魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
車を引く馬の蹄の足音が凄く心地良い。
大聖女となる前も聖王国から出たことがなかったので、国外へ赴く機会は滅多になく馬車の窓から見える景色は新鮮だ。自由連合国の王都……首都まで続く道は石畳で整えられており、馬車がぬかるみに嵌ることもない。アルバトロス王国に出向くことは何度もあるけれど、行先は王城と学院とナイさまのお屋敷くらいだったので移動の五日間はどんな日々を過ごすことになるのか。
私が座る対面の席には聖王国の聖女が二人乗り、彼女たちも窓から外の景色を楽しんでいた。
道中、危ない目に合うかもしれないと言い含めているので覚悟はできているだろうけれど、私の影の中にヴァナルさんと雪さんと夜さんと華さんがいること、外には中型の竜の方と小型の竜の方が数頭いることで安心感を得られているようだ。
そして私たちが乗っている後ろにはエーリヒさまとユルゲンさまと他の聖職者たちが乗る幌馬車が続いていた。乗り心地は普通の馬車より悪いと聞くから、エーリヒさまや他の方たちのお尻が無事か都度確認しようと心に決める。
そんなこんなで隣国の境界線から三日目を迎えている。小さな領地の中にある宿に泊まり、壁の外へと出てきたところだ。朝陽が降り注ぐ領門前で背伸びをしながら私は口を開いた。
「あと二日で王都……じゃなくて、首都に辿り着きますね。長かったなあ」
私が口を開けば、一緒に赴いている二人の聖女が苦笑いを零した。この三日間、宿を取ることができたのは領主に会って聖王国で大聖女を務めていると公言したから。
首都に赴いて食糧支援をすることも伝えてある。領主が入領料代わりとして食料が欲しいと願い出れば渡しているし、お金で済むなら法外な値段でない限り支払っていた。
今いる領地の主人は食料にもお金にも困ってはおらず、宿に泊まることを普通に許可してくれた。王都に住まう者たちが一時でも腹を満たせたならと、領主の方が声を絞り出していたのは印象的だったし、道中や街中で王族の生き残りがいたら教えて欲しいと請われている。
「そうですね。聖王国は直ぐに国境線となりますから」
「こんなに長く馬車に揺られたのは初めてです」
肩を竦めながら聖女の二人がお互いに顔を合わせた。私はあと二日の辛抱だと告げ、二人と共に馬車へと乗り込む。移動時間にエーリヒさまと喋ることはできないけれど、派遣団の皆さまと一緒に食事を摂っているのでちょこちょこ彼と話すことができた。
二人の聖女は私の姿を見て目を細めていたし、エーリヒさまと近い場所に私が腰を下ろせるようにとこっそり誘導してくれている。有難いことだけれど、どうしてアリサやウルスラ、そして教皇猊下と三代前の教皇を務めていたシュヴァインシュタイガー卿以外にバレているのか。だらしのない顔でも晒していたのかと、窓に自分の顔を映してみた。いつも通りの顔で、なにも変わっていないはずだ。変な顔になっているなら聖王国の大聖女として示しがつかないし、気持ちを引き締めないと。
でも毎日エーリヒさまの顔を見られるのは本当に幸せだなあ。
エーリヒさまはアルバトロス王家から領地を賜ることになり、聖王国の外交員の任を解かれアルバトロス王都勤務となってしまった。聖王国にいた時は毎日どこかで彼の顔を見ることができたし、時々、話をすることもできていた。
でも王都勤務に戻った彼と聖王国で顔を合わせることなんてできないし、ましてや話すこともできない。手紙でこまめに連絡を取っていたけれど、やはり生のエーリヒさまが一番である。自由連合国に食糧支援を行うことが決まり少し憂鬱だった私の気分は、エーリヒさまも帯同すると知って空にも上る気持ちになっていた。それは今でも変わらない。
ふふと笑い、また窓に映った自分の顔を見れば凄く緩んでいた。駄目だ、駄目だと顔を振り、対面に座る二人の聖女に私は顔を向ける。
「首都はどうなっているのでしょうね?」
頭の中で幸せなことを考えていたと悟られないように、真面目な話題を私は口にする。首都に近づいていると理解している二人も真面目な顔になって言葉を紡いだ。
「ええ。恐れているような状況に陥っていなければ良いのですが」
「革命軍が政を担っていると聞くので、荒れていないと思いたいですね……」
革命軍から首都の状況を詳しくは聞けていない。直接支援を申し出たら凄く態度が悪くなったのだ。彼らの様子に教皇猊下は支援物資を自分たちの懐に入れる算段だったのかもしれないと、凄く悩んだ顔になっていた。
しかし彼らの要請を受け、聖王国がなにもしないわけにはいかないため直接乗り込むことになったわけだけれど。ナイさまに相談を持ち掛けたから、革命軍にとって痛いところを突く手段を取る許可を得ている。革命軍が私たち聖王国の派遣団や首都の皆さまに妙なことをすれば、最終カードとして切るつもりだ。
真面目なことを考えていると、馬車がカタンと揺れて走る速度を落としている。
「あら?」
どうしたのかと私は二人の聖女に顔を合わせた。
「どうしたのでしょう?」
「馬車が停まりましたね」
彼女たちも何故、停まるはずのない場所で馬車の速度が落ちているのか理由が分からないようだ。これは他の方からの報告を馬車の中で待つしかない。野盗や食うに困った方が襲ってくる……という可能性は凄く低いけれど……一体どうしたのだろう。馬車が完全に停まれば、御者の方が困った顔を浮かべながら理由を教えてくれた。
「申し訳ありません。道路の端に人が倒れているため、一度停まって安全を確認いたします」
彼の報告に野盗ではないことに安堵するも、倒れている人は大丈夫かと聖女と私は顔を合わせるのだった。
◇
道端で倒れている者を放置はできないと、聖王国の派遣団の方たちは判断したようである。
一団が乗る車列が止まり倒れている人がいると聞いた俺とユルゲンは、どうしたのかと顔を見合わせた。俺たちが乗り込んでいる幌馬車から見える前の景色に目を細めると確かに倒れている方がいる。一人は男性、もう一人は女性のようで、年齢は俺たちのいる所から判断はできない。一先ず、護衛の方が彼らに声を掛け、問題があれば治療行為を行うそうだ。もちろん治癒代を請求するとのこと。
「大丈夫かな?」
「どうでしょうか。情勢が安定していない国で倒れている者がいるのは必定ですが……見える限り、平民の格好をしておりますが、彼らの纏う雰囲気は平民の方々のものではありません」
俺は心配になってユルゲンと視線を合わせたら、彼は渋い顔をして情報を拾い上げ推察してくれた。平民に見える行き倒れの彼らであるが、なんとなく所作が貴族のそれに見えてしまう。
随分と貴族社会に染まってしまったと苦笑いを浮かべつつ、問題がないように取り計らうのが俺たちの役目――もちろん聖王国が変な行動をしないように監視役でもあるのだが――である。
フィーネさまから彼の行動には気を払って欲しいと頼まれていた宣教師が真っ先に倒れている方たちの側に行っている。一応、護衛の方たちが声を掛けたあとに、彼らの出番があるので側に向かっただけだけれど。大丈夫か心配だし、倒れている人も気になる。頼れる相棒と視線を合わせて口を開いた。
「だよな」
「ええ。波乱の予感がします……行きましょうか」
俺たちが幌馬車を降りれば、とことこと近寄ってきた者がいた。
『どうしたの~?』
『なにかあった~?』
『なんで、止まったの~?』
小型の竜の方がこてんこてんと顔を傾げながら俺たちに問うてきた。何故か懐かれているようで、小型の竜の方と会話をしているのは俺とユルゲンである。顔を近付けてくるけれど、威圧感は全くない。でも、彼らが持つ魔力の量は人間をはるかに超えているため雰囲気はあるし爪と牙は鋭い。道中で暇になると、倒れている木に爪を引っかけて三頭で遊んでいた時は凄く豪快だった。
「倒れている人がいたから、確認のために止まったんだ」
「今少し、お待ちくださいね。直ぐに出発するでしょうから」
俺とユルゲンは小型の竜の方の顔を撫でて、ここで待っていて欲しいと告げるのだが彼らは興味が勝っているようだ。
『行き倒れ~?』
『ボクたちも行く~?』
『変な奴ならやっつけるー!』
またこてんこてんと顔を動かして、倒れた人がいる方を見ている。仕方ないかと俺は笑って、みんなに危険がなければ見ているだけだと約束を取り付けユルゲンと三頭と共に前へと進んだ。流石にフィーネさまと二人の聖女さまは馬車から降りてはこない。無茶を言い出さない方々で良かったと安堵しながら、足を進めていれば声が聞こえてきた。
「お嬢さま、確りしてください! お水を頂くことができました! お願いですから飲んでください!!」
聞こえてきた男性の声には必死さが含まれていた。どうやら倒れているのは女性で、男性は言葉で判断するに倒れた女性の供だろう。金持ちの商人の可能性が出てきたなと頭の中で考えていると、倒れていた人の前に随分と近づいていた。
護衛の騎士に取り囲まれても男性は一切気にせず、意識を失っている女性を抱え込んで真剣な顔で声を掛け続けている。
「どなたか存じ上げませんが、女性に気付けの魔術を施しても宜しいでしょうか? このまま目覚めず問いかけを続けるより良いでしょう」
教典を腕に抱えている宣教師――フィーネさまから気を付けて欲しいと言われていた方――が二人の前に跪く。すると女性を抱えている男性――割と年を取っていた――がぱっと顔を輝かせ、お願いしますと声を張り上げた。
「女神さまの名の下に……――”目覚めよ”」
宣教師の声で、ヴァルトルーデさまが困ったような顔をしている姿が俺の頭の中に勝手に浮かんだ。聖職者だから仕方ないのかもしれないが、魔術を発動させる前に女神さまの名の下と枕詞を付けるのは如何なものか。
とはいえ、女性は宣教師の魔術で意識を取り戻している。護衛の人たちや宣教師がほっと息を撫で下ろし、女性を抱えている男性は『ありがとうございます!!』と何度も宣教師に繰り返していた。
「感謝の気持ちは女神さまへお願い致します。できうるならば教会に赴き、祈りを捧げてください」
「落ち着けば、必ず!!」
宣教師が目を細めて男性を射抜く。すると男性は涙を流しながら力強く宣教師に頷き約束を交わば、女性が完全に覚醒したようだ。
「ここは? ダル、わたくしは倒れていたの……?」
「お嬢さまっ、お目覚めで!! はい! 通りがかりの方に助けて頂きました! なんと礼を言って良いものか……!」
二人のやり取りを眺めていると、お嬢さまと呼ばれている女性は水を一口、二口と嚥下する。どう見ても良いところのお嬢さまであり、とんでもない人を助けてしまったのではと俺とユルゲンは顔を見合わせた。
◇
倒れていた女性に問題ないようで、腹を空かせて倒れてしまっただけと知り、俺はユルゲンと共に安堵の息を吐く。小型の竜の方たちが俺たちの隣で『おんなのことおじさん?』『なんでこんなところに?』『へんなにんげん~』と声を上げている。石畳の端っこに腰を掛けたお嬢さまと、彼女の後ろに立った護衛の男性は宣教師と軽く話をしている。
彼らは首都を目指しているそうだが、領地を着の身着のまま出発して行き倒れになり掛けてしまったとのこと。良いところのお嬢さんのようだが、護衛は中年の男性一人。貴族ではないのかと考え始めた頃、彼らから話を聞いていた宣教師が本題に入った。
「首都へどうして向かおうとされているのですか? 首都の状況は芳しくないと聞いております。お嬢さんのような方が向かうには不適切かと」
宣教師は眉を八の字にして心配している。ただ彼の言葉は『不用意に近づき過ぎでは』と言っているようにも聞こえた。
「だからこそ、です。街の者たちが困っていることを知っているのに、領地に引き籠ったまま悠々と生きることはできないと、ダルと共に家を出ました」
お嬢さまは護衛の男性の顔を見上げる。ダルと呼ばれた護衛の男性は困った顔を浮かべながらも、なにも言わない。
「これはまた。崇高な心意気。しかし厳しい言葉になりますが……気持ちだけではなにもできませんよ、お嬢さん」
宣教師の言葉に俺は首を縦に振りたくなる。目の前の女性は着の身着のまま、なにも持たずに出立したようだ。仮に貴金属を持っていたとしても、首都でマトモに換金できるのか。
換金できたとしても、マトモな食料を手に入れられるのか微妙なところである。気持ちや理想だけで思いを叶えられるなら誰も苦労なんてしないけれど……居ても立っても居られないという気持ちは尊重したい。でもやはり……たった一人の女性と護衛の男性だけでなにができるのだろうか。
「では、貴方方と共に行動できませんか? 見た所、我が国の方ではありません! そして首都を目指しているとお見受けします!!」
彼女の声に護衛のダルという男性が『げっ!』という顔になった。どうやら彼は単にお嬢さまの無茶ぶりに付き合わされているだけのようである。大丈夫かこの子と心配になってくるし、宣教師は彼女になんと答えを返すのか。
「ふう。お察しの通り、我々は自由連合国の者ではありません」
「ええ。竜を従えているのでしたら、アルバトロス王国のアストライアー侯爵家の方々……あ、いえ! きっと秘密裏に行動されているんですよね。今の話は聞かなかったことにしてください!」
宣教師の人は『聖王国の者なのですが』と言いたげになっているが、お嬢さんの勢いに押されてなにも言えないようである。むしろ、そう勘違いしてくれていた方が有難いのかもしれないが、俺の背に一筋の汗が流れ落ちた。
お嬢さんは勘違いしているが仕方ない。支援物資は中型の竜の方が持っていて、まだ隣国の境界線上に留まっている。俺たち一行が首都に辿り着く頃に飛んでくる予定で、竜の方が背負う荷物には聖王国の国章が刻印されている。
でも先発隊である俺たちの荷物には聖王国と分かるものは一切ない。一行の格好が聖職者であるものの、ナイさまの肩書きのひとつに『聖女』がある。お嬢さんが勘違いしても仕方ないのだが、これからどうなってしまうのだろう。
「身分は明かせませんが、我々は自由連合国の首都に支援物資を届ける予定です。お嬢さん、首都の方たちのことは我々に任せ、貴女の領地にお戻りになっては如何でしょう? きっと貴女の優しいお心は女神さまもお認めくださいますよ」
宣教師の方がお嬢さんを説得している。ダルと呼ばれる男性もうんうんと顔を縦に振っているのだが、お嬢さんは納得していないようで少し厳しい視線を宣教師の人に向けていた。
「戻れません! 戻れるわけがありません!」
更に視線を厳しくしたお嬢さんが声を荒げた。今の彼女の声には首都の人々を助けたいという気持ちよりも、なにか別のものを抱えていそうな勢いがある。宣教師の人は彼女の勢いに気圧されず、ただ目を見据えていた。変わり者と聞いているが、こういうところは芯のある人物のようであった。
「何故です?」
「そ、それは……」
宣教師の方が目を細めてお嬢さんを射抜いている。彼の勢いに押されてしまったのか、お嬢さんがたじろいでしまう。その隙にと言わんばかりにダルと呼ばれた男性が腰を屈めてお嬢さんに声を掛けた。
「お嬢さま、戻りましょう。貴女が無茶をなされれば、皆が悲しまれます。私も護衛として貴女を失うわけにはなりません」
子供を説得するような声色で彼がお嬢さんを諫めている。お嬢さんはダルと呼ばれた男性をきっと睨みつけるものの、彼は気に留めず優しい視線を向けていた。彼女は首都に赴くのを諦めたのか、黙り込んで視線を落として石畳を見つめている。
「また倒れられては困りますからね。少しですが食料を」
宣教師が後ろを振り返ると、顔をフードで隠した小柄な少年がいつの間にか布袋を抱えて彼に渡していた。本当にいつ現れたのか分からず、俺とユルゲンはぎょっとした顔になってしまう。
側にいた小型の竜の方たちも『びっくりした~』『いつの間にそばにきたんだろ~?』『気配が薄いねえ~』と声を上げている。少年に聞こえると俺とユルゲンは気まずくなるが、少年は一切気にしておらず宣教師の側で口に弧を描いていた。少年の異様さをダルと呼ばれた男性は気にも留めず、手渡された食料を嬉しそうに宣教師から受け取る。
「助けて頂いた上に食料まで。申し訳ないですが、有難く受け取らせて頂きます」
「いいえ、いいえ。感謝の気持ちは女神さまに祈りを捧げてください。さすれば貴方もお嬢さまも首都の皆さまも女神さまがお救いくださいましょう」
ダルと呼ばれた男性は宣教師に礼を執る。そうしてお嬢さまを立ち上がらせて、俺たちの行き先とは違う反対方面へと歩きだす。
「大丈夫か、あの人たち?」
「なにか隠しているように見えましたが、悪い方々には見えませんでした。まだお若い方なので、ご自身の正義に忠実であろうと無茶をしてしまったのでしょう」
俺の声にユルゲンが答えてくれる。彼女は首都の方たちを救いたいと声にしていたが、本当の目的は別のところにあるように見えた。でもそれがなにか、俺には見当もつかないけれど。
「ええ、ええ。若い方の行動力は見習いたいものですが、無茶をされては困ります。道端で出会えたことは女神さまのお導き。彼女が領地に戻ってくれた奇跡を女神さまに感謝致しましょう」
宣教師が俺たちにぐっと距離を詰めると、聖王国教会の印を切る。側にいたフードの少年も習って印を切っているので、俺たちも見様見真似で印を切った。
しかし西の女神さまであるヴァルトルーデさまは自由連合国の状況を知っているのに、関知しようとしていない。おそらく俺たちが行動に出ているので、ご自身の出る幕ではないと判断しているようだけれど。
宣教師の人がヴァルトルーデさまと邂逅すれば、彼の中にある女神さま像が崩壊しそうだと苦笑いになる。おそらく彼の頭の中にある女神さまはふくよかな姿だろうし……すらりと背が高く、背筋が凍ってしまうような美しさを持つ無表情な方だとは思うまい。
知らない方が幸せかと、俺たちは首都へ急ごうとまた幌馬車に乗り込んで移動を開始した。
◇
止まった馬車の窓から私は外の様子を伺っている。対面に座す二人の聖女が私に不思議そうな顔を向けているけれど、今はそれどころじゃない。倒れていた女性は随分と可愛らしい顔をしているようだ。状況が気になるのかエーリヒさまとユルゲンさまも倒れていた人に近づいて状況を見守っている。
「大聖女さま?」
「どうされました、凄い顔をなさっていますよ?」
窓にじっと視線を向けている私に声を掛けた二人に言葉を返す余裕は私にはなかった。
「……エーリヒさま、浮気じゃないですよね?」
そんな心配をしていると、御者の人が倒れた人たちの目的を聞き、宣教師の人が納得させて領地に戻ることになったという報告を受けた。エーリヒさまが泥棒猫に引っ掛からなくて済んだことを凄く安堵していると、馬車がまた動き始めるのだった。
◇
聖王国の派遣団一行はようやく自由連合国の首都へと辿り着く。それと同時、見計らったように中型の竜のお方が大量の支援物資を背負い首都の外に降り立った。馬車から降りたフィーネさまが中型の竜の方へお礼を伝え、背にある荷物を降ろす作業に取り掛かる。作業をしていると、首都の中から馬に乗った兵士がゾロゾロと出てきて俺たち派遣団を取り囲む。
「貴殿らの所属、氏名を明かせ!」
兵士の長が一行に、というか明らかにフィーネさまに声を掛ける。所属もなにも、自由連合国は聖王国の派遣団がくることを知っているはず。だというのに、彼らの態度と警戒の仕方は様子がおかしい。支援の要請は自由連合国からのもので、普通は穏やかに出迎えてくれるはず。だというのに……と俺たちが不信感を高めていれば、フィーネさまが背筋を伸ばして兵士の長の前に立った。
「聖王国、大聖女、フィーネです。一行の代表を務めさせて頂いています! 入国と首都への出入り許可は自由連合国のリバティー殿に頂いておりますので、ご確認を!」
フィーネさまの名乗りを聞き届けた兵士長が部下に確認を取っていた。すると一頭の騎馬が走り出し首都の中へと消えていく。暫く待っていると、また騎馬が戻ってきて、兵士長に耳打ちをした。
「失礼した! 話は伺っております。荷下ろしが完了次第、街へ案内致しましょう」
兵士の態度に腹を立てても仕方ない。彼らもまた仕事でこの場に立っているのだから。俺たち一行は黙々と竜のお方の背から荷を下ろして、小型の竜の方に荷車を引っ張って貰うようにと準備をするだけ。
荷下ろしが完了して聖王国の印が入った箱を積んだ荷車を小型の竜の方が嬉しそうに装着する。やっと活躍できると言いたげにドヤ顔になっている姿は可愛いが、兵士の厳しい視線が気になってしかたない。神の使いであるナイさまに矢を番えた国だ。気を抜いてはいけないと、ユルゲンと顔を合わせて一行は大きな正面門を抜けて街に入る。
そうして直ぐに、異様な光景に目を細めることになった。
建物の壁に背を預けた人がいるのだが生気がなく動かない。街を歩いている人たちも活気がなく、出窓に置かれた花は枯れ、犬も異様に痩せ細っている。
俺が拝領した領地の視察のあとで元デグラス領領都も見学をさせて貰ったが、アストライアー侯爵家と王家、他の家々の支援が入ったためか復興の兆しを見せていた。この街は……この街を……救えるのかという気持ちが湧いて出てくる。兎にも角にも、俺たちがすべきことは自身の身を守ることと、幌馬車に乗るみんなに声をかけようと口を開く。
「ユルゲン、顔に当て布をした方が良い」
「エーリヒ?」
俺の声にユルゲンが不思議そうな顔になる。良く見れば路地裏には遺体が転がっている。痩せ細っており、遺体の周りには虫や蠅が集っていた。
「頼む、俺の言うことを聞いてくれ。他の方も当て布を!! 聖女さま方にも馬車を出る際には当て布をするようにお伝えください!!」
俺は幌馬車の席から立ち上がり声を荒げた。そうして呼応してくれたのは一緒に乗っていた宣教師の人だった。ユルゲンが顔に当て布をしていると同時に彼もまた顔を布で覆う。そうして俺も手持ちの物で顔を隠した。
「君には医療の知識があるようですね……――路地裏の光景を聖女さま方に見せるのは避けたいですねえ。どこか良き場所を探しましょう」
宣教師の人の心遣いに感謝しつつ厄介な場所にきてしまったと俺は息を吐くが、今はできることをやるべきだと宣教師の人とユルゲンと一緒に、自由連合国の兵士にどういうことだと詰め寄るため馬車を降りるのだった。