魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
俺とユルゲンは馬車で移動をして、王都のアルバトロス侯爵邸に辿り着いた。
相変わらず広い屋敷だと感心しながら建屋を眺めていると迎えの人が姿を現した。俺たちが知っている人物であり南の島で互いに名乗りを上げているため、知らない方に迎えを務めてもらうよりマシである。
しかしクレイグがきちんとした身形で俺たちを客人として扱ってくれることに、なんだか少し照れ臭い。ユルゲンも俺と同じ気持ちのようで、侯爵家に勤める者として振舞うクレイグに苦笑いを浮かべている。
「ようこそいらっしゃいました。エーリヒ・ベナンターさま。ユルゲン・ジータスさま。ご当主さまは夜に向けての準備が忙しく、お二人を出迎えできなく申し訳ないと仰っておられました」
顔を上げたクレイグも照れ臭さそうな顔をして、きっちりと己の役目を果たそうとしている。もう少し客人として振舞った方が良さそうだと俺は口を開く。
「出迎え、感謝致します。侯爵閣下にはお気になさらずとお伝えください」
「ええ、閣下は僕たちより他の方を優先して頂ければと」
ユルゲンも目礼をしてからクレイグに自身の気持ちを伝えていた。クレイグはクレイグで『ナイは偉い方たちを気軽に招待し過ぎなんだよ。なにも考えてないだけだろうけど』と困ったような、嬉しいような顔になっていた。
クレイグのどうぞこちらへと手で行き先を指し示し、俺たちは彼の後ろをついて行く。いつも客人がくると顔を出してくれる天馬とグリフォンはどこにいるのだろう。侯爵邸の広い庭のどこかでのんびりと過ごしていると良いのだが。
「広いなあ」
つい、思ったことが俺の口から漏れてしまう。凄く玄関ホールに入れば正面には上へと向かう階段があり、踊り場の所の壁には陽焼けのあとが残っていた。貴族の屋敷であれば当主の肖像画や初代の姿絵を飾る場となっているのだが、アストライアー侯爵家では飾らないようである。
もしくは今頃、絵師が必死になってナイさまの姿を描いているのかもしれない。彼女は教会の聖女さまでもあるから、ヴァルトルーデさまかグイーさまの姿絵を飾る可能性もありそうだ。
「元は公爵位の方が使用していた屋敷ですからねえ。僕の実家である侯爵邸よりいくらか広いですよ」
ユルゲンが俺を見ながら教えてくれた。確か……バーコーツ公爵という王族籍から抜けた人がこの屋敷の元の主であり、ナイさまに盾突いて身の破滅を迎えた人でもある。
王家から寄越されていた援助金と領地経営で得た税金を湯水のごとく使用して、贅沢三昧を繰り広げていたと聞いていたため、バーコーツ家に同情なんてしやしない。
本当にナイさまはいろいろなことに関わっているし、それにより彼女の肩にのしかかる物も大きくなっている気がする。俺がなにかできるわけじゃないけれど、アガレスで助けて貰った恩もあるので彼女の胃袋を満たせると良いのだが。
侯爵邸と公爵邸に大きな違いはないけれど、確かに屋敷や土地の広さはアストライアー侯爵邸の方が幾分か広い。
「エーリヒ、ユルゲン」
ふいに頭上から聞き慣れた声が聞こえて顔を上げれば、階段の踊り場に背の高いジークフリードが立っていた。彼の腕の中にはナイさまの妹であるユーリちゃんがおり、確りとジークフリードの首に幼子の手が置かれている。
ナイさまではなくジークフリードがユーリちゃんを抱き抱えているのは珍しいのではなかろうか。ユーリちゃんを抱っこしているためか、いつもジークフリードの肩の上にいるアズは珍しく空を羽ばたいている。
ジークフリードは俺たちと合流しようと階段を下りてくるのだが、踏み外すなよ、落とすなよ、と考えてしまうのは運動神経がずば抜けている彼に対して失礼だろうか。ジークフリードが難なく階段を降りれば俺は安堵の息を吐く。ユーリちゃんを抱き直しているジークフリードに俺たちは歩を進め、彼らの前に立った。
「ジークフリード、久しぶり」
「お久しぶりです、ジークフリード」
俺とユルゲンが声を上げれば、ジークフリードが『久しぶりだ』と落ち着いた声色で言う。ユーリちゃんは滅多に顔を合わせない――というかこれで二度目――俺たちを不思議そうに真ん丸な大きな瞳を向けて見ていた。
人見知りはもう少し大きくなってからだろうかと首を捻るのだが、生憎と小さい子供の知識は薄い。とはいえユーリちゃんになにも言わないのも変だし、失礼だと俺は声を出す。
「こんにちは、ユーリちゃん」
「……こ、こんにちは。その幼い子は慣れないですね。触れ合う機会がほとんどないので」
俺とユルゲンがユーリちゃんに挨拶をすれば、彼女はジークフリードの胸に顔を埋めて視界を覆った。俺たちが怖かったのか恥ずかしかったのか分からないが、見知らぬ大人に囲まれれば仕方ないのだろう。
「恥ずかしいみたいだな。すまん」
ジークフリードはユーリちゃんの背をポンポンと叩きながら片眉を上げて謝ってくれた。クレイグも知らねえ人なら仕方ないだろと少し呆れているようだ。
ナイさまは夜に向けての準備が忙しく俺たちを出迎えできないので、ジークフリードとユーリちゃんがナイさまの代わりを務めたようである。屋敷の中であればユーリちゃんに人馴れして欲しいという願いもあるようで、ナイさま不在のままユーリちゃんと顔を合わせることになったとか。
他の方にも挨拶をしているようだが、ユーリちゃんが疲れては元も子もないため無理はしないそうだ。ジークフリードの腕の中にいるユーリちゃんは俺たちがなにもしないことを不思議に感じたのか、顔をこちらに向けてまた元の位置に戻している。
「クレイグも久しぶり。さっきは仕事の邪魔をしない方が良いだろうって黙っていたからな」
「お久しぶりです、クレイグ」
「久しぶりだ。今日はよろしくな」
玄関ホールには俺たちの他に誰もいないのでクレイグとも普通に喋る。クレイグは少し照れ臭そうにしながら返事をくれ、ナイが無茶を言ってすまないなと片眉を上げながら首に手を当てていた。
美味しいご飯にありつけるから、ナイさまの招待は有難いし、フィーネさまとも会えるので凄く嬉しいのだが。とはいえクレイグから見れば、小さい頃から無茶やら突飛なことをするナイさまが無理を言っているように見えるようだ。俺もユルゲンも気にしないで欲しいとクレイグに伝えて来客室へと案内して貰う。移動した先にはマルクスとギド殿下にサフィールがいて、俺たちの到着を待ってくれていたようだ。
ジークフリードの腕の中にいるユーリちゃんはサフィールを見て目を輝かせ、ジークフリードの腕の中でもぞもぞし始める。どうしたのかと部屋にいるみんなで見届けていると、ユーリちゃんはサフィールに向けて両手を伸ばす。
ジークフリードは『ユーリは男の中でサフィールが一番のお気に入りだな』と言って、絨毯の上にユーリちゃんを降ろした。彼女は凄く嬉しそうにサフィールの下へと歩いて行く。ユーリちゃんが転ばないかという心配と、床は絨毯だから転んでも大怪我はしないという考えが頭を過る。
「にーに!」
「ユーリ、おいで」
抱っこと言いたげにユーリちゃんはサフィールの下へと辿り着けば、良い歳をした男共が息を吐いていた。部屋に待機している侍女の方やギド殿下の護衛は苦笑いを浮かべている。
サフィールがユーリちゃんをひょいと抱き上げて、片腕を彼女のお尻の下に回した。小さい子の扱いに慣れているなと俺が感心していると、ギド殿下とマルクスが『おお』と言いたげに口を開いた。
「ジークフリードとクレイグとサフィールは幼い子供に慣れているな」
「俺は無理だ。小せえ子供をどう扱って良いのか、さっぱり分からねえ……」
ギド殿下はカラカラと笑い、マルクスは小さい子供が同じ部屋にいることに慣れないようである。もしかしてナイさま、俺たちが小さい子供に慣れていないだろうとユーリちゃんを寄越したのだろうか。
ジークフリードとクレイグとサフィールがいればユーリちゃんの面倒の心配はしなくて良いだろうし……考えすぎかと俺が片眉を上げているところに、幼馴染三人組は苦笑を浮かべている。
「孤児院で面倒をみていましたから」
「まあ、年長者が下の連中の面倒をみるのは孤児院の伝統みたいなもんだしなあ」
「僕は孤児院で働いていたから。みんなより小さい子供には慣れてるよ」
ジークフリードもクレイグもサフィールも孤児院で幼い子供の面倒を小さい頃からみていたようだ。道理で手慣れていると感心するも、本当に彼らは苦労を重ねてきたようだ。
ナイさまと彼らは貧民街でどんな生活を送ってきたのか興味はあるものの、踏み込んではならないと俺は我慢をする。ユーリちゃんはサフィールを気に入っているのか『にーに、おにゃかすいちゃ』と空腹を訴えている。彼女のその言葉に部屋にいた一同はナイさまとそっくりだと思ったに違いない。侍女の方たちも『ユーリさまの小腹が満たせるものは?』とティーセットを載せている台車を確認している。
「いつかは自身の子を己の腕に抱かねばならぬ時がくるはずだが、きちんと抱けるのか心配だ」
「その時は周りの方たちが教えてくれるかと。皆さん通ってきた道でしょうし」
ギド殿下にサフィールが答え更に、赤子の首が据われば抱っこの難易度は下がると教えていた。ユーリちゃんはもう直ぐ二歳となるため、人見知りさえしなければ自分でバランスを取るのだとか。確かにジークフリードの腕の中にいた時も、サフィールに抱かれている今もユーリちゃんは自分でバランスを取っている。俺もいつかは子供を成して父親になるんだよなあと目を細めた。
「しかし乳母に任せきりの貴族も多いからなあ。俺はそうありたくはないんだが、なにせ初めてのことだからな」
「まあ、なるようになるんじゃねえの? 殿下」
ギド殿下が腕を組んで唸っていれば、隣にいたマルクスが軽い調子で言い放つ。確かになるようにしかならないけれど……できることなら赤子に対して予習復習をしておきたい。
科学的医療が発達していない異世界だから、赤子の生存率は高いといえないのだし。いや、でもフィーネさまは大聖女なので赤子の治療もできるのか。しかし聖痕が消えると彼女の力はどうなってしまうのだろう。いや、聖痕を失えば彼女の魅力が下がるというわけじゃないし力を失ってしまっても、彼女や赤子になにかあれば俺は全力を持って対策を打つ。
多分俺にはカッコ良く問題を解決することは無理だろうけれど、みっともなくても、情けなくても助けたい人は俺の全力を持って守るのだと誓っていると『ぱちん!』と軽い音が鳴る。
結構派手に鳴っていて、俺が音源の方へ視線を向けるとサフィールが渋い顔をしていた。そして周りのみんなは目を丸くして驚き、クレイグとジークフリードだけは苦笑いになっていた。
「痛いよ、ユーリ」
「ユーリはたまに抱いてる奴に手を出すからなあ。ナイみたいにならなきゃ良いが」
「西の女神さまにまで両手で頬を挟んでいるからな、ユーリは」
頬の痛みに耐えるサフィールと呆れているクレイグにジークフリードは衝撃の事実を口にした。ユーリちゃん女神さまにまで頬ぱっちんを敢行しているそうだ。クロさまとヴァナルと神獣さまに毛玉ちゃんたち、エルとジョセとルカとジアにジャドさん一家にも手を出しているとか。挙句の果てには飛んできた妖精にも手でぱっちんとするものだから、妖精はユーリちゃんの手の届く範囲で飛ばなくなったとか。
流石にナイさまも女神さま方には手を出せないだろうし、ユーリちゃん最強説が俺の中で浮かび上がるのだった。
◇
俺たち男衆が来賓室で時間を潰していると女性陣がやってきたようである。面子はアリア・フライハイト嬢とロザリンデ・リヒター嬢と、フィーネさまとアリサ・イクスプロード嬢と大聖女ウルスラ、そしてソフィーア・ハイゼンベルグ嬢とセレスティア・ヴァイセンベルク嬢である。
彼女たちが部屋に入るなり、女性特有の甘い匂いが充満し始める。フィーネさまが席へと移動する際、俺に顔を向けて小さく目礼をすれば彼女の周りが光り輝いたように見えた。美女揃いの面々であるが、俺にとってフィーネさまが一番綺麗であった。
「皆さま、お久しぶりです!」
「夏の島以来ですわ」
ぱあと花が咲いたように笑うフライハイト嬢と落ち着いた様子で口を開いたリヒター嬢。
「本当にお会いできて嬉しいですね。ナイさまに感謝しないと」
「はい、侯爵閣下のお陰で頻繁に国外へ出ることができますから」
「本当に」
フィーネさまもフライハイト嬢と同じく大輪の花を咲かせながら微笑み、イクスプロード嬢がフィーネさまを憧れの視線で見つめ、ウルスラ嬢が少し遠慮がちに口を開いた。
「ナイは気楽に楽しんで欲しいと」
「まあ、神さま方が同席しているので少々無理な話かもしれませんが……」
ハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢はナイさまの伝書鳩を担っていたようで、俺たちに豚肉パーティーを気楽に楽しんで欲しいと伝えてくれた。神さま方が参加することは知っていたが、まさか王太子殿下夫妻とアルバトロスの高位貴族と亜人連合国の方たちが参加するとは驚きである。
ナイさま曰く、日頃お世話になっている方を招待したとのことで、気軽に顔を合わせられるようにと立食会形式となっている。
目の前で料理人の方が作ってくれるようにしたと手紙に記していたので、果たしてどんなものを食べられるのか。とはいえアストライアー侯爵家の料理人の方たちが不味い物を提供するわけがない。美味しい料理が食べられることや、参加なさっている皆さまと楽しい話ができるように願っておこう。
「久しぶりです。今日は宜しくお願いします」
「ども。今夜は楽しんでください」
ジークフリードが席に座したまま頭を下げる。気心の知れた仲なので立ってまで挨拶しなくても良いと判断したようだ。クレイグは照れ臭そうに頭を一度下げて、フライハイト嬢に一瞬視線を向けている。
おや、と俺がフライハイト嬢を見ればまんざらでもない様子だった。なるほどなと俺と隣に座すユルゲンが頷くと、ユーリちゃんを抱っこしたままのサフィールは席から立った。
「皆さま、こんにちは。ユーリは皆さまにご挨拶できる?」
「…………っ!」
柔和な顔でサフィールはユーリちゃんに皆に挨拶をするように促しているのだが、元々男だらけの部屋にいたこと、急に女性陣が増えたことで驚いているようである。恥ずかしいのか驚いているのか分からないが、サフィールの肩に顔を埋めて目に映らないようにと隠している。
「大丈夫だよ、ユーリ。ほら、頑張ろう?」
サフィールは優しい声色でポンポンと優しい手付きでユーリちゃんの背を叩けば、それが合図となってユーリちゃんは恐る恐る前を向いた。サフィールは子供の扱いに長けているなあと感心していれば、意を決したのかユーリちゃんが小さな口を開いた。
「……こんにゅちゅわ」
たどたどしいけれどきちんと意図は伝わった。俺たち男衆は彼女を脅かさないようにと小さく頭を下げるだけに留め、女性陣の口からは『可愛い』とか『きゃ!』とか漏れていた。そうして女性陣がまた花を咲かせたように明るく笑い、ユーリちゃんを見ている。
「ユーリちゃん、ご挨拶できるようになったのですね!」
「少し見ない間に大きくなっていますわ」
フライハイト嬢とリヒター嬢は侯爵邸で居候状態なので、ナイさまが領地へ引っ越すまでは頻繁にユーリちゃんと顔を合わせていたそうだ。少し会わない間にユーリちゃんは随分と成長していたようで驚きを隠せないようである。
「んんっ! 凄く可愛いぃ! もう少し大きくなれば口答えとか始めるでしょうけれど、乳母の方たちが確り教育されるでしょうから安心ですね!」
「ナイさまに更に似てきた気がします」
「小さい子は皆さまの宝ですよね。本当に尊い存在だなと」
抱っこしたいなあと小さく囁くフィーネさまは前世の記憶のお陰か子供について知識がある程度備わっているようだ。イクスプロード嬢はユーリちゃんが成長したことでナイさまに更に似てきたと笑っている。確かにユーリちゃんはナイさまに似てきているが、お腹の空き具合まで似ているようだから少々心配だ。
大聖女ウルスラさまは治癒院で良く小さな赤子を抱いて嬉しそうにしていると小耳に挟んだことがあるので、子供が大好きなようである。フィーネさまと同じく抱っこをしたいと呟いており、彼女の元へきてくれないかと願っているようだった。
「会わない内にユーリの語彙が増えているからな」
「会えない時間が多いナイはユーリが『ねーね』と呼んでくれないとしょぼくれておりますわ」
ハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢は片眉を上げながら、自身が仕える主の心配をしているようだ。なんだろう。頻繁に出張に赴いて子供が父親の顔を覚えてくれないと嘆いているようにも見える。
サフィールが抱いているユーリちゃんを絨毯の床へと下ろせば、彼女は彼の足にしがみついてしまった。女性陣の姦しい勢いにユーリちゃんは押されたようだが、それで諦める彼女たちではなかった。
「ユーリちゃん、わたしたちのこと忘れてしまいましたか?」
「アリアさん、離れていたのでユーリさんが覚えていなくても仕方ないかと」
フライハイト嬢とリヒター嬢は残念そうな顔をしているのだが、ユーリちゃんに顔を覚えて貰うことを諦めてはいないようである。
「私たちはナイさまのお屋敷で一度顔を合わせただけなので覚えていないでしょうね」
「覚えて貰えるように頑張りましょう、お姉さま!」
「小さい頃の記憶を覚えている子もいますし、忘れていても思い出してくれるかもしれませんよ」
フィーネさまは片眉を小さく上げて少し肩を落とす。イクスプロード嬢はフィーネさまが落ち込んだことを素早く察知してフォローを入れ、大聖女ウルスラさまも先輩大聖女さまが気落ちしていると分かったようだ。
何気に三人組は仲が良いなと俺は目を細めていれば、ハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢はそれぞれの婚約者の横へと移動していた。マルクスは自分の下にこなくてもと言いたそうだが、黙っていた方が賢明だと学んだようである。ギド殿下とハイゼンベルグ嬢は視線を合わせて無言でなにやら会話をしているようだ。
きゃっきゃと騒いでいる女性陣を他所に部屋で待機している侍女の人がお茶を用意してくれていた。個人の好みに合わせてくれるようで俺は緑茶を選択する。フィーネさまも懐かしいと緑茶を選んだようで、他の面子は紅茶をお願いしていた。
そうしてお茶と共に運ばれてきたお菓子に凄く目を輝かせている子がいた。ユーリちゃんである。応接用の低いテーブルのお陰で、ユーリちゃんの背丈でもお茶とお菓子が見えてしまっていた。机にばんと両手を置いて立っているユーリちゃんはみんなの前に置かれたお菓子にキラキラとした視線を注いでいる。
「おきゃちゅ!!」
「はいはい。ユーリには僕の分をあげるから」
食べたいと訴えているユーリちゃんに落ち着いた様子のサフィールは両手を差し出して彼女をひょいと抱き上げた。お菓子から遠のいたユーリちゃんは凄く不服そうな顔になり、サフィールをじっと見ていた。
「さっき、ユーリは東屋でお菓子を貰ったって聞いているから少しだけね」
どうやらユーリちゃんは前乗りしているハイゼンベルグ公爵夫人とヴァイセンベルク辺境伯夫人の下で彼女の可愛さを最大限に利用していたようである。一緒に赴いていた乳母の方は夫人たちのテンションを下げることができず、ハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢が頑張ってユーリちゃんの食べ過ぎに注意を払っていたそうだ。気持ちは理解できるが可愛いからと言ってお菓子を与えすぎるのは問題だろうと、ご令嬢二人は困り顔になっていた。ユーリちゃんはユーリちゃんで有意義な時間だったようである。
「食べ過ぎは良くないのか? 小さい子であればいくらでも食べて良さそうだが……」
「だよな。運動すればよくね?」
ギド殿下とマルクスは不思議に感じたことをサフィールに問うている。サフィールは苦笑いを浮かべたあと真面目な顔になった。
「確かに運動で痩せることはできますが、小さい子に過度な運動もさせられないですから。大人が管理してあげないと……」
サフィールの言うことは尤もである。貴族で甘やかされて育った人は肥満体型の方が多い。加減を知らない子供であればサフィールのいう通り、大人が管理しなければならないだろう。小さい子供にたくさん運動させるのは、骨の形成に影響が出そうで少々怖い。
「真ん丸に太ったユーリを見たくねーな」
クレイグが腕を組んでポツリと呟いた言葉に部屋にいたみんなは『確かに』と納得している。なににせよ、ほどほどが一番なのだ。でもナイさまなら真ん丸なユーリも可愛いよとか親馬鹿……姉馬鹿振りを発揮しそうではある。
唐突に注目を浴びたユーリちゃんは頭の上に疑問符を浮かべつつ、視線はお菓子に注がれている。彼女に自制心が芽生えるまで確かに大人が管理しなければ、大変なことになりそうだった。
でもまあ、サフィールはユーリちゃんに対して甘いところも厳しいところも切り分けているようだから大丈夫だろう。ナイさまがユーリちゃんに対して甘くなっても、サフィールが止めてくれそうだ。俺はユーリちゃんから一旦視線を外して、ジークフリードに気になっていたことを聞いてみる。
「ところでジークフリード」
「ん?」
俺がジークフリードに声を掛けると短く答えてくれた。彼は不思議そうな雰囲気を抱えつつ、俺が口を開くのを待ってくれている。
「ナイさまはちゃんと休んでる?」
学院生時代から忙しい日々を送っているナイさまだが、休んでいるのだろうかという疑問が前々からあった。何故かトラブル塗れの彼女で一つ問題を解決すれば次の問題がやってきている。
思い返すと俺たちを気遣ってくれて、こうして豚肉パーティーを開いてくれているのは有難いが彼女が倒れてしまえば大事だ。今なら各大陸中から『なにをしているんだ、アルバトロス!!』と文句が飛んできそうである。
亜人連合国、ヤーバン、フソウは事情を知っているからなにも言わないだろうけれど、アガレス帝国のウーノさまは悲鳴を上げそうだし、共和国も割と大騒ぎになってしまうのではないだろうか。北大陸のミズガルズ神聖大帝国も苦言を呈すだろうし西大陸の各国もである。気軽にジークフリードに聞いてみたものの、改めて考えるとヤバくないと俺は冷や汗を背に流した。
「いや、なかなか休む機会がなくてな。忙しなく動いている」
ジークフリードはナイさまが暇な時間を好んでいないと渋い顔になっている。周りのみんなもはっとした顔になっており、いつもナイさまが元気な姿を見せているから疲れて倒れるところなんて想像できないのだろう。そうしてナイさまの側仕えであるハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢が真面目な顔で口を開いた。
「確かにナイに休む時間が必要か」
「石配りで方々に向かったからと、わたくしたちには休暇を与えてくださいましたが、ナイは暇だと言って仕事をしておりますわ」
ご令嬢二人が複雑そうに声を上げる。
「ナイさまに休んで貰おう計画を立てますか?」
「その方が良さそうですわね。ご本人が意図していないところで疲れが溜まっておられるかもしれません」
フライハイト嬢とリヒター嬢は筆頭聖女と筆頭聖女補佐役として助言役であるナイさまの心配をしている――それだけじゃないけれど――ようだ。
「微力ながらご協力致します!」
「お世話になっていますからね」
「私も微力ながらご協力を!」
聖王国組であるフィーネさまとイクスプロード嬢と大聖女ウルスラさまも協力してくれるようである。
「ナイは疲れとかに鈍いからなあ」
「そうだね。倒れる寸前まで気付いてないところがあるから……」
クレイグとサフィールは幼馴染として純粋にナイさまの身を案じて。
「魔力量が多いというのも考えものか」
「確かに、いつも駆け回ってるよな」
ギド殿下とマルクスは肩を竦めていた。どうなるか分からないし、トラブルが起ればナイさまが動くことになるだろうけれど……なにかゆっくりと過ごせるようなところはないかとみんなで思案を始めるのだった。