魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
テラさまとヴァルトルーデさまは無言で出してくれた料理を品の在る仕草で運び、ジルケさまは料理を口に運ぶ度に頬が緩んでいる。ナターリエさまとエーリカさまは食が細いようで、一品、二品食べてお腹が膨れたと仰って休憩中である。
グイーさまはテラさまの横でお酒をずっと飲んでおり、初めて彼らの食事風景を見た皆さまは目を丸くして驚いている。ただボルドー男爵さまだけは面白そうな視線を向けており、変なことを考えていないよねと私は苦笑いを浮かべた。
リヒター侯爵夫妻が神さま一家に驚きつつ少し所在なさげな雰囲気を醸し出しているので、私はリンに彼らの方へ行きたいと願い出る。リンは私が行きたい所へ行けば良いと頷いてくれた。
それじゃあ行こうと神さま方がおられる場所から少し離れて歩を進める。ヴァルトルーデさまがちらりとこちらに視線を寄越したが、ジルケさまに呼ばれて直ぐに彼女は元の位置へと顔を戻したようだ。歩いている途中で私の肩の上に乗っているクロがふいに顔を覗き込む。
『他の人も少し硬い気がするけれど、彼らは凄く緊張しているねえ~』
呑気に長い尻尾でぱしぱし私の背中を叩きながら、クロはリヒター侯爵夫妻を見ていた。リヒター侯爵夫妻は料理を手にしているのに食が進んでいない。
美味しくなかったのか。美味しい料理に出会っていないのか。リヒター侯爵領の領主邸で頂いたご飯は美味しかったし、女神さまも満足していた。もしかしてアストライアー侯爵邸の料理は彼らの口に合わなかったのだろうか。硬くなっているのは、神さま方のお姿に驚いているのではなく、ご飯の不味さに驚いていたのかもしれないと私は少し歩く速さを上げる。
「だね」
『ナイ?』
私が短く声を返せばクロがこてんと顔を傾げる。料理が口に合わなかったのであれば、彼らには申し訳ないことをしたと。私の美味しいは、誰かの不味いかもしれないのだから。リヒター侯爵夫妻の所に辿り着く直前に何故かロザリンデさまが私に礼を向け、彼女の半歩後ろにはアリアさまがにっこりと笑みを浮かべている。
「ナイさま」
「ロザリンデさま、如何なさいましたか?」
私に声を掛けたのはアリアさまではなくロザリンデさまであった。アリアさまが一緒にいるなら彼女の方から声が掛かって、ロザリンデさまが私の下にきた理由を教えてくれそうなものなのに。でもまあ、ロザリンデさまと私の距離が縮まった証拠かなと私は顔を上げてお二人と視線を合わす。
「わたくしの父と母のところへナイさまが向かっていらしたので、如何なさったのかと」
ロザリンデさまが眉尻を下げて私に問うた。良く見ていたなと感心しながら、ぶっちゃけてしまっても良いかと私は懸念していたことを彼女に伝えようと口を開く。
「提供した料理がリヒター侯爵夫妻の口に合わなかったのかと気になりまして」
「え?」
「へ?」
アリアさまとロザリンデさまは私が口にした内容にポカンとした顔になっていた。何故、そんな顔になるのか分からないけれど、立食会で不味いご飯を提供したとなれば大問題だ。
『もしかしてさっきナイの気が散っていたのは、そんなことを考えていたらかなのかあ~』
クロはクロで事の大きさを矮小化している。いや面子が大事なお貴族さまの世界で、家の料理が不味いと評されるのはかなり駄目なことだろう。むーと私が考え込んでいるとアリアさまが苦笑いを浮かべ、ロザリンデさまが眉尻を更に下げて言葉を紡ぐ。
「ナイさま、その可能性はないかと。アストライアー侯爵家の料理人の皆さまの腕は確実なものです。我が家の料理人が興味があると盛り上がるくらいに」
「そうだと良いのですが……しかし我が家の料理人の方たちが他家の料理人さん方の話題になっているとは驚きです」
リヒター侯爵家の料理人の方たちが我が家の料理人の話で盛り上がっているのは意外だ。一体、どんな内容で盛り上がっているのだろう。各国のレシピを買い付けているから、他国の料理が気になるのだろうか。レシピはお金を払ってくれるならリヒター侯爵家に渡すことに抵抗はない。料理人の方が我が家の厨房が気になるのであれば、研修や見学にきても大丈夫だ。
調理道具が欲しいのであれば、亜人連合国の皆さまに話を付けて譲り渡すこともできる。料理人の方の見識を広めるためには良い手段なのだろうか。それならフソウにお願いして、暫くフソウ料理を学んで貰い出汁文化を取り入れて欲しいと考えてしまう。
あ、また考え込んでしまったとお二人の顔を見上げると、苦笑いでロザリンデさまとアリアさまが私を見ていた。
「アストライアー侯爵家で働く方たちに提供されている賄料理が美味しいと聞き及んでいますし、わたくしも美味しいと実家の者たちに伝えております。父と母にも伝えて、今日は楽しみだと申しておりました。ですからナイさまがお気になさるようなことは絶対に有り得ないかと」
「ナイさま、アストライアー侯爵家の料理人の皆さまが作ってくださるお料理は凄く美味しいです! いつも満足してお腹を満たしてくれていますよ! リヒター侯爵さま方は単にグイーさまたちが同席していることで緊張をなさっているだけかと!」
凄く力説され、一先ずリヒター侯爵夫妻の下へ行こうとなった。私が歩みを再開させたことでリヒター侯爵夫妻がギョッとして、手に持っていたお皿を机の上に戻した。
私が目礼すれば彼らも目礼で返してくれる。リヒター侯爵夫妻の正面に私が立てば、ロザリンデさまがお二人の横に自然な様子で並んでいる。アリアさまはリンの隣で見守るようで、リンがちらりとアリアさまに視線を向けると『ふふふ』と小さく笑っている。
「リヒター侯爵閣下、ご夫人、楽しんでおられるでしょうか。提供された料理が美味しくなければ、違う品をご用意致します」
私は大丈夫かなと探りを入れるために言葉を紡げば、夫妻はなんとも言えない顔となり直ぐに鳴りを潜めた。
「料理が不味いなどと! どれも目移りしてなにを手にしようかと妻と一緒に悩んでいたところです」
ぶんぶんと首を振るリヒター侯爵さまにすぽーんと首が抜けてしまいそうだなあと変なことを考えてしまう。余計なことを考えるべきではないと私が頭に命じている間に夫人も口を開いた。
「ええ。旦那さまが種類の多さと珍しい品々に驚いておりました。色鮮やかに飾られた料理の数々をわたくしたちの手で崩してしまうのは少し勿体ないと話していたところですわ」
私の心配は必要なかったと安堵していると、ロザリンデさまが困り顔になっていた。一先ず、私が変なことを聞いてしまったのなら彼らにフォローしておかねば。
「良かったです。少し手が止まっているご様子だったので、出された料理が口に合わなかったのかと心配しておりましたから」
「そのようなことはありません!」
「はい。口にさせて頂いた品はどれも美味でございました」
私が苦笑いを浮かべると、夫妻が滅相もないと言いたげな顔を浮かべて答えてくれる。ロザリンデさまは心配は必要なかったでしょうと私に困り顔を向けていた。私の勘違いだったようで良かったと安堵し、リヒター侯爵夫妻と他愛のない話を何度か交わす。
「以前、お渡しした懐中時計の調子は如何でございましょう? きちんと動いておりましょうか?」
「はい。私が購入させて頂いた品は動いております」
リヒター侯爵さまが思い出したように声を上げ私は彼に答えると、彼の肩が少し下がる。
「そうですか、それは良かった……」
残念ではなく安堵からくるものだったようで、心の中の声が自然と彼の口から漏れたようだ。私は女神さま方が購入した品は大丈夫だろうかと、一家で固まっていたヴァルトルーデさまとジルケさまの方を見た。
「ヴァルトルーデさま、ジルケさま! お食事中に申し訳ないのですが、少しお話を宜しいでしょうか?」
私が少し声を張れば、きちんと二柱さまに届いたようだ。ヴァルトルーデさまとジルケさまは顔をこちらに向けお皿を机に置いた。タイミングが取り分けていた料理を平らげていたので、それもあったのかもしれない。
テラさまが二柱さまに行ってきなさいなと手で仕草を取れば、分かったと二柱さまが私の下へと歩を進めてくれる。リヒター侯爵夫妻の口から『え?』『へ?』とお貴族さまらしからぬ声が聞こえた気がするのだが気のせいだろか。ロザリンデさまが『お父さま、お母さま、お気を確かに! 大丈夫ですわ、女神さま方はとても優しいお方ですもの』と声を掛け、アリアさまが『ナイさまがいらっしゃるので大丈夫ですよ!』と励ましている。
ストライドの長いヴァルトルーデさまが先に私の下へと辿り着き、ジルケさまが二呼吸ほど遅れてきてくださる。
「どうしたの、ナイ?」
「なんだ、急にあたしらを呼んでどうしたんだ?」
こてんと顔を傾げるヴァルトルーデさまとなんだなんだと言いたげなジルケさまが私を見た。用があるのは私ではないけれど、女神さまを呼びつけたのは私であり、説明を行うべきは私だった。
「お呼び立てをして申し訳ありません。リヒター侯爵さまが、以前お渡しした懐中時計の調子はどうかと。不具合があれば職人の方に直して貰うから聞いて欲しいとお願いされたので」
懐中時計の調子はどうですかと問うてみれば、女神さま方はポケットから懐中時計を取り出してぱかっと蓋を開け、リヒター侯爵夫妻が見れるようにしてくれた。
「いつも使わせて貰っている。ご飯の時間が分かって凄く便利」
「ちゃんと動いているから問題ねえぞ。あたしも時間が分かって有難てえな」
微かに笑みを浮かべるヴァルトルーデさまとジルケさまがにっと笑っている。なにも私の下に話がこなかったので懐中時計は使っていないか、問題なく作動していると気にしていなかったのだが話が聞けて良かった。
手巻きのものなので一日に何度かネジを回さなければならないが、それはそれで乙なものである。私は忙しいと懐中時計のネジを巻くことを忘れているが、二柱さまは懐中時計が止まらないようにきちんとお世話をしているようだ。愛着も湧いているのか、手で撫でている跡が懐中時計の腹の部分に残っている。
「そ、それはようございました。もし動かなくなれば急いで職人に直させますので、リヒター侯爵家に連絡をください」
リヒター侯爵さまが少し顔を引き攣らせているが、夫人が気を付けろと言いたいのかこっそりと彼の腕を抓っていた。ロザリンデさまも『お父さま、確りしてくださいまし!』と言いたげである。アリアさまも『頑張ってください、閣下!』と念を送っているようで、割と愉快なことになっている。彼らの様子を気にしていないのは、ヴァルトルーデさまとジルケさまだけだった。
「助かる。ありがとう」
「だな、姉御。あたしらは時間に緩いところがあったから、手元に分かりやすい物があるのは良いからな」
ふっと笑う二柱さまは懐中時計が壊れた時の連絡手段はどうするのが良いかとリヒター侯爵さまに問うた。リヒター侯爵さまは如何なさいましょうかと少し悩んでいるようだ。
「勝手に屋敷に入るのは駄目だし……ナイがやっているみたいに手紙?」
「姉御もあたしも手紙なんて書いたことねえだろ」
二柱さまは侯爵さまが悩んでいることを察知して、どうすれば良いかと声に出す。リヒター侯爵さまはえ、あ……と突然始まった女神さま談議にどうすれば良いのかと焦っていた。私は助け船を出した方が良さそうだと、二柱さまの話に加わらせて頂く。
「アストライアー侯爵家かロザリンデさまが間に入るのが一番でしょうか。連絡に少し時間が掛かってしまいますが、突然女神さまが現れたり声が届くよりは良いのかなと」
私の声にリヒター侯爵さまがうんうんと頷き、それを見た二柱さまは『じゃあ、壊れたらナイかロザリンデに話す』『一番無難な方法だな』と納得してくれたようだ。
私がヴァルトルーデさまとジルケさまを借りていたのが気になったのか、のしのしと少し酔っている雰囲気のあるグイーさまが何故かこちらに歩いてくる。彼に気付いたリヒター侯爵夫妻は更に緊張した様子になった。グイーさまなら大丈夫だと私は彼らになにも告げず、グイーさまがこちらにくるのを待つ。そうして近くにきたグイーさまは持っているグラスを掲げた。
「楽しんでおるか~?」
本当に陽気な創星神さまだなあと私は巨躯のグイーさまを見上げるのだった。
◇
凄く軽い雰囲気でグイーさまがお酒片手に私とリンとアリアさまとロザリンデさまとリヒター侯爵夫妻に、ヴァルトルーデさまとジルケさまがいる場にやってきた。テラさまを放っても良いのだろうかと彼女の方に視線を向けると、これ美味しい、あれも美味しいとお皿の上に追加の料理を置いている最中だ。
ナターリエさまとエーリカさまは食べることを止めているが、二柱さまはテラさまの側でお相手を務めるようである。視線を戻して私はグイーさまを見上げれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまが『父さん、飲み過ぎ』『親父殿、人の家で失礼を働かないでくれよ』と心配していた。
「グイーさまは楽しいですか?」
「もちろん! 賑やかな場所は好きだし、なにより旨い酒がある! これ以上の場はなかろう」
私の問いにカラカラと笑ったグイーさまはご機嫌で答えてくれる。お酒の味は私に理解ができないため、ボルドー男爵さまとハイゼンベルグ公爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまとアルバトロスの陛下や上層部の皆さまのお薦めを揃えている。
グイーさまが気に入って頂けたならば、その銘柄のお酒がぐんと価値を上げそうだと私は苦笑いを浮かべた。リヒター侯爵夫妻は神さまが三柱も揃ったことで、今、この場にいても良いのかとオロオロし始めている。
直ぐに察したジルケさまが『落ち着け。親父殿は気にしてねえよ』とフォローを入れている。ただ女神さまにフォローを入れて貰った以上、先程より態度に出すことは許されないのか夫妻は背を伸ばし真面目な顔となっていた。大丈夫かなと心配しながら、何度かグイーさまと話を進めているとふと頭に過ることがある。
そういえば石配りが終わったことをグイーさまに報告し忘れていた。
忙しさにかまけて、忘れ去っていたことを思い出す。グイーさまなので覗き見ていたから声掛けがなかったのかもしれないし、対策を練ったから安心して忘れ去っていたのかもしれない。
ともかく、お願いされたことを遣り遂げたので報告しなければ。神さまの島へ赴いてご挨拶するのが正しいのかもしれないが、向こうに行くためには手間と時間が掛かる。
「グイーさま、報告を失念していたのですが、預かった石を全ての国へお渡しできました。あとは堕ちた神さまが石に捕らえられてくれると良いのですが」
「あ。ワシも忘れておった! ナイ、ご苦労だった。テラに経緯を聞いて貰ったら、ナイに報酬を渡さないのかと言われてな。なにか欲しい物はあるか?」
私の後ろに控えていた皆さまが呆れていた。どうやら大事なことをすっかりと忘れていたことに呆れと驚きが入り混じっているようだ。グイーさまも忘れていたのだから良いのではと思うのだが、どこかしら抜けているという私の癖は治らないものらしい。
しかし私が欲しいもの……と考えてみる。聖女になって衣食住は事足りているし、お貴族さまとなって更に充実している。あとはみんなの幸せを願うだけであるが、幸せは本人が掴んでこそだ。領地に住まう方たちの人生が楽しいものでありますようにとも願っているが、これは私たちアストライアー侯爵家の仕事である。
「……?」
「変な顔になるな! まあ、望みがないというのもナイらしいのか!! ま、気長に考えれば良い。いつでも儂は礼をするからな!」
ぐぬぬと考え込んでいると私は変な表情を浮かべていたようで、グイーさまが面白そうに笑った。グラスの中に入ったお酒が零れそうになり、勿体ないと直ぐにグラスに口を付ける姿は本当に呑み助なのだろう。凄く適当なグイーさまであるが、直ぐに答えを出せと私に強いてこないのは有難い。ありがとうございますと無難にグイーさまに返事をすれば、ガハハと笑ってテラさまの方へと戻って行った。
「親父殿はなにしにきたんだ」
「本当に」
呆れ顔のジルケさまとヴァルトルーデさまは溜息を吐いて、のしのしと歩くグイーさまの背を見つめ、二柱さまも食事を続けると元の場所へと戻って行く。私も他の方のところへ顔を出すべきかとリンを見上げ、リヒター侯爵夫妻とアリアさまとロザリンデさまに楽しんでくださいと言い残して彼らの下を去るのだった。
料理人の方が作った品が会場に新たに運び込まれて、良い匂いが鼻孔をくすぐる。食べたいけれど、お願いすればいつでも食べれるしまだ我慢だと会場を見渡した。そういえばエーリヒさまたち同年代の皆さまには挨拶をしただけと、私はリンに次に向かうところを告げる。
私とリンが会場を歩いていれば毛玉ちゃんたち三頭がちょこちょこと小走りでやってきた。彼女たちはいつの間にかどこかへ行き暫く離れていた。
「毛玉ちゃんたちどこに行ってたの?」
私がどこに行っていたのかと問えば、毛玉ちゃんたちは三頭揃って胸を張り鼻を天井に向けドヤ顔になっている。
『あちょんでもらっちゃ!』
『たのちい!』
『あちょぶやくちょくちた!』
ドヤドヤドヤと毛玉ちゃんたちが声にする。誰に遊んで貰ったかは分からないけれど、彼女たちは随分と面白かったようである。それは良かったと私が頷くと歩いている足元でちょこまかと動き回る。
尻尾をぷりぷり振りながら私の周りをちょろちょろしている毛玉ちゃんたちを見ながら歩いていると、同世代組が集まっているところに辿り着く。アリアさまとロザリンデさまは既に戻っていたようで女性組と談笑していた。皆さま仲が良くてなによりと私は笑い輪の中に入ろうとすれば、セレスティアさまが毛玉ちゃんたちも一緒にきたことに気付いて特徴的な御髪をぶわりと膨らませた。
こちらへおいでという雰囲気を醸し出すセレスティアさまにマルクスさまが呆れた顔になっていた。口に出せば肘鉄が飛んでくるのでぐっと堪えているようなので、学院生時代より彼は成長しているはず。毛玉ちゃんたちは遊び相手を見つけたとセレスティアさまの方へと寄って行き、尻尾をぶんぶん振っている。
『あちょぶ?』
『しぇれしゅてぃあ!』
『かまっちぇ!』
毛玉ちゃんたちは相変わらず元気だなあと苦笑いを浮かべていると、ジークがすっと私の後ろに控えた。やはりジークとリン、二人が揃っている方が落ち着くなと肩を揺らせばそっくり兄妹も同じ気持ちのようで小さく頷いてくれた。毛玉ちゃんたちの相手はセレスティアさまに任せようと私はエーリヒさまの方へと足を向けた。
「エーリヒさま、手紙でも記しましたが南大陸から香辛料を取り寄せております。欲しい品があれば申し付けてくださいね」
エーリヒさまの隣には緑髪くん、もといユルゲンさまもいて、外務部仲間として一緒に頑張っているようだ。ジークはエーリヒさまに無茶をあまり言わないでやって欲しいという雰囲気を醸し出しているけれど、美味しい料理のレシピを提供してくれる最大手が彼である。私が無茶を彼に申し出るのは仕方ないことなのだ。多分。エーリヒさまは私の申し出に驚きつつ小さく礼を執った。
「ナイさま、ありがとうございます。しかし高価な品なので俺に払えるかどうか……」
うーんと少し情けなさそうな顔になっているけれど、ぼったくる気はないし、そもそもタダで受け取って欲しいのに彼が受け取ってくれないから、私が適当に値を付けて払って貰っている。
「あ、値段は気にしないでください。お友達価格にさせて頂きますし、なにか料理のレシピで代替とさせて頂ければ嬉しいです」
気軽に受け取って欲しいのに彼は凄く遠慮をする。まあ、私もタダで商品を受け取るのは落ち着かないので気持ちは分かるが、やはり誰かにお渡しする時は気にしないで欲しいと願ってしまう。
「ありがとうございます。では、いつも通りにさせて頂きますね」
エーリヒさまは聖王国で暇な時間は料理に励んでいたそうだ。お弁当にしてフィーネさまにこっそりと渡していたとか。なんだか浪漫があるなあと目を細めるけれど、堂々とご飯を食べられないのはキツイものがある。
フィーネさまは凄く喜んでおり、お弁当をデレデレな顔で見つめていたというのはアリサさまとウルスラさま情報だ。その報が入った時、銀髪の少女は凄く顔を赤くして恥ずかしがっていたけれど。
男女の仲が良いようでなによりである。そういえばエーリヒさまが怒っているところを見たことがなく、彼が怒る姿を想像できない。でもまあフィーネさまになにかあれば、男の子として怒って奮闘するのだろうというのは安易に想像できた。
「係の者に伝えておきます。ユルゲンさま、お料理の味は如何ですか?」
私はエーリヒさまからユルゲンさまに視線を移した。
「閣下。閣下の名に恥じぬ料理の数々を堪能させて頂いておりますよ。ジークフリードが僕に美味しいと教えてくれた料理にハズレはありませんでした」
彼は胸に手を当てて穏やかな声で教えてくれる。ジークは彼らに自分のお勧めの品を教えていたようだ。口にできればなんでも良いという貧民街時代から随分と変わったものだし、生粋のお貴族さまに料理の味を語ることになろうとは。
ジークはユルゲンさまに『言わなくて良いことを……』と文句を言いたそうであるが、彼はどこ吹く風のようでにこにこと笑みを携えたままである。私は美味しいという言葉が最大限の誉め言葉であるため、ユルゲンさまの感想は嬉しいものだった。
「それは良かったです。まだまだ料理は運ばれてきますので、お楽しみくださいね」
「はい。ありがとうございます」
ふふふと笑うユルゲンさまに小さく礼を執り、次に誰に話をしようかと視線を彷徨わせているとウルスラさまと目が合った。そういえば彼女とはあまり話していない。
どうしてもフィーネさまとアリサさまが主となってしまい、ウルスラさまはフォローを入れる形や同意をしていることが多かった。ウルスラさまはグイーさまの石の効果により聖王国で巡礼者が増えて張り切っていると聞いているので、無茶をしていないと良いのだがと彼女の前に立つ。
「ウルスラさま、食べておられますか?」
「はい! どのお料理も美味しくて驚きです。しかし大聖女フィーネさまはナットウがないと落ち込んでおられました……」
私の問いにウルスラさまが笑顔で答えてくれるのだが、フィーネさまに話が飛んでいた。エーリヒさまと話を始めていたフィーネさまは驚きで顔をぐるんとこちらに向ける。
「え、ウ、ウルスラ!?」
そ、そんなことを言わなくても! という顔になってフィーネさまは固まっていた。おそらくウルスラさまに他意はなく、納豆が高級品であると捉え提供されていないことが不思議だったのだろう。私たち転生者組は前世の知識で納豆は庶民の食べ物だと理解して、立食会や晩餐会では提供されないと分かっている。
「ではお土産にフィーネさまにお渡ししましょう。丁度良い頃合いでしょうし」
「わあ! ありがとうございます!」
私がお土産として持って貰おうと提案するとウルスラさまは極上の笑みを浮かべる。フィーネさまの役に立てたことが嬉しいのだろうと、私は一つ提案する。
「ウルスラさまは如何なさいますか?」
「え?」
きょとんとした顔のウルスラさまは自身も納豆をお土産にされることまでは想定していなかったようである。納豆をウルスラさま用のお土産にするのは嫌がらせだろうし、フィーネさまに多めに渡してウルスラさまには違う品を用意しようと周りの皆さまと笑みを浮かべるのだった。