魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0694:日常に回帰する。

 ――なにしてくれてんですか!

 

 と、王都の教会にある祭壇でグイーさまに抗議したものの無反応であった。ヴァルトルーデさまとジルケさまから、グイーさまの昨夜は立食会で随分とお酒が入っていたし、男性組と夜遅くまで話し込んでいたから神さまの島のお屋敷で深い眠りに就いているのだろうという予想を頂いている。

 肝心な時にグイーさまに声が届かないのは如何なものだろうか。カルヴァイン枢機卿さま以下、教会の皆さまは『創星神さまが立食会に参加されていた???』と疑問符を頭の上にたくさん浮かべていた。

 

 「寝ているなら仕方ない……教会にきている犬や猫に挨拶をしたいですが、表に出ると騒ぎになりますしね」

 

 祭壇の前で息を吐いた私はカルヴァイン枢機卿さまへと視線を向ける。

 

 「ええ。信徒の皆さまもいらっしゃいますし、閣下は目立ちますから。中庭であれば、人目を憚らずに行えるかと」

 

 カルヴァイン枢機卿さまが口にした通り、私の容姿はどうにも目立つ。ジルケさまはご自身の気配を最大限に断っているようなので、皆さまから意識されていないのは少々不服だ。

 文句を垂れても仕方ないので教会の中庭に出て見れば、確かに木の枝には鳥たちがたくさん止まっていた。ちちち、とか、ぴぴぴ、とか鳴く鳥たちが私を見つけると、枝を揺らして空へと飛び立つ。一体何事だと見守っていれば、鳥たちが私の目の前に降り木の実や小さな石ころを置いていく。私は地面に置かれた木の実や石ころを拾い上げてから立ち上がり、手のひらの上に乗った物を前に差し出す。

 

 「有難いけれど、君たちの食べ物でしょう」

 

 私の周りを飛んでいる鳥たちが不思議そうな雰囲気を醸し出していると、クロが鳥たちに話しかけている。なんとなくだけれど、クロが魔力を使って鳥たちと意思疎通しているようだった。

 

 『ナイに会えたから嬉しいって。侯爵領の方には行けないし、王都の教会(ここ)で会えるのを待っていたみたいだねえ。いじらしいね~』

 

 クロが身体を左右に揺らしながら、集まった鳥たちの通訳をしてくれる。私はクロに顔を向け、手のひらの上にある物はどうして集まったのかと問うた。

 

 『創星神さまとナイにあげるって。堕ちた神さまがなにをするか分からないし、守ってくれているからお礼みたいだよ~』

 

 「そっか。じゃあ、王都の侯爵邸は分かるかな?」

 

 鳥たちは律儀にグイーさまと私にお礼をしようと考えたようである。礼には礼を持って接するべきだと私は鳥たちを見る。

 

 『うん。少し離れた場所にある、魔素が濃い大きなお屋敷ってみんなが言ってる~』

 

 「木の実のお礼に、穀物を置いて貰うから食べにきてね。私がいたら怪我や病気を治せるよって伝えて貰って良い?」

 

 クロの通訳で不穏な単語があったような気がするものの、一先ず伝えたいことを口にしなければ。

 

 『分かった~』

 

 クロの声のあと、鳥たちが一斉に私の下へと集まって肩の上に乗ったり、頭の上のアホ毛を食んで遊んでいる仔がいる。随分と賑やかだと私が笑っていれば、面白そうな表情でヴァルトルーデさまとジルケさまが口を開いた。

 

 「凄い頭になってる」

 

 「鳥たちも堕ちた神が怖いみたいだな」

 

 二柱さまは私を見て笑っているが、彼女たちが女神さまであると鳥たちが気付いたようである。ヴァルトルーデさまとジルケさまの周りを飛んで、鳴いてなにかを訴えていた。

 

 『女神さま方に会えて光栄だって~』

 

 クロが通訳をしていれば、クロの隣に止まった小鳥が頬ずりをしている。竜に小鳥が頬ずりするなんて凄く意外な光景であるが、実に可愛いと私は目を細めた。ヴァルトルーデさまとジルケさまは鳥たちの行動をおかしいものだとは感じていないようで、目を細めて小さく笑っている。

 

 「私も君たちに会えて嬉しいよ」

 

 「ま、悪い気はしねえよな。なにかあればナイを頼れよ」

 

 ヴァルトルーデさまが片腕を差し出せば、小鳥たちが一斉に腕へと止まる。ジルケさまは腕に止まった小鳥たちを見ながら、何故か会話のボールを私に投げた。

 なにかあれば屋敷にきてねと言った手前、ジルケさまに突っ込み返せない私がいる。普段であれば『丸投げしないでください』と言い返しているのだが、口にすれば優しい小鳥たちは屋敷にくることを遠慮しそうだ。私の名声は人間だけではなく、犬や猫、他の生き物たちにも認知されたのだなと深く実感して教会をあとにするのだった。

 

 ◇

 

 馬車で移動して、領地にある屋敷に戻っていた。どうして転移で戻らなかったのかと言えば、行く先々でお金を落とすためである。私がロゼさんの転移で移動を多用すれば、本来落ちるはずだったお金が市場に出回らない。そんな理由から転移は急用や病気でない限り使わないでおこうとなったのだ。ロゼさんは少し残念そうにしているけれど、緊急時は頼りにしていると伝えている。

 

 『スライムに頼らずとも……私も転移ができるようになれば……いえ、しかしご当主さまの魔力を勝手に用いてしまうのは、ご当主さまに仕える錫杖として如何なものかと……しかし……道具は役に立ってこそ存在意義がある代物。やはりここは転移魔術を習得すべきでは……!』

 

 落ち込んだり、喜んだりしているロゼさんを尻目に私の腰元で錫杖さんが独り言を発していたけれど。錫杖さんは意識を持ったことで、魔術を覚えることができるようである。便利だけれど、錫杖さんが活躍する日がこないことを願うばかりだ。私は平穏な日常を謳歌したいのであって、トラブルに巻き込まれるのは避けたいのだから。

 

 石が黒くなったと女神さま方からの報告はこないし、各国からも連絡が入っていない。今度こそ領主の務めを果たせそうだ。

 

 私が賜っている領地はミナーヴァ子爵領とアストライアー侯爵領とデグラス領(仮)である。デグラス領(仮)の隣はエーリヒさまとジークが賜った領地なので、お隣さんが知り合い同士というのは変な感じだ。

 ミナーヴァ子爵領は家畜用のとうもろこしが主産業であり、アストライアー侯爵領は小麦の生産を主としている。デグラス領(仮)はなんだと問われると、領主の私はデグラス領の特産はなにか答えられない。

 

 領都の屋敷にある執務室で、私は今後デグラス領(仮)をどう運営していくべきかと考え込んでいた。

 

 側には家宰さまが苦笑いを浮かべつつ、書類を凄い勢いで捌いていた。ソフィーアさまとセレスティアさまが戻ってくるのは数日後となるため、それまでは私と家宰さまで執務をこなし、補佐役でクレイグも手伝ってくれる。ジークとリンも一緒に部屋にいるけれど、彼らの仕事は私の護衛だ。きちんと分けておかなければ、示しがつかなくなりそうである。

 

 「領地を分割したので、目立った特産品が消えてしまいましたよねえ」

 

 私が領地の分割を王家に提案したから口にしてはいけないのかもしれないが、家宰さまに話を聞いて貰うなら必要なことだろう。側にいたクレイグも書類から目線を離して私の方を見た。

 

 「そうですねえ。デグラス領は元々これといった特産品がなく、領都は鍛冶師や職人で成り立っていますからねえ」

 

 家宰さまが渋い顔をして答えてくれた。デグラス領都は伯爵位の方が治めていただけあって、規模が大きい。『町』といより『街』と言い表せば良いだろうか。

 当然、大きな街となれば農業従事者ではなく、商人や職人の方が多くなっていく。土地を開墾して新たに畑を与えるから農業に従事しろと命じたら、どれだけの方が不満を持たずに鍬や鎌を持ってくれるのか。

 

 「技術者を入れて鍛冶や職人さんたちの腕の向上を図ることもできますが、知らない部外者を唐突に招いて、彼らに師事しろと伝えても不満が溜まるだけ……」

 

 領地の職人の方たちも今まで培ってきた技術や知恵がある。知らない人間を急に招き入れれば不満の種が芽吹くだけというのは分かりきっている。

 

 「そうですね。今まで職人として働いてきた意地もあるでしょうから」

 

 家宰さまが肩を竦めて苦笑いを零し、私は小さく息を吐いた。

 

 「一先ず、飢えを凌げれば働く気力が湧いてくるはずなので、今は彼らの衣食住の食を安定させることを目的とするとして……次に打つべき手をそれまでに考えておかないと。ジークの領地は大丈夫なの?」

 

 当面は支援を続けて、そこから領地改革に手を出すのが無難だろう。しかし領都が荒んでいる状況で分領した地を王家から賜ったジークは大丈夫だろうか。

 

 「収支報告書や派遣した者からの意見を聞く限り、領都ほど荒んではいないな。エーリヒの男爵領も同じだ」

 

 ジークとエーリヒさまが賜った土地は自給自足で生活が成り立っており、特に手を入れる必要はないとのこと。ただ領都の影響を受けているのは確実で食料が少し足りないことと、流通が止まっているため塩や小麦が手に入り辛いとか。

 領都の状況が変わりつつあるので、その内に解消する見立てだとジークは小さく笑う。デグラス領を分割するのは少々急ぎ過ぎた意見だったかと反省するものの、機会を逃せば拝領できる地は凄く限られてしまう。物事が安易に進めば嬉しいけれど、流石に世の中そう上手くはできていない。私は椅子の背凭れに体重を掛けて息をまた吐く。

 

 「そっか。場所によって状況が違うのは当然か」

 

 「領都程ではないからな。俺たちは大丈夫だから、ナイはナイの仕事をすれば良い」

 

 小さく笑うジークに私も笑みを返す。

 

 「ん。でも本当にデグラス領を盛り立てていくにはどうすれば良いんだろう。一番簡単なのは魔力ドパーで済ませるんだけれど、一時のものですしねえ」

 

 本当に魔力ドパーを実行しても良いけれど、放出したあとがどうなるか分からない。良い方向に転がれば良いけれど、魔力で魔物を誘引させれば問題となってしまう。

 放った魔力を消費すれば食物の育ちが悪くなって、領地の皆さまがまた苦労をする羽目になるはずだ。だから正攻法で上手く領地運営をしなければ。

 

 「リヒター侯爵家のような技術者がいれば確固たる特産品を生み出せますが、他家の面子を汚さずにとなれば難題ですから」

 

 家宰さまが苦笑いを浮かべた。そう。他家との関係もあるので、特産品が被ると喧嘩を売っているようなものである。相手の血の気が多ければ『戦争じゃー!!』となってもおかしくはない。執務室で芳しくない私の頭で考え込んでもしかたないし、デグラス領を視察して特産品となるようなものが見つかれば御の字かなと書類仕事に戻るのだった。

 

 ◇

 

 石を配り終え、六ヶ月という時間が経っている。動物の来訪が増えたくらいで特になにか起こるわけでもなく、私は領地運営をしながら無難な日々を過ごしていた。デグラス領の状況も随分と改善し、各々仕事にきちんと就いてくれたようである。

 街にも他の領地から商人の方の出入りが増え活気を取り戻していた。どうにも私が領主になったことで注目を浴びているのだとか。吟遊詩人の方が『正義の味方、アストライアー侯爵』という触れ込みで歌を歌っているらしい。止めて欲しいのだが彼らの商売を邪魔するわけにもいかないし、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまも問題ないと判断している。

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまも屋敷での日々を謳歌しているが飽きないのだろうか。まあ、良いかと私は頭を振って前を向く。

 

 お昼過ぎ、私はユーリの部屋に訪れて、彼女に相手をして貰っていた。側にジークとリンがいるのだが手を出すつもりはなく見守りに徹するようだ。毛玉ちゃんたちはユーリの部屋に転がっている玩具に興味を持ち、じっと見つめてみたり、口をくわッと開けて咥えてみたりと忙しそうである。私は小さなユーリの脇に両手を突っ込んで彼女を抱えた。

 

 「正義の味方って柄じゃないんだけれどねえ、ユーリ」

 

 私は苦笑いを浮かべながらユーリのお尻に片腕を当てた。ユーリは落ちないようにと私の肩に手を回す。クロはまた顔をパチンされてはたまらないと、私の肩からリンの肩の上に避難をしていた。

 

 「どうちたにょ?」

 

 六ヶ月という時間はユーリの言語力を随分と飛躍させている。単語で会話をしていたのに、単語と単語を繋ぎ合わせて言葉を組み立てているのだ。

 

 「はにゃしきこきゃ?」

 

 しかしユーリは場末のホストのような台詞をどこで覚えてきたのだろう。誰か教えたと周りを見渡すものの、乳母の方でもそっくり兄妹でもない。一緒にいるアンファンに視線を向ければ、顔を左右に振っている。

 

 「ユーリ……そんな台詞どこで覚えたの?」

 

 なんだか教育によろしくなさそうだと私はユーリと視線を合わせる。ユーリは私の疑問を理解していないのか、大きな頭をこてんと傾げた。体重移動で重心が崩れそうになるのを腕の力でどうにか耐えると、そっくり兄妹が小さく笑みを浮かべて口を開く。

 

 「ナイじゃないか」

 

 「ナイだと思う」

 

 「えっ!?」

 

 二人の唐突な台詞に私は驚きの声を上げ、そっくり兄妹に怪訝な顔を向ける。乳母の方まで『ああ』と納得しているようだし、アンファンも『確かに』と頷いている。

 

 「屋敷で困り顔を浮かべている者に良く言っているな」

 

 「どうしました、なにかあれば話を聞きますよって」

 

 確かに時折、浮かない顔をして廊下を歩いている方がいればそうして声を掛けている。話を聞き出せば『子供が熱を出して心配だ』とか『月のもので少し体調不良です』とか単純なことであるが。皆さま真面目なことと、休んではいけないという前提があるため無理をして働いているようである。そのための有給休暇制度でもあるのに、遠慮してしまう方もいるようだ。

 

 「確かに言っているけれど、ユーリが聞く機会なんてほとんどないのに」

 

 改めると確かに私は口にしている。むーと私がユーリの顔を覗いていると『ぺちん!』と良い音が鳴った。またユーリに顔をパチンされたと驚くも、ユーリはどうにも私が微妙な顔を浮かべるのが面白いようだ。

 だから痛がらずに普通の顔でいれば、彼女はぷうと頬を膨らませて『面白くない!』と無言で視線を飛ばしてくる。なんだかユーリの発言は毛玉ちゃんたち三頭に似ている気もする。一緒に暮らしているから影響を受けるのかもしれないが、毛玉ちゃんたちが言語教師ってどうなのかと目を細めてしまった。当の毛玉ちゃんたち三頭は床の上でユーリの玩具に熱中したままである。

 

 「偶々、聞いてしまったとかか?」

 

 「ユーリの外に出る機会は増えているしね」

 

 ふふふと笑うジークとリンに私はユーリを抱き直す。

 

 「んー……成長したと喜んで良いものか微妙だよ、ユーリ」

 

 「ごとうちゅちゃま、へんにゃかお!」

 

 私が眉尻を下げていれば、ユーリがきゃきゃと笑って私の名を呼んだ。今までユーリは私を一度も呼んでくれなかったから、喜ばしいことだけれど……。

 

 「え?」

 

 まさか彼女に『ご当主さま』と呼ばれる羽目になろうとは。私が一気に落ち込んだことを察知したのは腰元の錫杖さんで『ご当主さま、お気をたしかに!!』と声を上げている。そういえばユーリの前で屋敷の皆さまは私のことを『ご当主さま』と呼んでいるので、彼女が一番耳にする言葉で私の名を覚えたようだ。

 

 「……」

 

 「……うわ」

 

 ジークとリンがユーリがやってしまったという顔をし、クロは前脚で顔を器用に隠した。

 

 『あちゃー』

 

 私もクロと同様に手で目元を隠す。腰元では『ご当主さまが煤けていらっしゃる! ああ、魔力の流れが不安定に! あ、あっ! ちょっ!!』と何故か慌てていた。

 レダとカストルも『マスターの魔力の奔流が大変なことになっていますわ!』『お嬢ちゃん、小せえ子供が間違えて覚えただけじゃねえか! 怒るな! 落ち着け!!』と必死な声を上げる。錫杖さんとレダとカストルはなにを言っているのだろうか。私は物凄く平静である。ただ、ユーリに『ねーね』と呼んで貰えなかったことに落ち込んでいるだけ。

 

 「屋敷で働く皆さまに暫くは私のことを『ねーね』と呼んで貰おうかな……ははは……」

 

 そうすればユーリは私をご当主さまと言わなくなるはず。意味も分からず口にしたようだし、聞き慣れれば自ずと修正されそうだ。

 

 「私は構わないけれど……」

 

 リンは私を『ねーね』と呼ぶことに問題はないようだ。

 

 『男の人は恥ずかしいんじゃないかな? あと屋敷の人たち困ると思うよ? あとナイ、落ち着いて~錫杖が大変なことになっているから~!』

 

 クロはクロで男性陣が恥ずかしい思いをするのではと心配しているが、私がユーリに『ねーね』と呼ばれなかったことを気にして欲しい。男性陣には羞恥プレイになるかもしれないが、私は一向にかまわず当主の尊厳なんてなくても良い。

 

 「変な顔は良いのか、ナイ」

 

 ジークは微妙な雰囲気で私がユーリに変な顔と言われたことを気にして欲しいようだ。ユーリは多分、その場のノリで言ったような気がする。現に私の腕の中で錫杖さんがわたわたしているのを楽しんでいるようだ。

 私は盛大に息を吐いて、ユーリの顔を見つめた。楽しそうな顔で笑うユーリを見て、私の毒気が抜けていく。『マスターの魔力に驚かないなんて。末恐ろしい子』『お嬢ちゃんの妹だからなあ。魔力がすげえ多く備わってて、分からんねえのかもな』とレダとカストルは落ち着きを珍しく取り戻している。

 

 『死ぬかと思いました……しかしご当主さまの魔力はやはり素晴らしい量ですねえ』

 

 ふうと少し疲れた声を上げる錫杖さんに私は言いたいことを伝えるべく口を開いた。

 

 「錫杖さん、ご当主さまと呼ぶのはせめてユーリの前では止めて頂いて……」

 

 『む。では私に名をください。半年待っておりますが、名前が一向に与えられませんので。プンプンですよ?』

 

 私のお願いに錫杖さんが抗議の声を上げる。確かに名前を付けるから待っていて欲しいとお願いして、随分と時間が経っていた。決して忘れていたわけではないのだが、陛下から下賜させた錫杖さんに妙な名前は付けられないと悩んでいた結果である。

 ぷりぷりしている錫杖さんにジークとリンが『元気だな』『レダとカストルより図太いかも』と肩を竦め、クロは『ナイの魔力の影響かなあ?』と首を傾げている。さて、錫杖さんの名前をこの場で決めても良いだろうかと私が考え込んでいると、ノックの音が二度聞こえた。乳母の方が対応してくれると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが顔を出す。

 

 「ナイ、怒っている?」

 

 「一瞬だったけどよ、屋敷が微妙に震えてたぞ。原因、ナイだろ」

 

 二柱さまは微妙に酷いことを言っている気もするが、先程まで落ち込んでいた手前、私は苦笑いを浮かべるしかない。ジークが私の代わりに『ユーリがナイのことをご当主さまと呼んだ』と説明すれば、二柱さまはなるほどと理解していた。

 

 「小さい子に憤っても仕方ない」

 

 「気持ちは分かるけどよ、許してやれ」

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまは肩を竦めてお互いに顔を見合わせた。ユーリは私の腕の中でこてん、こてんと顔を揺らし始めており、オネムの時間がやってきたようだ。私は乳母の方にユーリを預けて寝かしつけて貰うようにお願いをした。そうして部屋を出て腰元の錫杖さんを革帯から抜き取った。

 

 「ヴァルトルーデさま、ジルケさま。錫杖さんの名前を決めようかと。候補、いくつかありがとうございました」

 

 私の言葉に錫杖さんの魔石がぺかぺかぺかーと光る。二柱さまは私の声にああと納得して、錫杖さんへと視線を向けた。

 

 「気にしない。名前自体はナイが考えたもの」

 

 「あたしらはこれが良いんじゃねーかって候補を絞っただけだからなあ。礼を言われるほどでもねえな」

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまには私が考えた錫杖さんの名前から候補を絞って貰っている。その絞られた中で私は錫杖さんの名前をどれにしようかと半年ほど考えていたのだ。確かに時間が掛かり過ぎてしまったけれど、良い名前を選んで貰ったかなと思う。しかも選んで貰ったのは西と東を司る女神さまなので、錫杖さんは女神さまに名前を付けて貰ったようなものである。

 

 「ヘルメス、さんってどうかな?」

 

 元の世界にある神さまの名前から頂いたものだけれど、錫杖さんに似合っている響きだろう。錫杖さんは私の声を聞きけば、魔石を凄く光らせていた。

 

 「眩しい」

 

 「廊下でなにやってんだか」

 

 ヴァルトルーデさまとジルケさまが錫杖さんに突っ込みを入れているけれど、錫杖さん、もといヘルメスさんは全く意に介していない。ぺかぺかぺかーーと光り続けているのだが、私の魔力が減っているような。

 

 『あ、ナイの魔力を吸い取ってる。良いなあ』

 

 クロがリンの肩の上でぼやくと、私の影の中から勢い良くロゼさんがぴょーんと跳ね出てきた。

 

 『錫杖の癖に狡い!!』

 

 ロゼさんはスライムボディーを縦長に伸ばして抗議の声を上げるのだが、ぺかーと光り続けるヘルメスさんがふんと鼻を鳴らした。

 

 『スライムはご当主さまの影の中で魔力を吸収しているでしょう? こういう機会でもなければ、ご当主さまから堂々と魔力を頂くことはできませんので』

 

 しかしロゼさんはしれっと私の影の中で魔力を吸い取っていたのか。ということはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭も私の魔力を吸い取っている可能性がある。細かいことは気にしていられないし、錫杖さんは私から堂々と魔力を取り込むつもりのようだ。ヘルメスさんの言う通り、私の魔力が減っているのが分かる。

 

 『ご当主さまの魔力を御すには私は少々力不足と痛感いたしました。ですので、ご当主さまの魔力を限界まで頂こうかと』

 

 「堂々と宣言したぞ。まあ、良いのか? ナイの魔力制御下手糞だし」

 

 「元気な錫杖だね」

 

 ヘルメスさんとジルケさまには散々な言われようだし、ヴァルトルーデさまは呑気だなあと目を細めていれば、少し意識が遠のいていく。

 

 「ナイ!」

 

 「ナイ!!」

 

 ジークとリンの声に落ちていく意識が浮上して、私が倒れることはなかった。私はふうと息を吐いて手の中にあるヘルメスさんを見る。

 

 「ヘルメスさん、加減をして頂けると」

 

 『申し訳ございません、ご当主さま。しかし魔力を限界まで頂いたことで、錫杖として更に進化することができました』

 

 ふふふと嬉しそうに声を上げるヘルメスさんと、ジークとリンの腰元で『狡いですわ』『羨ましいぜ』と宣うレダとカストルに私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

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