魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
アストライアー侯爵領領主邸には二十頭少々の天馬さまたちが集まっている。どうやら石配りを終えた私に『お疲れさまでした』という挨拶と、お腹の中に仔がいる番たちは侯爵邸で過ごしたいという要望を届けにきたのだとか。
番になっていない個体もいるので、ルカとジアの番候補になるかもというエルとジョセの親心もあったようである。私は彼らを無下に出来ないと、屋敷の庭で過ごすことを許可することになるのだった。様子を見にきているヴァルトルーデさまとジルケさまは天馬さま方と触れ合いを始めている。天馬さま方は大人しく、噛んだり暴れたりもない。私が平和な光景だなあと目を細めていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまがこちらを向いた。
「可愛い」
「寝床が増えた」
ヴァルトルーデさまは癒しが増えたようで嬉しいようである。ジルケさまは新たなお昼寝用のベッドが増えたことでご機嫌になっている。天馬さま方は女神さまの発言に異論はないどころか、エルとジョセが微笑みながら私の隣で言葉を紡ぐ。
『女神さま方に褒めて頂けるとは光栄です』
『寝床ならいつでも提供します、とのことです』
確かに女神さま方に褒めて頂いたなら栄誉なことなのだろう。私は神さまを崇拝する感覚が分からないので、有難みがイマイチ理解できないけれど。
それよりも私の後ろから若い個体の仔が頭の上に顎を乗せて、なにやらもぞもぞと動いている。肩の上で過ごしているクロはなにも感じていないのか、いつも通りにこてんこてんと首を傾げながら集まった天馬さま方を見ているだけ。私はなにがしたいのだろうと後ろを振り向こうとすれば、若い個体の仔が見ちゃ駄目と言いたげに頭の上に置いていた顔を動かして鼻先を使って私に前を向いたままでいるようにと訴える。
「どうして私のアホ毛を食むのかなあ……」
お婆さまもだし、他の妖精さんやらも私の頭の上で過ごすことが多い。若い天馬さまも私のアホ毛を食んでなんだか満足気な様子だ。そういえばルカも私のアホ毛を食んでおよだ塗れとなることが多々あった。本当にどうして私のアホ毛を狙って食むのやらと呆れていれば、腰元のヘルメスさんが声を上げる。
『ご当主さまの余剰魔力の漏出元になっていますからねえ。少し羨ましいです。まあ、私は随時ご当主さまの側にいるので、彼らと同じ効果を得られておりますからね!』
ふふんと自慢げな様子でヘルメスさんが魔石をテカテカと光らせている。私のアホ毛の先から魔力が漏れている疑惑は前からあったけれど、ヘルメスさんの今の言葉で確定したようなものだ。
ヘルメスさんは私の身体に流れる魔力を制御してくれているので、細かいことまで把握している……らしい。私の背後でジークとリンが『増えたな』『また増えたね』と声を掛けていると、屋敷の方から凄い勢いで走ってくる方を視界に捉えた。
セレスティアさまが凄い勢いで走ってきて、私の目の前でぎゅっと足を止めた。彼女の顔は紅潮しているし、特徴的な御髪もいつもの倍くらい膨らんでいるような。整った彼女の顔が私の方にぐっと近づけば、クロが『セレスティアの顔が凄く近いねえ』と呑気な声を上げている。
「ナイ! ナイ! ナイ! これは一体どういうことでございますの!!!?」
彼女の声には魔力が宿っているのか凄く耳に届く声だった。天馬さま方は突然現れたセレスティアさまに興味を示している。屋敷の庭に出る扉のところにソフィーアさまの姿もあった。目を丸く見開き、私から視線を外したセレスティアさまは二十頭ほど集まっている天馬さまへと顔を向けた。彼女の肩に乗っている赤い幼竜さんは不思議そうに彼らを見て『ぴょあ~』とひとつ鳴く。
「えっと。私がグイーさまの使者を務めた労いを伝えにきてくれたそうです。あと、お腹の中に仔がいる方たちは暫く屋敷で過ごすことになりました。少し庭が手狭になりますがご容赦ください」
私はセレスティアさまの斜め後ろから声を掛ける形となっていた。言い終えると喜色の笑みを携えた彼女ががばりと私の方へと向き直る。
「手狭になることはありませんわ! 侯爵邸の庭は広いですから普通に過ごされるだけなら問題ないでしょう! 狭いというのであれば街の外で過ごされるのもアリかと。禁忌の森が丁度良い場所となるのでは!!?」
鉄扇を開いたセレスティアさまがふふふと笑いながら口元を隠す。今にも高笑いを始めそうな勢いがあるのだが、大声を出せば天馬さま方が驚くというなけなしの理性が働いているようだ。私の一存で決めてしまったけれど、こうなる場合を想定していたので家宰さまには相談済みである。もちろん側仕えを務めてくれているソフィーアさまとセレスティアさまにも。
セレスティアさまと一言二言交わしていると、ソフィーアさまが私の隣に立って目の前に広がる光景に目を見開いている。ヴァルトルーデさまは飛来した天馬さま方みんなと挨拶を交わしているし、ジルケさまは大柄な天馬さまを見つけて背中の上で寝転がっていた。ソフィーアさまは女神さま方から視線を外して私を見下ろした。
「予想通りになるとは……驚きだ」
呆れているのか、驚いているのか分からない声色で真面目なソフィーアさまに問われた。怒ってはいないようで、前に話していたことが現実になるなんてと信じられないようである。そんな彼女を見ていたセレスティアさまは開いていた鉄扇を閉じ、集まった天馬さま方へと向けてドヤと笑う。
「ソフィーアさん。ナイですもの。今更ですわ!」
胸を張りそう言い切った某辺境伯家のご令嬢さまを華麗にスルーした某公爵令嬢さまが私に手紙を差し出した。手紙に記されている文字は随分と力強いものである。ああ、と私は差出人を思い浮かべた。
「ナイ。ヤーバン王から手紙が届いている。個人的なもののようだから、先にナイが目を通してくれ」
ソフィーアさまから受け取った手紙を私は開いて中身を取り出す。相変わらずの力強い文字に苦笑を浮かべながら、私は手紙を読み進めた。どうやらジャドさんはイルとイヴを連れてヤーバン王国を旅立ったようである。ヤーバン王はジャドさんの助言によって雄グリフォンの生活環境改善ができることになったので、嬉しいけれど話し相手がいなくなったことで寂しくなったようである。
ただ亜人連合国からワイバーンや小型の竜の方たちがお引越しをしており、彼らは王城でヤーバン王と他の皆さま方と戯れているようだ。ワイバーンの仔たちは精鋭兵士の方たちと訓練を共にして空を翔けるようになったとか。小型の竜の方たちは人を背に乗せるより、荷物を引く方が楽しいようで馬で引けない重い荷物を運んでくれているそうだ。なんだかヤーバン王国も愉快な状況になっている。
手紙を読み終えた私はソフィーアさまに読んでも問題ないですと告げ紙の束を手渡す。
「ジャドさんが仲間を探しに旅立ったそうです……まさか、ねえ?」
私がぼやいている間にソフィーアさまは手紙を読み終えたようである。セレスティアさまは私の言葉尻りからなにが記されていたのか理解したようで、ぱあっと顔を輝かせている。
「……」
「次はグリフォンの方々が屋敷に舞い降りる可能性が! 天馬さま方とグリフォンの競演……! 是非、この目に焼き付けたいものですね、ナイ!!!!」
ソフィーアさまはジークとリンに手紙を無言で差し出し、セレスティアさまは私に至近距離に顔を近付ける。セレスティアさまの綺麗な顔が私の視界一杯に広がって、隅っこにソフィーアさまの呆れ顔も映っていた。
「当主に圧を掛けるな」
「ぐえ! 良いではありませんか、ソフィーアさん。特に問題が起きたわけではないでしょう?」
ソフィーアさまが私の隣から移動してセレスティアさまの首根っこをむんずと掴んで私から引き離した。それによって私の視界は随分とスッキリとしたものになった。相変わらず天馬さま方が映っているけれど。
『ジャドさまも私たちと同じ考えを持っているようですねえ』
『グリフォンの方までこられるならば、私たちはいない方が良いでしょうか……?』
エルとジョセはこてんと困り顔を浮かべながら自分たちは邪魔かもしれないと考えているようである。まだ決定したわけではないし、グリフォンより天馬さま方の方が力関係は弱くなる。
屋敷で過ごすなら天馬さま方の方が優先させた方が良いのではないだろうか。うーんと私が悩んでいると、首根っこを掴まれていたセレスティアさまがソフィーアさまの手を振り払い、また私の方へと顔を寄せた。先程より距離はマシになっている。
「ナイ。早急に禁忌の森を調べ上げましょう! 安全が確保できれば、天馬さま方やグリフォンの方たちの生活の場として丁度良いですわ!」
侯爵家で人員を手配できないなら辺境伯家から人手を借りましょうとセレスティアさまが言葉を付け足す。一応、禁忌の森外縁部の調査は終えている。ただ、中の方へは足を踏み入れていない状態だ。
長い間、人の手が入っていない森のため、外側からゆっくりと手を入れつつ中を調べようとしていたのだが、確かに急いだ方が良いのかもしれない。
屋敷の庭で過ごすのは妊娠している番の方たちである。他の方たちも侯爵領で過ごしたそうな雰囲気を醸し出していたので、禁忌の森が解放されたなら丁度良い場所だ。天馬さま方に森の管理をお願いして、領地の方たちと共存するのもアリだろう。
「領地の方々の狩猟場にする予定でしたし、予定を早めましょうか。でもセレスティアさま。ジャドさんがグリフォンの方を連れて侯爵邸にくると決まったわけではないですよ」
「承知しておりますわ。ただ、天馬さま方も広い土地の方で過ごす方が良いでしょうし、仔が産まれるなら更に土地が必要となりますもの!」
エルとジョセによれば各地で各々過ごすのも大変だそうである。物好きな人間が天馬さまを仕留めようと試みて襲われることもあるし、鬣や尻尾の毛を手に入れようと寝込みを襲われることもあったとか。それなら落ち着いて過ごせる場所を提供した方が彼らのためでもある。亜人連合国も保護先となってくれるだろうし、彼らにとって安全な場所が増えると良いのだが。
『なんだか申し訳ありません』
『我々のために手を尽くしてくださるとは』
申し訳なさそうな顔を浮かべるエルとジョセだけれど、ある意味、これも人間のエゴなのだから気にしないで欲しい。ただ禁忌の森は狩猟場になる予定だから、人間と共存する形になると伝えておく。
「天馬さま方も数が減っているって聞くし、禁忌の森は今なら誰もいないから丁度良いかも。ヴァルトルーデさまとジルケさまから嫌な気配はしていないって言って貰っているから」
魔物はいるかもしれないが、堕ちた神さまや悪い魔獣や幻獣の気配はないそうである。エルとジョセは『天馬に手を出してはならない』というお触れが出されるだけでも有難いと言ってくれ、嬉しそうに他の天馬さま方に伝えにいく二頭のお尻を眺めるのだった。
◇
庭に降り立った天馬さまたちの今後をエルとジョセと話し終えたところである。
真面目な話をしていたというのに、ヴァルトルーデさまは天馬さまの背に乗って優雅に庭を散歩したり、ジルケさまは大柄な天馬さまの背に乗って二度寝を貪っている。
他の天馬さまはセレスティアさまの周りに集まり、彼女の顔にそっと自身の顔を近付けてみたり、身体を寄せて通り過ぎてみたりと忙しない。彼女の肩の上で過ごしている赤い幼竜さんは天馬さまに挨拶をしているのか『ぴょあ~ぴょあ~』と何度も鳴いていた。そしてセレスティアさまは嬉しさが天元突破したようで、フラフラと身体を揺らしながら私たちの下へ戻ってきた。
「わたくしの命はもうすぐ尽きるのではないでしょうか。あまりにも幸せなことが連続で起こり過ぎて、己の運を使い果たした気がいたしますわ」
セレスティアさまは片手で顔を覆い、目を瞑ってなんとも言えない顔を浮かべていた。側にいたエルとジョセがくすくすと小さく笑いながら、セレスティアさまの方へと顔を向けた。
『大袈裟ですねえ』
『ええ。セレスティアさんは面白いことを仰られますねえ』
ふふふと笑う二頭に彼女は『竜がわたくしの肩の上にのり、たくさんの天馬に囲まれることなど一生あり得ないと考えていましたもの』と力なく零す。私の隣にいるソフィーアさまは『はあ』と大きな溜息を吐いて、長年一緒に過ごしている友人へ呆れた視線を向けていた。
「とりあえず、二、三日は屋敷の庭で過ごしてね。三日経てば領都内の人たちに天馬さま方に手出ししないようにって伝えられるはずだから」
『はい』
『ありがとうございます』
私がエルとジョセに伝えると嬉しそうな顔を浮かべる。ミナーヴァ子爵領とデグラス領(仮)にも伝えるつもりだ。エルとジョセによれば、そこも他の場所より魔素が高いそうである。
他の地からやってきた天馬さまが安心して過ごせるならば、天馬さまに手出し禁止としても問題ないだろう。できればアルバトロス王国にもお触れを出して欲しいけれど……流石に陛下にお願いするのは如何なものだろうか。もちろん悪さを敢行した天馬さまには容赦しない。とはいえ天馬さまの個性を考えれば悪さをすることはなさそうである。
「彼らのご飯はどうするの?」
エルとジョセは魔素だけでお腹を満たせるようになっているそうだ。まだ若いルカとジアは飼い葉を食べたり、庭に生えた雑草を食べている。私がエルとジョセを見上げると申し訳なさそうな顔をした。
『若い個体には飼い葉を頂けると嬉しいです。私たちは必要ありませんが、魔素だけではお腹を空かせてしまう者がいますので』
『飼い葉で確りとした身体を作らないといけないのです』
私に迷惑を掛けていると二頭は考えているようで頭の位置を随分と下げていた。もう今更だし、居候代としてお屋敷の仕事を手伝ってくれているので気にしなくて構わないのに。
本当に律儀だなあと目を細めていれば、小鳥が飛んできて私の下に小さな木の実を置いて去って行った。相変わらず堕ちた神さまに対するお礼は続いており、問題が解決していないのに貢がれるのはどうなのだろう。私は地面に落ちた木の実を拾ってクロに差し出せば、口の中にひょいと入れて飲み込んでいる。
「そういえばエルとジョセに最初に出会った時は食べ過ぎてお腹を壊していたよね」
エルとジョセに会った頃が懐かしい。確かアリアさまのご実家であるフライハイト領に生えていた薬草を食べ過ぎてお腹を壊していた。そこからずっと一緒に過ごしているので、もう三年以上は経っているのか。
三年で侯爵位まで上り詰めるなんて考えていなかったし、こうして屋敷に二十頭近くの天馬さまを囲うなんて思いもよらなかった。ソフィーアさまが『懐かしいな』と目を細め、セレスティアさまが『あの時は驚いた』と声を出している。
ジークとリンも懐かしさに目を細め、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは初めて聞く話に耳を澄ませていた。毛玉ちゃんたちは天馬さまの周りをうろちょろしながら『あたち、しゃくりゃ!』『あたちは、ちゅばき!』『あたちは、きゃえで!』と声を上げている。
天馬さま方は陽気な毛玉ちゃんたちに押されているのか、鼻先を近付けて匂ってみたり、後ろに下がって『なんだこの生き物?』と驚いているようだった。喧嘩をしているわけではないし、ルカとジアが説明してくれているようだから大丈夫と私はエルとジョセに視線を戻す。
『お恥ずかしいところを助けて頂きました』
『聖女さまのところでお世話になるようになり、私とエルは天馬として随分と成長しました』
エルとジョセが恥ずかしそうに視線を逸らす。今ではこうして仲間の天馬さまを引き連れているのだから、本当に彼らは成長したのだろう。二頭の仔を成しているので、他の番にアドバイスを送っているとか。天馬さま方は基本大人しい個体が多いので、数が増えれば人間と共存できるようになるかもしれない。
「エルとジョセはまた仲間を探しに出るの?」
私がエルとジョセに問えば彼らは頭の上に疑問符を乗せていた。何故、疑問符を乗せるのだと問う前にエルとジョセが答えてくれる。
『あ、いえ』
『妊娠しているので、聖女さまの下で暫く過ごさせて頂こうかと』
「聞いてないよ?」
なんて、という言葉は飲み込んで、私は別の言葉にどうにかすり替えた。ジョセのお腹を見ても妊娠しているとは思えない。少し照れ臭そうにしている二頭が視線を私に戻して、鼻を鳴らしている。
『今、お伝えしましたから』
『はい。最近、妊娠していると分かりましたので』
うん、私も今聞いた。まさかジョセが妊娠しているなんて。まあ、屋敷でずっと過ごしていた彼らが出て行った時になんとなく予感はしていたけれど……本当に仔を成して戻ってくるとは。しかも仲間を大勢連れて。深く考えると禿げそうだと私が渋い顔になっていれば、肩の上のクロが嬉しそうに声を上げる。
『おめでたいね~エルとジョセの仔がまた産まれるんだ。ボク、楽しみだよ』
確かにおめでたい。小さい天馬さまを見ていると彼らの可愛さに癒されるし、小さい頃は限られた時間しかない。ルカとジアは既に子供らしさは抜け、大人同然の身体となっている。春になれば小さな天馬さまが四頭ほど並んで一緒に庭を走る姿が見れるはず。それはそれで楽しみだなあとジョセのお腹に手を当てると、確かにジョセ以外の魔力を感じ取れた。
「同じ言葉を毎回贈っているけれど、無事に元気な仔が産まれると良いね」
ジョセのお腹を撫でながら私は彼女と目を合わせる。ジョセは母親の優しい目をしており、嬉しそうに『はい』と答えてくれた。
『?』
「ヘルメスさん?」
私の腰元にいるヘルメスさんが魔石を一度光らせて黙ったままなので、不思議に感じて声を掛けてみる。
『胎内からご当主さまの魔力を奪いとるとは…………――いえ、なんでもありません』
なにかボソボソと呟いているのだが、最後のなんでもないというヘルメスさんの声しか聞き取れなかった。まあ良いかと私は前を向いて、家宰さまに報告に行こうとジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまに告げ、屋敷の中に戻るのだった。
◇
――アルバトロス王国・執務室。
さて、そろそろ昼食を取ろうと手に持っていた書類を執務机に置き、前を向いた時のことだ。宰相が執務室に訪れた者から手紙を受け取り私の前に立つ。何故か顔を強張らせながらどうにか口を開いた。
「アストライアー侯爵から報告書が届きました」
「そうか。届いたか」
宰相が顔を強張らせていた意味を理解する。届いた侯爵からの報告書に視線を向け、読みたくないと目を細めた。だが現実逃避して物事が更に大きくなってはいけないと、宰相に頼んで中身を取り出して貰う。
差し出された紙の束を受け取り読み進めていれば『ユーリが相変わらず私のことをご当主さまと呼んで悲しい』とか『侯爵邸のご飯は凄く美味しい』とか凄く平和なものであった。時折、女神さまの話も出てきて私が知っても良いのだろうかと疑問に感じるのだが深くは考えまい。
「実に平和な内容だ」
一枚目は侯爵の日常がつらつらと記されており、個人的なものが多く記されていた。もちろん領地開発も確り行っており、アストライアー侯爵領、ミナーヴァ子爵領、デグラス領(仮)のことも抜かりなく運営しているようだ。
三年前までは聖女として勤めていたのに、功績により貴族位を与えたのは間違いではなかったのだろう。叔父上の後ろ盾を受けている時点でタダ者ではないのだが、侯爵は周りの者を頼りながら貴族として振舞っている。私は一枚目を読み終えて、二枚目に進め踊っていた文字に目を丸く見開く。
「それはようござい……――陛下?」
宰相が私の顔を伺いながら声を掛けた。私は侯爵の文字を端的に解釈――したくないかも――して声に出す。
「天馬が侯爵邸に二十頭ほど飛来して、そのまま侯爵領に居着くそうだ」
「え?」
「天馬が侯爵邸に二十頭ほど飛来して、そのまま侯爵領に居着くそうだ」
「本当に?」
宰相が理解の範疇を超えていたのか珍しく問い直したために再度同じ言葉を私は紡いだ。いつもであれば理解し易いように、内容は同じでも言葉を変えて伝えるのだが……私の頭の回転が鈍くなっているのか、同じ言葉をそのまま口にしてしまう。宰相はどうにか私が挙げた声を理解して、ごくりと息を呑み『天馬が二十頭も飛来した?』と怪訝な顔になっている。
「事実だ。そう書かれている」
「他の者の報告はまだか?」
私が事実と宰相に伝えれば、彼は部屋にいる他の者に視線を向けた。
「一緒に届いております」
どうやら侯爵の報告書と同時に側仕えと護衛の四人から報告書が上がっているようだ。本来、諸侯が王家に提出する必要はないのだが、侯爵には念のためだと言って報告を挙げ続けて貰っている。宰相が他の者から届いた報告書を開いて速読していた。わなわなと手元が震えている気がしてならない。
「……事実のようですね。侯爵はどんな冗談をと笑い飛ばしたかったのですが……報告書で彼女が嘘を記すわけがありませんし」
宰相が言うようにアストライアー侯爵は嘘など吐かない。仮に嘘を吐いたとしても顔に現れてしまうはず。
「侯爵から誘いを受けて屋敷に赴けば、私は天馬たちに囲まれる可能性があるのか」
王太子であるゲルハルトから『父上が参加してくれないと、侯爵が落ち込んでいましたよ』と聞いているので、次に侯爵から招待を受けた時には参加しなければならないと考えてはいたが……。豚肉試食会と銘打った立食会は随分とアルバトロス王国内の大貴族を誘っていたので、暫く侯爵が大きな規模の夜会を開くことはあるまい。が、次の社交シーズンになれば誘いを受けそうだと遠い目になる。
「創星神さま方にも囲まれる可能性がありましょう。陛下、お覚悟を決められては?」
宰相が窓の外を見ていた私に現実を突き付けた。確かに神さま方が参加なされている夜会に出る場合もあるなと考えていると、胃の腑が重くなっていく。
「私の補佐役として一緒に参加するか? 侯爵なら構わないと言ってくれるはずだ」
「……陛下の命とあれば」
私の言葉に宰相が一瞬驚くものの失言であったと理解したのか、少し項垂れながら彼は私と一緒の参加を認めるのだった。