魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
朝起きると、テラさまがにっこりと笑みを浮かべながらベッドの縁に腰を掛けていた。私とリンとテラさま以外は目を覚ましていない。テラさまがベッドから身体を起こした私とリンに視線を移す。
「あははっ! ナイ、凄い寝癖!」
ぷっと吹き出したテラさまは凄く面白そうに笑う。髪を短くしているので、濡れたまま寝たり寝相が悪ければ凄いことになるのだが、テラさまが吹き出すほど面白い頭をしていたのだろうか。
テラさまが笑ったことで、リンが私の腹に手を回して側に寄せた。なんだと私が彼女に視線を向けると頭に手が伸びてきた。
「仲良いわねえ。くっついて離れなくなりそうだわ」
テラさまが肩を竦めると、ベッドの端から立ち上がり片手を腰に当てた。テラさまの御髪は全く跳ねていない。うつ伏せの凄い体勢で寝ていたというのに、彼女の髪は針金でも入っているのだろうか。
「ほんと、みんな幸せそうな顔で寝てる。あ、今日の朝ご飯、楽しみにしているわね、ナイ」
皆さまがまだ寝ているとテラさまは声を絞る。既に朝ご飯の内容を考えているようだけれど、調理人の皆さまは朝はどんなご飯を提供してくれるのか。ご飯食かパン食を両方用意してくれそうだし、私も朝ご飯が楽しみである。
「はい。大したものは提供できませんが」
私はご飯を作らないので偉そうなことを言えないが、一応、当主としてお客さまに美味しいご飯を提供しなければならぬ義務がある。テラさまはどんな朝ご飯をご所望なのだろう。
昨夜のテラさまを見るに、なんでも美味しいと食べてくれそうである。ただ、好みもあるだろうから、彼女の口から好きな品とか聞けると良いのだが。
「パンの耳ってことはないでしょ?」
「そりゃ、侯爵家としてお客さまに提供できません」
テラさまの朝はパンの耳を良く食べるようである。地球の創星神さまが朝の早くからパンの耳を齧っている姿は似合わないが、本当にそれで良いのだろうか。食生活を見直した方が良いのではという言葉を喉元で止め私は肩を竦めた。
「じゃ、十分じゃない」
ふふふと笑うテラさまが籠の中で寝ているクロとネルに視線を向けた。もぞもぞと白銀の身体が動いて、ゆっくりとクロの首が持ちあがる。目はあまり開いていないけれど口は動くようで、クロが欠伸をしたあと言葉を紡ぐ。
『ん~? おはよう。もう起きてたんだねえ』
ネルはクロの下で寝息を立てているままで、起きる気配はなかった。ヴァナルのお腹の所にはセレスティアさまが幸せそうな顔で寝ているし、雪さんと夜さんと華さんの下ではアリアさまが抱きついていた。
ヴァルトルーデさまはあおむけで腕を身体の横にピッタリ付けて微動だにしないまま寝ているし、ジルケさまは服の端からお臍が見えている。他の方たちも各々好きな場所で寝ている。
ベッドを使っている方もいれば、毛玉ちゃんたちを抱きしめて寝ている方もいるのだった。
「おはよう、クロ」
「クロ、おはよう」
「クロ助、おはよう」
ゆらゆらと身体を揺らしている半目のクロを見て笑い挨拶を返す。テラさまはいつの間にかクロのことをクロ助と呼んでいた。クロは特に気にしておらず、文句もなにも言わない。
このまま定着してしまいそうだと笑っていれば、ネルが目を覚ましてリンの膝の上へと移動した。ちょこんとリンの膝の上に乗ったネルはくわっと欠伸をして、また身体を丸めて眠り始める。
「ありゃ。起きるかと思えば」
翼と尻尾を綺麗に纏めたネルは真ん丸だった。顔を後ろ脚の近くに突っ込んで目を閉じている。リンは私の腹に回している腕の反対の手でネルを撫でて小さく笑う。
「二度寝が気持ち良いみたいだね」
リンの部屋でもネルは二度寝をしているようで、彼女曰くいつものことらしい。テラさまが二度寝に入ったネルに視線を向け首を傾げた。
「竜なのに?」
『竜でも二度寝は気持ち良いよ~寝ているのが幸せだって言って、巣でずっと寝ている仔もいたからねえ』
他愛のない話を繰り返していれば、他の皆さまも目を覚まし活動を始めている。私も着替えをしようとエッダさんたち侍女の方に手伝って貰っていれば、テラさまが勢い良く挙手をする。
「私もナイと同じことをされてみたい!! 可愛い侍女の子たちに着付けをして貰うって凄く乙じゃない!」
はいはいはーいと手を上げたテラさまの言葉に、私の着替えを手伝ってくれていた侍女の方たちの目が点になる。文字通り、驚きで目が点になっていて私は面白いなあと明後日のことを考え始めた。
「へ?」
「え?」
「……?」
エッダさんと侍女の方二名が短い声をどうにか絞り出す。テラさまはにこにこと笑い、地球では体験できないことに期待を寄せているようだ。
テラさまの思考はおっさんに近いのではと疑いを持つのは失礼だろうか。現代世界に慣れているのであれば、侍女の方の介添えは少しこそばゆい。
日本のアパートで独り暮らしを満喫しているテラさまが期待することではなさそうなのに。であれば、やはり侍女という特殊な方たちの接待を受けることを楽しんでいるのであれば、それはもうおっさんの思考なのではと思ってしまう。
「母上殿。侍女の連中、固まってんぞ」
「ナイが変な顔している。なにか妙なことを考えていそう」
一緒に私の着替えを見ていた二柱さまが声を上げた。ジルケさまは侍女の方にフォローを入れ、ヴァルトルーデさまは私の顔が変だと失礼なことを宣った。確かにテラさまの思考はおっさんではないかと疑っているが、声に出していないのでセーフであろう。
いつの間にかテラさまは普段着になっているので、着替えの服はどうするつもりなのだろう。背も高いから女性用の服を用意できそうにない。むむむと考え込んでいれば、私の着替えが終わりテラさまの番となる。
侍女の方たちは逃げられないと覚悟を決めて、テラさまが自分たちの下にくるのを待っている。
「あ、着替えの服!」
「母さん、私の服を着れば良い。ナイに何着か用意して貰っているから」
「お。ありがと! 我が娘!」
とまあ、何故かテラさまとヴァルトルーデさまとの間であれよあれよと話が進み、テラさまが服を着替えることになる。侍女の方たちは恐る恐るテラさまに触れて、革ジャケットを受け取り私に『ご衣装はどうしましょう!?』という真剣な視線を飛ばす。
私は革ジャケットを受け取ってハンガーに掛けるのだが、扱いはこれで良いのだろうか。次に革パンが渡されたのだが……テラさまの足の長さが際立っていた。
なんとも言えない気持ちに苛まれていると、テラさまが着替えを終えていた。アルバトロス王国の貴族女性が纏うデザインなのだが、ヴァルトルーデさま同様にテラさまも似合っていた。顔の彫りが深い方たちだし、なにを着ても似合うというのは反則だ。ジルケさまも『なんでも着こなすよなあ』とぼやいており、私と同じ気持ちを抱えているようだった。
「では、朝ご飯にしましょうか」
私の声でみんなで部屋を出る。廊下を暫く歩いていれば、男性陣と合流することになった。アルティアさまとは食堂で一緒になって、クロやヴァナルたちがご飯を食べているところを、それはもう嬉しそうに眺めていた。
私たちも各々ご飯かパンかを選んでいるのだが、フィーネさまは当然のようにご飯と納豆を選び取っている。慣れない方はマジかという顔になっているのだが、フィーネさまが無類の納豆好きというのは分かっているのだから慣れて欲しい。ちなみに納豆の香りは皆さま慣れたようである。香水を振りまくっているお貴族さまよりマシというのが理由になっているのは、如何なものかと思うけれど。
テラさまはご飯食とパン食両方を食べており、グイーさまは彼女の姿を眺めつつはっとした顔になる。
「ナイの屋敷の飯は儂の屋敷の飯より豪華……!?」
ぬうと目の前にある朝ご飯の数々に驚きを隠せていないグイーさまにテラさまが『グイーの屋敷のご飯は美味しいけれど、美味しいだけなのよねえ』とぼやく。美味しければ問題ないけれど、テラさまは美味しい以上のなにかを求めているようだ。そういえば、グイーさまのお屋敷で出る料理はどんなものなのだろう。あとでジルケさまに聞いてみるか。
「酒がないのは残念極まりない」
グイーさまはテーブルを見渡し、アルコールが提供されていないと肩を落とす。感情の波が忙しいなと私が見守っていると、彼の横で食事を摂っているテラさまが声を上げる。
「朝から飲まないの。グイー」
「はい。我慢します」
鋭いテラさまの突っ込みにグイーさまはなにも言い返せないようである。アルティアさまが二柱さまのやり取りに驚きの表情を見せているが、彼らと何度か顔を合わせれば通常運転だと直ぐに分かるだろう。
私はご飯とお味噌汁と焼き鮭という凄くオーソドックスなご飯を頂いている。おにぎりとウインナーと卵焼きでも楽しめるが、今日は他の方がいらっしゃるのでお箸を使って食べられるものを用意してくれたようだった。
ジークとリンとクレイグとサフィールはパンを食べているし、エーリヒさまもご飯とお味噌汁と焼き鮭を楽しんでいる。付け合わせのお新香も美味しく漬けられており、料理人の方たちの腕が半端ない。侯爵家の料理人の皆さまはどこまで腕を上げるつもりだろうか。できうるならば天に届くまで頑張って欲しいけれど……無理はして貰いたくない。
「納豆美味しいです」
「あ、私も食べたい~フィーネ、頂戴」
幸せそうに長い銀糸の髪を揺らしながら納豆を食べているフィーネさまにテラさまも食べたいと言い始める。納豆を食べている女神さまって本当にシュールなのだが、納豆仲間になるかもしれない方を見つけたフィーネさまの目がキラリと光る。
「良いですよ。お醤油を垂らしても良いですし、変わり処で塩とごま油とか、マヨネーズ、オリーブオイル、はちみつとかを掛けてもイケますよ!」
ふふふと笑ったフィーネさまはお醤油以外のお薦めの味変をテラさまに告げる。凄く納豆に合わない気がする名前が挙がっている気もするのだが、テラさまはなるほどと頷いてオリーブオイルを手に取った。
一同、マジかという顔になるもののフィーネさまは自信満々にオリーブオイルの適量をテラさまに伝えた。
「美味しい! 納豆の味が確りしているし、フィーネが教えてくれたオリーブオイルもイケるわ!」
テラさまが明るい表情で納豆を口の中へと納めていく。グイーさまが『そんなに美味いのか』と彼もまた納豆に手を伸ばして、お皿に中身を移してぐりぐりと納豆を混ぜる。そうしてオリーブオイルを垂らし、軽く混ぜて糸を引く納豆をグイーさまは口の中へと放り込んだ。
「……うぐぅ」
納豆を咀嚼するごとにグイーさまの表情が曇っていく。どうにか納豆を飲み込んだ彼は無言のままお皿に入った納豆を置き、そのあと手を付けることはなかったのだった。あ、残した納豆はテラさまが美味しそうに食べておられました。
◇
皆さまがそれぞれのホームに戻れば、屋敷は随分と静かになった。
ソフィーアさまとセレスティアさまも王都のタウンハウスに戻って、数日過ごしてからアストライアー侯爵領に戻るとのこと。私は私で王都の教会に顔を出し、デグラス子爵領(仮)に寄ってから、アストライアー侯爵領に戻ることにしている。
ユーリに長旅は無理だろうと転移魔術師を雇って、先程乳母の方と一緒に領地に戻っている。ジークとリンとクレイグとサフィールにヴァルトルーデさまとジルケさまは、私と一緒に馬車で移動する予定だ。
王都のタウンハウスでなにか問題や不都合がないか、屋敷の管理を任せている方に聞き取りを終えたあと移動の面子に声を掛ける。領地に戻る前に教会に寄るので、アリアさまとロザリンデさまも一緒だった。
最近、当主のお仕事に励んでいたので聖女の衣装を纏うのは久しぶりである。私はひらひらしている衣装に違和感を覚えつつ、ジークとリンは目を細めていた。どうやら私の聖女の衣装を纏っている方がそっくり兄妹は落ち着くようである。
アリアさまとロザリンデさまも『ナイさまの聖女姿は久しぶりに見ますね!』『領主として励んでいらしているので仕方ありませんが、やはりナイさまは聖女のイメージが強いですから』と話している。私はヴァルトルーデさまとジルケさまに出発の時間だと伝え、屋敷の馬車回りに辿り着いていた。
「さて、行きましょうか」
「はい!」
「参りましょう。ナイさまが訪れると教会の皆さまは気合が入っておられます」
私の声にアリアさまが元気に、ロザリンデさまが少し遠い目になりながら返事をくれる。どうやら教会は私がくると高確率で女神さま方も一緒にくると理解しているようだ。信徒の皆さまには騒ぎになるため女神さまがどんな方なのか伝えていない。ヴァルトルーデさまも望んでいないから構わないけれど、知らなくて良いのかという気持ちがある。
「気負わなくて良いのですが……」
私が目を細めながらぼやけば、クロが顔をすりすりしてくる。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭は出発の時間だと察知して影の中に入った。
「話を知った皆さまは凄い勢いでお掃除に取り掛かったそうですよ」
「ええ。お陰でどこも綺麗です」
アリアさまとロザリンデさまがあははと笑い、私たちは二柱さまと共に馬車の中へと乗り込む。ジークとリンはいつも通り護衛を務めてくれ、クレイグとサフィールは後ろの馬車に乗り込んでいた。
正面にアリアさまとロザリンデさま、私を挟むヴァルトルーデさまとジルケさまが席に就けば馬車がゆっくりと動き始める。
アリアさまは最近の教会のことを教えてくれたり、デグラス子爵領(仮)はどうなっているのかと質問をくれた。何度か正面に座すお二人と話しているのだが、いつも会話に加わってくるヴァルトルーデさまが大人しい。昨夜、食べ過ぎてお腹でも壊したのかと私は彼女の方を見れば、アンニュイな表情で窓の外を眺めている。
「ヴァルトルーデさま。大人しいですね」
「姉御、昨日が楽しかったみたいでよ。みんなが戻っちまって、寂しいらしい」
私の声にジルケさまが答えてくれる。アリアさまとロザリンデさまは意外だという表情になり、ヴァルトルーデさまはジルケさまにチラリを視線を向け直ぐに元の位置へと戻す。ありゃ、ヴァルトルーデさまの態度は本当に珍しいと私は苦笑いを浮かべた。
「また集まりましょう。美味しいご飯を堂々と食べられる理由になりますし、皆さまの意見を取り入れることができるので有難いですからね」
立食会は集まった方の素直な意見を聞き取りやすい。今回もいろいろな方から味や好みを聞き出して料理を改良する予定である。アドバイスを頂いて新たな料理が生まれることもあるので私的に立食会は大歓迎である。
ただホスト側となるので皆さまを迎え入れるのは大変ではある。けれど皆さま夜会や晩餐会で一流の料理を口にしている方たちだ。やはり私に備わっていない視点や味覚を持っているので面白い。エーリヒさまからも、新しい料理のレシピを頂けたので立食会を開いた意味は十分にあった。
「ん。でも、みんながいて騒がしかったのに、さっと引いて静かになるとなんだか置いていかれた気分」
ヴァルトルーデさまが窓から視線を外して私の顔を見ながら目を細める。ヴァルトルーデさまに繊細に屋敷の空気を読む力があるとは驚きではあるが、幼い子供が祭りが終わったと嘆いているようにもみえる。それならば、先程私が伝えたようにまた立食会や夜会を開けば良いだけのこと。身内であれば、出向く場合もあるからヴァルトルーデさまとジルケさまと一緒に参加することもあるはず。
ただ、次は参加する立場になりたい。面倒だと以前は言っていたが、美味しい料理が食べられるなら別となる。
「姉御が感傷に浸るなんてなあ……」
ジルケさまが小さく笑えば、ヴァルトルーデさまが『そういう時もある』と抗議の声を上げていた。まあ、そういう日もあるのだろうと、私たちは教会に辿り着くまで他愛のない話を続ける。
お昼に差し掛かる頃、教会に辿り着けば大扉の前にはたくさんの教会関係者が集まっていた。アリアさまとロザリンデさまは筆頭聖女と筆頭聖女補佐を務めているし、私も一応教会の助言役を担っているので教会の皆さまが気合を入れるのは必然だ。
二柱さまも一緒に向かうと連絡を入れているため、教会の皆さまは余計に緊張しているようでもあるが。エスコートを受けながら馬車を降りれば、カルヴァイン枢機卿さまがガチガチな姿で私たちを出迎えてくれた。
「い、いらっしゃいませ! み、皆さま! ようこそおいでくださいました」
アルバイト初日の大学生が接客業で初めて声を上げたように声を震わせているカルヴァイン枢機卿さまに私は苦笑いを浮かべるしかない。アリアさまとロザリンデさまは馬車からさっくり降りて、教会のメンバーの中に交じっている。
私たちと一緒にいてくれても良いのではという気持ちが湧くけれど、女神さまがいらっしゃるため筆頭と補佐役として教会側に立つようだ。
「お久しぶりです、カルヴァイン枢機卿、皆さま。本来はもっと顔を出している予定でしたが、訪れることが少なくなってしまい申し訳ありません」
私が小さく頭を下げれば、カルヴァイン枢機卿さまを筆頭に皆さまが顔を思いっきり左右に振っている。私の事情を汲み取っているようで無茶は言えないようだ。
カルヴァイン枢機卿さまといくらか言葉を交わしていると教会の皆さまが真面目な顔になる。どうしたと私が身構えれば、カルヴァイン枢機卿さまが大きく息を吸い込んだ。
「閣下、デグラス領の話を伺いました。支援が遅くなってしまいましたが、我々王都の教会はできうる限りのことを致します。先ずは数名の聖女さまを派遣することになりました」
「ありがとうございます。アルバトロス上層部の皆さまも状況改善に向けて動いてくださっておられますし、教会の援助を受けられるならば助かります」
デグラス領にはアストライアー侯爵家と王家の支援が決定している。他にも助力してくださると申し出てくれた家もあるので、早急に支援が行き届くように手配する予定だ。領地を管理している代官さまは有難いと息を撫で下ろしていたし、領地の方たちも落ち着いた日々を取り戻せるはず。飢えを解決できたなら、領地の皆さまには仕事に戻って貰わないと。
「デグラス領の教会は何度も我々に救援要請の手紙を出しておりましたが、どうやら握り潰されていたようです。ままなりませんね……本当に」
真面目なカルヴァイン枢機卿さまが肩を落とす。どうやらデグラス伯爵さまの配下の方が手紙の流通管理を執り行っていたようで、領の外に不都合な情報は流せないと検閲していたとのこと。
戦時中や赤い国ではあるまいし、なんてことをしているんだと言いたくなる。だが、デグラス領はデグラス伯爵家の呪縛から逃れることができた。私も王家もできうる限りのことを行うし、教会もこうして手を貸してくれる。良い方向に歩きだしていると願い、皆さまと一緒に教会の聖堂の中へと入った。
以前、教会に訪れた時と少し雰囲気が変わっていることに私は首を傾げる。なにが変わっていると目を細めると、信徒席の一部が綺麗になっていた。
「新調されているものがありますね」
「はい。腐敗から立ち直り、資金の流れを明確にすれば余っていることが分かりました。少しずつですが、傷んでいるところの修繕費に充てたのです」
少し照れ臭そうにカルヴァイン枢機卿さまが教えてくれた。教会の皆さまもどうでしょうかという表情になっている。シスター・ジルとシスター・リズも教会の皆さまの端っこで笑みを浮かべていた。どうやら王都の教会はきちんと良い方向へ舵を切っている。おそらく孤児院の運営にも手を入れてくれているのだろう。
「創星神さまの夢のお陰か、教会に通う方が多くなっております。私の気のせいかもしれませんが、王都にいる犬や猫、鳥も多く訪れているかと」
どうやら夢のお陰で更に信者の方や寄付が増えているようだ。しかし人の数が増えるのは分かるけれど、犬や猫まで教会に訪れているとは一体何故と私が首を傾げる。
カルヴァイン枢機卿さま曰く、教会の正面扉の前で頭を下げて戻って行く犬猫が増え、教会の中庭では鳥の囀りが以前より確実に増えているとか。説明を聞いていれば、ジルケさまとヴァルトルーデさまが私の横に並んで顔を覗き込んだ。
「親父殿、全ての生き物に夢を見せたからな」
「当然、犬や猫もナイのことを知った」
うんうんと腕を組んだジルケさまと目を細めながらヴァルトルーデさまがドヤと表情になっている。二柱さまが動いたことで、カルヴァイン枢機卿さまが肩をびくりとさせていた。
ロザリンデさまが小声で『大丈夫ですか?』と彼に問い『少し驚いただけです』と片眉を上げて言葉を返している。アリアさまはそんなお二人を微笑ましそうな視線で見ており、教会の皆さまもなんだかほっこりしているような。
しかし、教会に訪れる人が増えたばかりではなく、犬や猫に鳥まで増えているなんて聞いていない。確かにグイーさまは生きている者たちに夢を見せたと仰っていたが、石配りの対象は人間のみだ。もしかして犬や猫に鳥たちもグイーさまの石を求めてやってきているのだろうか。
「でも屋敷に野生動物や犬や猫は増えていませんよ?」
侯爵邸に犬や猫は侵入していない。特に犬は、屋敷に入れば警備の方に追い出されるのが普通である。
「遠慮しているんだと思う」
「実際、鳥は増えてるからな。ナイが気付いていないだけで」
「え?」
ヴァルトルーデさまは呆れ顔になり、ジルケさまは鳥は増えていると教えてくれる。確かに言われてみれば、朝は小鳥の鳴き声が多くなっている気がしてきた。あれ、今度は動物たちにも石を配らなければならないのかと冷や汗が流れてくる。今、教会にいるから、グイーさまに聞いてみても良いかもしれないと私は盛大に息を吐くのだった。