魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――なにを言っているんだ、この人は。気持ち悪い。
というのが私の正直な気持ちだ。私は自由連合国政府に途中で加わった者である。この国の行く末が気になり、リバティーと名乗る男に直接願い、雇って貰ったことになるのだが……本当に大丈夫なのだろうかと自由連合国が辿り着く先が心配になってしまう。
少し前、聖王国からはるばるやってきてくれた派遣団の下へと私たち連合国政府上層部が向かったのだが、リバティーはなにを考えているのか、支援物資を持ち込み配布作業まで行ってくれている者たちに大仰な態度で接していた。自由連合国の代表者として感謝を述べる場面なのに、喧嘩腰とは一体どういうことだと私は頭を抱えてしまった。
聖王国派遣団の代表を務める大聖女さまは、リバティーの不遜な態度に抗議をするものの異国の地である故か無茶はしなかった。
本当に申し訳ないと蛙のような格好をして頭を下げなければならないところなのに、彼ら派遣団はリバティーの不遜な態度に怒って国へ戻るという選択を取らず、残りの三日間配給作業を続けるようだ。
リバティーが彼らに言った『各国が支援の要請を受け入れてくれた』という言葉は本当である。ただ、いつ自由連合国に送ってくれ、その配送方法や見返りになにを要求されるのかまでは知らされていない。私は他国の言葉を安易に信じてはならないとリバティーに忠告したのに、結局、自分の見栄のためなのか、広場で首都の者たちと聖王国の方々に知らせてしまっている。
取り返しのつかないことを伝えてしまったのではと私は危惧しているのだが、自由連合国の他の者たちは喜んでいるだけだ。それにリバティーは聖王国の大聖女さまを見初めてしまっている。
「はあ……まさかこの世にあのように美しい者がいるとは」
執務室の椅子に座すリバティーは、ぼんやり明かりの点いた首都の街を見下ろせる窓の側で黄昏ていた。仕事をしろよと言いたくなるが、新参者の私が苦言を呈すれば彼の機嫌を損ねて部屋から追い出される可能性がある。
内部に入り込んで、少しでもこの国の行く末を良いものにしようとしているのに、追い出されてしまっては私の思いを叶えられない。我慢しろと自身に言い聞かせ、リバティーはなにを考えているのか探ろうとそっと彼の近くに寄る。
「聖王国の大聖女殿、ですか?」
「もちろんだよ。君も見ただろう? あの長い銀糸の髪に、恐ろしく整った顔。少し小柄だが胸は十分ある。一夜を共にしたいと願うのは男として当然だ」
私が声を掛けるとリバティーがぐるっと勢い良く顔を向けた。どうやら彼女について語りたかったようである。ただ五十手前の男が二十代前半の女性に手を出そうと考えるのは、貴族の変態趣味か、娼館で女性を買おうと思うときときくらいではなかろうか。
しかも聖王国の大聖女をそのような目で見ているとは。目の前の男に心底嫌気がさしそうだ。今も大聖女さまの特徴を機嫌良く述べながら『妻さえいなければ』とほざいている。私は呆れ声で目の前の男を罵倒したくなるのを我慢し、口を伸ばして喉をなるべく開き穏やかな声が出るようにと願う。
「確かに綺麗なお方でしたが……申し訳ありません。リバティー殿の崇高なお考えは、私に理解できないようです」
確かに聖王国の大聖女さまは綺麗な人であったが……下衆な考えを持ってしまうようなことはない。聖王国の大聖女さまや教会の聖女さま方は女神さまに仕える神聖なる方々である。邪な心を抱いてはならぬ相手というのに、リバティーは本当になにを考えているのか。城に戻って直ぐリバティーは『聖王国の大聖女は美しい。私の伴侶にしたいくらいだ』とほざいたのだ。
私は男の声を聞き、自身の娘のような年齢の者に対して言う言葉ではないと『気持ち悪い』と言いそうになったのだが……耐えた。どうにか耐えたのだ。
部屋にいる他の者たちは信仰心の薄い者ほど『抱き心地はよさそうですな』『背が低いのは少々頂けませんが、まあ、どうにでもなりましょう』と下衆な笑いを浮かべている。
反対に信仰心が高い者は彼らの声に不快な顔を露わにしていた。私もその一人なのだが……信仰心はそれぞれの考えにより高くも低くもなると、今の状況を耐えろと心に言い聞かせた。他の信仰心が高い者たちも私と同じ気持ちのようだ。表情を変えぬまま歯噛みをしながら、ぐっと手を握り込んでいる。
困り顔になった私に目の前のリバティーがふふんと笑う。
「君は女の経験が足りていないのではないか? 状況が落ち着けば、遊んでみてはどうかな?」
確かに私は女性に慣れていないが……妻がいるので十分である。家には子供もいるのだから、今この場で無茶はできないと笑みを作る。
「ええ、そうしてみます。さて、仕事が残っておりますので片付けてしまいましょう」
私は部屋の空気を換えようと別の話題を持ち出した。自由連合国が抱える問題は数多にある。商人が首都に寄り付かなくなり経済活動が停滞していた。それに首都の民の腹を満たす食料は足りていない。
聖王国の派遣団が訪れたことで一時的に凌げているが、根本的な解決に至っていない。王都の外縁部は所得の低い者が住む区域であり、路地裏には亡くなった者たちが放置されている。火を焚く燃料さえ惜しい状況になり火葬ができない上に、土葬も人手が足りないと滞っていると聞いていた。亡骸を放置すれば、いろいろと問題が出てくる。
そして執務室にいる者の多くは、首都の状況を楽観的に見ているため動きが遅い。
内部に入って良き方へと動けないかと考えて自由連合国政府の仲間入りを果たしたのに、結局なにも出来ず仕舞いである。最悪、聖王国の派遣団の方たちの下へ向かい上層部の怠慢を知らせて、各国に流布して貰うのもアリだろうか。
搾取される道ではあるが、今より首都の状況はマシになるのではないかという希望を抱いてしまいそうだ。ただこれは本当に最終手段だろう。目の前の者たちがどうしようもない愚物と判断できた時にまた考えようと私は息を吐く。
「いや、今日はもう眠ろう。皆も疲れているだろう? 外に出て民に囲まれるのは本当に面倒だ」
リバティーが椅子から立ち上がり元々の仲間たちへと声を掛ければ、彼らは執務室をあとにしようと歩き始めた。
「執務がありますよ!?」
私は慌ててリバティーに声を掛ければ、くるりと私の方へと振り返る。
「今宵は久しぶりに良い夢が見られそうだ。今日はもう勘弁してくれ」
にたりと笑う男に私は怒りを超えたものを覚えてしまう。問題は山積みになっているというのに、革命軍として立ち上がり皆を先導した者が今この体たらく振り…………頭を挿げ替えた方が良いのではと、彼らが出ていく扉を私はじっと見つめる。
――パタン。
静かに扉が閉まる音が部屋に響けば、残っていたまともな者たちが集まり自分たちで処理できる仕事をしようと椅子へと戻る。仕事をさばく皆の顔は憤怒に満ちていた。
本当に誰かリバティーより有能な者はいないのだろうか。私は……一国を運営できるほどの知識や胆力を持っていない。首都の者たちの希望となる人物はいないだろうかと考えていれば、ふと街に良く現れて民と交流を持っていた王女殿下の姿が描かれた。
確か王女殿下は側室の子であったことと、父王を諫めていたことで革命の前に城を出ていたはず。民と交流を持っていたことで革命軍は彼女の身柄を捜索――確かな情報ではないかもしれない――しないままで済んでいたはず。しかし今更、殿下が首都に現れたところで意味はないのだろう。
詮無いことだと頭を振って、目の前のことに集中するのだった。
◇
――夜が明け、支援三日目となった。
俺とユルゲンは首都教会の一室で寝泊りをしているのだが、少し硬いベッドに腰が痛いと苦笑いを浮かべて朝の挨拶を交わした。
雪さんと夜さんと華さんたちは、朝、無事に伯爵家のご令嬢さまの身柄を確保できたそうで、外で支援物資を守ってくれている中型の竜の方と共に話をしているそうである。
首都の中に入れば、彼女の顔は割れているので騒ぎになると引き留めているそうだ。支援の配給を終えれば、派遣団一行の代表たちと俺とユルゲンも王女殿下の下へ行き、話を聞くことにしている。どうなるか分からないけれど……一先ずは炊き出しの準備に取り掛かろうと、身支度とご飯と朝拝を済ませ首都教会の一室に辿り着いていた。
部屋には既に聖王国のメンバーがいて、俺たちを待ってくれていた。二人の聖女さまに宣教師の人と彼のお付きの少年に、他の聖職者の皆さまが小さく礼を執る。
彼らの側にいたフィーネさまが小走りで入口の俺たちの下まできてくれて、にっこりと笑みを浮かべた。支援三日目であるが、一番大変な役目をしている彼女だというのに屈託のない笑みだった。疲れているだろうに無理をしていないだろうかという心配と、元気なら良かったという安堵が俺の中でごちゃまぜになる。でも、まあ。
「おはようございます。エーリヒさま、ジータスさま!」
ふふふと笑いながら少し背の低いフィーネさまが笑って挨拶してくれるのは凄く贅沢なことだし、幸せなことだよなあと俺は目を細めた。
「おはようございます。フィーネさま」
「大聖女さま、おはようございます。今日もよろしくお願い致しますね」
「さあ、行きましょう! 今日も頑張らないとですね!
俺とユルゲンはフィーネさまの笑みに釣られて同じ顔となる。そうしてフィーネさまはくるりと身体を回して、元居た場所の方へと戻り派遣団の代表として声を上げる。
「皆さま、長旅の疲れや慣れない場所での生活となっていますが宜しくお願い致します! 首都教会の方々も大変ですが、何卒よろしくお願い致しますね!」
フィーネさまの声に一同声を上げて調理に取り掛かる。服の袖を捲り上げ、手を洗い、念のために当て布を付ければ俺の方へと視線が集まっていた。
そうだった。何故か俺が炊き出しの麦粥を作るための指揮を執るようになっていたのだとハッとして、場にいる皆さまに『よろしくお願いします!』と礼を執る。俺は皆さまにそれぞれお願いして、大量の麦と等量の米――長米――と水を寸胴に移して貰い、最後に俺が塩を適量加える。少し馴染むまで時間を置いて火に掛けた。あとは柔らかくなるまで煮詰めるだけという、凄く簡単なものであるが……少し物足りない気がする。
「栄養を摂って欲しいので、豆類でも入れられれば良かったのですが……」
俺がポツリと呟くと隣にいたフィーネさまが困ったような顔になる。
「状況的に無理ですよね。今は味より量ですし」
本当に食事を楽しむというよりは、空腹を満たすために口にしているだけという状況に近い。食糧難に喘いでいるから、麦粥の方が身体に優しいから都合が良いと言えば良いけれど。
でもやはり、せっかくならば美味しい物を食べて欲しいと願ってしまう。ナイさまのように、幸せそうな顔で俺が作った品を食べてくれる姿を見ることが結構好きだし。彼女の声に『そうですよね』と返していると、宣教師の人がぬっと俺たちに顔を近付けてきた。
「貴殿は優しいですなあ。貴方の優しさが女神さまに届きますように」
そうして彼は教会の印を切る。吃驚する間もないまま、せっかくの粥を焦がしてはならないと寸胴鍋の中に突っ込んでいるお玉を丁寧に回していれば、程よい柔らかさになった。あとは外に持ち出して集まった人たちに配る。その間にも部屋では追加の麦粥を作ることも忘れない。俺たちは俺たちで今日は教会の側で支援物資の配布を行うと派遣団が告知している。
忙しい一日はそうして過ぎて、夕方に差し掛かった。
「では外に行ってみましょう」
「はい。どのような方でしょうか」
「少し話した限りでは、世間を知らない方という雰囲気でしたが」
フィーネさまと俺とユルゲンが顔を見合わせる。そうして、助けた伯爵家ご令嬢が待つ壁の外へ行ってみようとなった。移動の馬車に乗り込む寸前。
――浮気は駄目ですよ!
と、フィーネさまが俺の耳元で小声で囁いた。浮気もなにも貴女に夢中ですとは、恥ずかし過ぎて伝えらず、馬車の中で顔を真っ赤にしている俺にユルゲンが面白そうに笑っているのだった。
◇
派遣団三日目の夕方。元王女殿下と対面することになった。
私、フィーネは馬車の中で待機していたため彼女の顔は知らない。知らないけれど……各国の王族や貴族の人たちの顔の良さは知っていた。だから美人なのだろうなあと少し憂鬱である。
エーリヒさまが元王女殿下に気持ちが靡いてしまえば私は捨てられてしまうのだろうかという心配に、首都を目指した彼女の目的は一体なにか。考え始めるとキリがなくて、思考の渦に飲み込まれそうだ。深く考えるのは止めて、なるようになると私は気合を入れて馬車から降りようと席を立つ。扉が開き、真っ先に私の目に映ったのは彼の姿だった。
「エーリヒさま……?」
どうして彼がエスコート役を担っているのだろうか。確かに聖職者の格好をしているから、周りの方々がエーリヒさまが聖王国の者だと勘違いするはず。でも派遣団のみんなは彼がアルバトロス王国の人間だと知っている。出しゃばったことをするなと怒りをエーリヒさまに向けそうだと私は周囲を見渡した。
彼を敵視しているような視線を感じないし、むしろ小さく笑っているような。それに正面にいるエーリヒさまの顔が少し赤くなっていて、可愛いなあと場違いな感想を抱いてしまう。私がぼけっと彼の顔を見ていれば、なにかを感じ取ったのかエーリヒさまが口を開いた。
「エスコート役を譲って頂きました。お手をどうぞ、大聖女さま」
「ありがとうございます」
私の手をそっと彼の手の上に乗せる。聖王国の護衛の方の手とは違いゴツゴツとはしていないけれど、指の節や手の大きさは男性そのものだ。温かい手に久方振りにエーリヒさまに触れられたと嬉しくなる。
馬車のステップを下りて二歩、三歩と進めば彼と私の手が自然と離れた。触れ合う時間は凄く短くて、嬉しかったはずの私の心が寂しいと声を上げた。エーリヒさまも同じなのか少し目を細めて私を見ながら、更に顔を赤くさせている。慣れないことで疲れてしまったのだろうかと心配になってきた時。
「その……俺が目移りすることなんてないですから。では」
エーリヒさまはそそくさと場をあとにするけれど、彼の後ろ姿から少し覗く耳が真っ赤になっている。もしかしてエーリヒさまの脈絡のない話は、私が出発前に彼の耳元で告げた『浮気は駄目ですよ』という言葉の答えなのだろうか。
「へへっ」
そう考えると私の口元が勝手に伸びて、勝手に声が上がっていた。凄く嬉しいと喜んでいれば、ふいに影が差す。
「大聖女さま」
宣教師が四角い顔を私にぐっと近づけながら声を掛けてくれた。
「ひゃい!」
驚いて変な声を出してしまう。相変わらず、宣教師の人は距離感が少しおかしい。急に姿を現すので心臓がドキドキと煩くなってしまう。エーリヒさまとのドキドキは大歓迎だけれども、こういう驚きのドキドキは止めて欲しい。けれど、宣教師はいつもの調子だから自覚がないようだ。大学でも距離感がバグった男の人がいたなあと懐かしくなる。
女の子であれば気にならないのに、異性になると気になり始めるのは何故だろうか。
「彼女の下へ向かいましょう。我々を待ってくれているようですから」
宣教師の人は細めていた目を少し開いて、中型の竜の方と雪さんと夜さんと華さんたちが待つ方を見る。元王女殿下の姿は見えないけれど確実に彼女がいるはずだ。
はいと私は頷けば宣教師がすたすたと歩き始める。私の彼のあとについていこうと背を伸ばして顔を引き締めた。きちんと聖王国の大聖女として品格を失わないように。
聖王国に迷惑を掛けない……掛けているのは聖王国の馬鹿な人たちのような気もする。待て、変なことを考えないようにしよう。馬鹿な人たちのために怒りを抱いて、般若のような顔になるわけにはいかない。私はこれから元王女殿下と面会をするのだから、にこやかで優しい大聖女さまと元殿下には認識してもらわないと。
こんもりと積まれた支援物資の隣には中型の竜の方がおり、その傍に雪さんたちがちょこんと地面にお尻を降ろしている。ヴァナルさんが『向こうに行っても良い?』と私に声を掛けてくれたので『良いよ』と伝えれば、私の影からぴゅっと飛び出して雪さんたちの横に並びちょこんとお尻を地面に降ろしている。
竜とフェンリルとケルベロスが揃っているってどんな状況だろう。といっても私が今いる場所はゲーム世界であり、割となんでもありのファンタジー乙女ゲー作品である。考えるだけ無駄だろうし、他にもグリフォンがいて亜人の方たちもいて、妖精さんたちもいる。聖樹と呼ばれる木があることも知っているし魔術や魔法が存在している。
吹っ切れて世界を楽しんだ方が良いだろう。まあそのファンタジー要素が何故か集まっているナイさまは頭を抱えるかもしれないけれどと、私は苦笑いをしてしまう。
怒りの方面に思考を向けては駄目だと、愉快そうなことを考えていれば彼らの下へと辿り着く。話に聞いていた通り、王女殿下はお付きの護衛一人――ダルと呼ばれていたそうだ――を後ろに侍らせていた。物資の箱に腰を下ろしていた元王女殿下は私たちの姿を見て、ひょいと箱から降りて背筋を伸ばす。護衛の男性も顔を引き締めて私たちと相対した。
「初めまして。聖王国、大聖女フィーネさま。私はフォレンティーナと申します。王女でしたが、今ではしがない一人の貴族令嬢に過ぎません。どうか、気軽に接してくだされば嬉しいです」
目の前の彼女の態度に、おやと私は首を傾げる。道中で彼女を助けた際は随分と慌てていたと聞いていた。だというのに今は随分と落ち着いた様子であり、私と普通に対面を果たしている。
年齢は二十歳前後といったところで、凄く綺麗な方である。長い紫色の髪を流しているが、少しばかり痛んでいた。手入れをすれば彼女の髪は更に綺麗になるだろうと、自由連合国が置かれた状況に目を細めた。
ここは一先ず、私もきちんと名乗った方が良いだろうと聖王国式の礼を執った。
「フォレンティーナさま、初めまして。フィーネ・ミューラーと申します。此度の話合いの場に立ってくれたこと感謝いたします」
家名を明かした――実家の価値は地に落ちているけれど――のは、貴女と敵対する気はないという意思の表れである。自由連合国の代表には名前も知られたくなかったので役職だけを告げた。こういう細かなところで貴族の人たちや政治を司る方たちは相手の気持ちを推し量るそうな。面倒だなあと言いたいけれど、ルールを知っていれば、己が政治的な場に立つ時は便利である。
元王女殿下は私の言葉にぱちくりと目を何度か閉じたり開いたりを繰り返した。無言のままのため、彼女の護衛の男性が『お嬢さま!』と小声で問いかける。すると彼女ははっとした顔になり、失礼しましたと小さく頭を下げた。
そうしてダルと呼ばれる護衛の男性が『ダルトンと申します。お嬢さまが幼い頃から護衛を務めさせて頂いておりました。今では懐かしい話ですが』と含みのある言葉で自己紹介をする。
私たち聖王国の主だったメンバー、といっても宣教師だけだけれど……彼も名乗りを上げて話し合いのテーブルに就くのだった。
◇
少し重い空気が流れそうだったのに。
俺とユルゲンは元王女殿下が首都にきていると聞いて驚いていたのだが、彼女は首都で飢えに苦しむ方たちを助けたいと願い旅立ったそうである。荷物もないのにどうやって首都の人たちを救うのかとフィーネさまが問いかければ、懐から魔石を取り出し『荷物を収納できる魔石です』と教えてくれる。
高品質な魔石は貴重で、荷物を収められるとなれば更に貴重な品となり本当に一部の高貴な方しか持てない代物だ。そんなものが目の前にあれば普通は驚く。現に宣教師の人は『これは凄い品ですなあ』と声を漏らし、聖王国の護衛の方たちも『おお!』と声を漏らしている。
「今、積まれている物資には届きませんが、半分程度は収めているかと。取り出しも任意で選ぶことができます」
ふふと元王女殿下が口元に手を当てて小さく笑う。紫色の長い髪を揺らしている姿は確かに王女さま然としたものだ。しかし王女さまは何故、貴重な品を持ち得ることになったのか。疑問に思っていると俺の隣にいるユルゲンが『どうしましょうか。侯爵閣下のお陰か、目の前のアレが凄い物だと認知できなくなってしまいました』と嘆いている。
ユルゲンが言っていることは尤もだ。ナイさまに懐いているスライムは無尽蔵に荷物を収納できると言っても過言ではない。ナイさまもロゼさんが収納できる量を把握していないと言っていたし、ロゼさん自身も『まだ余裕!』と言ってぽよんとスライムボディーを揺らしていた。
おそらくとんでもない量を収められるはずだし、スライムが喋り、考え、魔術を学び、ナイさまに尽くしている姿を見れば、本当に目の前の魔石がちっぽけなものに見えてしまう。そもそもロゼさんも魔石だ。俺たちの価値観は大丈夫かと脱力していると、フィーネさまが元王女殿下と目を合わす。
「凄い品ですね。聖王国では見たことがありません。アルバトロス王国に留学していた際はスライムが荷物を収納していましたけれど……こんな小さなものに収まるなんて驚きです」
簡易テーブル上に置かれた魔石へと視線を移したフィーネさまはほうと感心している。どうやら本当に魔石が荷物を収められることに驚いているようだ。乙女ゲームをプレイしていたならば収納アイテムとか知っていそうだけれど……フィーネさまは魔石自体に効果を付与できることを初めて知ったようである。逆に元王女殿下が困惑し始めていた。
「スライムが? え? え?」
確かにスライムが荷物を収納できるなんて前代未聞だよなあと俺は息を吐く。魔力の影響で魔物が変質することはあるので、あり得ないことではないけれど。
確率は凄く低い、どころか天文学的な確率ではないだろうか。そんな奇跡をナイさまはホイホイと引き起こしているわけだが本人に自覚はない。まあナイさまらしいと俺は前を向けばフィーネさまが『いけない』という顔になっている。
「っと、失礼いたしました。話が逸れてしまいましたね」
「え、えっと、はい」
話を軌道修正させたフィーネさまにフォレンティーナさまが困惑しつつも背を正した。そうしてフィーネさまが言葉を紡ぐ。
「率直にお聞きします。フォレンティーナさまの目的は一体どこにあるのですか?」
直球だなあと目を細めるものの、日が暮れる時間だし早く話を済ませた方が良いのだろう。ダルトンという護衛の男性が握り拳を作り、元王女殿下が真面目な顔になり、宣教師の人がふふふと笑い、場に重い空気が流れ始める。
「王都、いえ、首都の皆さまを助けるためにやってきました! あと私の身柄で自由連合国がお金を出すなら、首都の人たちに突き出して貰えれば少しは食料が買えるはずです!」
彼女の声に聖王国の派遣団と俺たちはズッコケそうになる。王女殿下の意思は尊重したいけれど、一人でなにができるのだろう。食料を配ると言っても護衛の人に全部任せるわけにはいかない。少し夢を見過ぎではと息を吐き、俺はフィーネさまを見た。彼女も難しい顔をして、現実をどう王女殿下に伝えれば良いだろうと考えあぐねているのだった。