魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0686:ハッスル、ハッスル。

 アルバトロス王都のタウンハウスであるヴァイセンベルク辺境伯邸で、私、アルティア・ヴァイセンベルクは胸を高鳴らせている。ナイさまから豚肉料理を提供した立食会を企画したので参加しませんかと、ヴァイセンベルク家に招待状が送られてきた。

 急にどうしたのかと彼女の側仕えを務める我が娘のセレスティアに詳しい話を聞けば、美味しい品の独り占めは駄目だと仲の良い方を誘っていれば割と豪華な面子となってしまったとのこと。セレスティア曰く、ナイさまの本心は少し別の所にあるようで……――。

 

 『料理人の者たちにたくさん料理を作って貰い、いろいろな品を食べたいというのがナイの一番の目的のような気がいたしますが……』

 

 ――というのがナイさまの本来の目的のようである。ナイさまは華奢だというのに成人男性並みの食事を摂っている。美味しい品ともなればお腹の中に大量に収められるのだろう。

 私はアストライアー侯爵家が提供する豚肉料理も楽しみであるが、ナイさまの家に居着いている幻獣と魔獣たちが目的と言って良い。というか、豚肉よりもそちらの方に比重が傾いている。立食会は夜から開かれるものの、ナイさまは朝から屋敷にいるので、向かう時間は問わずと告げられている。私は新調した流行りのドレスを身に纏い、旦那さまとセレスティアがいる部屋に侍女を数名従わせながら入った。

 

 「気合を入れ過ぎではないか?」

 

 「ええ。ナイの屋敷にお邪魔するだけですのに」

 

 わたくしが部屋に入って早々に旦那さまとセレスティアの視線が刺さっている。片眉を上げ苦笑いを浮かべる旦那さまと鉄扇で口元を隠した娘が一言申すのだが、気合を入れてなにが悪いのだろう。

 王太子殿下夫婦にハイゼンベルク公爵夫妻、リヒター侯爵夫妻に他の貴族の方々とナイさまと親交を深める若者たちが参加する他に、女神さまもいらっしゃるのだ。粗相などできようもないし、みっともない格好もできるはずがない。我が旦那さまと娘はいつも通りの夜会に向けた格好だ。特に問題はないけれど、もう少し気を張っていても良いではないだろうかとわたくしは口を開く。

 

 「旦那さまもセレスティアも、女神さま方と魔獣と幻獣がいる場に立つのです! どうしてそう落ち着いていられるのですか!!」

 

 「アストライアー侯爵は華美な装いは好んでいないだろう?」

 

 「ナイが主催の立食会ですもの。確かに高貴な方々が参加されますが、普段通りで宜しいのでは? そもそもナイはいつも世話になっている者に招待状を送っているので気になさらないかと」

 

 私の抗議に旦那さまとセレスティアはどこ吹く風で落ち着いたものでした。少し早いですが王都のアストライアー侯爵邸に向かい、庭でお茶を頂こうと計画しているというのに。庭に出れば魔獣や幻獣の方と触れ合える環境に赴くというのに……! 

 

 セレスティアは私と同様に魔獣と幻獣に対して並々ならぬ思いを寄せておりますが、ナイさまの側仕えが長くなり彼らの価値が貴重だと思えなくなっているのかもしれない。旦那さまもセレスティアもわたくしの気持ちを理解してくれないのね、などと言う悲劇の女を気取るつもりはないが、楽園に赴くために気合を入れるのは当然だと理解して欲しい。

 

 「ナイさまは変わったお方ですわねえ。美味しい品を手に入れたならば、普通は独占しようとするのに。わたくしたちにも食べて欲しいだなんて」

 

 本当に。普通の貴族であれば誰にも渡さないと画策するでしょうに、ナイさまはご飯を食べようと皆を誘ってくださっている。女神さま方まで参加するのは例外中の例外……というか、普通はあり得ないけれど、楽しい立食会となりそうだ。

 貴族はアルバトロス王国の者たちが殆どを占めているが、聖王国から大聖女さまお二人と聖女さまがやってくる。以前、ミナーヴァ子爵領領主邸完成祝いの席で挨拶をさせて頂いており、可愛らしい子たちであった。彼女たちにも会うのが楽しみである。そしてナイさまが提供してくださる豚肉料理も当然期待していた。

 

 「日頃の礼らしい。我らは彼女から齎される恩恵に浸っているというのに律儀なものだ」

 

 旦那さまが片眉を上げ困ったように笑う。三年前の大規模討伐遠征を切っ掛けにヴァイセンベルク家はナイさまの後ろ盾となっているが、我が家が後ろ盾らしいことをした記憶はない。

 亜人連合国からドワーフの職人が作成した武器の購入や領地のとある場所にある大木と竜たちの噂やらで、ヴァイセンベルク家は他の貴族家から一目置かれるようになっている。もちろん辺境の護りを預かる家として名を馳せていたが、別のことで名前が売れるとは本当に予想外だ。旦那さまも予想外に齎されたものに困惑しているのだから。

 

 「旦那さま。ヴァイセンベルク家がナイさまを裏切るようなことがあれば、わたくし自身ごと我が家を破壊しつくしますから」

 

 恩恵は多大だから、ナイさまに失礼なことなんてできない。そもそもナイさまの噂はとんでもないものだし、二つ名もたくさん頂いているようだが、彼女と付き合いがあれば普通の方であると分かる。

 温和で驕ることもなく、爵位が下の者にも横柄な態度にならない。娘のセレスティアを今でも『さま付け』で呼んでいるようだし、本当に噂と本人像が乖離している。もしヴァイセンベルク家がナイさまを害するようなことがあれば、自らの身を差し出してヴァイセンベルク家を滅ぼそう。

 

 「怖いことを言うな。ヴァイセンベルクの名に誓い、彼女を裏切る不義理はしないよ」

 

 旦那さまは真面目な顔になり答えてくれた。もちろん旦那さまがナイさまに害をなすことや、裏切ることはないと分かっているが念のためである。ふいにセレスティアが開いていた鉄扇を閉じて音を鳴らし真面目な顔になった。

 

 「お父さま、わたくしもお母さまに加勢しますので」

 

 どうやらわたくしの娘もナイさまを気に入っているようだ。以前の娘であれば今のような台詞を吐くことはなかっただろう。ナイさまの側仕えにして良かったとわたくしが笑っていれば、旦那さまが盛大に溜息を吐いた。

 

 「私が誓ったあと、セレスティアまで怖いことを言わんでくれ」

 

 旦那さまがまた大きく息を吐いて席から立ち上がり出発しようと告げた。わたくしは良しと気合を入れ、側にいる侍女たちに衣装の乱れがないかと確認を取った。そうして馬車に乗り込み王都の貴族街を暫く走っているとアストライアー侯爵邸に辿り着く。

 

 「そういえばマルクスは?」

 

 降りる前、ふと旦那さまが娘の婚約者を思い出したようだ。彼は少し顔を傾けて心配そうにしている。

 

 「マルクスさまは騎士団の訓練に参加しているので、夕方から顔を出すと」

 

 セレスティアの婚約者であるマルクス・クルーガー伯爵子息は食事前には顔を出すようである。わたくしは、せっかく魔獣や幻獣がいる環境なのに勿体ないことをと肩を落とす。

 

 「彼と上手くいっているのか? あまり強く出過ぎれば嫌われてしまうぞ」

 

 「ええ、上々でございましょう。特に問題はありませんわ!」

 

 少し困り顔の旦那さまにセレスティアが自信満々に言い放った。本当に上手くいっているのかは微妙だが、家の者からの報告では、二人は無難に過ごしているとのこと。

 時折、クルーガー子息がお茶目をしてセレスティアの拳が飛んでいると苦笑いを浮かべていた。クルーガー伯爵からは馬鹿息子を鍛えて欲しいと請われているので構わないが、確かに手を出し過ぎるのは些か不味い。せめて取り繕える夫婦でいて欲しいけれど、娘は将来恐妻となってしまいそうだとわたくしも困り顔になる。

 

 「出よう。迎えの者が待ってくれているようだ」

 

 「はい、旦那さま」

 

 旦那さまの声にわたくしは返事をして、セレスティアは静かに頷いた。久方ぶり……というか初めての王都のアストライアー侯爵邸にお邪魔するので楽しみだと旦那さまのエスコートを受けながら馬車を降りた。セレスティアは降りて早々に迎えにきてくれたナイさまと挨拶を済ませたようである。きちんと言葉を交わしたのか少々不安であるが、わたくしは旦那さまと共に前を向いた。

 

 三年前から変わらぬ姿のナイさまの肩の上には竜がいる。後ろに控えるのは背の高い赤毛の双子――この子たちの肩にも小さな竜が乗っている。凄く羨ましい。嫉妬しても良いだろうか――がおり、二人の横にはフェンリルとフソウの神獣であるケルベロスに彼らの仔が三頭も控えている。

 更にその後ろには黒い天馬と赤い天馬が興味深そうにわたくしたちを見ているのだ。嗚呼、本当にここは天国かと目を細めていると、ナイさまの前を横切った黒猫が少し離れた位置にちょこんと座った。

 三本の尻尾がゆらゆらと揺れており、ただの猫ではないと直ぐに分かる。わたくしの家でお預かりしている猫の母親であるのだが、人前に現れるのは珍しいような。グリフォンはヤーバン王国へと旅立っているそうで挨拶できないのが残念だ。

 

 「ようこそいらっしゃいました。ヴァイセンベルク辺境伯閣下」

 

 「アストライアー侯爵、ご招待感謝致します。閣下呼びはそろそろ卒業でしょうな」

 

 ナイさまが笑みを浮かべ、旦那さまが少し緊張気味に挨拶を交わした。確かに功績はヴァイセンベルク辺境伯家よりもアストライアー侯爵家の方が多大であり、ナイさまが旦那さまを閣下呼びするのは少々不味い気もする。

 とはいえナイさまらしく『後ろ盾を務めてくださっているのですから、構わないかと』と片眉を上げて旦那さまの申し出を柔らかく断っている。そうしてナイさまがわたくしを見上げて視線を合わせました。

 

 「ナイさま、ご招待ありがとうございますわ! 今日という日をとても、とっても楽しみにしておりましたの!」

 

 「アルティアさまもお元気そうでなによりです。日中はあまりお構いできませんが、ごゆっくりお過ごしください」

 

 嗚呼、これから幻獣や魔獣の皆さまと戯れることができると、わたくしの頬が勝手に緩んでしまいます。ナイさまはわたくしの心の内を理解してくれているのか、なにも言わず挨拶のみに留めてくださいました。

 そうしてナイさまが何故か後ろを振り向いて、一人の女性と目を合わせます。歳の頃はわたくしと同年代の方ですが、一体どなたでございましょうとわたくしと旦那さまが首を捻りました。

 すると女性は背を屈めて地面の方へと視線を向けました。ヴァナルさまとフソウの神獣さまの背に隠れていて、女性の足下は見えません。何事かと様子を伺っていると、黒髪黒目の小さな女の子がよちよちと女性と一緒にこちらへきました。

 

 「ユーリ、ご挨拶はできるかな?」

 

 ナイさまがしゃがみ込んで女の子に促しました。女の子は丸い目をじっとこちらに向け、なにか考え込んでいるようです。

 

 「……こんにゅちゅわ」

 

 女の子はナイさまの声に従い、わたくしたちにつたないながらも挨拶を口にしてぺこと頭を下げる。まだカーテシーはできないようですが、幼い子に望むのは早いとわたくしもしゃがみ込んで女の子に視線を合わせます。

 

 「こんにちは、お嬢さん」

 

 「こんにちは。お名前は……言えないかしら」

 

 旦那さまとわたくしが女の子に声を掛けると少し驚いて女性の方の方へと身体を寄せました。ただ逃げることはないのでわたくしたちのことをきちんと認識して、敵ではないと捉えてくれている。ナイさまは少し気まずそうな顔となり、わたくしと旦那さまへと視線を移します。

 

 「すみません、まだ名乗れなくて。でも屋敷の中でならば他の方との顔合わせをしても良いだろうと。少し前に保護をした半妹のユーリです」

 

 「ご紹介、ありがとうございます。彼女が噂に聞くユーリ殿か」

 

 旦那さまがなるほどと頷き、わたくしはしゃがみ込んだままユーリちゃんに両手を伸ばします。ただ少し人見知りをするようで女性にしがみ付いてしまいました。

 

 「あら、残念」

 

 幼い子も魔獣も幻獣も等しく愛すべきものと定めているわたくしですが、流石に嫌がる子を抱けないと苦笑すればナイさまが申し訳なさそうな顔で屋敷の中へと案内してくれるのでした。

 

 ◇

 

 ナイさまがヴァイセンベルク辺境伯家の者を来賓室へと案内してくださったあと、庭に出ても良いとのことでわたくしの娘であるセレスティアと一緒に東屋へと向かいます。旦那さまは図書室に向かい、興味を引く本を読んでみるとのことです。

 侯爵家の侍女が落ち着いた様子でわたくしたちを案内してくださいます。きちんと侯爵家に勤める者としての自覚があるようで、わたくしたち辺境伯家の者を相手にしても小心な姿は晒さない。爵位の低い家に勤めている者だと小刻みに震える者もいるので、本当に堂に入った姿に感心しました。

 

 わたくしたちの後ろにはトリグエルさまという猫又――三本も尻尾が生えている――とジルヴァラさまと呼ばれる妖精が歩いております。トリグエルさまの仔猫もちょこちょこ歩いておりますし、ナイさまがフェンリルとフソウの神獣さまの仔たちに『お客さまのお相手を務めて貰っても良い?』と問い、彼女たちは尻尾を左右に勢い良く振ってわたくしたちの横に座り、今は仔猫たちの後ろを良い顔をして歩いております。

 

 「お母さま、ナイの従者になりたいなどと申さないでくださいませね?」

 

 「あら。従者でなくとも、乳母やユーリちゃんの家庭教師を務められますわ!」

 

 我が娘が鉄扇を開いて口元を隠し片眉を上げながら、わたくしに苦言を呈しました。確かにナイさまの従者の席はありませんが、屋敷で働く方法であればいくらでもあるはずなのです。わたくしは騎士家系の出身のため剣を振るうこともできますし、上級の魔術を放つことができます。

 

 娘のセレスティアはわたくしが彼女の椅子を取らないか心配しているようですが、ナイさまは娘に信を置いているのは確実なので、そんな無粋なことをできるはずありません。

 だからこそ他の道があれば、わたくしはすぐさま挙手を致しましょう。ナイさまの側にいられるのであれば幻獣と魔獣と毎日接することができます。先ほども竜であるクロさまともご挨拶できて凄く嬉しい日となりましたし、庭にでれば天馬さまがきてくれるかもしれないのですから。ええ。給金なんてものは望みません。

 

 わたくしの勢いに押されたセレスティアが深々と息を吐きました。それにしてもセレスティアは凄く羨ましい環境で働いておりますね。

 

 辺境伯邸に顔を出した際には幸せそうな顔を浮かべ、グリフォンのジャドさまの背に乗らせて頂いたとか、凄く大きな竜のお方と会話をしたとか、妖精が肩の上に乗ってセレスティアの髪で遊んでいたとか。

 本当に羨ましい話ばかりを聞いているので、アストライアー侯爵邸はやはり天国のような場所だと確信しております。屋敷から庭に出ると、綺麗に整えられた庭園が目の前に広がっておりました。ナイさまは庭に興味が全くないとのことのため、庭師の者の意向が多大に反映されているのでしょう。細かいところまで手が行き届き、ふと珍しいものが視界に入りそちらへ顔を向けました。

 

 「あれは我が家の庭師が育てていた黒薔薇?」

 

 「良く気付きましたね。お母さま」

 

 庭の片隅で毛色の違う薔薇が育てられており、黒という暗色は好まれていないのにどうしてと首を傾げた瞬間、そういえばセレスティアが以前、黒薔薇の株を庭師に分けて貰っていました。

 まさかナイさまの屋敷の庭で育てられているとはと驚きつつも、大事にされているようでなによりと目を細めます。黒薔薇はナイさまが夜会の際に仲間と認めている方に贈っていたとか。

 

 最近は忘れているようで、黒薔薇を渡してくれないとセレスティアが愚痴を零しているのですが、貴女はそんな細かいことを気にするような性格だったでしょうか。豪胆で豪快で魔獣や幻獣に目がない娘と評していたのですが、少しばかり繊細な面を持ち合わせているようで安心しました。

 

 庭を進めば豪華な東屋が見えてきて、人影を捉えることができます。誰でございましょうと近づいていけば、良く見知った顔があったのです。

 

 「あらあら」

 

 「ああ」

 

 ハイゼンベルグ公爵夫人となったセシリアと娘であるソフィーアさんが先客として東屋でお茶を飲んでおりました。わたくしたちに気付いた二人はこちらを向き、セシリアは不敵な顔に、ソフィーアさんは一度席を立ち礼を執るのでした。

 ソフィーアさんはセレスティアに向けたものではなく、わたくしに向けて礼を執ったのでしょう。娘のセレスティアも同様にセシリアに礼を執っているのですから。そしてわたくしの片眉がぴくぴくと動いているのが分かりました。嗚呼、わたくしの隣でトリグエルさまとジルヴァラさまと毛玉さんたちと仔猫たちがちょこんと控えてくださるのは凄く誉ですが。

 

 「ごきげんよう、ハイゼンベルグ公爵夫人」

 

 「お母さま、そのような態度で挑まなくとも」

 

 わたくしがセシリアに声を掛ければ、セレスティアがはあと深い溜息を吐きました。

 

 「かまいませんわ。いつものことですもの。気になさらないで、セレスティアさん。久方ぶりですわね、ヴァイセンベルク辺境伯夫人」

 

 セシリアも同様にわたくしに視線を向けてふふんと笑っております。彼女の隣に座しているソフィーアさんが『お母さま、毎度喧嘩腰でなくとも』と苦言を述べておりますが、セシリアが言ったとおりいつものこと。

 

 アルバトロス王国の貴族社会で、爵位が近く同年代となれば腐れ縁となってしまうのは必然です。セレスティアとソフィーアさんも以前はわたくしたちのように、紫電を散らし牽制し合う仲だったようですが、ナイさまの側仕えを務めるようになり少し関係が変わったようでした。

 ふふふと笑い飲んでいた紅茶のティーカップをソーサーへと置いたセシリアは侍っていた侯爵家の侍女とわたくしたちを案内してくれた侍女に対して、気にしないで欲しいと目線で訴えます。セレスティアとソフィーアさんも見て見ぬ振りをして欲しいと伝えれば、侍女の者たちは静かに頷き一歩下がります。

 

 「お久しぶりですわ、セシリアさん! アストライアー侯爵閣下がご招待をなさった面子に貴女さまがいるのは百も承知! しかしながら、何故庭に出て優雅にお茶を飲んでいるのです!?」

 

 セシリアさんは陽の光に当たることをあまり良しとしておらず、室内でお茶を嗜むことが多い。学院生時代も妙齢の大人になっても変わらずいたはずですが、どういう心変わりでしょうか。まあ東屋の下で鍔の広い帽子を被ってお茶を飲んでいる姿は滑稽ですが。

 わたくしが笑いながら声を掛ければ、セシリアさんが厳しい視線をぶつけてきました。やや好戦的に見えるのは久方振りに彼女と会うからでしょうか。

 

 「娘にリョクチャという珍しいお茶が飲めると聞いたもので。屋敷の中では侯爵家の皆さまの邪魔になろうと外に出た次第です。決して貴女のように下心満載で庭に出ているわけではありません」

 

 セシリアにはわたくしが魔獣や幻獣が目的で東屋を目指したと露見しているようでした。

 

 「くっ」

 

 減らず口をという言葉をわたくしは飲み込みます。わたくしが渋い顔になったのが分かったのか、セシリアはティーカップに視線を向けてはあと溜息を吐きます。

 いつでも、どこでも貴族令嬢として佇まいを崩さないセシリアが珍しい。どうしたのかと身構えていると、侯爵家の侍女の者に東屋の席へと促されます。セレスティアも同様にわたくしの隣に腰を下ろしました。そしてトリグエルさまが机の上に軽い身のこなしで乗り、ジルヴァラさまが侍女の者の横に控え、毛玉さんたちと仔猫さんたちはわたくしたちの足下でちょこんと座っておられます。凄く眼福。

 

 「リョクチャはそのままでは渋くて仕方ありませんが、ナイさまが飲めなければ砂糖を入れてみてくださいと助言をくださりました。流石、ナイさま。凄く飲み心地の良い茶へと変わりました」

 

 セシリアが微笑みながら砂糖を一さじ分、ティーカップに注ぎ入れくるくると混ぜております。ソフィーアさんは彼女の行動を見て少し引いていました。

 

 「お母さま、ナイとフソウの方々はリョクチャに砂糖を入れません。それに砂糖を入れ過ぎではないでしょうか?」

 

 「あら、美味しいわよ。本当に驚きよねえ。凄く渋いお茶なのにどうして飲めるのかしら……マッチャもお勧めだと教えてくださいましたが、飲める機会があると良いのですが」

 

 片眉を上げながらソフィーアさんがセシリアに助言をしておりますが、当の本人はどこ吹く風で砂糖を更に追加しております。わたくしの横でセレスティアの顔が引き攣っているので、セシリアはリョクチャという飲み物に砂糖を入れ過ぎているのでしょう。侯爵家の侍女の者たちも少し慌てているようで、セシリアの甘党ぶりに驚きを隠せません。

 

 「美味しいのに、皆さまはどうして私を止めるのか。ソフィーア、飲んでみる?」

 

 「いえ、結構です。私は慣れてリョクチャ本来の味を楽しめるようになりましたので……」

 

 砂糖が大量に入ったリョクチャをセシリアはソフィーアさんに勧めておりますが、彼女は青い顔ではっきりと拒絶しました。侯爵家の侍女の者がわたくしとセレスティアになにを飲むかと問われて、わたくしとセレスティアはリョクチャをお願い致します。

 セレスティアは飲んだことがあるようですが、わたくしは初めてのため楽しみです。セシリアのように砂糖を大量に入れ込んで甘くするような子供じみたことはしたくないです。貴族であれば素材そのものの味を楽しまなければと、侍女の者が淹れてくれたリョクチャを一口嚥下しました。

 

 「渋い」

 

 苦いという味とは少し方向性が違うものでした。口の中に広がる渋みにわたくしは目を細めてしまいました。セレスティアは慣れているのか表情を一切崩さぬまま、一口、二口とリョクチャを飲んでおります。

 ソフィーアさんも続いて飲み、セシリアも甘いリョクチャを飲んで『ふ』と小さく笑いわたくしに視線を寄越しました。何故かマウントを取られている気がしますが……飲み干すとなれば、少々苦行となってしまうでしょう。素直に砂糖を少しばかり足して飲んでみようと、目の前にある砂糖入れの小瓶に手を伸ばします。

 

 「……」

 

 無言でティースプーン一杯分の砂糖を入れてみました。さて渋みは和らいでいるかと試しに一口飲んでみます。

 

 「ああ、まろやかになりましたわ。これならばわたくしでも問題なく飲むことができます」

 

 自然と自身の口から誉め言葉が漏れました。セシリアはわたくしの声に反応してにやにやしているため少々腹が立ちますが。これで普通に飲むことがとリョクチャの味を暫し楽しんでいると、またセシリアが自身のリョクチャに砂糖を投入しております。

 

 流石に一杯分の砂糖で随分と飲み口が優しくなったのに、セシリアのティーカップには果たして何杯分の砂糖が入っているのでしょう。昔から彼女が甘党であることは知っておりますが、それにしたって物凄く甘いというか、リョクチャではなく砂糖リョクチャになっているのではという疑問が湧きます。

 ソフィーアさんとセレスティアもセシリアの甘党振りに引いているようで口の端が歪になっていますが、彼女を止める気はないようです。わたくしも止める気はないですし放置しようと決めれば『うん、美味しいわ』と満足そうな顔になるセシリアに一同『正気か?』となるのでした。

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