魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0696:平和なトラブル。

 リバティーと名乗った男性の国が傾き始めていることに、ソフィーアさまとセレスティアさまは当然だろうなと溜息を吐いていた。ヴァルトルーデさまは上に立つ人はどうでも良いけれど、下の人たち、要するに民の皆さまが苦労するのは頂けないと零している。

 とはいえ女神として関わる気はないそうで、私が彼の国に赴かない限りは関知しないそうである。良いのかなと私は不思議に思いつつも、ヴァルトルーデさまにも考えがあるのだろう。手出しをしない方針のようだし、私も彼の国に関わる気はない。

 

 リバティーと名乗った男性の国が困り果てていると聞いて、数日が経っていた。

 

 いつも通りに朝起きて食事を済ませ、執務室で仕事を裁いている最中だ。私の机の上には竜の卵さん二個が鎮座している。いつもであれば部屋で留守番をお願いしているのだけれど、クロが『そろそろ孵りそうだよ~』と呑気な声で教えてくれた。

 いつ孵るか分からないため放置は宜しくなかろうと、私と一緒に卵さん二個は移動していた。卵が孵りそうということで、クロは凄くご機嫌だ。鼻歌を歌いながら、私の肩の上で尻尾を忙しなく動かしている。

 

 クロもご機嫌ならばセレスティアさまは仕事に手を付けられないようで、卵さんがいつ孵るかと凝視している。私は苦笑いを浮かべて彼女に視線を向けるのだが、気付いてくれない。何故か視線を向けていないソフィーアさまが私に気付いて、はあと深い溜息を吐く。家宰さまはセレスティアさまの様子を咎めもせずに、書類をひたすら捌いてくれている。

 ジークはエーリヒさまとユルゲンさまと一緒に、自領地の見学に赴いているため、今日の護衛はリンだけだ。屋敷で過ごすのでジークが留守にしても特に問題はない。

 

 ずっと卵を見つめているセレスティアさまは大丈夫かと心配になってくる。瞬きの回数が異様に少ないし、微動だにしていない。生きているのかという疑問が湧き始めた私はセレスティアさまに再度視線を向けた。

 

 「疲れませんか?」

 

 「卵……竜の卵がわたくしの目の前で孵る奇跡をまた見ることができるなんて……! くふぅっ!」

 

 私の問いかけはセレスティアさまの耳には届いておらず、ただ卵が孵る瞬間を見逃してはならないと必死な様子であった。ソフィーアさまは『仕事をしろ』と言いたげであるが、伝えたところで効果はない。

 私は身内しかいない場だし、偶には良いだろうという判断である。クロも機嫌良く頭を左右に揺らしながら、卵の様子を見続けていた。

 

 「まあっ! 動きましたわ!!」

 

 『朝から良く動いているねえ。卵の中で頑張っているんじゃないかなあ?』

 

 セレスティアさまが歓喜の声を上げ、クロが落ち着いた声で卵さんの様子を伝えてくれた。亜人連合国に『卵が孵りそうです』と連絡を入れたものの、ディアンさまとベリルさまからは『君たちに任せておいて大丈夫だ』という返事が届いている。

 竜の数が増えたお陰なのか、それとも私たちアストライアー侯爵家が何度も竜の卵が孵ることに立ち会っていることの安心感なのか、今回亜人連合国の皆さまは卵が孵る雄姿が気にならないようだ。

 

 一方で初めて立ち会う女神さまも興味津々のようで、執務室で卵を一緒にガン見しているところである。ヴァルトルーデさまはジークとエーリヒさまとユルゲンさまと一緒に領地見学に向かうつもりだったが、悩みに悩んだ末に竜の卵が孵る姿を見届けることにした。ジルケさまはどっちでも良いという雰囲気を醸し出していたが、生命の誕生に目を見張っている。

 

 「凄い、動いた」

 

 「生きてるからな」

 

 ヴァルトルーデさまが末妹さまを見ながら期待の表情で問えば、肩を竦めたジルケさまが答えた。

 

 「もう孵る?」

 

 「そう簡単に殻を破れねえだろ。気長に待とうぜ、姉御」

 

 ソワソワと身体を揺らすヴァルトルーデさまに、部屋に居るセレスティアさま以外の方が苦笑いになっている。どっちが姉でどっちが妹なのか。まあヴァルトルーデさまは長姉として一応の自覚はあるようなので、どちらが妹なのか分からないと口にすれば拗ねそうであるが。

 

 「まだかな」

 

 「まだですわねえ……」

 

 ヴァルトルーデさまとセレスティアさまが竜の卵に顔を寄せ、一人と一柱さまはじっと見つめている。

 

 「姉御とセレスティアはなにをやってんだか」

 

 「偶には良いかと。でも、見つめられ過ぎて孵りづらそうですね」

 

 ジルケさまと私が苦笑いを零せば、ソフィーアさまがまた溜息を吐いていた。真面目な彼女のことだからセレスティアさまに執務を担って欲しいのだろう。私は手元の書類へと視線を戻すと、ジルケさまが私の椅子の肘掛に寄り掛かる。

 

 「つーか、竜が卵から孵るところなんて初めてみるぞ」

 

 「私たちは何度か立ち会いました」

 

 腕を組んだジルケさまが私を見ていた。確かに竜の卵が孵るところなんて滅多にみられないだろうけれど……アルバトロス城ではワイバーンさんたちの卵が孵っているし、ヴァイセンベルク辺境伯領でもいくつかの竜の卵が孵っている。

 ミナーヴァ子爵邸で竜の卵が二個孵っているのだが、言われてみれば竜の卵が孵るところにタイミング良く立ち会える人間なんているのだろうかという疑問が湧いてきた。

 

 「そういえば、アズとネルは屋敷で孵ったって聞いたな。なんで竜の卵が人間の下で孵るんだよ」

 

 「そういうこともあるのかと」

 

 ジルケさまが腕を組んだまま片眉を上げるが、私は深く考えてはいけないと適当に彼女の言葉を流した。本当に気にしたら駄目だ。グリフォンの卵だって孵っているし、ジョセから仔を取り上げているし、雪さんと夜さんと華さんの仔である毛玉ちゃんたちも取り上げている。そのことを言わない方が良いかもしれないと、私がジルケさまから目を逸らした時だった。

 

 「あ」

 

 「まあ!!」

 

 ヴァルトルーデさまとセレスティアさまの声が上がる。彼女たちの視線は卵に釘付けのままだ。私も卵に視線を向ければクロが大きく尻尾を揺らす。

 

 『卵に皹が入ったねえ。もう直ぐかな~?』

 

 机に並んでいる卵二個に小さな皹が入った。なんとなく皹の中心が動いているような気がして私は目を細める。

 

 「同時に孵るつもりかなあ」

 

 「どちらにも皹が入っているな」

 

 目を細めた私の声にソフィーアさまも卵を見て、執務の手を止めていた。家宰さまも書類仕事を一旦中断して卵へ視線を注いでいた。私も執務の手を止めて、みんなで卵さんが孵る所を見守ることにした。

 床で寝転んでいたヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたち三頭も興味が湧いたようで、ちょこんとお座りをして執務机に視線を向けた。少し時間が経つと毛玉ちゃんたちが我慢できなくなったのか、机の側に寄ってきた。スンスンスンスンと鼻を鳴らして卵の匂いを嗅いでいる。なにか匂うだろうかと私が首を傾げると、毛玉ちゃんたちは匂うのを止めて机の側から顔を覗かせるだけにとどめた。

 

 ヴァルトルーデさまとセレスティアさまは興味が勝っているようで、どんどん卵に顔を近付けている。なんだかヴァルトルーデさまから感じる圧が強くなっていた。

 

 「姉御、神気を抑えろよ。卵が影響受けたらどうすんだ」

 

 「ナイの魔力の影響を受けているから、今更」

 

 はあ、と息を吐いたジルケさまが私の隣でヴァルトルーデさまに声を掛ける。ヴァルトルーデさまは一瞬だけジルケさまを見て卵に視線を戻して、ジルケさまがまた溜息を吐く。

 

 「そうかもしんねえが、なにがあるか分かんねえし、抑えた方が無難だろ!」

 

 「……頑張る。ナイ、魔道具の指輪貸して」

 

 ジルケさまが軽く咆えると、ヴァルトルーデさまは卵から視線を外さないまま手だけを私の方へと差し出した。

 

 「私の魔道具を取ったら、私の魔力の影響を卵さんたちが受けませんか?」

 

 私は机の引き出しから、予備の魔道具を取り出す。魔力制御の魔道具を壊してしまうことがあるので、副団長さまと猫背さんに依頼して予備を作成して貰っていた。

 丁度良いかと、私が小箱に入った魔道具をヴァルトルーデさまの掌の上に置けば、一瞬だけヴァルトルーデさまは箱に視線をやって指輪を取り出し身に着けている。なんとなく部屋の雰囲気が軽くなれば、私の腰元にあるヘルメスさんが魔石をぺかぺかぺかーと光らせた。

 

 『ご当主さま! ご当主さま!! では私の出番ですね!! ご当主さまの魔力を私、ヘルメスが吸い取って卵に影響がないように致しますよ!!』

 

 「そんなに私の魔力は漏れていますか?」

 

 『魔道具がなければ周囲に変化をおこしそうなくらいには!』

 

 ヘルメスさんがドヤと私の置かれている状況を教えてくれた。本当に副団長さまと猫背さん印の魔道具の指輪を作って貰っていて良かった。私がふうと息を吐けば、何故か毛玉ちゃんたち三頭がヘルメスさんに向かって『らめ!』『しょのまま!』『じゅるい!!』と訴える。

 ヘルメスさんは毛玉ちゃんたちの訴えを意に介さず、ぺかぺかぺかーと魔石を光らせて私の魔力の流れを調節しているようだ。ヴァナルと雪さんたちは問題ないと毛玉ちゃんたちを放置し、ヴァルトルーデさまとセレスティアさまは卵に更に顔を近付けている。ソフィーアさまと家宰さまが目を細めて、執務室にいる皆さまの状況を的確に伝える。

 

 「凄い状況だ……」

 

 「ええ、本当に」

 

 はあと息を吐いたお二人を他所に卵さん二個に入った皹が大きくなっている。どこかの誰かさんたちは『早く孵って』『楽しみでございますわ! ああ、鼻先が見えましたわよ!!』と顔を寄せ合っていた。なにしているんですかという突っ込みを入れないままでいれば、皹が大きくなって片方の卵がころんと転げ落ちる。

 

 「危ないっ!」

 

 ソフィーアさまが卵が執務机から落ちるのを阻止してくれ、両掌の上で受け止めた。ヴァルトルーデさまはほっとした顔になり、セレスティアさまは『何故、ソフィーアさんが』とご自身が受け止められなかったことを非常に残念がっている。

 

 「あ」

 

 『ぴょあ!』

 

 ソフィーアさまが受け取った卵から幼竜が顔を出し声を上げた。幼竜の視線はバッチリとソフィーアさまと捉えたようで、彼女に向けて何度も声を上げてなにかを訴えていた。卵の殻から青い身体を出して、ソフィーアさまをじっと見つめる幼竜に公爵令嬢さまは目をくるくるさせ始める。

 

 「え?」

 

 懐かれた当人は困惑していた。幼竜さんのつぶらな視線に射止められ、目を直視できないようだ。幼竜さんは声高い声で何度も彼女に向かって鳴いている。クロは問題ないと判断しているのか、ソフィーアさまと私たちのやり取りを見守るだけだ。

 

 「良かったね、ソフィーア。君のことをお母さんと思ってるみたい」

 

 「い、いや……私などで良いのでしょうか……ナイ、どうすれば良い?」

 

 嬉しそうなヴァルトルーデさまの声に困惑したソフィーアさまが私へ視線を向ける。まあ、幼竜の仔次第だろうと私は口を開いた。

 

 「孵った仔がソフィーアさまの側にいたいなら、それで良いかと」

 

 「しかし……うぐっ……!!」

 

 ソフィーアさまは心の中で葛藤しているようだ。可愛いけれど自分に懐いてしまって良いのだろうか、と。でも何度も声を上げて訴える幼竜さんには敵わないのか、彼女は肩を落として力を抜いた。

 

 「よ、よろしく頼む、で良いのか?」

 

 『ぴょあ!』

 

 恐る恐ると言った感じでソフィーアさまが青い幼竜さんに挨拶すれば、元気な声が返ってくる。

 

 『よろしくねって。その仔はね、ソフィーアのこと気に入ったみたいだねえ』

 

 クロがご機嫌に幼竜さんの意思をソフィーアさまに伝えてくれる。どうやら青い幼竜さんはソフィーアさまに懐いてしまったようだ。手のひらサイズで可愛いなと私が様子を伺っていると、もう一つの卵さんにも大きな変化があったようだ。

 

 「ひょわっ!! 卵が……卵から仔が出てきますわ!!」

 

 妙な声を上げたセレスティアさまが凄いテンションで声を上げる。机の上の卵さんの皹が大きくなり、もう直ぐ目元も見えそうになっていた。セレスティアさまが嬉しそうに声を上げていれば、卵の皹が一気に大きくなり、赤い竜がよろりと卵の殻から這い出てくる。ぷるぷると震えて周りの状況に怯えているように見えた。

 

 「大丈夫でございますわ! この部屋には貴方と敵対する者などおりません。安心してくださいまし!」

 

 セレスティアさまの声を通訳してくれたのか、クロが独特な声色で一鳴きした。すると赤い幼竜さんはセレスティアさまの方へと顔を向ける。

 

 『ぴょあ~』

 

 間延びした声を上げるけれど、クロ曰く『怖いよ』と赤い幼竜さんは言っているらしい。

 

 「本来ならば人間に囲まれて孵ったりしませんものね……ですが、本当に貴方を傷付ける者はいないのです」

 

 セレスティアさまの独特な髪が萎れていく。赤い幼竜さんはそんな彼女からなにかを感じ取ったのか、ゆっくりと距離を詰めていった。そうしてセレスティアさまの側で『ぴょあー』と鳴けば、彼女が手を差し伸べる。

 

 「大丈夫ですわ。いつか貴方が大きくなるまで、わたくしと屋敷の者たちが守ってみせますわ!」

 

 萎びれたセレスティアさまの髪が元の……元よりもぼふぼふな状態になる。また赤い幼竜さんが一鳴きして、差し出された彼女の手の平の上に乗るのだった。

 

 

 ◇

 

 青い幼竜さんと赤い幼竜さんが卵から孵って数日が経っている。彼らはソフィーアさまとセレスティアさまが気に入ったようで、彼女らの肩の上に乗りアストライアー侯爵邸で過ごしていた。亜人連合国のディアンさまとベリルさまは無事に孵ったことに喜んでくれたものの、私の屋敷で育つなら心配は必要ないと言い切っている。

 

 卵から孵った彼らの様子を確認にくることもなく、良いのかなあという不安と任せられたという嬉しさが私の中でせめぎ合っていた。

 

 私の心の葛藤を知らず、卵から孵った彼らはソフィーアさまとセレスティアさまの側で呑気に過ごしている。朝起きて、いつも通りに執務室で仕事をしているのだが、ソフィーアさまの机に降りた赤い幼竜さんが、セレスティアさまの肩の上で青い幼竜さんがこてんこてんと顔を揺らして、彼女たちがなにをしているのかと気になるようだ。

 

 ソフィーアさまは『すまないが、君の相手を務めるのは仕事を終えてからだ』と苦笑いを浮かべ、セレスティアさまは『申し訳ございません。仕事を終えれば、これでもかというほど遊び倒しましょう』と少ししょぼくれた顔を浮かべて言った。二頭の幼竜は彼女たちの言葉を理解したのか、目線を合わせて口を開く。

 

 『ぴょあ』

 

 『ぴょあ~』

 

 なんとも言えない間抜けな声が執務室に響けば、私の肩の上に乗っているクロが『早く終わらせて、遊んで欲しいって』と通訳をしている。クロの声にソフィーアさまは片眉を上げ、セレスティアさまは特徴的な御髪をぶわっと広げてにんまりとしていた。

 執務室や屋敷では、卵から孵った青と赤の幼竜さんたちの話に持ち切りで、自分たちに注目されないと毛玉ちゃんたち三頭はぶすっとしている。ソフィーアさまの執務机とセレスティアさまの肩の上に毛玉ちゃんたち三頭はなんとも言えない視線を向け、じっと見つめていた。三頭の視線に気付いた幼竜さんたちは自分の身が危ないと感じたのか、前脚を折り頭をぐっと下げて口を開く。

 

 『ぴょあ!』

 

 『ぴょえ~~』

 

 ブレスでも吐くのかと思いきや、ひとつ鳴いて毛玉ちゃんたち三頭に『負けないぞ!』と言っているようだ。クロは二頭の姿に『元気で良いねえ』と年寄り臭いことを言いながら前脚で顔を掻いている。

 

 『あちゃちたちのほうぎゃ、ちゅよい!!』

 

 『ときゃげにまけにゃい!』

 

 『にゃにもできにゃいくしぇに!!』

 

 毛玉ちゃんたち三頭も前脚を伸ばし、お尻を上げ尻尾をピンと縦に張って抗議の声を上げている。側にいるヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは、彼女たちを見守っているだけだ。言い合いをしているだけで手を出しはしないと信じているのだろう。

 

 『毛玉ちゃんたちは対抗心を燃やさなくても良いんじゃないかなあ?』

 

 クロがまた呑気に私の肩の上で声を上げる。毛玉ちゃんたちが青と赤の幼竜さんから視線を外して、身体をくるりと回転させた。

 

 『うるちゃい!!』

 

 『あたちちゃちぎゃ、いちゅばんきゃわいいの!!』

 

 『ときゃげにいわれちゃくにゃい!!』

 

 毛玉ちゃんたち三頭はむーと唸りながら、クロに視線を向けている。クロは彼女たちの厳しい視線を受け流しながら口を開いた。

 

 『毛玉ちゃんたちにトカゲって言われちゃった。ボクは竜なんだけれどなあ』

 

 クロたちは翼を取ればトカゲに見えるから、致し方ないという気持ちを私は口にせず別の言葉に言い換える。

 

 「女の仔だねえ」

 

 私が声にすると、毛玉ちゃんたちが『あたちたちは、きゃわいいにょ!』『おにゃのこ!』『きゃわいいのとうじぇん!』と口々に告げる。本当に毛玉ちゃんたちは姦しいと笑えば、ソフィーアさまとセレスティアさまも苦笑いを浮かべている。家宰さまが仕事をしましょうと言いたげな顔をしているので、仕事を終わらせようと私たちは執務に励むのだった。

 

 ◇

 

 自由を標榜して、私が国の代表を務めるようになったのに。行政区に集まっている民は、何故、私に怒りを向けているのだろうか。

 

 城の外では集まった民たちの怒号が飛び交い、随分と離れた部屋にいる私たちの耳にも届いている。少し前まで順調に民からの支持を集めていた私であるが、配給の頻度を下げると通達した途端に民は私に怒りを向けるようになった。

 革命軍の仲間である者たちが青い顔をして、執務室で腰掛けている私――元々は王が座していた――を取り囲んでいる。

 

 「リバティー殿、各国から支援は?」

 

 「早く支援を受けねば、食料が尽きてしまいます!」

 

 「各地の領主たちは自領で手一杯で、我々に援助をするのは無理だと申しております!」

 

 口々に告げる彼らは私に頼り切りであり、自ら動こうとはしない。私の意見を聞いてから動き始め、もし失敗すれば私の所為だと言い始める。彼らは自らの頭で考えるということをしないのだろうか。私を頼れば答えをくれると安易に思っているのではなかろうか。私は万能ではないし、失敗することくらいあるというのに。

 

 「隣国が頼りにならないなら、我が国から離れている地の王も頼ろう……こうなれば聖王国も頼ってみるか。彼らであれば、困り果てている我が国を見捨てはしないはず……」

 

 難しい顔で私が伝えれば、皆に不安の色が濃くなった。隣国からは支援をする代わりに、なにか寄越せと言ってくる。金でも良いし、技術でも良いと言ってはいるが、どちらも失くしてしまえば我が国は露頭に迷うことになるだろう。

 前王の悪政のお陰で国内は疲弊している。彼の直轄地であった王都は特に顕著だ。だからこそ国庫を開放して民の者たちに食料を分け与えていたのだが……半年経った今では残り僅かとなってしまった。

 

 隣国に頼れないならば、我が国に支援をしてくれる者を探すのみ。聖王国は最近、羽振りが良いはずである。創星神の石を大聖堂で公開しているため、信者がわんさか集まっているとか。

 人が集まれば、寄付も多く集まるのは必然だ。そして女神の教えを標榜している彼の国は困っている我々を見捨てられないはず。失敗したときは……と嫌な予感を振り払うため、私は頭を振って皆の顔を見渡す。本当に誰も彼も、私の意見を超える案を出せないのだろうか。

 

 「本当に支援を貰えるのか?」

 

 「支援を受けられなければ、我々も民も飢え死にするしかない……!!」

 

 「分からん。だが動かないことには成果は得られん。飢え死には絶対に避けなければならぬ!」

 

 懐疑な顔をした者たちが詰め寄るものの、私は語気を荒げて机に手を突けば皆が静まり返る。そうだ。動くしかない。麦の収穫はできているものの、王都に住む皆を満足させる量ではない。

 足りない分は各領地から買い付けたり、税の代わりとして納めていたのだ。諸侯たちが領地に引き籠ってしまった今、彼らを頼るのは悪手だろう。隣国同様になにを要求されるか分からない。金もないとなれば、王都を差し出せと言い出す可能性もある。

 

 「リバティー殿。少し、いえ、随分と話が飛躍させますが、王政から民へと政治の場を移した共和国に国の運営の仕方を教えて貰うわけにはいかないでしょうか?」

 

 彼は確か我々革命軍――適した名がないため、引き続き我々のことをそう呼んでいる――に最近加わった者である。私の行動に感化されて、革命軍の中で役に立ちたいと私に直接申し出てきた者だ。

 見る目のある者だと判断した私は、彼を革命軍に招き入れた。周りの者たちはどこの馬の骨とも知らない彼を革命軍に参加させるのは如何なものかと苦言を呈していたが、彼の様々な意見や行動の結果によりいつの間にか不満は収まっていた。そんな彼だ。本当に話が明後日の方へ向いている。周りの者たちは今それどころではないという顔になっているが、彼の言を無下にはできないようだ。

 

 共和国は東大陸に位置している国である。王政ではなく、民の選挙により国の顔を決めている国だ。

 

 「確か、東大陸にある……そういえば数年前に我が国を通って、彼らはアルバトロス王国へと向かったと噂で聞いたことがある……!」

 

 個人の自由意志で国の頂点に立つ者を決めているのなら、私の理想と合致する。ただ、私が共和国に今向かうのは悪手だろう。政治的に動ける者は王都に少なく、食料が足りないという最大の山を解決しなければならないのだから。でも。

 

 「彼らが国に立ち寄った記録は残っているか? 連絡手段があれば、貴国のような国を目指したいと伝えて話をできないだろうか! 共和国のような国を創りたいと伝えれば、我々を助けてくれるかもしれない!!」

 

 私は共和国の存在を天から差し込む光のように感じた。もし彼らと伝手ができたならば、国家運営の方法を手解きしてくれるだろう。東大陸から西大陸へと渡る手段を持っている彼らならば、食糧援助を申し出てくれるかもしれない。

 椅子から立ち上がった私は皆の顔を見る。彼らも私同様に、期待に胸を膨らませているのか先程までの物憂げな表情は消えていた。

 

 神など信じていないが、本当に奇跡のような出会いに感謝しなければ。そして共和国の存在に言及してくれた彼にも。

 

 「良く、共和国のことについて思い出してくれた!」

 

 「いえ、たまたまです。お役に立てたようで良かった」

 

 私の声に助言をくれた彼がゆっくり左右に顔を振った。

 

 「謙遜を! 君は本当に良くやってくれている! 皆、議事録を探そう!」

 

 私は席から離れて執務室を出ようと歩き始めれば、皆もまた私の後ろを歩いて着いてきてくれていた。

 

 「聖王国への援助要請はどうされるのですか?」

 

 「もちろん、そちらも抜かりなくやるべきだろう。頼れる国は頼るぞ!」

 

 私の声に分かったと告げれば、聖王国に連絡を入れてくると助言をくれた彼が私たちと別れて廊下を歩いていくのだった。

 

 ◇

 

 ――はえ?

 

 妙な声が漏れそうになったのを我慢して、目の前に座す人に私は視線を向けていた。時間は少し巻き戻る。大聖女フィーネである私と同じ大聖女を務めているウルスラが教皇猊下に呼び出されて、彼の執務室に足を運び入れていた。集まっていたいつもの面子である私とアリサとウルスラは顔を合わせ、どうしたのだろうという疑問符を頭の上に浮かべていたのが先程である。

 聖王国から東南に位置する国から援助要請が届いたそうである。リバティーと名乗る方の手紙にはその国の窮状が記されており、食糧支援をお願いしたいとのこと。教皇猊下は執務机の椅子に深く腰掛けて、私とウルスラを見た。

 

 「どう思う?」

 

 少し重い彼の声に、単純な食糧支援の要請ではないと感じ取ることができた。とはいえ教皇猊下に回答を求められたなら、聖王国の大聖女としてなにか言を発しなければならない。

 

 「聖王国に余裕があるのなら助けた方が良いのでしょうけれど……助けて欲しいと願い出てきた国からなにを頂けるのですか?」

 

 「向こうからの申し出はないな」

 

 私の答えを聞いた教皇猊下が更に難しい顔になっている。普通、どこかの国に支援を求める場合はなにか見返りを受け取るのが普通だ。困っている国からの支援であれば、直ぐに返さなければならないというものではないが対価を求めるのが当然である。

 だというのにリバティーと名乗る方の手紙には、なにを差し出すとは一言も書いておらず教皇猊下も困っているようだ。聖王国は貧する者を助けるという教義があるので、困っている方がいれば手を差し伸べなければならない。今回は逆手に取られてしまったのだろうと私が目を細めると、ウルスラが少し考えながら口を開いた。

 

 「えっと、そうなった場合は……確か……聖王国は、当事国に新たな教会の建設を見返りに求めるんですよね?」

 

 以前の彼女であれば、一も二もなく『助けましょう!』と教皇猊下に迫っていただろう。少し悩みつつも、ウルスラが政治面についても覚えていることに私は嬉しさを覚えた。

 

 「そうだ。だが相手の国はそんなことすら知らないようでな」

 

 はあと大きく息を吐いた教皇猊下が背凭れに体重を掛けて、次の言葉に私たちは凄く驚く羽目になる。

 

 ――彼の国は創星神さまの使いに矢を番えながら迎え入れた。

 

 目の前の教皇猊下の言葉に耳を疑い、私の口から『はえ?』と声が漏れる。私はウルスラの顔を見る。私は彼女に指で頬を指して抓って欲しいとお願いした。

 

 「いちゃい……否定できない現実なのね」

 

 「あ、フィーネさま、痛かったですか!?」

 

 私が頬に手を当てると、ウルスラが少し慌てた様子で気を使ってくれる。私が申し出たことだから気にしないで欲しいと伝えていれば、教皇猊下がアルバトロス王国からの報告だから真実だと教えてくれた。

 ナイさまは豚肉パーティーの時に一切、そんな話をしていなかったので、彼の国を一切気にしていないようである。ただ、ナイさまが巻き込まれたなら話が今より大きくなりそうだ。でも一先ず、聖王国の立場を考えるに彼の国への支援をどうするか考えなければ。

 

 「助ける必要がないのでは。創星神さまの使いに矢を番えた国に支援はできないと断れるはずです」

 

 「創星神さまの使いであるアストライアー侯爵閣下に矢を番えたなんて……どうしてそんなことを!?」

 

 私とウルスラの考えは同じようである。ただ、やはり彼の国に住まう方たちにまで責任を負わせるのは、なにか違うというのが本音だ。

 だったら入国許可を得て、聖王国の支援の炊き出しであると主張しながら教会の威光を高めていくべきではないだろうか。そうならないかと教皇猊下に問えば、確かに国と国同士のやり取りをすれば、上層部が食料を奪ってしまう可能性があると彼が告げた。

 

 「聖王国が主導して彼の国に支援物資を届けられるなら、と条件を付けるか」

 

 ふむ、と背凭れから身体を離した教皇猊下が側付きの方に手紙をとお願いしている。私は、彼の国がどうなるのだろうかとウルスラと共に顔を見合わせるのだった。

 

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