魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
いつもの面子でデグラス領(仮)へ視察にやってきている。
支援が入ったお陰で領都の方たちの生活が安定し、仕事を再開させているそうだ。視察ついでに領都にある教会で治癒院を開いていたのだが、指を使う痛みに悩む方が多く訪れ職人さんが多い街だと窺い知れる。
職人といえど、近代社会で指すような専門職というわけではなく、鍛冶職人、硝子職人、籠職人、などの時代に合った職業の方々である。経験を積み脂が乗り熟練に達した頃、若い時から無茶をしてきたツケを払っていたようだ。
領にとって彼らは貴重な財産である。
いろいろと話を聞きながら治癒を施していた。彼らは設備の老朽化に悩んでいたり、新しい道具を買うことに躊躇いを感じているそうだ。貯蓄という概念が薄いうえに、お金が貯まってもトラブルで消費――病気や仕事道具の故障に家のメンテナンス――してしまっているようだ。
低金利でお金を貸し付ける事業を開始すれば、設備の更新にお金を当てたり仕事道具を揃えることができるはず。デグラス領(仮)の食事事情は改善したから、次に取り掛かるべきは領地内で食料を賄えるように、新規開墾と技術職の方々の環境向上であろうか。
視察に訪れているメンバーでデグラス領(仮)を見渡せる丘に立っている。見下ろす形となっているので、街中の視察では見えなかったところが見えていた。路地裏には崩壊しかけている家があるし、泥水が溜まって環境が悪くなっているところもある。予算を捻出し事業として環境改善を図って貰おうと、私は家宰さまを見上げる。
「といっても、急げば失敗しそうだから段階的にですね」
「急速に事業を拡大して大借金を背負う貴族の話は良く耳にします。開墾を急げば猟場を失うこともありましょうし、土地の選定は慎重に行わねばなりませんね」
私が領の現状とやりたいことを口にすれば、家宰さまが肩を竦めて苦笑いになっていた。欲を出したお貴族さまが領地に多額の資金を注ぎ込み、気合を入れた事業が失敗することがままあるようだ。私は急ぐ理由もないのでゆっくりとした変革を望んでいる。デグラス領(仮)の人々が落ち着けば、ミナーヴァ子爵領の方たちに施している奨学金や、領民の方々の魔力測定も行いたいところだ。
「もう少し領地で作れる品に色を付けたいところですが……難しいですよね」
デグラス領(仮)で作られている品々は所謂『普通』なのである。普通の防具、普通の硝子製品、普通の篭となっているため他の領地で生産されている特産品には敵わない。お値段も普通の品ということでそれなりの価格となる。お値段以上な品を作れと無茶は言えないので、職人さんの腕と材料でなにか割の良い仕事を生み出せると良いのだが。
「お気持ちは理解できますが、慌てなくても良いかと」
家宰さまが片眉を上げながら苦笑いを浮かべていた。私が領主として名案が思いつかなければ現状維持となるだろう。デグラス領(仮)の皆さまには領主交代により、重税から解放されて生活が良くなったと喜んで貰っているが……環境整備が追い付いていない街での生活に喜んで欲しくない。元、日本に住んでいた身からすると、デグラス領(仮)には頂けない場所がいろいろとある。
「先ずは、環境悪化による病気の蔓延を防ぎたいので、水捌けの悪い各所の整備をお願いします」
「承知致しました。軍を頼りますか、それとも領の者たちで?」
私の声に家宰さまが頷き、今後の方針を問うてくる。私は少し考えてから口を開いた。
「軍を頼りましょう。彼らが入領すれば、工事期間の間は治安が良くなりますから」
領の人たちで整備を行うこともできるが、なにせ少し前まで最悪の環境下で過ごしていた方たちである。体力が落ちているだろうし、先ずは生活再建のため仕事の方に集中して欲しい。
軍の方たちに領の環境整備をお願いするとなればお金が必要となる。でも高い技術力で整備を行ってくれること、彼らが領にいてくれれば治安の改善に一役買ってくれる。居着いた悪い人たちを追い出せる機会なので、お金が高く付いてもお釣りがくるはず。
悪い人たちがどこに流れるか分からないが、恐らく野盗化する。苦情が入れば領主として討伐を命じれば問題ないはず。私は眼下に広がるデグラス領(仮)から、後ろに控えてくれていたそっくり兄妹の片割れに視線を向けた。
「ジークの領は大丈夫そう?」
「規模が小さいからな。荒れても領民の手で直すことができている。専門的な道具が足りないくらいだから買い足せば済む。エーリヒの所領も似たようなものだ」
私の問いに微かに笑いながらジークが答えてくれる。エーリヒさまの領地の話を持ち出したのは、私が気にしていると分かっていて彼に先回りされてしまった。
「そっか。なにかあれば教えてね。聖女が足りなければ、私が向かえば良いし、王都の教会にお願いすることもできるから」
「ありがとう。今のところは問題ない。天災が起きれば状況が変わってくるが……その時はどの領も同じ状況に陥るはずだからな」
ジークは天災が起こった際のことも考えているようだ。侯爵領で穫れた小麦の余りは備蓄しているが、災害が長引けば確実に領地の方たちの胃を満たすには足りない。
天候は本当に神さまに祈る――ヴァルトルーデさまやグイーさまではない――しかなく、運を天に任せるしかない状況である。できるならばずっと天候が安定していれば嬉しいけれど、十年、二十年先のことを考えると必ず起きそうだ。
『なんだか呼ばれたような気がします! 不肖ヘルメス。ご当主さまのためならば天候すらも操ってみせましょう!』
ヘルメスさんが私の腰元で突然声を上げる。身内しかいない場だし、領内の街中では声を出すことを控えてくれていた。ただ今は誰もいないと分かった上での発言のようで、ヘルメスさんはご機嫌に魔石の部分をペカペカペカーと光らせている。
ヘルメスさんであればできそうだと思ってしまうのは何故だろう。一緒に視察にきているヴァルトルーデさまが『やりそうだね』と目を細め、ジルケさまは『加減しなさそうなのがなあ……』と呆れている。呆れている二柱さまを他所にヘルメスさんはご機嫌であり、錫杖さんの声に反応してロゼさんが私の影の中からぴょーんと飛び出してきた。
『杖が生意気! ロゼがやる!!』
うにょっと身体を縦に伸ばしたり、横に広がったりするロゼさんも天候操作ができるようだ。主人をほったらかして彼らの方が高度な魔術を操れるとは一体なんだろう。
私も彼らのように魔術をきちんと習うべきであろうか。しかしそうなれば攻防一体の超聖女が誕生しそうだし、ヘルメスさんとロゼさんにクロやヴァナルたちが協力してくれれば超聖女ではなく、魔王と言われてしまいそうだ。ジークとリンもいるし、状況によれば各領地の騎士を招聘することもできる。
あれ、私が所持している固有戦力って凄いことになっていないだろうか。ジャドさんたちが向こうから戻ってくれれば、加勢してくれるだろうし……エル一家も助けてくれるはず。
勇者さまが現れて『魔王、覚悟!!』とか言われてしまうのだろうか。なにもしていないのに魔王と呼ばれれば理不尽極まりない。とはいえ降り掛かる火の粉を払わないわけにはいかないし、勇者を討伐した魔王、アストライアー侯爵となる可能性も。むむむと私がお馬鹿なことを考えていると、肩の上でクロがこてんと首を傾げる。
『あまり感心しないかなあ……お天気は気まぐれなものだからねえ』
クロの言葉にヴァルトルーデさまとジルケさまがうんうんと頷いていた。家宰さまも人間の手でどうにかなるものではないと捉えているようだ。ソフィーアさまとセレスティアさまも『そうだな』『そのための品種改良でもありますし』と呟いていた。
彼女たちの肩に乗っているはずの青い幼竜さんと赤い幼竜さんは地面でワンプロならぬ竜プロを繰り広げている。アズとネルは竜プロをやらないので、個々の性格が出ているようだった。そんな彼らの側で見守っていたヴァナルが私の方へと視線を向けた。
『雨も大事。日照りはちょっと駄目』
だよね、と言いたげにヴァナルは番である雪さんと夜さんと華さんの方へと視線を向ける。
『恵みの雨とも言いますし、人を飲み込む大水とも言いますからねえ』
『天気と付き合うのは難しいものです』
『簡単に変えられるならば苦労はしませんよ』
雪さんたちはヴァナルと視線を合わせて幸せそうに天気について語っている。フソウの文化が根付いているのか天候には自然に任せるという意識が根付いているようであった。一方で毛玉ちゃんたち三頭は彼らの言葉を聞いて首を傾げている。というよりヘルメスさんとロゼさんの言葉の方に興味を引かれているようだ。
『むじゅかちい』
『きゃえれる?』
『あたちたちゅにできりゅ?』
目を輝かせている三頭がヘルメスさんとロゼさんをじっと見ていた。ヘルメスさんは『毛玉ごときにできるものではありません』と言い切り、ロゼさんは毛玉ちゃんたちが苦手なのか影の中にそそくさと逃げ込む。ロゼさんが影の中に逃げ込み戻ってこないと分かったのか、彼女たちは私の腰元にいるヘルメスさんをじーっと見つめながら、期待に胸を膨らませて尻尾をぶんぶんはち切れんばかりに振っている。
「毛玉ちゃんたちまで天候操作を覚えると大変なことになるよ?」
『にゃんで?』
『どうちて?』
『だめにゃの?』
私の言葉に三頭が首を傾げている。まだ天候操作の凄さや危険性を理解できないようで、雪さんたちは困ったように笑っていた。
「駄目というわけじゃないけれど、覚えると使いたくなるよね?」
『とうじぇん!』
『ちゅかう!』
『ためしゅ!』
胸を張りドヤ顔を披露している毛玉ちゃんたちだけれど、言い聞かせることができるだろうか。
「ほら。もし失敗して食べ物が穫れなくなったら大変なことになるよ。手作りジャーキーが食べられなくなっても良いの?」
『や!』
『じゃめ!』
『おいちいのちゃべる!』
どうやらお気に入りの手作りジャーキーが食べられなくなることを危惧できたようである。お野菜が採れなくなれば、当然家畜も育たなくなるわけで。この辺りの細かいことを毛玉ちゃんたちが理解するにはもう少し時間が必要だろう。
常識に関してはゆっくりと覚えれば良いはず。雪さんたちも一緒なので、毛玉ちゃんたちがルールや常識から外れることは早々ないはずだ。
「だよね。じゃあ、覚えない方が良いかもね?」
私が疑問形で問い直せば『わかっちゃ!』『やらにゃい!』『しにゃい!』と毛玉ちゃんたちが答えてくれる。彼女たちの頭を撫でていると、竜プロを何時の間にか解いた青い幼竜さんと赤い幼竜さんがこちらへちょこちょこと歩いてやってきていた。
私の顔をじっと見上げてなにかを望んでいるようだ。毛玉ちゃんたちの様に撫でて欲しかったのかと私が地面にしゃがみ込み、右手を差し出せば彼らは顎を置いて『ぴょあ!』『ぴょえ~!』と声を出す。一先ず顎の下を指先で撫でてやれば、こてんと地面に転り後ろ脚を忙しなく動かして、気持ち良いと身体で表現している。
『竜の威厳が全くないねえ』
そんな声を漏らしている方がいるけれど、孵ったばかりの頃巨大な蚯蚓に負けていた誰かさんに幼竜さんたちは言われたくないのではなかろうか。
◇
とある日の朝。ふあと欠伸をしながらベッドから起きて、エッダさんの介添えを受けながら着替えを終えて、そろそろ朝食のために食堂へ赴こうとしている頃だった。パタパタと廊下を走る誰かの足音が聞こえ、私室の扉から四度のノックが鳴り響く。どうしたのかと私と部屋にいるクロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんたちが顔を見合わせ、毛玉ちゃんたちはなにかあったと顔を輝かせている。はい、と私が短く返事をすれば扉の向こうから声が上がった。
「ご、ご当主さまー!!」
私の名を呼ぶエッダさんの声が部屋に響く。凄く慌てているというか驚いているような声であり、私はなにかあったのだなと部屋の扉を開けた。
「どうしましたか、朝早くから」
侯爵家の侍女服を纏っているエッダさんは日頃、衣装を着崩すことなどないのだが、スカートの端が縒れていた。本当に珍しいと私が彼女の顔を見上げれば、ベランダを指差しながら口を開いた。
「そ、そ、そそそそそ、外を見てください!!」
私は彼女が指を指した方向に反射的に顔を向けてしまう。騒ぎを聞きつけたのかそっくり兄妹がいつの間にかエッダさんの後ろに立っている。
ジークとリンは事情を知っているのか微妙な顔を浮かべているため、難事ではないが問題があったのは事実のようだ。私はエッダさんとそっくり兄妹に中に入ってくださいと勧めながら、ベランダの方へと歩いて行く。途中で机の上で待機していたヘルメスさんが魔石をペかぺか光らせて、なにか訴え始めた。
『ご当主さま、私も忘れないでくださいね。飛べば良いのではという愚問は受け付けません。私は錫杖。ご当主さまに手に取って頂いて初めて価値を見出せる物なのですから』
机の上に私が視線を向ければ、ヘルメスさんが更に魔石を強く光らせる。
「あ、はい」
『ふふふ。しかし、なにがあったのでしょう』
私がヘルメスさんを手で持てば、ふっと身体が軽くなった気がした。ヘルメスさんが『今日もご当主さまの魔力は絶好調ですね』と機嫌良さげであるが、先ずはベランダに出てなにがあるのか確認をしないと。
『エッダが早く外に出て欲しそうにしているよ~ナイ、見てみよう』
「あ、うん。ベランダに出ようか」
私が腰元にヘルメスさんを差しているとクロがベランダの方を見ながら早く出ようと促す。確かにエッダさんはソワソワしていて落ち着きがない。彼女にしては珍しいし、侍女長さまか家宰さまの命を受けて私室へやってきたのだから早く外を確認すべきだ。私はジークとリンとエッダさんに、ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちを引き連れて、侯爵領邸の広い庭を見渡せるベランダへと立った。そこには信じられない光景が広がっている。
「あれ……目が変なのかな。エルとジョセがたくさん分身している」
謎めいた光景に私は目の調子が悪くなったのかと頭を振ってみる。でも目の前に広がる景色は変わらない。私たちがベランダに立ったことで庭にいる天馬さま方が一斉にこちらを向いた。
中にはルカとジアがいて、黒天馬と赤天馬である彼ら二頭は凄く目立っていた。二頭以外は普通の白い天馬さまだから、当たり前かもしれないが。私の視線に気付いたエルとジョセが嬉しそうな顔をして、ベランダの近くへと歩いてきている。
『エルとジョセもいるけれど、みんな違う個体だね。なんとなく魔力の波長が違うから。それにしても良く集まったねえ』
クロが庭のトンデモ光景を落ち着いた口調で教えてくれる。しかしエルとジョセとルカとジアを除けば二十頭ほどの天馬さま方が集まるなんて、あり得るのだろうか。いや、現実になっているのだから、あり得ているけれど……。
私の後ろでジークとリンが『凄い光景だな』『彼女が喜びで腰を抜かしそう』と目の前に広がる光景を受け入れていた。ヘルメスさんも私の腰元で状況を把握しており、魔石をペかぺかと光らせた。
『ええ。魔獣や幻獣が一ヶ所に集中することはまずないですからね。本当にご当主さまは凄いお方です』
どこで知識を手に入れたのだろう。でもヘルメスさんの原材料が亜人連合国にある何万年も生きている樹から形成されたと聞いているので、もしかして植物が覚えている記憶を引き継いでいるのだろうか。本当に不思議なことが起こる世界だなと私は目を細めて、ヘルメスさんの言葉を受け入れるわけにはいかないと反論を試みた。
「いや、エルとジョセが彼らと話して侯爵邸に顔を出したのでは……? というか、そうであってください」
エルとジョセは『暫くお出掛けをしてきます』と言って侯爵邸を留守にしていた。侯爵邸で過ごすことが飽きてしまったのかと考えていたのだが、まさかこんなことになるとは。一先ず、庭に出て彼らの話を聞こうとベランダの真下まできてくれたエルとジョセに『少し待っててね』と私は告げ、エッダさんには家宰さま方に特に問題はないことを伝えて欲しいとお願いする。
「承知致しました! 経緯を教えてくだされば、侍女長と家宰が喜びます」
「あはは。エルとジョセに話を聞いたあと、執務室でお伝えしますね」
礼を執ったエッダさんがベランダを出て私室から去って行く。彼女の後ろ姿を見送った私たちも部屋を出て、庭を目指して歩いて行く。廊下で使用人の方とすれ違う度に『また増えるのか』という顔をされているのは如何なものだろう。
廊下を三人とヴァナルたちで歩いていれば、丁度離合するところでクレイグがひょっこり現れる。食堂に向かう途中だったようで挨拶をしようとする私より先にクレイグが口を開いた。
「また増えるのか」
「クレイグ、出会い頭にぶっちゃけるのは止めようよ。おはよう」
呆れ顔のクレイグが端的に事実を呟き、私は反射的に言葉を返す。腰元にいるヘルメスさんが『クレイグさん、ご当主さまですよ。これくらい朝飯前でしょう』と呟いていた。ヘルメスさんは私をどう解釈しているのだろうか。一度、解体して中身を調べてみるべきだろうかとヘルメスさんの方へチラリと視線を向ければ、不味いと感じたのか黙り込んでいる。
「おはようさん。つっても増えてるのは事実だろ。なんだよ、天馬が屋敷の庭にたくさん現れたって。嘘みてえな話だけどよ……事実だろ?」
「うん。って、一先ずエルとジョセの話を聞かなきゃいけないから、ちょっとごめん!」
クレイグは肩を大きく竦めて呆れ顔から苦笑いへと変わっている。私は私でエルとジョセを待たせてはいけないと、クレイグに別れを告げた。
「ああ、行ってこい……――」
後ろ手で頭を掻きながら『早く行ってやれ』と言いたげなクレイグから離れていくのだが、去り際に彼が言い放った声は聞き取れなかった。私たちはまた侯爵邸の長い廊下を歩き始める。
「なにを言ってたんだろうね?」
『次に増えるのはグリフォンか竜なのかって。覚悟しておかないとなってぼやいていたよ~』
歩きながら私がみんなに問えばクロが教えてくれた。確かに天馬さまがたくさんやってきたならば、次はジャドさんがたくさんのグリフォンを連れてきそうである。
竜のお方が卵を投げ入れる可能性だってあるんだし、小型の竜の方たちが『ここで卵を産みたい!』と望まれれば断る自信は全くない。セレスティアさまとヴァルトルーデさまとジルケさまは反対しないだろうし、むしろ嬉しいと受け入れてくれる。屋敷の方たちも『手が掛からないので問題ないです』と言ってくれるはず。ただ常識を持ち合わせている面子の方たちはエッダさんのように驚くのだろう。なんだかんだ言いつつ、受け入れてくれるけれど。
「クレイグに言い返せない……」
『ボクは嬉しいけれどねえ。ナイは有名になっちゃうから避けたいの?』
クロが肩の上でこてんと首を傾げた。
「そうだね。それがなければ特に問題ないかも」
私がたくさんの魔獣や幻獣を連れていても目立たないなら特に気にしないのだが。流石に魔獣や幻獣をたくさん引き連れている人間は存在していないので目立ってしまう。お貴族さま的には名前が売れることを良しとしているが、普通の侯爵位を持つアストライアーさんでありたかった。
いや、でもクロやヴァナルたちのお陰で今の地位に就いているようなものだから、致し方ないことだろうか。なににせよ、エルとジョセと話して今後を決めなければと庭に出た。
「エル、ジョセ。久しぶりだね」
久しぶりに会ったエルとジョセに私が挨拶をすれば、二頭は懐かしそうに目を細めながら顔を寄せてくる。私の顔の両側に顔がきたので、両手を使って彼らの顔を優しく撫でた。長いまつげを伏せながら目を閉じたエルとジョセが言葉を紡ぐ。
『お久しぶりです。聖女さま。大陸を渡り歩いていれば各地の仲間たちが聖女さまに一度お会いしたいと言い出しまして』
『ご迷惑かと考えましたが、彼らの意思を無下にすることもできず、個別で訪れるのも問題があろうと……こちらへ案内させて頂きました」
どうやら、グイーさまの一件で天馬界にも私にお礼を言いたいと考える方たちが増えたそうな。丁度エルとジョセが大陸をウロウロしていたので、私の屋敷で過ごしていたこともあった彼らは皆さまに紹介して欲しいと懇願されたとのこと。
屋敷の位置を教えて去ることもできたが、あまりにも仲間の天馬さまが乞うてくるため、それならいっそみんなでまとまって伺おうとなったらしい。グイーさまの石配りの一件から時間が空いてしまったのは、私が忙しかろうという配慮があったとか。
エルとジョセの顔を撫でていると、屋敷に降り立った天馬さま方が凄い力強い視線を向けている。挨拶をした方が良いだろうと、エルとジョセから一旦離れて、二十頭近くの天馬さまたちの前へと立った。
「ナイ・アストライアーと申します。エルとジョセにはお世話になっております」
私が礼を執れば集まった天馬さまたちが嘶きを挙げる。なんだなんだと屋敷の方たちが驚いて窓から顔を出しているけれど、私がいることを知って作業に戻っていった。
自室の窓から顔を覗かせているソフィーアさまとセレスティアさまがいることも分かったのだが、真面目な方は少し顔を引き攣らせ、魔獣が大好きな方は鼻を手で押さえている。直ぐ窓から姿が見えなくなったので、着替えをして執務室に向かうか、急いでこちらへくるかのどちらかだろう。
『そんな。我々の方が聖女さまにお世話になっておりますのに』
『ええ。ルカとジアを無事に産むことができたのは聖女さまのお陰です』
エルとジョセは謙遜しているけれど、託児所の子供たちの相手を務めてくれたり、荷を運んでくれたりといろいろと役に立ってくれている。もちろんルカとジアも協力的で屋敷の方たちは大助かりなのだ。
謙遜している二頭と私に頭を下げている天馬さま方のなんとも言えない光景に片眉を上げつつ、群れを形成している天馬さまたちの姿は圧巻と言わざるを得ない。写真の魔道具に納めたいけれど、許可を得られるだろうか。
「しかし、こんなに天馬さま方が集まるなんて驚きです」
『聖女さまに興味を示す方たちが集まりましたから」
『屋敷で仔を産みたいと望む者もいるのですが……可能でしょうか?』
本当に驚きである。エルとジョセは普通に捉えているし、何故か出産のお願いの申し出が入っていた。
「かまわないけれど、なにかあった時は責任を取れないよ。もちろん手助けはするけれど……」
死産になって文句を言われても困ってしまうので、保険を掛けておかねば。逃げていると思われるかもしれないが、絶対に無事に産まれる保証なんてどこにもない。私が手助けしても助からない時は助からないのだ。死神の鎌は突然現れて、突然命を奪っていく。自然界で生きている彼らは当然と感じているようで、魔素の高い場所で産めること自体が幸運なのだとか。
腰元でヘルメスさんが『ご当主さまに感謝をしなさい』と主張しているけれど、私への感謝より無事に産まれてくることを第一に考えて欲しい。どれだけの天馬さまが残るのかエルとジョセに教えて貰っていると、騒ぎを聞きつけたのかヴァルトルーデさまとジルケさまがひょっこりと現れる。天馬さま方は二柱さまの高貴な姿に恭しい態度を直ぐに取っている。
「凄いね」
「おー圧巻だな」
二柱さまの呑気な声と、驚いて目を丸くしつつも頭を下げている天馬さま方に私は呆れ顔を浮かべるのだった。