魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

711 / 740
0711:騎士団の名前。

 朝。私室のベランダから私が庭を見下ろせば、二十頭ほどの天馬さま方が一斉にこちらを向いた。ルカがおはようと言いたいのか嘶きを挙げると、ジアが尻尾で兄の尻をぺしっと叩いている。

 痛いか、痛くないのか分からないが、ルカは『えー……なんで怒るの?』と言いたげな顔をして、頭を項垂れさせていた。その様子を見ていた庭師の小父さまが苦笑いを浮かべ、彼の弟子である若い男の子は目を丸く見開いていた。

 

 ご飯を済ませれば、今日は禁忌の森へ侯爵家の騎士団が向かう出発式を行う予定となっている。

 

 大きな危険性はないと私は留守を預かる身となり、ジークとリンは騎士団の皆さまと一緒に同行する。屋敷の庭に出て、集まった皆さま――百人ほど――の前に私は立った。後ろにそっくり兄妹が控えていないことに少し違和感を覚えてしまう。

 こういう時もあるのだから、慣れておかないといけないなあとジークとリンに視線を向けてみる。ジークは苦笑いを浮かべ、リンは『直ぐに戻ってくるからね』と言いたげな顔になっていた。

 侯爵領領都にある教会から聖女さまが二名派遣され――ちゃんと派遣代を払っている――ており、彼女たちは怪我を負った方の治療に当たって貰う。集まった騎士の中にテオの姿も見えているのだが、初めて会った時より随分と背が伸びて、大人びた顔になっている。

 

 男の子の成長は早いなあと感心しながら、荷駄部隊の方に視線を向けた。

 

 荷を運ぶ馬の中には天馬さま方と小型の竜の方たちが交じっており、荷を引く馬と戯れていた。良いのかなあと目を細めるものの、彼ら曰く『寝床と食事の提供を受けているから構わない』ということである。

 荷台の上の一角にはヴァルトルーデさまとジルケさまがちょこんと座っており、二柱さまも騎士団の皆さまと同行するそうだ。堕ちた神さま云々よりも、人の手が暫く入っていない森の中がどうなっているのか気になるらしい。本当にフリーダムな方たちだと苦笑いを浮かべ、私は再度前を向く。私の前には騎士団団長さまがキリっとした顔を浮かべて立っており、私が礼を執れば彼も足を揃えて片手を胸に宛てて返礼する。

 

 「アストライアー侯爵家騎士団、百名っ! ご当主さまの命により禁忌の森の調査へ参ります!!」

 

 騎士団長の大きな声に耳の中の産毛が震える。予備戦力として領都にいる方々を招集することも考えたが、常駐騎士百名で足りるだろうという判断が下され今の人数に至る。

 予備の方を招集すれば追加で百名がプラスされ、領都の男性を招集すれば更に戦力が増えることになるそうだ。まあ、領都の方たちは訓練を受けていないので、戦力というよりも数合わせの意味合いが強くなるけれど。

 家宰さまは百名規模の常駐騎士をもう一つ、二つ増やしたいそうである。各地の街や村の警備に領境の警戒、領主邸の守護など、割と数が必要となるらしい。そういえば中世では貴族が武闘大会を開き優勝者や強い方を雇い入れると聞いたことがあるので、一年に一度催してみるのもアリだろうか。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまと要相談だろう。私は礼を解いて口を開いた。

 

 「小規模編成となり調査に時間を要することになりますが、皆さま、怪我無く無事に戻ってきてください」

 

 危険度は低いけれど、皆さまが怪我無く戻ってくるにこしたことはない。私が同行することも考えていたが、当主として領主邸で待っておくのも仕事だと言われて待機する羽目になってしまった。

 運動不足だし丁度良い機会と考えていたのだが仕方ないのだろう。凄く嬉しそうな顔を浮かべて荷台に腰を掛けているヴァルトルーデさまとジルケさまが羨ましい。私の肩の上に乗っているクロは尻尾を忙しなく動かしながら『気を付けてね~』と声を上げている。

 

 「はっ! 侯爵家騎士団、出立します!! まわれー右っ!」

 

 騎士団長の声と共に百名の騎士がだんと足を地面に打ち付けて、正門の方へと身体を向けた。おお、凄いと私は感心しながらゆっくりと動き始めた騎士団の皆さまの背中を見送る。どんどん小さくなっていく彼らの背を見ていれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが私の隣に立った。

 

 「名前、考えないとな」

 

 「アストライアー侯爵家騎士団では味気ないですもの」

 

 ふっと笑いながらお二人が私を見下ろす。しかしアストライアー侯爵家騎士団と言えば所属ははっきりと分かるはず。必要なものなのかと私はお二人と視線を合わせた。

 

 「お抱えの騎士団に名前は必要ですか?」

 

 「ほとんどの貴族は自前の騎士団に名付けをしているな」

 

 「ええ。当然です」

 

 お二人は当然と言わんばかりの顔を浮かべて答えてくれる。どうやら各貴族家の騎士団には『白虎騎士団』とか『聖竜騎士団』などの名前が付いているそうだ。

 確かに騎士団長さまが名乗りを上げた際『アストライアー侯爵家騎士団』よりも『白虎騎士団』とか名乗りを上げた方が格好は整うけれど……私が名前を付けるのかと頭を抱えそうになる。面倒だから鎧か外套の色を統一して『黒の騎士団』とか『白の騎士団』とか『青の騎士団』では駄目であろうか。私が頭を悩ませていると分かったお二人は苦笑いを浮かべ、執務室へ戻ろうと促してくれた。

 

 執務室の自席に腰を下ろして先程考えていたことを家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに伝えれば、ふむと考える様子を見せている。そうしてお三方は私の方へと向き直った。

 

 「悪くはないですね。余興として領地の皆さまに楽しんで貰えます」

 

 家宰さまがいろいろとプラスの収支になる方へと考えてくれていた。主催と同時に胴元として賭博を行うのもアリなのだとか。アルバトロス王国では賭博を禁止していないので堂々と開くことができる。法外な掛け金を用いるところは王家から目を付けられて『駄目!』と言われることがあるそうだが、常識の範囲内であれば良いとのこと。娯楽が少ないため、お金を掛けてイベントを楽しむ方は多いとか。

 

 「侯爵家の騎士団は剣技に長けている者を優先して採用しているからな。他の武器を得物としている者が優勝すれば、少し面倒になりそうだ」

 

 ソフィーアさまが別の視点から問題点を挙げてくれる。確かに侯爵家の騎士団は標準的な装備で統一しており鎧と長剣を支給している。自前で弓を用意することも可能だけれど、基本的には長剣を装備している騎士の集まりだ。

 その中に槍持ちの方が一人、二人と交じれば戦術を別で考えなければならず、割と面倒な事態となってしまう。槍や弓兵専門の部隊を作るとなれば、また話は変わってくるものの、今は基本的な騎士団を増強するだけ。イロモノ兵士はまだ必要ないなと考えていると、今度はセレスティアさまが口を開いた。

 

 「なら剣技に特化すれば良いだけですわ。弓の名手や槍技に長けている者を採用したくば、別に開催すれば問題は解決できますもの」

 

 彼女の言葉に一同がそれもそうかと頷く。面白そうだから農繁期を外した時期に開催してみようと、規模と予算をざっくり考えて話を終える。そうして領地のお仕事に取り掛かることになった。

 以前、ミナーヴァ子爵領で行った『お見合いパーティー』なるものを何度か開いており、数組のカップルが誕生している。ミナーヴァ子爵領とデグラス領(仮)とアストライアー侯爵領の合同お見合いも計画しているところだ。人の出入りはあるものの、婚姻を村内や町内で済ませることが多く血が濃くなることを避けたい。せっかく飛び地を賜っているし、他の領地のご領主さまたちにも血が濃くなることの危険性を説いて、平民の方たちの婚姻に手を加えたい。

 

 「デグラス領は随分と落ち着いてきましたが、今後の方針をどうなさるのですか?」

 

 「職人さんたちの支援を充実させながら、小麦の生産を開始したいですね。副業として南の島の果物を温室栽培して市場に流してみようかなと。高級品や貴重品と定義すれば、収穫量が少なくとも農家の方たちの懐が潤います。ただ生育方法が確立していないので、暫くの間は難儀するでしょうね」

 

 職人さんたちの保護と施設の充足、資金の貸し出しなどいろいろ考え、他にも食糧難に陥らないように新規の開墾をして農業従事者を増やしたい。一先ず小麦で収穫が安定させて、次に南の島の果物を植えて、お金持ちの商家の方やお貴族さまに売り込んでみようと考えている。平民の皆さまには手が届き辛い品となってしまうが、一等品、二等品、三等品とランク付けして価値を決め値段を調整することもできるだろう。

 

 その辺りは栽培方法を確立してからの話である。マンゴーやライチの種は確保してあるし、南の島に住むダークエルフさんたちに栽培方法を助言して貰うこともできる。

 オレンジなどの果物もアリだけれど、他の領地で穫れている。それなら珍しいマンゴーやライチといった南の島産の果物の方が希少価値があるはず。家宰さまもソフィーアさまもセレスティアさまも特に問題はないと判断してくれているようで、私の話に耳を傾けてくれている。

 

 「他にもあれば良かったのですが、被らない産業となると南の島の果物くらいしか思いつかなくて。工業製品は知識がなければ失敗するだけですからね」

 

 簡単な品から手を出して技術を確立し、資金を投じて次の段階に進めることもできるけれど……その手の知識はさっぱりである。それならドワーフの職人さんを領地に呼び、技術支援して貰った方が確実に武具の質が上がりそうだ。

 あ、職人さんたちのことも考えなければと、亜人連合国のディアンさまたちにお願いして技術支援を頼むのも忘れないようにしなければ。資金に関しては、湯水のように使わなければ侯爵家が破産することはない。とはいえ資金も有限なので、効果的なところに適切に投じないと。

 

 「まだまだやるべきことがたくさんありますね」

 

 「侯爵位の家だからな。やることが多くなるが、その分実入りも良い」

 

 「ええ。苦労を最初に済ませておけば、あとは楽ができましょう」

 

 そんなソフィーアさまとセレスティアさまの声を聞きながら執務を終える。お昼ご飯の前にユーリのところへ顔を出しておこうと、珍しく一人で移動することになった。

 

 『なんだか、ジークとリンがいないと変な感じだねえ』

 

 「そうだね。ちょっと寂しいかも」

 

 廊下を歩いていると肩の上のクロが不意に声を上げた。今日はジークとリンが側にいないので確かに少し寂しい。いつもある気配がないのは本当に変な感じだと私は苦笑いになる。

 

 『主、ヴァナルたちがいる』

 

 ヴァナルが私の顔を見上げながら大丈夫と身体を摺り寄せてきた。雪さんと夜さんと華さんもくすくす笑いながら私の隣に並ぶ。

 

 『ええ。ジークフリードさんとジークリンデさんがいなくともわたくしたちがナイさんをお守りしますよ』

 

 『お任せください』

 

 『不届き者は成敗いたします』

 

 頼もしいなあと感心していると、腰元のヘルメスさんも魔石をペかぺか光らせながら声を上げる。

 

 『ええ。愛らしいご当主さまに手を出す輩など塵芥にしましょう』

 

 相変わらず物騒だけれど、そっくり兄妹がいないので頼もしいなあと私は目を細めた。毛玉ちゃんたちは『しゃくじょうのくちぇに!』『にゃまいき!』『あたちたちもガブリしゅる!』と声を上げている。なんだか愉快だなあとユーリの部屋の前に立って中に入れば、とてとてと私たちの下へ歩いてきたユーリが『ごとうちゅしゃま!』と声を上げるのだった。

 

 いつになればユーリは私を姉と認めてくれるのやら。

 

 ◇

 

 とある日。午前中、託児所の方に侍女長さまが現れて、わたしにご当主さまの執務室へ赴くようにと告げられた。一緒にいたサフィールさんは苦笑いを浮かべ、他の子たちはわたしがなにかやらかしてご当主さまに怒られるのではと心配そうな視線を向けていた。

 彼らを見た侍女長さまはわたしに『アンファンには良い話だと思いますよ』と小さく笑って託児所から去って行く。指定された時間にわたしが執務室へ向かえば、ご当主さまの側仕えを務めているソフィーア・ハイゼンベルグ公爵令嬢さまが執務室の中へと導いてくれる。

 

 ご当主さまの執務室は独特な雰囲気が流れていて、笑みを浮かべている家宰さまと、もう一人のご当主さまの側仕えであるセレスティア・ヴァイセンベルク辺境伯令嬢さまがご当主さまの執務机の隣で待機している。

 壁際にはジークフリードさんとジークリンデさんも待機していた。双子の兄妹は時折託児所に顔を出して、私たちの面倒を見てくれている。喋る方たちではないけれど、困っていればそっと声を掛けてくれる優しい人たちだ。そんな二人がいることが分かって、緊張感が少しだけ和らぐ。でもご当主さまから一体なにを告げられるのだろう。侍女長さまから悪い話ではないと聞いているものの、ご当主さまだからなあと椅子に腰を掛けている小柄な人と視線を合わせた。

 

 「アンファン、参りました」

 

 「急に呼び出して申しわけありません。少しアンファンに伝えたいことがありまして」

 

 相変わらずご当主さまは出会った時からわたしに敬語を使っている。ジークフリードさんとジークリンデさんとクレイグさんとサフィールさんの前では普通に喋っているのに。

 ユーリの前でもタメ口で喋っているけれど、他の方には今の様に敬語を頑なに使っていた。侍女見習いとして、私が屋敷の方たちに手解きを受けている際、ご当主さまの口調が何年経っても変わらないことに不満を漏らしていた。とはいえ厳しい口調であったり、理不尽な命令を受けないので、小さな不満といったところだけれど。

 

 ご当主さまと出会って二年が経っており、身長はわたしの方が高くなっている。彼女はわたしが身長を抜かしたことを悲しんでいるけれど、身長でなにか変わるわけではないから気にしなくて良いのに。多分、ユーリもご当主さまの背を将来は追い越すはず。わたしの時より血の涙を流すのではないだろうかと、今から心配しているところだ。

 

 相変わらず口調の硬いご当主さまに苦笑いを浮かべていると、目の前の彼女が前置きは面倒だと告げて言葉を続ける。

 

 「春からアルバトロス王都の侍女養成校に通ってみませんか? 二年、屋敷を離れなければなりませんが、外を知る良い機会かと。それに同年代の友人を作れる機会でもあります」

 

 小さく笑うご当主さまは学費については心配いらないと言ってくれる。わたしはユーリの側を離れる気はないけれど、サフィールさんたちの話を聞く限り資格は持っておいた方が良いそうだ。

 資格を持っていればユーリの側仕えとして控えやすくなる。ユーリの側仕えを狙っている人はわたし以外にいることを知っている。最近『あんふぁんおねーちゃ』と呼んでくれるようになった彼女の下を離れなければならないのは寂しいけれど……他の人がユーリの側仕えに就いた時のことを考えれば、養成校で学んだ方が良さそうだ。

 

 わたしが難しい顔になっていることが分かったのか、ご当主さまも執務室にいる皆さまも苦笑いを浮かべている。嫌な感じは受けないから構わないけれど、子供とみられているようで少し恥ずかしい。わたしももう十二歳で、読み書きと簡単な計算はできるようになっている。あの人の下で過ごしていれば、学ぶことなんてなかっただろう。

 

 ただ二年間、ユーリの側を離れるということが凄く気になる。王都から侯爵領に戻るには結構なお金が掛かるはず。ユーリに会えないのは寂しいから、長期休暇の際には必ず戻りたいところだけれど……ちょこちょこ溜めていたお金を使うのはなにか違う気がする。でもなあと頭の中で考えていると、ご当主さまがまた言葉を紡いだ。

 

 「養成校を卒業すれば、資格を持つことになるので、アストライアー侯爵家でなくとも他の家でも仕事ができます。直ぐに答えを出せなくてもかまいません。年末まで考えてみてください」

 

 年明け早々に入学試験があるそうだ。だから年末までに答えを出して、試験を受けるために必要な書類をご当主さまが提出してくれるとのこと。訓練校はほとんど平民の方で構成されていて、高貴な人は稀――食うに困っている貴族のご令嬢が安い学費に惹かれて通うらしい――だそうである。

 

 「ご当主さま。お気遣いありがとうございます。申し訳ありませんが、年末まで考えさせてください」

 

 「はい。アンファンが後悔しないように、良く考えてくださいね。他の方も今の件を知っているので、相談してみるのも良いかと」

 

 「分かりました。では、退室させて頂きます」

 

 わたしは頭を下げて執務室を出ようとすれば、ソフィーアさまがわたしを扉まで案内してくれる。去り際に彼女が『あまり難しく考えるなよ』と微笑んで見送ってくれたのだった。

 二階の長い廊下をゆっくり歩く。あまり訪れることはないので、窓から見える景色が少しだけ新鮮だ。庭には最近降り立った天馬さまたちがのんびりと過ごしていて、屋敷で働く方たちが『これが貴族の屋敷だと思うんじゃないよ。ご当主さまだから起きることだ』と真面目な顔で教えてくれた。他の貴族家がどんなものか知らないのでわたしは首を傾げるしかない。貴族家出身の誰かにご実家はどんな家なのか教えて貰ってみようと前を向けば、見知った方がこちらへと歩いていた。

 

 「エッダさん、こんにちは」

 

 「はい、こんにちは。どうしたの、アンファン? 珍しいね。貴女が二階にいるなんて」

 

 前を歩いてきたのはご当主さまの身の回りの世話を担っているエッダさんだ。貴族家出身の方だけれど、平民のわたしにも気さくに声を掛けてくれる人だった。

 時折、侍女の仕事について彼女から学ぶこともあるので私の先生でもある。まあ、屋敷で働く侍女の方や下働きの女性はみんな私の先生だけれど。小さく笑ったエッダさんは『難しい顔してるよ』と言って、わたしに視線を合わせるために少し屈んだ。

 

 「丁度良い時間だから、食堂に行ってお茶を貰おうか」

 

 ふふふとエッダさんが姿勢を元に戻してまた笑う。ご当主さまがわたしが侍女養成校に通うかもしれないとみんなに伝えているから、エッダさんはわたしが悩んでいることを察知したようだ。

 悩んでいる内容までは分かっていないだろうけれど、こうして話を聞いてくれるのは有難いことだろう。サフィールさんに相談してみようと考えていたけれど、侍女のことならエッダさんの方が適任かもしれない。足下には、いつの間にか尻尾が三本生えている黒猫がちょこんと座っていた。どうやらご当主さまの部屋から出てきたエッダさんにくっついていたようである。

 

 『妾も行くぞ』

 

 「トリグエルさま、食堂でカツオブシを強請っては駄目ですよ」

 

 黒猫が声を上げれば、エッダさんが苦言を告げる。猫に。猫って喋るんだっけ……元居た国の貧民街の猫は痩せ細っていて、喋るところなんて聞いたことがない。でも目の前の黒猫は三本の尻尾を揺らしながら、艶やかな短な黒い毛を生やし金色の瞳をわたしに向ける。

 

 『ケチだのう。良いではないか……む。小娘、妾を運べ』

 

 ぴょんと後ろ脚の力で黒い猫が私の胸元に飛び込んできたので、とっさに両腕を差し出して抱き留める。見た目の割にずっしりと思い黒い猫がわたしの腕の中で脱力すれば更に重く感じる。エッダさんは黒い猫に呆れた視線を向けながら片手を腰に当てた。

 

 「本当にトリグエルさまは動かないですね……ご当主さまから運動するようにって本当に告げられてしまいますよ?」

 

 『げっ……仕方ない。歩くか』

 

 エッダさんの言葉に黒い猫は目を真ん丸にして、私の腕から逃げて床にトンと降りた。凄く軽くなったわたしの腕に苦笑いを浮かべていると、エッダさんが腰から手を離して私に差し出す。

 

 「アンファンも行きましょう。お菓子出してくれるかも」

 

 「えっと……はい」

 

 ふふふとエッダさんが笑い、私は差し出された彼女の手を握る。平民が貴族の人に触れるのは良くないけれど、こういう時は構わないはず。なんだかむず痒いものを感じるけれど、握ったエッダさんの手は温かい。ユーリの高い体温を感じるのが好きだけれど、大人の人の温かさはなんだか優しくて勝手に目から涙がでそうになってくる。いきなりわたしが泣けばエッダさんが困るから、泣いたりなんてしないけれど。

 

 「アンファン、今日の朝ご飯はなにを選んだの?」

 

 「えっと。オニギリです。パンとスープも美味しいけれど、オニギリも美味しいなって最近感じるようになりました」

 

 手を握ったままエッダさんの隣に並んで廊下を歩く。階下に降りる階段に差し掛かると、彼女が『足下に気を付けてね』と気を使ってくれた。階段を降りながら、エッダさんは話を続ける。

 

 「ご当主さまが侯爵位になって、ご飯が更に美味しくなったよね」

 

 「はい。たくさん食べてしまいそうで危ないです」

 

 確かに子爵位の時より侯爵位になってからの方がご飯の内容が充実している気がする。女神さまも一緒にお過ごしになられているから、調理部の方たちが手が抜けないというのもあるだろうけれど……それにしたって朝食を選べるのは珍しいと耳にした。

 定番のパンとスープで構わないけれど、オニギリというお米を食べた方がお昼の時間までお腹の空きが遅い気がしている。だから最近のわたしはオニギリを選択することが多い。中の具も日替わりなので飽きることはない。お腹が空かない生活は凄く有難いし、ご当主さまと料理人の方には感謝しなければ。ただ、お腹を満たせるまで食べようとしてしまうから、少し気を付けないと。

 

 「アンファンはまだまだ食べ盛りだから、気にしなくて良いんじゃない? 食べ過ぎても動けば直ぐに痩せるよ、きっと」

 

 ふふふと笑うエッダさんに足下の黒い猫が不満気な顔を浮かべた。

 

 『なんじゃ、妾に対する嫌味か、エッダ』

 

 「さて、どうでしょうか?」

 

 にやりと笑うエッダさんに黒い猫は反論を諦めたのか、大人しく一階にある使用人用の食堂を目指して先を歩いている。エッダさんも食堂を目指して足を進め、わたしも一緒に歩を進める。そうして食堂に辿り着いて適当な所に腰を下ろすようにとエッダさんに伝えられた。みんな働いている時間なので、護衛の騎士の人たちが遅れて朝食を摂っているくらいである。

 

 「はい、どうぞ。紅茶だよ。あとお茶請け貰えたよ」

 

 「ありがとうございます」

 

 エッダさんがカップを二つ持って、テーブルに静かに置いてくれた。湯気の立つティーカップからは紅茶の良い匂いが漂っている。小皿の上にはクッキーが数枚乗せられていた。

 席に腰を掛けたエッダさんが『で、どうしたの? 難しい顔をしてたのは』と片眉を上げて問いかけてくれる。わたしは黙っているのも失礼だと、少し前に受けたご当主さまからの話を目の前の彼女に伝えるのだった。

 

 「ご当主さまから、王都の侍女養成校に通ってみないかって伝えられました。凄く有難い話だと理解はしていますが、二年もの間、ユーリの下を離れないといけなくて……」

 

 「あー……ユーリさま、可愛いからね。アンファンの気持ちも理解できるよ」

 

 エッダさんが『良い話だけれどなあ。王都の養成校かあ……私は通ったことがないからどんなところなのか分からないし』とぼやけば、たまたま近くに座していた騎士の方が『アイツに話を聞いてみれば?』と声を掛けてくれる。

 エッダさんは彼の話に『ああ』と納得して、ちょっと待ていてねと言い残して食堂を出ていく。わたしが食堂で待っていれば、エッダさんが数名の侍女の方と下働きの方を連れて、いろいろとわたしの相談に乗ってくれるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。