魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
自由連合国の兵士に詰め寄れば『これが現状だ!』という一言で終わってしまった。
街に住む人々を見殺す気かと叫びたい気持ちが湧き出るものの、持ってきた食料が足りるかどうかも分からない。やるべきことをやりつつ、自分やユルゲン、そして聖王国の人たちの無事を一番に考えなければと俺は長く長く息を吐いた。
一先ず、街の状況を把握しようとなったのだが、街への案内役である兵士たちが聖王国の派遣団は街の広場に赴くようにと指示された。派遣団は街の様子を調べたいと申し出ても、食料を配給するだけならば広場が一番好都合だろうと、その一点張りである。
話が通じないと諦めて、一行は街の中心にある広場へと辿り着いている。真昼間の経済活動が活発な時間というのに、露店は少なく、人の行き来も少ない。近くにある露店に目をやれば、野菜や果物に随分と高い値が付けられているうえに、店主は売れないと分かっているのか暇そうに時間を潰している様子だ。
本来であれば街の広場は露店が並び、買い物客で溢れ返っているはずなのに。小さな子供たちが意味もなく走り回る姿も見えないし、本当に自由連合国の首都なのかと疑いたくなる。
そして先程、目にした路地裏の光景が頭の中に蘇る。あれは良くない傾向だ。栄養失調で倒れたのか病気で倒れたのか分からないが、街を歩く人を良く見れば、彼らもまた痩せ細っている。病気に掛かって死を迎えるか、腹を空かせて死ぬかの二択を迫られているのではなかろうか。どちらにしろ『死』というものから逃れられないけれど。
街の人たちは余所者がきたと分かっている。ただ、聖王国一行の目的までは分からないようだ。自由連合国による配給はマトモに機能していない。腹を空かせているならば、藁をもすがる気持ちで聖王国一行に集りそうなものなのに。
荷物を降ろしていると、台車を引っ張ってくれていた小型の竜の方たちが不思議そうな顔をして、広場の真ん中から外側に視線を向けた。彼らの視線の先には自由連合国に住む街の人がちらほらとこちらの様子を伺っている。ただやはり『余所者』『なにをしにきた』という不安な視線を向けるだけ。荷物を奪おうという気力もないようである。
『寂しいねえ』
『元気ないよ~』
『ボクたちが怖いのかなあ?』
こてんこてんと首を傾げながら、隣にいる俺に彼が問う。純粋な彼らにどう答えたものかと俺は思案しながら口を開いた。
「君たちの所為じゃないよ。ただ単に違う場所からきた俺たちがなにをしようとしているのか、彼らは見定めているんだと思う」
俺はぬっと顔を近付けてくる彼らを順番に手で撫でていく。気持ち良いのか目を細めて俺の手を受け入れてくれていた。派遣団の女性陣、要するにフィーネさま方聖女の方たちはまだ馬車から降りていない。
なにがあるか分からないし、準備を整え安全を確保してから降りて貰おうとなっている。まあ、ヴァナルたちがいるから大抵のことは平気だけれど、彼らは切り札みたいなものだから大っぴらにするつもりはない。
『ボクたちは、ごはんを渡しにきただけなのにねえ』
『アルバトロスの人たちより細いよ。大丈夫?』
『いない方が良い?』
小型の竜の方たちは俺が手を離せば、またこてんこてんと首を傾げながら困り顔になっていた。
「まだ首都の外に荷物があるし、いてくれなきゃ困るんだ。ごめんな」
彼らがいなくなってしまうと随分と効率が悪くなってしまう。竜のお方の協力を得られるからと、護衛を増やして雑用の人手は最小限となっている。
首都の外では中型の竜の方が降ろした荷物の見張り番をしてくれていた。足りなければ追加で小型の竜の方たちにお願いして、ひとっ走りして貰う予定なのだ。だから、彼らがいなくなるのは困る。
『お仕事あるの?』
『エーリヒも一緒?』
『役に立ってくるって代表と約束したの~だからボクたちいても良い?』
また小型の竜の方たちは俺に顔を近付けて、顔を撫でろと無言で要求している。仕方ないと俺は苦笑いを浮かべて彼らを撫でていると、宣教師の人がフードの少年を連れて広場にいる人の下へと歩いていた。
俺は気になって、側にいたユルゲンに大丈夫なのかと声を掛けると『なにかあった場合は魔術を行使するそうです』と教えてくれる。街の方たちに魔術を行使するのは如何なものかと心配になるものの、襲われてからの自衛なら誰も文句は言えないはずと成り行きを見守ることにする。
「もし、そこのお方。街に教会はありますかな?」
にっこりと顔に笑みを携えた宣教師の人は、痩せ細った男性に声を掛けた。彼に声を掛けられた男性は眉を顰め、宣教師の人を見上げた。
「あんた、誰だよ……」
どこにでも居そうな顔の男性は不機嫌な様子を崩さないまま、宣教師の人を睨みつける。宣教師の人は彼の厳しい視線を受け流しながら更に笑みを深めた。
「これは、これは失礼を。聖王国で宣教師を務めている者です。自由連合国の要請を受けて、我々聖王国は首都の皆さまのために食料支援に参りました」
宣教師の人は随分と肝が太い。俺たち一行の目的を開けっ広げに告げ、これから食料をお配りしますので宜しければ貴方も如何ですかなと声を上げた。
まだ準備が整っていないし、派遣団の長であるフィーネさまの言葉もないのだが良いのだろうか。まあ、食料を配るのは事実だし、俺が心配することでもないだろうと小型の竜の方の顔を撫で続ける。宣教師の人がなにをするのかと気を張っていた自由連合国の兵士長――護衛というより、一行の監視が目的だろう――が、厳しい顔になって宣教師の人へと駆け寄った。彼のあとに数人の兵士が続いている。
「おい、余計なことを……!」
言うな、と口にする前に宣教師の人がくるりと身体を回して兵士長と相対した。宣教師の人は笑みを絶やさぬまま、兵士長に顔を近付ける。図体の大きい宣教師の人で、兵士長よりも強そうに見えてしまう。俺の隣でユルゲンが『大丈夫でしょうか』と心配そうに小さな声で呟いた。
「おや、私の言葉は余計でしょうか。困りましたねえ。貴国からの要請ですのに、そのような言われを受けてしまうとは。我々はただ女神さまの名の下に首都の皆さまへ施しをと、長旅を経てこの地へ参ったのですよ?」
宣教師の人は両手を広げながら口上する。右手には教典を握ったままだった。彼が手に持つ教典は、振り下ろせば兵士長の頭をかち割りそうな分厚さがある。まあ、膂力が足りないだろうから流石にできないだろうけれど。女神さまのお心が貴殿らに伝わらないのはなんと悲しいことか、と涙を流しそうになりながら宣教師の人が印を切る。兵士長は口上を続ける彼に気圧されることなく、手を握り込んでプルプルさせていた。
「ぬけぬけと……自由連合国の許可がなければ、貴様ら聖王国は活動すらできんのだぞ!」
兵士長は左腰に佩いている長剣の鞘を左手で握り宣教師の人を再度睨み上げると、側にいた兵士が不味いと感じたのか慌ていた。
「隊長、落ち着いてください! 彼らは我々のために行動を起こしてくれているのですよっ!」
部下の兵士が兵士長の右手を握って止めに入った。兵士長ははっとした顔になるけれど怒りはまだ消えていない。宣教師の人は笑みを浮かべたまま、兵士長に動じていなかった。
ふと、俺は今いる場所の違和感を覚える。宣教師の人が最初に声を掛けた男性はどこに行ったのだろう。きょろきょろと周りを見ても姿は見えない。食料を配ると知り、家族や友人に知らせに行ったのだろうか。それなら構わないがと視線を戻して前を見た。
「……分かっている、離せ。だがな、我が国で他国の者が要請以上のことをしようとしている行為を見過ごすわけにはいかぬだろう!?」
兵士長が部下の手が絡んだ右腕を少し乱暴に振り払う。俺とユルゲンは宣教師の人が切られなかったことに安堵の息を吐けば、小型の竜の方たちが『怖いねえ』『乱暴だなあ』『嫌な奴~』と声を上げている。兵士長に彼らの声が届いたようでキッと睨むものの、悪口の元が竜の方だと分かりパッと視線を逸らす。小型といえど竜は竜と兵士長は判断したようだ。
「聖王国の方が教会の場所を尋ねるのは当然のことかと。聖王国は西大陸各地にある教会と繋がりがあるのですよ」
兵士長の部下は聖王国について兵士長より詳しいようである。聖王国はいろいろとやらかしてしまっているものの、今でも尚、信仰の本拠地として機能している。
西の女神さまであるヴァルトルーデさまの気持ち次第というとこともあるけれど、女神さまはあまり関わる気はないようだから、聖王国がまた失敗しない限りは今のままのはず。
「お前は私が無知だと言いたいのか?」
「兵士長は信仰に関心がないので仕方のないことです。兵士長も聖王国の皆さまもご理解頂けませんか?」
私がなにか言える立場ではありませんがと兵士長の部下が小さく頭を下げた。彼の姿に兵士長はふんと鼻を鳴らし、宣教師の人は『いえいえ、私もつい熱くなってしまいました。申し訳ございません』と頭を下げている……が、兵士長の部下の方にであった。
兵士長の部下の方は苦労をするなあと目を細めていると、いつの間にか消えていた男性と街の人たちが広場に集まり始めている。
老人、大人、子供、男女問わずの姿に自由連合国の首都の街にこんなに人がいたのかと驚いてしまった。当然首都なのだから、多くの人が住んでいるのは当然だ。だけれど先程まで人の気配はわずかなものだった。子供はお腹を空かせているのか指を咥えてこちらを見ているし、信仰心のある方は教会の印を切って祈りを捧げていた。
「頃合いですかな」
宣教師の人がそう呟いて、フィーネさま方が乗っている馬車へと歩いていく。すると馬車の扉が開き、二人の聖女さまが先に降りてきた。最後にフィーネさまが護衛の方のエスコートを受けながら、ステップをゆっくりと降りてきた。
大聖女の衣装を身に纏い、長い銀糸の髪が風に揺れれば地面に足を一歩、二歩と進めた。すると集まった人たちから『おお』というどよめきが上がる。フィーネさまは一瞬どうしたものかと困ったような顔になるのだが、聖王国の面々が大聖女さまの登場に軽く頭を下げており、大聖女たれと意を決したようだった。
「お集まりの皆さま。私は聖王国で大聖女を務めている、フィーネ・ミュラーと申します。我々聖王国、大聖堂は自由連合国の要請を受け、支援を決定いたしました。僅かばかりではありますが、食料をお受け取りください」
フィーネさまの通る声に集まった人たちがまた『おお!』と歓声を上げる。そうして始まった配給作業なのだが、兵士長がいまいましそうな顔をして俺たち一行を見ている姿が嵐の予感をさせるのだった。
これ……アルバトロス王国に早く連絡を入れた方が良さそうだな。
◇
――支援二日目。
自由連合国の首都に辿り着いて、二日目でもある。聖王国の派遣団が食料を配っていることを首都の皆さまに知れ渡ったのか、朝から随分な人数が並んでいた。時折、小競り合いや横入りが発生し、声が上がると小型の竜の方たちは『喧嘩は駄目ー!』『ズルは駄目~』『うしろに並び直し~』と言って、問題を起こした方たち全員問答無用で最後尾に回してくれるので割と平和である。
とはいえ気の荒い方は小型の竜の方に食って掛かり、渾身の拳を打ち込んで『痛ぇ!!』と声を上げることもある。小型の竜の方たちは人間の怒気に鈍いようで『気持ち良いねえ。もう一回やって~』とリクエストを希望し、腕を痛めた気の荒い猛者は怒りをどこかへ飛ばしていた。
配給の列の他にも、簡易テントから列が伸びていた。彼らはフィーネさまと二人の聖女さまと自由連合国首都にある教会に所属している聖女さま方の治癒魔術を受けるため、じっと並んでいる。子供を抱いた女性もいれば、歩くのがやっとの老人に、男二人に肩を支えらえて待っている大人まで様々だった。
俺とユルゲンは配給の仕分けをしながら、簡易テントの方を気に掛けていた。昨日より格段に増えている患者さんに対して、聖女さまの数が圧倒的に足りない。
宣教師の人も治癒魔術を行使できるからと、聖女さまの中に交じり参加している。自由連合国の教会は首都が混乱に陥った時から、国からの支援や寄付は打ち切られ、信者の方たちからの支援もほとんどなくなり困り果てていたとのこと。
聖王国の大聖堂に連絡を入れようと試みるものの、革命軍――要するに自由連合国の上層部――によって連絡用の魔術具を接収されていたためなにもできなかったと肩を落としていた。
本当に自由連合国の上層部はなにを考えているのだろうか。王の圧政から解放するために立ち上がった彼らだというのに、同じことをしているのではと昨夜はユルゲンと二人でいろいろと話し込んでいた。
一応、アルバトロス王国上層部にも俺たちから首都の状況を伝えている。密偵を潜り込ませているとシャッテン卿から聞いていたので必要ないかもしれないが、定時連絡と一緒に手紙を添えておいたのだ。
今頃、シャッテン卿や宰相閣下と陛下方は頭を抱えていそうだ。首都の状況、というか自由連合国上層部は無能であると知れ渡れば、隣国が行動を起こす可能性だって出てくる。文化の発展が乏しい世界では、新たな国土を得ることで国力を強化させようと考える傾向が強い。せめて自由連合国に住む無辜の人たちが無事であるようにと、なにも起きないようにと願うばかりだ。
「配給に並ぶ方も多いですが、病人の方も多いですね」
ユルゲンが困り顔を浮かべてはあと息を吐きながら肩を落としている。念のために当て布は今日も続けている。聖女さま方も病気を貰っては敵わないと、当て布を当てて予防していた。
大聖女であるフィーネさまや聖女さまの顔を見たい方は『どうしてお顔を隠していらっしゃるのですか?』と残念そうにしちているが、助けに入った者まで倒れてしまえば本末転倒。致し方ないこと諦めて頂く他ない。
それにしても朝から配給と青空治癒院を開いているのに並ぶ人が減っていない。今日の分を配り終えれば解散となるため、気が気でない人もいるようだ。治癒院の列に並び、子供を抱いている大人は涙を流しながら待っている。早く彼らの番がくるようにと願うも、治癒魔術を行使できない者は裏方作業を頑張るしかなかった。
「病気は食事を満足に摂れないと罹りやすくなるから。小さい子供や老人がほとんどか……これ、支援が遅れていたらもっと酷いことになっていただろうな」
「でしょうねえ。路地裏の景色を聖女さま方が見なくて良かったです」
俺とユルゲンがまた溜息を吐く。自由連合国の首都に辿り着いてから溜息ばかり吐いているような。
「見なくて良いなら、見ない方が良いからな……」
とはいえど、知って貰わなければならない現実なので、路地裏で息を引き取った方がいると伝えてはいる。フィーネさまと聖女さま方は報告を聞き一瞬目を細めたものの、やるべきことをやるだけだと頷いていた。死んでしまった人は戻らない。ならば生きている人たちを助けられるように動こうと聖王国の聖女さま方で誓ったようである。
「今日を入れてあと三日。俺たちも手伝いを頑張ろう」
「ええ。派遣団に手を貸しつつ情報を得て、陛下や皆さま方に自由連合国の現状を知って頂きましょう」
改めて気合を入れ直し支援物資の箱の中から中身を取り出す。支援を受ける人たちの中には、麦粥を作る燃料さえ尽きている家庭があるそうである。話を聞いた派遣団は首都教会に要請して、大鍋や窯を借り炊き出しも明日から行うことにしている。
「しかし、俺が炊き出しの指示役になるとは」
「料理を作れる方は限られますからねえ。僕も無理ですし、エーリヒの指示に従います」
明日から行う炊き出しの音頭を俺にとって欲しいと、派遣団の方から願われた。どうやら料理経験がない人がほとんどだし、聖女さま方は青空治癒院に徹しているので戦力に数えられていなかった。
となれば、俺が適役だとフィーネさまに乞われたのだった。作る品は麦粥だから特に問題ないけれど、俺が担って良いのかと悩んだ果てに、作るなら美味しい物を食べて欲しいという気持ちがある。豪華な食材は使えないが、ほんのり味を付けることはできるだろうと俺は指示役を引き受けることにしたのだ。
そんなこんなで、作業をしつつユルゲンと周囲を監視して真昼間に差し掛かる頃だった。
「――どけ!」
広場の出入り口から大きな声が上がる。なにがあったと俺がそちらへ視線を向けると、初日に宣教師の人と問答していた兵士長の姿と護衛の兵士たちに身形の良い人たちの一団が、配給場所にやってきている。
「嫌な予感……」
「本当に。今更、なにをしにきたのでしょう」
俺がユルゲンと顔を合わせていると、列の警備を担ってくれていた小型の竜の方が三頭こちらにやってくる。
『感じ悪いね~』
『追い払う?』
『やっちゃう?』
こてんこてんと顔を傾げながら、小型の竜の方たちは俺たち同様に広場にやってきた一団に疑問を持っているようだ。とはいえ、嫌な予感がするからと追い払えないのが現実である。
「それは待って。フィーネさまや聖王国の人たち次第だから。でも、彼らが派遣団の人たちに手を出すなら守って欲しい」
俺が彼らにお願いしていると『分かった~』『残念~』『仕方ない~』と声を上げる。そんな彼らに俺とユルゲンが苦笑いを浮かべていれば、地面に映る真昼間の俺の影が大きくなった。竜の方たちは不思議そうに顔を捻ったあと『わんわんかなあ?』『みっつ気配があるねえ』『どうしたんだろ~?』と口にする。
『エーリヒさん』
『番さまの代わりにお知らせしますね』
『彼ら不届き者がフィーネさんや聖女の方たちに手を出そうとすれば、番さまが大きくなって脅しを掛けると』
大きくなった影の中から雪さんと夜さんと華さんがぬっと顔だけ出した。周りの人たちは、広場にやってきた一団に意識を向けているため誰も気付いていない。
雪さんたちの認識は『不届き者』になっているようで、少し可笑しくて笑ってしまいそうになる。俺は分かりましたと伝えれば彼女たちは戻るのかと思いきや、場に留まったままである。
そして小型の竜の方たちに『わんわんではありません』『我々はケルベロスですよ』『貴方方もトカゲと称されれば嫌でしょうに』と苦言を呈す。すると小型の竜の方たちは『トカゲじゃないよ~』『それは嫌だなあ』『ごめんねえ?』と顔を下げながら謝る。竜の方たちは雪さんたちがなんなのか知らなくて口にしてしまっただけと、理解したなら構わないようでそれ以上の追求はない。
それにしたって、自由連合国上層部である彼らは今更なにをしにきたのだろう。
俺とユルゲンが顔を見合わせると、雪さんたちが影の中に潜って姿を消し、小型の竜の方たちも列の整備に戻ると言って俺たちから離れて行く。派遣団の一人が慌てて簡易テントに向かう姿を確認して、少し待っているとフィーネさまと二人の聖女さまと宣教師の人が一旦手を止めて外に出てきた。
「ユルゲン。ここじゃ、彼らの声が聞こえない。持ち場を離れることになるけれど……」
「行きましょう。なにかあってから動くのは遅いですから」
俺がユルゲンの顔を見れば、真面目な顔で意見を肯定してくれる。側にいた聖王国の方に少し離れますと伝えて、俺たちは自由連合国上層部の人たちの視界になるべく入らないように移動をした。
俺たちは簡易テントがある陰に身を潜め、フィーネさま方の後ろ姿とその向こうに自由連合国上層部の人たちの姿を捕らえる。スーツ姿に程近い格好をした人が自由連合国上層部の一段の中から一歩前に出た。
「貴殿が聖王国の大聖女だね?」
「はい。聖王国で大聖女を務めさせて頂いている者でございます。そして今回、派遣団の長も務めております」
ふふふと意味ありげな笑みを浮かべる男にフィーネさまが小さく礼を執った。彼女が名乗らなかったのは、目の前の男に名乗る価値はないと判断したからだろうか。というか、そうであって欲しいと願う。
「これはこれはご丁寧に。私の名はリバティー。自由連合国の代表を務めております。此度の支援要請を受けてくれた聖王国には深く感謝する。首都の者たちも腹を満たすことができた。あとは我々が引き受けることもできるが……如何なさるかな?」
笑みを携えた者は自由連合国の代表者のようだ。ということは目の前に立つ男はリバティーと呼ばれる者かと、俺たちは視線を厳しくする。
創星神さまの使者であるナイさまに弓矢を番えさせた男であるなら、フィーネさまにも同じことを仕出かすかもしれないのだ。フィーネさまの側にはヴァナルがついていてくれるから、大抵のことは大丈夫だけれど……そうはならないように願いたいものである。
フィーネさまは男の言葉にぴくりと片眉を動かした。
「我々が申し出ていた支援の日程を変えろと申すのですか?」
支援の日程は五日あり、あと三日残っている。入国禁止と彼に言われれば出て行かなくてはならないし、残っている支援物資を丸ごと攫われる形だ。フィーネさまが怒気を含んだ声を出すのは当然だろう。
「ええ。貴女のような方が広場に出て、市井の者と接するのは些か問題があるのでは?」
「私は聖王国の大聖女です。大聖堂の治癒院で多くの方に魔術を施して参りました。今更、どのような問題があるとおっしゃるのでしょう?」
男に真っ直ぐな視線を向けるフィーネさまが語気を強くした。男はふふと口の端を伸ばし、胸に手を当て彼女に顔を近付ける。するとヴァナルがフィーネさまの影からちょこんと顔を出していた。
「それは失礼を。では伝え方を変えましょう。美しい銀糸の髪に、傷一つない手を持つような方がくる場所ではないと言っているのです。あとは我々にお任せを!」
両手を広げた男は自信満々に言い切った。どうやら派遣団の仕事を奪い、自分たちの手柄に変えるか、食料を彼ら上層部で取り込む気なのかもしれない。
自由連合国にくるまでの手間や前準備に、隣国との国境線から首都までの道程、いろいろとあったけれど、派遣団がここまで運んできた苦労を彼らに奪われるというならば腹立たしいことはない。そんな、横暴を口にする男にフィーネさまも口の端を伸ばしている。
「ふふ。なにをおっしゃいましょうか。我々は聖王国の大聖堂に携わる者としてこの地にやってきております。そして貴方方が困り果て、支援を求めた結果が我々派遣団がこの地を踏んだ理由です……――列に並ばれている皆さま! 良くお聞きください! そして、ご自身で考えてください……!」
男を確りと見据えていたフィーネさまが列に並んでいた方々の方へと声を上げた。
「皆さまが飢えに耐えている最中、城に籠っていた彼らはなにをされていたのでしょう? 綺麗な服を身に纏い、顔色も良く、笑う余裕すらある彼らの姿を皆さまはどう受け取られますかっ!?」
フィーネさまが一拍置いて更に続ける。今回の支援物資の配給作業は派遣団が行っており、彼らは我々を監視をするための兵士しか寄越さず、手伝いもしていないこと。もし彼らが手伝っていてくれれば配給作業がもっとスムーズに行われていただろうと。フィーネさまの声に並んでいた人々がはっとした顔になっていく。集まった人たちの生気のない目には怒りの感情が灯り始めていた。
「そうだ……王を倒して良い国になると言って喜んでいたのに、結局、商人たちは王都に寄り付かなくなって街の物資が途絶えた……!」
「子供がお腹を空かせているから食料をくださいと、城に行っても誰も相手にしてくれないわ!」
場にいた人々からどんどんと現政権に対する不満が漏れていく。フィーネさまはその様子にふうと息を吐いているので、先程の口上は演技をしていたのか。
それにしたって女性を怒らせてはいけないなあと、俺がユルゲンを見れば『この先、大丈夫でしょうか?』と困り顔になっている。そしてふと、俺たちに視線を向けている人がいることに気付いた。
「あの方は……ああ、そういうことですか」
「ユルゲン?」
ユルゲンも俺たちに視線を向けていた人に気付いて、意味ありげな台詞を口にする。ユルゲンがこっそりと場を抜け出して、視線を向けていた人物と接触するのだった。