 雪さんたちがにこやかに笑っていると、列の方では割り込みが発生しているようだった。その度に護衛の方が走っていき、列に割り込もうとした方を最後尾送りにしていた。 

 子供であれば仕方ないと思えるが大人がやればみっともないと思えるのは不思議なものだ。雪さんたちが冗談めかして『ズルをした方の隣に座れば面白そうですね』『私たちが列の側に行けば、今より減るでしょうねえ』『かと言って、なにもしていない方も驚いてしまいましょうから』と息を吐く。ヴァナルは列をじっと見つめて、人間の行動を観察しているようだった。毛玉ちゃんたち三頭も面白そうに列を成している大人たちを見ている。

 

 そうして時間が流れ、お昼から夕方へと移り変わっていた。

 

 「ようやく終わりましたね。皆さま、長い時間お疲れさまでした」

 

 なにもしていない私が言うのもおかしなものだが陣頭指揮を執っていたのだ。始まりと終わりを告げる義務はあるだろう。既に領都の街の皆さまは各々家へと戻っている。あとは片付けをして、次の炊き出しに備えるのみだとみんなで顔を合わせた。次の炊き出しに私たち侯爵家一行は顔を出さないけれど、上手くことが運びますようにと願わずにはいられなかった。

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